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平成24年度青少年問題調査研究会
第3回 講演録

日時:平成24年12月18日(火)16:00~18:00
場所:中央合同庁舎4号館 共用1202会議室
講師:NPO法人BONDプロジェクト 代表 橘 ジュン 氏
統括 KEN 氏
テーマ:「若者の生きづらさにかかわる-聴く、伝える、つなげる」

内閣府子ども若者・子育て施策総合推進室


  • 司会 それでは、時間となりましたので、平成24年度第3回「青少年問題調査研究会」を始めさせていただきます。
    本日はNPO法人BOND(ボンド)プロジェクト代表の橘ジュン様、フリーカメラマンのKEN様をお招きしております。まず、橘様、KEN様より約1時間半の御講演をいたいだいた後、質疑応答の時間を30分ほど予定しております。
    それでは、早速ですが、御講演をお願いしたいと思います。題目は、「若者の生きづらさにかかわる-聴く、伝える、つなげる」です。それでは橘様、KEN様、よろしくお願いいたします。
  • 橘氏 ご紹介ありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願い致します。
    私たちは2009年12月にNPO法人BONDプロジェクトというのを立ち上げました。その活動内容としては10代から20代の女性を対象として、メール、電話、面接による相談のほか、繁華街へのパトロール、今は週1回なのですけれども、毎週金曜日に渋谷のセンター街に出向いて、気になる少女がいたら声をかけて、必要があれば保護するということをしています。
    私たちの事務所は渋谷にあるので、その場で声をかけて、今日は帰れないだとか、いろんな話をしてくれた子に対して積極的に、うちの事務所で朝まで過ごそうと言って、本人が同意すれば、保護をするということをしています。
    特に終電後に街をさまよっている少女の姿というのが多く見られまして、その一人一人に話を聞かせてもらうと、家庭に問題を抱えているという子が多く、家に帰りたくないのではなく、帰れないのだと。それは、父親からの性的虐待であったり、母親からの虐待であったり、そういったいろんな事情を抱えている子が多いのです。
    そういう女の子たちのことを、私たちは生きづらさを抱えて生きている女の子たちと言っています。彼女たちは、虐待やいじめを受けていたり、死にたい、消えたいと思っている希死念慮を持っていたり、援助交際だったり、家出、望まない妊娠、出産、自分のことを刃物などによって傷つける自傷行為、いわゆるリストカット、あとは薬をたくさん飲んでしまうODという行為等に及んでしまいます。
    彼女たちに共通しているのは、本当に自己肯定感が低いということです。自分が大嫌い。自分なんて生まれてこなければよかったと思っていることが、みんな共通しています。
    昨日、私が渋谷の街で出会って、声をかけた女の子とメールのやりとりをしていて、その子はいろいろ家庭に問題を抱えていて街に飛び出した女の子の1人だったのですけれども、そのときはゆっくり、そしてじっくり話を聞いたというわけではなかったのですが、今になっていろんな話をするようになったのです。
    街で会った当時、彼女は中学生のときから母親のパートナーに性的虐待を受けていて、それで家にいるのが嫌で家を飛び出した。それで渋谷の街に出向いていたという女の子でした。
    彼女は、今、実家ではなく、違う場所で仕事を見つけて一人暮らしをしながら自立した生活を送っています。彼女にあなたはどうやって逃げられたのか、家から離れられたのか、と聞いたら、彼女の場合は友達がいたからと言っていました。仲間がいたから、こんな状態は嫌だという気持ちにも気づけたのではないかということを言っていて、なるほど、そうだったのだなと私は思いました。ちょうど昨日のことです。
    どんな活動をしているかということは、お話だけではわかりづらいと思いますので、私たちの活動をDVDにまとめています。そちらのほうを御覧になっていただければと思います。

(DVD上映)

  • 橘氏 ありがとうございました。ここに出てきてくれた女の子たちは本当に一部分なのですけれども、彼女たちに対して、こんな風に私たちは関わっています。
  • KEN氏 DVDに出てきたアンケートは、今はやっておりません。今はパトロールという形で街頭を歩いて、ちょっと気にかかる子に声をかけたりしています。
  • 橘氏 アンケートというのは、昨年東京都の児童対策の事業のほうで、私たちが請け負うことになりまして、街にいる本当に普通の10代から20代の女性たち101人にアンケート調査をしたのです。そのアンケートの結果からも見えてきたことなのですけれども、その一部をちょっと紹介したいと思います。
    うちに相談に来る子は、悩みを抱えていろいろある子です。でも、アンケートに答えてもらった子たちは、そうではなく普通に友達と一緒にいるような子、10代だ、20代だと明らかにわかるような子たちに、私たちは声をかけまくって、それで話を聞かせてもらったのですけれども、50項目くらいあるような質問だったのですけれども、協力してくれる子が多くて、101人の貴重なデータを得ることができました。その結果、少女たちの中で居場所がないと感じている人が約5人に1人いました。さらに、その子たちの中で自己肯定感が持てず、その中でも半数が死にたい、消えてしまいたいという自殺念慮を抱く傾向があったのです。
    また、幸福度が低い人が約3人に1人いました。その子たちの中には、自殺を試した経験もありました。
    これは本当に10代、20代の若年世代の特徴的なことだなと思った傾向があるのですが、今は幸せ、でも明日になったらわからない、死にたいと思うかもしれないという。
    一方で幸福度が高い人でも約3人に2人が悩みやストレスを抱えて生きていました。
    リストカットなどの自傷行為をしたことがある人は、約3人に1人いました。
    本当にごくごく普通の女の子たちからのデータだったので、アンケート調査した私たちも正直、こんな結果が出るのかというふうに衝撃的な結果でした。私たちBONDに届けられる声とあまり変わりなく、心に病みを抱えているという現状がわかりました。
    その要因というのはもちろんさまざまで、友達とかがいると、逆に友達に自分は悩みを抱えているというのを知られるのが嫌だ、友達に引かれたり、嫌われたら嫌だという思いもあって、街頭だと特に友達の前で語ってくれる子というのは少ないのですけれども、でもアンケート結果からちょっと感じたのは、学校でも家庭でも地域でも彼女たちというのは、自分の本音、本当はこう思っているとか、心のよりどころも含め、そういった居場所を失っているような子が多いのだなと思いました。
    NPOを設立して3年になりまして、いろいろなつながりというのも増えつつあります。それは支援者同士、弁護士さんもそうですし、あとは民間機関、女性支援をしているような団体の方だったりとか、行政の方たちだったりもするのですけれども、あと、うちで必ず必要なのが産婦人科の先生です。
    そういった先生たち、専門家の方たちに相談すると、一緒になって考えてくれたり、あの子を救い出そう、頑張ろうと言ってくれる。そんな仲間も増えてきたので、私たちが支援をしていく際に、初めはできなかったことも、今ならできるということも増えてきました。
    しかし、困ったことに子どもたちが、支援は必要としていないと言うのです。父親から性的虐待を受けていて妊娠してしまった子だったりとか、親から毎日のように暴力を振るわれて、お金を要求されていたりとか、この寒い冬に焼酎の一升瓶を口の中に、半分くらい突っ込まれて、そのままベランダに放置されてしまった18歳の女の子とか、そういう女の子たちで、つらいし、嫌だけれども、でも支援されるのが怖いと言うのです。
    それはどうしてと聞いたら、何でできないのかと聞かれても、確かな理由も説明できないと。こうあるべきで、こうすべきというのをわかっていても、意思でやらないのではなくて、そうしたくてもできないからだと言うのです。
    今までの生い立ちを説明しても引かれるし、ますます変な目で見られてしまう。だから、自分でできない理由をつくるのだと、見放されるような言動をとって、そうしたら全否定はされるけれども、この子はしようがないなと理解される、あんな子だから仕方ないなと言われる、本当はもっと素直に表現したい、うまくいかなくても何度失敗しても失敗が許されるなら、周りの大人に頼ったり、信じたり、ちゃんとしてみたいと言うのです。でも、それができないのだと。
    私はその時に子どもたち、少女たちは、今まで声を上げたくても上げられなかったのだということに、本当に気づかされたのです。助けてと言いたくても言えなかった。でも、私たちと出会ったことで、私たちは伝えるということから始めていますので、その伝えた声に彼女たちが、もしかしたらここなら伝えてもいいのではないかと思ってくれて、それでみずから声を上げてくれる子が今は多いのです。だから私たちの活動が、すごく今必要なのだと感じています。
