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共生社会地域フォーラム 札幌
議事録

(司会) 皆様、大変長らくお待たせをいたしました。本日は週末のお忙しい中、また、お足下の大変悪い中、たくさんの皆様に御来場いただきまして、まことにありがとうございます。

ただいまから共生社会地域フォーラムを開会させていただきます。本日は皆様の御参加、まことにありがとうございます。本フォーラムは障害を理由とする差別の禁止に関する法制の制定などに向けて、障害者政策委員会差別禁止部会でまとめられた意見に基づき、幅広い国民の意見を聞き、当該法制の制定に生かすことを目的としております。

このフォーラムの模様は後ほどホームページに議事録として掲載をさせていただく予定でございます。なお、その際には発言者の方のお名前などは公表いたしませんので、あらかじめ御了承くださいませ。

では、お集まりの皆様に、ここで本日のプログラムを御案内させていただきます。まず初めに、本フォーラムの主催であります内閣府の障害者制度改革担当室長、東俊裕より、この後、御挨拶をさせていただきまして、その後、「障害を理由とする差別の禁止に関する法制についての差別禁止部会の意見」と題しまして、1時間ほどの基調講演を行い、その後20分間の休憩を挟みます。

そして、14時30分ころから指定発言、フロアからの質疑応答を予定いたしております。フォーラムの終了時間は16時ごろを予定しております。どうぞ、皆様、最後までおつき合いをくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

それでは、皆様に御紹介をさせていただきます。初めに、本フォーラム主催であります内閣府障害者制度改革担当室長、東俊裕よりご挨拶を申し上げます。

(東) どうも、こんにちは。ただいま御紹介に預かりました内閣府の障害者制度改革担当室の東と申します。

今日はせっかくのお休みのところ、しかも、雪が積もっている中で来ていただきまして、本当にありがとうございます。

御存じのように2006年12月に国連で障害者の権利条約が採択されております。採択後は各国ともこの条約をどう批准するかといった課題を背負うことになりました。

現在、126カ国がこの条約を批准して、これに加盟しております。日本はまだですが、日本政府としては2009年12月にこの権利条約をどう批准するか、それに向けて国内法制度をどう改革していくか、ということを念頭に、障がい者制度改革推進本部というものを立ち上げました。そして、その下に障害者や家族が多数を占める障がい者制度改革推進会議というものを設けて、まずはそこで議論してもらう。その意見を踏まえて、障害者制度を変えていこう、といった流れになったわけですね。

それで、2010年1月から、推進会議でいろいろと議論をはじめ、6月には第一次意見を取りまとめていただきました。差別禁止法制については、第一次意見を受けて、政府では、平成25年の通常国会に差別禁止にかかわる法案を提出することを目指すことになりました。

そこで、推進会議では、2010年11月に差別禁止部会を設置しまして、以来、今年の9月14日まで通算すると合計25回の議論を重ねまして、差別禁止に関する部会の意見がまとまったところです。

大阪大学の憲法の教授をされています棟居先生に、差別禁止部会の部会長をしていただいたのですが、今日は、その棟居先生のほうから基調講演ということでこの部会意見について、御報告をお願いするということになっております。

皆様には、この部会意見そのものではありませんが、その概要といったものをお渡ししておりますので、それを参考にしていただければと思っているところです。

今日は、皆様方に差別禁止部会での議論を聞いていただいて、その上でどういう御意見をお持ちであるのか、内閣府のほうにぶつけていただければと思っております。

今日は指定発言ということで、何人かの方に御発言いただくわけですけれども、その後、会場からも自由に発言していただいて、それに対して棟居先生と差別禁止部会の委員であります太田修平委員も来られておりますので、私含めて3人で応答できればと思っているところです。

このような地域フォーラムを全国6カ所で開催する予定を立てまして、今日はその5回目になります。最後は、12月の福岡という予定です。皆様方の意見も踏まえまして、法制度に反映できるよう考えているところです。そういうことで今日、進めさせていただきます。よろしくお願いします。どうもありがとうございます。

(司会) 内閣府障害者制度改革担当室長、東俊裕より皆様に御挨拶をさせていただきました。

続きまして、基調講演「障害を理由とする差別の禁止に関する法制についての差別禁止部会の意見」と題しまして、障害者政策委員会差別禁止部会部会長、棟居快行様より御講演をいただきます。

棟居快行様、どうぞよろしくお願い申し上げます。

(棟居) 御紹介に預かりました棟居といいます。

始めに私事というか、私ごとで恐縮ですが、数年前までというか、6年ほど前まで、札幌に短期間ですが住んでおりまして、地元の北海道大学で教員をやらせていただいていました。もともとが西のほうの出身ということもありまして、今、大阪におるんですけれども、今日こちらに来まして、なつかしいなという思いでいっぱいであります。そして、ついでに、日本ハムファイターズの優勝パレードをやって、随分、人が出ていると。こっちはガラガラかもしれないなと思ったら、熱心な皆さんが来ていただいているので、本当にありがたいことだと思っています。

ということで、これから1時間ということで、私は時間より、よく長くなりますので、そうならないように、気を付けて、要領よく話を進めていきたいと思っております。

今、東室長からも御案内いただきましたように、この9月に意見書、意見という冊子を出しました。これは100ページにはちょっと足りません。90ページほどであります。

それで、それに費やした議論の時間は、先ほど、東室長が述べ25回とおっしゃいましたが、毎回4時間やっておりますので、25掛ける4で、ちょうど100時間です。

そして、私の部会長という仕事は、決してこういうふうじゃないですよ。四角い椅子で、今日も来ておられる太田委員初め、15人、20人ぐらいですかね、協力者も含めて20人超えるというぐらいの人数で、かなり密度の濃い議論をしました。

もちろん、障害当事者の太田委員を始め、いろんな障害特性をお持ちの委員もそこには入っておられました。私のすぐ横には視覚障害で弁護士であられる竹下義樹先生、この方もいつも横におられて、点字を触りながら非常に厳しい発言を、まさにすぐ横の私に向けてされていました。

ということで、大変緊張感のある100時間の成果がこの意見書という物であります。

それを本日のように部会三役ということで、私と副部会長である竹下先生と伊東弘泰先生という、その3人でまとめたものがこの横長の冊子であります。本日はこれをテキストにしまして、これに従って、説明をさせていただく。

ただ、これでもかなり分量多いです。特に1時間ですから。全部を均等にということでは時間、とても足りません。

皆さんは、恐らく後半の部分、つまり、この表紙から数えると1枚、2枚、3枚ですね。3枚目。右下に12と書いてあるページがあります。なお、この横長の、今見ていただいている物は、今、12というところを見てもらうと、左上のほうに9、その下に10、右上に11、右下に12と、こう、実は4枚の紙が張りつけてあって、それでこの横長の1枚になっています。

パソコンでこういう大きな画面につないで、そのままこういう文章を壁に映すと、スクリーンに映すという、そういうパワーポイントという、そういう技術がありますけれども。それなんかに適した、こういうスタイルであります。

ただ、その紙を4つ張りつけて、こういう冊子にしているわけです。ですから、この冊子も最後まで見てもらうと34とありますよね。この小さい紙が34枚分、非常に分量多いです。

その、今、12、その上が11、ここが公共的施設、交通機関という、こういうタイトルになっております。

皆さんが恐らく関心をお持ちなのは、具体的に、例えば学校で、あるいは病院で、あるいは駅で、電車で、今までこういうつらい経験があると。この差別禁止に関する法制度ができれば、それがどういうふうに改善されるんだろうか、自分たちにどういう権利が発生するんだろうか、あるいは自分が面倒を見ている、介助をしている障害者、家族、彼らにどういういいことがあるんだろうかと、こういうふうに個別のテーマを中心にお考えになると思います。

そのことについてはこの11というところから、あと、34までにいろいろ個別のテーマごとに書いています。

ただ、それよりも、議論の中心は、特に今日の話の中心は、その前まで、10というところまで、「合理的配慮の不提供はなぜ差別と位置付けられるのか」というタイトルの、ここまでが実は、議論としては、今日の私の講演としては、非常に大事になります。

こういうのは総則、つまり一般論ですね。ということで、つまり、一般的、その意味では抽象的な、したがって難しい、そういう話が、だけど大事だと、今言っているので、これはもっと具体的な話を中心にしてほしいと、わかりやすさに対する配慮が足りないんじゃないかと、こういうように思われるかもしれません。

ですから、もちろん、学校ではとか、病院ではというものを今ちょっと見てもらいました11というところから後のところもチラチラ見ますけれども。実はこの、その手前の合理的配慮というところまでの一般的な部分、この総則の部分、ここでの話が、例えば病院とか、あるいは交通機関とか、あるいは学校に持ってきたときにどういうふうになるんだという、この一般論と個別の場面の関係なんですね、全部。これはもう完全に一般論の理屈がそのまま個別の、例えば病院だったら、だからこうなります、学校だったら、だからこうなるべきです、こういうふうに冊子はできている。

ひいては、我々の意見、あるいは意見書もそういうふうにできています。

つまり、言い方を変えると、例えば施設でこんな問題がある、学校でこんな問題がある、これはもう、皆さんの多くの方のほうが我々よりははるかに詳しいですよ。内閣府も調査をしています。また、今さっき言いましたように、我々の委員会、障害当事者の方がたくさん入っていました。ですから、いろんな事例は、もちろん議論の対象になりました。

しかし、初めに学校があるとか、初めに病院がある、そういう議論はしていません。そうではなくて、差別というのは何なのか、そもそも障害というのは何なのか、どういうふうにして解消していくべきなのかと、こういうまさに一般論、これが我々の100時間の議論の実質的にはかなりの部分を占めた。

それと、一番冊子の最後に、裁判あるいは紛争解決と、こういうことが出てまいります。一番最後のページの1つ手前です、司法手続という、こういう、実際に障害者が差別を受けたというときに、どういうふうにしてそれを解消していく、解決していくのかという、最終的には裁判で権利を実現するということになりますけれども。そこに至るまでの間でもっと身近な形で、もっと速く、そして、あまり権利を行使して周りとの関係が壊れてしまうということにならないで済むような、そういうソフトなやり方で紛争を解決すると、権利を実現すると、こういう紛争解決の仕組み、手続き、ここらも我々の議論でかなり頑張ったところです。

ですから、この最初のほうの話と、最後のほうの話が実はこの差別禁止部会ではかなり時間も頭も使ったところです。

もちろん、皆さんの関心が強いであろう交通機関の問題、学校の問題、医療の問題、こうした個別の分野の問題については、それぞれの担当の霞が関の役所がありますね。教育だったら文部科学省、医療だったら厚生労働省という、そういう役所の担当の官僚に来てもらって、彼らは決して1人とか2人では来ませんよ。課長とか、霞が関の課長と言ったらものすごく偉いですからね、そういう人が1人、ポンと座って。その隣にサポートする補佐の人が、この人は何でもわかっている、何でも覚えている、すごい人ですけれども。そういう人が座って、つまり2人ぐらい、我々と並んで座って、でも、後ろには10人ぐらい、要するに部下というかチームで来ています。

ですから、この座っている2人の役人で、仮にすぐに出てこない情報、パッと後ろを見たら、だれかがサッと言うと、これも完璧に用意をして、それぞれの役所のチームが来るんです。

そういう人たちにいろいろこちらから質問する。場合によっては議論を吹っ掛ける。そうやって我々の一般論、つまり差別とはこういうものが差別であると、それから、差別の解消としてこういう手続きだ、こういう考え方をぶつけていくと。しかし、彼らは今までどおりのやり方で成果を上げていると、皆考えているわけです。一生懸命仕事していますから。

それはもう、全国に病院だってものすごくたくさんありますよね。施設もすごくたくさんある。学校も、もう御承知のように、特別支援学校があちこちあると。そういう今ある仕組みと、ここで我々が議論していた、この一般論。結構ぶつかってくるわけですよ。

ですから、それぞれの役所の人たちは、ある意味、気が気じゃなかった。なんか自分たちの知らないところで自分たちがやってきたことが全部否定されそうになっているんじゃないかという、そういうことで、10人ぐらいで乗り込んできて、自分たちはちゃんとやってるという説明を多分してくれたんだと思います。

こちらも頑張りました。これは内閣府の差別禁止部会のホームページを御覧になれば、そのときの我々の頑張りの記録が出ていますので、ぜひ、御覧いただいたらと思います。

ということで、今、何を申し上げているかというと、私に与えられた1時間といっても、もう10分以上過ぎてしまいまして、あと45分ぐらいですけれども。この皆さんにお配りしている冊子のどこを中心に説明するかという、こういう話をしていて、これは実際には、前半分と言いますか、この総則というタイトルをつけている一般論の部分、そこを中心にすると、この10ページ目までを中心にするということを、今、お断りをしているわけです。

