-

(PDF形式:316KB)別ウインドウで開きます

平成24年度青少年問題調査研究会
第2回 講演録

日時:平成24年9月25日(火)18:30~20:45
場所:中央合同庁舎4号館 共用第2特別会議室
講師:NPO法人フローレンス代表理事 駒崎 弘樹 氏
テーマ:「社会を変える生き方・働き方~民が動けば官が動く」

内閣府子ども若者・子育て施策総合推進室


  • 司会 それでは、時間となりましたので、平成24年度第2回「青少年問題調査研究会」を始めさせていただきます。
    本日はNPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹様をお招きしております。まず、駒崎様より約1時間半の御講演をいたいだいた後、質疑応答の時間を30分ほど予定しております。
    それでは、早速ですが、御講演をお願いしたいと思います。題目は、前のスクリーンにもありますとおり、「社会を変える生き方・働き方~民が動けば官が動く」です。それでは駒崎様、よろしくお願いいたします。
  • 駒崎氏 はい。ただいま御紹介にあずかりました、駒崎です。今日はどうぞよろしくお願いいたします。
    今回は、このようなお題目をいただきまして、お話させていただきたいと思います。1時間15分ぐらいお話させていただいて、皆さんから45分ぐらい質疑応答をいただけたらと思っております。
    最初に簡単に自己紹介をさせてください。私、NPO法人フローレンスという団体の代表をしているのですけれども、それは2003年に作りました。今から9年前ですね。それまではITベンチャーを経営しておりました。大学3年、4年のころにITベンチャーの経営をして、それを共同経営者に譲り、フリーターになってこのNPOを立ち上げました。それが2003年です。2年間ぐらいサービスインの準備をして、2005年からサービスインして、今、7年ぐらいそのサービスを行っているという状況です。
    病児保育というのは、子どもが熱を出したり風邪を引いたりして、普通の保育園では預かってくれないといったときに、代わりにお預かりするというサービスですが、なぜ、当時、子どももいなければ結婚もしていない男性がこういうサービスを始めたのかということをよく聞かれるので、お話したいなと思います。
    ベビーシッターをしていた母からあるエピソードを聞きました。それは、うちの母のお客さんだった双子のお母さんが、ある日うちの母に、今日で終わりにしてください、最後にしてくださいということを言われたそうです。うちの母は自分が何かミスをしてしまったのかと思って、そのお客さんに、私が何かしてしまいましたかと聞いたところ、いや、あなたは本当にこれまでこの子たちの親がわりになってくれて、心から感謝している、そうではなくて、私が会社をクビになってしまったので、もうシッターさんに預ける必要がなくなってしまっただけなんですよ、とその方が言われた。うちの母は、あなたみたいないい人が何で、とちょっと突っ込んだ質問をしたわけです。そうしたら、彼女はこう言ったそうです。実は、この前この子たちが熱を出してしまいまして、私が行かせている保育園では37度5分以上の子どもは預かってくれないので、私が会社を休んでこの子たちを看病しました。双子なのでお互いうつし合ってしまって、割と長い間会社を休まざるを得ませんでした。そうしたら、会社が激怒して、私は事実上解雇という形になってしまいました、と言われたそうです。
    その話を聞いたとき、私は非常に不思議な思いを感じました。子どもが熱を出すというのは恐らく当たり前のことでしょうし、親が看病してあげるというのも恐らく当たり前のこと。しかし、当たり前のことをして職を失う、そういう社会に住んでいたのだなということを、そのとき初めて知りました。何とかしなければいけないのではないかと思いました。思ったのですけれども、すぐに何かをしようということではなかった。だけれども、自分の心の中にはそれは残り続けていたわけです。ふとしたときに母に聞いてみたのです、僕が小さかったころどうしていたの、と。そのとき、たしかベビーシッターの前だったから自営業でばりばり働いていたよねと言ったら、うちの母からはこういう答えが返ってきたんです。あんた、覚えていないの、恩知らずね、あんたにはマツナガのおばちゃんがいたじゃないの、と言いました。マツナガのおばちゃんというのは、僕が東京都江東区、下町の団地に生まれ育ったのですが、そこの3階下に住んでいたおばちゃんでして、おばちゃんといっても叔母というわけではなくて、血のつながりは全くない近所の方でした。彼女が、病めるときも健やかなるときも、私を預かってくれた。それによってうちの母親は自営業でばりばり働けた。ちなみに(スライドの写真を指しながら)この方です。下にいるのが僕です。こういう感じで仲よくみてくれていた。
    つまり、いわゆるご近所の底力的な、助け合いみたいなモデルが、僕の小さかったころ、恐らく30年ぐらい前、東京の下町でもそれはあった。しかし、今や、その地域の助け合いや地域力みたいなものは空洞化していて、そこまで気軽に助け合えるというが出来なくなり、それがゆえに、子育てしながら働くというのがなかなか難しい環境があるということを知りました。
    そういうことが果たして本当に正しいのかということをよくよく考えると、おかしいと思いました。子どもを育てながら働く、そういう社会が当たり前の社会になったらいいのにと思って、当時ITベンチャーもやっていたのですけれども、何のためにやっていたのかがよく分からなくなってきていたところもあって、やはり世のため人のために何かやりたいなという思いが同時に芽生えていきました。当時は社会起業家という言葉はなくて、単にITベンチャー社長から一フリーターになって、何をやるのと言われて、NPOで大丈夫かと心配されながら立ち上げを行っていったというわけです。
    そういう感じの立ち上がりをしたのですけれども、病児保育というのは、当時、今もですけれども、保育領域の中で最も社会的な取組が遅れていると言われていまして、「保育の闇」というニックネームがつくような状況でした。病児保育とは、風邪、発熱など軽度の突発的な状況で子どもを預かってケアすることです。重くなると入院しますので、そこまではいかない、だけれども保育園は預かってくれない、どうしようというときに、保育園に代わってお預かりするサービスです。これ自体はもともと、厚生労働省がやられているものでした。
    どのようなニーズがあるかというと、仕事と育児の両立で最も悩むことは何ですかという問いかけに対して、子どもの病気で遅刻や欠勤をすることがあって、周囲に迷惑をかけてしまうという人が72%もいらっしゃる。必要性を感じている育児支援制度は何ですかという問いかけに対しても、子どもの看護休暇だという人が9割弱。保育園に子どもを預けていて何とかしてほしいと思うこととして、病気のときも預かってもらえないかというのが1位に来るわけです。このように、非常に高いニーズがある、多くの人が困っている。母が私に伝えたことは割と本当だったということが統計によって裏づけられました。
    でも、それを放置している行政でもないだろうと思って、既存の行政サービスにはどのようなものがあるのかということで調べてみました。そうしたら、病児を預かる施設というものは存在していました。それは、保育園の横でお預かりしていたりだとか、あるいは医療機関、小児科の中に小さな部屋を設けて、そこで定員4名というような形でお預かりするようなやり方、また、ちょっと特殊な単独型というのもありますが、いずれにせよ、施設に対して厚生労働省が補助金をつけて、それで回していくというモデルがあるにはありました。ただ、数としては、2003年当時において全国に約640程度です。今、現在でも1,000ちょっとです。保育所全体でいうと大体2万6,000ぐらいあると言われていますが、それと比べると2.数%です。今だと3.数%ですけれども、それでも圧倒的に少ない状況です。おかしいなと思ったのです。非常に多くの人たちが必要としているにもかかわらず、なぜこんなにも数が少ないのだろうかということを非常に疑問に思ったわけです。
    例えば(スライドを指しながら)1歳の女の子が脱水症状で亡くなっていましたという記事がありました。どうして亡くなったかというと、お母さんが4人の子どもを保育所に預けるつもりだったが、この子だけは熱を出していたため、保育所が保育を断って、でも仕事には行かなければいけなくて、車の中で休ませて仕事に行って、帰ってきたら脱水症状になっていましたということで、まさか死ぬとは思わなかったという話です。これは、母親の常識のなさということで片づけてしまえばそうかもしれませんが、もし八王子市のこの親御さんの家の近くにそういった施設あるいはサービスがあれば、救えた命だったのかなと思うと、非常にいたたまれない気分になったわけです。
    全国に非常に必要とされているにもかかわらず、なぜサービスが少ないのだろうかと思って調べてみました。いろいろな病児保育の施設等に話を聞くと、結構簡単な話でした。やっても割に合わないからだというのが答えでした。つまり、経済的に自立ができないという状況ですね。全国の病児保育の施設の9割が赤字という状況でした。ゆえに、やろうと思う人はそこそこいるのですけれども、赤字を出してまではやりたくないとなってしまうのです。
    同時に、厚生労働省としては小児科に委託する形をとるのですけれども、小児科自体がそんなに多くない。しかも、小児科の中でもさらに、ここを増築して病児保育をやろうかという人はさらに減る。しかも、ランニング(事業運営)では得しないという状況があるので、二重、三重に増える要素がないという状況です。さらに、その補助金も、確かに補助をしていることは国として支援しようという意思があるとは思うのですが、この補助金をもらうとさまざまな手かせ、足かせがはまってしまって、例えば、広さが何平米なくてはいけないとか、看護師、保育士を入れなくてはいけないとなるわけです。保育の質ということを考えれば、これは当然あるべきですけれども、それ以外のところにも結構仕様が事細かく決まっていまして。一番大きいのは、価格を決める自由がないということです。全国どこへ行っても、大体2,000円で預かってくれます。1日2,000円です。これは、同じく厚生労働省がやっているファミリーサポートセンターが1時間600円~800円ですから、それと比べても格安です。それで預かってくれる。非常にうれしい仕組みではあるのですけれども、運営側としては厳しいですね。1日10時間預かって2,000円ですから、自然と補助金に頼らざるを得ない。しかし補助金の額自体も少ないという形になります。当時は660万円ぐらいです。今は800万円ぐらいまで上がっているそうですけれども、それでもやはり、保育士を雇って、看護師を雇って、家賃を払って、水光熱費を払って、事務局経費を、とやっていると、赤字になってしまう。
