子ども・若者育成支援推進点検・評価会議(第13回)議事要旨

議事次第

  1. 日時:平成27年9月3日(木) 15:00~17:00
  2. 場所:内閣府本府3階特別会議室
  3. 出席者:
    (構成員(五十音順、敬称略))
    相原佳子、明石伸子、川邉譲、定本ゆきこ、高塚雄介、花井圭子、原田謙介、福田里香、宮本みちこ
    (内閣府)
    越智隆雄内閣府大臣政務官、石原一彦内閣府審議官、武川光夫政策統括官(共生社会政策担当)、安田貴彦大臣官房審議官(共生社会政策担当)、石田徹参事官(青少年企画担当/青少年支援担当)、村田達哉参事官(青少年環境整備担当)、小山浩紀調査官
  4. 概要:
    (冒頭)越智隆雄内閣府大臣政務官あいさつ
    越智隆雄内閣府大臣政務官が、以下のとおり、あいさつを行った。
  • 越智政務官

     皆様、こんにちは。ただいま御紹介いただきました内閣府大臣政務官、青少年を担当しております越智隆雄でございます。

     5年前に「子ども・若者ビジョン」をつくっていただき、また、昨年も7月の総点検の取りまとめでは御尽力いただきまして、本当にありがとうございました。1年ぶりになりますけれども、きょう、こうしてお集まりいただきまして、本当にありがとうございます。

     現行のビジョンが策定されてから5年がたちました。5年というのはそれなりの時間の塊でございます。この間、スマートフォンの普及などのICTの高度化・多様化、あるいは人口減少・少子高齢化が進行するなど、子供・若者を取り巻く環境は変化を続けてきているところであります。

     また、安倍政権のもとでさまざまな政策が推進されておりますけれども、現下の課題であります地方創生、あるいは女性の活躍推進、2020年東京オリンピック・パラリンピック大会の開催等に取り組むに当たりましては、子供・若者による活躍がなお一層必要だと考えております。

     新たな大綱におきましては、子供・若者が自分らしく自立して、社会を担う存在として活躍していけるようにするためにも、国民の全員参加によって、発達段階に応じた健やかな育成を図ることを重視していきたいと考えております。

     また、一方で、子供の貧困、児童虐待、あるいは少年が関わる事件など、引き続き深刻な課題や新たな課題への対応も重要となっております。今、政権の中におきましても、こういった問題について、特に関心を持って取り組んでいるところでございます。

     先週の8月28日に開催されました安倍総理出席の「子どもの貧困対策会議」においては、ひとり親家庭・多子世帯等の自立支援や児童虐待防止対策等について議論がなされたところでございますが、いよいよこの10月からは、「子供の未来応援国民運動」が始動いたします。全ての子供たちが未来に夢と希望を抱いて、安心して暮らせる社会の実現に向けた取組を強化していきたいと考えております。

     本会議において皆様におかれましては、子供・若者を取り巻く環境や課題を踏まえまして、忌憚のない御議論をいただきたいと思っております。その御議論を礎にしまして、政府として新たな大綱を作成してまいりたいと考えております。どうか闊達な御議論をいただきますよう、心からお願いを申し上げまして、この会議の冒頭での御挨拶とさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

(1)会議の運営
議事の冒頭、宮本みち子座長から、以下のとおり、あいさつがあった。

  • 宮本座長

    また座長を務めさせていただきますけれども、去年、この前段階の委員会が行われまして、よく記憶に残っております。委員の皆様、それから、ゲストの皆様たちの報告の大変迫力のある、そして、現場と、それから、理論を非常によくわきまえた適切な方々から、日本の今の状態が非常に網羅的に報告されたという感じがいたしております。今回はそれを踏まえた上で、改めてことしは5年目の正式な見直しということで作業を進めていくということで、よろしくお願いしたいと思います。

    5年前の、この法律ができる過程の中で、いろいろなことでかかわらせていただいたのですけれども、当時のことを考えますと、この法律ができてから5年間で全国に協議会組織が順次でき上がっていきまして、その自治体のいろいろな取り組みにもかかわらせていただく中で、それぞれの都市の持っている青少年、若者の問題をずいぶん見聞きすることができました。やはり取り組みが始まると現実がよく見えてくるというところは、どんな施策でもそうだと思いますけれども、そういう点で、この5年間で、時代の状況の変化と同時に、法律ができたことによって今までわからなかったものがわかってきたことと、あと、何が課題かということもわかってきたような感じがいたします。この数回の検討会の中でそれを全て出し合いながら、次の5年をよりよくするということで、私たち、役割を果たしていかれればと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

(2)これまでの取組
参考資料1及び2に基づいて、事務局より説明を行い、昨年までの本会議の取組について確認した。事務局説明の主なポイントは以下のとおり。

  • 平成22年4月に「子ども・若者育成支援推進本部」において決定された現大綱「子ども・若者育成支援推進大綱」(参考資料2)には、おおむね5年を目途に見直しを行うことと規定されている。
  • 大綱の見直しにあたり、まず、現大綱の総点検として、施策の進捗状況や、今後の課題、方向性を確認するため、平成25年11月より本会議において議論を開始し、昨年7月には報告書として取りまとめた。
  • 本日からの会議では、総点検での指摘などを踏まえ、新たに議論すべき論点や課題なども含めながら、新たな大綱の作成に向けて議論をお願いしたい。

(3)子ども・若者育成支援施策の現状
前回(第12回)会合以降の動きを中心に、参考資料4~12について、事務局より紹介した。

(4)今後の検討の進め方
資料2に基づいて、今後の検討の進め方を事務局より説明し、了承された。事務局説明の主なポイントは以下のとおり。

  • 今後、9月から11月にかけて、本日を含め6回の開催を予定している。また、予備日として12月の日程についても御案内しているところ。
  • 6回の会議の内容については、初回の本日が全体の論点等について、次回以降、個別テーマについて議論いただく予定。ただし、議論の進捗等を踏まえて適宜調整させていただく。
  • 事務局からの説明に対し、構成員より、今回の会議における具体的な議論の進め方や討論すべきポイントと、昨年の大綱の総点検におけるポイントとの違いについて質問があり、事務局より、以下のとおり回答。
  • 前回までは、現大綱に基づく施策の実施状況について総点検をいただき、課題等を報告書にまとめていただいた。
  • 総点検では、個別の施策について、かなり細かく議論いただいており、大綱の見直しにあたっては、当然、総点検報告書を踏まえて検討していくが、併せて、今回は、新しい大綱の基本的な方向性(状況認識、理念)を中心にご議論いただきたい。

(5)新大綱の論点・盛り込むべき事項
新大綱の施策に向けた検討にあたって考えられる論点について、自由討論いただくにあたり、まずは、資料3に基づいて、考えられる論点の例を事務局より示した。論点の例示についての事務局の考えは以下のとおり。

