青少年問題審議会第二部会(第2回)議事録

平成10年10月26日(月)
15:00〜17:00
中央合同庁舎4号館共用第3特別会議室

 ただいまから青少年問題審議会第二部会を開催いたします。
 本日の議事につきましては、前半はヒアリング及び質疑ということで、世田谷ボランティア協会の天野秀昭さんと青少年育成国民会議の上村文三副会長にお話をうかがい、その後地域社会の在り方について、自由討議にいたしたいと存じます。
(青少年育成のための国民運動の展開について)
 初めに、国民会議の上村文三副会長から青少年育成国民運動に関しまして、これまでの成果の検証を踏まえつつ、今後の展開の方向、行政や社会全体の御提言等についてお話をうかがいたいと思います。
 まず、青少年育成国民運動はどういう形でスタートしたかということでございます。御承知のとおり、昭和39年、40年というのは少年非行が第2のピークと言われるほど急増した時期でありまして、それと同時に今日と同じような新しい形の少年非行が増えてまいりました。そして、大人の犯罪よりも19歳以下の少年非行の方が数的に増えてきたということで、犯罪白書等でも大きく取り上げられ、閣議でも話題になりました。
 このような青少年問題の状況を受け、青少年問題審議会の前身である中央青少年問題協議会や都道府県・市町村の地方青少年問題協議会など各レベルの協議で、青少年問題にいかなる対処をしたらいいか熱心に全国的に協議されるとともに、青少年の関係団体でも検討が行われました。
 その結果、非行を減らすためには、青少年問題審議会等の諮問機関や行政だけで対応するのではなくて、この際多くの国民の参加を得て、青少年育成国民運動を起こそうという決議がいろいろな場面でされたことが、運動がスタートしたきっかけになりました。その運動を進める組織として、昭和41年5月に青少年育成国民会議が結成されました。当初は、国民運動について、5か年ぐらいの目標を設定した方がいいということになりまして、5年間で達成すべき目標として、 1少年の非行を半分に減らす、 2青少年の団体、グループへの加入率を25%まで伸ばす、の二つを掲げました。
 その後、ちょうど5年ほどたちました時点で問題状況についての評価をしました。統計を御覧になればお分かりになると思いますが、少年の非行は急速に減少いたしました。しかし、青少年の意識は、必ずしも社会的な問題に対して取り組んでいこうというような意識が低下し、個人志向にどんどん変わっていくという形をとりつつありました。
 そこで、国民運動を5年目以降どうしようかという論議が行われたわけですが、昭和41年5月の国民運動発足のときのそもそもの目標というのは、ただ非行を減らせばいいというものではなくて、将来の社会を担えるような元気のある青少年を国家社会の力を結集して育てていくべきということでした。そこで、5年たった時点で非行は減ったけれども、前向きの運動は進んでいるのかどうかという視点でいろいろ検討がなされました。しかし、先ほども申し上げましたとおり、むしろ当面の非行を減らすというところに運動が集中しました関係で、前向きの健全育成というのは必ずしも前進しておりませんでした。そこで、国民運動の次の目標として、将来に向けて青少年の健全育成を進めていこう、そのためには、いま一度組織の点検をし、運動目標を新しく設定する必要があるということになりました。
 そういう動きを受けまして、国民運動の推進の組織はどういう形で進んできたかと申しますと、まず国民会議です。青少年団体、育成団体、いろいろなマスコミ関係、公共団体の合計約130 団体が国民会議に参加いたしました。それから、青少年育成都道府県民会議、これは昭和43年までに当時まだ米軍の占領下にありました沖縄を最後に、すべての都道府県で結成されました。
 なお、この都道府県民会議の結成に至る過程で、このような会議を組織することの是非がいろいろ問われたことがあります。国及び地方には法律及び条例の設置により青少年問題協議会が組織されており、そこには関係団体の代表や、議会の代表といった人も入っておりましたので、新たに組織をつくることは屋上屋を架することになりはしないかと、いろいろな議論が展開されたわけですが、国民運動の目標を達成するためには、諮問を受け協議するという形ではなく、むしろ実践活動をしなければならない。その実践を進める組織としてどうしても都道府県民会議を組織すべきであるということで、昭和43年までに都道府県の組織が結成されたわけでございます。
 そこで、この都道府県民会議が結成されるまでの成果は一体何だったのかを私なりにまとめてみますと、まず第1は、少年の非行は、国民会議が発足したから減ったということではないかもしれませんが、約半分近く減少いたしました。これは運動の一つの大きな成果として評価してもいいだろうと思います。
 第2に、当時中学校を卒業し都会に集団就職をする子どもたちがまだたくさんおりました。こういう子どもたちは、企業で必ずしもいい待遇をされておらず、職を転々と代える子どももたくさんおりました。こういう子どもたちを何とか保護すべきではないかということで、例えば勤労青少年の母の家のようなものを全国的につくり、この子どもたちを激励するといった運動を進めたりした結果、勤労青少年に対する企業及び民間の処遇が大きく前進してきたと思います。
 第3には、青少年団体は中央青少年団体連絡協議会という固まりをつくりましていつも連絡協議をしていたわけでございますが、その他の青少年育成を志しているPTA、婦人団体といった団体は横に連携をとるという機会がありませんでした。国民会議や都道府県民会議が組織された結果、青少年に関するいろいろな団体が大きくネットワークをつくったという意味で、大きな成果として考えてもいいのではと思います。
 さて、そういう5年間の経過をたどり、その後、運動の目標を達成するためにどういうことが行われたかですが、国民会議結成時の宣言をより具体化するためにはどうしたらいいかという議論が全国的に行われ、そのための方針を国民会議が専門家を集めて協議をしてまとめるべきとの意見を受け、昭和56年と58年に青少年育成の基本課題をまとめました。少し前に文部省が「期待される人間像」を提唱し、社会の大きな合意を持って受け入れられた反面、個人の徳目を国が規定するのはおかしいという反論もたくさんありましたので、国民会議としては個人の徳目を列挙するのではなくて、どういう役割を果たせる青少年を育てていくべきかということで、昭和56年に三つの目標、58年に六つの目標を定め、県及び市町村のレベルで運動を進めていこうということを打ち出したわけでございます。
 そして、国や県のレベルで青少年の育成が大事だと提唱しているだけで、果たして目標が達成されるのかという議論が起こりまして、昭和46年ごろから、青少年が生活をしている場で青少年の育成が行われるべきという意見が大変強く出されました。青少年が生活しているところで直接指導ができるのは、もちろん家庭における父母、学校における教師、それから地域における青少年の育成に携っている大人及び指導者です。こういう人たちの力を借りて、市町村で青少年の健全育成活動を進めようと、青少年育成市町村民会議を全国に組織しようという議論が起こってきました。このときも、「屋上屋をつくることになる」、「子ども会育成会やPTAもある」という意見があったわけです。しかし、PTAにも子ども会育成会にも限界があり、もっと多くの人々が協力できる市町村民会議という形が最も適切ではないかということで、市町村民会議づくりが進められました。
 そこで、現在全国の約3分の2の市区町村に市町村民会議が結成されました。現在全国2,372 市町村に市町村民会議が結成されています。多くの市町村では子どものいる家もいない家も全部会員になろう、そして、100 円から500 円のお金を出し合って自らの仕事として青少年の育成を進めていこうというところまで前進してきたと思っております。
 では、市町村民会議ができた時点で、国民運動をどういうふうに評価すべきかですが、大きく言いますと五つの柱で国、県及び市町村のレベルで運動を進めてまいりました。
