第2章 規制に対する世論
5.通信・インターネット
5.1 アメリカ
5.1.1 規制賛成派の論点
2000年に制定された児童インターネット保護法は憲法違反であるとして、2002年5月に、ペンシルバニア州東部地方裁判所において提訴された。一旦は、連邦地方裁判所において違憲判決が出ていたが、2003年6月、合衆国最高裁判所において合憲と判断され、現在に至っている。
児童ポルノをインターネット上でダウンロードした犯罪者の85%が子どもへの性的虐待を行っているという数値を根拠として、インターネット上の児童ポルノの害悪について憂慮する証言が出された。そこで、児童ポルノの所持に関し、インターネット上の児童ポルノへのアクセスまでをも処罰の対象にするべきとの提案がなされた85。
5.1.2 規制反対派の論点
(1) 通信品位法(Communication Decency Act)に関する議論
アメリカでは、インターネット普及前のパソコン通信の時代より、そこでの表現に既存の法律(わいせつな表現の州際間の伝送を規制する規程(合衆国法典18編1465条))を適用してきた。また、これらの法律をインターネットの場合に適用するのみならず、新たな法律も制定されてきた。その最初の法律が、1996年2月8日に成立された通信品位法(CDA)である。CDAは、インターネットなどを用いて、わいせつな表現あるいは下品な表現を受信者が18歳以下の未成年であることを知りながら送信した者、明らかな不快な表現を18歳以下の特定の者に送信したり、18歳以下の者がアクセスできるように陳列した者を2年以下の禁固または罰金に処する(併科も可能)ことを内容とする。
このCDAについては、わいせつな表現に係る部分以外の執行の差止めを求める訴訟が提起され、連邦地裁は修正一条に違反するとして暫定的差止命令を出した。それに引き続き、連邦最高裁も同様の結論を示した。その法廷意見は、連邦最高裁の三つの判例を総合的に考慮すれば合憲であるとの政府の主張を斥けた上で、メディア特性分析を用いることによって修正一条の保証の程度を確定している。ここでは、インターネットは、電波メディアが有する三つの特性、つまり、1.メディアの稀少性、2.家庭への侵入性、3.規制の歴史、を有しないがゆえに、条文の違憲審査にあたっては(プリントメディアと同様の)厳格審査基準が適用されるとした。その結果、立法目的が未成年の保護というやむにやまれぬ利益であることは承認できるものの、達成手段については、1.下品な表現と明らかに不快な表現に定義がなく、両者の関係が不明確であること、2.年齢確認がうまく機能しないインターネット上の法規制は、下品な表現に対して、事実上、全面的な規制を課すものとなることに着目し、条文が曖昧及び過度に広汎であるとして違憲とした86。
(2) インターネット上の言論の自由に関する議論
2006年には、ソーシャルメディアの1つ、MySpace上での嫌がらせやいじめを苦に当時13歳の少女、メーガン・マイヤー(Megan Meier)が自殺に追い込まれた事件をきっかけに、サイバー上のいじめが社会的な関心を集めるようになり、2008年に、過剰に執拗かつ悪質なオンライン上の言論を刑法で罰することを盛り込んだ、「メーガン・マイヤー・オンラインいじめ防止法案(The Megan Meier Cyber- bullying Prevention Act)」が、下院議会で議論されたものの、同法案は、オンライン上の言論の自由を脅かすものであり、また、内容が抽象的であり混乱を招く恐れがあるとして廃案となった87。
このように、法律による取締りは極力避けるべきだとする人々も少なくない。厳格な法的センサーシップ(“censorship”とは、ソフトウェアを使用したスクリーニングやフィルタリング、または法律による取締りを称する)は、必要以上のコンテンツをブロッキングの対象にしがちなこともあり、学問的、芸術的なコンテンツまで排除する恐れがあると主張している。また、連邦法修正第一条により、未成年者にも言論と出版における表現の自由の権利が与えられているため、大人及び子ども間等のオンライン上のコミュニケーションを検閲することは、違憲行為であると主張する。基本的には、未成年者のオンライン行為を監督するのは、親の責任であり、政府の責任ではない。さらに、インターネットはその技術的進化の速さ、ユーザが他人に成りすますことができる匿名性及び海外からの悪質なコンテンツには連邦法が及ばないといったグローバル性により、取り締まることは不可能であり、効果は期待できないとする議論も展開されている88。
インターネットの安全な利用を促すための国際的な非営利団体である家庭オンライン安全協会(FOSI:The Family Online Safety Institute)もまた、法的センサーシップは子ども達をインターネットの危険から守るのに最善の方策ではないとして、2009年にアメリカにおける放送通信事業の規制監督機関であるFCCに対し、柔軟性に欠ける法的な取締りよりも、より高度のペアレンタルコントロールやブロッキングソフトウェアを積極的に利用するよう保護者に促すことを奨励している。
多くのアメリカ人は、保護者とインターネット業界による自主規制がより効果的であると考えている。未成年者をオンラインの有害コンテンツから完全に隔離することは、現実的に不可能であり、子どもがそれらに遭遇する前にインターネットの危険性(詐欺、いじめ、搾取等など)について警告し、安全な使用方法を啓蒙することが必要であるとして、子どもを対象としたインターネット教育が実施されている89。
