第1章 高齢化の状況(第3節 事例集)

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第3節 前例のない高齢社会に向けた対策・取組の方向性

事例集

(地域で工夫をこらして健康づくり、介護予防に取り組む事例)

○独自のプログラムを開発して中高齢者の健康づくりに取り組んでいる事例(新潟県見附市「いきいき健康づくり事業」)

新潟県見附市では、平成14(2002)年から中高齢者の健康づくりの取組として、「いきいき健康づくり事業」を推進している、

同市では、それまでも運動、食生活、健診、生きがいといったアプローチで健康づくりの取組を進めてきたが、必ずしも焦点を絞り込めていなかったという。

そこで、外部有識者とも相談して、特に運動面に力を入れた取組を進めることとした。あわせて、これまで指導者の経験により提供していた運動のプログラムについては大学発のベンチャー企業にアウトソーシングすることで、大学での研究によって蓄積された科学的なエビデンスに基づくプログラムへの転換を図った。

事業スタート時は、「寝たきりの予防」を主な目的としており、60歳以上を対象者として112名でスタートしたが、その後、参加者の間で成果があがり始めたことから参加希望者が増加。対象者を広げて欲しいとの声が高まり、40~50歳代を対象とした中年層向けの健康運動教室も実施するようになった。これにより、寝たきり予防だけでなく、メタボリックシンドローム対策としての性格も併せ持つようになった。現在では、1,261名の住民が健康運動教室に通っている。

同市の取組の特長としては、3つのポイントがあげられる。

まず第1に、大学での研究成果を活用し、個人の体力や疾病状況に対応した個人別運動プログラムを実施しているという点である。

第2に、無理なく継続して実施することができるメニュー作りを心がけているということである。健康運動教室では、施設に週1~2回、家庭で週3~5回の割合で週5日程度、自体重を負荷とした筋力トレーニングと持久力トレーニングを実施。家庭でもできる簡単なメニューとし、無理なく継続して実施することができるよう工夫されている。

第3に、毎日の運動が客観的にトレーニング実施得点として評価されるようにシステム構築されている点があげられる。自分の運動量や身体の変化、運動した結果が簡単にわかるように、毎日の運動状況、1か月の運動状況が一目でわかるように作成され、一人一人に提供されている。毎日の運動が客観的にトレーニング実施得点として評価されるため、参加者の目標設置や目標管理に役立っている。

こうした取組の結果、教室参加者の体力年齢をみると、実年齢と体力年齢の差が、教室参加3か月で6.3歳、1年6か月後には12.8歳若返ったことが確認されている。

また、運動の成果として体組成(体脂肪率、筋肉率、BMI、体年齢)の変化もみられている。運動による活動量の増加、ウォーキングやエアロバイク等の有酸素運動の効果として、体組成の項目において有意な改善がみられた。

さらに、健康運動教室参加者とそれ以外の比較対象者の医療費(入院費含)の1年間の推移を分析したところ、年間で一人当たり11万円の差が生じていることがわかった。

健康運動教室で顔なじみになった参加者は、お互いの元気になっていく姿を確認し、次第に「寝たきりになりたくない」という同じ目的を持つ仲間づくりがされてきて、教室終了後も、参加者の約9割が健康運動を継続している。また、参加者の増加によってデータの蓄積が進み、よりよい健康づくりプログラムの作成が可能になるという好循環となっているという。

○高齢者のボランティア活動を利用して健康づくりに取り組んでいる事例

奈良県生駒市では、「介護予防」と「高齢者の生きがいづくり」は表裏一体であるという発想から高齢者によるボランティア活動を上手く活用して様々な取組をおこなっている。

取組の端緒は、平成11年度に市が実施した「わくわく教室ボランティア養成講座」を受講した高齢者を含む方々が、次年度に体操や歌、手工芸などを行う介護予防教室「わくわく教室」(市の事業として運営費は市が負担)にボランティアとして参加し、中心的な役割を担ったことであった。わくわく教室の運営に当たって、市は保健師が専門的な立場から助言するにとどめたところ、主体的に生き生きと活動しているボランティア高齢者を目の当たりにした参加者が触発されて、教室全体が活発なものとなり、参加している高齢者が受け身での参加から能動的な参加へと良い循環が生まれた。ボランティアの積極的・主体的活動を踏まえ、市では、15(2003)年度から「わくわく教室」の活動を全てボランティアに委ね、補助金による支援を行うにとどめている。平成12年度に125人だった延べ参加者数は、5年後の平成17年度には年間延べ1,100人を超え、教室の数も当初1か所だけだったのが8か所・9グループでの開催にまで拡大した。