    このように、良かれと思って制度を作るけれども、現場に行くとそれがうまくワークしていないという状況がありました。そこで、厚生労働省がいかんと言っても仕方がない話でして、別に悪気があるわけではなく、仕方がなくて多分そういう制度になっている。そうだとするならば、代替案を自分で作って、それで困っている人を助けていけばいいのではないかなと思って、これまでの病児保育の施設ではない新しいオルタナティブを生み出していこうということでやり始めました。それが、我々の非施設共済型モデルなのです。
    1つ目の非施設というのはどういう形かというと、子どもが熱を出して困っている家庭があったらフローレンスに御連絡いただきますと、フローレンスは地域にこどもレスキュー隊という、元保育士さんとか元看護師さんとか子育て経験12年以上の方々をネットワークしていまして、この方々が駆けつけるわけです。それで、お医者さんに搬送しまして、お医者さんが診て、これは預かっても大丈夫な容体だよとオーケーを出してくれたら、今度は子どもの家に戻って親御さんが帰ってくるまで看てあげるというモデルです。地域の小児科医とも提携していまして、医療的に困ったら指示をいただきます。今では、これに加えてさらに、我々のほうでドクターと提携してここのおうちに往診してもらっています。なので、かかりつけでオーケーをもらって、さらに、ドクターの往診をかませて、非常に安心、安全な病児保育環境を作っています。例えて言うなら、私にとってのマツナガのおばちゃんが、地域の小児科とタッグを組んで預かってくれているという仕組みです。
    現場の様子が(スライドを指しながら)こういう感じですね。こうやってお預かりしているわけですけれども、地域の人たちを研修して現場にリリースしていく形をとっています。これは、さっきの往診ドクターの往診の様子です。ドクターが、小さい子を育てているうちは外来は別ですけれども宿直とかができず大病院になかなか復帰しづらいという面があるので、この病児保育の往診であれば昼間ですし時間もそんなに長くないのでやっていただいたらどうですかということで、ママドクターに往診ドクターになってもらっているという状況です。フローレンスで直接雇用するといろいろ問題もあるので、パートナーの医療法人に雇用してもらって、その医療法人が我々に往診してくださっているという形態をとっています。
    こういうモデルをやろうと思っても補助金は当然おりません。ですので、自活していかなければいけないわけです。よく、NPOというのはボランティア団体だと言われますが、そんなことはなくて、きちんとお給料を払わなくてはいけない、家賃も払わなくてはいけない、ちゃんと労災に入らなくてはいけないとか、きっちりやらなくてはいけない。ですので、きちんと回るモデルを作らなくてはいけないわけです。ただ、1時間いくらという形でもらうと、非常に高額をいただかないと成り立たないわけです。普通のベビーシッターのようなビジネスモデルだとうまくいかないということが分かりました。ですので、どうしようかなと思ったときに、病児保育というのは、保険に近いなということに気づきました。つまり、元気なときは保育園に行きますね、90%そうです。時々困ったときに助けてほしいというリスク管理の問題だとするならば、保険のようなビジネスモデルを作ってみたらどうだろうかと考えて、発病率に応じて月会費を設定してそれを掛け捨ててもらう。使うときには月1回目まで無料というモデルにしようと。使わなければ、月会費はどんどん下がっていくし、使うとちょっとずつ上がっていくというような、自動車保険のような仕組みにしてみたらどうだろうか。そうすることによって、毎月ある程度一定のお金が入ってきますので、経営が安定するだろうと考えて、実行してみました。
    使わないのにお金を払うというこのモデルは、当初利用されないだろうと言われましたが、実際やってみたら保険だねという形である程度のニーズがありました。
    そういうモデルでスタートしていったわけですが、最初は東京23区のうちの江東区と中央区から始め、少しずつ少しずつ広げていって、今は千葉から横浜までの首都圏をほぼ網羅しているという形です。
    2005年にサービスインしようという手前で、いろいろメディアにも出ていたので、厚生労働省の人が視察に来てくださって、当時の課長が来てくださって、2時間ぐらいヒアリングを受けました。こういうふうなことをしようと思っていて、こう訪問しようと思っていてと言うと、非常に喜んでくださって、マニュアルとかもよかったら見せてくださいと仲よくして、本当に勉強になりましたと感謝されました。その数か月後に、日経新聞の夕刊を見たら、こういう記事(スライドを指しながら)が出ました。「子どもが急病 任せて出勤、子育てOBが出迎え引き取り」という、どこかで見たことがあるなという記事でした。つまり、何かこれ似ているなあという事業が緊急サポートネットワーク事業ということで国策として出てきて、当時、これを見て、駒崎君がやっていることがテレビや新聞に出ているね、よかったねとお祝いの電話とかメールがいっぱい来たのですけれど、駒崎君がやっていることではなくて、厚生労働省が始めますという記事だったんです。
    当時は、そのことに非常に戸惑いました。私が汗と涙で2年間頑張って準備したのが、2時間のヒアリングで国策になるものかと思って、そんなわけがないと思って、一応厚生労働省に電話しましたが、担当の方が替わっていて、要領を得ない対応をされてしまいました。その時は、国策にされて腹が立つなと思って、打倒厚生労働省と思ったのですけれども、あるNPO経営者の方とお会いして考えが変わりました。石川治江さんという、介護業界で非常に著名な方で、介護保険が始まる前から介護をずっとされていた。その方とお話したときに、彼女はこう言いました。それは当たり前の話ではないかと。僕は、当たり前ってどういうことですか、ビジネスの世界ではビジネスモデル特許もあるし、守られるものですけれども、と言ったら、あなたは分かっていないわね、今あなたが当たり前だと思っている福祉の仕組みはいきなり制度が生まれたものではないですよ、民間がリスクをかけてやってみて、それでうまくいったものを自治体や国が取り入れて制度化していったものは相当あるのよ、と。例えば、児童養護施設もそうです。孤児院と昔は言われていましたが、これは、石井十次という方が岡山で岡山孤児院というものを始めた。そこから始まっているわけですよね。障害児の教育もそうです。当時白痴と呼ばれていて教育の価値なしと言われていた子どもたちにも可能性があるということで教育を始めた方がいて、そこから障害児教育が始まり、それが戦後法制化されていった。
    制度は寝ていてもできるのではなくて、民間でも民間でなくてもいいのですけれども、よしやろうと思った人がリスクをかけてまずモデルを作って、それをうまく回して、うまく回ると証明されて、そして制度というものに少しずつなっていく。むしろ制度にすることによって多くの人を救える、なぜならば、自分が病児保育を今すぐ沖縄でできるかといったらできない、北海道でできるかといったらできない、しかし、国の制度にしたならば、主体は自分ではないけれど、多くのNPOや社会福祉法人でもいいですし、企業がその補助を受けて地域で事業ができる、そうしたら多くの人が救われるではないか。もしあなたのビジョンが多くの人を救うことなのであれば、そのモデルを取られただの何だのとせせこましいことを言っているのではなくて、むしろそれを制度化するべく頑張るべきだということを、石川さんに教えていただいたのです。
    それを聞いて、私は目からうろこでして、すごくつまらないことを思っていたなと非常に猛省したわけです。確かにそうだなということで。だったら、国がせっかく病児保育に乗り出そうとしてくれているのだったら、むしろそれをある種応援するという姿勢でなくてはいけないということを知ったわけです。その後、せせこましいことを言っていないで自分たちのノウハウをどんどんオープンにしていこう、病児保育をやってくれる人をどんどん増やせばいいのだということを考えていきました。
    丁稚奉公制度というのを作りまして、1年間フローレンスで働いてくれれば、別にロイヤリティーとか全く要らないので、勝手に病児保育をやっていいですよ、ノウハウも全部教えますよ、ということをやり始めました。のれん分けと呼んでいます。そうしたら、非常に志の高い方がいらっしゃって、彼女がフローレンスの門をたたいてくれて、1年間丁稚奉公をしてくださった。それで、NPO法人ノーベルというNPOを立ち上げて、今、大阪でフローレンスのような訪問型病児保育をやってくれています。また、鳥取で、NPO法人キラリというのがありますが、そこから人が派遣されて、これは2人でやったので、半年、半年ですけれども、病児保育のノウハウを得て、この4月から鳥取で訪問型病児保育をやり始めてくれています。
    こういう感じで、どんどんやってくれる人を後押ししていこう、自分たちでも事業をやりながら、やってくれる人を後押しするということをしています。ただ、こういった方はそうそう現れなくて、病児保育をやろうといっても、余り事業を回す力のないNPOだったり、人だったり、あるいは、余り志が高くない、人の命を預かるという自覚のないような方々も門をたたいてきたりということもあって、なかなか難しいなと思っています。ノウハウをオープンにしながらも、自分たちできちんと支所みたいなものを出していかなくてはいけないのかなと今ちょっと思い始めています。