 まず第1は、青少年の健全育成をどう進めるのかということでいろいろな事業を進めてまいりました。その中であえて紹介したいと思いますのは、国際児童年を記念し「少年の主張全国大会」を始めました。これは、中学生を対象として、大人や社会に向かって主張すべきこと、あるいはどういう生き方をしたいのかなどといった意見を求める事業でございます。今年は、全国の中学校の約半数近い中学校の生徒約86万人が参加しており、力強い主張をする子どもが大変増えてきています。その他の事業も青少年のいろいろな動きを見ながら、今こういうことをすべきではないかということで、例えば、青年の社会・グループ参加を促進するため「一人ぼっちよさようなら」というような呼びかけの運動を今日まで続けてきております。ある事業は大変大きな成果を上げておりますし、ある事業についてはそろそろ反省をしなければいけないところも出てきているように思います。
 第2に、家庭の問題であります。運動発足のときから「家庭の日」運動、第3日曜日に家族そろっていろいろなことをやろうという運動を続けてまいりました。ある時期マイホーム主義が非常に蔓延しまして、子どもがお父さんお母さんに連れられて遊園地に行くとか、どこかに行って遊ぶという形の「家庭の日」運動が非常に盛んになりました。それを見まして、「家庭の日」というのはマイホーム主義を助長する運動ではないかという反省が起こりまして、10年ほど前から「開かれた家庭づくり」を進めようと、親子そろって地域に参加をしていくといった運動に切り替えながら今日まで進めております。
 第3に、やはり家庭の問題では0歳から3歳までの子どもの教育をどうするかというのが最も大事です。前会長であります井深大さんも、この問題を非常に強く主張いたしまして、具体的なプログラムがないと0歳教育が大事だと言っても成果を上げられないということで、私どもは親子教室というモデルをつくりまして、全国約 200か所で親子教室モデル地区事業をやっております。これは、子どもの情操をいかに豊かに伸ばしていくかという視点で、お母さんと子どもの遊び、あるいは隣近所の子どもとの接触をさせるような運動です。
 第4は、非行防止のための社会環境対策です。国民運動発足のときから、出版物対策や映画広告の対策、テレビ対策を今日までずっと続けています。少年非行と関連する環境問題とは一体何かという議論もあったわけですが、一つはマスメディア、もう一つは盛り場に発生するいろいろな環境です。ところが、この二つは御承知のとおり、憲法で保障される表現の自由や営業の自由と非常に深い関係があるため、相当慎重に取り組む必要があります。青少年に与える環境を取り上げてみますと非常に幅広く、今まで国民会議が何らかの形で接触しました環境というのは実に多様でありまして、コンビニエンスストア、雑誌、出版、ダイヤルQ2、ビデオ、カラオケボックス、ゲームセンターというような業界が、今まで私どもと協議をしながら取り組んでまいりました。この他にも、酒、たばこ、ひいては性器具や、いわゆるブルセラ商品を売る自動販売機など次々と妙な環境が生まれてきました。そして、現在はソープランドと呼んでいるそうですが、トルコ風呂というのも議論になりました。その他スナック、喫茶店も青少年のたまり場ということで、いろいろな場面で話題にしながら今日まで取り組んできたわけでございます。
 今申し上げたような多様な環境を、すべて無菌状態にするというのは不可能だろうというのが私どもの考えです。むしろ、少々の悪い環境には負けない子どもを積極的に育てていくことが大事ではないかということを前提とし、社会環境の問題に取り組んでいこうと、全国の皆さんに呼びかけております。
 負けない子どもをつくるための運動と同時に、どうしてもこういう環境に影響を受けて負けてしまう子どももたくさんおりますので、そういう子どもを守るために何らかの営みをしなければいけないということで、活動の方向を決めまして取組をしてまいりました。
 第1は、自主規制。先ほど申し上げました関連業界の人々と頻繁に連絡を取り、自主規制ないしは自粛をしてもらうという形で最初は取り組んだのですが、自粛をしてくださいと言うと、「分かりました、自粛をします」ということで終わってしまいます。したがって、「我々は自主規制をします、こういうことはいたしません」という約束事をつくってもらうのが自主規制だと思います。
 第2に、住民運動。今までやってまいりました住民運動としては、「見ない・買わない・子どもに見せない」という「3ない運動」や「白ポスト運動」といったことを全国で進めてまいりました。自販機撤去の運動につきましては、明らかに行き過ぎと思われる自販機については署名運動をしながら撤去していくといったこともいたしました。酒・たばこの自販機の在り方についても、現在は11時から5時までは酒もたばこも売らないことになっているわけですが、ここまで来るには大変苦しい運動の経過があるわけでございまして、いろいろなところで現場の人々が署名運動をしたり、業者と協議をしたりしながらこぎつけた成果であると思っております。
 第3に、46都道府県に条例が定められております。私どもは、住民運動や業界による自主規制が進まないものについては条例によって規制されるのはやむを得ないということで、条例制定を陳情する、あるいは署名運動を続けながら条例に盛り込む項目を年々増やすよう働きかけてきています。一番最近の例では、テレクラを条例で規制しようということで、ほとんどの県で、青少年保護育成条例等の中で規制するようになってまいりました。それでもだめな場合は、やはり法律を制定すべきではないかという考えでありまして、風俗営業適正化法の中にできるだけ盛り場環境を取り込んで規制をすべきではないかということで、10年ほど前にはディスコや大人のおもちゃ売場といったものを入れるよう、また、最近では皆問題にしておりますインターネットについて取り組むよう、警察庁その他にこれまでも何回か陳情した経過がございます。
 しかし、住民運動でこういう問題に取り組む場合は大変限界があるように感じます。限界は何かといいますと、業者がいろいろな言い訳をする結果、少しも自主規制が進んでいかないということです。業者の言い訳には大きく言いますと七つぐらいあり、今までの私どもとの懇談や協議の中で、言い訳をしながら逃げられた苦い経験があります。
 一つ目は、いろいろなメディアが重複しながら青少年に影響を与えているのであって、雑誌の責任、テレビの責任を問われるのはおかしい。だから、テレビに注文をすると、「うちより悪いのがもっとたくさんある、あっちの方がもっと悪いからあっちを征伐してください」というような言い方をします。
 二つ目は、「問題にしているのはあなた方大人ではないか。子どもはどういう意見を持っているのか、子どもの意見を聞こう」という言い方をします。
 三つ目は、「そういう社会環境が非行の原因、問題行動の原因になったという科学的根拠を示してください」ということを言います。
 四つ目は、「我々は少年少女向け、アダルトユース向け、大人向けというように明らかに区別をしながら提供している。全部ごちゃ混ぜにして送っているわけではなく、ちゃんと峻別をしている」と言います。
 五つ目は、「我々の業界の組合に入っているものはちゃんとやっており、アウトサイダーが悪い」という言い方をします。
 六つ目は、「家庭や親がしっかりしていれば何もこんなこと問題にしなくてもいい、我々に文句を言う前に家庭、あるいは親の教育をしてください」ということを言います。
 七つ目は、46の条例で雑誌その他の有害指定をしているわけですが、ある県は1,000 以上雑誌を指定し、東京都は50ぐらいです。そうすると、「指定をするのが県によってこれほど大きく違うのはおかしい、審査の仕方がおかしいのだろう」というような言い方をいたします。そうすると、我々としてはもう打つ手がなくなります。
 したがって、業者のこういう言い訳をいかに封じ込んでいくかという視点で、もう一回基本的に考え直さないと成果が上がってこないのではなかろうか。今までもいろいろな意味で業界は協力的だったんですが、もっと実質的な協力を得るために何か手を打たなければいけないという事態だろうと思います。
