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ユースアドバイザー養成プログラム
第5章 支援の実施
  第5節 生活支援  

4 現場の実践例(兵庫県立神出学園の実践から)

(1)学園の概要

本学園は,平成6年10月,神戸市西区に開設された全国初の公立の全寮制フリースクールで,対象は中学校を卒業し,不登校等を経験した兵庫県内に在住する20歳未満の人である。現在は男子32名女子21名,計53名在籍し,期間は2年以内で,平成21年4月までは月曜日から金曜日まで活動し,金曜日の午後帰宅する4泊5日コースであり,平成21年10月からは月曜日から木曜日まで活動し,木曜日の午後に帰宅する3泊4日コースに変更した。(現在は3泊4日への移行期間なので両コースが併存している)

また,平成21年5月からは,毎月1〜3回程度,金曜日に対象年齢を25歳以下に拡大した1日交流体験コースも実施している。職員は,専任17名,非常勤嘱託員16名,非常勤講師8名が学園スタッフとして支援に当たっている。

(2)支援の内容

ア 支援目標

<1>自己理解の深化,<2>対人関係能力の構築,<3>自立心の確立,<4>進路選択能力の育成

イ 支援体制

生活面や進路相談,プログラム(農園・動物飼育・野外創造)等は教務スタッフ,個別カウンセリングやグループワークは心理スタッフ,健康面は保健師,寮生活の指導は男女各2名の生活指導員がそれぞれ担当している。また,精神科医(嘱託)をアドバイザーとして定期的にケース検討会を実施している。在籍期間を6か月ごとに分け,それを1ステージとし,各ステージごとに支援目標を設定しながら評価し,到達度に応じて目標や支援方法等を検討,再構築する(支援相談会議)。その際,個人情報の管理に十分留意しながら,全スタッフが情報の共有化を図りつつ,日々の支援を行っている。

(3)支援の実践例(新しい環境になじみにくい男子園生A君)

多くの学園生は,入学前の学校や家庭でさまざまな葛藤を抱え,自尊感情が低い。Aさんもその一人で,高校で不登校になった。複雑な家庭環境で育ち,中学時代から人間関係につまずき,心に深い傷を負って,家庭で自傷行為を繰り返していたが,入学後は,学園内でも自傷行為が見られた。

新しい環境に適応しにくい園生が,支援により次第に集団生活にとけこみ,自分なりの課題を解決していく過程を示す。

<生育暦から>

本人は3人きょうだい(姉,姉)の末っ子である。長姉とは9歳,次姉とは6歳違いで,一人っ子のような状態で育った。両親は過保護に育てたという自覚がある。乳幼児期は大きな問題はなかったが,小学生の時から初めての場所や場面には不安がる子であった。中学2年生の2月,風邪をきっかけに休みはじめ,その後,不登校になった。不登校の理由は分からない。中学3年生の6月からは適応教室に少しずつ通い始めた。

中学校を卒業して通信制高校に入学。「人としゃべられるようになりたい」という気持ちを持って,本学園に入学した。(15歳)

<入学後の経過>

I期 学園生活に慣れるまでの不安の高い時期(X年4月入学〜X年7月まで)

食堂で食事ができず,寮の自室にこもっている状態が続いた。食事は寮の自室で摂っていた。プログラムには,ほとんど参加できず,寮で過ごすことが多かった。

入学後1ヶ月ごろ,担当が関わることで,初めて食堂で食事ができた。2ヶ月して,スタッフの支援の中で,同期で入学した男子らとバスケットをするようになった。

2ヶ月を経過してから,A君の好きなバスケットをきっかけに男子園生と交流でき,担当がいないときでも,園生同士で食事ができるようになった。プログラムにも参加できるようになり,3ヶ月目に入るころには担当にもふざけたり,冗談を言うようになった。

II期 様々な問題と直面する時期(X年9月〜X+1年3月)

学園生活にも慣れてきて,ビオトープ作りという新たな目標が見つかり,それに励み始めたが,同時にゲームに興じて,就寝時刻が遅くなり,生活態度についてスタッフから注意を受けるようになった。