    ただ、全国に展開していくことになったとき、保育者の採用とか育成、人の命を預かる仕事ですから、しかもリスクの高い子どもを預かる仕事ですから、きちんとそれに対応できるような人材育成をしなくてはいけないし、そういう人を採用しなくてはいけない。そこがボトルネックになると思ったので、病児保育の担い手を育成していくプロジェクトを立ち上げていこうとしています。財団法人日本病児保育協会という財団を立ち上げました。財団は300万あれば作れますので、僕は300万身銭を切って財団を作って、人を育てます。専門学校と組んで、来年4月から、認定病児保育スペシャリストという資格を作ろうとしています。プログラムは、Eラーニングで学べることにしようとしていまして、全国の子育て経験者、保育士が受講できるという形です。もちろん、Eラーニング+スクーリングで、手技、1対1でないと学べないようなことはリアルでやりますけれども、そういった形で人を育て、担い手を増やしていく。担い手を増やしていけば、事業者が生まれてもそこで安全な病児保育が可能になる。また、病児保育に関する本もほとんどなく、そういうことを学ぶ教科書もない、つまり、暗黙知化している状況です。それを可視化して、きちんと本にして、それをもって学べるというカリキュラムを作っています。本は来年の1月に出版予定です。
    こうして、なかなか広がりづらい病児保育を当たり前の社会インフラにしていく動きをしています。我々のメインの事業である病児保育に関してはこのような形で進めています。
    次に、待機児童問題に関するお話です。我々は、病児保育問題をやりながら、ある社会問題に出会いました。それが待機児童問題です。これは、皆さんもご案内のとおり、保育園に入れないから働けないという社会的課題です。なぜこの問題に直面したかと言いますと、社員が、子どもが生まれて産休・育休を取って戻ってこようと思った時に、保育園に入れなかったからということで復帰できなかったということがあったのです。我々みたいに社員150人ぐらいの小さな団体にとっては1人が非常に大切です。1人が帰ってきてくれないと仕事が止まってしまうこともある。当時、2009年ですけれども、待機児童問題ってまだあるのだなと思いました。というのも、2003年時点で病児保育のことを調べていく中で、国を挙げて待機児童対策を頑張ろうということをやっていたので、それが6年たってもまだやはり大きな社会問題として我が国にのしかかっているということに改めて気づかされたわけです。
    そこで、待機児童問題に関して調べてみました。そうすると、いろいろな問題が見えてきました。例えば、保育所を作るときに子どもの数が20名以上いなければ認可されないという謎のルールがありました。なぜ20人と決まったのかと調べに調べたのですけれども、根拠が見当たらなかった。多分どこかに理由があるのかもしれませんが、分からなかった。一方で、待機児童は全国に、一昨年だと顕在化しているだけでも4万7,000人ぐらい、潜在待機児童を合わせると85万人、その8割は都市部に集中していました。つまり、東京や大阪、神戸のような都市部です。都市部には、皆さんもご想像できると思いますが、なかなか20名以上の広い保育園を作る物件、土地がそんなにはないわけです。ですので、認可園を開園しようというのがなかなか厳しい。しかも地価も高く、なかなか一等地には作れない。大規模な園だと都市部に出園するというのはなかなか難しい。しかし、20人という基準に、もしそんなに根拠がないとすれば、例えば、9人や10人のマイクロ園を作って、例えば一軒家や、3LDKぐらいのマンションでも保育園化させられれば、預かることができるのではないかと思ったのです。現に、ヨーロッパでは、フランスでは認定保育ママという名前で、イギリスではチャイルドマインダーという名前で、小規模な保育が行われている。内閣府の調査によれば、特にフランスでは、保育事業の7割が認定保育ママによって賄われている。諸外国にできて日本にできないわけがないと思って、それで、規格外だけれども実験事業としてやらせてもらえないかと、鳩山政権時の内閣官房副長官、松井孝治さんに提案したら、厚生労働省に検討してもらえるよう計らってくださった。厚生労働省の方も非常にいい方ばかりで、NPO等を活用した試行的事業という名前で作ってくださった。
    その枠組みを使って、待機児童問題の深刻な私の故郷の江東区に持って行きました。区に厚生労働省もこういうのを作ってくださっていますし、やりましょうよと言ってもちかけたのです。当初は、ものすごい反発を受けました。認可、認証だけで何とかできるよ、みたいなことを言われました。何とかできないから今の状況なのでしょう、と何十回も行って、しまいには副区長のところにまで直接行って、副区長から落としてもらって、それでも中々動いてくれないからまた副区長のところに行って、ということを何度も繰り返して、ようやく、ではやりましょうということで、2010年4月にこの小規模保育、そのときの名前はグループ型家庭的保育という名前で実現いたしました。
    (スライドを指しながら)これが「おうち保育園しののめ」ということで、写真はベランダですけれども、9人の子どもたちを3人で預かるという形です。保育ママの仕組みを組み合わせているので、1対3という非常に手厚い体制です。認可保育園と比べても、0歳~2歳の子どもを一律に1対3で見るというのは非常に手厚い人員配置になっています。保育の質を落とさずに、小回りのきくモデルを作れるというのがこのモデルの非常に良いところです。管理栄養士などもいますので、給食等も手作りで作ってあげられます。一軒家やマンションですと、広い園と言わないではないか、ジャングルジムなどがないではないかと言われるかもしれませんが、基本的には0歳~2歳ですのでそこまでの設備(ファシリティー)は必要ありません。近くに大きな公園がありますので、そういったところで思い切り遊ぶこともできるわけです。
    このモデルは最初、定員9名で東雲・豊洲エリアでやりましたが、20数名の申し込みがありました。しかも、保育園を作るときの一番のネックになる保育者の獲得も、3人の枠に対して10数人から応募が来ました。保育者の獲得は結構大変なのですけれども、このモデルの優れているところは、少人数で看てあげたいという願望がある保育士さんにヒットして求人力もあるという点です。このモデルがうまくいって、いろいろなメディアにも取り上げていただいて、当時内閣府の待機児童対策特命チームにいた村木厚子(現・厚生労働省社会・援護局長)さんの目にも止まることができたわけです。村木さんとはもともと昔からお知り合いだったということもあって、たまたまこういうのはどうですかという営業もできたわけです。
    病児保育のときは、あまり売り込みを狙いませんでしたが、今回は、待機児童を解決し、子育てと仕事が両立する当たり前の社会を作りたいということだったので、あえて内閣府に売り込みました。どうですか、どうですかと。そしたら、村木さんもそれに応えてくださいまして、当時の子ども子育て新システムの一枠に、小規模保育を入れ込んでくれたわけです。そして、NPO等の事業者を活用して1人の保育士が3人の乳幼児を看るというモデルを作ってくれた。子育て新システムの案に載せることができたので、よし、これであとは国会さえ通れば全国で小規模保育ができる、と非常に私は喜ばしかったのですけれども、皆さんもご存知のとおり、途中で国会が空転したおかげで、非常に危機がたくさん訪れて、これは潰されてはいけないと私は駆け回りました。
    当時のキーマンは野党、自民党と公明党でした。公明党とはつながりがあったので、議員にたくさん頼んで、かつ、公明新聞や「潮」などの雑誌に出て小規模保育の必要性を訴えました。さらには、NHKに出て新システム反対派の人と議論し、世論を、風を吹かせようと頑張って貢献しました。全体の1ミリぐらいだと思いますけれども。結果として、内閣府の皆さんを中心とした方々の努力が実って、今回、子ども子育て関連3法ということで、小規模保育を地域型給付のメインのような形で制度化していただいて、そのおかげで、この「おうち保育園」のような小規模保育が全国でできるという時代に2015年からなったということは非常に喜ばしいことだと思っております。
    ただ、病児保育と同じですが、参入がわっと広がることによって確かにインフラは広がるのですけれども、やはり子どもの命がかかっていますから、そこで事故があってはいかないわけです。小規模保育のノウハウとか、やり方をきちんとした形で可視化して、共有して、絶え間ない研修がある、という体制にしなくてはいけない。そこで、全国小規模保育協議会を作りました。今は数少ないのですけれども、小規模保育を制度化している横浜市で16ぐらいのNPOが小規模保育をやっています。東京ではフローレンスが6園で一番多い。みんなで研修して、ノウハウをきちんと高めていこう、いい雰囲気を作っていこうことで、今、動いています。モデルを作る、それを何とか制度化していただく、そして、それがきちんと回るようにメンテナンスするという形で、政策を後押しするという形を、このおうち保育園事業でやらせていただきました。
    これと同時並行して、2010年の1月から6月まで、内閣府の非常勤国家公務員という形で寄付税制を担当しました。そういう形で民間が行政の世界にかかわる回路もできつつあるのです。民間でモデルを作るところまではできると思います。しかし、通常、それを制度にのせるということはハードルがあるので、今回、各省庁の官僚の方々にお聞きいただいて本当にうれしいなと思うのは、そうしたモデルをある種ブリッジングしてもらって、制度にしていっていただく。そのときに、各省庁と民間との間でコミュニケーションがないままやるのではなくて、例えば我々のような民間の人間に聞いてもらったり、一緒に作っていこうということができればいい。制度は、細部に神が宿る部分がありますので、本当に扱いの良い仕組み、制度にしていくという形ができるのではないかと思います。我々は現場のことは知れども、条文をどう書くかというノウハウがほとんどない。「等」が入ることでどれだけ範囲が広がるかということもなかなか分からない。各省庁の皆さんはそのプロフェッショナルです。足りないところは補完し合い、現場に即した制度を作れる可能性がある。私も今回、待機児童対策に間接的に関わらせていただいくことによって、非常にそれは強く思いました。
    事業を通して社会を変えていく可能性はある、役所の方々とつながることによって良い制度が作っていけるんだという話に関連して、ロビイングも世の中を変えることの1つだと私は思います。ロビイングというと、アメリカのようなものが連想されてしまうのですけれども、アメリカのようなロビイングは、例えば業界団体が自分たちのいいように政策をある種ねじ曲げて、それがビジネス、お金になるということを連想しがちです。むしろそうではないやり方を、ある種の市民型ロビイングとして確立していくことこそ、国民が政治に、国民が行政に主体的にかかわる手段、回路になるのではないかと思っております。
