1 はじめに
子ども・若者を取り巻く環境は大きく変化しており,このような状況の中で,生き生きと生活している子ども・若者もいるが,困難を抱える子ども・若者も少なくない。政府は,このような状況に対応するため,子ども・若者育成支援推進法(平21法71)の施行を受け,平成22年7月23日に「子ども・若者ビジョン」(以下「ビジョン」という。)を策定した。
まず,ビジョンでは,基本的な方針として以下の5つの理念を掲げた。
<1>子ども・若者の最善の利益を尊重
<2>子ども・若者は,大人と共に生きるパートナー
<3>自己を確立し社会の能動的形成者となるための支援
<4>子ども・若者一人一人の状況に応じた総合的な支援を,社会全体で重層的に実施
<5>大人社会の在り方の見直し
また,この理念を実現するための3つの重点課題として,以下を挙げている。
<1>子ども・若者が生き生きと,幸せに生きていく力を身につけるための取組
<2>困難を有する子ども・若者やその家族を支援する取組
<3>地域における多様な担い手の育成
以下,5つの理念及び3つの重点課題を踏まえ,実際に地域,団体等で行われている先進的な取組事例の概要を紹介する。
2 すべての子ども・若者の健やかな成長を支援する取組
(1)ダンスを通して子どもの創造力を育む活動
(NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク)
NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク(JCDN)は,社会とダンスをつなぐネットワーク型のアートNPOとして設立された団体であり,コンテンポラリーダンスのアーティスト,文化財団,制作者等と全国的なネットワークを組み,「ダンスの持っている力」を社会に活かすための活動を行っている。
JCDNの推進するコンテンポラリーダンスは,バレエ等と異なり決まった型がなく,一人一人が自分のオリジナルなダンスを自由な発想で創るというものである。その特性を活かして,小学校等において,ダンスの経験や年齢を問わないワークショップのコーディネートを全国的に実施している。
コンテンポラリーダンスを通して,自分のダンスを創る楽しさや喜びを体験し,自分に対する自信を身につけ,他人や自分を認めるきっかけづくりを支援している。

(2)国際交流事業の既参加青年が取り組む社会貢献活動
(日本青年国際交流機構)
日本青年国際交流機構(IYEO)は,内閣府の青年国際交流事業に参加した青年により組織された団体であり,国際支援,青少年育成等の社会貢献活動を始め,多くの事後活動を展開している。
活動事例としては,<1>国際間のネットワークによってすでに取り組まれていた「スリランカ教育支援プロジェクト」に対して,国際交流事業に参加した日本の青年が協力を開始したことがきっかけとなって,組織としての活動に発展したもの,<2>福島県が事業を受け入れた際にできたタイ青年とのつながりから,組織としてのタイへの支援活動に発展した「イエローハットプロジェクト」等がある。
いずれの取組も,国際交流事業へ参加した青年たちが,事業を通じて得た知識や経験,ネットワークを活かして,組織としての取組に発展させたものである。

(3)神奈川県におけるシチズンシップ教育の推進
神奈川県では,これからの社会を担う自立した社会人を育成するために,積極的に社会参加するための能力と態度をはぐくむ実践的な教育として,シチズンシップ教育をすべての県立高校において推進することとしている。
平成22年度においては,シチズンシップ教育活動開発校13校による先進的な実践,研究を進めるとともに,政治参加教育の一環として,政治を生活に身近で重要な問題ととらえ直すきっかけとして,第22回参議院議員選挙の機会を活用し,模擬投票をすべての県立高校で実施した。
平成23年度には,すべての高校において,<1>政治参加教育,<2>司法参加教育,<3>消費者教育,<4>道徳教育(モラル・マナー教育)の柱を設け,シチズンシップ教育を教育課程上に位置づけて展開することとしている。


(4)川崎市子どもの権利に関する条例
川崎市では,「児童の権利に関する条約」の批准等を受け,平成12年,川崎市子どもの権利に関する条例を制定した。市民や子どもとともに200回を超える会議や集会を開催し,2年近くをかけて条例案がまとめられ,市議会において成立した。
条例では,子どもはそれぞれが一人の人間であること,権利の全面的な主体であること,そして他者の権利も尊重すべきことが明記され,続いて様々な具体的な権利の保障が規定されている。
条例では,11月20日を「かわさき子どもの権利の日」と定め,「かわさき子どもの権利の日のつどい」等の事業を実施している。また,小学生,中学生及び高校生に対する子どもの権利学習資料の配付や人権学習等を行うほか,子どもの居場所である「わくわくプラザ」,「こども文化センター」の設置,子どもが自主的に集い話し合う「川崎市子ども会議」等を開催している。
「かわさき子どもの権利の日のつどい」の様子

(5)滋賀県における「子ども県議会」の取組
滋賀県では,子どもが自ら考え,自ら行動する力を引き出すことを支援するため,子ども参画社会づくり事業として,平成12年度から「21世紀淡海子ども未来会議」(J21)を推進している。
ここでは,抽選により選ばれた小学4年生から中学3年生までの50人の子どもが,「子ども議員」として,1年間をかけ,体験学習や話し合い活動を行いながら,自分たちが果たしていく役割と大人への要望を提言してまとめ,本物の議場で本当の県議会と同じように進行する「子ども県議会」で,自分たちの提言を発表している。
「子ども議員」が提言した内容が具現化した例もあり,「子どもの意見表明権」を尊重した事業としても評価されている。