なぜそれで全体について話をしたことになるのかという理由も既に申し上げました。つまり、病院の問題、教育の問題、交通機関の問題、こういう個別の問題は全部我々は一般論の個別の分野ごとに当てはめの問題だと考えています。そして個別分野には、それぞれもちろん、いろんな事情があるし、いろんな特徴があるし、それぞれの担当の役所があって、みんな頑張ってきたんだろうけど、中には基本的な考え方が古くなっているものがある。

あるいは、そういう施設の中で差別だということの告発が、そういう報告が、たくさん我々のほうに来ている例が残念ながらあるということで、我々の武器はあくまで一般論だったんです。

そして、それを役所の方々に個別分野ごとに、我々はこういう考え方がふさわしいと考えている、それをあなたたちの普段やっている教育とか医療とか、そういう場面で実現するように協力してくださいと、こういうお願いをしたということなんですよね。

ですから、ある意味、我々は頭でっかちの議論をしたと。だけど、それが我々の武器だったという、そういうことなんです。

現場の話を聞いていると、もちろん施設に入っている障害者の方のいろんなつらい経験とかたくさん、さっき言いましたように、集まってくるんですよ。だけど、そうじゃない、お役所のほうから、いや、それは非常に例外的なけしからん職員が一部にいたせいであって、仕組み全体としては全然問題じゃないんだ、問題はないんだと、仕組みはちゃんとしている、ただ変な人がその中にいただけなんだ、と、こういうふうに説明されてしまって、仕組みを直してください、と言っても水掛け論なんですよ、すれ違ってしまう。

ですから、我々は余り個別分野ごとの中身に立ち入るのではなくて、むしろ我々の一般論をぶつけると。彼らの反応を引き出して、そこで頭を切り替えていってもらうという、そういうことを頑張ったということです。

ということで、これからの話もですから、この冊子としてはかなり前半、最初のほうの説明が中心になり、後のほうの説明はあまりしないと。だから、何か時間切れで、私のしゃべる話の時間配分が下手くそだから途中で終わってしまったと思う人がいるかもしれませんが、そうじゃないんだということを今、一生懸命に言っている。

こうやって断っている間にどんどん話をすれば最後までいくんじゃないの、と思っている人もいるかもしれませんが、とにかく始めましょう。

先ほど、東室長がおっしゃったように、実はこの差別禁止法制と、差別の禁止に関する法制という、ちょっと舌をかむような長いタイトルをここにつけていますけれども。差別禁止部会と我々の部会は呼ばれていたし、また、我々の議論の中では差別禁止法という仮の名前で法律を呼んでいました。我々が目指す法律を差別禁止法と呼んでいました。

ただ、これは決して差別禁止法という名前の法律をつくろうとしている、あるいはそれが来年、これは私はもちろんできることを望んでますけれども、できたときに名前が差別禁止法という法律だということかというと、ここはいろいろまだ議論とか工夫の余地は残っています。

それはなぜかというと、最初のページの右下の4、理念というところを御覧ください。この冊子の表紙の次のページです。1枚めくってもらって、さっき言いましたように、これ、小さな4つのページがここに張りつけてあります。1、2、3、4とこうなっていますよね。その右下の4、理念という、ここを見てもらうと、差別は完全参加と平等を阻害するものであるので、早急な解消が求められる。つまり、差別というのは何が悪いかというと、障害者の完全な参加、社会に対する完全な参加を阻害している、拒んでいる、邪魔をしている。つまり、参加によって平等になるという発想が、このいわゆる差別禁止法の根底にあります。

福祉によって平等にするという、これも大事な考えです。しかし、福祉というのはもう、障害のある人をいわば対象にしているというか、どういうふうに施策、政策、例えば医療によってその人たちの面倒を見ていくか。そして国がどれだけ予算をつけるかという考え方に基本的には行きつきます。

これはもちろん福祉施策がないと多くの障害者の今日の置かれている水準も維持できないでしょう。ですから、これは福祉はもちろん大事です。

だけど、福祉というのはややもすると、本人が何を望んでいるかというのは二の次になってしまうと。よかれと思って、という言葉があらわしているように、本人の意図と違うということもあるわけです。

やはり、社会に完全に1人の社会人として参加していくと、こういう道を開くことが障害者に対する差別の排除、平等の実現、これにとっても必要不可欠だと、福祉の水準を今の例えば倍にしても、社会への完全な参加は多分、残念ながら実現できません。

社会の参加と、こちらがある意味、今まで少しおろそかだったんじゃないか。そういう日本の背中を押してくれているのが、先ほど東室長がおっしゃった障害者権利条約という世界の流れです。

つまり、障害者を社会に完全に参加できるような、そういう社会にしなさい、国が責任を持ちなさい、これを国際的な条約として障害者権利条約が定めていて、日本政府もこの国際的な約束である署名、つまり、いわば契約書に判子を押すようなサインはもうしてしまっているんです。終わっているんです。

ただ、条約というのはある種の法律ですから、日本国内でそれが効力を持つかというときに、もう1回、批准という特別の手続き、基本的に国会の承認に基づく手続きが必要になります。

日本の国内の憲法とか民法とかありますよね。その法律の仕組みの中に障害者権利条約の内容が入ってくる、これはある意味、江戸時代の最後の黒船来襲、今までの江戸時代の300年、眠りこけていた、そこにアメリカから黒船がやってきて、全部変えちゃうわけですよね。

この障害者問題にとっては障害者権利条約、これの批准、つまり日本国内に権利条約の内容が法的な効力を持って入ってくる、これは大変な出来事であります。

日本政府は慎重ですから、批准という、そこはまだしていない。

その前に国内のいろんな法律を整備する。今ある法律を場合によっては変えていく。あるいは差別禁止法というような法律が必要だったら、それをつくっていく。そうやって、いわばお客さんを家に入れる前に家の中をきれいに片づけておくような、そういう準備をしなきゃいけない。それで差別禁止法というような法律、名前は決して決まったわけじゃないんだけれども、そういうのをつくらなきゃいけない。

じゃあ、委員を集めて、そして部会長を棟居やれと、私、お声かかりましたが、これは要するに司会役です。ある意味、怖い人がいっぱいいる。すごい人がいっぱいいました。そのサッカー選手にもまれる審判のような役で、いろんな人にいろんなことを言われて、特に最初にいつも太田さんが、「はい」という、まさに太田コールというか、最初に「はい」という、太田さん、来たなということで、私は必死に耳を澄ませるわけです。

というのは、彼の会話をほかの委員は十分聞き取れてない場合があるんですよ。ところが、私はどういう才能に恵まれたのか、割とよく聞き取れた。あるいは、太田さんが、それでいい、というふうに私に気を遣ってうなずいてくれました。

ほかの委員が、棟居は太田さんの自分たちには聞き取れない発音が聞こえると、こいつはすごいかもしれないというんで、私は非常に司会をやりやすくなりました。特殊な何か司会の能力を持っているんだ、ということで、今日、その太田さんが来てくれたのは大変ありがたい。

あと、この地元出身の西村正樹委員という方が今日来るとおっしゃっとったけど、西村さん、特に壇上に呼び出すわけじゃないけど、今、おられたら手を挙げてもらえませんか。来てないですか。パレードのほうに行っちゃったんですかな。

ともかく、そういういろんな仲間が、みんなすごい人たちですよ。一生懸命議論したんです。頑張りました。

この差別禁止部会というところが何をやるところだったのかというのは、今お話をしたわけです。つまり、障害者権利条約というのがあって、日本はある意味待ったなしです。それに合うような国内の法律の整備をして、そして権利条約に最終的に批准という形で全面的に受け入れる。それを国際社会に主張する。

さっき言いましたように署名という最初のいわば仮契約のようなサインは済んでいます。しかし、本格的に国内で受け入れるというときの批准ということをする、自分の家の玄関からお客さんを家の中に入れるという、その前に今一生懸命やっている、それが差別禁止法のこの部会だったのです。

そして、差別禁止法という名前が決して決まっているわけじゃない。そして、それはいろいろまた議論も必要かもしれないと、先ほど言いました。それはどういうことかというと、右下の4という、今開けてもらっていると思います、表紙から2枚目のところです。

この理念のところです。完全参加と平等というのを先ほど取り上げましたが。

その下に、差別禁止は共生社会を実現するためのものであって、相手方を一方的に非難し制裁する趣旨であってはならない、という、これが実は我々がすごく強調したい点の第1点なんです。

決してこの差別禁止法というのは、禁止をする、何か、例えば罰則を設けることで制裁をかける、そして、社会から差別しているような人たちを追放すると、そういう人たちを抑え込むという、そうやって社会を正しい人と悪い人に分けていくという、こういう、例えばこのホールだったら、どっちがどっちとは言いませんけど、真ん中で線を引いて、こっち側の人はいい人とか、こっち側は悪い人、逆でもいいですよ、そうやって社会を2つに分けてしまうという意味では決してありません。

そういう差別禁止法であってはならないという、そうではなくて、まさにともに生きるという、共生、このともに生きる社会という、立派な看板が吊ってありますけれども。ともに生きるというのは間に線があったらだめですよ。差別する人、される人、いい人、悪い人、差別する悪い人と、差別されるいい人、あるいは差別を禁止すべきだと頑張るいい人、その差別をどうしてもしてしまう悪い人。今なんかタバコを吸う人、吸わない人なんか、吸う人が悪い人で、吸わない人がいい人みたいに社会が二分してきてますよね。

私らのメンバーにも何人かいたんですけれども、そういう、この人たち悪い人、という位置付けを決してしてはいけない。あくまで、ともに生きる。みんなが横一列になるという、これが完全参加と平等ということなんです。

そして、ここが福祉とも違うんだというのを、ちょっとこの冊子で詳しく書いておるわけではありませんが、あるいは意見書そのものにも詳しく書いたわけではないんですが、私が何度か席上で説明したやり方でいうと、例えばラーメン屋さんの行列。今、売れているラーメン屋、行列すごいですよね。札幌も多分何軒かあるでしょう。

そこに、例えば車いすの人が並んでいるとします。しかし、そのラーメン屋の店の親父さんが、パッと暖簾から外へ顔出して、ああいっぱい並んでるなと、これはいいことだと思って、でも、そこに車いすの障害者が並んでいるのを見たら、あんたはこの店、入ったら邪魔だと。例えば10人しか入らない店が、あなたが入ったら3人分とっちゃうから、あなた、だめだ、とかですね。

あるいは、そんなこと言わなくても、入口のところまでようやく行列が進んで、入ろうと思ったら、そこに段差があって、車いすで入れない。だけど、その店の人もだれも、その段を乗り越えるために手伝ってくれない。というふうになったら、並んだのにその時間が、その我慢が全部無駄になるんですよ。

そればかりか、おまえはだめだ、というふうに非常に心を傷つけるやり方で排除されてしまう。

ですから、この差別禁止法というのができたら、じゃあどうなるかというと、今みたいな排除はだめですよ、ということなんです。しかし、だからといって、車いすの、あるいは、ほかの障害者も含めて、一番前に持ってくるとか、優先的に入れるとか、そういうふうな特別待遇かというと、そんなこと言っているわけでもないんです、これは。要するにほかの人と同じ条件で並んでいくと、そして最後に段差があって、障害者が物理的にそこに入れないというときには、スロープをそこで臨時につけるとか、あるいはもっと簡単なのは、ちょっと「よっこらせ」、と押し上げる。

要するに、何か手を貸すということです。それでほかの客と同じように中に入って食べて、お金を払って出ていくという、いわば1人の市民としての当たり前の楽しみが初めて実現できるということですね。

障害がない者はそういうのを気が付いてないんです。だから、どうしてそんな特別扱いしなきゃいけないの、とか、特別なことをしなきゃいけないの、特別に手を差し伸べなきゃいけないの、こっちは忙しいんだ、すぐそういう声が聞こえてきます。

もちろん後で説明する合理的配慮ということなんですけれども、それは何でもかんでもという話ではありません。そういう配慮をしたばっかりに店がつぶれてしまうような、そういう無茶な配慮を求めているわけではないのです。ちょっとのことだけなんです。

