第6章 少年非行の原因・背景を考察するに当たっての新たな視点について

 本年度の調査研究においては、エスカレーション型少年非行を中心に、「重大事件の実証的研究」の中から「幼少期からの問題行動を頻発していたケース」に属する非行事例を参考に原因・背景を整理し、さらに関係省庁が連携した施策をどう講じているかを整理したところであるが、当該非行事例によって少年非行の原因・背景のすべてを取り上げたわけではなく、限られた時間内でそれらを論じ整理するために選択したものであり、あくまでも限定的なものであることをまずもってお断りしておく。
 とりわけ、少年非行の原因・背景については、従来から親の養育能力の欠如などさまざまなものが考えられ、これまでにもいろいろな議論や研究がなされてきているところでもある。ここでは、本調査研究会においてそれぞれ専門的な立場や視点で出された意見や、関係省庁から発表された過去の研究成果等について、今後、少年非行を考えていく際に「新たな視点」となり得るものをいくつか紹介することとしたい。
 なお、ここで取り上げた「児童虐待」「発達障害」「有害環境」については、エスカレーション型にとらわれず、最近の少年非行の原因・背景を考察するに当たっての新たな視点として注目されているものであるものの、本調査研究会においてこれらを少年非行の原因・背景として決定づけたものではない。しかしながら、少年非行の原因・背景が複雑多岐にわたっているとの指摘も踏まえれば、今後、少年非行対策を進めていく上で視野に入れておくべき事項であろう。


1 今回議論された事項

(1)児童虐待
○ 内閣府を除いた各省庁の説明の中で、非行に至った少年の被虐待経験について言及したものがあった。そうすると、これは少年非行の原因・背景に至る要因の一つとして、被虐待経験というのを新しくどこかで取り上げる必要があるのではないか。家庭の要因とすべきなのか、あるいは学校の要因に入れるべきなのか、あるいは地域社会の問題と同時に支援施設等の問題点として論じるべきなのか。いずれにせよ、かなり広い範囲でかかわってくるとは思うが、やはり家庭における被虐待経験というものを取り上げるのが、とりあえず妥当であると思われる。
○ 重大なストレスが脳に大きな影響を及ぼすという点については、たとえば大人の外傷後ストレス障害(PTSD)で海馬をはじめとする脳の形態的・機能的な変化が生じることなどが確定してきた。いわんや、早期幼児期から反復的に強いストレスにさらされる児童虐待が記憶系や衝動抑制系をはじめとする子どもの脳の発達に可逆的あるいは不可逆的な変化を生じさせるであろうことは容易に想像できる。その結果、非行への親和性が増すといった結果をも招くことになり、非行の背景要因として児童虐待の問題も視野に入れる必要がある。
(2)発達障害
○ 注意欠陥多動性障害(AD/HD)やアスペルガー症候群などの発達障害は人格形成に関係する重要な要因ではあっても、犯罪性を高める直接要因ではないというのが精神科医の考えである。しかし中には発達障害、特にAD/HDにおける非行への親和性が低くないという考えや、その親和性は被虐待経験のような養育環境の問題、いじめをはじめとする学校環境の問題によって著しく高められるという見解もある。
 一方、精神医学的に大切な観点は、発達障害児者が非行や犯罪に手を染めた場合でも、それは統合失調症の急性期症状の影響下での犯罪のような心神喪失・心神耗弱状態で行われた異常行動ではなく、発達障害と環境の相互作用によって形成された人格が関与しており、発達障害児者が能動的に関与した行動として責任を、たとえ限定的であれ、負うべきであり、負うことができるという点である。
○ あたかもAD/HDが原因で非行が生じているという結論は短絡的であると考える。AD/HDから反抗挑戦性障害、行為障害、反社会性人格障害という流れがしばしば指摘されているところではあるが、AD/HDがすべてそういう流れに発展するわけではない。そうならないことの方が多いのであって、AD/HDが非行の原因であるとして結論づけられるべきではない。そうした障害を生まれ有する子どもたちの周囲にいる人たちがそれをどう認識していくか、あるいはリアクションをどのように子どもたちに与えていくかが非常に大きいのであって、AD/HDの問題を論ずるに当たって注意深く表現しないと大きな誤解が生じるのではないかと考える。
○ 数種類の非行的な行動を反復的に繰り返すような場合には、精神医学的には「行為障害」と診断されることになる。研究対象であるエスカレーション型少年非行は米国では小児期発症型行為障害と呼ばれている若年で開始する非行にあたるものと思われる。この小児期発症型行為障害は被虐待体験と、AD/HDをはじめとする発達障害の存在がリスクファクターとして注目されており、注意深い検討が必要と考えられる。
(3)有害環境
○ いわゆる有害環境問題、メディアの問題を取り上げてみることも必要ではないか。特に、脳科学等との関係においてどのようになっているのか。結論が十分に出ていないかもしれないが、原因・背景として押さえておく必要がある。また、近年の重大な少年犯罪の原因・背景等と有害環境との関係を指摘する声もある。
○ 非行の原因・背景を考える上では、いわゆる脳などの精神構造に与える影響と、もう一つは、出会い系サイトなどのネットにおける有害情報がいろいろな犯罪の誘因や非行の温床になっているという指摘がなされているところである。今問題になっている新しい事案として、出会い系サイトが発端となっている相談が少なからずあって、報道されているのは氷山の一角だろうと思われる。したがって、脳に対する影響という面からアプローチすることのほかに、本来であればブレーキがかかっていたところ、そうした情報によって非行への飛び込み方が簡単になってしまうのが問題であると思われるので、いわゆる犯罪や非行の背景という意味で歯止めをかけるためのアプローチを行っていくことが必要であると考える。