(状況分析)
  • 現大綱の策定から5年が経過し、グローバル化、情報化がますます進む中、これらに対応した人材の育成が求められている。
  • 人口の減少・少子高齢化のもとで、地域の担い手の育成が求められている。
  • 政府の重要課題に挙げられている、地域創生、女性の活躍推進、新しい東北の創造、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催といった現下の課題に対応するため、未来を担う子供・若者の活躍が今まで以上に求められている。
(事務局としての新しい大綱のイメージ(あくまで例示))
  • 現大綱の策定から5年が経過し、グローバル化、情報化がますます進む中、これらに対応した人材の育成が求められている。
  • 子供や若者が自立し、社会を担う存在として活躍していけるよう、国民の全員参加によって、発達段階に応じた健やかな育成や支援を図ることなども加味してはどうか。

その後の自由討論は、以下の通り。

  • 原田構成員
     今、学校教育のカリキュラムがいろいろ変わるということも、高校、中学、あるいは大学入試が変わるということも、文科省中心に議論が進んでいると思いますので、そこのカリキュラムが変わることによって、目指す、どういう子供を育てていくのかという部分と、今回、我々が議論しなければいけない子供・若者全体の論点も少し重なってくる部分もあるかなと思うので、文科省の教育カリキュラムの議論のほうも何か議論できる場があればいいかなと思います。
     選挙権年齢引き下げに合わせて、政治参加・社会参画を学校現場、あるいは地域、家庭もあわせて、どう進めていくかということも議論の一つなのでしょうけれども、それに加えて、何か単一の答えを出す、あるいは暗記をするものではなくて、もっと議論ができるとか、自分の考えを述べるようなことが学校教育の中で重視をされると認識しておりますので、ここの政治参加・社会参画からもう少し広げて、そもそも自分の考えを子供・若者が述べるとか、あるいはきちんとした議論、ディベートができるような若者とかいう部分まで少し広げられればと思っております。この論点を投げていただいている、選挙権年齢引き下げの政治参加・社会参画の部分だと思いますが、この辺りも少し広く話ができればと思っております。
  • 宮本座長
     今の原田構成員の御発言に関係して、私、きのう、あるメディアに質問されたのが、選挙権を18歳に引き下げたときに、民法も改正されるであろうと。そうすると、民法の成年年齢を18歳に引き下げたときに、消費者被害がどっとふえる可能性があると。これは数年前の法制審議会で民法改正の議論、つまり、民法で定めている成年年齢は20歳ですけれども、それを18歳に下げたときにどうかという議論を1年間くらいやって、私は委員だったのですけれども、そのときのかなり重要な論点が、18歳に引き下げると、消費者被害が、18歳、19歳で一気にふえるだろうということで、日弁連などはそれを懸念して、にわかに18歳に下げることには反対だという、こういうところから議論がスタートしたのですね。結局、最終的には、環境整備をする中で18歳に下げるということでまとめたわけなのですけれども、そういう意味での消費者教育というのは、その当時から重要な論点だったのです。
  • 石田参事官
     事務局より補足させていただきます。昨年までの総点検のときには、各省からヒアリングいただくという形で整理させていただいていますが、今回は基本的には構成員の皆様の議論で進めてまいりたいと思っております。一方、ただいま構成員のご発言にありましたカリキュラムの問題や民法の関係など、新しい動きにつきましては、こういう状況について知りたい、その後の議論はどうなっているかという要望がございましたら、各省と調整しまして、資料を次回提示させていただく、あるいは場合によってはヒアリング等の対応をさせていただければと思います。
  • 相原構成員
     まず1点は、今の民法の引き下げ問題等につきましては、多分、日弁連は、消費者問題の委員会などからは非常に強い声が挙がっているというのは私も直接聞いておりますし、そのとおりだろうなと思います。と思いつつ、世界的な状況と、それから、選挙権年齢の引き下げ等をすれば、民法も、高齢者問題も含め、18、19歳に限らず、フォローというのを全体的にしていかなければいけないのではないかというのが私の個人の意見なのですが、そこも含めて、ぜひ資料等ありましたら、いただければと思います。それが1点。
     もう一つは、この理念等に関する問題意識の一つとして、「1.基本理念、目標」の3つ目に「家庭、学校、地域社会がそれぞれ果たすべき役割と、相互の連携についてどのように考えるか。」とあって、それはそのとおりであろうと思うのですが、それと同時に、「4.子供・若者の健やかな成長を社会全体で支えるための環境整備」のところの「家庭教育をどのように支援するか。」という、2つ、家庭というのが出てきているのですが、従来、ここでの会議の施策の中にも出てきているので、本当に重なるかもしれませんが、核家族化、それから、ひとり親とかいう問題と重なりますが、家庭の問題というのが非常に、アンタッチャブルではないですけれども、個人情報の問題とか、お父さん、お母さんのプライバシーの問題もありますので、子供の問題が発覚したときに、それが表ざたにできない、後の影響もあるから、そういうこともあると思うのですが、そういう家庭問題と、それから、学校の問題とか、そういうことが複雑に絡み合うというのを結構具体的な問題で重なって、対処が難しいと。お父さん、お母さん自身がメンタルでかなり厳しい状況に置かれて、その上で学校と交渉し、その狭間にいる子供の問題を結構見ているものですから、基本理念の3番目、それから、単純な家庭教育というよりは、そういうところにどういうふうに複雑に国がかかわっていくか、もしくは行政ないし地域がかかわっていくかというところをぜひ取り上げていただきたいと思っております。
     私は弁護士で、離婚問題にすごくかかわっているのですけれども、親教育ということを非常にこれからやらなければいけないだろうと思っています。共同親権等の検討というのも、海外の情勢から見て、検討が必至ではないかと個人的には思ったりしていますが、そこにうまく行政がかかわっているというのが海外のほとんどの状況で、離婚のときに誰が親権者になるか、両方がなるとか、逆に親には何をしていいか、していけないかというのを、それなりの第三者である機関がコミットしていくということもありますので、そういう視点は日本の場合、割と薄いと思います。女性の、母親方の視点というのも重要な、DVとか、いろいろあったりすることもあるのですけれども、そういう視点をぜひ盛り込んでいただけたらと思っております。
  • 川邉座長代理
     今後5年の政策の柱になるわけですから、やはり一番時間をかけて考えなければいけないのは基本理念のところだろうと思うのです。選挙年齢の引き下げが既に決まっておりますので、子供を早く社会に参画させ、社会人としての自覚を持たせるといった教育、いわば引っ張り上げるといいますか、教え込むというか、鍛えるというか、そのような形での施策が必要だというのはよくわかるのですけれども、一方で、子供というのは保護されなければいけない存在でもありますので、保護という観点もまた重要だと考えます。相原さんもおっしゃったように、保護されなければいけない子供たちがたくさんいるのですね。政策が、焦点を当てるのはどっちかということですね。両方やりなさいということに結論は恐らくなるのでしょうけれども、国として子供をどのように扱おうとするのかという、そこの理念ですね。フィフティフィフティでバランスよくやるというのではなくて、究極的な判断において、責任を持った行動をとってもらうような存在として早く育てていくのか、それとも保護するのかの、どっちに軸足を置くのかというところは、やはり最初のところでよく考えなければいけないのではないかと思います。
