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ユースアドバイザー養成プログラム
第5章 支援の実施
  第9節 個人情報の取扱い  

5 情報共有の可能性

(1)情報共有の阻害要因―過剰反応

個人情報保護法は,同法の適用を受ける組織に対してはもとより,個々人の意識に対しても,極めて大きな影響を与えていると見ることができる。

前述のように,筆者は,高度情報通信社会推進本部個人情報保護検討部会の座長として,1999年10月20日に,座長私案(「堀部私案」と呼ばれることもある。)を発表し,日本における個人情報保護システムのグランドデザインを明らかにするという役割を果たした。そのこともあって,個人情報保護法の運用・解釈については,よく質問を受ける。新聞でコメントした,いくつかの例を挙げることによって,個人情報保護法の影響の一側面を見ることにする。次のようなことがあった。

【例1】個人情報保護法全面施行と学校・商店街・防災会などの模索

個人情報保護法が全面施行されて間もなくして朝日新聞社の記者から電話があった。個人情報保護法について地域社会で戸惑いがあるので,意見を聞きたいということであった。朝日新聞2005年4月14日朝刊の「生活面」に「個人情報保護 悩む地域社会」という記事が掲載された。そのリードで問題状況が明確に指摘されている。それによると,「個人情報保護法が今月全面施行され,情報管理の意識がいっそう高まるなか,地域社会には戸惑いも広がっている。学校や商店街,防災会などで個人情報を載せた名簿をどう取り扱うか。子どもやお年寄りの安全にもかかわるだけに,模索が続く」ということである。この記事は,「災害弱者」,「学校」,「商店街」における具体的な状況について詳しく報道している。筆者は,「それは過剰反応ですね」と評した。それとの関連で,筆者のコメントは,次のようにまとめられている。

「個人情報保護法は,5千を超える個人情報を扱う取扱事業者に厳しい情報管理を求めている。実際に適用される企業や団体は大規模な事業者に限られると見られるが,個人情報が漏れてクレームをつけられるのではと恐れ,過剰な『自主規制』が起こっている。講演会などで様々な質問を受けるが,内容は千差万別。『取引先と交換する名刺に利用目的を書かなければならないか』と真顔で聞かれて驚いたこともある。同法は,基本理念として5千以下の個人情報にも適正な取り扱いを求めているが,仲間同士のつきあいや地域のネットワークづくりが妨げられてはいけないのではないか。重要なのは,保護と利用のバランス。個人情報が外部の業者などに渡って悪用されないように,仲間うちや地域でしっかりしたセキュリティーの仕組みを作る必要がある。」

【例2】JR宝塚線の脱線事故とJR西日本・病院などの対応

2005年4月25日に発生したJR宝塚線の脱線事故は,個人情報保護法との関係でも,大きな問題を投げかけた。各社の記者がJR西日本や病院などで死傷者について取材をしようとしたところ,JR西日本や病院などが個人情報保護を理由に死傷者の氏名などの個人情報を提供しないという事態が生じた。そこで,いく人かの記者から個人情報保護法の解釈について問い合わせがあった。それらは,JR西日本や病院などと掛け合うために問い合わせてきたもの,記事のコメント用に聞いてくるものなどさまざまであった。特にJR西日本の対応を問題とするものが多かった。

この場合,病院などの設置者が国か,独立行政法人等か,都道府県か,市町村か,または医療法人等かによって,適用される法令等が異なる旨を説明した。それは,次のようになる。

・国立の病院−行政機関個人情報保護法

・独立行政法人等の病院−独立行政法人等個人情報保護法

・都道府県の病院−各都道府県の個人情報保護条例,たとえば,兵庫県立であれば,兵庫県の個人情報保護条例

・市町村立の病院−各市町村の個人情報保護条例,たとえば,尼崎市立であれば,尼崎市の個人情報保護条例

・JR西日本・医療法人等の病院−個人情報保護法

たとえば,朝日新聞2005年5月25日朝刊(大阪本社版)の「時時刻刻」は,「JR脱線事故」,「個人情報扱い手探り」,「プライバシー保護か公益か」などの見出しで,問題点について報道した。その中で,同紙は,筆者のコメントについて「政府の行政機関等個人情報保護法制研究会の委員を務めた中央大学法科大学院の堀部政男教授は『当初は過剰反応した病院やJR西日本が,一定のルールのもとで情報提供に応じたことは評価できるし,公共の場で起きた事故や災害への対応に貴重な先例となった』とみる。事故を起こさないという重大な公益ためにも『今後は遺族側にも十分な情報が提供される配慮や施策が求められる』と指摘した」とまとめている。

