IT化・グローバル化等に伴う産業構造や仕事の世界の変化が進むなかで,また,バブル経済崩壊以降の経済の停滞,企業の倒産,失業率の上昇などを背景にして,さらには,人的コスト削減等を目的にした派遣労働やパートタイムの拡大が進み,もう一方で,生活スタイルや価値観の多様化が進むなかで,青年たちの職業に対する意識や構えも変化している可能性がある。そこで本節では,その実態と変化の特徴について検討しよう。
まず転職経験についてみてみよう。表1−28に示されているように,「転職経験なし」の割合は,日本とドイツが55%前後でもっとも高く,次いで韓国が40.3%,スウェーデンが31.8%,アメリカがもっとも低くて27.3%となっている。表示はしないが,経年変化をみると,韓国,スウェーデン,ドイツでは,多少の増減はあるものの,80年代後半以降は概ね今回調査とほぼ同じ水準で推移しているが,アメリカでは,93年調査の13.2%をボトムにして,それ以降増加傾向にある。それに対して,日本では,88年調査までは7割前後の水準で推移していたが,93年調査で62.7%に減少し,前回の98年調査では66.2%にやや上昇したものの,今回調査では再び減少し54.2%となっている。こうしたアメリカと日本の近年の変動は,経済の好不況や雇用市場・若年失業率の変化を反映していると考えられるが,日本の変化と現状をどうみるかは評価・判断の分かれるところであろう。
日本では近年,雇用の流動化が進み,若年労働者の離転職やフリーター・派遣労働の増加が注目されているが,それを好ましいとみる意見もあれば,企業の業績不振の表れや社会不安の増大を招くものとして否定的にみる意見もある。また,転職それ自体を好ましいと考えるかどうかも意見の分かれるところであろう。いずれにしても,青年たちの離転職が増えているというのは事実のようであり,そして,それは,転職を好ましいと考えるかどうかという転職観や,職業生活に対する構え,企業に対する帰属心・忠誠心などの変化の表れとみることができる。
そこで次に,転職についてどのように考えているかをみてみよう。表1−29に示されているように,「つらくても転職せず,一生一つの職場で働き続けるべきである」と考えている青年は,日本と韓国でやや多いものの,どの国でも少数派で,特に欧米3か国では0.8%〜2.5%でしかない。日本,韓国と欧米3か国との大きな違いは,転職をどのように是認ないし肯定するのかの違いにある。日本と韓国では,「職場に強い不満があれば,転職することもやむをえない」(消極的是認)が,それぞれ53.0%と43.0%で,もっとも多いのに対して,欧米3か国では,「職場に不満があれば,転職する方がよい」(消極的肯定)が,5割前後で,もっとも多い。ただし,ドイツは消極的是認も34.4%に達しており,その点では,日本,韓国に近いともいえる。他方,「不満がなくても,自分の才能を生かすためには,積極的に転職する方がよい」(積極的肯定)は,どの国でも1割以上になっているが,特にスウェーデンでは42.0%にも達しており,韓国でも27.7%になっている。
周知のようにスウェーデンでは,いわゆる有給教育休暇制度にみられるように,教育と職業生活との関係が個々人のキャリア形成やステップ・アップの機会を保障するように有機的・弾力的に編成されている。ドイツでは,アプレンティスシップ(徒弟制)にみられるように,後期中等教育を中心にハイティーン期の教育が職業に向けて水路付けられている。韓国では,IT化・グローバル化と,急激な経済発展と産業構造・職業構造の高度化が同時進行する中で,才能発揮やステップ・アップを志向する傾向が強まっていると考えられる。それに対して日本では,比較的最近まで,多くの企業で長期雇用・終身雇用が一般的な規範ないし慣行となってきた。そうした各国の経済状況や雇用システム・教育システムの在り方が,上記のような転職の実態や転職観に反映していると考えられる。
次に,昇進・昇級の評価基準に関する意識をみてみよう。表1−30は,「どのような方法で昇進や昇級を決めるのが望ましいと思うか」という質問で,表中のような4つの選択肢を用意して聞いた結果である。