2 児童虐待に関する関係省庁の研究成果

 児童虐待と少年非行の関係についてだが、非行は家庭や学校、地域社会等の問題が複雑に絡み合っており、被虐待経験が非行と関係があるかどうか一概に論ずることはできない。しかしながら、幼い頃の重篤な虐待が将来少年の問題行動として現れることがあるのではないかということが懸念される以上、諸施策を推進していく上で、児童虐待防止対策が非行防止にも関連しているとも言える。  そこで、本研究会で出された各省庁等における児童虐待に関する研究成果等の概要及びその一部を、ここで簡単に紹介する。

(1)非行少年における被虐待経験について(科学警察研究所)
警察(科学警察研究所)では、過去数年間に、非行少年等における被虐待経験を尋ねた調査(少なくとも調査項目の一部に含むもの)を複数実施しているが、その中から、「少年による凶悪犯・粗暴犯の背景及び前兆に関する調査」と「粗暴傾向の少年相談事例に関する調査」について紹介してみたい。
ア 少年による凶悪犯・粗暴犯の背景及び前兆に関する調査
 この調査は、凶悪犯あるいは粗暴犯で検挙・補導された少年(中学1年生以上で触法少年を含む)729名と、その比較群として、凶悪犯及び粗暴犯以外の刑法犯で検挙・補導された少年(凶悪犯あるいは粗暴犯の非行歴をもつ者を除く)792名を分析対象とした(調査期間は平成14年8月〜10月)。
 家庭内の虐待の結果をまとめると、凶悪・粗暴犯群はその他刑法犯群と比べて、身体的暴力等の被害を、生育歴上のより早い時期に受けた者が多いことが明らかとなった。
イ 粗暴傾向の少年相談事例に関する調査
 粗暴傾向で少年相談の対象となった274ケースを調査対象として、粗暴傾向の背景や前兆的行動の態様及び前兆的行動等に対する保護者や関係機関の対応等の実態を調査したもの(調査期間は平成14年12月〜平成15年2月)。
 被虐待経験については、全体のおおむね5〜6ケースに1件の割合で、何らかの被虐待経験がみられる。虐待の種別をみると、全体でもっとも多いのは身体的虐待であり、次いで心理的虐待、ネグレクトの順で多かった。虐待者・虐待の時期・虐待の期間を、虐待の種別ごとにみると、身体的虐待では、小学生に相当する時期の虐待が、4割から5割程度と多く、期間は7割以上が1年以上、4割弱が3年以上となっている。ネグレクトについても、3年以上継続しているのが4割を超えるなど、長期に及ぶものがかなり多かった。また、心理的虐待の時期は16歳未満のケースが75%と多く、期間では、1年以上で8割以上、3年以上だけでも5割に達しており、かなり長期間継続しているケースが多いことがわかる。
 さらに、生育歴上早い時期から虐待を受けたケースや、虐待を受けた期間が長いケースにおいて、少年相談における働きかけの効果が相対的に低く、粗暴傾向の改善が困難であることが示された。