 それから、こういう運動を進めるためには指導者が必要です。国民運動を推進するため、推進員、推進指導員というのが全国で約8万人置かれております。こういう人々の研修をいろいろなところで年中やっております。こういう人々の中心になる人を育てなければいけないということで、国民会議は青少年指導者のための通信教育を始めました。約2年間に8冊のテキストを読んでレポートを出してもらい、3泊4日の集合研修を受け、合格した人に 「青少年育成アドバイザー」という資格を与えています。現在、全国に2,500 人の青少年育成アドバイザーが活発に活動してくれております。
 地域活動については、市町村民会議を実質的に機能させるためにはどうしたらいいかということで、いろいろなデータ提供、講師の派遣その他思い付く限りの応援をしています。青少年と密着しながら大きい成果を上げているところもありますが、形だけのところもまだありますので、これをいかに活性化させるかということが現在の課題です。
 そして、今後どういう運動をしたらいいかということで、昨年いろいろな点で協議をいたしましたのがこのまとめの報告書(「平成9年度 青少年育成国民運動推進総合研究委員会報告書」)でございます。これには市町村会議を活性化させるにはどうしたらいいかといった主なテーマが組み込んでございます。一番の大きなポイントは、24ページ以降に、市町村民会議、県民会議、国民会議は役割分担をしなければいけないということで、国民会議は何をすべきか、県民会議は何をすべきかという方向性を示しております。そして、現場が活動しやすくなるためには、もっと具体的な目標を設定しなければいけないということで、「青少年育成国民運動の理念と目的」を設定いたしました。一言で言いますと、自分で考え判断し、決定し、行動できる、そういった青少年を育てるために、市町村民会議、県民会議は場をどんどんつくってあげようという呼びかけをしているわけでございます。
 そこで、行政に対する施策の要望としては、運動をフォローアップするようないろいろな条件整備をしていただくというのが、行政の大きな仕事ではないかと思っています。いろいろなところで問題になっていることを解決するために、法律を整備するというのも一つの大きな仕事だろうと思います。青少年行政の施策を総合化して長期的な計画をつくり、それに基づく青少年の育成を行政と民間が力を合わせてやっていくようにしないと、こんな問題が起こった、大変だといつも大慌てをしなければいけない事態になってくるのではないかと考えているわけでございます。具体的には、「青少年育成基本法」のようなものをつくっていただいて、その中に大まかな目標を定めていただき、それぞれの場で取り組めるような方策を、できれば一日も早く出してもらいたいと考えております。
 そして、私どもは、実践運動としては大人が具体的な活動を地域でやらなければだめだということで、「大人が変われば子どもも変わる」という運動を今年から始めているわけですが、まだこれが十分根付いていない状況でございますので、これにつきましても、行政その他からいろいろ応援をしていただきたいと思っているところです。審議会におかれましても、今申し上げましたようなことを参考にしながら、具体的な対応をしていただけるようなまとめをしてくださいますよう是非お願いしたいと思います。どうもありがとうございました。
 ただ今の御説明につきまして、御質問なり御意見なりがございましたらどうぞお願いいたします。
 少年非行に関連して、自主規制、住民運動、条例づくりや業界の言い訳についてお話をされていて、今はそういった言い訳を聞きながら、こうすれば何か糸口があるというような、今までのことから経験的に示唆していただけるようなことがありましたらおうかがいしたいと思います。
 非常に具体的に申し上げますと、放送界にいろいろな働きかけをし、実際にやっていただいていることですが、放送法に基づいて番組の内容をどのようにしていったらいいかという事例研究を行って、非常に細かい規定を自主規制の項目としてつくっているわけです。それと同じようなことを雑誌の業界の方々にお願いしまして、雑誌協会の中でそういう事例研究を行い、その中にできれば我々青少年関係者も入れてもらいたいということを随分昔からお願いしているのですが、そういう研究をやること自体がかつての検閲につながっていくから絶対反対と言って、いまだに取り上げてもらえないというのが一つです。
 それから、放送番組審議会といったものが各局にあります。具体的な提案をしたいので、ここに例えばPTAや青少年団体の人を入れてほしいということを申し上げてきたわけですが、そういう組織の中に入れてもらえない。そういうことが、やはり我々の声が通っていかない非常に大きなネックになっているのではという感じがいたします。
 ただ、一つ大変成功しましたのはゲームセンターの方面です。ゲームセンターは風俗適正化法の対象であり、警察庁の許可を取らなければいけない。それで、私どもの判断では、許可を取りながらやっていく中で、ゲームセンターそのものが悪いのではなく、今の世の中でゲームセンターに行くなという規制をするのがおかしいと主張すると同時に、ゲームセンターを管理する人がうまくやればゲームセンターは楽しい遊び場になるだろうから、ゲームセンターを管理する人の教育を国民会議がやってあげるので是非協力してほしいと、業界に提案しました。すると、業界でも3年程検討した結果、是非お願いしますということになり、国民会議がゲームセンターの管理者の講習を行いまして、この程度だったらいいという店に対して証明書を交付するようにしました。ですから、そういったことが一つ一つ実っていけば相当前進するのではないかという感じがします。
 今のお話をうかがいまして、この加盟団体一覧を見ましても、チャートを見ましても、本当にこれが機能していたら今の日本はこんなになっていないのではないかと改めて思いましたのが一つです。
 それと、このネットワークをもう少し具体的にいかせる方法についてです。私は今、改めて知る場をいただいたんですが、今まで審議会とリンクさせるといったことがなく、どこかに問題点があって我々の耳にも入ってこなかったのではないか。やはり、新聞、テレビ、ラジオといったマスメディアをもっと有効に使ってはどうか。それと、内容によっては、青少年育成国民運動ではなく国民育成国民運動の方がいいのではないかと思ったりしました。本当に活性化されることを逆に希望する次第です。
(青少年育成のための地域コミュニティづくりの先進的事例について)
 それでは、次の話題に移らせていただきたいと思います。世田谷ボランティア協会の天野さんに来ていただいております。天野さんは世田谷の羽根木プレーパーク等の活動の先駆者でいらっしゃいますので、青少年育成のための地域コミュニティづくりの在り方といったことをテーマにしてお話をうかがいたいと思います。
 私自身がプレーパークにかかわるようになったのは、日本青年奉仕協会で1年間の長期派遣ボランティア計画に19年前に応募し参加したのがきっかけで、羽根木プレーパークというところに参加するようになりました。
 プレーパークは地域住民たちが運営をしているという特徴のある遊び場です。もともとは1975年から始まって、子育てをしていて、自分の子どもが遊んでいる状況と自分たちが遊んでいた状況とが随分違うということに疑問を感じた御夫妻がいらっしゃったことがきっかけになって、子どもの遊び場づくりということが始まっていったわけです。そのため、多分それまでの住民がやっていた運動と随分性格が異なっていました。というのは、それまでの住民運動というのは権力に対してピケを張ったり、座り込みをやったりといった形で、どちらかというと権力と対立する構造でやってきたという面が大きかったと思います。ところが、この遊び場運動は、自分たちの生活課題である子どもの遊びの環境を自分たちで何とかしようということから始まり、最初は行政には余り相手にされていなかった。要するに、自分たちの生活課題であるという住民の意識から始まっていったところが非常に大きかったわけです。
 しかし、実際に住民たちだけでやっていこうとすると、実は運営資金の問題や場所の問題というのが大きく出てくるわけです。そういった様々なことの中で、やはりこれは住民だけでやっていくのは結構しんどいということを一方で知るようなところがあったわけでして、1979年、国際児童年の年に、世田谷区役所がまだ記念事業を決めていなかったものですから、住民がこれに目を付けて取り上げないかという働き掛けをして、それまでの住民たちの実績が評価されたということもあって、場所と運営資金を行政が保障して運営は住民が担うという、当時では非常に珍しい運営形態で発足したわけです。