だけれども障害がない者からすると、その少しの、例えば、ほとんど気が付かないようなちょっとの段差、これが障害のある人を近づけなくしているのです。そして、あきらめているんです、結局。ラーメン屋で食べたいなと思っても、帰っているんです。しかも文句言わずに帰っているんですよ。

ラーメン屋の親父さんは、そのことを全然気が付いてないかもしれないし、あるいは車いすの人が入ってきたら、狭い店がもっと狭くなって困るなあと思っていたら、帰ってくれて、よかったなと正直思っているかもしれません。

とにかく社会の中にそういう小さないろんな差別的な出来事、でも本人にとってはすごくつらい出来事、たくさんある。差別している側は気が付かないことすらある。こういう、いわば社会の中のいろんなギャップを乗り越えていく、その制度をつくるというのがこの差別禁止法という考え方なんです。

これは先ほど障害者権利条約と言いましたけれども、そういうものを抜きにしても、今、現にこんな差別を受けた、障害があることによって、こんな差別を受けたということで、裁判所に持っていけば慰謝料という形でその差別がけしからん、違法であるということを裁判所が認める可能性は、ケースバイケースですけれども、十分にそういう可能性はあります。何十万とか場合によっては100万円とかですね。

例えば、この小樽のある温泉で、障害者の差別ではありませんが、外国人の差別だというので、温泉に外国人を入れなかったケースで慰謝料1人100万円ですよ。それを私は学生に言うと、学生、「えっ」と言って、そこだけ、それまで、こう、下を向いていたのが、100万ってバッと起きてくる。

どんな、そんなうまい話があるんか、いうふうに目をキラキラさせています。そのときに、もう1回、彼らはあまりちゃんと聞いていませんから、小樽のある温泉がそれまでもロシア人の船員さんがどうも、主な原因だったらしいんだけれども、外国人が温泉の中で酒を飲んで歌を歌ったりして、ほかの日本人客が来なくなるというので、しかし、ロシア人お断りと書くと、またケンカになりますからね。外国人お断り、要するにジャパニーズオンリーという札をかけたんですよ。

そこに外国人、白人の人が、その中の1人は、実は皮肉にもというか、既に日本に帰化をされていて日本国民なんですけど、皮膚の色からしても外見上は外国人だ、こういう方が何人か連れていって、押し問答があった。結局、入れてくれない。それで訴訟を起こされた。で、100万円ですよ、1回温泉に入れなかった。どんな病気も治るすごい温泉かというと、多分、失礼ながらそうじゃないんです、普通のそこら辺の温泉ですよ。

つまり、差別というのは今の裁判の仕組み、今の日本の法律、今の民法だけでも、つまり、この差別禁止法がない、今の状態においても、もちろん今の温泉のケースは外国人差別ですけれども、これが障害がある人お断りという差別でも同じように勝てたことは十分あり得る。障害者が温泉に入ろうとして追い出される。で、100万円という裁判は今でもあり得るんです。

ですから、この差別禁止法が何か今までとまるっきり違うことをしようとしているというと、これは誤解なんですよ。

ただ、むしろ逆に、障害者権利条約というものを日本が国内法として受け入れて、裁判所は権利条約だけを国内法として使うということもできるんですよ。権利条約は憲法みたいなもので、かなり内容はある意味荒っぽいです。だけど、それを使って、今の1人100万円、これをもっとどんどんどんどんいろんなケースで出していくこともあり得るんです、今後。

つまり、差別禁止法というのは、実は、決して障害者の側だけのメリットじゃありません。これは一体こういう障害者との関係でどういうふうに接すればいいのかと。どういうことをやったら違法になって、だけどどこまでなら自分たちの商売の都合で許されるのかという線を引いていくときに、この差別禁止法は一定の基準を、つまり今の民法とか、あるいは障害者権利条約とか、そういうものだけで裁判所がポーンと100万円、急に払えと命じるよりは、ずっと事前の予測が可能になります。

商売をやっている人はおわかりのように、先が読めるというのは、ビジネスをされている方には一番大事ですよ。つまり、こういう場合、これぐらいのことはしなきゃいけない。だったらあらかじめ、例えば、さっきの例で言うと、よっこらせ、と車いすの人を持ち上げる、これが人手が足りないんだったら、ちょっとスロープつくっておけばいい。あるいは段差を最初からなくす設計にしとけば、最初からそうしとけば一番安上がりということも多分多いです。

ですから、ルールがわかってれば、それに対処できるんですよ、これは商売やっておられる方は皆、今までの商売のやり方だって、役所がああだ、こうだ、こういう先例はありません、こういう場合しか認めない、いろんなルールの中で一生懸命ルールに合わせて、どうにかこうにか商売されとるわけでしょう。それで何とか食っていけるわいと。

でも、それは計算が立つということがすごく大事ですよね。だから、急に100万円払えとか言われると本当に困ってしまう。だけど、こういうときには、障害者に対して、いわれなき差別をすると、例えば100万円というような、罰金じゃないですけど、つまり、刑事責任じゃないので罰金というのとは違いますけど、しかし、慰謝料という形で、相手の心の損害、100万円分ぐらいあるんだということで、民事裁判で支払いを命じられる。これはもう、ラーメン屋さんなんかびっくりしますよ。

だけど、事前にルールが決まってれば、スロープをつくっとけばいい。あるいは障害者が来たといって、障害者お断りとか、そういうことはしてはいけない。こうやってルールがはっきりすることはお互いにメリットがあるんです。障害者の側だけじゃなくて、事業をされている方にもメリットがある。

ですから、みんなにとってこれはメリットのある、そういうルールづくり、これが差別禁止法の大きな役割だということで、これがこの4と書いている一番右下の目的、その<1>の行為規範、人々の判断基準の提示と書いています。

どういうときにどうすべきかと。どこまでのことをしなきゃいけないのかという、それが行為規範です。それを守っていれば、基本的には裁判で障害者が訴えを起こしても、ラーメン屋さんのほうは負けないで済む。だけど、行為規範を最初から破っていたら、これは後で100万円払えという裁判が下されても、これはしょうがないでしょう、ということになる。

100万円っていうのはもちろんあくまで、そういう裁判の例が外国人差別のケースでかつてありました、というだけで、常に100万円と決まっているわけではありませんが、しかし、商売上のダメージはいずれにせよ大きいですよ、新聞に出たりすると、100万円とかそういう金額以外のダメージありますよね。

だから、だれも差別的な企業だ、と思われたくないです。あるいは、そんなことをしたくないんです。だけど、どこまでやったら差別になって、どこまでだったら差別という評価をされなくて済むか、その線が非常にわかりにくいです。

で、差別禁止法はその線をはっきりさせる、ということが大きな役割としてあるわけです。

ただ、これは次の5ページ、6ページという、1枚、裏側をめくってもらうと、国の責務、国等の責務というのを左上に書いています。

今さっきの話だと、行列に並んでいる車いすの障害者、それとラーメン屋さん、まさにある意味、弱い民間人同士です。ただラーメン食べたいなという車いすの若者と、それから、最近開店して行列ができて、今日も狭い店内で必死になって働いているラーメン屋のオーナーと、どっちも普通の人同士、そんな別に金持ちとかじゃないし、そんなに権力持ってるとか、そんな人じゃないですよ、全然。そういういわゆる私の人、私人というふうに法律用語で言いますけど、私の人同士の、つまり普通の市民同士の裁判なんです。普通の市民同士の争いなんです。

そういう裁判を横で見ていると、国は何やってんだろうなと。あるいは、自治体の行政は何をやっているんだ。弱い者同士が、言ってみれば、裁判やってケンカをして、どっちが勝っても負けても、なんか後味がよくないなと。やっぱり一番大事なのは国や自治体がやるべきことをやるということじゃないのかと。常識的にはそう思えるわけです。

ですから、もちろん国の責務という、この国等というところで自治体なんかも入っているわけですけれども、これはまず、そういういろんな社会で障害者差別が今まで起きてきた、それがある意味放置されてきたと。でも、それをなくしていかなきゃいけないというので、調査、あるいは啓発をしていく。

さらに、ここが大事ですけれども、ガイドラインをつくる。先ほど、差別禁止法が明確な基準、行為規範を示す役割があると言いました。だけど、それは差別禁止法という法律で全部あんたら書けるのか、書くのか、と思われるかもしれませんが、それは無理です。もちろん東室長は、いや、ある程度できるぜ、と彼は言うかもしれないけれども、本当のガイドラインというのは、もう細かい話なんですよ。

例えば、駅にこういう障害者が来たときには、駅の側はどういう対応をしなければいけないという、しかも、終電が迫っているときと、頻繁に電車があるときとで対応が変わってきたりするかもしれません。そういういろんな状況によって、何をすべきか、何をしなきゃいけない、これは変わってくるべきものです。

これは皆さん方がそれぞれ当事者として、あるいは御家族として、障害者とかかわっておられたら、あるべき一線というか、これは後ですぐ出てくる合理的配慮という言葉に結局かかってきますけど、何をすべきであって、それ以上のことは必ずしも要求されないという、このギリギリの一線というのはまさにケースバイケースでさまざまだ、というのは、皆さんもよく御存じなはずです。

ということで、このガイドラインというのは法律そのもので詳しく書くということではなくて、むしろ法律によって任を受けて、恐らく各省庁のつくる規則ですね、そうしたものの中でつくっていくと。

あるいは、差別禁止部会の上に障害者政策委員会という、国の障害者基本計画の実施状況について内閣総理大臣や関係各大臣に意見する、そういう権限を持った非常に立派な委員会ができています。ここには障害当事者の方もたくさん入っています。この政策委員会、そうしたところがガイドラインづくりにかかわる形になるかもしれません。これは全くわかりません。私、ただ個人としていろんな、今、予想を述べただけです。

ともあれ、差別禁止法の中でガイドラインというものを詳しく書いていくわけではないし、障害者権利条約の中で既にそれが示されているわけでもない。ただ、基本的な考え方、どういう場合が差別なんだという、そこは障害者権利条約においても示されている。そして、差別禁止法についても示すべきだと、この意見書の中でも述べているわけです。

ということで、今、国等の責務というところまで来ました。

ここで、言い忘れてはいかんのは、特に留意すべき領域というのを国等の責務の下のほうに書いています。障害女性というものと、ハラスメント、欠格事由という、3つ挙げましたが、ここでは時間の関係もあり、障害女性ということについて一言だけしておきます。

これはいわゆる複合差別。すごく学校の授業でやるみたいな難しい言葉です。複合というのは合わさる。2つのことが重なる。複合です。

女性障害者を、もちろん念頭に置いている話です。女性障害者は、施設の中で女性差別も残念ながらあるんですよ。で、障害者差別もあるわけです。両方なんです。ですから、普通の障害者に対する差別禁止の考え方では女性障害者に対してはさらに不十分な場合があるということは十分、我々、理解しておく必要がある。

例えば、寝たきりの重度の障害者の福祉施設で、障害者をお風呂に入れる、そういう介助をするヘルパーがシフトの関係で、ヘルパーの勤務時間の関係で男ばかりが3日続くとしましょう。そしたらその間、女性障害者は男のヘルパーに入浴の補助をしてもらうか、それが到底耐えられない、自分は女性なんだと、到底そういうハラスメント的なことは受け入れられないと考えたなら、入浴を拒否する。男性の障害者は3日間毎日入浴サービスを受けられるのに、女性障害者は受けられないということが起きているはずです。

もちろん、施設の側は、いや、男のヘルパーだったら1人で担いで、入浴補助ができると。だけど、女性のヘルパーだと2人がかりでないとだめで、女性が2人という日はなかなか難しいと、いろいろ小さな施設だったら言い訳もあるでしょう、それは。

しかし、結局、この女性障害者はお風呂に入れずに我慢する。しかもそれは男の障害者だったら我慢しなくても毎日だれかが体を洗っているんですよ。女性だからそういうサービスを受けられないという、これは女性だからということで女性差別ですよね。

しかし、結局、まさに障害者だから、そこで物が言えないんです。仮に屈辱的な目に遭って、男性ヘルパーに、もう体がかゆくてしょうがないから入浴を手伝ってもらう、というときには、これはもう障害者だからこんなつらい目に遭うんだという、障害者差別そのものです。

女性障害者の場合、すごく、ですから、問題は単なる足し算じゃありません。これは掛け算です。つまり、例えば、3足す3は6ですけれども、3掛ける3は9ですよね。それだけ問題が重なると、もっと大きくなるんです、単純な足し算以上になります。

というこの複合差別という大きなテーマがありますけど、これも、時間というのか、問題の、時間の関係で、問題の所在というか、こういう問題があるということだけお話をして終わります。