(2)法務総合研究所研究部報告
法務総合研究所では、平成12年に全国の少年院在院者を対象に、家族及び家族以外の者からの身体的暴力、性的暴力等の被害経験を尋ねた調査(「少年院在院者に対する被害経験のアンケート調査」)を実施し、少年院在院者における虐待問題の広がりや虐待がその当時の少年に与えた影響等について分析している。また、「児童虐待に関する研究会」を開催し、医療、社会福祉、法律等の関連諸領域における児童虐待の現状についての報告と、それらを踏まえた検察、矯正及び更生保護の現場の処遇を児童虐待という視点から見直すことを試みた。
 以上の分析結果及び研究会の概要については、平成13年3月に「児童虐待に関する研究(第1報告)」として報告しており、以下ではその要旨を紹介する。
ア 少年院在院者に対する被害経験のアンケート調査
(ア) 調査の実施概要
 「少年院在院者に対する被害経験のアンケート調査」は、非行少年における被虐待経験の状況を把握し、被虐待経験のある少年の特性等を分析することを通して、少年院等の処遇及び児童虐待の防止全般に資する資料を得ることを目的とした。
 調査対象者は、平成12年7月17日現在、全国の少年院の中間期教育過程に在籍する全少年である。
(イ) 家族からの加害行為の状況
 家族からの身体的暴力(1)(軽度)、(2)(重度)、性的暴力(1)(接触)、(2)(性交)及び不適切な保護態度について、それぞれの被害の状況や被害を受けた時に少年がとった行動等を見てみた。なお、分析に際しては、家族からの加害行為を受けた経験のある者を「被虐待群」(保護者である父、母、祖父、祖父母のいずれかから繰り返し身体的暴力等を受けていた者)と「家族被害群」(きょうだい等前記以外の者から身体的暴力等を受けていた者及び前記の者から身体的暴力等を受けたが、繰り返し受けたわけではない者)の2つに分け、家族以外の者から同種加害行為を受けた経験のある者との対比も含め、家族からの身体的暴力等の被害経験の特徴を把握することに努めた。
a 家族及び家族以外の者から身体的暴力(1)、(2)、性的暴力(1)、(2)、不適切な保護態度のいずれか1つでも受けた経験のある者は、全体の約70%である。これら5つの加害行為について、少なくとも1つ以上、家族からの被虐待経験がある者は全体の50%である。
b 家族からの身体的暴力の被害状況については、次のとおりである。
・ 家族から身体的暴力を受けた者は、家族被害群と被虐待群を合わせて約70%を占め、身体的虐待(1)、(2)のどちらか又は両方を経験した者は約50%である。
・ 身体的暴力の最もひどい加害者は、被虐待群では実父(男子)又は実父及び実母(女子)である。また、虐待の最もひどい加害者について、被虐待群の男女で有意差が見られ、実父で男子が、実母で女子がそれぞれ有意に多い。
c 被害・被虐待経験と非行  加害者が家族以外の場合は全ての加害行為において、被害経験と非行との関連はないとする者が半数を超えて最も多いのに対し、被虐待群の場合は、男子の性的暴力を除く全ての加害行為において、関連がないとする者は半数を割っている。また、男女を比べると、一部を除き、女子の方が関連があるとする者の比率が高い。
イ 「児童虐待に関する研究会」のまとめ
 児童虐待問題に関する研究会においては、当研究部の研究官(補)に法律、医学、福祉等の専門家を交え、それぞれの現場における児童虐待の現状についての報告と、それらを踏まえて、検察、矯正及び更生保護の現場の処遇を児童虐待という視点から見直すことを試みた。
 研究会で報告された児童虐待の状況は、医療、社会福祉、刑事司法等の領域でそれぞれ異なり、児童虐待と一言で言っているものが、極めて多面的な様相を持っていることを再認識させられる結果となった。児童虐待に対する取組には、関係機関の連携が重要であることは言うまでもないが、その前提として、それぞれが取り組んでいる児童虐待の様相の相互理解が必要であると思われる。