     また、領域ごとによって違っていいとも思います。きょうも朝からたばこの問題やら、お酒の問題をやっていましたけれども、社会の人たち、みんな、たばこやお酒、若い子に飲ませていいことないじゃないのと思っているわけですね。そこは権利とか責任の問題ではなくて、保護するべき領域の問題ですね。現実的には、どこの領域について保護して、どこの領域について鍛えるのかというすみ分けを考えていくことになるのではないかという予感はするのですが、とはいえ、先に申しましたとおり、基本姿勢として私たちはどっちを持つのだというところは、最初のところでよく考えなければいけないのではないかと思います。
  • 高塚構成員
     今、お酒とたばこの問題が出ましたけれども、私はちょっと疑問を持っている点があるのです。それは、酒とかたばこというのは、現代社会において問題となっている依存症をつくりやすいですね。特に成長段階にある若者はなりやすい。そうすると、相当きちんと教育をした上で、その適用を考えないといけない。だけれども、学校教育はもう限界だと思うのです。学校教育の中にまた新たなカリキュラムを入れるとなると、それこそ消費者教育のときも大変だったように、これ以上、子供たちに教えること、詰め込むというやり方はもう限界だろうと。そうすると、それをどこで教えていくかということになると、私は今の日本の社会で非常に弱いのは社会教育だと思います。社会教育をもっと充実させるという点での理念を盛り込むべきだと思うのですね。そうしないと、子供たちは次々に新しいこと、教えられることばかりが積み重なっていって、もうあっぷあっぷしている。単に知識として教えるだけではなくて、その弊害というものをきちんと納得させる教育というのは、これは相当難しいですね。例えば、教育時間の中で何時間割けばいいという問題ではないと思います。そういう点を含めて、教育のあり方をどうすべきかというのを盛り込んだほうがいいと思います。
  • 定本構成員
     学校の教育で、学校現場で教えなくてはいけないことが山ほどありますし、それから、私、いじめ法案等、京都でのことをいろいろしたり、夏休みでしたから、学校の研修とかに行きましたり、いろいろ学校にかかわっているのですけれども、9月1日に子供たちの自殺が多いという衝撃的なニュースが出まして、それに対しては、そうだろうと私は思います。夏休みが終わる直前に学校の先生方の研修に行きますと、実は私たちも憂鬱なのです、あしたから学校始まるのですと、先生も憂鬱なのです。
     だから、本当に学校現場を変えていかなくてはいけないと私は思っています。1つポイントは、学校の先生がすごく忙しくて、何々教育、何々教育、いじめ法案、特別支援教育等いっぱいやって、先生がたくさんのことを教えなくてはいけないのです。せっかくスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーといった仕組みが導入されていても、スクールソーシャルワーカーの人に聞いたのですけれども、直接子供にも親にも会えないそうです。生活指導も、学力も、生徒指導も、全て担任の先生が責任を持つ、担任の先生が全部丸抱えするという体質がどうしても日本では消せないのですね。だから、いろいろな制度をつくっても、結局、先生方は過労に過労を重ねて鬱になる。本当に先生方の精神的な問題も深刻です。ですから、これもあれもいっぱいあるのだけれども、まずは学校の体質、抱え込みの体質をやめていく。
     この間もいじめの問題で、すごい大きな問題がありましたけれども、あなたのクラスに問題があったら担任の先生の責任だみたいな風潮があるので、問題をオープンにできないのですね。何でもクラスの中で問題があったら、学校全体で共有して、管理職とか、ほかの人たちが共有して、みんなでやっていくという体質がどうしても持てない。だから、学校の体質を変えていく必要があると考えます。
     日本人の丸抱えする体質というのは、学校以外にも、親にもあるのかなという感じもするのです。だから、どんな制度が入って、助けよう、助けようとしても、どうしても丸抱え。あるいは一方で制度をつくりながら、周りはやはり親の責任、担任の責任という目を向けるところもあるのですね。だから、いろいろな人がいろいろなかかわり方を持って、みんながやっていける。特別支援教育にしても、せっかく専門家が入っても、結局、担任丸抱えで、担任がしんどいというのが本当に改善できないので、その辺のところにポイントがあるのではないかと思います。
  • 福田構成員
     少し話題が戻るようで恐縮なのですけれども、先ほど、事務局より御説明いただきまして、現在の大綱は、5年前にできて、5年たって見直しをして、今回、新しい大綱をつくっていくということでこの会議が持たれているということだと思うのですけれども、予定(資料2)を見ますと、9月、きょうから始まって、2カ月半ぐらいでまとめていくことになっておりまして、その中で、何をやると書かれているのですが、これはもともとの大綱の全ての子供・若者の健やかな成長支援とか、困難を有するとか、分け方がこのままの立て方で議論が進んでいくようなことになっているかと思うのですが、ということは、もともとの大綱はあまり書かないというか、微修正みたいなイメージで持っておいたほうがいいのか、それとも、先ほどから、今後5年間、新しい大綱に基づいて、いろいろな教育、あるいは施策がなされていくということで、基本理念が非常に大切だというお話もありましたけれども、そこのところを、もし状況認識がすごく変わっているのであれば、そこまでも大きく見直すということまで含まれているのか、その辺がどういうイメージというか、温度かなというのを少し御説明いただけるとありがたいのです。
  • 石田参事官
     今後の進め方、資料2で、次回以降、5回開催を予定しておりまして、さらに予備日を2日設けさせていただきます。
     このペーパーに書いてございませんけれども、第18回、11月16日、ここを最終回としまして、報告書の検討、可能なら取りまとめということで考えさせていただいておりますけれども、この後、大綱の策定はさらにまた別途、これは政府のほうで行わせていただき、最終的には、子供・若者育成支援推進本部において決定という形になります。ですから、ワンクッションあるということをまず一点御確認させていただければと考えております。
     その上で、この柱は全く任意で、暫定的に置いております。ですから、どちらかといいますと、今、御指摘の後者の、大きく変えていただいても構いませんし、かといって初めからこういう柱で大幅に変えますよということですと、そもそも議論ができなくなりますので、そこはまさにここの会議での報告を踏まえて、政府の責任においてつくっていくということでございまして、非常に柔軟性を持たせていると御理解いただければと考えております。ですから、まさに忌憚のない御意見をいただければと考えております。
  • 宮本座長