 もう一つ、プレーパークという遊び場で特徴になっているのは、私自身がやっていたプレーリーダーと言われる仕事です。多分、皆さんが自分の子どものころを振り返ると、子どもの遊びに大人が加わるということに、非常に不自然な印象を持たれる方の方が多いのではないか。むしろ大人がいることで遊びがつまらなくなるということの方が多いのではないかと思います。ただ、今は逆でして、子どもが放っておかれているという状態そのものが、大人からの干渉を強烈に受けている状態だと言った方がいいと思います。昔でしたら、要するに大人の側は放っておくつもりはなかったんだけれども、放っておかないと暮らしが成り立たないところがあって、よくも悪くも子どもは子どもだけの世界を持たざるを得なかったし、持てたということです。
 けれども、今は子どもが大人の管理下に相当強烈に置かれている。なぜそういうことを感じるかというと、子どものやりたいことを一緒にやっていると、大体大人からしかられるのです。例えば、水道の蛇口から水を出して遊んでいると、水がもったいないからやめなさいという話が出てくるわけです。他にも、基地をつくったりすると、その中に引きずり込まれていたずらをされたらどうするとか、放火されたらどうする、だから撤去しなさいという話をする。子どもがやりたいということを本気でやり出したときに、大人の社会がどれほどのプレッシャーを掛けてくるかということを、ある面では、私たちは身をもって子どもと共に体験してきているわけです。それで、子どもがやりたいことができないという状況に日常的に置かれているということを私たちは実感として強く持っています。大人側から掛かってくるプレッシャーを跳ね返していくために大人がかかわらないといけない、そうしないと子どもが自由に好きなことができないという非常に変な状況になっている。それはつまり大人の目が四六時中子どもを見張っているからと私たちは感じているんです。
 大人には大人のイメージするいい子の像というのがあって、このいい子の像にどうやって子どもを引っ張っていくかということに非常にパワーが働いている。今、子どもはあらゆる点で評価を受けています。学校の評価だけではなく、習い事に行ってもお稽古事に行っても、全部点数で評価されるし、ピアノでバイエルの何番まで弾けるようになったかというのも多分評価でしょうし、サッカーでレギュラーを取れるかどうかというのも評価であったりする。第三者からの評価が必ず付きまとうような形での時間の過ごし方しか許されていないというのが子どもの実態です。遊びというのはだれかの評価によってなされるものではないですから、自己満足と言ったら自己満足なんだけれども、だれかが失敗したと言っても十分満足というか、達成感のあるものもあるし、逆に皆がすごいと言っても遊びの世界では何ということもないこともたくさんある。要するに、遊びの世界では自分自身が評価を下していくし、友だち関係の中でその評価が決定されていくという、非常に主観的な世界なわけです。ですが今、何かの基準を置いてすべて客観視して評価を下していこうという方向にずっと進んでいるので、子ども自身も他人からの評価の中で自分自身を確認する方向になっていると私は思っています。だから、非常に人の顔色を気にするわけです。悪く思われないかとか、こんなことをやって外れないかとか、友だち関係の中でも非常におどおどするし、大人が笑って喜んでくれるようなことを好んでやる。けれども、実際に子どもがやりたいことはそんなことばかりではないというのは、遊び場の中で一緒にやっているとよく分かってきます。私たちは顔色が変わってしまうわけですが、公園の木をきこり遊びだと言って切り倒してしまう子どももいます。そういう大人が泡を食うようなことを子どもは実はたくさんやっていくわけです。だから、大人の規範の中には入らないというか、子どもはむしろ残虐な遊びをやったりとか、大人の世界では決して良しとはされないようなルールみたいなものがあったりする。けれども、そういう子ども同士でのやりとりみたいなものを経て、人間関係みたいなものを十分実感していったりするのではないかと私は考えています。
 だから、大人が子どもにやれることというのは実際そうは多くないと思っているのです。むしろ子ども同士の世界を返さないことには子どもは育たない、それは大人がコントロールしてはならない世界だと考えているわけです。子どもが自分たちの中でいろいろなことを試行錯誤し、傷つけたり、傷つけられたりしながら秩序をつくっていく。大人から見ると、その秩序というのは非常に理解し難い面もあるのですが、実際にそういうことの中で、子どもは自分たちの課題や問題を解決していくということがかなり多いのです。多分その中から、人間関係とか、人とは何かとか、自分が生きていくことの実感みたいなものをたくさん得ていくのではないか。だから、私たちは、子どもの世界に踏み込むことをどこでストップを掛けたらいいのか、そこに常に気を掛けながら子どもとやりとりをしている側の人間です。あとは子どもを大人の価値観で管理してコントロールしようとする側からどうやって子どもを守るか、どうやってそういう大人たちとやりとりをしていくかという方向の中に私たちの存在意義があるのではないかと思っています。
 そういう活動をずっと続けてきていたわけですが、3・4年前の年の瀬に、いじめで自殺をしてしまった子どもがおりまして、その後、彼の後を追うような形でいじめによる自殺が何件か続いたというときがあったわけですが、実は十数年前にも葬式ごっこをして教師がそこに名前を書いたために死んでしまったということもあり、結局また同じことを繰り返している。やはり子どもが自ら自分の命を絶つということは異常である。それで、その度に犯人探しがされて、学校が悪いとか、地域がどうのとか、家がどうのとか言われるけれども、そんなことを言っていても始まらない。皆悪いわけです。私たちもずっと子どもとやっていて、ある面では子どもの側に立つと大人はみんな敵に見えるわけです。そういう状況の中で、教師だから悪いわけではなくて、教師という立場にいるからできることが逆にあるだろう。親だからできることがあるだろう。地域住民だからできることがあるだろう。教師だからできることがあるということは、教師だからできないこともあるわけで、できないことまで求めて、やれない、やれないと言っていても無理なわけだから、できることをどうやって持ち寄ったら少しでもいいものができるのかということを考えようといった発想でつくっていったのが、「世田谷こどもいのちのネットワーク」です。
 「こどもいのちのネットワーク」は非常に多彩な職業の方たちで構成されていて、フリースクールの学校などは行かない方がいいと叫ぶ人間と、公立学校の先生とが隣り同士で座っていたりする。そして、「こどもいのちのネットワーク」で言ったことについては責任を持たなくていい。教師として発言をしたとして責任を問われると発言ができなくなってしまうので、そういう形での責任は負わなくて結構であるという一つのルールをつくりまして、好きなことを言っていろいろなものをくみ上げていくような形をつくっていきました。その中で、「いじめよ止まれ」というテーマで3回シンポジウムを行いました。ネットワークの構成の中にはもちろん私たちのような遊び場の人間も入っているし、児童館の職員も入っているし、PTAの関係も入っているし、個人もありですから個人というのもあるし、実際に子どもも入っています。延べ1,200 人の参加者がいたのですが、その中で、大人同士話し合っているだけでは現実的に子どもに手を打ったことになかなかつながらないし、意識改革に多少はなるけれども、子どもの状況はそれだけではなかなか済まない、もう少し現実的なサポートシステムを組んでいかないといけないのではないかという声が挙がりまして、そこで急浮上してきたのが「せたがやチャイルドライン」という電話による24時間対応のシステムです。