    その一例を挙げるとすると、病児保育バウチャーというものがあります。病児保育の世界でなかなか事業者が増えない理由として、訪問型の病児保育をやるにせよ、なかなか利用しやすい値段になっていないということがあるわけです。なぜなら、訪問型の病児保育には補助金が入らないからです。だから、フローレンスではやれても、ほかのベビーシッター会社では厳しいですよねとなってしまう。だから、どのようにしてそれをみんなが使える社会インフラにしていこうかと考えたときに、病児保育の利用料が安くなるというバウチャーがあれば、病児保育をより使いやすくなるのではないかなと思い、区議会議員の方に提案しました。区議会議員の方の勉強会に行って、病児保育の政策でどんなことが実際できるのだろうかといったときに、確かに施設を増やす手もあるでしょう、しかし、例えば小児科がそもそも少ないなど施設を増やすことが現実的ではない地域もあるので、ベビーシッター業者が喜んで参入してくるような政策を採るべき、それが病児保育バウチャーです、ということでお伝えしました。そうしたら、やる気になってくれた渋谷区の議員さんがそれを渋谷区保育課に持って行って、検討の末にできることになって、議会も通過して、渋谷区病児病後児保育補助というような名前で制度化しました。これは、区民が1時間病児保育を利用したら1,000円補助が入る仕組みです。例えばベビーシッターの相場は東京都内だと、病児保育をやるという場合は2,000円から、ちょっと高いところになると3,000ぐらい。そのときに、差額だけ払えばよくなりますから、2,000円だったら1,000円補助されて1,000円で使えるようになる。1時間1,000円だったらファミリーサポートとそう変わらないで使えるようになるので、より多くの人が使えるようになる仕組みです。
    事業者補助だと1回承認されればそこに補助し続けることになる。例えば病児保育の施設は、1回委託が決まってしまえば、ほとんどの場合、委託し続けます。そうすると、成果に関係なく補助されてしまうということになりがちです。成果と連動せず、なおかつ、その1つだけになってしまうから、ほかの事業者の参入を阻害するという要因になってしまう。病児保育バウチャーのいいところは、使ったときにその区民を補助することになるので、要は事業者の補助にはならないんですね。区民を補助することになる。事業者側としては一生懸命預かろうとなる。競争というとちょっと語弊があって余りよくない言葉ですけれども、競争環境を作ることができるということがいいところです。サービスの質を落とさないでやっていこうとなるわけです。
    バウチャーというのは、文部科学省も厚生労働省もあまり好きでないと以前聞いて、ちょっとへこみましたけれども、そういう意味では使える政策なのではないか。特に、施設でできないけれども多くの人に使ってもらいたいという場合は、こういうバウチャーが政策の選択1つとしていいのではないかと思うので、今(ここにいる各省庁の皆様に)ロビイングしますけれども、御紹介したいと思います。
    渋谷区の区議会議員さんにお伝えしたら、区議会議員さんが区に言って、区が制度化した。そして、制度になっている。単なる一民間の人である私が、自治体の政策を変える、あるいは作ることにつながった、つながるということもできるということです。渋谷区でやると、そのあとを足立区が続きました。千代田区は渋谷区と同じか少し前ぐらいにやっているので違いますが、足立区は渋谷区を参考にしてくれて始めています。1つの自治体でやると、追随する自治体というのが現れ、さらに横に展開されていく。このようにして、自治体レベルの政策に関わることができる。
    子ども・子育て新システムについても、先ほどお話しましたけれども、メディアに出て民間側から保育制度改革を訴えてきました。例えば、内閣府から保育団体に対して、あなた方はちょっといけない、とはなかなか言いづらいと思います。そういう意味で、国民を説得したり、世論を喚起したりするときに、ある種NPOだとか民間側のサイドの人間が声を上げることで、保育園制度の改革が必要という世論を作ることがある程度できる。ですから、省庁とNPOが改革を一緒に頑張ろうよと、もしタッグを組んで一緒に作ることができるのであればいい。官僚の方は内部で頑張っていただいて、NPOは援護射撃としてメディアに出ますね、という感じですることができたりとか、あるいは、インターネット動画で与野党の議員を呼んで討論させて、最終的にはまとめて舞台裏では手をつながせるみたいな、そういったこともできるわけです。
    行政と民間とのパートナーシップによって政策を実現化させやすくなることもあるし、そういう可能性も追求できるということを知っていただければいいなと思います。もちろん、自己利益のためのパートナーシップだと全然よくないと思いますが、国益のため、我が国のための政策、そして、それが様々な既得権益やしがらみがあってなかなか難しい、しかも国会がねじれているというときに、やはりそれでも通さなければいけないというときは、ある種セクターを超えた連帯によって政策を通していくことは可能なのではないかと思います。
    民間側として、まずやってみる。やってみてうまくいったら、そういうモデルを提示する。行政側にボールを投げて、キャッチしてもらって制度にしていただく。制度にしていただく中で、細部については民間にヒアリングしていただきながら、条文を書いていただく。法案を実際に国会に提出して通そうといったときに、世論の盛り上げが必要だったり、政治家の後押しが必要だったりというところは、例えば民間サイドやりますという形で、協働しながら1つの政策を作っていくことが可能な時代になっているのではないかと思います。
    それでは、一旦とりあえずこれで終了させていただいて、質問を受けつつそれに対して接ぎ木していって、お話を続けさせていただきたいと思います。

質疑応答

  • 質問者1 貴重な講演をありがとうございました。フローレンスさんの会員数と、支援している子育て経験12年以上のレスキュー隊の人数も一緒にお聞かせいただけたらと思います。
  • 駒崎氏 利用会員の方々は約2,000世帯です。こどもレスキュー隊員は大体60人ぐらいです。
  • 質問者1 東京都23区と周辺の市をその人数で回していらっしゃるということですか。
  • 駒崎氏 そうですね。
    なぜできるかといいますと、病児保育というのは毎日あるわけではない、起きたときに駆けつけるという形をとるわけです。ですから、2,000世帯いても、1日に起こる件数はある程度予測できます。例えば今の季節だったら大体25件です。25件を対応できるだけの人を用意しておけばいいというわけです。件数は季節ごとによって変わります。例えば冬場はもっと増えますし、夏場は夏風邪が流行らない限りずっと下がる。こういうことを保険と同様に基本的には計算して、それに合った人を対応させるというモデルです。
  • 質問者1 今までに、レスキュー隊の人数が足りなくなってしまったという事例はありますか。
  • 駒崎氏 今まで1万数十回やっていて、1,2件はありましたね。ほぼ100%対応しています。
  • 質問者1 ありがとうございます。
  • 質問者2 レスキュー隊員の方の処遇は、基本的には固定給という形がベースなのでしょうか。
  • 駒崎氏 こどもレスキュー隊員の中には、病児ケアビルダーという人と、地域レスキュー隊員という人がいます。地域レスキュー隊員というのは、普通のベビーシッターに近く、登録制になっており、この日とこの日とこの日があいているからという形でやります。ですので、地域レスキュー隊員の場合はある種、出来高給になります。病児ケアビルダーのほうは、ベビーシッター業界ではほぼ皆無なモデルですが、固定給です。病児保育があってもなくてもお給料を払います。固定給で払うというのは非常に珍しいです。定期昇給もあります。
  • 質問者2 ありがとうございました。それぐらいの処遇だと希望者が多いというか、求人としても十分競争力があるという感じになるということでしょうか。
  • 駒崎氏 そうですね。ベビーシッター業界で固定給を支払う事業者はほとんどないので、そういう意味ではかなり応募が来ます。かなり来ますが、10人来て採用に至るのは1人なので、そういう意味ではまだまだ採用力を高めていかなければいけないなと思います。
  • 質問者2 ありがとうございました。
  • 駒崎氏 こういうモデルを最初に作るのは誰でもできるのですけれども、それをやるというのは2光年ぐらい遠い話です。最初こういうモデルを考えてみても、実際子どもレスキュー隊員に誰がなってくれるか非常に戸惑いました。自分に子育て経験のある40代~50代の女性の友人がいるかといったらいないわけですよね、当然。ですからどうしようかなと思って、それで母に力を貸してくれと頼んで、ようやく1人目ゲットという、非常に恥ずかしいやら泥臭いやらというところから始まりました。そして、1万枚のチラシを母と一緒に近所のマンションや団地のポストに配りに行きました。大体1万枚まくと、1件問い合わせが来て、2件問い合わせが来ると、1人ぐらい面接に来るかなという感じで、面接を2人ぐらいやると、1人よさそうな人が来るという感じですね。江東区の団地という団地でポスティングしていないところはないというぐらい行きました。指紋がなくなるまでポスティングをして、不審者だとつかまりそうになったぐらい、そういう泥臭い感じで、最初はやりました。途中から、どうもインターネットのほうが人が来るらしいということがわかりまして、40第~50代の人はインターネットを見ないという固定観念がありましたが、全然そんなことはなくて、携帯などでみんな見るわけです。インターネットで求人をしたらどんどん来るようになって、さらに、固定給の病児保育ケアビルダーという仕組みを作ったら、さらに来るようになったという感じで、少しずつ採用力を高めているのですけれども、非常に試行錯誤の連続でした。
    厚生労働省さんがやっているファミリーサポートセンターという非常にいい助け合いの仕組みだと、2時間ぐらいで済むので結構気軽にやってくれますが、病児保育の場合すごく朝早く起きて、利用者の家に例えば8時に行って夜の18時まで預かったりするので、非常に時間が長い。しかも熱を出している子で、責任もある。それなりにスキルも必要となると、対応できる人が狭まるわけです。そういう意味ではハードルは物すごく高いですね。それを下支えするための研修とかバックアップもきちんとやらなくてはならない。そういう意味でバックアップ費用も非常にかかりますし、だから、非常に高コストなものになります。補助はないのでそこを賄うために何とか月会費制という形でやっているというわけです。