     先ほどから、例えば、社会教育の充実が重要である、それから、学校も親も、子供を丸抱えというか、責任を負わされてがんじがらめになっていて、結局、そこからこぼれる子たちというのは救済する場がないという、そういう現状があるかと思うのですが、この5年間の基本理念を考えるときに、家庭と学校と、その中間の部分ですね。この関係性について、もう少し何か踏み込んだ議論なりが必要ではないかという感じがするのです。
     それというのも、いろいろな説明の仕方はあるのですが、例えば、5年前に現在の法律をつくったときに、特に困難を抱える子供・若者というあたりのところが、当時の状況の中ではかなり力点を置かれたところだったのですね。それも、複合的困難を抱える子供・若者というフレーズは、この法律の中から出てきたと思うのです。今、現場では、困難を抱える、特に複合的困難を抱える子供・若者という言葉がかなり広がっていて、最近では、その言葉について、そろそろやめたほうがいいのではないかというような言い方もあるわけなのですけれども、問題を抱えている子供たち、若者たちが、言ってみると放置されている状況があるという当時の認識に基づいて、その人たちに対する支援が強化されてきたと思うのです。
     これは就労支援も含めての支援だったと思うのですが、この5年間なりの試みの中でどういうことが発見されたかを私なりに言うと、いろいろ問題を抱えている人たちを、明確にターゲットを絞って支援をやるわけなのですけれども、そうすると、抱えている問題の当面の解決はできるのですけれども、しかし、その子たちがそこへ陥った前段階がありますので、その前段階に手をつけずに、ターゲットのアプローチをいくらやっても、次々と同じ問題が発生するということで、これは現場の人たちはもう気づいていて、やはり予防的な段階をもっと力を入れてやる必要がある。
     それから、支援の現場、支援の団体とかになると、支援が必要な人たちだけが集められて、そこで支援が行われていても、効果がなかなか上がらない。なぜかというと、支援を受けているだけでは元気にならないということなのですね。もっと広い、長い目で見ると、支援を受ける人も、支援をする側も、そうでなく、いろいろな、元気な人もみんな含まれた世界をつくっていかないと、結局、長い目で見ると、お金だけかかり、支援する側はどんどん疲れていくのだけれども、実際のところ、効果は上がっていないという、こういうような循環をこの5年間くらいやってきたように思っているのですね。
     その支援の現場の中からは、育つ空間をつくらなければいけない。その育つ空間というのが、さっきのお話で言うと、例えば、社会教育の分野が今まで、もう何十年の歴史の中でやってきたことが、もう一度見直されるべきという言い方もできると思いますし、今、使われている言葉としては、学校でもない、家庭でもない、第3の空間という言葉もありますね。家庭の中では問題が発生して、そこはプライバシーの問題で手がつけられない、学校は学校で先生方は抱え込んで疲弊するのだけれども、一向に問題解決しないという、こういうことで、第3の空間をどうやって豊かにつくるかというのも、新しい5年の重要な理念になるのかなという感じがいたします。
  • 明石構成員
     私も宮本先生がおっしゃることは、すごく共感しております。昨年、見直しのところから、この会議に参画させていただきましたけれども、各省の御説明を受けて、このように法律もきめ細やかというか、そして、各省もいろいろな施策をしていらっしゃるということが、とてもよくわかりました。そういう部分では、取り組みは非常に多面的になされていると思うのですが、それがよい結果につながっているかというと、宮本先生がおっしゃったように、対処療法的なものばかりを追いかけていっても、根本解決になりにくい現状があるのではないかということを、会議に出るたびに感じて、非常にむなしい気持ちを抱いておりました。
     それはどういうことかというと、言葉にして言ってしまえば、非常に安易なというか、ありきたりな言葉で、健全な社会をどうやってつくっていくかということなのではないかと思います。今、負のスパイラルというか、何かあっても声をかけなかったり、見逃してしまったりという大人社会と、子供社会の中では、またいろいろな情報が入ってくることによって、従来の子供のような感覚ではないものが、子供が育っていく中で、しみ込まれてしまっているというか、そういう印象も受けるのです。懐古主義のことを言っているわけではないのですけれども、新しい時代に応じて、どのように社会形成をしていくかということの大きなビジョンが、少し欠けているような印象を受けたのです。
     そういうところは、別の言い方をすれば、総点検のときによく出てきたのは、個別の対応ではなくて、いかに連携させるかという表現で出てまいりましたけれども、個別の実際になされている取組を連携させることに加え、より健全な社会づくりというのが、どういうところに力を入れることによって実現するのかという、もう少し高い次点で、社会全体を見直していくことも必要なのではないかという実感を抱きました。
  • 高塚構成員
     先ほど社会教育と一言言ってしまったのだけれども、宮本先生が言うように、学校とか、そういう組織立った教育だけではない、大事な教育というのがいっぱいあると思います。例えば家庭教育の件、しつけの問題なども、そこに含まれてくるかもしれない。そういうことを全体像として考える中で、理念というものは作成される。だから、新しい教育課題ができたから、学校でそれを賄えばいいというのは、少し安易過ぎる発想のような気がします。学校教育というのは、やはりある程度枠づけをしてあげないと、先生も大変だし、生徒も大変です。子供たち自身が一番苦労しているのではないか、そこを危惧します。
  • 定本構成員
     先ほど明石構成員がおっしゃった健全な社会ということで、すごく気になっていることがありまして、私は精神科医として、子供たちの発達の問題を見ていますけれども、昼夜逆転とか、夜、動き回っている子がいっぱいいるのです。この間も中1の子たちの非常に深刻な事件がありましたけれども、あれも別に親と仲が悪いとか、そんなことではないのです。10年ぐらい前は、家で虐待があるから、家にいられなくて、外に出ると、すぐに思いましたけれども、今は別に親と葛藤があるわけでもない。夜中、遊びに行っても親は心配しないというのが普通になっていて、そんなに葛藤なく、夜中に外で動き回っている子が少なくないのです。
     20歳から18歳に引き下げるということが、今、問題になっていますが、果たして子供たちは18歳になるまでの10代前半とか、10代未満もそうだけれども、子供として守られているのかといったら、そんなこともないような気がします。何よりも大切な子供の発達を守るというのは、まずは生理的なリズム、朝はちゃんと起きて、ちゃんと御飯を食べて、ちゃんと昼は活動して、夜、帰ってちゃんと寝る、そういう一番基本的な生理的なリズムが、今の日本はものすごく崩れているのです。夜はいくらでもテレビがついていますし、夜、遊んだらすごく楽しいですし、大人もやはり夜社会です。子供は寝かせないと寝ないので、大人が起きていると一緒に起きているということで、そういう生理的なリズムがものすごく崩れています。ですから、その辺りから、子供たちの発達というのは、ずいぶん脅かされているとずっと思っていました。
     その辺りは、家庭1つでできる問題でもないのです。社会全体が子供を本気で守ろうとしているのか。携帯の問題、ゲームの問題も、消費社会、どんどん物を売って、お金をもうけてというのは、すごく大事なことなのですけれども、それで子供を食い物にしているのではないか。子供の大切な生理的なリズムとか、食べ物の問題とか、教えていく学力以前の問題がずっと心配なのです。そういうことを一番思います。健全な社会ということが気になっていました。