時間がどんどんなくなっていますので、先を急ぎます。

次にそもそも障害とは何かというのをこの5ページの下のほうで書いています。これは既に障害者基本法で機能障害、インペアメント、と横文字で言いますけれども、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)、その他の心身の機能の障害を障害というふうに障害者基本法で呼んでいます。ですから、差別禁止法でも同じ考え方をそのまま引き継ぐということであります。

ただ、ここで気を付けなければいけないのは、この心身の機能の障害というのは、医学的な意味で心身に障害があるという狭い、いわゆる医学モデルというものではないということです。

従来の障害の考え方は医学モデルと呼ばれるものでした。しかし、今、障害者権利条約でも社会モデルという考えに大きく変わってきています。そして、日本の障害者基本法でいうところの機能障害、インペアメントというのも決して狭い医学モデルに限定されたものではないと理解をされておるはずです。

医学モデルというものの何が問題かというと、全部障害者本人の問題と、障害者差別の問題を、あなたは医学的にこういう症状がある、こういう問題を抱えている、だからあなたは普通の学校に行けない、というふうに、あるいは普通に電車に乗れない、というふうに、全部障害者の問題にしてしまうと、これが医学モデルの最大の問題です。

実は障害というのは社会の側がつくっている面が非常に強いわけです。この人は障害者だから、だから施設にいればいいとか、あるいは、この人は障害者だから、こういうことはそもそもわからないはずだと、だから本人に決めさせなくてもいいと、こういうふうに障害者だからという決めつけを社会がしてしまう。そして、これはここにおられる方の何人かの方には失礼かもしれないけれども、例えば、家族でも、うちの子にはこういう障害があるから、だからこれができない、あれができないで、そもそも外に出さないと。

あるいは、お金を出していい施設に入れているから、それで本人が一番いい状態にあるはずだ。こういうふうに決めつけてしまう。

もちろん、本人が満足していればそれで十分です。だけど、問題は全部自己決定ということなんですよ。本人が自分でそれでいいのかと、もっと社会への参加を望んでいるんじゃないか。そのときに家族も含めて社会の側が勝手にある種の壁をつくってしまっている。そういうことはないのかという。

つまり、我々の心の中に実は障害者差別という、あるいはそもそも障害という壁がこちらの心の中にあるんです。という、障害というのは医学的な本人の症状の問題ではなくて、社会的なリアクション、社会の側からの拒絶反応のほうの問題というとらえ方ですね、こちらに世界の考え方は大きく変わってきておるわけであります。

ですから、日本での障害の概念もそういう流れと無関係というわけにはいきません。

障害に基づく差別とは何かという、この6ページ、この今のすぐ下のところ、ここらが、もう時間がどんどんなくなっていますが、先ほどから言っている、この一般論、総論、一番大事なところです。

2本立てなんです。2本立てっていうと、なんか野球のチームのピッチャーみたいですよね、2人、エースがいて、今日はこの人、次はこの人、みたいな、そういう、その2人、どちらかが出ても勝てるよって、この地元チームがどういう野球をしていたか、私は知りませんが、大阪にはもっとあちらの、チームが勝っても負けても人気があるチームがおるので、こちらの事情は知りませんが、不均等待遇、それから合理的配慮の不提供、いずれも差別だという、これを差別禁止法では差別と定義づけると、2つのこういう考えを並べて、差別ですよ、というふうに言うという、こういう立場をとってますと。

不均等待遇というのは、そのすぐ下、障害、または障害に関連する事由を理由とする区別、排除、または制限、その他の異なる取扱い、これは全部不均等待遇ということになります。そして、それはイコール差別ということになる。

もちろん正当な目的があった、そして、取扱いがやむを得ないんだというふうな例外的な場合には、差別には当たらないという、ある種の例外、逃げ道はこさえてあります。

しかし、これはもちろん例外なんです。ですから、障害者だというだけで、違う取扱いをしたら、もうそれだけで差別だということです。それが基本なんです。

こういうことを言うと、特別支援学校どうなの、とか思われますよね。でも、まずは今の一般論を教育の現場に当てはめると、障害があるから特別支援学校というふうに右から左に当たり前のように扱うというやり方は、これは異なる取扱いをしている、まぎれもない事実でしょう、その特別支援学校が設備が立派だ、先生が充実している、いろいろ、いいこともたくさんあるでしょう、だけど、障害者だから違う学校という、異なる取扱い、これはまぎれもない事実ですよね。ですから、不均等待遇、すなわち差別だと。

そして、例えば、障害者を別の学校に集めて教育をするというのであれば、客観的に見て正当な目的があるのか、目的に照らしてやむを得ないのかという、例外なんですから、例外にふさわしいかということが厳しく問われなければいけない。

特別支援学校、100%だめだと、今言っているわけじゃないですよ。ただ、今までみたいな当たり前が、当たり前ではなくなるという、1つずつに説明が必要になってくるという、そういうことを言っている、つまり、原則と例外、これが逆転するということです。

そして、不均等待遇という言葉は、もともとは部会で議論しているときには直接差別、間接差別、関連差別といった3つぐらいの小さな概念、これに分けて議論していました。最後、ひっくるめたんです。あまり厳密に、差を追求して、細かく言葉を分けて考えるよりも、要するに不均等待遇ということで1つにしたほうがいいというので、最後くっつけた。

ただし、直接差別というのはまぎれもなく、障害者お断りというような、障害者だからだめです、という、こういう差別です。

間接差別というのは、先ほどのラーメン屋さんの入口の段差のように、障害者お断りとは書いてないけど、段差があるから、事実上排除されている、こういうのを間接差別。

関連差別というのは間接差別とかなり重なってきたりして、この2つをきっちり区別するというのはなかなか難しいですけれども、例えば本人には障害がない、だけど家族に障害があって、だから結局早く家に帰らなければならない、そういう労働者、これが残業ができないということで差別されると、本人の障害を理由に差別されているわけではないけど、結局、家族に障害がいるというハンデがあって、障害を理由に不利益に扱われているんですね。

こういう障害に関連した差別などが関連差別というものになります。

次の合理的配慮。ここだけ言って、私の話は、もう時間も来ましたし、先ほど予告したように、頭でっかちの一般論だよと、まさにそのとおりになりかけておりますが、時間的にもここで一旦区切らせてもらうということにせざるを得ません。

つまり、この合理的配慮というのが2番目の差別の柱です。これは非常にユニークというか、おもしろい考え方です。今までだったら、積極的に何か、例えば差別的なことをしなければ、それで差別に当たらないという、あるいはほかの人権についても何か余計なアクションを起こさなければ他人の人権を侵害することはないという、こういうふうに、手を出さなければ、自分は加害者にはならないという、ある意味当たり前、そういう考え方でやってきました。

しかし、障害者の場合には、むしろ、積極的に少し手助けするということで、初めて本人が実質的にチャンスを実現できるということがあります。

例えば、先ほどの段差を少し押し上げるという、ちょっとのことなんですけど、例えば、ラーメン屋の親父さんが自分は何も邪魔しないと、あなたに対して一切手を出しません、だから、私は何も悪いことしていませんよね、というのは今までだったらそのとおりなんです。

だけど、この合理的配慮という考えは、それではだめだということなんです。積極的に何かしなきゃいけないんです。あれもこれもするかというと、そうじゃない。合理的という言葉は、まさにリーズナブルな範囲で一定の配慮をするという意味です。

この合理的配慮というリーズナブルな一定の配慮をして一定のアクションを、むしろ積極的に起こして手助けをする、短く言うと手を差し伸べるという、これが義務になる、それをしないという、手を差し伸べるべきなのに差し伸べないと、何もしないでも差別になります。それがこの差別の2番目、合理的配慮の不提供。これももちろん、こんなことしたらうちの店つぶれるとか、いろいろ大変だという場合はあり得るんです。

ですから、過度の負担、ここまでは求めないという、こういう例外をちゃんと用意をしておるわけであります。

以下、合理的配慮をどういうことが具体的にあるかというのを、この8ページというところに書いています。例えば、パニック障害がある労働者についてはラッシュアワーに来なくていいように、勤務時間を少しずらすとか、視覚障害があるお客さんに対しては、大きな字で印刷されたボードのようなもの、これを本人が要求すれば示して案内をするとか、コミュニケーションの特性に応じた会話、例えば、筆談をするとか、いろいろなコミュニケーションの、相手の障害に合わせたとり方をとるべきだと。

それからスロープなんていうのは先ほども申し上げました、音声の読み上げソフトを使うといったことも、視覚障害があるという人がパソコンを使って仕事をしようというときには、音声読み上げソフトを使えば、ほかの労働者と同じような事務仕事ができる、そういうスキルを持っている障害者、たくさんいます。

ただ、雇い主が、そんな特別のソフトなんか用意しない、と言ったら、ある意味、いじわるですよね。そういうのはだめだと、合理的配慮として、ソフト1つ入れて、その人に使わせなさい、そうしたらその人もちゃんと働けると、こういう一定の環境整備をして、あとは本人ができるようにする。

ですから、最後まで面倒見るとか、全然違う特別扱いとか、そんなんじゃないんです。同じ土俵に乗せるために、最初にひと押しするという、それだけなんです。

ここで話、やめますけど、調査ということで、アメリカのワシントン、あるいはニューヨーク、1週間ほどの強行日程でしたが、東室長などと10月に行ってきました。そこで、合理的配慮の費用というのは実はそんなかにかからないということをあちこちの役所で言われました。700ドルとか600ドル、しかも毎月じゃないですよ、最初に労働者を雇ったときに机の高さを調整するとか、こういうソフトを最初にインストールする、そのときの1回だけの支出で600ドル、700ドル、5、6万ですかね、それぐらいの余分な支出で、あとは普通に働いてもらっていると。

で、例えば、障害者用の駐車場なんか、もちろん一番出入りしやすい所に用意しているわけですよ、アメリカですから、会社に皆、従業員用の駐車スペースがあって。だけど、これは別に会社にとっては何の負担でもないんですよ。要するに、ほかの社員がそこにとめるな、と言って、最初にペンキで「障害者用」と書いておけば、それまでは社長がとめていたところも、おまえどけ、といって、障害者のスペースにしとけばそれでいいんです。

あとはそれを、日本のコンビニなんかでよくやるみたいに、障害のない者が勝手にとめていたら、それがそこの従業員だったら、おまえ何だ、といって、そういう従業員、どんどん、点数を悪くして首にしちまえばいいんです。

こうやって、会社はそんなにものすごく負担にはなりません。ただ、一緒に働く者同士、あるいは、身近な同僚とか施設のヘルパーとか周りの人たちが、相手に合わせたちょっとのことをすれば、学校の教師とかですね、それでうまくいくと、そういう少しのまさにギャップを埋めるために、人手を提供する、これをしないと差別になるという意味で、障害者の側からすると、そういう配慮を要求する権利が発生する。合理的配慮に対する権利ですね。これは非常に画期的なことです。

そこは誤解も生みやすい。だから、いろんな場で、ひょっとするとこの場もそうかもしれませんが、決してそんな、無理難題を法律で認めさせようとしているわけじゃないんだという、そういうことを説明をいろいろして回っているということなんです。

ということで、時間をオーバーしました。私の説明は以上です。どうもありがとうございました。

(司会) 棟居快行様、貴重なお話、ありがとうございました。では、皆様、これより休憩とさせていただきます。プログラムの再開は14時30分、2時30分となります。お時間までにお席にお戻りくださいますよう、どうぞお願い申し上げます。

また、皆様には本日御来場いただきましたアンケートの御協力をお願いいたしております。皆様からの御意見を承りたく存じておりますので、アンケートに御記入の上、この休憩中、または閉会後にどうぞお渡しくださいませ。皆様の心よりの御協力をどうぞお願いいたします。

では、プログラムの再開は2時30分となりますので、ごゆっくりお越しくださいませ。

(休憩)

(司会) では、皆様、そろそろお席のほうにお着きをいただきましたので、後半のプログラムを再開させていただきます。

では、ここで、御登壇者の皆様を始めに御紹介させていただきます。では、初めに、障害者政策委員会差別禁止部会部会長、棟居快行様、よろしくお願い申し上げます。そして、続きまして、障害者政策委員会差別禁止部会委員でいらっしゃいます太田修平様、よろしくお願いいたします。