その後も,この過剰反応についてはさまざまな機会に発言などしてきている。個人情報保護法に関わる関係府省も,「過剰反応」というように括弧つきながら,あるいは,いわゆる「過剰反応」などという表現で過剰反応問題を取り上げるようになった。

(2)過剰反応問題に関する関係府省の取組

関係府省が過剰反応問題にどう取り組んでいるかを見ることを通して,解決策も考えていただきたい。関係府省のさまざまな取組があるが,個人情報保護法を所管している内閣府の個人情報保護推進室が,2007年10月から12月にかけて全国で開催した「個人情報保護法に関する説明会・相談会」で使った「上手に使おう!個人情報〜誤解していませんか?個人情報保護法〜」(以下「説明会スライド」という。)が分かりやすく説明しているので,それによりながら,情報共有の可能性について見ることにする(筆者が講師を務めた会場もある。)。

ア いわゆる「過剰反応」に関する説明

説明会スライドは,「1. 個人情報保護法の概要」,「2. いわゆる「過剰反応」」及び「3. まとめ」に分かれている。そのうちの「2. いわゆる「過剰反応」」は,次のような四つの「過剰反応」の例を挙げている。

ケース 1. 学校や自治会における緊急連絡網などの作成・配布

ケース 2. 災害時要援護者リストの共有

ケース 3. 民生委員・児童委員の活動のための情報共有

ケース 4. 法令に基づく個人データの提供

その前に,内閣府国民生活局の「個人情報保護に関する世論調査」(2007年2月2日)で明らかになった「法施行後の変化(印象)」を掲げている。それは,次のようになっている。

「緊急連絡網などの名簿の作成が中止され,日常生活が不便になったと感じるか。」 (個人情報保護法を「知っている」と答えた者1,447人に対して)

平成18年9月

・強く感じる          19.9%

・ある程度感じる       31.2%

・あまり感じない        27.7%

・ほとんど感じない      16.9%

この結果から,約半数の人が「緊急連絡網などの名簿の作成が中止され,日常生活が不便になったと感じる」と回答していることが分かる。

以下,それぞれのケースについて見ることにする。

イ ケース1. 学校や自治会における緊急連絡網などの作成・配布

各ケースは,Q.(Question(質問))から始まる。ケース1のQ.は,次のようになっている。

「Q. 個人情報保護法によって,緊急連絡網などを作成して関係者に配布することは,できなくなったの?」

それに対する第1の答えは,「ここがポイント!」ということで説明している。ケース1.の「ここがポイント!」は,次のようになっている。

「個人情報の取得時に適切に本人から同意を得ることで,従来どおり作成,配布できる。」

その後に「(例)入学時の案内や新学期の開始時に同意を得て必要な個人情報を記入してもらう。」を挙げている。

そして,【参考となる指針(学校関係)】として,「学校における生徒等に関する個人情報の適正な取扱いを確保するための事業者が講ずべき措置に関する指針(平成18年2月文部科学省)解説」(資料編P52)も掲げている。ここにある「(資料編P52)」は,説明会で配布された「資料編」の52頁に出ているという意味である。