 これは、実際にイギリスではもう11年実績があって、民間だけで年間9億ぐらいお金を集めてきてしまうぐらいの大きな力がイギリスの「チャイルドライン」にはありまして、これが企業とか行政とかとうまくかみ合いながら動いている。そこの人たちのことをまず知ろうということで、世田谷ボランティア協会の理事長を筆頭にして5人ぐらいイギリスに行き現地を見てきて、現地から日本に呼んでシンポジウムを開くというような形をとって、どういうようなシステムをつくったらいいかという検討を繰り返して、実現にこぎつけたのが「せたがやチャルイドライン」です。ただ、一遍に24時間ずっとやっていくのは無理なので、最初は試行ということで2週間限定といった形で行い、次にどういう形でやるかということを今まさに検討している最中なのですが、将来は常設という方向に向けてつなげていきたいというのが、今、私たちの思いとしては非常に強くあるわけです。
 実は、日本の中には数多く相談機関があるのです。これは面接相談もあるし電話相談もあるわけです。それなのに、なぜチャイルドラインを改めてやったかというと、そういった相談機関を子どもが選ばないのです。例えば、私たちのところに来ている子どもの中にはいろいろな問題を抱えている子がいまして、その中には児童相談所に通うような状況にある子どもたちもいるわけですが、ではそういう子たちを児童相談所に連れて行ってカウンセラーのカウンセリングをきちんと受けるというような状況になるかというと、彼らはやはり一度は行くけれども二度目はもう行きたがらないわけです。教育相談などを受けても、もう二度と受けるものかというような反応の方が実は多いのです。それはなぜかというと、大人が子どもをどうにかしようという対応がありありと見えるからということが、子どもたちの意見を聞いている私たちの中に非常に伝わってきます。だから、大人が子どもに対して何かをしてやるなどというのは私はやめた方がいいと思っていて、むしろ大人が大人の生き方をどう問うのかということを大人はすべきである。子どもは大人をサンプルにして生きているわけだから、子どもが問題だとしたら大人が問題だし、社会が問題だというところにきちんと落としていかないと、子どもばかりがやり玉に挙がってしまうし、何かが起こるとすぐに子どもを指導してやらねばならないというような対応になってしまう。それが子どもを非常に追い詰めていると私は感じるんです。
 ですから、チャイルドラインの基本姿勢というのは、子どもの話を聞いて、その心を聞き取っていく。決して問題解決のための電話ではないということをはっきりと位置付けました。もちろん、子どもがどうやって解決したらいいのかということを聞いてくる場合もある。その場合もあなたはどうしたいのかということを聞きながら一緒に考えていく。解決する主体者はあなたなんだ、子どもなんだ、電話をかけてきているあなただということをはっきりさせていかないと、子どもが自立していかないということもあるので、こうしなさいというような指示の出し方は決してしてはならないというのが私たちのスタンスだったわけです。
 ざっとお話しすると以上のような感じですが、チャイルドラインの相談員のスタンスと私たちプレーリーダーの持っているスタンスというのは非常に近いところがありまして、子どもの世界を子ども自身がどうやって切り開いていけるのか。プレーパークをやっていても何か起こったときの責任はだれが取るのかといった責任問題というのが非常に大きくあるわけですが、子どもの遊び場はそういうふうに言われ続けてどんどん管理、管理となってきたわけですね。だれが責任を取るのか。何か起こるとすぐ公園に責任を言ってくる。多分学校もそうだと思いますが、何か起こるとすぐ学校の責任を問う。そういうふうな状況の中で何か起こさないためには、最初から起こりそうなことを排除してしまうのが一番簡単なわけで。金属バットで教師を殴ったなどということが起こると、校則に金属バットを持ってきてはいけないなどというばかなことが出てくる。そういうことではないわけです。本当の意味で子どもが責任を感じることができるとすれば、それは自分がやりたくてやって他人を傷つけてしまったとき、やらされたことではなくて自分自身がこうだと思ってやったことが失敗してしまったとき、あるいはそのことでだれかを傷つけてしまったとき、そのことで自分が傷ついたとき、そのときに「しまった」と本当に思ったときで、次からそのことをどうやって生かしていったらいいのかという知恵につながっていくと私は思うのです。
 ですから、子どもが本当に責任の主体者になるためには、その前提として子どもが自由であらねばならないと私は非常に強く思います。役割をあてがって責任を持てというのは全然違う話で、子ども自身の責任というか、人としての責任はだれが負うのかとか、だれかに負わそうとかいった責任ではないです。本来、責任というのは自分自身に対して向けられるべきものだろうと私は考えますので、自分自身がどうだったのかというところに向けての責任というのは、やはりその子が本当にその子らしくやれたとき、その子がその子のやりたいことが実現できたとき、その中で起こる失敗も成功も初めて自分のものに全部できるということと思います。
 ですから、子どもがそこにいて、子どもがやりたいことがある。それをまずきちんと保障して認めながら、むしろ失敗するチャンスの方をたくさん与えてやらなければいけないのではないかと思っています。プレーパークはそういう意味では子どもの日常的な予防線で、チャイルドラインは何かが出てきてしまった子どもに対する事後的なケアではないかと私は個人的には思っているんですが、世田谷の場合には、そういうような動きが民間の側にずっと流れとしてありまして、行政がそこに何らかの形でかむというよりも、住民が行政の側を動かしてきたというような歴史といったものがあります。
 ただ今の御説明につきまして、質問なり御意見なりありましたらどうぞ。
 子どもたちとか若い人たちが感動を知らないと言われます。感動をしない世代だと。でも、それはやはり先ほどおっしゃったように、子どもたちが自分で考えて自分でやってみなければ感動は生まれないと思うのです。つまり、大人が今まで子どもたちに感動を与えない環境をつくってしまった。それで、今回ここで皆さんがお話になっているのは、基本的に子どもたちの立場を少しでも聞いて、そして子どもたちの手助けができるような方向で考えていこうということなんです。ですから、大変いい参考になりました。
 最初にプレーリーダーとなられて世田谷区とうまくいい形でいかれたと思うんですけれども、羽根木公園でプレーリーダーとして活躍するような後任の方は増えてきているのでしょうか。
 それまで全員がボランティアだったんですが、毎日の遊び場を運営していくときにやはり専従が必要だということで、住民運動で、私は第1号なのですが、初めて有給になりました。その後、住民がいろいろ頑張りまして、今2名常駐を置けるようになっていて、世田谷区内に3か所、6名の有給のプレーリーダーがいます。
 それは世田谷区が給料を支払うという形ですか。
 そうですが、世田谷区からだけだと満足なお給料にならないものですから、住民が一生懸命お金をつくってプラスアルファーして雇っています。
 それは天野さんの情熱から始まっていると考えていいんでしょうか。
 とんでもないです。住民の情熱から始まっているのです。最初は1975年ですので、私自身がまだその当時はプレーパークにはかかわっていなかったのです。1年間ボランティアで 「羽根木プレーパーク」に派遣されたのは80年なのです。ですから、「羽根木プレーパーク」が誕生して半年後ぐらいに行ったんですが、その後できてきたプレーパークづくりは立ち上げからずっと住民と一緒にやってきています。
 私が今それを聞きましたのは、そういう運動が全国で少しずつでも起こってこないものかというように期待をしてしまうので、どこか組織がやるというのではなくて住民運動としての方法論というようなものを全国に発信するようなことはなさるのでしょうか。
 今年、「羽根木プレーパーク」は20周年記念になるんですが、それは日本で冒険遊び場に行政がきちんとした形でかかわってできてから20年を意味します。ここ5、6年の間に全国各地で住民たちの動きがかなり出始めており、プレーパークに視察に来られる方たちが非常に多くて、その中には自分たちの地域にもと思われる自治体の方もいます。そういう方たちに声を掛けて今年初めて全国集会をやろうということで、是非そこでは今おっしゃったことを考えていきたいと思います。