    さっきDVDで見ていただいたキャリーバッグを引いていた女の子はですね。彼女は、地方から高速バスに乗って、新宿に出てきて、高速バスは朝方着いて、あんな大きな荷物を持っていたら、家出少女だって一目瞭然なのです。
    それで、ほとんど初めてきたような新宿できょろきょろしていたら、その彼女を見つけて声をかけた男性がいたのです。それで、君困っているねと、どうしたのという感じで声をかけられて、最初に自分は何てラッキーなのだと思ったと言うのです。助けてもらえると思ったと。
    それで、お話をしていたら、家を出てしまったのだ、仕事がないのだ、行く場所がないのだと正直に話してしまった。そうしたら、いいところを紹介してあげるからついておいてと言って、ついて行ってしまった。
    そうしたら、彼女はまだ17歳だったのですけれども、風俗の仕事を紹介される事務所に連れて行かれてしまいました。彼女は風俗をやりたいわけではなかったのに。けれども、自分がついて行ってしまったし、これからどうやって生きていいかわからないから、しょうがないのかなと思って、じっと話を聞いてしまったと言うのです。さらに、嫌なこともいろいろされていました。でも、しょうがないのかなと、逃げようと思ったって知らない街だし、自分が今どこにいるかもわからなくて、助けてと言って飛び出す勇気もなかった状況だったそうです。
    ただ、よかったのは、彼女とその男は1対1の二人きりだったので、その男が彼女を見ていないときに、私たちにメールをくれたのですね。今、実はこういう場所で、こういうことがあって怖いと。でもしょうがないよね、というようなメールを送ってきたのです。去年の年末のことでした。
    それで、こんな状況で私もそういうことを聞くのもどうかなと思ったのですけれども、どうしたいのと言ったら、できれば逃げたいと彼女は自分の意思を伝えてくれました。では、出ておいでと言って、その男に適当なうそをついて、荷物をいっぱい持っていて、1つくらい置いて、また戻るからちょっと出ていくねと言って出ておいでと言ったら、わかったと言って、それで彼女と待ち合わせできたのです。
    それで、そのまま保護したのですが、彼女は絶対に相手のことを悪く言わないのです。自分が悪いのだと、でも嫌なことをいっぱいされているのです。では、被害届出そうと、私も言いました。そうしたら、だって親に知られてしまうものと。警察なんかに行くなんて嫌だ、無理、いいと言うのです。どこの場所にいて、どんな顔だったか、正直わからないと。その男の顔を覚えているでしょうと言っても、でも思い出したくないと。この人ですと言えない、怖いから、ずっとその時間怖い思いしてきたのだからと。それもそうだなと思ったのです。
    それで、被害届というのは、泣く泣く出せなくて、でも彼女がそこから逃げることができて、風俗とかにも飛ばされずに済んだから、これからあなたがどうしたいかということを考えようと。でも、まず今日は、安心できる場所で過ごそうよと言って、朝まで過ごして、それで親に連絡して、今、娘さんが東京に出てきていますけれども、家に帰れないと言っていますけれども、どうなのですかと聞いたら、いや、戻ってきてほしいですと。家出したなんて知りませんでしたと親は言うわけです。では、戻っていいのですねと言って、確認をとって、年末でチケットが取れなかったのですけれども、朝から並んで、頼み込んで、補助席でもいいからとにかく座らせてくれとバス会社の人に頼んで、それで早朝の一番初めのバスに乗せて地方に帰らせたのです。
    今、その子は、心も安定して、アルバイトを続けて、多分もう18歳になったので、親の許可をもらって、うちのお手伝いとかをしてもらえたらいいかなと思っているのです。
    とにかく人を信じることもできない。自分も信じることができない子がいる。なぜかと言うと、それは安心できない環境で生きてきた子どもたちの姿なのではないかと思うのです。一番愛してほしかった親から受け入れてもらえずに、自分の居場所というのを探し続けて、もしかしたら、この人たちが、ここかもと思って求め続けて、でもそこでも傷ついて、そういう少女たちの葛藤というのは、私たちも計り知れないのです。
    彼女たちの話をたくさん聞いています。何千人と聞いています。けれども、やはり寄り添うしかできないのです。本当にその子がどんなつらい思いして、怖い思いをしたかというのは、本当にその子でなければわからない。けれども、それを共有して私たちに伝えてもらうことで何か変えていけたらいいなと思って、私たちはその苦しみを共有します。でもそれは彼女たちにとって本当につらいのではないかなと思うのです。四六時中身近な人から否定され続けて、相手の顔色を見ながら、相手に合わせて自分の感情を抑えて過ごしていたら、自分に自信が持てなくなるのは当然ですね。本当に自分が何を望んでいて、何を求めているのか、そんなことさえもわからなくなってしまうのではないかと思うのです。
    自分の人生を自分が選択できるということすら信じられない子たちなのです。苦しくても、その環境からは抜け出せずにもがいていて、世間からも、社会的支援の輪からも外れてしまって、漏れてしまって、苦しんで一人ぼっちになっている。そんな少女たちだと、私たちは思っています。
    ただ、やはり支援が必要な子ほど、どんどん孤立していくというのはとてもつらいです。だから細い細い糸ですけれども、とにかくつなぎとめておきたいと思っていて、まずは、メールでの相談や週2日深夜の電話相談というのをやっているのです。メールは、ほとんど基本的に24時間毎日受けているのですけれども、電話相談は、本人が連絡してくれたら必ず返事する、必ず答えるということを繰り返しているのですけれども、相手がもしかしてと思いながら私たちに声を届けてくれるわけです。この人たちは本当に信じていいのかな、この人たちはもしかしたら裏切るのではないかな、今まで出会ってきた大人たちと一緒なのではないかと、ものすごく警戒するのです。
  • KEN氏 彼女たちはすごく探るのです。多分私たちのところに来るような子たちというのは、うちだけではなく、いろんなところに相談してくれているのではないのかなと思うときがあります。もちろんうちから離れていく子もいるのですけれども、探って、探って、この人たちは大丈夫なのかなと確認しているような感じです。
  • 橘氏 そんなのは、私たちは百も承知なので、とにかく私たちは私たち、それで彼女はもちろん彼女、難しいのですけれども一人の人間として対等な立場をつくろうと心がけています。だから、してくれる人、してあげる人という関係は、やはり続かないと思ったのです。
  • KEN氏 そうですね。各行政の方たちはすごく素晴らしいことをしているというのは、私たちはわかっています。その支援団体の方たちの集まりというのも、私たちはよく行きます。けれども支援団体の方たちの集まりに行っても、支援団体の方たちの中でいい話をして大体終わってしまうのです。その声は、子どもたちに届くかといえば、ほぼ届かない。私たち自身、BONDプロジェクト自体は何か特別なことをしているというのは全くなくて、私たちは本当に寄り添って話を聞くことしかできないので、私たちが各支援団体等とかにつなぐという役割で、そういった支援があるということを彼女たちに伝えてあげられればいいかなと思っています。
    さっきジュンが言ったような性的虐待の子たちというのは、心にすごく深い傷を負っているので、なかなかストレートに支援の輪には入って行かないのです。そこで私たちができることというのは、時間をかけて寄り添って、半年、1年以上かけても何とか彼女をその場所から離して、支援の輪の中に入れてあげられればいいなというのは常に考えていることの1つです。
  • 橘氏 うちで働くスタッフは10代、20代の女の子たちなので、支援している私たちと相談してくれる少女たちとそんなに年齢も変わらなかったりして、やはり心がすごく揺らいだり、葛藤ももちろんありますが何とかこの子をしてあげたいという気持ちもすごく強くなるのです。その気持ちはもちろん大事なのです。相手もそれが伝わって、この人ならと思って話してくれるということもあるので、とてもそれは大事なのですけれども、ただ、やはり相談に乗る際に一番大事にしなければいけないことというのは、相談してきた子本人が自分で決める、自己決定というのを尊重していこうと言います。
    こういうことができるよ、こういうところに相談行かないか、こんなふうにしてみないかといった情報たくさん伝えます。会ってたくさん伝えるし、いろんな応援をしてくれる大人たちとも出会わせます。それでいろいろ話しながら、迷いながら女の子は、ではやってみようかな、やめようかなというのを決めてもらうということを心がけているのです。
    いろんな相談窓口がある中で、何で児童相談所に相談に行かなかったのとか、警察に行かなかったのとか、いろいろ聞いてみますと、実は彼女たちは、SOSは出しているのです。警察にも、あとやはり精神的にも身体的にも心に傷を負っていて、さっきKENも言いましたけれども、入院とか病院とかにもよく行っているのです。そこで初めて、もしかしてこの人は信頼できる大人かもと思って、そういうときにSOSを出すのです。