  • 川邉座長代理
     私も定本先生と同じように、子供が十分に守られているとは言えないと思っています。全部が全部ではないのかもしれませんけれども、守られていない子供たちというのは、確かにいると思います。
     今、お話を伺いながら、考えていたのですけれども、大人が子供を自分たちの社会なり、グループなりの外側の存在として見ていて、評価をしたり、何かしてあげたりといった視点を持っている人が多いように思います。
     例えは悪いかもしれませんけれども、暴力団員を見たときに、あの人たちに近寄らないでおこうとか、避けようとします。同じように、子供を見たときも、あの子はちょっと不良がかっているから、うちの子と遊ばせないようにしておこうとか、見て見ぬふりをしようとして、自分たちと違う存在として、後で評価する。どうせあそこの家の子だからとか、ああいう家の子だからとか、大人がほかの家の子供を、自分の家の子供と同じようには見られない状況がずっと続いていると思います。それが守られていないということの基本にあるのではないかという気がします。
     先ほど宮本先生がおっしゃった、第三の空間というところ、あるいは高塚先生がおっしゃった社会教育というのも、そういうことなのだと思うのですけれども、みんなが自分の子供として見られるような、そういう姿勢を持たないと、子供は育たないし、守れないと思います。それは、今、聞いていて、感じたことでした。
  • 明石構成員
     今、例えば川邉先生がおっしゃった、守るとか、保護するというのは、すごく大事だと思うのですが、その言葉の本質の捉え方が間違っていると、対応が違ってきてしまうのではないかと思います。言葉はすごく大事だと思っているのですけれども、本来守って、育てて、国の将来を担う財産として、どのように見守っていくかというのは、その言葉でいけば、すごく大事なのだけれども、その中では、厳しさがすごく必要で、甘やかすことではなくて、しっかり善悪の判断ができるような部分を芽生えさせていかなくてはいけないと思います。でも、守って、保護してとなると、そういう厳しさというところが、違う解釈になってくると、違う対応になってしまう。
     例えば、今、お配りいただいた参考資料2のところに、大綱の基本的な方針というものがあります。5つの理念がここに書かれているのですけれども、これも子供・若者の最善の利益を尊重とあります。子供や若者というのが、社会の中で自立した存在でないとすると、その子たちの最善の利益というのは、どういうことなのだろうか。あるいは子供・若者は、大人とともに生きるパートナーなのだろうか。改めて言葉をどのように捉えるか、あるいはどういう言葉で目指すべきものを表現していくかというのは、ある意味ではとても大事なことなのではないかと感じました。
  • 相原構成員
     今、構成員の先生方がおっしゃっていた、保護とか、守るということ自体の概念をきちっと捉えなければいけないと思っております。特にいじめ問題とか、前の施策の基本的方向の中にも出てくる、そういう問題も含めた不登校の子供たちとか、その後、どうしても外に出ていけない子供たちに対する対応とか、この重要性というのは、一貫して問題があるのだろうと思っております。
     そこは誤解を恐れず申し上げるとすれば、専門家がきちっと入って、どういうふうにしていくのか。例えばいじめが心配な場合には、学校へ行かなくてもいい。そこでみずから命を絶つとか、そういうことを考えたときに、とにかくその場から守ってあげる、少なくとも場所を設定してあげるということは、喫緊の問題であろうと思います。それは十分にわかっていかなければいけないことである。ただ、その次の段階のステップのところへの配慮といいますか、その辺りも少しずつ考えなければいけないだろうと思います。
     特に、先ほど少しお話に出てきましたけれども、自立していくということ、親が亡き後、その人が生きて、働いて、仕事をしてということにつなげるための方策というのを、本当に考えなければいけない。これはこの前の会議のときにも、かなり出てきたかと思います。就労支援であったり、サポートが重要だろうというところなのですが、そこら辺の保護、見守り、自立へのステップというところは、ぜひ研究職の先生方に教えていただきたい。
     30代になって、高齢の父親、母親と一緒にいて、仕事がなく、家にいてというようなケースがありますが、結局そこまできてしまうと、子供は成人していますし、子供の問題ではないんですね。だけれども、実際にそういう問題が非常に深くなって、年金を当てにしている子供とか、庇護というところで、そのままで人生が終わってしまうということは、非常に残念なことです。本当はその人たちも何らかのことをやりたかったはずなので、先ほど明石構成員がおっしゃいましたけれども、そこら辺のところを間違うと、それがプレッシャーになり、ストレスになり、自分を責めることになります。そこら辺のステップのやり方というのは、個別の御相談をいただいたときに、どうすればいいのかということは、非常に悩ましいところなものですから、既に現大綱の施策の基本的方向というところに書かれているのですけれども、不登校になってしまったとか、そういう話は、毎日のように聞いたりしますので、ぜひ御検討いただきたい。
     それと、話の視点が1つだけ変わってしまうのですが、先ほど福田構成員からもご質問があったかと思うのですが、過去にこれだけの実績があったり、施策だったり、会議をもたれたりしているものですから、全部をベターにということはないのですが、過去のものの検証というか、どこが本当に問題として残っているのかとか、実際、各省庁で頓挫していることがあるのか、逆にうまくいっているものはどういうものなのかとか、そういうこともきちっと情報としていただきたいと思います。
     前向きな会議にさせていただくためにも、忌憚のないことを言ってくださいとおっしゃってくださるので、各省庁、内閣府の御担当者の率直なところで、ここら辺はこれが問題でなかなかうまくいかないとか、全部を網羅する必要はありませんけれども、そこら辺から始めていただけると、ありがたいと思います。
  • 定本構成員
     先ほどの自立ということに関してなのですけれども、文科省、厚労省の皆さんは、いろいろな施策とか、よくやっていらっしゃると思うのですが、それがなかなかつながらないところがあると思います。
     実際、お子さんが不登校になっている親御さんの不安というのは、すごく大きくて、やはり自立できるのか、このまま不登校、ひきこもりで、この子は本当に社会でやっていけるのか、自分たちがいなくなった後、大丈夫なのかという不安は、ものすごく大きいのです。だから、それもあって、お母さんたちは不安の中で、子供さんと孤立して、絶望とか、そういう状態だと思います。
     暗いいろんな話の中で、実際、私は精神科の診療をやっていますけれども、この数年間で、就労支援、特に発達障害を持った若者の就労支援というのは、現場ですごく前進しているのです。大学を卒業するときに、初めて手帳をとって、就労移行支援とか、いろんな事業にかかって、そこで個々の精神保健福祉士とか、作業療法士などは、すごく真面目にしっかりやってくれるので、つなぎさえすれば、中高不登校で、思春期の一番傷つきやすいときに、傷つかないように守られていても、大学というのは、不思議と結構行けるのです。大学へ4年間行って、ちょっと回復して、そして、その後、普通に日本の企業で働くのは無理ですけれども、手帳をとって、就労移行支援事業で、みんなにサポートされながら、ちょっとずつ仕事をしていく子たちが、私の周りに何人かいます。だから、私は大丈夫だと思って、不登校の親御さんたちの会に行ったときに、希望はあるから、何とかなるから、絶望しないで大丈夫だからということを申し上げます。いろんな施策がちょっとずつ現場で実を結んで、救われている若者たちもいるということを、申し上げておきたいと思います。