(太田) こんにちは。よろしくお願いします。

(司会) ありがとうございます。そして、内閣府障害者制度改革担当室長、東俊裕でございます。お願い申し上げます。

今回は限られた時間の中でさまざまな方面から御意見を頂戴する趣旨のもとから、あらかじめ御発言をいただく方を指定発言という形でお願いさせていただいております。どうぞ、今回の差別禁止部会の意見について、忌憚のない御意見を賜りたいと存じます。

お名前を御紹介させていただきますので、その場で講演などをお聞きになられた感想や、御意見をいただきたいと思います。

では、初めに、NPO法人理事長、Aさん、どうぞお願い申し上げます。

(指定発言者A) Aと申します。私からはこれまで私が受けてきた差別の体験について述べさせていただきます。

まず、1つ目は、養護学校に通うことになったことです。小学校に就学時は歩いていたのですが、歩けていたので、地域の普通学校に入学をしました。入学し、通っていました。小学4年生のときに車いすを使うようになりまして、授業中にお腹が痛くなり、担任の先生にトイレ介助を数回お願いしたところ「PTAから授業が遅れるから迷惑だ、養護学校に行ったほうがいい」と言われ、母親が精神的につらくなってしまい、養護学校に転校することになりました。

当時は学校内に介助者を配置するという合理的配慮の提供がなかったことで、先生に介助を頼み、結果的にPTAの親たちに差別され、望んでいなかった養護学校に行くことになりました。今も北海道では、介助者の配置はなされていません。差別されずに地域の学校に通うためには、介助者を配置するという合理的配慮の提供が必要不可欠です。

2つ目は国立病院機構に入院したことです。私の家庭は母子家庭で、私が中学生になってからトイレや入浴に介助が必要になり、母親が介助していましたが、そのうち介助するのが大変になりました。当時はヘルパー制度の知識がなく、国立病院機構に入院するしか選択肢がなく、入院しましたが、その病院の考え方は筋ジストロフィーなどの障害者は病院にいなければ生きていけない、地域生活はできないというものです。その病院では就労体験をできるようにして、それを就労支援とする計画はあるという話を聞きましたが、地域に出なければ意味がないと思っています。

私自身は16年前に国立病院を出て、地域で自立生活を始めました。10年前に気管切開の手術を受け、人工呼吸器を24時間使用していますが、現在も自立生活を続けています。私の場合は、みずから医療的ケアに対応した介護事業所を運営し、自立生活や障害に理解のある医療機関に診てもらうことができています。介助と医療体制があれば地域で自立生活はできます。と思います。できています。

国立病院機構では、病院から出ると長生きできないと入所者に言っているため、地域で自立生活を始める人が全くいない状況です。これは障害を理由にした差別になると思います。病院も地域で自立生活できるように支援をするべきだと思います。

介助と医療が受けられない地域もありますが、そこは国や自治体、障害当事者、医療関係者、福祉関係者が連携して、介助や医療体制をつくることが、つくっていくことが必要ですが、つくっていけばいいと思っています。

最後になりますが、間もなく選挙があります。冬場の選挙は北海道では20数年ぶりとなります。障害者は冬場の移動に困難があります。今回の選挙は差別禁止法の対象とはなりませんが、投票は国民の大切な権利なので、選挙権がきちんと行使できるような合理的配慮がされることを望みます。

以上です。

(司会) ありがとうございます。それでは、Aさんからの質問に関しまして、どうぞ、御登壇者の皆様、コメントのほうをお願いいたします。

(棟居) それではこれは棟居が、私の感想というか、先ほどの私のちょっと時間をオーバーした話の最後の辺に合理的配慮と言いました。ちょうどここでAさんがここでつらい経験があったとして、整理をしてくださった、これがまさに、この差別禁止法の格好のテーマというか、教科書事例という言葉があるんです。つまり、学校の教科書に載るような、そして合理的配慮というのはこういうものですよ、ということを説明するときに、わかりやすい例を出したら、みんなすぐわかるわけですよ。

Aさんは別に私の報告の手伝いをしようと思って、こうやって書いてくれたわけではないわけで、彼がこれは実際に受けたつらい経験ですけど。Aさん自身が分析されたように、先ほどおっしゃったように、もし合理的配慮、そして私、さっき言いましたように、決して大げさなものじゃない、ちょっとのことです。それさえ認められていれば、ずっと違った環境の中で彼は学校に行き、あるいは自立した生活を送ると。この国立病院機構、これは基本的にAさんのお話を伺う、それを前提にすればですけど、基本的にはもう、障害者は自立できないと決めつけていますよね。

その病院の中で、とにかく、いわば医療や福祉の対象としていくと、こういう、病院というのはそういうところがありますけれども。そこらにいる人、みんな患者さんと呼ばれて、どこが悪いのかと、顔も見ないで、血液検査のデータだけ見ているという、そういう人間を物のように扱うという癖が医療機関というのはどうしてもありますけれども。

特に、障害者が行くところがなくて、この病院にAさんは入れられてしまったと。しかし、まさにそこで待っていたのは、障害者を物として扱って、君のためなんだ、と言って閉じ込めていくという、こういう一昔前の考え。残念ですけど、一昔じゃなくて今でも続いているかもしれない。そういう考え。これをまさに伝えていただいたということで、私はこれは差別禁止法、頑張らなきゃいけないなと励まされた、いわゆる立法事実という言葉があるのです。

つまり、法律をつくる必然性があるんだという、こういう事実を解決するために法律がいるんだという、いわば切羽詰まった、その法律の基礎になるような事実。立法事実という言葉があります。それを教えていただいたということで、持って帰らせていただきます。ありがとうございました。

(司会) ありがとうございます。ほかにどなたかいらっしゃいますでしょうか。ありがとうございました。Aさん、いかがでしたでしょうか。もし何かございましたら。

(指定発言者A) まず、この体験を参考にしていただければ、と思います。以上です。

(司会) ありがとうございました。Aさんでございました。ありがとうございました。

さて、それでは、続きまして、Bさん、どうぞお願い申し上げます。

(指定発言者B) 差別に関する知的障害の場合、本人に対してお金のことがうまくできない、字が書けない、人の話をうまく理解ができない、自分勝手に言う、合理的配慮がない、病院の対応とかも問題がある。支援者の人の差別。できないこともある、買い物をしているとき、あの人、障害者じゃないの、と言われたりすることがある。急に話したりすることが苦手です。本人の話をわかってほしいです。周りの人、支援者、先生、家族に理解のあるところが、まだまだだと思います。以上です。

(司会) ありがとうございます。それでは、東室長、お願いいたします。

(東) どうもありがとうございます。

Bさんのほうから知的障害者の立場からということで、御意見いただきました。Bさんがおっしゃるように、特に知的障害の人は、様々な面でいろんなことができない、と判断されてしまい本人の意思や潜在的に持っている能力とは別個のところで他人が勝手に決めつけてしまう、そういった扱いをずっと受けてきたんだろうと思います。

障害がなければ、他人が他人のことを勝手に決めるということはありません。なぜなら、自分の人生は、自分が決めるのが本則だからです。本来であれば、自分が決めたことに他人から文句は言われないし、そもそも、他人がとやかく言う筋合いのものではないのです。

しかし、知的障害者の場合、本人はちゃんとした判断ができないから、周囲の人が正しい判断をしてあげることが必要とされてしまいます。そのため、周囲がよかれと思ってやったことが、本人にとっては、自分だけ違う扱いをされるなど、差別的な取扱いを受けることがあるということをおっしゃっていると思います。

それとか、買い物しているときのいじめやからかいの例を挙げられていると思います。部会では、いじめやからかいと差別というのは同じものかどうか、問題となりました。そして、いじめやからかいが、差別の問題とは違う問題であっても、よくない問題であることには違いありませんので、例えば虐待防止法と合わせて、これをなくしていきましょう、といったことが意見として書いてあります。

それと、最後のほうに、周りの人の理解について、言われていますが、周りの人がちゃんと理解するためにも、この差別禁止法をつくる必要があると思います。

何が差別なのか、何が求められる合理的配慮なのか。もちろん、先ほど棟居先生のほうから言われたように、法律だけでは書き切れない、ということで、ガイドラインで詳しく書くといったことが必要だとおっしゃいましたけれども、そういうようなものをつくっていって、多くの人がそれを理解して接するべきだといったことが言えると思います。

Bさんの御意見、ありがとうございます。私のほうからは以上です。

(司会) ありがとうございます。Bさん、いかがですか。

(指定発言者B) これを参考にしてもらえればいいと思うし、あと、やっぱり、本人に対して……本人がやりたいようにしていければいいと思います。以上です。

(東) ありがとうございます、どうも。

(司会) ありがとうございました。Bさんでございました。

さて、それでは続きまして、Cさん、お願いいたします。

(指定発言者C) 私は現在中学2年生です。このフォーラムに参加させていただくことになりましたが、私は障害を持つ人たちの立場や考え、また、それによる差別についてわからないことがたくさんあります。

数少ない経験ですが、今までに私が出会った人たちのおかげで、私自身が学ばせていただいた話と、今、私が思っていることについて少し述べさせていただきます。

1つ目は、aさんとの出会いです。私が通っていた小学校には特別支援学級があり、彼女はそこに通っていました。私の通っていた小学校では運動会や学芸会などの大きな行事のときだけではなく、給食時間や避難訓練、英語の授業など、いろいろなところで特別支援学級の仲間と一緒に活動する機会がとても多かったように感じます。

私は小学校4年生のころ、ある行事でたまたま同じ班になった同学年のaさんと仲よくなりました。初めは余り話したこともなく、私も緊張していましたが、aさんは私と会うと手を振ってくれたり、声をかけてくれたり、スッと手をつないでくれたりと、それから次第に心を通わせることができるようになっていきました。

私は彼女と話す時間はなぜだかとても短いように感じられ、いつもとても元気をもらっているような気がしていました。それは、彼女の明るさと心のやさしさにあるのではないかと思います。彼女はいつも笑顔で、私と話すときも素敵な瞳を輝かせて、とても多くのパワーを私に与えてくれました。

また、どんなときも私の話に一生懸命耳を傾けてくれたり、ゆっくりでも精一杯答えてくれたりしました。私はそんな彼女から笑顔でいることや、何事にも一生懸命取り組むことの大切さなど、気づかない間に多くのことを学ばせてもらっていたのだと思います。

また、特別支援学級のみんなは異学年の仲間とも兄弟のように仲よく、歌や劇ではいつもとてもひたむきに力を合わせて取り組んでいて、その姿に感動したことも何度もありました。

2つ目はyさんとの出会いです。私は3歳からバレエを習っています。yさんとの出会いもそのバレエ教室でした。私より3つ年上の彼女は背も高く、幼いころの私はなぜ同じクラスなのだろうととても不思議に思っていました。

その後、彼女のお母さんから、彼女には障害があることを聞きました。しばらくして私たちの教室では発表会の練習が始まりました。彼女の近くで踊ることになった私は、yさんがわからないところがあったら教えてあげてね、と先生に言われ、自分のことで精一杯だった私は、どうすればよいのか、少し戸惑ってしまいました。

そんな私に彼女のほうから声をかけてくれました。年下の私に、できないから教えて、など、きっと私なら恥ずかしくて言えない言葉だと思います。そして、彼女はとても正直で、まじめで、素敵な人だとも感じました。ほかの人に迷惑をかけないようにと、休憩の間も何度も練習をしたり、質問をしたりと一生懸命頑張る彼女は、人としてとてもすばらしい人だなと思いました。

そして、私自身も何度も何度も繰り返し教えてあげることで、1つのことに対する粘り強さが身についたように思います。

発表会当日、彼女の「いつも助けてくれてありがとう」という温かい言葉のプレゼントと、2人で手をつないで舞台に上がっていった思い出は、教室が変わって会えなくなってしまった今でも私の心の中に深く刻まれています。

私はこのような出会いから、障害を1つの個性と考えることができたらよいのではないかと思います。そして、その個性を1人1人が尊重していくべきだと思います。障害があるからこそ、感じたり思うこと、考えることだってたくさんあると思います。

また、私たちが障害を持っている人たちから学ぶこともいっぱいあると思います。私たちはそんな人たちからいろいろなことを教えてもらい、自分自身の心も豊かにしていくことができるのだと思います。

私は、もっともっとそんな人たちとのかかわりを持つことを大切にしていきたいです。例えば、学校や地域でもっと幅広く、いろいろな障害を持った人たちとかかわる時間や施設が設けられればよいと思います。