    ある一人の子は、その子も性的虐待を受けてきた子だったのですが、どうSOSを伝えていいかわからなくて、彼女が中学生時代のことでしたが、とにかく家に帰りたくないという気持ちを表すために、自分で青いあざを書いてつくったのです。それは彼女にしてみれば本気の行動でした。でも、大人は、それ消えるじゃないかと言って、SOSとして受け取らなかった。大人は虚言として受けとめてしまったのです。だから保護されなかったのです。でも、ずっと17歳まで性的虐待を受け続けたのです。
    そして、あるときは、夫婦仲が悪い家の子でしたが、すごく家の中が荒れて殺されるのではないか、殺すのではないかという現場にいて、怖くて警察に通報したと言っていたのです。それで、警察が駆けつけた、だけど、やっと助けてもらえると、この状況を見たら、彼女は小学生でまだ小さかったのですけれども、きっとここから連れ出してもらえると思ったそうです。でも警察の人は、連れ出してくれなかった。帰ってしまったと言うのです。彼女たちにしてみれば、そこで自分を助けてくれる大人なんていないと諦めてしまうのです。その出会いは本当に大きいのではないかなと思って、それで児童相談所がある、そういうのもわかっている、でも、やはり裏切られると、裏切られるのだったら最初から求めないほうが気持ちが楽だと、自分のせいだけにできる、その人を責める必要がないと言うのです。
    でも、そんな彼女たちも、私たちに声を届けてくれた。ここは、やはり私たちが責任を持って、使命感を持って伝えたからこそ、彼女たちに伝わった、今度は彼女たちの声を私たちがご出席されている皆様に、社会に伝えていかなければならないと思って、こういった活動を続けているのです。
    子どもらしく、子ども時代を生きられなかった少女たちの自立というのは、半端ではない道のりだと思ってほしいです。
    自立援助ホームだとか、養護施設とかいろいろあるけれども、そんなところに行って生活ができるわけがないと思っているのです。守られたことがない、お帰りと今まで言ってもらったことがないから、自分を待っていてくれる人がいるなんて、彼女たちは想像もできないのです。彼女たちはずっとずっと利用されてきたからです。
    でも、もしかしてと思いながら、彼女たちなりにSOSを出して、行動に出ようとしているのです。なので、長い時間かかって、失敗を繰り返すことができればいいなと思うのです。けれども、失敗を繰り返すことはできないのです。例えば自立援助ホームや婦人保護施設等といった支援先につないでしまったら、そこにはきちんとしたルールがあって、でもそれは当然ですね、いろんな人たちと暮らすわけだから。やはりいろいろな事情があってもあなただけ許すわけにいかないと、だから出て行ってと、でも出て行ったら、彼女たちは帰る場所がないのです。特にちゃんとした手続を経て、そういった支援先につないでしまった場合、家族のもとになんか、当然ですけれども戻れません。けれども、自立というものがまだ身についていないのに、ルールが守れなかったということで放り出されてしまったら、彼女たちはまた街にさまようのです。
    そして彼女たちを大人たちが利用しようとする。でも本人はしようがないと思って受け入れてしまう。そこがすごく切ない。その子の今まで生きてきた過去と、その体験を聞いてしまったら、やはり何とかしたいと思っている人たちがいて、きちんとした手続を得て、支援先につながるのですけれども、そこでうまくいけばいいけれども、いかなかった子たちは、また私たちが出会わなければならない。もう一度ゼロから関係性をつくって支援先につながなければいけないということで、本当に時間と体力と、忍耐力が必要です。
  • KEN氏 結局、各行政機関とか、自立援助ホームとかにつなぐ間の期間というのが大体2週間くらいありますが、その間は彼女たちの居場所がありません。私たちができることというのは、その間のケアで、今借りているところはワンルームの狭い事務所なのですけれども、そこで一時的に保護したりします。そのときに、さっきジュンが言ったような、なかなか問題が深い子も多く、そういった子たちをいろいろ説得するのです。支援先の施設によっては携帯がだめだとか、そうしたルールを守るというのは、私は当然だと思っているので、私たちも甘やかすばっかりではなくて、ものすごく怒って説得することもあります。それでも長続きしないでやめてしまうような子たちというのは、性産業のほうに流れていくのです。
    一番の問題は、妊娠してしまうことです。妊娠して相手もわからないとか、当然お金もないというような状況でうちに来るので、産婦人科の先生に相談したりとかして、いろいろやっているのですけれども、やはりそのとき確実に体も心も傷つくのです。そういう女の子たちをどうしたらいいのかというのは、私たちも日々悩んでいます。
  • KEN氏 歌舞伎町の女の子が言っていたのは、今出会っている大人の99%はまともな人間ではないと。まともな人間ではないとわかって過ごしている。なぜ過ごすのかと言うと、シンプルに言うと寂しいと言うのです。メンタルの面で悩みを抱えているためか、寂しくて死にそうになると。それは希死念慮にもつながると思うのですけれども、だから、ただ声のするところに行きたい、話したいとか、触れ合いたいと。しかし、そういうところまで行けない、勇気がないような子たちというのは、コンビニに一人で行ったりとか、ファミリーレストランに行ったりとか。
  • 橘氏 一人でコンビニやファミレスに行くなら、まだいい方ですね。とにかくホストにはまる子が多いですよ。初回は1,000円くらいで飲めてしまうから。それで、いろんなホストクラブに行くけれども、そこでちやほやされて、自分がされたことがない経験をするわけですね。自分の話を聞いてくれて、自分だけを見てくれて。それで1,000円で飲めた。でも初回で行ける店がなくなってしまうと、今度はすごい値段を言われても、それでもやっぱり自分を相手にしてくれるならと思って無理してでも行ってしまって、当然そのホストなんていうのは、そういった女の子たちはお金がないとか、そういうのをわかって誘うわけで、お金が払えないと風俗の仕事を紹介するわけです。それで、彼女たちは嫌だけれども、優しくしてくれた、この場所にまた来られるならと思って風俗の仕事をやってしまう。そんなふうにどんどん負のスパイラルにはまっていってしまう子もいるのです。
    自分が悪いのでしょうと言えば、それまでなのですけれども、ただ、それだけでは、やはり自分の責任だということだけではどうにもならない。これは何とかしなければならない。それは聞いてしまった私だから感じることかもしれないし、彼女が苦しんでいる姿を見てしまったからかもしれないですけれども、でも実際にいろんな子たちから、性被害もそうですし、薬の売買もそうですし、そういうことを聞いてしまうと、やはりこれは社会の問題として考えていってもらいたいと。警察とかにも一緒に行くのですけれども、警察の方からは何もできないねと言われてしまうことも多いです。本当に、性被害なんて特に女の子は声を上げられない。性被害を受けて妊娠してしまう子もいます。でも、お金もない、親にも言えないといったときに、やはり警察にもう一度行こうよと言って行く。そうしたら、レイプ被害がちゃんと認められれば、お金も出るという説明を受けるのですけれども、彼女にとにかく被害届を出すように、あなたが説得してと言われるけれども、でもやはり彼女が出したくないと言えば、お金を貸したりして、私たちが何とかするしかないのです。被害届を出せない一番の理由が、親に言えないということなのです。でも、おなかがどんどん大きくなってしまう彼女を目の前に、ごめん、私たち何もしてあげられないとは言えないし、言えなかったし、それで正直、産婦人科に一緒に行くケースというのも、今までに5、6件あります。駆け込み出産も何回もあります。4人くらい駆け込み出産もつき合っています。
  • KEN氏 大概彼女たちが私たちに相談するのは、もう子どもをおろせないというぐらいの状況のときに私たちに会って、私たちと過ごしていて、おなかがどんどん大きくなってくるので、それでどうするのだということになって、駆け込み出産というパターンというのが今まであったパターンです。その中には性的虐待もありますし、弁護士さんとかにもいろいろ相談するのですが、実の父親から性的虐待を受けたとか、私たちは基本的に100%信じて女の子たちの話を聞いているのですけれども、その行為の証拠がないとだめだということなのです。でも、正直そんな状況というか、そんなに冷酷になれないです。その行為の証拠は何なのだろうと思ったり。
  • 橘氏 そうなのです。今だったら、いろんなことを彼女たちに説得できたらいいなと思っているのですけれども、ただ被害を受けた直後に、ちょっとそのままでいて、あした病院へ行って、残っている精子をちゃんと調べてもらおうとか、やっぱり言えなかったりするのです。今すぐ汚れてしまった自分を洗い流したいと言って、シャワーを貸してくださいと言われて、ちょっと待って、残しておいてなんて言いづらい。
  • KEN氏 性的虐待の場合、1回目の被害で人に言う子は絶対にいないと思うのです。何年も長い間蓄積していった自分のつらさというのをようやく吐き出して私たちに言ってくれるので、そういう彼女に、その証拠をとっておいてと、それは…。