  • 川邉座長代理
     先ほど守るとか、保護するというのが、甘やかしにつながるのではないかという御指摘を受けまして、確かに言葉の使い方は難しいと思ったところです。甘やかすのとは違う形での表現を工夫しないと、出したときに、各官庁の方や国民も、そういうふうに思ってしまうかもわからないと思ったところなので、そこら辺はよい言葉を使わなければいけないと思いました。
     守るについての具体例なのですけれども、今、お配りいただいた『子供・若者白書』の23ページの下のところに、いじめを見たときの対応というグラフがあります。小学校5~6年生は、別に何もしないというのが14%、中学生が21.8%、高校生が25.8%、ふえていくのです。小学生のほうがずっと正義感があって、ある意味ではまともな行動選択をするわけです。だけれども、より多面的な情報を入手して、自分の予後を考えて、正しい選択をしているのは、恐らく高校生のほうです。思考力があるわけですからね。この矛盾をどう考えるかなのです。
     守られていないからだと思います。介入することによって、何かが起きる。何かが起きたときに、自分が守られていないと思うから、介入しないわけです。研究しているわけでも何でもないので、正しいかどうかわかりませんけれども。それが社会の問題だと思います。学校の問題もそうだし、社会の問題だと思います。そういうふうに守る、正しいことをしている人たちをちゃんと守る、正しいことをしようと思っている人たちをちゃんと守る、あるいはいじめられている子供をちゃんと守る、こういったことが「守る」の基本に置かれるべきことだろうと思います。
  • 宮本座長
     守るという言葉をどう表現するか。例えば子供の発達を守るというよりも、子供の発達を保障するとか、そういう用語のほうが、より総合的で、よりポジティブである可能性もあるかと思います。
     子供の発達の保障の中には、先ほど定本構成員がおっしゃったような、例えば生理的リズムを守るということが、子供の発達保障の非常に重要な柱であるとか、あるいは善悪の判断ができるようにというのも、善悪の判断ができる次世代をつくることは、社会を守ることでもあると同時に、子供自身を守ることでもあるとか、そういう組み立ての直しが必要だという感じがいたします。
     それから、保護、守るという段階と、自立していくという辺りは、先ほども最初に川邉構成員がおっしゃったのでしょうか、例えば年齢段階によっても違いますし、保護すべき部分と、自立のための力をつけていく部分というのは、セットであるわけで、その辺りを総合的に組み立てたビジョンが必要ではないかという感じがします。  机上に『若者政策提案書』というものがあります。これは私がかかわってつくったもので、御紹介ということで、配らせていただいたのですけれども、これは、昨年、NPO法人のビッグイシュー基金、ホームレスの支援をやっているビッグイシュー基金ですけれども、そこの団体と私などの研究者、弁護士の先生等で一緒になって提案書をつくりました。
     年齢の段階で言うと、青年期から成人期への移行の段階だと限定していますので、子供期は入っていないのですけれども、私たちが考えたのは、いろいろな困難を抱えている若者たちに対しては、単発的、断片的なものではなく、総合政策が必要だということです。
     これはこの10年の取り組みの中で、最も弱いのが総合政策だという、私たちの考え方でつくったもので、まだ不十分ですけれども、例えば17ページのところに、若者政策の提案ということで、4つの柱、学び、つなぐ、生活支援、出口とあります。これは成人期への移行の年齢にある人たちなので、教育から出口の就労まで、きちんとあることが若者政策だという考え方です。
     これをもっと若い子供たちまで引き伸ばしてみると、例えば2年前、内閣官房で、困難を抱えている若者たち60人ぐらいの聞き取り調査を、それぞれかかわっている団体の人たちがやって、それを集めて、その人たちが小さいときから現在まで、どういうライフコースをたどっているかを分析して、報告書も出ているのですけれども、困難は子供のときに始まっている。パターンとしては、3つぐらいあるということです。一番長い子は、小さいときに問題が発生して、そのまま現在まで問題が解決しないで、自立できない。それから、中間と、学校を卒業するころから、いろいろな不幸な目に遭って、自立できなくなっているということだったのですけれども、そういう意味で、この政策を考える場合にも、やはり年齢段階の流れで、子供から若者まで、発達の段階をきちんと踏まえて、守ること、保障すること、自立保障という辺りをうまく組み合わせて、総合的なビジョンを示すことが必要ではないかと思います。
  • 川邉座長代理
     宮本座長のおっしゃるとおりだと思いますが、つくり方は難しくて、段階といっても階段状になっているものではなくて、なだらかな坂だと思います。また、人によって全く違っていて、18歳できちんと自立している子もいるけれども、30歳を越えても自立できない子もいる。そういうものにも柔軟に対応できるような、そういうつくりになっていなければいけないと思って、そこも工夫しなければいけないところだと考えていたところです。
     もう一点、私が先ほど申し上げた、大人の側が育てるという上からの立場に立つだけでなくて、大人と子供が一緒になる空間がなければいけないのだろうと思います。子供が育つために、周りがちゃんと配慮して、育つ環境をつくって、すくすく育っていただく、そのぐらいまで、大人が目線を下げていかなければいけないという気もしないではないです。
     そこで、子供には健全に成長する権利である成長発達権という考え方があるということなので、相原さんから説明していただいていいですか。
  • 相原構成員
     説明するほどの知識があるわけではないので、そこのところは、必要であれば、また調べてみます。
     子供の権利条約等は、そもそもちゃんと情報を得て、自分で主体的な人格者としていくということで、先ほど宮本座長が、善悪、逆にやってはいけないことをきちっと教えられていないまま育って、特に私などがかかわっていた非行問題とかは、あの子たちがしたことを放置しろと言っているわけではなくて、むしろその責任がどういうことであって、どういう相手に対して、どういうダメージを与えているのかということ自体をきちんと学ばないまま、特に虐待を受けたりしているとすると、人を大事にするということ自体を学ばないまま育っていっている。そうだとすると、その子自体は、身体的な問題だけではなくて、メンタルな面で、特に健全な育成がされていないまま育っているわけです。ですから、だめなものはだめで、その理由はどうしてなのだということ自体を教えられて育つという権利が、子供にはあるわけなのですけれども、それが与えられないまま育っている。