 国民会議と結び付けばいいですね。
 羽根木についてたまたま発表されたわけですが、似たようなことをやっている住民運動というのは全国にたくさんあります。
 私が感じたのは、子どもの自由というのでしょうか、青少年育成国民会議でも、自分で考え判断し行動し決定できるとおっしゃっていまして、確かにそうだと思いますが、自分自身で責任を持って遊ぶということと、プレーリーダーの存在という2点がとても大きいことではないかと思います。私は全国に広がってほしい考え方、やり方というように思いました。
 ただ、先ほどチャイルドラインで、今までの電話相談や児童相談所を子どもが選ばないというのは本当にそうなのか。その後におっしゃった世田谷のチャイルドラインでは、聞くことで、そして受け入れることで、結論は出さずに子ども本人に考えてもらう、聞かれても一緒に考えていくというような形があるとおっしゃっていました。それは児童相談所も電話相談でも同じであると今まで私は認識していたんですけれども、それは違うという印象を持っていらっしゃるのですか。
 多分、相談を受けられる方によるだろうとは思うのです。
 ただ、構造的に、例えば教育相談は世田谷の場合などは退職校長の方が大変多いとか、要するにタイプとしてそもそも教えるのが好きな方たちなのです。子どもに非常に寄り添って、子どもの目線から物を考えていくというよりも、子どもを指導して差し上げるみたいな感じで、今、文部省で話題になっている学校カウンセラーというのも、そういう方が多い。そういう方全員が悪いわけではないのですけれども、やはり教師というのはどちらかというと子どもの側から物を見るのではなくて、大人の価値観を子どもに伝えるとか、大人の社会の仕組みを子どもに伝えるといった、集団での管理といったら変ですけれども、まさにそちらの論法です。例えば、子どもが子ども同士で好きなようにやってもいいと言ったら、同じクラスにいてもおまえなんか友だちじゃないという人はいっぱいいるわけです。けれども、同じクラスにいるのだからみんな友だちという論法が先にくるわけです。そういうことを考えると、子どもの側から物を見ようと努力している教師はたくさんいらっしゃるのも知っていますが、確率的には残念ながら低いです。そういう方たちが大多数の相談機関については、子どもが選ばないという気持ちはよく分かると私は感じています。
 その辺りは考えるべき問題だという気はいたします。例えば、そういう電話相談などもせっかくあるのですから、担当をする方に少しカウンセリングの勉強をしていただくといったことも考えた方がいいのかという意見を持ちました。
 そういうときに必ず大人の言葉で言い過ぎるのです。ちゃんと言葉合わせをして、子どもに言いやすい状況をつくって、大人が聞くということもちゃんとできなければいいカウンセラーではない。
 教えてしまうのではカウンセリングではないと私は思います。
 まず、スクールカウンセラーを校長先生がやっているという認識は間違いです。一人もいません。みんな臨床心理士の資格を持っていないとなれませんし、大学院を出ていて実務経験が3年以上という制限があり、それで今スクールカウンセラーの数が少ないのであって、学校相談員とは別です。その辺の識別をはっきりしないといけないです。
 それから、児童相談所などというのは専門職の心理職で、これはカウンセリングの専門職ですから、児童相談所とかその他の専門施設、ヤングテレホンもそうですけれども、これらが指示、指導するということはまずないです。
 それは逆に現状を知らないと思います。
 児童相談所などというのは厚生省管轄で、心理職でカウンセリングの専門でやっているわけですが、厳しく訓練を受けていますので、指示したり命令したりはしないなどということはカウンセリングのいろはです。校長経験者や教師はそういうところにはタッチしていませんし、その認識はきちんとした方がいいと思います。
 児童相談所には教師はいませんけれども、指示を出さないとかということについては、それは逆に現場のことをよくお分かりでないと私は思います。
 私はカウンセリングの専門をやっていますけれども、そういうことは児童相談所の相談員などでは絶対にと言っていいぐらいないです。
 問題は、子どもが選ばないというようなことがあるのであれば、そこにはやはり何かがある。子どもも親の影響なりだれかの影響を受けて、何か国が組織しているようなものに抵抗を感じている可能性もゼロではない気もします。そういうところよりも、こういうチャイルドラインの方が子どもが話しやすい何かを持っている。民間のものの方が近いという感じを持っているのかというようにも少し感じましたけれども、その辺はよく分かりません。
 実際にこのチャイルドラインには、どのぐらいの問合せというか、相談というか、電話があったんでしょうか。
 件数だけで言うと、2週間で1,069 件です。ただ、今皆さんのお手元にあるチラシとカードは世田谷区内の公立の小中学生に配りました。世田谷区内に住んでいて外の私立に行っている子どもとか、私立で世田谷区内にある学校に外から来ている子とか、そういう子たちは余り目にすることができなかったと思います。
 差し支えなければでよいのですが、内容的にどんなものがありましたか。
 大ざっぱに、学校関係の問題と、家庭の問題と、自分自身の問題というように分けると、学校関係が60%強、家庭が15%ぐらいで、自分自身のコンプレックスといった、要するに自分自身の問題が14%ぐらいでした。
 例えば世田谷には市町村民会議というのがあって、「子ども命のネットワーク」があるのか、そういうものがなくてこのネットワークがあるのか、どちらですか。
 東京都は市町村民会議というのではなく、青少年対策地区委員会というのがあり、その地区委員会が区民会議の代行をするような形になっているんです。ですから、ネットワークのボランティアが地区委員になっているケースもありますし、若干接点があるのではないですか。
 本当に若干です。また、プレーパークを運営されている方たちの中には地区委員はいないです。
 2週間の間のチャイルドラインの受け手の方はどういう方たちで、費用はどういうふうにされているんですか。
 受け手は、先ほど言った「いじめよ止まれ」というシンポジウムと、イギリスからチャイルドラインの人たちを呼んで行ったシンポジウムに参加してきた人たちに対してダイレクトメールを出しました。今回チャイルドラインを世田谷でやるけれども、相談員としてやってみたい方はいらっしゃいませんかという内容です。80名ぐらいの応募があったんですが、その後いろいろ研修などをやって、最終的には56名が相談員となりました。
 費用ですが、研修などについては全部その研修を受けた人たちからいただきました。ですが、それ以外の部分については、世田谷区の教育委員会にきちんとこの事業を位置付けていただいて、教育委員会の方で340 万円の予算を組むとともに、文部省の地域教育活性化センター推進事業という補助事業に申請して補助金を受けていると思います。あとは自分たちで集めているわけです。
 電話は代表が1本ですけれども、56名の相談員の方がどこかに集まってされたんですか。
 24時間ですから交替でやっていかないとだめなんです。それで、一回に3人ぐらいは常にいられるようにし、回線は2本です。要するに、代表以外のもう一本は自動的につながるようになっているのですが、かかってきたら出る、かかってきたら出ると交替交替で行うような形で、常に3人はいるという状況でした。
 ということは、今後ずっと設置したら2週間で 340万円ずつかかっていくということですね。
 走り出すためには最初にいろいろそろえなければいけないものがありますから、走り出してしまえばそんなにないとは思うのですが、夜中帰るのにタクシーでなければというところぐらいは補償したいと思うと、やはり少しずつお金が掛かってきます。
 イギリスはチャイルドラインを国がやっているんですか、民間のものですか。
 民間です。NPOですが、最初にニュース番組が子どもの虐待を取り上げて、放送局にたくさんの反響があったというところからスタートしたのです。ですから、オープン当時からイギリス全土を対象にして非常に大きな規模で始まり、寄附金もたくさん集まって、今、年間9億ですが、そのうち国からの補助は6%です。あとは企業の協賛金や、個人の寄附で、イギリスはボランティアという精神が非常に根付いていると思います。