ブロッキングは民間の自主的な対応によりすすめられているが、現在はユーザカバー率で95%近いとされており、十分に普及している。しかし、アメリカでは令状無しでブロッキングのように通信の途中経路に操作をすることは、連邦法修正第1 条、修正第4 条の違反ではないかという意見も見られる。実際にAOLをはじめとして、大規模ISPの多くがこの件で訴訟の対象となっているが、2013年2月までのケースでは、通信企業がすべて勝訴している90。
1998年児童オンライン保護法(Child Online Protection Act of 1998)は、インターネットによる情報提供業者に対し、営利目的で17歳未満の未成年者に有害な情報を配布することを禁止した法律である。言論の自由を侵害するものとして憲法違反の異議申し立てを受け、2007年3月にフィラデルフィア地方裁判所は違憲と判断した91。
5.2 イギリス
2012年4月にオンラインパネル調査会社YouGovがサンデー・タイムズ誌と協力して実施した世論調査(サンプル数1,717人:調査対象はイギリス成人)では92、「希望する者だけにインターネット・フィルターを設定するべき」が57%、「デフォルトONとするべき」とする人が36%という結果であった。
2012年5月に同組織が実施した同じ内容の世論調査(サンプル数1,663人、イギリス成人)では、「希望する者だけにインターネット・フィルターを設定すべき」が52%、「デフォルトONとすべき」が35%という結果であった93。
5.2.1 規制賛成派の論点
インターネット安全に関する児童基金連合(CHIS :Children's Charities' Coalition on Internet Safety)とNSPCCが合同で発表した、イギリスの主要な政党に対する提言書には以下が記載されている。これはオンライン・ブロッキングに限定せず、幅広く子どもとインターネットの付き合い方という観点からの提言である94。
- IWFのリスト若しくはその他の技術的解決に基づき、すでに摘発されている児童虐待のコンテンツへのアクセスを阻止することを、イギリス国内のすべてのISPに要望する。今のところ自主規制に頼っているが、法案を用意し立法化の準備が必要であるとしている。
- 全世界の児童虐待ウェブサイトをより効果的にブロックするために、イギリス政府はEUその他の国と協力し、世界統一のリストを作成するべきである。
ミュージックビデオの規制化に関してBBFCが調査を実施。母親のオンラインネットワーク、マムズネット(Mumsnet)の会員を対象にBBFCが2011年3月に実施したオンライン調査(サンプル数 1,005)によれば、保護者はビデオ記録法は、ハードコピーにしか効力を発揮せず、インターネット上のコンテンツには当法が適用されないことをほとんど認識していなかった。また現在年齢別レイティングの適用除外となっているDVDやビデオにも年齢レイティングを設けることを強く望んでいることが明らかになった。
5.2.2 規制反対派の論点
オンライン上のコンテンツやテレビに関する親の不信感は減少しているものの、親の97%は、子どもが不適切なコンテンツに触れないようにする責任は自分にあると考えている。
フィルタリングを一種の検閲だとして反対を唱えるキャンペーン組織、公開権利グループ(ORG:Open Rights Group)は、以下のとおり主張した。
- ネットワークレベルのフィルタリングは検閲に当たるため、政府は強制すべきではない。
- デフォルトでインターネットのフィルタリングを導入してしまうと、親は自分の家庭に合った決断をする権利を失ってしまう。
- インターネットアクセスツール市場の障害となるばかりか、業界に多大なる費用負担をもたらす。
- フィルタリングシステムは往々にしてオーバーブロッキングしてしまい、合法的なコンテンツまで阻害してしまう。
ORGはウェブサイトのオーバーブロッキングに反対する活動を推進している。その理由は、現在すでに移動体通信事業者がネットワークレベルでのフィルタリングを導入していることによって、多くのオーバーブロッキングが発生しているが、もし一般のインターネットにも同様のフィルタリングが導入されると、問題がより大規模に発生してしまうとして、ネットワークレベルではなく、機器レベルでフィルタリングの適用が選択できるシステムにすべきだと主張する95。
5.3 ドイツ
5.3.1 規制反対派の論点
2009年に可決され、2010年2月に施行され、最終的には2012年に廃案となった、児童ポルノアクセス防止法は、立法過程において様々な議論を呼んだ(前述)。インターネット・プロバイダーに、刑法典182b条に規定される児童ポルノサイトのブロッキングを義務付ける内容を盛り込んだこの法案は各界の反対運動を引き起こした。連邦政府が2009年6月にこの新法案を支持するオンライン署名を実施したところ、署名者は328名だったのに対し、2009年4月22日から5月4日にかけて連邦政府が実施したこの新法案の否決を求めるオンライン署名では、署名者は134,015人だった。さらに、インターネット遮断と検閲に反対する運動団体(AK-Zensur)は、児童の性的搾取には検閲ではなく、より実効的な取組が必要であるとして反対した96。このような反対運動もあり、同法は廃案となった経緯がある。
インターネットサービスプロバイダー等の、テレサービス、メディアサービスを提供する事業者の責任の範囲に関しては、テレサービス法第8条~第10条まで及びメディアサービス州際協定第6条~第9条までに規定があるが、事業者からは不明確であるという批判が出ている97。