     定本構成員などのほうが、現在も少年の教育等にかかわっておられるので、御説明いただくのがいいと思うのですけれども、今、私などが現場で見ているのは、モンスターペアレント、病院などではモンスターペイシェントと言うのですが、そういうもので、権利を与えてあげることが、守られているわけでは全くない。むしろそういうことで育ってしまうと、相手に対する攻撃性だけを身につけてしまうとか、それ自体は、その子にとってはマイナスの要因でしかないわけです。コミュニケーション能力もないし、そのままで育ってしまうと、職場で絶対にバッティングしてしまうし、就労支援があったとしても、人に対する問題がよくない。そこは適切な指導が入る。指導を受けること自体が、その子の権利だと思うわけなので、そういう視点からの提案だということが、川邉構成員がおっしゃった、守るということであって、単にわがままを聞いてやるということとは、全く逆の方向になるかと思います。
     ついでに申し上げると、先ほどの選挙年齢で、少年法の改正問題も非常に大きな話題になっていますが、今、ここの議論の中でも、青年期ぐらいのところまで、適切な教育をしなければいけないとございました。先ほど川邉構成員も言いましたけれども、20代を越えても、ふらふらしている人にはちゃんとした支援をしよう、そういう視点からであって、今、いいかどうかは別にしても、大きな犯罪などになると、それはほとんど成人と同じ対応をされておりますので、決して甘やかすことではなくて、むしろやってはいけないことを、やってはいけないときちんと教えるのが趣旨です。そこのところは、どうも誤解されているふうがありますので、弁護士の立場からして、やってはいけないことを、ちゃんと身につけることが、保護なのだ、守るということなのだという理解で、進めていただければと思っております。
  • 原田構成員
     今、相原先生がおっしゃるとおり、権利をただ主張するだけではない、何を主張していいのかということを教えるという部分は、まさに18歳選挙権年齢のところにもかかわっていて、今、言われるのは、選挙権という1つの権利を与えたので、それに対して、いろんな義務がついてくるだろうということも、権利と義務の関係でも話されているわけですが、私から見ると、権利と義務をそもそも知っている、どう使えばいい、あるいは相原先生がおっしゃったように、どう使ってはだめだということの教育がされないままに、権利はこれだ、義務はこれだということが議論されているところに、少し違和感を覚えています。
     全体のやってはいけないことの教育、それは皆さんがおっしゃるように、社会教育もあわせてですけれども、その辺りのこと、あるいはやっていいこと、こういうやり方でやっていいということは、教育をもっと進めていく必要があると思っていて、権利と義務と教育を3つセットで考えられれば、新たな視点が出てくるのではないかと感じました。
  • 高塚構成員
     言葉にこだわるわけではないのですけれども、甘えを受け止めるということと、甘やかすということは、違うと思います。むしろ今の子供や若者は、甘えを受け止めてもらえない、そういう子が多いです。ひきこもりをする若者にしても、自殺を志す若者にしても、人に甘えることができないのです。そこに1つの問題がある。甘えは非常によくないという言葉でひっくるめてしまうところに、問題がある。むしろ甘えを受け止めてあげるということは、親も教師にも求められていることだと思います。その辺のことをちゃんと示したほうがいいと思います。
  • 宮本座長
     提言も家族のあり方が変わっていくということと非常に密接で、家族をどう描くかというか、政策的に出すかというのは、かなり難しい微妙な話です。ここに踏み込まないと、今、起こっている問題というのは、なかなか解決しないところがあって、なぜ家族の中で甘えが受け止められないのかとか、その辺りは、探っていくと、大変大きなテーマだと思っています。
     しかも、それをどうやって政策として出して、実行していくかという辺りは、よく言う家庭教育の推進というような、言うことは簡単なのだけれども、そういうことでうまくいくのかどうなのかということも、そう甘くはないです。その辺りのことは、いかがでしょうか。
  • 定本構成員
     子育てというのは、いろんな仕事の中で、ものすごく難しいものだと思います。女性も高学歴になったり、いろいろ勉強をしますけれども、子供というのは一番思うようにならないし、こちら側が考えるようにならないという意味で、難しさというのが、ひときわあると思います。
     その中で、精神科を受診する理由は、やはり子供が育てられないというか、特に発達障害の傾向を持つ子供がこれだけ多くなっていて、難しい子育てがふえているので、子育てで困っている女性の受診者がすごくふえています。子育て不安が非常に高くなっているということで、子供が依存を向けて、それを受け止めるというのが、まずは愛着を形成するということで、重要なのですけれども、その余裕がなくて、今、母親はさまよっていることが多いです。
     それに孤立とか、お母さん自身の母子環境の問題とか、鬱の問題とか、貧困がかかわってしまうと、子育てができるような状況ではないという人たちが、たくさん都会にもいまして、サポートする体制も弱いということになれば、今、地域がなかなか機能しないということで、行政の子育て支援センターとか、いろいろなことを各自治体でやっていると思うのですけれども、それが大変な状況になっているのはたしかです。
     若いときから子育てを身近に感じられて、敷居が低くなるような情報を与えたりして、子育ては異質なものではなくて、なじみがあるようなものとして、ライフサイクルの中で、身近に接することができるようになったらいいと思っているところです。
  • 花井構成員
     この間の子供をめぐる事件や、貧困の問題などを見ていますと、非常に疑問なのは、お父さんが出てこない、いつもお母さんだけです。母子家庭である、お母さんがずっと働きっ放しで、子供が1人で町をさまよっている、そういう話が出るのですけれども、お父さんは一体何をやっているのだろうかと思うのです。
     貧困の家庭が増えていて、子供たちも貧困に置かれている。経済的な問題だけではないですが、ずっと探っていくと、例えば母子家庭であっても、離婚をして、お父さんは何で養育費を出さないのだろうかとか。そういうことを考えると、子育ての基本は家庭で、そこでできないから、社会的な支援が当然必要なのだと思うのですが、家庭で子供を育てる力が落ちている、お父さんの雇用がない、貧困に陥る、DVが起こって、離婚して、お母さんが子供を虐待するとか、全部そうではないですけれども、そういう事例が多過ぎるような気がしています。ですから、男性の働き方とか、男性の子供、家庭との向き合い方とかに、もう少しスポットが当てられないと、子育てのお母さんが大変、働いているお母さんが大変ということだけでは、解決しないのではないかと思います。
  • 定本構成員
     臨床をしていると、家族の問題、子育ての難しさの問題、虐待の問題を目にしますけれども、男性と女性の違いというか、男と女は違うということを、やればやるほど感じます。お父さんが子育てに熱心だったらいいかというと、お父さんが熱心で困っているということも多くて、だから、家族の様相というのは、ケースで全く違うのです。距離のとり方、どういう距離が一番いいのか。