  • 橘氏 ただ、こういうふうにできるということは、情報として言うようにはしています。今、あなたちょっと我慢して、こういう場所に行けたら、あなたが訴えられなくても、あなたを応援してくれる弁護士さんとかが、その証拠をもとにきちんとしたことをしてくれるよ、味方になってくれるかもしれないということは言うのですけれども、でも、本人からそんなことは考えていないと言われてしまえば、そのときは彼女の気持ちというのを尊重して、わかったと言うしかないのです。事務所の他に、私たちの自宅にも泊めたりしているのですけれども、自宅に泊めた場合は、一緒に銭湯に行ったりします。そうすると、隠れている場所、見えない場所にすごい傷があるのです。こういうことだったのだということが、やはり改めて感じるのです。見える場所に傷をつける子もいるのですけれども、見えない場所に傷がある子もいるのです。そこは、やはり私は見てわかったので、彼女たちが嘘を言っているとは思わないし、こんなことってあるのという話をされても、やっと上げてくれた声だと思って話を聞いて、一緒に考えて、彼女を応援してくれる人たち、応援団みたいなものをつくって、自立へと支援できればいいなと思っているのです。
    この間、本当によかったと思った子が1人いたので、ちょっとお話ししたいと思うのですけれども、これはメールで来た子で、親に相談できない、どうしていいかわからないことがあるから、相談に乗ってほしいといったメールが来まして、年齢は14歳でした。
    話を聞いていたら、どうやら妊娠していると。中学2年生です。最終生理日が随分時間がたってしまっていて、とっくに21週とか過ぎてしまっていたのです。でも、親にも学校にも話せていないという状況の子でした。彼氏というのは同級生で、2人でどうしようと言っている間に、こんなに時間がたってしまったという子で、でも、体育も出ているし、学校も休まず行っているという女の子だったのです。
    それで、もうこれは会うしかないと思って、メールではどうにもならないなと思ったので、では会いに行くよと言って、会って話をしようと言ったら、ちゃんと彼女は来てくれたのです。
    それで来てもらって、お話しして、その場で産婦人科の先生に電話で相談して、そうしたら、もうおろせないね、産む方向だよ、覚悟してねと言われた。まだ中2なのに赤ちゃん産ませるのかと私は思ったのですけれども、まず、それは現実として受けとめなければいけないと。私はちょっと動揺しましたけれども、やっぱり産まなければいけないなと。彼女は初めての経験だったのです。それで妊娠してしまうなんて思っていなかったけれども、生理が来ない、お腹もどんどん変化してしまい、妊娠しているのかもしれないと。そして妊娠検査薬をやってみたら線が出た。でも病院には行けない、親にも言えないという状況でした。しかし、驚いたのが、自分が妊娠しているだろうなと思っていても、自分が母親になるという実感は全くないのです。だから塾にも行っていて、行きたい高校のこととかを言うのです。
    私が、ちょっと待って、でも赤ちゃんいるよね、産むとか、産まないとかって自分でも考えているのと聞くと、えっ、考えていないですと言うのです。そこがやはり14歳、子どもなのだなと思いました。怖いなと思ったのです。
    それで、私たちは、まず親に言おうねと言ったら、彼女もわかりましたと。親に言わなければやはりだめですねと。そう、親に言わなければだめだよと言って、わかりましたと。でも、連絡をとり続けたのです。今日は言えたか聞くと、ううん、言えませんでした、お母さん忙しいそうだから言えないと言うのです。お父さんもいたのですけれども、お父さんの言葉というのは全く出てこないのです。存在感があるのか、ないのかちょっとわからないのですけれども。
  • KEN氏 お父さんは、仕事で忙しいとか言っていたかな。
  • 橘氏 だからお父さんに話すことはちょっとできない、話すならお母さんだと言う。でもお母さんも忙しいらしく、話せませんでしたという日が続いて、これはちょっとどうすることもできないかなと思って、こっちも覚悟を決めていたのです。それで特別養子縁組ですとか、区の児童相談所の方に私が相談して、一緒に動いてもらうとか、いろいろ考えたのですけれども、あと、民間の女性支援団体の方にも相談して、いろいろこういうやり方がいいのではという選択肢を一応用意して、彼女にもう一度お話をしたのです。
    当時妊娠8カ月くらいだったのですけれども、やはりまずはお母さんに言ってみるということを言っていて、私と会って、一緒に言おうねと話していたんですが、その会う予定だった日の前日にお母さんが、その子の妊娠に気づいたのです。あなたちょっとお腹大きくなっているのではと、生理だって来ていないのではと。女性だったらトイレが一緒だからわかるのです。そういうのをお母さんから話してくれて、それで彼女もお母さんに話があると言って、話すことになった。
    それで、今日はちょっと具合が悪くなってしまって学校を休むから、お母さんがちゃんと自分のためだけに時間をつくってくれると言うから、今日話しますと言ってくれたのです。それで、どうだったと聞いたら話せましたと。
    そうしたら、お母さんから、気づいてあげられなくてごめんねと、つらかったねと言ってくれて、私の子として育てるから、あなたは心配しなくていいよと。それで病院も決まって、今、出産に向けて家族で頑張ってくれているところなのです。
    私は学校側を巻き込むか、巻き込まないかということもちょっと考えたのです。でも、彼女はさっきも言いましたけれども、高校に進学したいのです。そうなったら、やっぱり進学が難しくなってくるはずだし、だったら学校側にばれずに、家族の協力のもと、あとは産婦人科の先生も、なかなか14歳で妊娠、出産間近のおなかの子を見てくれるところはないのですが、見てくれる産婦人科の先生も見つけて、そこに行って出産することになりました。学校には、インフルエンザとか長期的に休みをとらなければならないような理由をつくって出産すると思います。でも、これは現実なのです。
    彼女は、きっと春になったら中学3年生になって、また受験勉強に励む。お母さんとお父さんが自分が産んだ子を一緒になって育ててくれるというような状況になって本当によかった。私が思い浮かべていた最悪な状況は産み落としでしたから。どこかに捨ててしまったとか。
  • KEN氏 結構、私たちにとっては身近な話なので、そういう話もよく聞きます。
  • 橘氏 そのニュースがあるたびに、私たちはどきどきするのです。これは、まさか私たちに相談を求めてきた子ではないかなと。産みたい、でも育てられないから、親に言えないからと言って、でもどうすることもできなくて産み落としてしまうのです。だったら、こういうやり方があるというちゃんとした情報を伝えてあげることで、あなた一人で抱えなくていいからねと言って、現実として妊娠して赤ちゃんを産まなければならないということを受け入れてくれれば産み落とすということはないかなと思います。それは本当に、きれいごとではないですけれども、伝え続けています。
  • KEN氏 今、お話しした中学2年生の女の子の場合は、相手も中学2年生の同級生だったのですけれども、幸いなことに、両親同士の交流があったのです。それで、お母さん同士すごく仲がいいと聞いていたので、もちろんそのことも相手方のほうにも相談して、一緒に育てるのではないけれども、仲よくやっていくということに。
  • 橘氏 そうですね。でも、彼女はいまだに言っているのです。赤ちゃんが産まれてきてしまうことがちょっと複雑だと、でも、もしかしたら一緒に過ごしていくうちに、母性として自分も愛情が芽生えて、赤ちゃんといつか一緒に暮らせる日が来るかもしれないから、今は親にすごく感謝していますということで、出産に向けて前向きな気持ちになってくれたので、現実として、それはそれですごくよかったなと思っているのです。
    お話ししたとおり、そんなことは学校には当然知られないまま赤ちゃんを産むことになるケースです。だから、学校の先生たちが子どもたちの現状を知らないことがいっぱいあると思っていてほしいと思っています。私たちは、学校の先生でもないし、行政の人でもないので、本当にその子のことだけを考えて話が聞ける。いわゆる子どもたちにとっては、とても身近に感じてもらえる存在だと思っているのです。一緒に考えようよと、大丈夫、大丈夫と。こっちはいつも聞きながらどきどきしているのですけれども。
  • KEN氏 、私がすごく驚いたのは、その中学2年生の女の子はすごく幼いのですけれども、顔つきや雰囲気が妊娠して日が経つにつれ何となくすごく女性らしくなっているのです。
  • 橘氏 やはり体は準備してしまうのです。ただ、意識がそこまで追いついていなかった。そこがやはりまだ14歳だものなと思うところで、私たちが、何とかしなければいけないなと、とにかく連絡が途切れないようにしようと。
    あと私たちが心がけたのは、彼女に内緒でいろんな大人と勝手につながらないこと。
  • KEN氏 私たちがよく心がけていることというのは、両親から御相談を受けたり、お子さんと両方受けるときがあるのだけれども、私たちは基本的に子ども側の意見を聞いて、子どもから聞いたことで親に言うなと言われたことは、よほど法的なことではない限りは、どんな内容でも一切言わないつもりでいます。