市の担当者は、「『自主活動を基本』とする方針は、実は、以前、成人式の担当をしていた時に得た経験に基づいています。市がいくら頑張ってお膳立てしても新成人は式に協力しようとはしませんでした。そこで、新成人たちに、自分たちで企画して開催してもらったところ、新成人が式を自分のこととして捉え、とても充実したものになったのです。高齢者のボランティア活動もこれと同じではないかと、試してみたところ、良い循環が生まれました。」としている。

平成16年度から市が実施したトレーニングマシンを用いての介護予防教室「高齢者筋力向上トレーニング事業」においては、同教室を修了したOBがボランティアとして事業の実施を担う形をとった。3ヶ月間トレーニングをして心身機能が回復したことを「先輩」高齢者が身を以て示してアドバイスしてくれるため、次に続いて取り組む「後輩」高齢者にとってトレーニングが身近に感じられ、好循環が生まれた。その1つとして修了していく有志の高齢者がOB会を結成し、88歳の高齢者を会長に今も定期的に集まり運動を続けていることがある。

さらに、市では、地域で自主的に活動するボランティアの養成に取り組み始めた。「地域ボランティア講座(1クール8~10回。年1クールで約40人)」を開講し、ボランティア活動に興味のある人に約3ヶ月間にわたって受講してもらう。修了後、市は活動内容の選定や場所の用意といった「お膳立て」をあえて行わなかったため、市に活動場所の斡旋を期待していた参加者からは様々な意見が寄せられた。しかし、市では自主的に取り組むことが必要と考え、従来どおり「お膳立て」はしなかった。すると、半年ほどして「自分たちで何かやってみようか」という声が出始め、「自宅を開放して交流できるサロンを開設」したり、「学校等の美化活動を通して世代間交流」をするなど、様々な活動が動き出した。一旦動き出すと、活動を自分たちのこととして捉えているため、姿勢が能動的で、継続的に取組むようになり、自己完結を目指す質の高いボランティア活動が展開された。現在でも、様々な活動が行われ、市の様々な事業のサポートの役割を担うなど、貴重なマンパワーとなっている。

市の担当者は「正直、市がお膳立てしてやってしまう方が楽で、自立を促して待つことは先の見通しが立たず大変です。しかし、マンパワー、財政ともに拡充が見込めない中で、市が全てを背負っていては遠からず限界に達するという認識があったため、やるしかなかった。」と語り、行政が「自主活動が基本という姿勢を貫いたことで、地域で自立したボランティアによる活動が出来上がった」としている。

○マニュアルを作って事前に試行することで介護予防の実施に向けて計画的に取り組んだ事例

奈良県生駒市では、平成18年度の介護保険制度の改正により法定化された「地域包括支援センター」(以下「センター」という。)を市内6か所に設置し、平成18年4月1日から運営している。センターは、地域における介護予防ケアマネジメントの実施や総合的な相談窓口といった役割を保健師、社会福祉士、主任ケアマネージャーなどの専門知識を有する者がチームを組んで担うところにその特徴がある。

センターの運営は、全て市が業務委託しており、委託先は、市内の社会福祉法人、医療法人等で、もともと在宅介護支援センターとして高齢者福祉の相談援助業務を担ってきたほか、夜間・休日でも隣接の特別養護老人ホームや病院などに転送されて24時間対応が可能となっている。

同市では、平成18年4月から円滑に発足させるため、平成17年6月にセンター設置予定法人の選定を済ませ、これを対象に介護予防ケアプランの作成や運動・栄養・口腔指導などのモデル事業を実施した。このモデル事業の中で、市とセンター設置予定法人が共同でケアプランの作成・事業の実施に用いる「新予防給付ケアマネジメントマニュアル」「新予防給付選択メニュー実施マニュアル」を作成した。マニュアルを用いて実際に試行してみることで市とセンターの情報の共有化に寄与したほか、センター職員は業務に習熟して制度発足を迎えることができた。