Q.に関する第2の答えは,次のようになっている。

「同意に代わる措置(いわゆるオプトアウト)も可能。」

また,Q.に対する第3の答えは,次のようになっている。

「自治会のうち,5,000人を超える組織はほとんどない。(5,000人を超える個人情報を取り扱う自治会は少ない。)」

「法の義務規定の対象となる「個人情報取扱事業者」(説明会スライドP7参照)にならないことがほとんど。」

ウ ケース2. 災害時要援護者リストの共有

ケース2.は,「Q.一人暮らしのお年寄りの氏名や住所を,地震が起きた場合に備えて共有することはできないの?」となっていて,「高齢者など,災害時に援護が必要な人の個人情報を,関係者間であらかじめ共有することができるか?」とも記している。

「ここがポイント!」の第1の答えは,次のようになっている。

「各自治体の定める「個人情報保護条例」を適切に解釈・運用すれば,関係者(福祉部局,防災部局,自主防災組織,民生委員など)間で要援護者情報の共有は可能。」

ここでのポイントは,「各自治体の定める「個人情報保護条例」」の適用を受けるので,それを「適切に解釈・運用」するようにということである。

第2の答えは,次のようになっている。

「個人情報提供の際は,提供先において個人情報が適切に取り扱われるよう,誓約書の提出を求めるなどの担保措置を講ずることが重要。」

「誓約書の提出」というところに注目されたい。よく問題になるので,「提供先において個人情報が適切に取り扱われ」ないのではないかということであるので,このような方法があることを知る必要がある。

【参考となる通知等】としては,次のものがあるとしている。

・「個人情報の適切な共有について(平成19年8月内閣府・総務省) 」(資料編P54)

・「災害時要援護者情報の避難支援ガイドライン(平成18年3月災害時要援護者の避難対策に関する検討会)」(資料編P54)

・「要援護者に係る情報の把握・共有及び安否確認などの円滑な実施について(平成19年8月厚生労働省)」(資料編P55)

エ ケース3. 民生委員・児童委員の活動のための情報共有

ケース3.は,「Q.個人情報保護法があるので,民生委員や児童委員は,その活動のために必要な個人情報を提供してもらうことはできないの?」という質問となっている。少年補導センターにおける情報共有については,このケース3.も参考になろう。

「ここがポイント!」の第1の答えは,次のようになっている。

「民生委員・児童委員は,福祉事務所などの協力機関として職務を行うものとされており,活動の円滑な実施のためには,個人情報の適切な提供を受ける必要がある。」

第2の答えは,次のようになっている。

「民生委員・児童委員は,民生委員法において,守秘義務が課せられている。」

【参考となる通知等】として次のものを挙げている。

・「児童委員,主任児童委員の活動に対する必要な情報提供等について(平成19年3月厚生労働省)」(資料編P55)

・「要援護者に係る情報の把握・共有及び安否確認などの円滑な実施について(平成19年8月厚生労働省)」(資料編P55)

・「社会・援護局関係主管課長会議(平成18年2月28日開催)資料」(資料編P56)

オ ケース4. 法令に基づく個人データの提供

ケース4.の質問は,「Q.警察からの問合せに応じて,知人の個人情報を勝手に教えてもいいの?」

「ここがポイント!」は,「あらかじめ本人の同意を得ずに個人データを第三者に提供できる。(法23条)」となっていて,次の例を掲げている(ちなみに,ここに出てくる「法」とは,個人情報保護法を指している。)。

○警察などからの(捜査に必要な事項の)報告の求めに応じる場合(刑事訴訟法第197条第2項)

○弁護士会からの報告の求めに応じる場合(弁護士法第23条の2第2項)

○統計調査への協力(統計法第17条)

○児童虐待に係わる通告(児童虐待の防止等に関する法律第6条第1項)

○株式会社における株主名簿等の閲覧請求への対応(会社法第125条第2項等)

おわりに

内閣府の説明会・相談会の資料は,平成17年4月1日の個人情報保護法全面施行にともない顕著になった具体的問題を基に,同法第1条で目的としている「個人情報の有用性と保護のバランス」をどのようにとるべきかを平易にまとめたものである。少年補導センターにおける情報共有についても,関係府省,地方公共団体,関係団体などが具体的問題を基に,情報共有の阻害要因を分析し,解釈指針などを示すことを期待したい。


 一橋大学名誉教授 堀部政男
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