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ユースアドバイザー養成プログラム
第5章 支援の実施
  第5節 生活支援  

1 生活自立支援の意味

生きづらさを感じ自分を見失ってしまった若者が,自分を取り戻し社会参加を実現するために,「生活」を通した自立支援の意味を明らかにする。

(1)標準的な生活が姿を消した

昭和30年代前半の日本の社会には,農村地域や商業地域などに標準的な生活が存在した。その生活は,長い年月を費やして培われた知恵によって構築され,地域に暮らす者は,その生活の流れに沿って暮らしていけばおおむね幸せな人生が保証されるものだった。しかし,高度経済成長の波が押し寄せ三交代勤務が始まってからというもの,生活の中身が徐々に変わりだし,最近のように24時間オープンの店がたくさん出現するに至って,日本社会の標準的な生活は完全に姿を消した。この流れの勢いは,核家族の家庭内の一人ひとりの生活にも影響を及ぼすようになってきている。母親の多くが外に仕事を持ち,父親は相変わらず仕事に追われ,子どもは夜遅くまで塾に通い,帰宅もバラバラで,そろって食事をすることもなくなり,当然のこととして家族間のコミュニケーションも不足しがちな生活が続くこととなっている。その結果,家庭での生活がどうあるべきであるかということすら考えたこともなく,ただ惰性で勝手に個々に暮らしているのが,現在の家庭生活の現実ではないだろうか。そういうことで現在は,個々人がそれぞれに独自の生活を組み立てていかなければならない,とても難しい時代ではないかと思う。子どもや青年期をこのような時代に過ごした若者たちには,日常の生活の力がどういうものなのかを知る由もなく,かと言って戻るところもないまま波間を浮き沈みしながら,ただ漂っているのが若者たちではないだろうか。

(2)生活は自立支援の土台部分

20世紀は科学の時代であったといわれている。特に後半の半世紀は,科学技術が急速に進歩し,それぞれの分野における専門細分化が進んだことで横のつながりが希薄になり失われていく傾向が強められた。しかし,教育や医療,農業などの各分野は我々の生活から発生したものであって,本来は有機的につながり合った一つのものと言える。現に,一人ひとりの生活においては,風邪を引けば薬を飲んで休養し,資格取得のためには勉強もし,収入を得ようとすれば働きに出たりもしている。そういうとらえ方をするならば,生活にはあらゆる分野のすべての要素がつながり合って含まれていることになる。であるから,長年にわたって青少年の健全育成に関わってきた経験から,「生活にはすべての教育的な要素が含まれている。」と言い,「教育は生活から」と言ってきた。人の能力が開発されるのにも,生活はすごい影響があって,質の高い生活によって能力は開花され,バランスのとれた人間形成も可能となる。生活は自立支援の土台となるものである。

(3)便利さが人間のつながりを切った

科学技術の進歩は,人々の生活にも大きな影響をもたらした。さまざまな機能を備えた携帯電話が急速に普及したことで,生活は便利になったが,反面,同じ屋根の下で暮らす家族同士でさえも,個々人の動きが把握できないという孤立化を生んでいる。便利という言葉には,開発された家電製品のように他人の世話にならなくても自分一人ですることができるという意味合いが含まれている。スイカやパスモ,カーナビゲーションやETCのような便利なものの普及は,人間同士のつながりをますます切っていくことになっている。このような時代に生まれ育った若者たちの中には,人との交わりをすでに「わずらわしい」と感じる人たちも少なくない。このような認識の上に立った生活の見直しと工夫は,人との交わりやつながりを前提とする社会参加を目指す自立支援にとって大切なことである。

(4)生活とは刻々変化するもの

学校や職場の日課は,あらかじめ計画されたものを計画に沿って実行していくものだが,生活は必ずしも予定したものが実行できるとは限らない。たとえば,突然大地震の被害に遭ったとしたら,すべての約束がキャンセルされるだけでなく,被害の状況によっては,住む家も失い避難所生活を余儀なくさせられることになるかもしれないし,肉親を失い途方に暮れてしまうかもしれない。こんな予想もできない現実が,自らの意に反して目の前で繰り広げられるのが生活である。このような生活に対処していくには,柔軟な心こそが必要となる。自立支援で生活をテーマにすることは,どんなときも,どんなことに対しても柔軟に即応できる心を身に付けることができるからである。

(5)教えるのではなく伝えるのが生活

生活の場面では,いちいち教えるのではなく,一緒にやることで技術や知識はもちろんのこと,それよりももっと大事なことである取り組む呼吸を伝えていくのが一大特徴である。

であるから,何をするにも一緒でなければ伝えることはできない。動物の子どもたちは親たちがやることを見よう見まねで真似をしながら身に付けていく。人間もそれと全く同じではないかと思う。呼吸さえ伝授しておけば,後は自ら体験を積むことで習熟していく。つながりを失ったバラバラの生活で,若者たちは呼吸を学ぶ体験がほとんどなくなってしまっている。

(6)しなければならないことを優先するのが生活

したいことよりも,しなければならないことを優先してやらなければならないのが生活の特徴の一つである。以前,NHKスペシャルで,「好きなものだけ食べたい。」という番組が放送されたことがあった。物質的に豊かな社会で育った小中学生たちが,嫌いなものは食べずに,好きなものだけを食べている現状を紹介するものだった。30代の親たちの3割が家族に対して手料理を出さなくなり,お惣菜を買ってきて冷蔵庫に入れておき,帰宅した者が勝手に冷蔵庫から食べたいものを出して,電子レンジで温めて独りで食べるという。この食べたいものだけを食べるという傾向は,したいことだけをするにつながり,したくないことはしないという傾向と同じである。自立支援で大切なのは,生活を通して,しなければならないことを優先して実行できるようにすることである。

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