  • 橘氏 もし言う時は本人を説得して納得してもらってから、きちんと本人の前で話すようにします。それは、本人との信頼関係が、私たちにとっては一番大事なので、そこを大事にしているのです。
  • KEN氏 学校のスクールカウンセラーの方々ともお話をする時があるのですけれども、悩みを持った子たちというのは、なかなかスクールカウンセラーに行きづらいというのです。それはなぜかと言うと、スクールカウンセラーの方は、スクールカウンセラーの部屋にいて、そこに行ったら何か自分がメンタルな悩みを抱えているということが誰かにばれてしまう。それが、まず怖いと言うのです。
    しかも、よほどの悩みだと、相談した内容が先生のほうに報告されたりするというのもあるし、カウンセラーだけでは終わらないということで、ますます相談しづらくなってしまうということを、よく私たちは聞くのです。
    さっきの妊娠の話は、私たちのもとにたくさん来る望まない妊娠の1つには変わりないのですけれども、私たちのもとに来るのは、大概相手がわからないとか、そういう妊娠です。そういう結構最悪のパターンというのが多いので、それと比較というか、比較はできないのですけれども、それに比べたらずっといいケースだと思います。
  • 橘氏 望まない妊娠だったかもしれないけれども、望まれた出産は迎えられるわけだから、そこは彼女の今後というので、もちろん産まれてくる赤ちゃんもそうですけれども。
  • KEN氏 そこが大変だと思うのですけれども。
  • 橘氏 大変だけれども、よかったと思っているのです。
    今回は中学生の女の子でしたけれども、その前は高校生の女の子でした。その子も妊娠してしまった相手のことは言えない人で、親に隠していた。でももう親に気づかれて、あした一緒に病院に行くのだと。病院に行く前に死にたいといったメールが来たこともあったのですけれども、でも、お母さんと一緒に行って妊娠がわかって、しかも出産も翌月であることがわかった。そんな状態まで隠していて、親ももう受け入れるしかなく、その日に母子手帳をもらって、赤ちゃんを出産する準備というのを家族でしてくれて、彼女は高校を中退して赤ちゃんを育てることに専念するという話をしてくれて、これもよかったと思いました。
    うちは、全国からメールも電話も来ます。それで、あしたは私、大阪に行きます。親からの虐待を受けている17歳の子に会いに行きます。
    その子は、いつも夜に電話をくれる子なのですけれども、昼間というのは小学生の弟がいるので、その弟の面倒を見ているから、なかなか連絡がとれなかったりするので、あしたの夜だったら会える、8時から9時くらいの間だったら会えると言われたので、その時間に合わせて、会って話を聞こうと思っているのです。
  • KEN氏 彼女は、夜中なのですけれども、私もよく電話相談のときに話すのですけれども、今は寒いので暖をとる場所が全然ないと言うのです。大丈夫なのかと、どこかお店に入ればと、コンビニとかどこでもいいからと言うのだけれども、結構、コンビニとかも知られてしまっている存在みたいで、そういうところに入ると警察に通報されて、そこからまた親のところに返されるということで、そういうところにも行けないのです。
  • 橘氏 その子は小さいときから、自分は何もしていないけれども、お母さんから叩かれたり、殴られたりしてきた。何で何もしてないのに、こんなことをするのと思っていた。でも、母さんのことが大好きだと言うのです。私がいけない子だから殴られるのだなと思ってきたと言うのです。
    それが当たり前だったけれども、中学になるまでは、私はこうだし、でも周りもきっと同じなのではないかと思ってきたと言うのです。でも、中学校のとき、学校が給食ではなくお弁当だったのだけれども、自分だけ毎日お弁当をつくってもらえなかった。周りの友達はお弁当を持っているけれども、自分はつくってもらえず、お弁当もなく過ごしているのを見て、私だけちょっと違うのだと思ったら、当然友達には相談できなかったし、先生も、お弁当の時間は職員室に行ってしまうから、自分がお弁当がないことを見てくれていなかった。
    では、その時間はどうやって過ごしていたのと聞いたら、トイレに入っていましたと言うのです。トイレで、いつも弁当の時間が終わるまで過ごして、それで終わったら、普通の顔をして教室に戻っていたという子だったのです。
    夜御飯がないとか、いろんな学校から持ってくる書類、通知票に親からの申し送りみたいな、コメントを書く欄がありますが、そういうのも当然書いてもらえない。とにかく自分に関心がない、お母さんは無関心。いてもいなくてもいい、でもお母さんがいらいらしたり、何かあると殴ったり、蹴ったりして、小学校4年生のときに、一度お母さんを本気で殺そうと思ったと言うのです。どうしてと言ったら、自分が死んでしまったら、お母さんが大変だと思うから、だから母さんを殺してから自分は死のうと思って、一回お母さんが寝ているところに包丁を持って部屋に入ったと。でも、殺せなかったのですと、刺せなかったのですと。それで、どうしようもなくて自分のおなかを切ったけれども、死ねないのですと、こうやって生きていくしかないのだと、そこで思ってしまった。それが小学校4年生のときでした。
    やはり、彼女もいろんな助けがあるのではないかと思ってきたけれども、でも、誰にも言えなかったし、助けなんてあるわけないと思い込むことで、何とか生きてこられたのではないかと言っているのです。
    それで、安全な場所に行きたいと思ったけれども、お母さん自身すごい大変なんだな、苦しんでいるのだな、お母さんもいろいろあるのだなということを感じてしまったから、本当は私のことは嫌いではない、でも母さん苦しいからこうなってしまうのだと言い聞かせていたと言うのです。助けてと言っても、具体的に何をどう助けてほしいかというのがわからなかったと、それで説明もできなかったと。
    逆に誰にも相談しなかったら、追い詰めていってもっともっと自分が苦しんで、そうしたら死ぬ勇気が持てるのではないかと思ったと言うのです。なので、彼女は自傷行為というのもすごくしていて、毎日のようにリストカットあとは薬、薬と言っても覚せい剤だったりするのですけれども。
    また、病院や精神科にも通えないのです。なぜかというと、保険証とかがなかったりして、親が積極的に彼女のことを見てくれるという状況ではないから、病院に行くと言えないからと言うのです。子どもたちというのは、本当にかからなければいけないような状況でも行けないのです。
    覚せい剤というのは街で出会った男たちからもらったり、売ったりされて、あとは自分の体を殴ったり、たたいたり、あと、私は援助交際も自傷行為の1つだと思っているのですが、援交もしましたと言って、1回ではないけれども、20回はやっていませんと。夜行く場所がなくて、母さんが時々男の人を連れて帰ってくるから、そうすると、おまえ邪魔だから出て行けと言われるから、夜お金も持たずに出て行く。そうすると、明るい場所を目指してしまうと言うのです。きらきらしている場所、繁華街に行って、ほっとはしないけれども明るいからそういうところに行くということを言っていたのです。
    彼女は17歳、今でも家の中に入る前にすることがあって、それは、必ず入る前は心臓のところに手を当てて、大丈夫、大丈夫と自分に言ってからでないと家が怖くて入れない。それは、お母さんがいても、いなくてもそういうふうにやらないと入れないのだと。それで家に入ることができない日は、外でマンションの階段に座っていたりとか、エレベーターの中にいて、近所だって、その子の様子は見られていると思うのです。でも誰も何もしてくれないと、本人もそれを望んでいないというのもあると思うのですけれども、誰も声をかけてくれないということで、今でもそういう生活を送ってしまっている子なのです。
  • KEN氏 まだ小さい弟さんがいるので家を出られないという事情も彼女にあるのです。
  • 橘氏 弟の世話は自分が見るしかないと言って、今、おうちが荒れているから、弟さんが不登校になってしまっているから、逆に一緒にいてあげたいと思って、彼女が面倒を見ているのです。
    それで、母方のおばあちゃんがいて、そのおばあちゃんが時々2人のことを気にして面倒を見てくれているのですけれども、そのおばあちゃんも今、具合が悪くて、この間も今救急車に乗っているとメールが来て、おばあちゃん、どうしよう死んでしまったらと言っていて、お母さんもいなくて、17歳の自分がおばあちゃんと一緒に救急車に乗って、これから病院に行くのだけれども、どうやって説明したらいいかな、信じてもらえるかなというメールが来て、大丈夫だよと言って、とにかく救急車に乗って病院に行って、落ち着いたらまた連絡してねと言ったら、今は大丈夫ですと連絡をくれたのですけれども、彼女は殴られたり、たたかれたりというのは繰り返されているけれども、何よりも一番痛かったのが、母親からの言葉だったと。いらぬと、捨てたると、死んで来いと言われた、あの言葉が何をされるよりも痛かったというふうに言っていました。