(3)児童虐待に関する学校の対応についての調査研究報告書〜文部科学省
 (平成14年度〜15年度文部科学省科学研究費補助金)
 文部科学省において、学校における児童虐待防止のための対応について、平成14、15年で、科研費により委託調査したデータがある。
 その中で、教員として5人に1人以上が虐待を受けた子どもに対応した経験を有している。これは、既に学校現場においても虐待防止のための対応が特殊な課題ではなくなっていることを如実に示す数字であると考えられる。虐待は、たとえ経験年数が少なくとも遭遇し得る問題になっている。

(4)児童自立支援施設入所児童の被虐待経験に関する研究について〜厚生労働省
 近年、国立武蔵野学院においてさまざまな問題を抱えた処遇困難な児童の背景に、虐待がひとつの要因になっているケースが目立つ傾向にあり、その処遇方法等については早急に検討すべき課題となっていた。このことから、児童自立支援施設入所児童の被虐待経験の実態などについて、平成11年11月から12月にかけて全国の児童自立支援施設に入所している全児童を対象に、児童を担当している職員による回答方式のアンケート調査(回収率:57施設中50施設(87.7%)対象者数1405名)を実施し、児童自立支援施設で取り組むべき課題等について検討を行った。
 調査の結果、何らかの虐待を受けた入所児童が約6割いることがわかった。虐待別にみると、身体的虐待、心理的虐待を受けた入所児童についてはどちらも約3割強ずつ、ネグレクトを受けた入所児童については約3割弱、性的虐待を受けた入所児童については約0.5割いることを示唆する結果が出ている。

(5)児童虐待が問題となる家庭事件の実証的研究−深刻化のメカニズムを探る−
〜家庭裁判所調査官研修所(当時)
 同報告書の第4章「虐待は非行にどう影響するのか」から「虐待と非行との関係」について、その一部を紹介する。
 虐待が子どもに対して与える影響は、子どもの情緒、心理面だけでなく、行動面や対人関係の面にも及ぶ。特に、虐待を受けた子どもが思春期に差し掛かった場合、虐待の影響が非行という問題行動となって出現することが少なくない。虐待が非行に至るプロセスについては、図のように考えることができる。

図 虐待が非行に至るプロセス

 子どもは、親から虐待されたことで情緒、心理面に大きな悪影響を受けることになり、特有な性格が形成されてしまう。例えば、愛情に飢えていること、ささいなことでも傷ついたり、感情のコントロールが悪いため、かっとなって他人を攻撃してしまうこと、自己イメージの悪さや自信の欠如から自分が周囲に受け入れられないのではないかと不安を抱いていることなどは、虐待を受けた子どもに多く見られる性格の特徴といえる。
 これらの性格の特徴は、年齢が大きくなるにつれて行動面に反映されることとなり、虐待による子どもの深刻な家庭不適応や生活の乱れなどと相まって、非行という問題行動の展開にも大きく影響すると考えられる。
 少年事例を見ると、虐待を受けた子どもに最初に現れる非行や問題行動は、虐待を回避したり、親から逃避するための家出や金品の持ち出し、万引きなどの盗みなどである。これらは、その性質からして、「虐待回避型非行」と呼ぶことができると思う。
 このような「虐待回避型非行」は、それが何度も繰り返されて常習化していくと、次第に虐待からの回避や親からの逃避という意味合いが薄れてくることになる。時間を経るにつれて、単に遊びたいから家を出る、金品欲しさやスリルを求めて盗みをするといったように、家出の目的が変化したり、刺激や快楽を求めた遊びを目的とした行動などに移行していくことになる。
 虐待を受けた子どもは、本来ならば安息の場となるはずの家庭に落ち着くことができない。そのため、子どもは、このような行動を重ねる中で、家庭から大きく遊離し、不良仲間との交遊に走ったり、不良文化に親しんだり、あるいは家庭や社会に信頼を寄せることができず、孤立感や疎外感を強めたりすることになる。虐待と非行との関係を見ると、このような生活環境面での不安定さに加え、子ども自身の性格の特徴も行動に大きく影響し、子どもは、より深刻な非行へと進みやすくなると考えられる。