このようにして、今はまだなくされてはいない、健常者との境目を同じ人間として取り除いていける、やさしくて暖かい社会になるとよいなと思います。

ありがとうございました。

(司会) ありがとうございます。とてもすばらしいお話をCさんよりいただきました。それでは、どうぞ、お願いいたします。太田さんのほうからお願いいたします。

(太田) 太田です。こんにちは。今のお話、とてもすごいなと思いました。本当に障害が個性で、障害者と健常者の境目のない世の中をつくっていくことが私たちの目標だと思います。

本当に若いのにこんな考え方を持って、すごい、これからすごい楽しみだなと思います。それを感じて、これからもたくさんの人たちと関係を持って、心を豊かにして、いろんな人たちを受け入れながら、成長していってください。

どうもありがとう。

(司会) ありがとうございました。Cさん、どうですか。

(指定発言者C) 今回の私の数少ない経験ですが、それを少しでも参考にしていただければと思います。ありがとうございました。

(司会) ありがとうございました。はい、棟居さん、お願いいたします。

(棟居) どうもありがとうございます。せっかくいい問題提起されたので、先ほどまで1人ずつだったけれども、今、私もちょっと、Cさんの話につなげて、少しコメントをしたいと思います。

それは最後の辺で言われた、障害を個性として、1人1人を尊重していくという、こういう非常に大事な考え方ですね。この1人1人を尊重という、そこがすごく大事で、これは障害のあること、ないことにかかわらず、すべての子どもはみんな、大人もですけど、特にすべての子どもはみんな個性持っているのですよ。

だけど、日本の学校は障害のない子を集めて、同じように教育したがるんですよ。そして、それができない障害のある子たちを別のところに集めるというふうにしたがるんですよね。

結局、日本社会がずっと能率、効率、要するに頑張れと、いっぱい覚えなさいと。だけど、1人ずつの能力をそんなに、実は育ててないんです。これ、私、大学の教師やってるからよーくわかるんですよ。

この中に大学生がいたら申し訳ないけど、奮起してほしいんだけど、大学で難しい試験に受かって、大学生になってですよ、簡単な英会話ができません。それから、例えば、消費税の問題について自分の意見を人の前で堂々と言えません。それが普通なんです。

何をしてきたのかなという、それはお母さんが、小学校のとき、北海道だったら毎日塾に送り迎えで、冬の雪の中で一生懸命の人、いっぱいいるでしょう。その結果が、大学生になって、簡単な英語が使えない、簡単な意見が発表できない。これは1人ずつの個性を大事にしてないんじゃないかなというふうに、残念だけど思ってしまうんですよね。

ですから、障害児教育というだけの問題じゃないんです。障害者の問題だけじゃなくて、教育全体の問題が大きいなと思いました。

それから、障害のない子がすごく学ぶことが多いという、これはアメリカで東さんとこの間行ったときに、アメリカの教育省、日本の文部科学省に当たるところの役所の人がそう言っていました。障害児を普通の学校に入れると、障害がある子の理解度、成績、これ、必ずよくなる。それだけじゃなくて、周りの障害のない子にもいい影響があるというふうに断言してましたね。これはもちろんいろんな工夫があるんでしょう。それとボランティアの人がかなり学校で介助したりしていると思います。

日本とはそういう意味で条件違うかもしれません。でも、みんなにいい影響があるという、それをCさんが日本でもそういうことをやってるよと言ってくれたので、非常に私はうれしかったです、ありがとう。

(司会) ありがとうございます。Cさん、もう一度では、お言葉を。

(指定発言者C) 私が小学校のときにいろいろ体験したことをこのような形で法律などに生かしてもらえればよいなと思います。ありがとうございました。

(司会) ありがとうございました。Cさんでした。

続きまして、Dさん、お願いいたします。

(指定発言者D) Dです。日頃、障害のある方々の自立生活支援、外出サポート、さまざまな生活支援にかかわらせていただいております。

このたび、差別禁止法の実現に向け意見を述べる機会をいただき、改めて職員たちが支援中、社会の中でどのような差別観を感じているのかを聞いてみました。

最も多かったのは、車いすユーザーさんの外出支援中、例えば買い物、映画館、病院の受付、社会生活でかかわる多くの職業の方々がそろってサービスの対象者、消費者としての主体性を障害のある方にはおかず、車いすの方の後ろにいる私たちヘルパーを消費者として認識されています。

例えば路上で営業活動としてティッシュ配りがあります。闇雲に配るのではなくて、綿密な市場調査に基づいて配っているようですが、その市場調査の対象者として車いすユーザーさんが選ばれることはあまりありません。ティッシュをもらえないんだよ、と多くの車いすユーザーの友人が話され、また、職員からも報告されます。

つまり、社会の中では障害のある方を消費者として認識されていないように感じることがあります。

交通機関を利用する場合にも、さまざまな不利益、差別を感じることがあります。電車を利用する車いすユーザーさんの方が、夕方に電車で買い物に出かけたときのことです。目的地の駅がエレベーターのない駅でしたので、電車に乗るときに介助が必要だと伝えました。往路では問題なく介助を受けることができましたが、帰路、再度、駅に向かい利用しようとしたときに、駅員から、この時間は駅員の数が足りないので、タクシーで隣の駅に行ってください、と言われました。

事前の情報提供もないまま、彼女は一駅、タクシーを使わなければなりませんでした。この場合、彼女が電車に乗るために最善を尽くさらなければならないのは彼女なのでしょうか。それとも事業者だったのでしょうか。

車いすユーザーさんが介助者を同行せずに外出することは本人にとっても多くのリスクが伴います。それを実現するために社会は多くの配慮を求められますが、しかし、その配慮は決して社会の負担ではなく、車いすユーザーさんに必要なスペースや時間のゆとりは妊婦さんやベビーカーの赤ちゃんにも必要な配慮だと思います。

もう1つ、発達障害の児童を育てられているお母さんの話です。児童会館では子育て支援のメニューがたくさんありますが、初めて自閉症の子どもと本の読み聞かせに参加したときのことです。

自閉症の特性に、だれひとり、必要な支援を提供する人はいなく、皆一様に無関心を装い、主催者に至っては迷惑顔を隠すことがなかったそうです。汗だくになって、わが子に翻弄される若いお母さんは二度と子どもと出てくることはないと決意したそうです。

地域には子育て支援のメニューが多くあり、若いお母さんの支えになっています。このサービスが発達障害の子どもたちにとって利用しづらい状況にあることは、社会参加の大事な時期を失ってしまうということです。社会の中に合理的配慮が当たり前のようにあれば、差別観や排除という心理にはならないと思います。

最後に、私たち、直接支援にかかわる職員は、支援を通して、社会の差別観を当事者とともに感じる機会が多くありますが、一方で、直接支援であるがゆえに、差別的な行為をしてしまうこともあるようです。その行為に至る原因と常に向き合い、支援者として適切な関係がつくれるように、新人研修、職場研修の機会をつくりながら、パワーバランスのとれた職場環境をつくっていこうと考えています。

以上です。

(司会) ありがとうございます。では、どうぞ、御登壇者の皆様、お願いいたします。太田さんのほうからどうぞ。

(太田) 太田です。今、Dさんのお話を伺いながら、なるほどな、と頷くことばかりで、だから、私は差別禁止部会で委員になり、差別禁止法をすぐ、絶対に通したい、日本の障害者の政策や社会のあり方を根本から変えたいと思っています。

そして、ティッシュ配りのお話ですが、本当にそうなんですよね。私も無視されることが多くて、こんちくしょうと思って、ティッシュ配りの人に、くださいよって、もらうということもしばしば、悔しいもんがありまして、そういう意味から、我々は日々、毎日、戦っていかなくてはならない、戦ってこそ、自分たちの現実は、差別というものがなくなるんだということを、戦わないと、そういうものは放っておかれるんで、まずは自分に戦いありという感じがしています。

そういう戦いの延長線、あくまで延長線として私たちの運動によって内閣府が差別禁止部会をつくってくださり、受け止めてくださって、法律を通してもいいのかなという段階まで来ていると思います。

つくってもいいのかなという段階まで来ていますが、選挙もありますし、法律がつくれるかどうか、非常に私たちは厳しい状況に置かれているということも確かで、そこでもまた戦っていかなければならないと思います。

交通機関の問題、もう、しょっちゅうしょっちゅう、こんなことばかりですよね。自分たちの仕事を行わないで、全うしないで、それを弱い立場にある障害者に次の駅まで行ってタクシーで行ってくれなんていうことは、相手の状況を知らないというか、職務放棄としか言いようがないと思います。

そういう交通機関の問題の中に、あるタイプの電動車いすは乗せないとか、ストレッチャー式の車いすは乗せないとか、事業者、会社のほうの考え方で進められています。そういうことを1つの物差しとして、これはやっぱり社会、法律的にやってはいけないんではないかということを物差しとして打ち出したのに、不均等待遇とか合理的配慮の不提供という差別の考え方を意見ではまとめてますので、これを法律の中で刷り込ませるという展開をやはり全国的に行っていく必要があるだろうと思います。

発達障害の方たちに対する理解というものは、まだまだだと思います。差別の問題は、自分自身のキャパシティとか社会のキャパシティをどう大きくしていき、より多くの方を受け入れることができるのか、それは日本という社会というレベルにおいても、私というレベルにおいても同じだろうと思います。キャパシティを広げていくことが今求められているのだろうと思います。

差別禁止法、仮称ですが、法律ができたとしても、あくまで、それは法律上のもので、完全なものとはならないかもしれない。でも、人間はみんな平等で対等だということが明らかになる、そこで、私たちの意識をも変えていく、そういう作業が今、求められていて、そういうことを必要とされているからこそ、今、差別禁止法が必要なんだと思います。

ありがとうございます。

(司会) ありがとうございます。いかがでしょうか、Dさん。

(指定発言者D) 私の言いたかったこと、言い足りなかったところを全部言ってくださいました。ありがとうございます。たくさんの事業所が今、日本の国の中でありまして、たくさんの介助者がいますが、1人1人きちっともう1度教育をし直して、適切な支援ができるようにしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

(司会) お願いいたします。

(棟居) 一言だけ追加で。とにかく、もう今、太田さんの言葉でも、何べんも戦いという言葉が出てきました。彼が言うから、それは非常に力強く聞こえる。で、彼は戦えるから、彼は強い障害者です。

しかし、障害がある者もない者も、戦わなくていいというのが当たり前でなくては困るんじゃないですか。例えば電車に乗るときに、いちいち、戦うなんていう経験を私自身はしていません。電車っていうのは寝るところです、私にとっては。

で、乗るとき、おりるとき、全部戦ってる、この日本で、戦争してない日本で、毎日戦場に置かれている、そういう人がいる、これはおかしいですよね。ですから、戦いのない社会というのがこういう意味でも本来。戦いはあっちゃいけない。

太田さんが戦わなくていい日が1日も早く来るようにしたい。普通の生活を送って、普通の太田さんでいて、そして、こういうとこじゃない、普通のところで、普通な話ができるようになりたいと思います。

(司会) 棟居さん、ありがとうございました。

Dさんでした。ありがとうございました。

さて、皆さん、この後ですが、ここからは質疑応答のお時間とさせていただきたいと思います。本日御参加いただきました皆様からの御意見をこの場でお聞かせいただければと思います。質疑応答の進行は東室長にお願いをいたしますので、皆様からの貴重な御意見をぜひお寄せくださいませ。室長、お願いいたします。

(東) 担当室の東です。

予定としては、4時まで時間をとってあります。この中でできるだけ多く方に御意見をいただければなと思っております。それで、これまでは1人お話をいただく毎に、こちらからも意見を述べる、コメントを述べるという形にしておりましたけど、できるだけ多くの方に、御意見をいただきたく思っております。まずはどのぐらいの方が御意見いただけるか確認した上で、順次話していただいて、その後でまとめてこちらからのコメントや感想を述べさせていただくという形で進行していきたいと思います。

ということで、この後、御意見述べられたい方はどのぐらいいらっしゃいますか。すみません、ちょっと数えますので、1・・・、11人ですね。では、お1人3分だとそれで33分になりますので、2分ぐらいで何とかお願いできないかなと思います。

それでは、私のほうからいって右のほうの列の方から順次御発言いただければと思います。お名前をいただければありがたいんですが、よろしくお願いします。

(フロアよりEさん) Eといいます。共生社会地域フォーラムにメールで送ったんですけれども、今日ここで発表してくれということなんで、今、この文面、書いてあるのをそのまま読みますので、よろしくお願いいたします。

まず、提言としまして、障害、書くのないから、障害のガイは、看板に書いてある害虫のガイですけれども、これを障碍という、碍子という、電線についている白い絶縁体のあれを碍子といいますけど、あれの碍、これに表記に戻してほしい、というのが提言です。