「勤続年数のみによって決まる」を望ましいとする者は,どの国でも4%以下で,ごく少数でしかない。表示はしないが,この割合は,日本では78年調査で10.2%,韓国では83年調査で6.6%,スウェーデンでは78年調査・83年調査で15%前後であったものの,それ以降は,どの国でも今回調査の結果とほぼ同じ水準で推移している。
国による違いは,勤続年数(年功主義)と勤務成績(業績主義)とのバランスの違いにある。5か国すべてで,「勤務成績を中心に,多少勤続年数が加味される」(勤務成績中心)がもっとも多いが,スウェーデンがもっとも多くて6割,次いでアメリカが多く56.3%,さらにドイツと日本が約5割で続き,韓国がもっとも少なく42.7%となっている。他方,ドイツとアメリカでは,「勤務成績のみによって決まる」の割合が2番目に大きいのに対して,日本とスウェーデンでは,「勤続年数中心」が約25%で2番目に大きい。他方,韓国では,「勤続年数中心」が42.2%で「勤務成績中心」とほぼ拮抗している。
図1−28と表1−31は,日本の場合について,経年変化を示したものである。この図と表からも明らかなように,日本では,88年調査までは「勤続年数中心」が第1位,「勤務成績中心」が第2位であったが,その順位が93年調査で逆転し,現在に至っている。また,「勤務成績のみ」も93年調査からやや増加し,10%台になっている。以上より,昇進・昇級の評価基準に対する日本の青年たちの意識は,アメリカやドイツに近づきつつあるように見受けられる。なお,欧米3か国では,趨勢的な変化といえるようなものはみられず,また,韓国でも,「勤続年数中心」と「勤務成績中心」の順位が年度によって入れ替わっているものの,趨勢的な変化といえるようなものはみられない。
すでにみたように,特に日本では,近年,青年たちの転職経験は増加する傾向にあり,また,転職観も転職を肯定する傾向が強まり,昇進・昇級についても業績主義的評価を好む傾向が強まっているが,それらの相互関係はどうなっているのであろうか。その点を確認するために,転職経験(0〜4回以上の5段階)を従属変数,年齢,学歴資格,転職観,昇進・昇級の評価基準,職業満足の5つを説明変数として,国別に重回帰分析(ステップ・ワイズ法)を行った。表1−32は,その結果(統計的に有意な最大モデルの場合の結果)をまとめたものである。表中の丸数字は,標準化された偏回帰係数(β)の値の大きい順に順位を示したものである。
表より明らかなように,統計的に有意な変数は国によってかなりの違いがある。決定係数(R2)のもっとも大きいドイツの場合,年齢が0.320で,もっとも大きな正の説明力があり,転職肯定意識がそれに続き,逆に,職場満足は負の説明力がある。すなわち,年齢が高いほど,転職肯定意識が強いほど,転職経験が多いという傾向があり,逆に,職場満足度が高いほど,転職経験は少ないという傾向があるということである。アメリカの場合,年齢に正の説明力,学歴と職場満足に負の説明力があり,日本の場合,転職肯定意識に正の説明力,学歴に負の説明力がある。また,韓国の場合,統計的に有意な説明力があるのは学歴だけで,負の説明力がある。それに対して,スウェーデンの場合,年齢の説明力はアメリカやドイツの場合と同様に正であるが,アメリカ,日本,韓国の場合と違って,学歴の値は正になっている。ドイツ,アメリカ,スウェーデンでは,年齢の値がもっとも大きくなっているが,それは,年齢が高いほど就職経験も長い場合が多いから,それだけ転職経験も多くなる可能性があるからであり,ある意味では当然の結果である。