    月会費を払えないという層の人たちもいます。具体的にはひとり親の人たちです。ひとり親の人たちは、非常に低所得の人たちが多い。平均年収213万円。自分しか看病できる人がいないから、自分が休むと雇い止めや解雇につながりやすい。こういうひとり親の人たちに何とかしてこの病児保育を届けたいと思い、ひとり親パックというモデルで、月々1,000円払ってくれれば通常パックと同じサービスが受けられますというものをやっています。もちろん赤字ですので、どう埋めているかというと、寄附金で埋めています。全国からサポート隊員という人を募って、それもインターネットで、かつクレジットカード引き落としで寄付してもらっています。そういう継続的な寄附によって、ひとり親に対して低価格のサービスを提供しています。ですから、普通の共働き家庭には通常パック、ひとり親の低所得の人たちにはひとり親パックとして、同じサービスを提供しているという形をとっています。
  • 質問者2 レスキュー隊員の方々は、今ご説明いただいたように、多分ほかのベビーシッターをやられている方よりもそれなりに処遇が安定していたり、時給が上がったりということで、それなりの収入になるんだろうとは思いますが、今、中心になっている方々、40代~50代ぐらいの方だと、比較的、パートナーというか旦那さんが安定した職業に就いて、それなりの所得があって、一方で奥様がレスキュー隊員になるというところで、ある種成り立っている部分があろうかと思います。レスキュー隊員の年齢が若くなったらどうなるかというのが1つ。
  • 駒崎氏 わかりました。ありがとうございます。
    実は、病児ケアビルダーの半数は20代、30代です。20代でいうと、東京都の認証保育所と処遇がそれほど変わりません。そういう意味では、補助金を投入されている認証保育所と大体同レベルということで、ある程度競争力があると考えています。かつ、定期昇給もきちんとしますので、定期昇給があまりない保育園と比べるとそれなりに処遇としては勝っているかなというところはあります。
    ただ、処遇は勝っていますが、病児保育自体の認知度がそれほど高くなく、普通の保育士さんは施設に勤めるという頭があるので、いきなり新卒から病児保育をやるという人はあまりいません。それに、普通の保育スキルはあったほうがいいので、基本的には我々は中途採用がメインです。新卒では採用していません。中途採用の方の多くは、保育園や幼稚園で働いていた人が転職してくるというパターンが多いです。
  • 質問者2 ありがとうございました。
  • 質問者3 民が動けばという点と、官が動くという部分の両方について伺います。まず、病児病後児保育もそうですし、ほかの部分もそうですけれど、もう少し駒崎さんのような社会起業家が育っていくような土壌が必要なのではないかと思います。どうしたらもう少しそういう志の高い方をサポートしたり、自分も起業しようと思えるような環境が作れるのか。民の方に動いていただくためにはどうすればいいのかというのが1つ。
    もう1点が、官が動くほうでありますけれど、国策になりましたという話がありましたけれども、病児病後児保育が充実している実感が全然ありません。私自身も、私や妻の友達も悩んでいる人たちがたくさんいます。国にしても自治体にしても何とかならないのかなと、ひとりの親としては思うところがありまして、行政をどう突き上げていくべきなのか、国や自治体はどうあるべきかというところのお考えをお聞かせいただければと思います。
  • 駒崎氏 すばらしい質問をありがとうございます。
    後者の質問から行かせてください。緊急サポートネットワークというのは話におちがありまして、実は記事になった3年後、廃止になりました。その理由としては、余りうまくいかなかったからです。細部に宿っていた部分を押さえていなかったというところが問題でした。もし時計の針が戻せるのであれば、もっと一緒になって考えられていたら、もっとうまくいけたのにと感じるところはあります。行政の方は、制度化される技術もおありですし一生懸命働かれていいと思いますけれど、もっと現場の人を巻き込んで、一緒に制度を作ることはできないものでしょうかということです。皆さんから見たら、制度の整合性から無理だよと思われるところもあると思いますが、でも、ヒアリングだと伝えきれない部分とか視察ではわからない部分がどうしてもあります。もうちょっとうまく民間を巻き込んでできたらなとすごく思います。
    子ども子育て新制度の中では病児保育事業は自治体の裁量になります。もちろん自治体が計画を作ることになっていますけれども、今までもやろうと言っていたけどやれていない状況で、それは多分変わっていない。だから、病児保育事業は多分広がらない。けれども、小規模保育に居宅訪問型という新しい類型を作ってくれた、これは、ベビーシッターのようなものにも補助するという非常に画期的な類型で、これが例えば訪問型病児保育にも適用できるとなると、国全体で病児保育バウチャー的なことができるようになるわけです。そうすると、たとえ施設が増えなかったとしても、ベビーシッターのようなところが病児保育をやれば、それに対して住民が補助されるという形になるので、爆発的に広がる可能性を秘めている。詳細は、子ども子育て会議によって決められるということで、まだ中身はブランクになっていますが、ここの部分を内閣府の方々が頑張っていただければ、病児保育や障害児保育も広がる可能性が出てくる。非常にいい政策の種があるので、ぜひそこは無駄死にさせないで実現してほしいなと思います。もしそれができれば、本当に変わったなという実感が得られるようになるのではないかと思いますので、ぜひ、ともに制度設計に踏み込んでもらえたらうれしいと思います。踏み込ませてもらえたらうれしいと思います。
    前者の、社会起業家をどう増やすかに関しては、実は私もすごく問題意識を持っています。というのも、大学などで講演すると、NPOを起こしたいとか、NPOで働きたいという学生の数が、5年前より圧倒的に増えています。僕のところにも頻繁にメールやフェイスブックで、教えてほしいという連絡が来ます。2003年に僕が立ち上げようと思った時には、僕がITベンチャーからNPOをやるというのが恥ずかしくて言えなかったぐらい認知度がなかった。社会起業家という言葉ももちろんなかったですし、僕も言われなかったですし、だからフリーターという感じだったのですけれども、2008年とか2009年ぐらいから扱いが全然変わりました。5,6年で文化は変わるということを体感しました。だから、日本ではNPOを文化的に増やせないということは僕は全然ないのではないかと思います。
    では、何がそれにブーストをかけるかといったら、社会的な資源だと思います。例えば僕が立ち上げるときに、資金が問題でした。フローレンスを立ち上げるのに700万ぐらいかかりましたが、それを集めるすべがなかった。会社だったら資本金を集める、出資してもらってということができますが、NPOではそれはできない。だから、ありとあらゆる助成金、特に民間助成金ですね、企業助成金や財団助成金にアプリケーションを書いて出していった。それでひっかき集めたという感じです。100万、200万をひっかき集めました。いろいろなビジネスプランコンテストに出て、優勝とか準優勝すると数十万もらえるから、それにも出したりして、すごい苦労しました。
    例えばそこで、登竜門みたいなビジネスプランコンテストみたいなのがあって、それを通れば300万とりあえず手に入ります、あるいは長期貸付でもいいです、5年、10年で返せばいいよみたいなものがあったら、多分すごく楽だったと思います。そういうスタートアップのときのお金を支援するような仕組みがあったらいいとは思います。借りればいいではないかといわれますが、NPOに貸してくれる銀行はほとんどありません。当時の国民金融公庫ですら、NPOでなぜお金が必要なのですかと言われました。そもそもNPOとは何ですかと担当者の方が言われたぐらいの認知度でした。今はもう少しましになっていると思いますが、それでもお金を借りるのは少し厳しいのです。スタートアップのときは借りづらいから、それを何らかの形で流すというのが必要ですよね。そして、ある程度の規模になったら貸付でいいと思います。普通に市中銀行から借りられますので、いい。その手前ぐらいだと融資が厳しい。そんなときには中小企業庁がやっている中小企業向けの貸付みたいな政策に乗れるといいですよね。中小企業法は、中小企業というものを定義していてNPOは中小企業ではありません。法人税は中小企業と同じだけ払うのに、中小企業扱いではない。今、経済産業省が国会に出している法律で初めて中小企業を拡大解釈してNPOも入れ込むことをやってくれようとしていますが、参議院で審議がとまってしまって通っていないので、作れていない状況です。うまく中小企業政策とNPO政策をリンクさせるようなかけ橋が必要かなと思います。経済産業省がやっている中小企業支援というのも一応その中に社会起業家も入れ込んでしまえば、結構な支援になると思うので、そこは縦割りを廃してぶち破ってやっていただければと思います。
    もう一つ、仕事によってNPOは育つ。どういうことかというと、例えば自治体の仕事を受けて、その仕事をこなしていくことによって組織のレベルが上がっていくということもあるわけです。仕事が組織を育てる。ですけれども、その仕事が、例えば自治体の特に福祉系は、まず社会福祉協議会がそれを受けるという形になります。いろいろなNPOが受けられる仕事がありますが、その市場が開かれていないことによって、仕事が落ちてこない、だから育たないという状況になっています。これはイギリスと対照的です。イギリスでは、そうした自治体の仕事はどんどん外に出していって、それを受けているのがNPOや社会的企業と言われるところです。社会的企業のための受け皿としての法人格も新たに作っています。CIC(コミュニティー・インタレスト・カンパニー)という新しい企業です。半企業・半NPOのような法人格まで作っているわけです。そのような形をとって、小さな自治体、小さな政府だけれども、民間の分厚い事業者たちを育てていって、そこが同じぐらいの額で、よりパフォーマンスの高い形で運営してくれるだろうということをやっているわけです。
