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ユースアドバイザー養成プログラム
第5章 支援の実施
  第7節 家族支援  

2 キャリアの面から

キャリア(career)とは,狭義には「職業」,「仕事」,「働くこと」(職業的キャリア)と理解されている。私たちの生活を考えたとき,確かにそれらは大切な要素ではあるがすべてではない。また,それは人生の目的ではなく手段である。まず,キャリアを広く「生きることそのもの」,「生き方」(人生的キャリア=ライフ・キャリア)ととらえる視点をもちたい。

生活者としての私たちは,さまざまな役割を持ち,ある時期・ある時・ある場面で(時間:time),求められる役割(role)を果たし,それにどれくらいの重みを持たせるか(関与:involvement),またそれをどのように認知するかを日常繰り返している。

たとえば,ある50代の男性は「製造業の正社員営業職」,「社会人と大学生2人の子どもの父親」,「地域の少年サッカーチームのコーチ」,「70代の認知症の母親を介護する息子」等々という役割,ある40代女性は「サービス業パートのサービス職」,「高校生2人と中学生合わせて3人の母親」,「手話を学ぶサークルのメンバー」,「都市近郊の農家の二女」等々という役割を同時に持ち,それぞれの場面でそのどれかを「主な役割」として果たしながら生活しているのである。当然のことながら,「息子・娘」,「兄弟・姉妹」,「父親・母親」といった「家族としての役割」は「職業上の地位・役職」,「地域生活での役割」,「趣味の世界での役割」等と並ぶ「人生の役割」の一つであり,そのすべてではない。

社会的適応の問題を抱える若者とその家族を支援するときに,キャリアの面から注意したいポイントを示すと以下のようになる。

(1)家族としての役割を過大に引き受けない・引き受けさせない

家族の誰かが非社会的・反社会的な社会不適応状態になると,家族全体の関係にも変化が生じ,日頃気づかなかった問題あるいは顕在化しなかった問題が一気に噴出することも多い。その場合,「家族としての役割」に過剰にコミットすることもまた多い。しかし,冷静に考えれば,道義的に,あるいは個人としての責任は全くないとは言えないにしても,問題を引き受け・向かい合い・それを乗り越えるのは一義的には「当事者本人」なのである。「全くの他人事」として逃避するのは問題外であるが,逆に「親として」「家族として」の役割を過剰に引き受け,社会との関わりを失ったり,それを希薄にすることは却って問題を大きくすることになる。キャリア(特に生き方としてのキャリア)の面からも「社会とのつながり」を持つ・持たせる,そのことに改めて注目することが必要なのである。

(2)誰にとっても変えられるのは「自分の今と未来」,それを充実させ肯定することで過去の認知も変わる

キャリアは「個人的役割の組み合わせ」ともいうべき日常生活の中での連続的過程である。私たち個人が生きているのは常に「今」(現在)であって,過去でもなければ未来でもない。とはいえ,「今」を生きる個人は突然「今」の状態になったわけではない。現在に至る「経歴」(形成されたキャリア)が「今」を規定しているのであり,「今を生きる個人」には現在から未来にかけての「進路」(形成してゆくキャリア)とが内包されているのである。過去(経歴)は今を規定し,将来を生きる上での重要な要素であるがそれを変えることはできない。できるのはその認知を変えることだけである。「今」と「これから」を意味のある・肯定できるものにして初めて「過去」も意味あるものとして肯定的に受け入れられるのである。

(3)個人の生き方は「社会とのつながり」に規定される

キャリアには教育,働くこと・職業,余暇,地域生活等々,日常生活のあらゆる側面が含まれ,それはライフ・スタイル(生き方・生活様式)に反映される。ライフ・スタイルを構成する要素としては以下の各点が考えられる。

ア 日常生活(衣・食・住それぞれの環境に対する志向性)

イ 人間関係(関係形成,親密さ,広がりと深さ,家族関係=親,結婚,子ども,介護と相互扶助)

ウ 経済(豊かさの基準,仕事の目的,自己実現)

エ 余暇(健康,運動,旅行,文化・芸術,インドア・アウトドア)

個人が重視して時間と費用をかける内容が実際の生活満足を規定する。さらにはその人らしさの表現にもなる。家族は最も重要な「人間関係」の要素の一つであるがすべてではない。社会と関わるチャンネルは多ければ多いほど良い。一つあるいはいくつかが行き詰まっても,自分の存在を感じられるチャンネルがあるかどうかが問題になるからである。

(4)どんな状況でも働き続けるように・・・働くことの最小限の意味は「暇つぶし」である

職業の意味は「個性の発揮,連帯の実現,及び生計の維持を目指す人間の継続的な行為様式」(尾高邦雄の定義)とされ,<1>個人的側面:自己の個性を伸ばし,やりがいを経験するという意味での個性発揮。仕事が細分化・分断化されている状況下ではかなりの困難をともなう,<2>経済的側面:職業の最低限の条件であり,手段的活動としての生計維持,<3>社会的側面:社会的分業の一端を担う活動が,意図しない結果として人々の間の相互依存・相互補完の関係を強化し,社会の存続に寄与するという意味での連帯実現,の三つの側面がある。

「自己実現」という理想にはほど遠いが,「居る場所があり・やることがあり・十分ではなくてもお金がもらえ・社会とつながる」というレベルでは,どんな状況にあっても働く意味はある。「家族のため」に働く生活を諦めたりして社会とのつながりを失ってはならない。

(5)日常生活はリハビリの場である

私たちが「仕事」をするということは,何らかの対象に働きかける活動を行うことである。どのような対象を扱うのかという点に注目して,仕事を行ううえで必要な能力を情報(D:Data=情報を扱う能力),人(P:People=人とかかわる能力),モノ(T:Thing=モノを扱う・自分の身体を動かす能力)の三つに分けて考えるのがDPTの概念である。特に注意したいのは対人能力(P)である。この能力は社会生活の基本能力であり,苦手であっても「それなり」には身に付け,維持しなければならない能力でもある。

たとえば「挨拶をする」のはPの要素,「自分で料理をつくる」,「掃除をする」のはTの要素,「日記をつける」のはDの要素が中心になる。さまざまな問題を抱える本人,家族は日常生活を見直すことによって,できることを継続しながら改善すべき問題点に一つひとつ向き合う方向性が求められる。日常生活には社会と関わるすべての要素が含まれるから,何気ない行動にも意味があることに気づかせ,それを大切にしたい。

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