直してほしい、じゃなくて、戻してほしいというのはなぜなのかということで、理由としまして、旧文部省の国語審議会において昭和31年に碍子のガイと害虫のガイを交換することを指示したというこの歴史的事実から基づいているわけです。

その後、教科書や自伝などは、障害、害虫の害にすりかえられてしまった。それから約55年以上たっておりますけれども、我々国民はそのことによって刷り込みをされてきた。要するに教育等において、害虫の害が正しい障害者の害だというふうに教育されてきたわけですね。

我々障害者というのはスリに遭ったようなもんだという、これはダジャレですけど。ここで笑っていただくといいんだけど。受けませんでしたね。

私が持っている昭和11年発行の辞典には、この碍子の碍しかありません。害虫の害というこの表記はありません。ですから、昭和31年以降の辞典しか、これ、ないはずなんです。

その後、我々障害者は、悩むことになる。自分、障害者は、社会にとって害なのだという、つまり邪魔者なのだという、そういう解釈をする人が少なからずいるという現実を知っていただきたい。

私自身は全くそういうことを考えていなかったんですけれども。ですから、全く悩んではいなかったんだけど、2009年の常用漢字の改定で新聞とかテレビ等で初めてその事実を知って、ああ、これではいけないというふうに思ったわけですね。

我々、私は身体障碍者福祉連合会に所属していますけれども、去年まで害虫の害でしたけど、今年、総会においてこの碍子の碍、正しい漢字に改めました。

それで、今日の冊子にもありますけれども、害虫の害と、それから、平仮名の障がい者という表記が2つされていますけれども、この平仮名で書いたからいいというものでもなくて、これは何か、臭い物にふたをする、そのような対処法であって、根本的な問題解決にはならないと考えております。

この障害を理由とする差別の禁止に関する法制において、まさにその表記が差別に当たると私は考えております。

最後に、マザー・テレサの言葉で締めたいと思います。この世で最もひどい病は、自分は社会の邪魔者で、疎まれた存在だと思っている心です。その病気を治す薬はありません。そして、そのように悩んでいる人や、貧困に苦しんでいる人に対し、恐ろしいまでの無関心さはこの世の最大の悪なんです、というふうにマザー・テレサは言っております。

以上です。

(東) Eさん、ありがとうございました。お次の方、お願いします。そこの、今、手を挙げられた方、お願いします。

(フロアよりFさん) Fといいます。地域で障害のある子の普通学校への市民運動をやっています。小学校の教員、仕事でやってます。

限られた時間ですので、できるだけ端的に発言したいと思います。

教育の場における障害を理由とした差別の問題について、基調講演の中でも若干触れられていました。

帯広市では、今、車いすの子どもたちが介助員をつけて、普通学級に学べるようにようやくなってきています。しかし、今、今年、就学相談受けているお子さんは、知的障害と発達障害があるということで、それでもやっぱり地域の普通学級に行きたいんだということでやっていますけれども、なかなかやっぱり受け入れの体制条件をつくって、すぐつくります、という回答がありません。

やっぱり根底には、今の公教育を貫いている能力主義や適格者主義、この問題をやっぱり問いただすような、差別禁止法の成立が求められているのではないかと思います。

私の子どもが今、中学生なんですけれども、一昨日、このようなチラシを持ってきました。これは、帯広市の校長会がつくっている学力向上プロジェクト委員会というのが、地域ぐるみで学力向上を、ということで、家庭へのお願い、地域へのお願い、で、地域、家庭、学校ぐるみで子どもの学力を上げましょう、今、北海道教育委員会が、とにかく平均学力を全国水準以上にもっていくんだということで、やっていますけれども、これは結局、ペーパーによってはかられた点数学力だけを特化して上げさせようという、非常に偏ったものだと思いますけれども。

こういう行政、あるいは校長会などの動きで、必ずやっぱり排除されていく子どもたちが出てくるだろうと。やっぱりこのような背景となっている今の教育のあり方をしっかり問題視していかなければいけないし、これはやっぱり戦いという言葉がありましたけれども、やはり戦いによって、これは崩していく必要があるだろうし、それに対応するような差別禁止法の内容を求めたいと思います。

以上です。

(東) ありがとうございました。それでは、横のGさん。

(フロアよりGさん) Gと申します。

今日、共生社会地域フォーラムという振り仮名が振っていない、自分たちが今、求められていることは、最低でも振り仮名を振っていく、情報がもらえないということで、今日も指定席という、自分の目の前でもあるんですけど、人目ではわからないというところもあるし、説明してくれればわかるところもあるんですけれども、必ず振り仮名を振れと言っているんですけれども、なかなか難しいところもあるんですけれども、そういうところに説明をしていけばいいのかなと思います。

今日、どうして振り仮名が振れないのか、という説明がなかったと。

それと、今回は今日、共生社会のフォーラムという、申し込んで、資料をもらいたいと、前もって言っているんですけれども、もらえなかった。でも、何カ所から、そういうフォーラムをやっていたのに、札幌ではもらえないのか。今、どこでももらえなかったんだろうか、事前に。前もってもらえないと、自分たちの情報として、差別をされているんではないかと、強く感じています。

知的障害と言われている人も、そうですけど、差別は何か、と急に振られて、学習を重ねてきている仲間たちは、すぐ、差別とは、答えられるところもありますけれども、まだまだ大勢の知的障害の人たちは、そのときに手を挙げられない、どのような差別なのか、どうしてなのかという意味も、なかなか自分たちの中に入ってこれない部分があります。

難しい文章ばっかりもらうと、そこでストップしてしまいます。とまってしまいます。その中でどうやって理解をしていかなきゃならないのか。周りの必要と適切な支援で、関係者がいれば、その都度、説明をしてもらえるんですけれども、1人でいると、そういう文章をもらえるとなかなか理解できません。

なかなかできない事態で、そこでストップして、困っているなと思って、どうやって訴えていけばいいのかということも含めていかなきゃならないんではないかなと思います。

差別禁止法がまだ、これから25年にかけていくと思いますけれども、法律になったときに、もし法律で違反になった場合、どういうふうにしていけばいいのかということです。今まで長い時間かけて話し合ってきたところもあるんですけれども、そういうことをきちんとしていかなきゃならないのではないか。

自分たちは今まで差別されて、今も差別されて、これからも差別されていくのではなく、1人1人わかりやすくしていかなきゃならないのではないか。1人1人が違うものを持っています。1人1人に差別とは何かということを伝えていかなきゃならない。まだまだ知的障害の人たちとか、発達障害の人たち、精神の人たちに対して、まだまだ伝わってはいないのではないかと思います。

以上です。

(東) ありがとうございました。次の方、お願いします。

(フロアよりHさん) 小学校の教員をやっていますHといいます。

ここ何年間かで特別支援という分けられた場での教育に子どもたちがどんどん増えているということもありまして、特別支援の必要な子どもが随分増えているよね、という言い方が、学校の中でされます。

それは、適切な支援を私たちがしなきゃいけないという意味ではなくて、特別な支援を必要としている、イコール、障害者、というような意味合いで言っているような気がします。

同じように合理的配慮についても、その言葉は、学校の現場にも少しずつ入ってきているのですが、特別な配慮というふうに言い換える人がやっぱり多いです。で、特別な配慮の必要な子どもが増えてきているよね、というような言い方にもしなったとしたら、障害のある子をどんどん分けていく方向に流れる可能性があります。

だから、合理的という言い方が言葉のニュアンスがなんかこう、うまく伝わらない、社会的な配慮なんだという意味を伝えるためにはどうしたらいいだろうかと考えます。

それから、私は3年生の担任なんですけれども、読んだり考えたりすることに困難なお子さんがいます。そのお子さんは、テストのときになると100点とりたい、わからない、教えてくださいって私に言います。それで、私は読み上げをして、自分の思ったのを選びなさいとか、そういうふうに促しながらテストをしています。

これで、ほかの子どもたちが、今、何もそれで文句を言うようなことはなく、耳をそばだてて、その会話を聞きとっているようなところもあるのですが、中学校になると、読み上げるということ、ルビを振るということはあるのかもしれませんが、先生とか介助者が読み上げて回答を促すということ自体が公正さを欠く、公平ではないという言い方で拒否をされるときがあります。

配慮をすることが公平じゃなくなる、公正じゃなくなる、というようなことを、そうじゃないんだと、ずるいことではないんだ、これでみんな一緒なんだ、というようなことをうまく説明できるようなものにしていかないと、また、それが配慮をされることによって、不利益を被るような、そういうことがないようにというふうに考えています。

(東) ありがとうございます。では、次の方はこちらの列になりますかね。手を挙げておられましたか、先ほど。はい、では、お願いします。

(フロアよりIさん) 札幌のIです。

今、いろいろな障害者関係の法律が制定されようとしていますけれども。専門学校、障害者のニーズに合わせたいろいろな障害者のいる手話通訳者が必要な人もおります。ですから、その支援者の身分保障を、今のままでは困ります。そういう人材が育っていきません。

ですから、もう少し、身分保障を上げてほしいと思っております。そのあたりの考えをお聞かせいただければと思います。よろしくお願いします。

(東) ありがとうございます。では、この列の一番後ろの方、お願いします。

(フロアよりJさん) 札幌のJと申します。私は保護者なんですけれども、保護者の立場からお話させていただきます。

私は教育についての話なんですけれども、障害に対する差別の中で、やっぱり先ほどH先生もおっしゃっていたんですけれども、場を分けるというのが差別につながっているんじゃないかなと感じています。

今、すごく障害がある子に対しては早期発見とか早期療育ということが進んできていますが、私はそれでもよいと思うんです。療育することに決して反対しているわけではないんですけれども、療育するためには場を分けるという、分けられた場に行かされるというのが、何か当たり前のことのようになっていて、それが小学校に就学するときに特別支援学校とか特別支援学級に進んでいくという道筋につながっているような気がします。

それが、分けられる道に進んでいくのが当たり前なんだよ、ということが保護者に、親に、知らず知らずのうちに植え付けられてしまっているような気がします。

私の子どもは今、小学校6年生で、ダウン症の男の子なんですけれども、地域の学校の普通学級に入学しまして、あと4カ月で卒業を迎えようとしています。今、小学校の自分の息子のことを振り返ってみると、本当に普通学級でやってきてよかったなというふうにすごく実感しています。

どういうことがよかったかというと、大きく挙げると、たくさんあるんですけれども、2つ今思い浮かぶことがあって、そのうちの1つは、息子自身がすごくいろんな体験をすることができた、ということです。普通学級にいて、例えば学校の行事、運動会とか学習発表会とか、クラスのみんなと一緒に力を合わせてというか、一緒にできたことも、もちろん、そういうことを体験したこともうれしいことなんですけれども、私としては、普段の日常生活の中で、例えば放課後、近くの公園に行って、クラスの子たちと一緒に遊んだとか、遠足に行ってクラスの子たちとおやつ交換をしたとか、みんなでいたずらして、集団で先生に怒られたとか、そういう、本当に小学生の男の子が体験できることを、息子も同じことをみんなと一緒に体験できたということがすごくよかったなと思います。

将来のために自立することはもちろん必要なんですけれども、そのために力をつけるというか、小学校のときにそういうことをしているよりも、やっぱり小学校時代にしか体験できないことをこの時代に体験するということはすごく大切なことで、それができたということがよかったと思っています。

もう1つは、やっぱり周りの子どもたちのことで、いろんな場面でうちの息子のことを周りの子たちはサポートしてくれるんですけれども、当然、小学生ですから、それを、例えば合理的な配慮だとか、そういうふうに思っていなくて、当然、やっぱり困っているから助けるというのはすごく自然なことで、そういうふうに感じて行動してくれていることがうれしかったです。

ただ、助けられる一方ではなくて、息子のいいところとか、得意なところをちゃんと周りも理解しているというところを見ていると、すごく息子のことを特別扱いするわけではなくて、本当に当たり前にクラスの一員としてみんながとらえているというのが、小学校普通学級で過ごしてきて、本当によかったなというふうに実感しています。

先ほど、差別している側は気が付かないというお話があったんですけれども、それはやっぱり自分たちの生活とか考え方が、それが常識だと思っているからで、やっぱり相手の立場に立って考えていないということが原因だと思います。