 本日はお忙しい中をわざわざ御出席いただき、具体的な実践活動で得られた貴重な意見をお聞かせいただきましてどうもありがとうございました。
(自由討議)
 それでは、ただいまうかがった話なども参考にしながら、これから自由討議に入りたいと思います。本日は、青少年育成のための地域社会の在り方をテーマとして御検討いただきたいと思います。部会の進め方についてですが、余り時間的に余裕がございませんで、意見を集約して報告書を取りまとめていくのにそれほどゆっくりとはできないということでございます。先の「中間まとめ」で示されました基本的な方向をどのように掘り下げ、肉付けしていくか、具体的な政策提言をどう導き出していくかという観点から御審議をお願いしたいと考えております。それでは、青少年育成のための地域社会の在り方についての検討をお願いいたしたいと思います。
 ただいまのお話を聞きながら、ボランティアやNPOと言われるジャンルの、自由な住民の意思による活動の面白さといいますか、その持っている力のようなものを非常に感じたのですけれども、逆に言うと今まで役所主導でやってきた伝統のある事業といったものとのかみ合わせが非常に難しい局面にきているのではないかという印象を持ちました。それは、やはりNPO的なものというのはかつてもちろんあったわけで、いろいろな問題が錯綜してくる中で住民の意思として出てきて、それが具体的、財政的な裏付けを伴った国民的な活動として今だんだん盛り上がってきているわけですけれども、そういったものを、かみ合わせていくのが望ましいことなのか、むしろこれはエネルギーとして異質なものだから別なものとして考えていくべきなのか。その辺は議論の中で少し見極めていってもいいのではという印象を持ちました。
 今、異質なものとおっしゃいましたが、確かに今までから言えば異質だと思います。
 ただ、最近いろいろな事例を現場で見ていると、例えば、国民会議の映画であったのですが、そこでもやはり利用規則などは利用者自身が決めていくという今までない形です。この世田谷の事例でもそうです。プレーパークも子どもが主役と言っていますけれども、実は子どもも親も全部主役なのです。住民が主役という形の運動形態を今まで目指してきたはずですが、制度疲労や時代の変遷の中で、新しいムーブメントとして、今日、世田谷のプレイパークに代表されるような新しい運動のやり方が全国いろいろなところで起こってきている、という実感があるわけです。先ほどの質問でプレーパークと類似の活動がいくつかあるということですが、私の記憶では本になっているだけで115 ありますので、少なくともそれ以上あります。
 そのような形で今までになかったやり方、つまり住民が目覚めて主体性と責任を持って動き始めてきている事例というのは今どんどん出てきています。確かに異質なのかもしれないけれども、その異質な部分から、行政がどのように触発され、何をどう政策として持っているのかというのが逆のテーマとしてあるわけです。世田谷の民間側の話をずっと聞いたわけですけれども、だったら世田谷区政として区の方針はどうなのか。やはり新しいトレンドとしてそこもきちんと踏まえないといけない。しかも青少年自身が決定権を持ち、リスクを負担していく流れは、規則は自分たちで決めよう、決めた以上は守っていこう、合わない規則はつくるまいというようにどんどん変わってきていますので、確かにまだ異質・少数であるという感覚はありますが、青少年自身が自分で決めたことに自分で責任を持っていくという視点で言えば、非常に望ましい一つの示唆の材料ではないかという理解をしています。
 NGOでずっと続けていくということですが、NGOは認定されるまでが大変で、更に続けることが大事なのですが、私どももいくつか全国展開していることではございますけれども、例えば「あいさつ通り」というのをしますと、それこそ新聞で取り上げてくださったり、何かするときは地方の方たちも皆一緒になってやるのですけれども、10年ぐらいのスタンスで考えますと、また消えてなくなるといったことがございます。日本人にはまだボランティアというのが身に付いていないものですから、指導者がいつも何らかの形で指導していかないと続いていかないのではないかという心配事が一つあります。
 それと、115 もプレーパークのようなものがあるのでしたら、そういう事例についてどういう状況にあるかということを、もう少しベーシックに再認識してからいろいろお話しした方がよろしい気がします。
 115 以上もある団体あるいは住民運動というのは、ここのところにわかに出てきたものなのでしょうか。また、これからどうなっていくという予測はつきますか。
 一番最初に出てきたのは8年くらい前だと思います。ある雑誌によると年々増えていますので、増えていくであろうという感じはします。環境保全の問題も含めて、今までの児童公園ではない、遊び場を与えられるのではなくいかに主体的に創っていくか。そのような運動が全国のいろいろなところで芽生えてきています。その雑誌は京都の団体が編集をやっているのですけれども、そういったネットワークがどんどん強化されてきているということで言えば、単なるはやりではなくてそこに現代的な意味が込められているという気はしています。
 先ほどもありましたように、プレーパークのような運動がエネルギーを持ってこれからも広がっていくならば、どういう状況で、住民運動と青少年育成国民会議のようなものが重なっていくのかということを考えていく方向は必要かという気はいたしました。地域運動と、その地域の在り方ということです。
 組織と個人の関係というのは、あらゆる組織や団体の中で大きく変わってきていると思います。先ほど制度疲労の話が出ましたけれども、比較的集団心理的な考え方でやっていた中で通用したものが、一人一人の個が確立していく、そういう中でどこが受け持ったら一番効果的かというと、先ほどの天野さんのお話の中でもありましたけれども、同じ電話相談にしても、選ぶのは子どもだとしたら、そこに主体というものが移りつつある中で、どのセクターが一番このテーマについては受け持ったらいいかというところも変わってくる、変わらなければならない。そういう考え方というのは今、必要になってきているという気がします。今までやっていたことがすべて悪いわけではなくて、それぞれの組織や、多くの青少年と名の付く団体の皆さんが青少年のために一生懸命やっていたことが必ずしも機能しなくなってきた理由というのは、恐らくそういう大きな変化の中で出ているのではという気がします。地域というものが持つ意味についても、昔から地域社会に貢献しなかったかといったら、時間的ゆとりのあるときはむしろその地域の中で非常にコミュニティが発達し、その中で子どもが健全に育ってきたという実績もあるわけですから、必ずしも急に地域の問題を日本が取り上げなくてはいけないというわけでもなくて、地域の中で喪失してきたものというのは、戦後のいろいろな高度成長の中で失ってきたものの中の一つとしてあったのではないか。
 ですから、どう役割分担をしていくかというところをはっきりやっていかないと、結果的には何のためにこういうことをやるかというときに、最後は評価尺度というのがこれから絶対必要になってくると思うのですが、そこをあいまいにしていろいろなことをやってもしょうがない。それがどう成果として出たりとか、あるいは何を成果として認めるかといったところを、これから明確にしていく必要があるのではないかという気がしております。
 従来型のものが悪いという意味で言っているわけではないのですけれども、例えば国民会議の総合研究委員会の報告書などを見ると、市町村民会議の組織の在り方及び運動推進者の姿勢に関するチェックポイントとあります。制度として、仕組みとしてはできている。でもその仕組みが有効に機能しているかどうかという問題意識は、国民会議自身も持っているだろうし、実態としてはどうなのかという点検も長い歴史の中にはあるだろう。