    明日その子と会って、私がどうするかは、会ってみないとわからないのですけれども、でも私と会うことをすごい楽しみにしてくれていて、ジュンさんと今すぐ会いたいけれども、先延ばしでもいいと、いつも言うのです。どうしてと言うと、そうしたら、それまで生きていようと思うからと言われていて、でも明日会いに行こうと思っています。
  • KEN氏 うちは多いときはメールが5,000件くらいあるのですけれども、大体そのメールの半分が死にたいとか、消えたいというメールなのです。死にたいとか、消えたいというメールの背景にはすごくいろいろな理由があって、今、ジュンが話してくれたような女の子であったりとか、そういった事情がたくさんあるというのはわかっていただきたいなというのは、すごく思います。
  • 橘氏 私たちも、本当にまだまだこれからも、そういう生きづらさを抱えている女の子たちの声を聞き続けたいと思っているので、できることは、これからしていきたいと思っているのですけれども、ただ、子どもたちは親に言えないことを私たちに相談しているので、私たちは常に資金面でとても大変な状況なのです。
    毎年2回くらいは、望まない妊娠の費用ですとか、そういうのも私たちから出さなければいけないような状況があったりして、返してくれるとか、返してくれないというのは、本当に考えてはいけないことだったりもするので、運営資金というのが本当に大変なのです。
    でも、やはりこういう女の子たちが全国にいて、私たちを知ってくれた子から連絡が来たりですとか、私たちもそういった子どもたちと出会いたいという思いから街に積極的に出て声をかけているということもそうなのですけれども、そうした活動を続けたいのです。無くしてはいけないと私たちはすごく思っていて、これからもいろんなことをしていかないといけないと思っています。でも、今直面している課題ということで、今ある支援という輪からこぼれてしまう女の子たちを支援する、寄り添える時間と場所と、やはりお金が必要だというのが切実な課題です。
    できれば、今後あったらいいな、できたらいいなという思いとしては、24時間対応できて、常にスタッフがいて、うちはいろいろと仕事をしながら手伝ってもらっているという状況なので、いつでも対応できる環境にすることです。
  • KEN氏 うちは短期的な保護というのはしているのですけれども、週に1回とかそういうペースであるので、そういうときに私たちもだめなときというのは、スケジュール的に結構あります。そういうときにスタッフを確保するのが、今はなかなか大変な状況なので、そういったこともうまくやっていけたらいいなと。
  • 橘氏 あとは、つないだ彼女たちのその後の就労支援です。社会で、あなたは必要とされているよと、できることがあると、それは彼女たち自身が実感できる場、それをたくさんつくっていかなければいけないと思っているのです。
  • KEN氏 その就労支援の時に、まず教えなければいけないのは、社会人的なマナーなどです。例えば挨拶一つであったりとか、御飯の食べ方もそうですね。男の子であったらネクタイの結び方もそうですし、単純に仕事先を、すぐあそこに行って働きなよと言っても、なかなかできるような子たちではないので、そういった本当に基本的なことというのを伝えながら就労先につなげていけたらいいなと言うのが、私たちが今でも考えていることの1つです。
  • 橘氏 それで、ことし4月に民法の一部の改正によって、子が親の親権停止を請求できるとなったことが、虐待を受けている子どもたちにとっては子どもの権利を守る上でもすごい大切な改正であって、子どもの命を守るためにも大きな改革だと思っているのですけれども、ただ、エンパワーメントできない子どもや虐待等の被害に遭っている意識のない事実、上げられない声という現状が多いことから、やはり知ってしまったらすぐにおいで、一緒に考えようと言える、子どもが安心できるシェルターというのがほしいと思っています。
    また、児童福祉法の適用外の子どもたち、自立していないけれども、帰る場所もないけれども、19歳になってしまったので何もしてもらえないという子どもたちが多いのです。そういう18歳以上の青少年に対する支援というのが、ほとんどない。婦人保護ということで、そういった保護施設とかに行けるところもあるのですけれども、ただ19歳の子が60歳ぐらいのいろいろな人生の経験をして、いろんなことを知ってしまっている人と一緒に暮らすというのは結構きついのです。私はこういう大人になりたくないなと、正直思っている子もいるのです。だから、そこになじめない。でも19歳といえば、これからいろんな出会いでどうにでも変われる年齢だと思います。そういう子どもたちに対しては、やはり若年層がいられる18歳以上を対象とした自立援助ホーム的な、でももうちょっと身近な、手軽に入れる、本当に1週間でもいいし、1日でもいいし、それが1カ月でも3カ月でもいいし、もちろんそのルールがある中で、彼女たちの目標に沿って過ごせる、寄り添える場所というのがあったらいいなと思っていて、それがシェルター、私たちの中ではゲストハウスという構想なのですけれども。
  • KEN氏 19歳とか20代前半というのは、私たちが関わっている世代としてすごく多いのですけれども、性産業とかにも一番需要がある年齢なのです。そういったところに流れていって、ひどい目に遭う子たちというのはかなりいるので、そういった子たちも守れるような場所ではありたいと思います。
  • 橘氏 あとは、性感染症の問題についても、うちは1年に2回くらい産婦人科の先生に講座とかをやってもらうのですが、ここだけの話だよということを子どもたちに伝えてもらいながら、だからこうできるよ、ああできるよということを、その先生が話してくれたりして、そういう先生とかにもそこに行かなければ出会えないのではなくて、来ればそこにいるみたいな感じでうまくつないでいけたら、本当に深刻になる前にいろいろとケアもできるのかなと思っていたりします。そういう場所があればいいなと、今すごく思っています。
  • KEN氏 私たちは、自分たちのことを「動く窓口」と言っているのですけれども、私たちが関わっているような女の子たちというのは、窓口に行って悩みを言いましょうと言って言う子はすごく少ないのです。それは、私たちはメール相談もその1つなのかなと思っているのですけれども、メール相談の最初で、いきなりこういう悩みがありますという子もいれば、1年間ずっと死ぬ、消えたいと言っていることしかなかったような子もいるのです。それで、1年間たって、死にたいとか、消えたいとかの原因はいじめでしたということで、悩みを言ってくれた女の子もいます。そんなような場所でもありたいと思っています。
  • 橘氏 以上が、私たちが今抱えている、出会っている少女たちの現状ということでお話しさせていただきました。
    彼女たちは、これからの社会を担っていく本当に大事な存在だと思いますので、彼女たちの若者支援をしている立場としても、そういう彼女たちに生きる力というものを育てて、私は生きていていいのだという気持ちになってもらえるように、これからもいろんな方たちの意見をもらいながら、また、本当に動かせる方たちと情報交換とかをしながら支援ということに取り組んでいけたらいいなと思っておりますので、よろしくお願いします。
    きょうは、ありがとうございました。(拍手)

質疑応答

  • 質問者1 本日は、貴重なお話をありがとうございました。 最後の部分で、支援先につないだその後の彼女たちの就労支援といったことがあったと思うのですけれども、実際にBONDプロジェクトを通じて、今はこういった仕事に就いているとか、こういった人生を歩んでいるというようなお話ですとか、具体的なものがあれば、お聞かせいただければと思いますので、お願いいたします。
  • 橘氏 赤ちゃんを産んで立派なお母さんをやっているとか、あと、仕事は何でもいいと言ったらあれなのですけれども、とにかく自分が生きていてもいいのだと思って生きていてくれているということが、まず、私たちにとってはすごくうれしいことだったりもするのですけれども、就労というのは、私たちがここをどうぞと言って行くような、仕事しているような、そういうのはないです。
    でも、私たちの活動を手伝ってくれるという子はいます。
  • KEN氏 例えば、うちに関わって、今の彼女で言えば、やはり性産業の方向にちょっと道をそれてしまったり、余り自分を大事にしないような方向に行ってしまう子は多いのです。それを私たちがとめても、なかなか引き戻せないのです。それをやってはだめだと、やってはだめだとわかっていてもやる子たちなのです。でもうちのBONDの活動を手伝ってくれている子もいるのですけれども、私たちとかかわることで、少しずつ方向が変わってくれればいいかなというのは常に思っていることです。その彼女にはすごく期待しているし、頭のいい子だと思うので、何とかいい方向に行ってくれればと思っています。
    あと、就労支援なのですけれども、精神疾患がある子たちとかも、うちはすごく多くて、彼らともよく話すのですけれども、やはりステップがないのです。その彼が言うには、ハローワークとかに行っても、その病気を治してから来てくださいといったことを言われてしまうらしいのです。