    ですから日本でも、自治体から準行政に出すというのではなくオープンにしていって、NPOでも受けられるようにしていけば、どんどん大きなNPOが出てきますし、力強いNPOが出ていく。参入していこうという人も増えてきますので、そういう環境、市場を作っていくのが非常に重要かなと思います。
    いい質問をありがとうございました。
  • 質問者4 今日はありがとうございました。今日のお話をお伺いしていまして、ベースとなるのは民と官の連携ということを駒崎さんはおっしゃりたいのだと思いますが、話の中にも出てきましたけれども、例えば民がモデルを作り、官がそれを制度化するという役割分担、お互いの長所を生かす一方で、駒崎さんが内閣府の非常勤の職員として中に入ったそうなので、その感想も聞きたいです。一方で、官のほうが現場をまず知るというのが大事だと思っておりまして、インターンでもいいですし、プロボノでもいいんですけれども、NPOが官を受け入れるニーズがあるのかどうなのかを教えていただきたい。
  • 駒崎氏 すばらしい御質問ありがとうございます。
    僕が内閣府にいたときに、松井副長官(当時)に何か案を出してと言われたときの1つがまさにそれで、要は出向ですね、官の方が民間に出向するというモデルをNPOでも当てはめてくれないかということをお願いしました。この前、人事院の課長さんにお話したときに、それは現行制度でもできるけれど、現行制度の場合は給与の半分を企業がもつモデルになっているらしく、その負担はNPOには重いのではないかという話でした。例えばそこを、NPOで3分の1、中央省庁が3分の2のようなモデルにするなど費用面で負担になることではないというのであれば、NPOとしては万歳でもろ手を挙げて官僚の方を引き受けたいと思います。それは、もちろん官僚の方が優秀だということもあるでしょうし、中長期的な関係構築という意味においてもすごくいいと思います。例えば先ほどのロビイング話でも、現場を分かってくれている官僚の方がいることによって、全然共通言語が違うと思います。官僚の方に現場に来ていただいて共に汗をかくということに関しては、ものすごいニーズはありますし、あると言っている仲間たちも多いです。しかし、今の制度だとなかなか、負担が大きいというところがあるわけです。ぜひとも実現していただきたいと思います。
  • 質問者4 非常勤のときの感想はいかがですか。
  • 駒崎氏 内閣府の人たち、国の中枢の人たちがいて、その人たちが本気になればできないことは何もないのではないかと、僕は勘違いしていました。彼らがやらないのはやる気がない、もしくは波風立てたくないからだと思い込んでいたのです。実際に中に入ってみて皆さんとお話したときに、本当に一生懸命やられていますし、熱心ですし、本当に夜遅くまで働いていますし、すごいなと心から思いました。でも、構造自体が、システム自体が何かをドラスティックに変えたりすることを許さないということだと、入って初めて気づかされました。
    例えば、審議会のネームプレートなどを官僚の人が自ら作っているのだろうとか不思議になるわけですよ。別にアウトソースしてやらせればいいではないかという感じがしますが、そういうものにすごい時間を使われている。そういう時間があるなら、もっと政策のことをやられたらいいのにと思いました。そういう内実を知れたことによって、いわゆる官僚バッシングをしていても全く意味ないんだなということが分かりました。
    それと同時に、総理大臣の権限の微妙さみたいなものもすごく感じました。例えば鳩山総理が税制改革を頼むよということで、それを財務省に伝えたら、財務省の某課長が別の制度と整合がとれていないのでだめですと突き返すというようなやりとりがありました。民間企業だったら、社長がやれと言っているのに課長がそれはできませんなんてあり得ない。どうしてそうしたことがまかり通るのだろうと思って、でもやはり高度に権力を分散させている今の仕組みならば、たとえやれと言ってもすぐにはできない。それに、与党がやれと言っても野党が強いような状況だったらそれもできない。総理大臣になったら何でも変えられるというのも違うということを本当に目の当たりにしたわけです。
    湯浅誠さんが言っていたこととオーバーラップしてしまいますが、政治家や官僚をバッシングしても世の中は1ミリたりともよくならない。むしろ、具体的にこうすればいいというものを作って、膝を突き合わせてやっていきましょうよという形で、少しでもいいから成果を作っていくことを積み上げていくことでしか変わらないのではないかということを、肌身で痛感したというのが、貴重な6か月間で学ばせていただいたことです。
    また、ワークスタイルの文化差みたいなものはありました。例えば、民間というか僕たちだとメーリングリストでコミュニケーションをとって、メールベースで物事を決めてしまうとか、あるいは電話会議で済ませてしまうところもあるのですけれども、出勤簿にはんこを押してというような役所のスタイルは結構新鮮でした。別に出勤しなくてもどこでも仕事はできるのですけれども、僕の日給は内閣府という場所に来てはんこを押してそこに座るということで担保されるものですという話があったので、これはワークスタイルが違うと思いました。僕が今、経営していても、実際にオフィスに行かなくても、例えばスカイプを通して会議に参加して決済をしたりいうことが日常的に行われますし、社員でも在宅勤務は許可しています。そういう意味では、働くことの文化差というものがありました。だから、出勤できないときはほとんどただ働きではありました。はんこを押さなかったので。ただ、寄付税制の改革をむしろお金を払ってでもしたいチャンスだったので、いい経験させてもらったなという意味では、僕は内閣府さんには物すごい親近感と愛情を持っているんですね、本当は。
  • 質問者5 例えば、起業しようとしたときにはそれほどのネットワークもなく、物事を運ぶのもうまくいかなくて、それが今ではネットワークが広くなり、ノウハウも獲得してきたと思います。しかし、そこに行きつくまでに、挫折する人も少なくないと思います。これから社会起業家になろうという方、駒崎代表のような方を目指している方に、ここは苦労したから、ここは頑張りどきなんだよ、例えばネットワークを広げていくときにここが大変で諦めてしまうかもしれないがこうやって乗り切るんだというような、雑駁に言えば、ポイントというか、ここは乗り越えどき、ここでこういうことが待ってるよというようなことを教えていただければというのが1つです。
    もう一つは、病児保育をやられて、その次はおうち保育をやられて、その次は何をされるのかなというのをお聞かせいただければと思います。
  • 駒崎氏 ありがとうございます。後者の質問から行かせてください。
    次は、というか並行していますが、ひとり親の支援を頑張りたいと思っています。今ひとり親に対して安価な病児保育を提供しているだけですけれども、いろいろ関わっていくとそれだけでは足りないので、ひとり親の方のキャリア設計と自立支援のようなところで何かできないか、その研究をしています。
    ひとり親の方にヒアリングして見えてきたのは、何となく漠然とした不安を抱えているというところです。自分の子どもたちに大体幾らぐらいお金がかかるのか全然分からない、そこから逆算して、今の非正規から正社員になればいいのかどうなのかも分からないという五里霧中の中にいる状況がある。例えばそういうところを解消してあげるためのライフプラン設計のようなものをプログラム化して広げていき、なるほど、この時点でちゃんと転職活動して5万月給を上げなければいけないといったことが分かれば、ある程度主体的に人生設計していけるようになる。そういうものを保険会社さんと一緒に開発できればと思っています。あとは、被災地支援もやっていまして、福島の子どもが放射線の関係で外で遊べないので、そういう子どもたちに対して屋内公園というものを作っています。郡山に1園、南相馬に1園やっています。自分たちで子ども、子育て、遊びのノウハウを使って、被災地の子どもたちが遊べる環境を作るというのを引き続きやっていきたいと思っています。
    あと、ロビイングとして皆さんにちょっとご紹介したいのは、休眠口座基金というのを仕掛けています。10年間動きがないと休眠口座という形になって銀行の益金として処理されますが、そういうお金が毎年800億円ぐらい出ています。4割ぐらいは返してと言われ返還されますが、大体は永久休眠してし、そこに滞留してしまう。それは非常にもったいない話だと思います。我々がひとり親支援をして、貧困支援に踏み込んでいくと、このタイミングで10万円あれば入院できたのにとか、このタイミングでこれだけのお金があれば塾に行けたのにということを垣間見ます。少額のマイクロファイナンスのようなものが先進国でも必要だと思いました。いろいろなNPOの人と相談していたら、韓国のNPOの人が休眠預金を活用してマイクロファイナンスをやっていることを教えてくれました。韓国では休眠預金を基金として活用して、低所得者の人に貸付をしたり、それこそ社会起業家のスタートアップに対して融資をしたりということをやっていました。
    イギリスでもこの4月から、ビックソサイアティキャピタルという名前で、休眠預金を活用してソーシャルビジネスを支援したり、貧困支援をしていくことを始めています。それと同じようなことを日本でもできないかということで、2011年の新しい公共推進会議で提案させていただいて、古川大臣が成長ファイナンス会議で取り上げてくださって、民主党政権ならば2014年から始めますよというところまで進めてくれました。民主党政権ではなくなったら、閣議決定していても反故にされる可能性もあるので、引き続き超党派議連などを作って、自民政権になっても続いていくということをやっていきたいと思います。もしそれができれば、世界最大のマイクロファイナンス機関を作ることができ、それによって新しいセーフティーネットを作ることができます。
    毎年800億円あれば、どう少なく見積もっても300億円は活用できるんですよ。300億円あれば、今の児童養護施設に行っている子どもたちが、この子どもたちの大学進学率が16%ぐらいですよね。今、日本全体の平均が5割ぐらいなのに、そういう子たちは生活費とかがないから大学に進学できない。だったらその子たちに奨学金を貸してあげられるわけです。その300億円があれば、日本中の全ての児童養護施設の、大学進学を希望する子どもたちに対して奨学金を提供できるというぐらいのお金なんです。ですから、社会保障全体として何兆円もあるから、そういうのに比べたら狭い話かもしれない、小さい話かもしれないですけれども、しかし、そういった、官のお金ではなかなか補助できなかったりだとか、行き渡らない制度の谷間に対して、民間サイドで財団か何かを1個作って、休眠預金を原資にした貸付ができれば、新たなセーフティーネットを創出することができるのではないかと思って、それの仕掛けを今作っています。休眠口座国民会議というのを作って、民間団体を作って、ロビイングの後押しをしていて、超党派議連というのも作っていこうということで今うごめいていますので、そういったことをやろうとしているのが次の一手です。