 もう一方では、プレーパークに代表されるような、住民主体の運動が両方並存してしかるべきであろう。あちらがいい、こちらが悪いではなくて、大事なのは最後にどちらを選ぶかだけの問題というと語弊があるかもしれないけれども、子どもや青少年自身が自分で決めて自分で責任を取っていくという答申というか、最後の着地点を描くしか方法はないのではないか。こういうことだからこうしなさいというのでは、青少年自身が共感しないし、自分もそこにいないといったことだけは最終的には避けた方がいいという気はして、この研究委員会報告書は面白い、自己点検するにもいいし、非常に参考になる資料を今日もらったと思っています。
 それからもう一つは、例えばチャイルドラインというのはイギリスから始まって、今、文部省などでもやろうという動きがあるわけです。それで、実験事業的にもやっているわけですけれども、下手をするとこのチャイルドラインがすべての装置のようになったらまた困る部分もあると思います。児童相談所とか、児童館とかを含めて、それらがどう有機的につながって、その多様な選択肢をどうつくっていけるのかということもきちんと書き落とさないようにしないと、トレンディーだからチャイルドラインだけ書くというのではやはり違うだろうと思います。チャイルドラインについては、子どもの目線に合わせるという部分で 1,600 件も電話が来るというのはあるわけですけれども、それだけですべて解決するものではないということも念頭に置きながら、次回以降の論議を進めていかないと、イギリスではずっと365 日24時間体制でやっていて通年型ですけれども、日本では通年型ではないわけですから、お互いにどう補完し、更に相乗効果を持ち合えるのかという視点も持たないといけないと思います。
 昭和41年ごろから、これだけ長いことやっていてもやはりいろいろ問題は残るというのはやむを得ないことではないかと思います。
 しかし、地域社会とのコミュニケーションについては、教師も限界があって、要するに校外というか、学校以外での活動にはなかなか入り込めない。また、両親にしても共働きといったこともあって、なかなか子どもに十分目が届かないというような状況であることを考えますと、地域社会でこういった活動を大いにやっていただく必要もあるのではなかろうかとも思いますし、またやるべきという感じを持ちました。
 地域コミュニティというのは、今、日本全体で壊れてしまった、もしくは機能しなくなったということを前提に考えて取り組まないと、いい方向付けができないのではないか。例えば、田舎の方で葬式とか結婚式とかありますと、地域ぐるみで、また、選挙があるとお祭りのようにみんなが炊き出しから何からやっていたのが、ここ10年くらいで、そのような関係が全部崩壊してしまった。東京の都心だけの話ではなくて、地方でもそういったコミュニティ崩壊がたくさん見られますので、やはり地域とのコミュニケーションについて、特に大人がいろいろなことで関心を持って進まないと、いい解決の方向付けにならないのではないか。やはりいい方向付けを私どもで出して、マスコミにも手伝っていただいて、北は北海道から南は沖縄まで、地域社会とのかかわりがいかに重要かということを知らしめないといけないのではないかと最近痛切に思います。
 こういった地域コミュニティーが機能していないという認識に立って、どういうところが機能していないのかというチェックをしてみるのも一つの手ではないかと思っております。
 今おっしゃったように、本当に地域運動が起こっているところはそれなりにすばらしいと思います。ただ、そういうことが起こっていないというか、衰退してしまったり、それこそ崩壊してしまったり、何も生まれていなかったりするところでどういう地域社会づくりをするのかということが、やはり一番大きな問題かという気がいたします。
 そういった地域のつながりがない中で育ってしまった子どもたちこそが心配なんじゃないかなという気がします。
 どうしたらいいか、そのあたりの知恵を出していただきたいのですが。
 例えば、今日のお話のように、プレーパークという形で地域がある程度まとまってある活動を日常的にするというやり方もあります。それから、国民会議などがやっているのは、それぞれの地域である課題を見つけて、県民会議、市民会議、町民会議とつくっていくときに、上からつくっていくのではない図式がたくさんあるわけです。下からというと言葉は変ですけれども、市民が動き出して市民会議をつくらなければいけないといった動きもあるわけです。いずれにしても、例えば自動販売機の撤去などというように、いろいろな形で課題を見つけてやっているという動きはしています。
 また、電話相談のようなものは、専門的な知識と技術を持たなければならず、相当長期にわたる訓練をしているわけでして、2〜3回の研修会などを受けただけで、素人が電話で聞いているだけにしても応答するというのは、考え方によったらそれでいろいろな問題が起きてしまうので、やはり住民運動をするにしても、専門領域にかかわる住民運動をどうやるのかというのはまた別問題です。ちょうど精神科医に近いようなレベルでの相談というのもあるわけですから、地域として活動する活動内容について相当専門性のあるものについては、ボランティア活動でも同じように訓練を受けないとできないわけです。そういうことを考えると、皆がやれるものと、相当訓練を受けなければできないものと、地域本来でやるより全国レベルでやった方がいいようなものといった、いろいろな部分が地域ということを考えてもあると思います。
 今日、議題の中に企業とのかかわりが地域とのコミュニケーションの中で抜けていたと思うのですけれども、私の寄ったある町では、タイヤと靴の会社に親子3代勤めていてその町が成り立っているというようなところがあります。そこでは、靴の会社の経営崩壊により住民にも大変な影響が出ているわけです。どうやって生きていこうかといった極論まで出てくるようなところでございました。町全体がやはり大変静かになってしまったということです。昔は、ここの学校を出たらすぐあの会社に入社するという夢とか希望というものがあったわけです。ですから、地方の企業の在り方というのがその地域の方たちの生活にまで大変影響を及ぼしている例です。
 そういうような、やはり地域の動きも認識してお話ししないと、少しはずれも生じるのではないかと思います。
 参考までに、会社と教育で言いますと、関西地区で文部省が母親学級とか父親学級という形で両親を集めて講習会をやるわけですが、なかなか参加しにくいということで、会社にセットしてしまうのです。例えばある会社に10日間セットして、水曜日ごとの夜7時から9時まで、話をする人やいろいろなプログラムを組むという形で、企業と親の教育というのをセットとしてやっている事例は結構あります。そういう事柄というのは文部省が補助金を出しているようですが、企業サイドに直接アプローチしているものとしてはそういうものもあります。
 やはり時代がネットワークの時代に入ってきたと思うのですけれども、今までの情報の伝え方、つまり、ヒエラルキー組織の中で上から下に情報を流すという構図そのものが変わってきている。今や、インターネットでかなりのものが共有できる時代に入っている中で、地域社会の中でも、青少年育成のいい事例というものがもっと共有できる仕組みを考えていく必要があるという気がします。何も全部が全部同じようなパターンで、全部それを地方にまで、あるいは末端にまで展開するというやり方だけではなくて、いいものをできるだけ早く伝えて、それぞれの中でまた知恵を絞って正しいやり方をする。そういう中で、ある意味では今の状況を改善していくわけですから、変えていくための情報のシェアの在り方みたいなものも含めていく必要があるという感じがします。
 また、違うものを認めていくという考え方を入れていく、つまりパターン化してほかにも押し付けるというやり方ではないのが、このネットワーク時代の一つの在り方だと思います。しかも、それはスピードが早く、展開の仕方も非常に早くなりますから、そういった情報システムなどを上手に使っていくこれからの展開の在り方というのも必要ではないかと思います。
 次回は、11月30日月曜日午後3時から、メディア、企業等に望まれる取組といったテーマで御議論をいただきたいと思っております。また、29日木曜日、午前10時半から青少年問題審議会が開催されますので、そちらの方もよろしくお願いいたします。



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