    また、一般的なところに入ってしまったら、少し能力は落ちるのだけれども、知的障害として、はっきり何級と認定されたところに入ってしまうと、ちょっと浮いてしまう、その微妙なラインの子たちが結構いるのです。そういった子たちの中で、女の子では援助交際している子たちは結構多いのです。彼女たちはものすごく生きづらいと感じていると思うのです、生きづらくて、作業所での仕事だと時給もすごく安いし、でも普通のところに入ってもなかなか働けない。そうなってしまうと援助交際とかになってしまうのですね。だから、彼女たちのような子たちも生きていきやすくなるようなトレーニングと言うのですかね、何かできればいいなと思っています。
  • 橘氏 そういった目的で、私たちは、おととし道玄坂に24時間のインターネットカフェをつくったのです。
  • KEN氏 でも、そのプロジェクトは1年で終わってしまいました。では、なぜインターネットカフェをつくったのかと言うと、うちは街頭取材で、当時ネットカフェ難民だか、そんな言葉が流行ったときに、ネットカフェで過ごす女の子たちによく話を聞いていたのです。
    ネットカフェは、行かれた方はわかると思うのですけれども、まず部屋に屋根がないのです。男女で分かれておらず鍵がない。お風呂もなく、シャワーとか簡易的なものがあるというのがほとんどなのです。そこで、実は警察に行かないような事件というのが結構起きているのです。女の子がいるところに手紙が投げ込まれたりとか、がらっと開けて何かされてしまったりというのがあるのです。
    彼女たちは、どっちかというと自己肯定感が低いというか、面倒くさいと言って、被害届を出さないで、そこでうやむやになってしまうことがかなりあるのです。そうした問題を私たちは知っていたので、深夜だけは女性専用という形で、ネットカフェだったら、彼女たちの夜の居場所になるのではないかなと思って、つくりました。
    でも、利用に来る子たちはお金がない子たちが多く、場所も渋谷につくったので、経費の面でうまくいかなかったのです。
    そこでは、精神的な疾患があるような子たちもアルバイトで働いていました。私が一応リーダーとなって、そこをやっていたのですけれども、メンタルな病気を抱えている子たちで、結構彼らのその症状が現れる時期が符合するのです。そんな時はシフトにぼこぼこと穴が空いてしまい、私はずっと家に帰れないこともありました。
    そんな感じで働いていて、私自身も肉体的には大変だったのですけれども、そのときに本当に彼女たちの大変さというのがわかったのです。うつ病一つにとっても、いろんなうつ病があると思うのですけれども、本当につらいのだなというのがわかって、そういった子たちもより生きやすくするために何かできないかなと、何にしろちゃんと働くというのはすごく時間はかかると思うのです。
    さっきおっしゃったように、就労につなげて働いた子もいるのですけれども、働いてもまた何かきっとあると思うのです。でも、そのときでも私たちが寄り添っていける存在であれば、いいかなと思っています。何か質問の答えになっていないような気がするのですけれども、すみません。
  • 橘氏 だからこそ、自分たちで就労の場をつくっていきたいのです。もちろん、うちだけでずっとその子たちを抱えようとは思っていなくて、あくまでもステップとしてうちを卒業していく、それを見守れるような就労支援の場づくりみたいなものもしたいのです。
    だから、ネットカフェがうまくいっていればよかったのですけれども、そうしたら店員さんとして働いてもらいながら、その子の相談にも乗ってあげたりとか、いろんなことができたのかなと思うのですけれども、ちょっと余りにもお金がかかり過ぎて経営ができなくなってしまって、1年でつぶれてしまいました。もちろん協力してくれた方たちがいてできたことだったのですけれども、もう一度、あんな大きい規模は無理だとしても、何かできればいいなと思っています。
  • 質問者2 私はスタッフの方と話をしていていつも思うのが、やはり子どもたちからの相談内容というのが、非常に重いではないですか。死にたいとか、妊娠の話だとか、そうすると相談を受ける側、橘さんやKENさんもそうだと思うのですけれども、受ける側のメンタルというのがすごく、気になっていたのですけれども、そういうところのケアはどうされているのですか。
  • KEN氏 スタッフのケアは、私たちはよくしています。うちのスタッフは20代の女の子なのです。10代の子も1人いますけれども、過去に自分たちも同じように悩んでいたという子たちが多いのです。だからこそ、彼女たちだから相談者の気持ちがわかることもあって、私たちは彼女たちの声もすごく大事にしてします。情報は必ず共有して、あのときのあの子の気持ちはこういうことだったというのは、今でもすごく勉強させてもらっています。
  • 質問者3 本日はどうもありがとうございます。いろいろ問題のある家庭で、その1つの大きな要因となり得るのが、やはり貧困の問題であろうと思っております。
    先ほど、今度子どもを産むことになった中2の女の子の家庭とか、あるいは高校生で子どもを産むことになった御家庭なんかは、比較的まだそういう意味ではいいほうではないかと推察して、本当にそういう状況にないところだと、ほとんど御家庭が救ってくれないということになってしまうと、より厳しい状況に置かれるのではないかと思って、まず、そのことを1つ確認したいです。
    もう一つ虐待の件で、虐待死させているケースで、結構生まれてからゼロ日での死亡事例も一定数あって、それの1つのパターンが先ほどおっしゃっていたような産み落としみたいなところがあるかと思うのですけれども、あまり今までそういうことを想像していなかったので、これも確認したいということなのですが、単にたまたま子どもに愛情が持てない親だったからそうしたというよりは、例えば親なりあるいは自分の母親のパートナーからの性的虐待の結果、誰にも助けを求められずに、もう産み落とすしかない、そのままほかにどうしようもないので子どもは死んでいったというケースもあり得るのではないかなという話を、きょうお伺いしてちょっと想像してみたのですけれども、そういったケースというのは十分あり得ると考えたほうがいいのかというのをお伺いしたいと思います。
  • KEN氏 私は全部あり得ると思います。やはり、結局望まない妊娠であったりとかもそうなのですけれども、産む側の覚悟の問題だと思うのです。なので、その覚悟がない状況だと、みんな大変ですけれども、普通に夫婦でさえ、なかなか妊娠して子どもを出産するというときに、手放しでばんざいと喜べない家もたくさんあると思うのです。それは経済的な状況だったりとか、そのときの状況だったりとか、その覚悟を共有できる人間がいるかどうかというのもすごく大きなことだと思います。それはパートナーであったり、基本的にそのパートナーがいない子たちなので、その悩みを一人で抱えてしまい、悩んで、それが子どもへの虐待になってしまうとか。
    あと、私が感じているのは、父親不在の家庭が結構多いのです。父親不在と言うのは、物理的にいないのではなくて、父親が感じられない家庭ということです。実際父親はいるのだけれども、さっきジュンが言ったように、父親の話が出てこない家庭とか結構多いのです。本当にすごく多いです。お父さんの存在感がないというか、そういったところで、彼女たちは悩みを抱えて、それは多分知らず、知らずのうちに抱える悩みなのです。
    あと、本当に家庭崩壊していて、そこにいられないから地方から出てきて、それで東京で妊娠してしまって、産み落とさなければいけないような状況でジュンのところに相談に来て、ジュンが出産に立ち会ったりしたケースもあります。大概そういう子たちというのは、産んでしまった後に、自分たちは育てられないということを言います。君では無理だよということを言って、各機関につなげて、そこで育ててもらうような形になってしまうというケースもありますね。その子の友達とかでも産み落としというのは実際にあったし、そのときに新聞に出て、渋谷のネットカフェか何かで産み落としてしまって亡くなった赤ちゃんがいたと思うのですけれども、それは友達だという話をしていましたね。
  • 橘氏 やはり家庭環境というのはすごく大きいですね。何かあったら家に戻ればいいとか、相談できるというようなことができない、経済的な余裕もないというのもそうですし、親も虐待を受けてきていたとか、どう愛していいかわからないような人が母親になってしまったとか、さっき明日会いに行く女の子が、お母さんもいろいろあって大変なのだろうけれどもということは、多分そういうことも含めた意味で感じたことだと思うのですけれども、お母さんも苦しんでいる、お母さんもどうしていいかわからないけれども、誰かに相談するとか、頼るということもできないまま、子どもを産んで、出会った人と次から次へと子どもを産んでということもあったりすると思います。
  • KEN氏 私たちは親の相談にも乗る時があります。ただ、例えば娘さんというか、本人から相談を受けて、親が彼女を虐待していたのは、実は自分も虐待をされていたからだと言われても、私たちにとっては、またそれは別問題、私たちは今、虐待されている彼女をどうにかしなければいけないということであって、そういった原因もすごくあると思いますけれども、お母さんの悩みの場合、あまりにも深い場合には、うちではなくてほかのところを御紹介することはあります。でも、うちが抱えているような事例というのは全てそうだと思うのですけれども、やはり何か原因がないと、その行為に至らないと思うのです。虐待は根深いなというのは、本当につくづく思います。