     むしろ別々に暮らしたほうがいい場合もあります。パートナーシップ、男性と女性の成熟したあり方があれば、お互いが子供のために、1人の大人として、父親、母親としてどういうふうにやっていくか。離婚をしても構わないと思います。家庭の中でうまくいかない場合もあるので、目の前でけんかをされるよりは、離れているほうがいいという場合もあるのですけれども、それぞれが1人の大人として、子供を守るべき立場にある大人として、どういうふうに協力し合うことが、子供にとっていいのかということを話し合えるというか、相談し合えるのか。子供は自分のものだと言って取り合うとか、そんなことではなくて、子供は大人とは違う1人の人格として、自分たちがかかわるかということを話し合える、そういうことが大事だと思います。
     父親はこういうものだから、こうしなければいけないとか、母親はこうだから、こうしなければいけないと、固定されたものではなくて、さまざまなパターン、いろいろなケースがあるので、個別的なものを踏まえながら、どういう形で、どういう力を出し合うのか。お互いの経済力とか、お互いのパーソナリティーとか、お互いの立場などを柔軟に考えながら、子供のために2人がどういうふうに協力し合うか、距離をどういうふうにとるかということが話し合える、スタートラインに立てるような大人、一人一人、男性、女性でありたいという感じです。こうでないといけないということは、言えないです。
  • 明石構成員
     世の中が全部負のスパイラルになっていて、ネガティブに捉えることがすごく多いのではないかと思います。例えば私もシングルマザーで、2人の子供を育てましたが、子育てをしてすごくよかったと思うし、決して裕福ではなかったかもしれないけれども、子供がいる家庭という状況が、自分の生きがいだったり、仕事に対する張り合いにつながってきたのです。なので、貧困ではないほうがいいかもしれないけれども、貧困が直接的に健全な子供を育てられない原因ではないかもしれない。
     言っていることは、ピントがずれているかもしれませんけれども、精神的な面でどのように捉えるかというところが、今、とてもネガティブスパイラルになっているのではないか。子供を育てるのは大変とか、結婚するのは大変とか、そういう状況ばかりが世の中に広まっていくと、結婚する人は少なくなるし、少子高齢化はもっとふえるし、子育てをするということに対しての負荷が、精神的にかかっている人がいるのかもしれない。PRの仕方によって、それが解決するとも思えませんけれども、ネガティブなことだけではないよい面、よさというのも、どこかでもっとアピールすることによって、そうした問題に対する捉え方が変わってくるのかもしれないと思います。
     すごく楽観的なお話かもしれませんけれども、そんなことを感じました。
  • 花井構成員
     貧困の度合いがあると思います。夏休みになると、子供が痩せてしまうという、そういう貧困の家庭が増えていることが問題で、それが何に起因しているかというと、病気で働けないとか、収入がないというのが決定的な要因で、若者が再就職できる訓練を受けられないとか、精神的な問題と、背景として構造的な問題が必ずあると思っています。ですから、そういう家庭に対する支援を、具体的にスピードをもってやることが、今、求められている最大のことではないかと思います。
     今、家庭が家庭として存在することができなくなってきているわけですから、家庭をもう一回きちんと支えられるような制度的な支援を本気で考えていかなければと思います。今、非正規の人は、将来、結婚もできない。正規と非正規では、明らかに結婚率も出産率も違うわけです。そういうことがわかっているわけですから、その人たちであっても、家庭生活が築けるようにしていただきたいと思います。それにはどういうことが必要なのかということを、子供時代からずっとたどっていって、年代ごとに必要な施策は何かということを、具体的に実行に移すときではないかと思います。
  • 宮本座長
     私は数年前から新宿区とかかわって、新宿区の単身者調査を一緒にやっているのですけれども、新宿区の全世帯の65%弱が、今、単身なのです。高齢単身はもちろん多いのだけれども、一番の問題は、中年期単身がどんどんふえていることです。男性のほうが圧倒的に多く、女性が5年から10年、後追いしているわけです。
     詳細な調査をやってみると、ちゃんと大企業に勤めて、結婚しても、しなくても、いつでも選択可能と思っている現役年齢層がいますけれども、もう一方は、明らかに家庭を持つ力がなくて、単身でいるわけです。40代の後半から60歳までは7割が未婚、3割が離婚なのです。高齢に近くなるにしたがって、経済的にだんだん不安になり、今、住んでいる家の家賃がやがて払えなくなるのではないか。それから、たとえ子供がいたとしても、何十年、音信不通という形で、要するに身寄りがなくなっていくわけです。
     極点社会の議論からすると、地方から半分ぐらいの人が出てきているわけだけれども、地方から出てきた人の中で、一定の割合の人が、新宿区で単身のまま身寄りがなくなって、貧困になっていくという、そういう構図になっています。
     新宿というのは、極端かもしれないけれども、明らかに家族を持てない人たちがふえ、それから、持ったとしても、すぐに壊れるのです。壊れるというのは、条件がないからです。壊れるときには、暴力が発生しているわけです。暴力は女性と子供に向かっているということで、新宿区の単身者の問題から、子供や若者の問題にイメージが広がっていくような状況があるわけなのです。
     この議論は、アメリカなどでは、1980年代、1990年代にはものすごくされていて、現在もそうだと思いますけれども、当時、アメリカから言わせると、日本だけが唯一家族が家族として残っている国だと書いてあるのですが、今、それが日本で適用できなくなっている。その中での政策をつくるというのが、重要ではないかという感じがいたします。
  • 原田構成員
     全体の基本理念の話に戻ってしまうかもしれませんが、資料3、「1.基本理念、目標」の3つ目のところで、「家庭、学校、地域社会がそれぞれ果たすべき役割」と書かれているのですが、ここに企業とか、そういう主体を絡めることができないかと思っています。
     参考資料10の子供の未来応援国民運動においても、企業が出している基金がかなりの役割を占めていると思いますし、あるいは子育てではないですが、例えばゆう活を進めるであるとか、そういうことに関しても、企業に対して、行政がある種お願いというか、協力をしている部分があるので、子育てに対しても、家庭が何か責任を持つとすれば、家庭の状況がどう変わるのかは、企業によってもかなり変わってくると思うので、新しいビジョンの中に今まで出てこなかった企業という役割を入れれば、少し状況が変わると思って、その辺りは、今後、議論ができればと思っています。
  • 安田大臣官房審議官
     今の原田構成員の御指摘は、大変貴重なものだと思っています。資料3の2ページ目の「4.子供・若者の健やかな成長を社会全体で支えるための環境整備」の下から2番目にも、事業者、NPO等の民間と行政がどのように連携して育成支援を行うかという点で、私どももこれを基本理念に書こうかどうしようか、迷いながら、この例示をしておるところでございまして、その意味で、基本理念の中で、企業という視点を御提起いただいたことは、私どもとしても大変ありがたく思っていますので、ぜひ御議論いただければと思います。
  • 宮本座長
     御発言は大体出尽くしたと見てよろしいでしょうか。
     骨組み、論点ということで、たくさんの御意見をいただきました。これは事務局で次回までに整理をしていただけると思います。整理した結果については、メールで皆様に御連絡いたします。

以上