6ヶ月をすぎる頃,今後の支援のため,知能検査をおこなった結果,知的には問題なかった。この頃,本人は,バスケットカレッジに進学したいと言うようになった。

8ヶ月経つ頃,積極的にプログラムに参加するようになり,いろいろな人と交わりたいという気持ちが出てきた。しかしながら,まだこの頃は,外部の人が来園すると隠れるといった行動もみられ,限られた形での適応であった。また,異性への興味を示し,女子園生とは話せていないことを気にし,次年度の目標とした。1年経ち,本人のことをよく知っている職場で,アルバイトを始めた。

III期 個人的な課題に向き合った時期(X+1年4月〜X+2年1月)

アルバイトと通信制高校と学園生活を円滑に図る方法について相談し,学園登園日とアルバイトの日程を決め,実行していった。通信制高校のレポートも出すようになり,勉強にも取り組めるようになった。

プログラムの中でも,特に,ビオトープ作りが非常におもしろくなったようで,野外創造のプログラムに打ち込むようになった。1年5ヶ月経つ頃には,ギターの練習を始め,バンドの一員となり,学園祭でもバンド演奏した。

同時に,カウンセリングでは,個人的な相談をするようになった。早期回想(幼い時のエピソード記憶から性格を分析する方法)からは,自分に自信がなく,他社が自分に迫害を加えてくるといった構えを抱いていることが分かった。順調に見えるが,入園後1年経っても,基本的な構え,考え方は変わっていないことがうかがえた。

1年2ヶ月経って(X+1年6月),A君は,「女子園生と話せるようになりたい」というので,事情を聞くと,ほんの少ししかしゃべられない,体感としては喉の抵抗感(熱い,紫色,)という。そこでカウンセリングの中で,催眠やトラウマ処理の技法を使ったところ,かなりスムーズに話せるようになってきた。メンタルリハーサル(心の中で会話の練習)を契機に,実践の機会をスタッフが上手に設定するうち,X+1年11月には女子に囲まれ楽しそうにする姿も見られるようになった。

IV期 現実の課題を乗り越え修了を迎えた時期(X+2年2月〜修了)

「女子と話せることはできるようになった」「親の言うことにうっとうしさを感じることが多くなった」と語る中で「バスケットカレッジへの進学は,やめようと思う」と,現実的判断を下せるようになった。

3月,修了生代表の挨拶をすることになり,原稿を書いている途中,学園生活での過去のことを思い出し,つらくなり,書けなくなるという事態が発生した。そこで,カウンセリングの中で,その気持ちを処理し,楽になり,この2年間の自分の変化に喜びながら挨拶原稿を書くことができた。その結果,修了式では皆の心を打つ感動的な挨拶をし,本人も満足して修了した。

現在はアルバイトをしながら,通信制高校に通っている。保護者からも順調に過ごしていると聞いた。

<考察>

思春期・青年期の発育課題について,エリクソンは自我同一性(アイデンティティ)という概念で説明した。つまり,思春期・青年期の人にとって,さまざまな課題(学業などの活動,友人や異性との付き合い,親との付き合いなど)に取り組みながら,自分の能力や関心,興味を適切に評価できるようになり,社会の中で自分の位置づけを学び,やがて社会で役割を果たすようになっていくというのである。

A君の場合,入学当初は,対人緊張,場面緊張が強く,退行的な状態にあった。しかし,スタッフの支援のもと,集団生活に次第に慣れてきた段階で発生した偶然の機会を活かすことで,居場所を見つけることができ,学園内での位置を明確にしていった。半年から1年経過後には,野外創造,バンドなど役割を果たすという体験を積み,勉強という課題にも取り組み始めた。そのような過程の中で,心理スタッフとの面接では,女子園生と交流するという新たなテーマを出し,その課題に挑戦し,時間をかけながらも比較的うまく乗り越え,自信が育った。とはいうものの,そのころになってやっと「親の言うことにうっとうしさを感じることが多くなった」と言うような,年齢よりも遅い思春期を迎えた。入学当初の集団に参加できなかった体験はトラウマ的な体験として残っていたが,トラウマ処理の方法を学び取ることで,それも克服し元気に修了していった。

学園での2年間の生活は,教務スタッフと心理スタッフの連携の下,いろいろな課題に取り組ませ,結果として,自信を育て,自立への援助過程の一つとなっていたと思われる。しかし,まだまだ思春期の過程にあり,これからも幾多の課題を乗り越えていかなくてはならないことは予想できる。ただ,2年間の本人の成長を鑑みると,その課題も乗り越えていけるのではないかと期待している。


 兵庫県立神出学園校長 出村多惠子
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