  • 橘氏 親からの過干渉で苦しんでいる子たちも多いのです。それも虐待の一つではないですか、でも、子どもたち、女の子たちというのは親の言いなりで、自分が何を食べたいかとか、何を着たいかという意見すらも聞いてもらえずに、いい子でいたいと思っていて、でもすごく生きづらさを感じていて、実は死にたい気持ちが渦巻いている、でも親には当然言えないしと言って、夜の街にはさまよわないけれども、生きていて何のために生まれてきたのだろうという自己肯定感の低さだったり、そういったことは共通していて、そういう子というのは、逆に会おうと言っても会えなかったりする子が多いのです。それは門限があったりだとか、きっちり学校に行った後、塾に行ったりして、会う時間を調整できない子とかも多いので、だから成績はすごく優秀だし、親からもうちは問題のない子と思われているけれども、でも死にたくて、死にたくて、そういったことを見えていない部分に傷つけていたりだとか、あとは病院には通えないけれども、市販薬を買ってODしてしまったりという子もいる。
    あと性的依存に行動を移してしまっている子も多いのです。それは、結構親が立ち入れない部分だったりするじゃないですか、年上の男性とメールで出会って、その子の親はどっちも学校の先生なのですけれども、自分は、学校でいじめを受けていたということが親に言えなくて、でも学校に行くと苦しくなって行けなくなって、パニックになって、学校をやめるというときに、親がすごいがっかりした顔をされて、もうこの世の終わりだみたいな顔をされてしまって、それからはもう親に言えなくなってしまったということで、こんな自分でも認めてくれる人がメールで出会った年上の男の人だったりしたのです。
    そういう人と会って、そういうことをしているだけは楽になれると言って、援助交際と言っても、お金ももらっていなかったりするのですけれども、そういう性的行為というのを本当に30代くらいの男性と繰り返しているような16歳の女の子もいたりして、でも当然、お母さんとお父さんが仕事に行っている間に、そういうふうに会ったりできる、それなりにお金もあって自由がきくような人だったりもすると思うのですけれども、でも絶対に親には知られたくないし、でも家にいたら苦しいし、学校にも行けない自分が嫌だしということで、そういう行動をとってしまっている子もいる。
    なので、私たちが出会っているのは、街にさまよえる子たちばかりではなく、街にはさまよえないけれども、そういった生きづらさを抱えているという女の子たちも多いです。会うと本当に普通のかわいい子なのです。こんなかわいい子が、こんな危険なことをしてしまっているのと言って、私たちはとても驚いています。外見だけでは、そんなことは想像できないようなことを子どもたちはいろいろ考えて、それこそ誘い言葉に目を投じてしまっているというところもあるので、どの子も聞かなければわからないと思っています。
  • KEN氏 過干渉に関しては、すごく家で肯定されているようで肯定されていない状況になるのです。少しでも曲がったことをやれば否定されるわけです。親の意思と違うことに背けば全否定されるので、彼女たちはそこで否定されたら、やはり肯定される場所を街に求めてしまうのです。その街に求めたものがたまたま援助交際で、自分を必要としてもらって、それがちょっと曲がった形であれ、自分を更生してくれるということになってしまうのです。もちろん、家族というのはすごく大事だなというのは思っています。
  • 質問者4 本日はどうもありがとうございます。子どもさんの話を聞きながら寄り添うことによって大分立ち直るきっかけになっていくというお話なのですけれども、その中で、やはり家庭環境の問題があって、やはり親が変わってもらわなければ、立ち直りまでいかないのか、あるいは子どもたちがしっかり考え方に気づくことによって十分立ち直っていけるのかということが1つ。
    あと、私は娘がいるのですが、まだ小さいものですから、だんだん年ごろになると父親から離れていくという話をよく聞いているのですけれども、父親の存在がないと、やはりちょっと問題だということがあるので、その辺のかかわり方について、どういう御意見がありますか。
  • 橘氏 親を変えるのは正直難しいです。子どもたちにもそう言います。だから、あなたが逃げなさい、あなたが変わりなさいと言いますね。とにかく逃げられるかと聞く、変な言い方ですけれども、親をあきらめられるかということですね。すごい寂しい言い方にもなりますけれども、親をあきらめる。親を変えるということは、あなたがすることではないと言います。
  • KEN氏 自然に修復に向かう形もあります。それには、やはり年月が必要で、何かしたからって、すぐ何かなるということは。
  • 橘氏 そうですね。親は親でちゃんとした、寄り添ってもらえる支援というのが必要だと思うし、虐待されている子は、まず安全ではない場所から逃げること、安全な場所に移ることが大事だと思っているので、それができるか、できないかということ、まずあなたが逃げられるか、親をあきらめられるかということ、彼女たちにも問いかけます。
    だから、私たちは安心できる時間、場所をたくさんつくってあげたいのです。この間保護した子も、性的虐待を受けている子なので、布団は3つあるから、あなたの分もあるから寝ようよと言っても横にならないと言うのです。横になるのが怖いからいいと言って、本当にソファーでただ寄りかかっている、その場にじっとしているという状況だったのです。
  • KEN氏 虐待の子は、寝ない、飲まない、食わないという子が本当に多いです。
  • 橘氏 さっきのDVDに出ていた子は、あの子も性的虐待を受けている子だったのですけれども、食べられなくなっていって、点滴で本当に命をつないでいる状況だったのです。 あそこの場所というのは、私たちの活動を応援してくれているカトリックの修道院なのですけれども、地方だから東京に連れてくるのが大変だったりもするので、そういったときには、たまたまだったのですが、地域の仲のいいシスターがいたので、ではうちへおいでと受け入れてくれた。その場所に行って、ほっとした瞬間、ずっと緊張を保っていて、そのときはしゃべれたり、きちんと歩けたりしていたのが、本当に力が抜けてしまって、魂が抜けてしまって言葉が出なくなったりするのです。
    保護したその後が結構大変で、みんなフラッシュバックを起こしたり、やさしくされたことがないからこそ、やさしくされると、いろんな葛藤があって、それが態度に出てしまったり、行動に出てしまったりするので、本当に何とかこういう時間というのをつくってあげなければいけないなと思うのです。
    だから、子どもに言います、逃げようと、変えようと、応援するからと、そういった意味で、本当に大人のいろんな人たちが応援してくれないと、彼女たちというのは一歩踏み出せないから、だから本当に訴え続けたいと思っているのです。
  • KEN氏 虐待のことは、本当にそう思います。
    それで、お父さんのですね、うちは中1なのですけれども、もっと小さいころとか、変わってくると思うのです。私は絶対にお父さん臭いとか言われないと思ったのですけれども、しょっちゅう言われるのですよ。けれども思うのは、私は若いときから、結構職場は女性が多くて、かかわりも今でも若い女の子が多いのですが、私ができることなんて大したことないのです。それは娘たちも思うのですけれども、私の役割というのは、多分一部分なのだろうなと思うのです。でも、その一部分が大事なのではないかと思っています。 多分、ジュンができない部分というのを私が補っているところもあるのではないかなと思って。
    うちの場合は、趣味が娘とたまたま一緒なところがあるので、一緒に遊んだりとかはしていますけれども、でも大変ですね。
  • 橘氏 娘とKENが過ごしている時間というのも、いろいろ見るのですね、緊急時には娘も連れて、いろいろ活動の場に行かなければいけないこともありますが、そういう時に娘が父親に対して普通に言いたいことを言っているではないですか、保護した子からすれば、それはすごいびっくりしています。
    でも、うちとは違うとか、そういうのを見させるのも大事なのだなと思っています。酷だとは思いますが。
  • KEN氏 お父さんはすごく重要で、私も夜が仕事のときとかもあるので、娘と過ごす時間はあまりないこともあります。けれども、一緒のときはできるだけ話すようにはしています。しょっちゅう食べ方がどうだとか怒っていますけれども、私には言わないことがいっぱいあるでしょうけれども、私からは結構しつこく話しかけたりしています。
  • 司会 時間が過ぎて参りましたので、この辺で終了したいと思います。橘様、KEN様、本日はありがとうございました。
  • 橘氏、KEN氏 ありがとうございました。

以上

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