    前者のほうで、社会起業家に対してアドバイスですけれども、最初のプランからうまくいく人はいません。僕たちも、あたかも最初からこういうことをやってうまくいったという話をしていますけれども、実は何度も何度もプランを書き直して、当初やったアイデアとは違うアイデアで今やっています。病児保育も最初は施設を作ろうと思ってやっていましたが、うまくいかず、どうしようということで施設を持たない形でやろうとなりました。プランBなのです、プランAではなかった。こういうことは、ビジネスの世界でもNPOの世界でもすごくあるので、失敗を織り込んで、制度変更を織り込んで、方針転換をしていきながら、ジグザグしながら、いいモデルを作っていこうということを伝えたいと思います。方針転換というのは恥ではないし、成功へのプロセスだということを知ってもらわなければいけないでしょうし、それを下支えするような仕組みも必要です。戸惑いながらも進んでいくための燃料を補給してあげるのも必要だし、もし1回失敗してももう1回プランCで頑張ろうという再チャレンジにも拍手を送るような仕組みが必要だと思います。日本だと1回失敗したら落伍者の烙印を押されがちですし、連帯保証をしていたりすると本当に奈落の底まで落ちるということもあったりするので、そういうものではない、何度転んでも立ち上がれるという仕組みを社会的、文化的に作っていく必要があると思います。
  • 質問者6 すごく勉強になりました。ありがとうございます。
    若者は、市民参加や政策的なことに関わりたい、何かしたいと思っている人はたくさんいるのに、ノウハウが全然分からなくて、しかも学校でも全然教えてくれない。NPOの活動でも、領域によっていろいろなやり方があると思いますが、例えばフローレンスさんだとこういうやり方があるし、環境分野だとまた違う、医療の、地域の医師不足の問題だとこういうやり方がある、いろいろなやり方があると思いますが、今までNPOさん同士でお話されたことはありますか。
  • 駒崎氏 いい質問ありがとうございます。
    領域ごとに違うことはもちろんありますが、NPOを経営するという意味においては、普遍的なことは非常に大きいです。例えば介護でも、保育でも、きちんと組織を作って、人を雇って、対人サービスを行うことにおいては、むしろ共通点のほうが多いです。介護事業をやっているNPOの経営者からは教えを乞うて、僕はいろいろな経営ノウハウを教えていただきました。そういう意味では、社会起業家、あるいはソーシャルビジネスという枠組みの中でノウハウを移転することは十分可能です。
    ただ一方で、まだまだNPOができて新しいので、ある種ビジネスで蓄積されてきた経営ノウハウみたいなものはいまだ体系化されていないと言っても過言ではありません。そういったことを、今、暗黙知化しているので、ちゃんと本にしたりだとか、あるいはケーススタディーにしたりだとかということで蓄積していく必要があるだろうと思うので、出版などを通じてブロックを積み上げていきたいという思いがありますね。
    特にロビイングみたいな話はほんとうにまだまだ暗黙知なので、市民型のロビイストの方はいますが、その人が墓場まで持って行くというような感じでノウハウが共有されない。例えば審議会に参加してもただ好きなことをしゃべって終わってしまう。けれども審議会には審議会のルールがあって、本当に政策を作りたいなら報告書には大切なキーワードを入れ込まなければいけないし、その文言を入れ込んでいなければそういう話はしていないですよねと政策にも反映されない。だから、その文言を入れ込むために審議会の場で話す、自分が話すだけではだめだから味方を作って複数人で話して必ず入れていくとか、そういうようなノウハウも余り共有されていないわけです。僕の使命としては、そうしたものをきちんと志ある人に届けられるような形で可視化する、本に出したりだとか、あるいはこういう場でしゃべったりして伝えていき、そして、そういうことができる人たちを育てていって、少しでも、その人の住んでいる自治体で何とか少しでもいいから制度を変えていくような形で動いてもらう、そういった人たちをどんどん増やしていかなければいけないだろうなと思いますね。
  • 質問者6 ありがとうございます。
    そのような育てる場、大学でも教えられているとおっしゃっていましたけれども、大学の外でも、街でうろうろしているような若者でも社会のために何かやりたいとか、社会とかかわって自分の生きた証を残したいという若者がいっぱいいるというのを知りました。学校だけではなくて外で、せっかくいいノウハウを持っていらっしゃるので、社会とのかかわりのノウハウを教えていただける場をもたれることを考えていますか。
  • 駒崎氏 それは非常に大きなテーマだと思うんですね。大学であればカリキュラムにそうしたものを入れ込んでいけばいいだけだと思うんですけれども、社会人になるとなかなかそういった場というのはないわけですよね。ですから、ある種の社会教育というものの文脈の中にどのようにして市民教育、市民たることを伝えていくかというテーマだと思います。
    例えば僕が留学していたアメリカだと、地域の教会に日曜日に行って、コミュニティーワークとしてみんなで掃除しに行こうというようなことがあったりして、その中で職場以外の人たちと知り合ったりすることがあります。地域のNPOが非常にたくさんあるのと同時に、動きが盛んで、みんな大体そういうところに参加しているわけです。仕事が終わったら、地域の父親の会みたいなところに参加してみんなで何かやろうよと。例えば私のホストファザーだった人は、子どもたちのためにスクールバスを輪番で運転するというサークルに入っていました。アメリカでは、すごく貧しい家庭は車を持っていないので、なかなか高校に送ってあげられない。徒歩だと1時間もかかり、嫌になってしまった子どもがドロップアウトしてしまうから、スクールバスをやっているのですね。スクールバスも財政が厳しいから、みんなでボランティアで運転しようという会に入っていたりします。みんなが何かしらの地域の集いに包摂されているという状況でした。包接されているコミュニティーが学びの場でもあるわけです。そこである種、貢献するということ、貢献するとみんなから褒めてもらえる、といった作法が学ばれるわけです。社会人がそういう形で、何らかに包摂されるという場を日本でも作れないかなとは思ってはいるわけです。
    しかし、日本での独特の問題は、長時間労働です。日本の社会人の多くは長時間働いていらっしゃるわけですね。そうすると、例えば会社が終わった後に2枚目の名刺を持って活動することが結構厳しいわけです。家と会社の往復になるということで、ある種職場にロックインされてしまっていて、地域社会に、特に男性は出てこないという形になるわけです。だから、学べる機会が失われるし、多元的な社会を自分の中に持つ機会が損なわれてしまうわけです。働き方を変えて、ある程度可処分時間を捻出して、つまり自分が10時まで働いていたら何とか7時半で切り上げて2時間半捻出しようと、それを使って、例えば子どもが起きている時間に帰って家庭でコミュニティーをちゃんと作ろうということ、そして、7時半に帰れたら土日もアクティビティーをする体力があるから子どものサッカーチームのコーチをやろうというようなところから始めていけばいいですよね。日本の場合は、市民社会を実現するためには地域社会へのコミットメントや関わりが必要、そのためには働き方の変革が必要ということになります。僕がワークライフバランスを推し進めて頑張っているのもそういう文脈です。
  • 質問者6 勉強になりました。
    先ほど海外のNPOの形もいろいろ日本に取り入れる必要があるとおっしゃっていましたけれども、フローレンスさんのように独自に、日本モデルのような新しいNPOですとか市民参加のあり方というのもあると思うので、これから日本モデル、ザ・ジャパンだというのを日本も打ち出していくべきだと思うのですが、そのためにどういったことが重要かというのを教えていただけると助かります。
  • 駒崎氏 ありがとうございます。とてもいい質問だと思います。
    僕は、日本は進んでいると認識しています。いい意味でも悪い意味でもです。どういうことかというと、日本は課題先進国と言われるわけです。世界一のスピードで少子高齢化している。世界一のスピードです。2050年には日本の人口の4割が高齢者になる。人類史上、ある社会のうちの4割が高齢者という社会は存在していない。だから前人未到の領域に日本が世界で初めて突入していくのです。それの後を追うのが韓国であり台湾であり、シンガポールであり、中国です。少子高齢化は実は日本のオリジナルではなくて先進国がある一定のところまで、スピードの差はありますが、そうなっていきます。日本の後を各国が追っていると考えてもらってもいい、そういう意味ではすごく進んでいます。
    誰も受けたことのないテストを一番最初に受ける日本は、課題先進国ですけれども、その課題を日本が解決することができれば、日本が最初に答えを導き出せるわけです。そして、その答えを、日本を追ってくる各国に教えてあげることができるわけですよね。課題の解決策を、ソリューションを輸出してあげることができる。そのような形で日本は人類に貢献できることになるわけです。ですので、僕は、日本は課題解決先進国になれると思っています。そういう意味ではチャンスだと思います。
    現に、例えばフローレンスにも、韓国などから妙に視察が来ます。韓国は今、子育て支援という文脈では日本の15年ぐらい前の感じです。病児保育も全然ないですし、割と女性が働きにくいということも日本に似ている。日本は韓国にとっての未来ですという話です。未来から答えを教えてもらいたいということで視察に来てくれる。そうしたら、例えば僕らがノウハウを韓国の人に教えてあげて、韓国で病児保育をやればいいではないですか。そうすれば、ある種、日本の教訓や知恵を韓国に教えてあげて、韓国の人たちに日本が貢献することができるわけです。