以上の結果より,調査対象となった年齢層(18歳〜24歳)の青年の場合の転職について,少なくとも次の3点を確認することができる。第一は,転職志向それ自体は,実際に転職するかどうかに,少なくとも統計的に有意な影響を及ぼしてはいないということである。第二は,少なくともドイツとアメリカでは,転職しても,必ずしも満足できる職場で働くことになってはおらず,むしろ,職場満足度は低下する傾向さえあるということである。第三に,スウェーデンでは,学歴が高いほど転職経験が多いという傾向がみられるが,これは,有給教育休暇制度に象徴されるように,就職後の進学を含めて高等教育進学がキャリア・アップの手段として位置付けられる傾向があるからだと考えられる。それに対して,第四に,アメリカ,日本,韓国では,学歴資格によって雇用市場が分断化・層化されており,学歴資格の低い人が就く傾向の強い職種・職場は,雇用条件が相対的に悪く,雇用の流動性・不安定性が高い(離転職が多い)という傾向がある。この結果は,労働経済学における層化労働市場論(segmented
labor market theory)が指摘してきたことと整合的である。とはいえ,以上のことは,そういう傾向があるということであって,青年層の転職がそれですべて決まっているということではない。そのことは,決定係数が極めて小さいことにも表れている。その値が最大のドイツでも,転職経験の分散の約86%は,その他の要因に左右されており,日本の場合にいたっては,統計的に有意であっても,学歴資格によって説明される分散はごくわずかでしないから,以上の結果をあまり過大視すべきでないことはいうまでもない。
次に,職業選択の基準についてみてみよう。表1−33は,「仕事を選ぶ際に,どのようなことを重視しますか」という質問に,無制限多肢選択法で回答してもらった結果である。○数字は,当該項目を選んだ者の割合が40%以上の項目について,割合の多い順の順位である。
表より次の諸傾向を確認することができる。(1)項目別では,「収入」が,日本とスウェーデンでは僅差で2位になっているものの,他の3か国では1位となっている。特にアメリカでは83.5%,韓国,スウェーデンでは約75%が重要だと答えており,日本とドイツでも6割台に達している。(2)次いで,「仕事の内容」と「職場の雰囲気」が重視されており,前者は,日本では66.6%で1位,スウェーデンとドイツも6割台,アメリカでも5割台になっている。後者は,スウェーデンでは77.7%で1位,アメリカでは65.5%,ドイツでは49.8%で3位,日本では44.3%で4位となっている。つまり,どの国でも,「収入」という職業の実利的・手段的側面と,「仕事の内容」や「職場の雰囲気」といった仕事や職場が自分に合っているかどうかという側面がもっとも重視されているということである。
(3)その他の項目では,「将来性」が日本を除く4か国で4割台,「安定性」,「能力を高める」,「自分を生かす」も,2か国で4割以上になっている。(4)国別の肯定反応率は,アメリカが8項目で,ドイツが7項目で,スウェーデンが6項目で4割上になっているのに対し,日本と韓国では総じて低く,4割以上はそれぞれ4項目と3項目となっている。
図1−29は,上記諸項目の関係と国別の特徴を検討するために,これまでと同様,コレスポンデンス分析の結果を図示したものである。次元1は,「自分を生かすこと」や「職場の雰囲気」といった個性・人間関係志向的な自己実現的関心か,「専門的な知識や技能を生かせること」「能力を高める機会があること」のような職能志向的な自己実現的関心もしくは「事業や雇用の安定性」「将来性」のような企業の安定性・発展性を重視する次元(自己と企業の発展性を重視する次元)であるのに対して,次元2は,「仕事内容」「通勤の便」「収入」といった職務内容や労働条件を重視するのか,「仕事の社会的意義」を重視するのかという次元のようである。そして,その諸項目の関係構造の中で,スウェーデンは「自分を生かすこと」や「職場の雰囲気」を重視する点に,アメリカは「労働時間」「能力を高める機会」「安定性」などを重視する点に,ドイツは「将来性」「安定性」「能力を高める機会」などを重視する点に特徴があるのに対して,日本は「仕事内容」という自分と仕事の適合性を重視する点に,そして,急速に経済発展を遂げている韓国では「収入」「通勤の便」「将来性」といった実利的関心を重視する点に特徴があるといえる。