3 困難を有する子ども・若者やその家族を支援する取組
(1)ひょうごユースケアネット推進会議
兵庫県では,いじめ,不登校,非行等の青少年問題に対処するため,従前より「ひょうごユースケアネット推進会議」を開催している。この推進会議では,関係機関の密接な連携の下,研修やシンポジウム,学習会,合同相談会,調査・研究活動等を実施してきた。
本年4月,「子ども・若者育成支援推進法」の施行を受け,従来の保健・医療・教育,矯正・更生保護等のネットワークに,雇用・相談等の関係機関を加え,法に基づく協議会として強化を図った。
推進会議においては,兵庫県青少年課が調整機関として関係機関の連絡調整を行っているほか,その中心的役割を担っている「県立神出学園」や「県立山の学校」において蓄積したノウハウを,民間機関も含めた他の自立支援機関等へ提供するなど,一層の連携強化を図ることとしている。

(2)新潟県三条市における子ども・若者総合サポートシステム
新潟県三条市では,縦割型で行われてきた従来の支援システムを改め,乳幼児から就労・自立に至るまで,切れ目なく一貫して必要な支援を総合的に受けられるようにするため,「三条市子ども・若者総合サポートシステム」を実施している。
このシステムでは,被虐待児,発達障がいを含む障がい児,不登校・非行児,妊産婦を含む保護者,ひきこもり等,乳幼児からおおむね35歳までを対象としている。また,支援を必要とする子ども・若者の情報を可能な限り集約・一元化するため,教育委員会において,関係機関の協力により得た情報を登録した支援台帳を,個人情報に配慮しつつ作成している。
子ども・若者支援地域協議会と要保護児童対策地域協議会との2つの組織で構成された「子ども・若者総合サポート会議」や実務者による会議(虐待防止,障がい支援,問題行動対応,若者支援)を開催することで,様々な問題を共有・協議し,相互の連携を図っている。

(3)佐賀県警察における問題を抱えた少年の立ち直り支援活動
佐賀県警察では,ボランティアや地域住民の協力を得て,非行に陥ったり犯罪被害に遭うなど問題を抱えた少年に社会奉仕活動や生産体験活動を経験させること等を通じて,自分の居場所を見失いがちな少年が,ボランティアや地域住民との交流を持ち,支えてくれる大人の存在に気づくとともに,自己肯定感を高めたり,自立した生活を行うために必要な知識や技術を身につけることを目的として,立ち直り支援を行っている。
支援活動には,少年と年齢が近く,その心情や行動を理解しやすいとともに,少年からも話しかけやすい大学生ボランティア(通称「るぴなす」)や立ち直り支援活動のために地域住民が設立したボランティアグループ(ホットミルク多久)等が参加している。
このような活動は,平成21年度中に22回実施しており,延べ234人の少年が参加した。その中で,参加していた少年が学校に通うようになったり,就職したりしているほか,成人した少年が今度はボランティアとして活動に参加するなどの効果が見られている。

(4)薬物依存者やその家族に対する立ち直り支援活動
(日本ダルク)
日本ダルクは,薬物依存症者に共同生活の場を提供し,薬物を使わない生き方のプログラムを実践することによって,薬物依存からの回復を支援する民間の薬物依存症リハビリ施設である。スタッフは,プログラムによって回復した薬物依存症者で構成されており,全国58施設で活動を展開している。
よりよい支援ができるよう保健所,精神保健センター,保護観察所,保護司等と連携するほか,必要に応じて病院等と治療方針を検討するなど,薬物依存症治療のネットワークを作ることで,適切なサポート体制を作っている。また,刑事施設や少年院と連携して,薬物からの離脱プログラムに協力するなどの活動も行っている。
日本ダルクでは,薬物予防教育の支援として,学校での子どもに対する講演や劇による啓発活動,教員への講演活動等を積極的に行っている。

(5) 性同一性障害者や性的指向を理由として困難な状況に置かれている若者をつなぐ活動
(NPO法人ピアフレンズ)
NPO法人ピアフレンズでは,孤立しがちな10代,20代の性同一性障害者や性的指向を理由として困難な状況に置かれている若者(セクシュアルマイノリティ)をつなぐ活動を,平成14年より行っている。
プライバシーを守る安全な環境をつくり,悩みを語り合うことで問題の解決へとつなげるため,自分以外の仲間に出会い,支え合う環境づくりを,全員が同じ当事者という環境で行う若年男性同性愛者向けのイベント「ピアフレンズ」を,これまでに58回開催している。
ピアフレンズが協力した研究では,当事者の日常生活における困難や社会的支援の必要性が浮き彫りになっている。自分の性的指向に気づく思春期のサポートは重要であり,ピアフレンズでは,一層充実した活動を展開するとともに,公的機関と当事者や団体がつながり,困難や問題を解決することについて積極的に検討していくこととしている。
(大阪府立男女共同参画・青少年センター)

4 地域における多様な担い手の育成
(1)川西市子どもの人権オンブズパーソン
兵庫県川西市の子どもの人権オンブズパーソンは,日本で最初に,条例により設置された子どもの人権擁護・救済のための公的第三者機関であり,平成11年より活動を行っている。
オンブズパーソン3人,相談員4人等の体制で運営されており,日常的な相談の受付から,それら相談内容についての話し合い,課題整理等を行っている。
オンブズパーソンは,親でも教員でもない立場で,何よりも子どもの話を聴くことを大切にしており,子どもの代弁者として,子どもの心情を周囲の大人に届け,子どもの心情を中心に据えて問題解決に取り組むことができるよう働きかけている。このことが,「子どもの意見表明権」の保障を通じて「子どもの最善の利益」を確保するという,「児童の権利に関する条約」の理念の具体化へ向けた第一歩となっている。