    このように、さまざまな分野で日本は、世界各国に対してノウハウを提供し、そして、貢献することができるのだとするならば、日本は世界一人類の役に立つ国だとリスペクトされる日も近いのではないかと思っているのです。そういう意味でチャンスはある。病児保育は各国を真似する手本がなかったんです。例えば北欧だと、仕事が休めてしまうので、特に病児保育のインフラは余りないですし、アメリカだと、ナニー(※子どもの面倒を見てくれる女性のこと)が1日中子どもと一緒です。だからあまり参考にならないわけです。また、所得格差やある種の身分制が厳然としてあるような社会だったらメイドを雇えば終わる話なんですけれども、日本はそうではない。そういう意味では、僕が病児保育やこども園を作るときは、手本はなかったんです。
    今、目の前にある地域の課題に向き合ってそれに対する解決策を作ることが、実は世界の問題に対する答えを生み出すきっかけになるということです。日本発のモデルというのは、今、目の前にある問題を解決すればいいという話です。それは必ず世界にも役に立つはず。介護などは特にそうですよね。介護ロボットを作れば、町の介護ヘルパーが楽になると同時に、高齢化している先進国に輸出できるではないかという話になる。そういう意味では、僕はすごいチャンスは転がっているなと思っています。
  • 質問者8 ロビイングのときに、アメリカのような一種の利権争いのようなロビイングではなくて市民からのロビイングという形で行政にアプローチする一つの手段にしたいとおっしゃっていたのがすごい印象に残りました。個人的な意見としてはデモのようなものはほとんど意味がないと思っています。市民参加型のロビイングがもっと発達していれば、政府にとっても国民の声を吸い上げられて、それはゆくゆくは、国民にとっても真の意味での国民主権と言いますか自分たちの理想とする政策が繰り広げられて、すごいウイン・ウインだと思うのですけれども、なかなかそういう状況が生まれていない。その理由をどう考えますか。
    また、NPOでほかの社会問題、市場原理では解決できないような問題に取り組んでいるNPOさんがあると思いますが、そういうNPOさんに、実際にこうしたらいいよとか、こういう人にアプローチしてみたらいいよという紹介があればお聞かせ願えればと思います。
  • 駒崎氏 ありがとうございます。
    僕も、デモだけでは社会は変えられないと思います。デモをしているということを政策担当者が知っているかどうかというのもありますし、届かなければ意味がない。例えばデモをメディアが取り上げることによって、世の中の関心があるということを、関心のあらわれだというメッセージを送ることはできるわけです。そこでメッセージを送って援護射撃にしておいて、その中の1人がロビイングをして、政策にかかわるキーマンに対して代替案を提示する。例えば原発であれば、20年後に廃止するのはいいですがそれだけだと日本は困るので例えばオルタナティブとして自然エネルギープラス火力とLLGを使ってというミックスだったら現実的にここまで行けますよね、そしたら脱原発行けますよねというような話を渡す。そうすれば、政策を作っていこうという話になり得るかもしれない。
    デモで圧力をかけられて、いい気分をする人はいないわけですよね。そういう意味では、デモである種の圧力を与えながらも、やはり最終的にはある種の外交を行って落としどころを見つけないと、動かないのではないかなと僕は思います。
    魔女狩りをして魔女をたたいているようでは市民の目覚めではないなと思います。どうしたらいいのかというところまで考えて、感情を抜きにしてシビアに、本当にそれができるかどうかを考えに考えに考えを重ねてそれを提示していく、ということがなくて、単に、何とかしてよ、詳しいことは官僚に任せた、ではだめだなと思っています。
    では、どうしていけばいいのかという話だと思います。NPOみながそういうやり方を知っているかと言ったら、まだ全然知らないと思います。けれども、これはNPOの責任としてそういうノウハウを身につけていくべきだと思います。実際にアメリカだと、割とそういうのをやっています。例えば、日本でいうところの多重債務問題に切り込んでいて、自分でマイクロファイナンスをしながら、法律案を州政府に提案して、ロビイングして、可決させて、1つの州が通ると、ほかの州も、ではやるか、やるか、やるかと広がっていく、そういったことを仕掛けているNPOも多々あります。アメリカでできて日本でできないわけがないと僕は思っています。単にノウハウをみんな知らないし、やってこなかったということだと思います。
    それはなぜかというと、NPOは不偏不党で政治には関わらないという潔癖主義みたいなものがあったわけです。それはある意味よかったところもあります。余り癒着を生まなかったところがある。けれども、現実主義になって何か変えるには、清濁併せ飲んで交渉していこうというような、ある種、従来型の要求的市民運動からの脱却が多分この10年のテーマだと思います。それを作っていくのは多分我々の世代のNPOですし、皆さんだと思うので、一緒に作っていきましょう。でも、市民運動といったときの響きの中に含まれる、デモして要求して行政が何かしろという感じから抜け出さなきゃいけない。そうでないと、日本で本当の市民社会が生まれないので、そのためにはとにかく実績を作っていくしかないですね。僕は実績を作っていきたいと思います。
  • 質問者8 ありがとうございました。
    例えば、区にいいシステムを提案した場合、区長さんの反応はどうですか。
  • 駒崎氏 例えば、こういう事例があります。ある選挙のときに選挙投票所に行くと、女性が必ずお茶くみをしていたのです。不愉快だったので、輪番にすればいいではないか、なぜ女性だけなのだと、市長への手紙というホームページにあるメールフォームに入れて送りました。そうしたら、次の選挙でお茶くみがなくなっていました。
    内実を言うと、その市長への手紙というメールは、必ず担当課におろされて、担当課が答えろという経路になっていて、一応その担当課長は答えるためにドラフトを書いて、そして、市民に返すということをやらなければいけないから、やはりそう言われると何かしなければいけないなと思うわけです。それで、一発で変わった。たった1本のメールでも、小さな変化ですけれども。あった。
    でも、実際、市長へのメールはほとんど役所に来ないらしいです。それはなぜか。市民がそれで変わるとは思っていないからです。でもそれはやればいいのです。意外に変えられるのに、変えられないよねと思っているからみんな動かない。鎖につながれた象と一緒です。ある木に鎖でつながれていると、この範囲でしか動けない、それを何か月もやっていると鎖を外してもその範囲でしか動かなくなるのと一緒です。みんな見えない鎖につながれていて、やってもしようがないよねと思っているだけです。やればいいと思います。
    市への手紙でもいいし、住んでいる区の区議会議員に会って、実はこういう問題があるんですと言う。その区議会議員が議会で質問してくれたりすると、担当課が動くようになるということはあるわけです。1つの手段だけではなくて波状攻撃していけば、結構撃破できますね。もちろん税制を変えるとかは大変ですけれども、街のちょっとした不便なことだったら結構変えられるし、変わらなければ自分たちでサークルを作って、こういうふうに変えていったら、と見せてやればいい。
    被災地で屋内公園をやり始めていたら、そういうのは必要だよねということになり、補正予算のときに政策になりました。動かなければ、同時並行的に自分たちで動いてしまう。そういう中で自分もノウハウを学んでいくし、この程度で変わると知っていくわけです。
  • 質問者9 そういう活動を一般の市民の方は全然やられていない方が非常に多いのが現状と思います。変えていかないといけないと思いますが、ちょっとしたことから日本を変えていくために我々は何をすれば、今後皆がちょっとしたことから興味を持って、国の政策であるとか、今の無関心な状態を脱却できるのか、アドバイスはありますか。
  • 駒崎氏 そうですね、その質問には、魔法はないということですね。例えば道州制にすればみんなが民主主義に目覚めて民度が高まってすばらしい社会が実現する、ということはないですね。何か1つの制度で、何か1つのアクションで、誰か1人の英雄がやってくれるということは、僕はないと思います。皆さんがそれぞれ今日帰って、半径5メートルの社会をどう変えるかというところに、1つのアクションをすることの連なりでしか世の中は変わっていかないのかなと思います。
    例えば何かアクションをして成功体験を積んで、自信を深めていくことによって、周りの人に影響を与えるのです。皆さんがロールモデルになる。ああいうふうにすればいいんだ、かっこいいな、ああいうふうにやればいけるじゃないというようになれば、皆さんのフォロワーたちが生まれてくる。そのフォロワーたちがまたロールモデルになって誰かに影響を与えていくという形でどんどん広がっていけばいいわけですよね。変革者がある程度の数になったら閾値を超えるので、そうしたらがーっと世の中が動いていけばいい。閾値はティッピングポイントと言います。世の中が変わるには全部の人が変わらなくてもいい。ある程度の人が変われば、その瞬間からガラガラと起こるポイントをティッピングポイントと言いますけれども、ティッピングポイントまで頑張ればいいわけです。
    明治維新のとき、志士と呼ばれている人たちは何人いたと思いますか。
  • 質問者9 多数ではないと思います。
  • 駒崎氏 多数ではありません。それなりに名前が浮かんできた人をピックアップしても、多くても5,000人は超えません。2,000人~4,000人ぐらいです。当時の日本の人口は4,000万人です。たかが1万分の1ですよ、1万分の1の人たちが頑張って、特に20代、30代ががんばって、それで変わっているのですよね。これってすごい勇気が出る話だと思いませんか。1億2,000万人変わらなくてもいいのです。1万分の1が変わって、何かやろうとなれば、変わっていくという可能性がある。だから皆さんが1万分の1になればいい、そういうことではないですか。
  • 質問者9 ありがとうございました。
  • 司会 時間が過ぎてまいりましたので、この辺で終わりたいと思います。
    駒崎さん、今日はどうもありがとうございました。
  • 駒崎氏 ありがとうございました。

以上

▲ このページの上へ

-