4月以降は、主としてセンターの保健師が介護予防ケアプランの作成などの業務を開始すると同時に、要介護認定において介護予防の対象と判定された高齢者全員に対し個別訪問をして、制度改正の趣旨を丁寧に説明してまわった。このため、新予防給付のサービス利用に関する混乱もそれほどなかったという。また、センターの社会福祉士等は「介護予防教室」の企画などを通じて地域とのネットワークを構築し、ボランティアとの連携を徐々に構築している。さらに、必要時にはケアマネージャー(介護支援専門員)主催の「サービス担当者会議」にセンターの主任ケアマネージャーも参加して、処遇が困難な事例について地域のケアマネージャーを支援するとともに、これを把握して市に情報提供しているため、特定の者に過大な負担がかかることなく行政と地域が共同して処遇困難な高齢者を支援することが可能となっている。

生駒市の6か所のセンターは、それぞれの専門職種の稼働とともに着実に機能しはじめているが、一方で新たな課題も生じている。センターの担当者は「地域の自治会、老人クラブ等の関係団体には周知したが、一般市民には、センターの存在自体がまだ十分に知られていない。日頃、接点のない一般市民に周知し、定着させていくことが課題」と語っている。

また、「センターにとっては、一般市民に日常的にアクセスする情報ルートが少なく、正直、存在や取組内容の効果的な周知・広報はなかなか困難であるが、独り暮らしの高齢者や『老老介護』の世帯など、真にサポートが必要な人を掘り起こすことは絶対に必要なことであり、民生委員やボランティアなどの地域の力を借りて取り組んでいきたい」と話している。

○在宅における療養・介護を支える先駆的取組の事例

群馬県伊勢崎市にある「きらくな家」では、訪問看護に加えて、重度要介護者等を対象として、食事や入浴、体操等の機能訓練といったこれまでのデイサービスのメニューに加え、酸素吸入や痰の吸引、経管栄養といった、個々の利用者の身体状況に応じた医療ケアを行っており、「重度者の生命と生活を支えるデイサービス」に取り組んでいる。

「きらくな家」の代表は、看護師の資格を活かし、かつて、仲間との看護のボランティアを通じて訪問看護の重要性を認識し、その経験を踏まえ、介護保険制度の発足した平成12年度に「有限会社・訪問看護ステーション『きらくな家』」を開設し群馬県の指定を受けた。

訪問看護事業の事務所を構えるに当たり、ボランティア時代の経験から介護を行う家族のケアが重要であるとの思いから一時的に患者を預かって家族に休息してもらったり、家族の相談にのる場所が必要であると考えていた。このため、事業所に事務スペースの他、ベッドルーム、団らんのできるテーブルスペース、広い風呂、車いすのままでも利用可能なトイレ、調理設備などを備え、無償で「一時預かり」(通所看護)を訪問看護と併せて開始することとした。同代表は、「『きらくな家』では、私のボランティア時代からの経験を踏まえ、看護の専門職として必要と感じることを思い切りやることができた」と話す。

その後、「きらくな家」などが取り組んでいた通所看護は厚生労働省のモデル事業の指定を受けるなどして「療養通所介護」の先駆的役割も担い、平成18年度の介護保険制度改正で「療養通所介護」として制度化されたことに伴い、「療養通所介護事業」として取り組むこととなった。

「きらくな家」を利用しているというある家族の方は「以前、通常のデイサービスを利用していたが、ある時から嚥下が悪くむせる事が多くなり、食事や水分の摂取量が日増しに減ったため、体重が急減した。体調は急激に悪化し、1週間程度で褥瘡が5か所にでき、身体が硬直して目が開いたまま意思表示することすらできなくなってしまった。」「急速に衰えていくのを見て、通常のデイサービスにはもう預けられないと実感した」と話す。

主治医の薦めで、訪問看護及び「きらくな家」を利用した療養通所介護を利用し始めた。

療養通所介護で、マッサージをして身体をほぐし、褥瘡も含めた皮膚のケア及び口腔の洗浄などのケアをしていった。すると、体調が回復し、栄養を摂取することができるようになった。

家族の方は、皮膚に艶と張りが出て、目で意思表示できるまでに快復したことが驚異で、「ここを利用してならば、在宅介護を続けられると思った」と語っている。まさに、目に見える看護とその効果であった。

同代表は「これまで、医療ケアの必要な方にとっては、在宅で介護を受けながら生活するのは本人や家族の負担が大きいケースもあったのですが、新たに通所による看護の場が出来たことで、他の介護保険サービスと組み合わせることにより、家族が頑張りすぎなくても在宅介護を続けていくことが可能となったと思います。」と話している。

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