そして、そういう考えを急にやっぱり変えることってなかなか難しいと思います。それをやはり日頃から接していることも気づくことも多いのではないかなと思います。

差別禁止の法律をつくるということも、もちろん、私はすごく必要なことだと思います。でも、それと同時に、やっぱりそういう差別を日常的な生活の中で差別しない人間をつくること、そして何かそういうことに対して敏感に、これは差別なんだということを自然に気づく人をつくりあげることが必要で、そのためには、やっぱり小さいうちから教育の場で分けないで、一緒に過ごしていくということを実現していかなければいけないんじゃないかなと思います。

以上です。

(東) ありがとうございます。それでは、その横の列で、今、手を挙げられている方、お願いします。

(フロアよりKさん) 主に精神の障害を抱えられているメンバーの中での通所施設の職員をしていますKといいます。

2つあります。1つは、私のこれまでの経験の中で、障害を持っているということで、もしくは、疾病を抱えているということで、精神の方なんですけれども、御自分自身が偏見・差別観を持ってらっしゃるという方が結構いらっしゃいます。御家族の方もそうです。

そのために親戚の方に隠していらっしゃったりだとかというのもあって、なんでそういうことが起きてきているのかなということをずっとさかのぼっていくと、やっぱりきちんと病気や障害のことを知らないままに発病なさって、社会で持っている私たちの、一般的な、とよく言われる、悪いイメージだったりとか、怖いイメージだったりとかということが、やっぱり自分自身に向けられていってしまうということが、耳にしているということがよくあって。

私としては、やっぱり、よくわからないままにイメージを持っていたりとか、どうしていいかわからない、ということは結局、無関心や無視につながっていっちゃうんだろうなというのがあって、やっぱり、精神のことだけじゃないんですけれども、障害ですとか病気のことをやっぱり義務教育の中でしっかり国民が学んでいくというか、知る、その病気になってしまうとか、その前に、もしくは生まれる前に、やっぱり、私たちが知っているということがまず一番に大事なことなんじゃないかと。

そこから、またいろんな、今、いろいろな配慮のことも出てましたけど、両方の側面でやっていかなければならないんじゃないかなと思っています。

こういったフォーラムとかもあっても、聞きに来なければわからないわけで、やっぱり、わからないままにしておかないということがすごく大事なんじゃないかということで、そういったことというのはいろんなところで議論されたり話題になっているのかな、というのが教えていただければな、というのが1つあります。

それとこれも仕事の中で出てくるんですけれども、例えば住まいの確保をしたいなと思ったときに、アパートの契約をしようと思ったら、やっぱりそういう障害の方はお断りです、ということを言われることがあります。

それから、病院に入院したい、といったときも、精神の方が、精神の病気じゃなくて、内科とかに入院したいという事態になったとしても、精神の重複を持ってらっしゃる方はうちでは引き受けられない、ということで断られることもあります。

それから、今、私たちの仲間の方が運動してくださっているのですが、法律的に知的と身体の方には交通費の助成制度が適用されているのに、精神の方がまだ適用にならない。そこが国のほうでは適用していいよ、というふうに変わったんだけれども、事業者のほうが財政負担を理由に入れられないというふうになっちゃっているというような、そういった問題というのも、やっぱり差別なんじゃないかと私は思うんですが。

そういったことっていうのはどういうふうな議論がなされているのか、ということで、ちょっと2つ質問です。

(東) ありがとうございます。それでは、その前の方になりますか。最初から手を挙げられた方を優先してマイクを渡していただけますか。

(フロアよりLさん) Lと申します。今のこの列、この列というのはどこの列を動いているのかというのがすごく不安でした。視覚障害です。

今回、いろいろとお話を聞かせていただいてありがとうございます。

視覚障害の場合、その障害に伴っての問題は、情報がないための移動と、それから文字情報にかかることが一番です。私自身は今、この差別禁止法ということとの絡みで言えば、商品役務というところで、商品にかかわる情報とか、契約の履行に関して自分で文字が、名前とかがサインが難しいという問題で、どういうふうにするのが一番差別のない状態になるのかというところの追求というか、問題にしているんですが。

例えば、そういうことを含めて、今、視覚障害の場合の問題は、と言ったように、ここから1つ質問なんですけれども。いろいろこういう意見書が出てきて、総則があって、その中での具体的な各則の中で、商品役務とか情報とか公共施設とか教育とか雇用とかっていう、こういう分け方があるんですが。

一方でやはり、障害別っていうと、今の時代に逆行するように聞こえてしまうのかなと思うんですが、いつも思うのは、やはり障害の中で1つ1つの障害別というんじゃないですけど、私、やっぱり、感覚機能障害っていうのと、運動機能障害っていう形で問題を考えていかないと、その差別の問題、考えていかないと、見えない部分があるんじゃないかなといつも思うんです。

ちょっとこの2つだけでいいのかどうかは、いろいろな障害の方がいらっしゃるので、もっともう少し分けられなきゃいけないのかもしれないけど、そういう機能の部分と、やっぱり運動部分と感覚機能とは、すごくいろんな違った性質の問題が出てくるので、そういう形の分け方というのもどこかで1つ1つ見ていっていただきたいと思うんです。

というのも最後に、今回のこの意見書などを内閣府さんのほうでホームページにアップしていただいているわけですが、なかなかこのPDFファイル、ダウンロードはできたとしても、なかなかこれを私たちが、随分パソコンが進んだとはいっても、すぐに音声で読むことができず、このPDFファイルをいろいろとしなきゃならないということで、何人かの視覚障害者が内閣府さんのほうにお電話させていただいたり、いろいろしていたんですが、なかなか対応していただけないということがありました。

それと、ですから、そういうことをぜひ、やはり、すぐに各障害者、それぞれの形で情報が伝わるようにしていただきたいなと思うのが1つと。

もう1つは、今日、例えば、アンケートがあったんですが、このアンケートも、記述するところがあるんですが、アンケートのどこに書けばいいんだろうと思うわけです。私はこれをあえて差別というふうにはちょっと呼ばないように考えてみました。恐らく、この点字の資料を用意していただいたわけですが、点字というものは普通の文字のようにアンケート用紙の中に書き込むことができない、ということを、もしかして御存じないんではないかというふうに思ったりして、そういう意味で、やはり、どういうことが差別かということを考えたときに、それに伴って、それぞれの分野での知識というか、点字というのは、こういう普通の、もう書かれてしまったものには、さらに書き込みができないという性質があるとか、そういうことも含めた、やはり、ことを知っていただいた上で、対策をとっていただかないといけないのではないかと思います。

すみません、まとまりませんでした。以上です。

(東) ありがとうございます。

それでは、一番向こうの列になりますかね、ここから言えば、左側の方お願いします。

(フロアよりMさん) Mと申します。

私は小中学校のときにいじめに遭いました。ばい菌とも言われていました。文字も読めないのでいじめられました。学校の屋上から上から飛び降りたいと思ったことも、自殺を考えたこともありました。親には知られたくない、話をしたくなくて、心配をかけたくなくて言えませんでした。

特殊学級で3年間勉強を頑張ってきました。友達はできませんでした。養護学校に行き、クリーニングに就職をしました。最初はチビと呼ばれたり、メガネザルと言われていました。30年間住み込みで仕事をしてきました。いじめのことを話をしたら、我慢するか、やめるかと言われたこともありました。やめることも考えたこともありました。養護学校の先生は3年目から来てくれませんでした。学生時代に療育手帳や年金のことを教えてもらえなかった。仕事をやめるときに手帳や年金を申請を作業所の人に手伝ってもらえました。

自分が会社をやめることができたのは支援者がいたからできました。役所や療育手帳、年金や印鑑証明書、住所変更の手続きが難しくできませんでした。支援者があればできました。まだ難しいことがいっぱいあります。でも、支援者があればできるようになります。

今は札幌でアパートで独り暮らしをしています。月曜日から金曜日までヘルパーさんに来てもらっています。掃除や洗濯を手伝ってもらっています。外出のヘルパーさんとカラオケやボーリングに行っています。今の社会はわかんないです。内容に入っていますか。以上です。

(東) ありがとうございます。これで当初、手を挙げられた方は終わられたんですかね。ちょっと後ろのほうが見えないんですが、あと何人かいらっしゃいますかね。お2人。3人ですか。今、50分ですよね。それで、余り時間もありませんので、すみませんが、短くお願いします。それでは、お願いします。

(フロアよりNさん) Nです。9歳のときに知らない間に入所施設に入らされました。私は、18歳まで、児童施設にいました。その中でちょっと友達や先生にも声をかけられても、なかなか自分自身からは言葉が出なくて、一生懸命しゃべろうとするんだけど、なかなか自分の気持ちからは言葉が出なくて、何回も施設の保母さんに声かけられるんだけど、なかなかかけづらくて、私はどうしゃべっていいのか、見当もつかなくて。

私、施設を出て、就職して、そして29年間、勤めてました。そして、ちょっと2009年にお仕事をやめたいという話を職員に話をしたんですけど、なかなかやめさせてくれなくて、それでちょっと札幌にお姉さんと、そこの共生舎の支援になっている人が旭川に来て、何とか話にのってもらって、決めて、そして札幌に去年引っ越してきました。

それで、それに施設にいたのと仕事をやめたことには、差別には入っているのか、私はわかりませんが、その中に入っているのか、教えてください。終わりです。

(東) はい、ありがとうございます。

最初から手を挙げられておられたその方から。お願いします。

(フロアよりOさん) Oです。仕事はアルミとビールと缶とスチール回収です。出かけるとき本屋さんの買い物と百均とCD屋さんとデパートとテレビ塔と・・・とへいった。センターの作業はティッシュと、テレビ、・・・と園芸とクッキーです。センターと千歳・・・と地域交流祭りと、それから人権セミナーとピアカンと・・・と総合センターと、コンベンションセンターで・・・する。それから、地下鉄とバスと電車JRに乗った、JRの地下鉄のときにマナーを守って乗った。以上です。

(東) ごめんなさい、もう一度、お名前、何とおっしゃいますかね。

(フロアよりOさん) O。

(東) Oさんですね。

(フロアよりPさん) Pです。

国等の責務に関して、関係機関職員等に対する研修や人材育成というところなんですけれども、ケアホーム、事業所、グループホームとかそういうところの資本とか社会整備してもらいたいです。なぜなら、地域で暮らしていくために、障害者が、なぜそれが必要かというと、親は子どもの扱いがわからないから、病院や施設に預けてしまって、わからないという、本人、子どものことを。

一方、地域でそういうところに機関に子どもを預けたいとか、預かってもらったりとか、行ったりとかしている人たちは地域でいろいろな情報をもらって暮らしていて、情報をもらって合理的配慮という言葉を東さんから聞いたのは、大体3年前だったと思いますけど、そういうことも言われる前に知っていた人たちが多かったということです。やっていた人たちが多かったということです。

施設とかそういうものをできるだけでなくてなくしていって、そういう社会を目指していくことこそ、差別禁止法とかそういうものに沿う形だと思います。

(東) Pさん、ありがとうございました。

これで全部終わりましたかね。いいですか。ありがとうございました。

かなりの方から御意見いただきましたので、時間がなくなってしまいました。1人1人にお答えする時間はないと思います。それで、総括的に全体として何か御感想があれば、いただければありがたいのですが。

(棟居) 一言ずつ、じゃあ、言います。全体というと、また自分のを飛ばしたと思われるかもしれない。全体の印象というより、一応ノートテークしているので。

最初のEさんの漢字の問題。これはもちろん大変残念ですよ。しかし、これは屁理屈というやつなんだろうけど、社会的障壁と、社会の側が障害をつくっているという今日の理解からすると、害虫は社会の側の、我々の差別をする側の心の問題という意味で、何十年かたったらいつの間にかこの害虫の害のほうが実態に合ってきているかもしれません。これ非常に皮肉ですよね。これは私の感想で、本来、碍子のほうに戻したほうが私もいいとは思います。

ただ、何やかんやあるんでしょう、いろいろ、この国語の字がどうだこうだ、いう場所が別にあるんでしょう。

続いて帯広のFさん、小学校の先生で、能力主義、教育のあり方全体の問題。私もそう思います。これ、学習指導要領が別なんです。障害者、特別支援学校用の学習指導要領は別で、そっちだけは個別の配慮みたいなことが書いてある。特別扱いの根拠になっている。それで、いわゆる普通科学校、学級の場合はむしろ全国均一というか、能力主義ですよ。そういう大きな教育の問題、御指摘のようにあると思いました。

3人目、Gさん。それで、今日、振り仮名もないと、大変申し訳ないと思っています。

これはやはり知的障害というのは、例えば、視覚障害と同じように、例えば視覚障害のある方に対する情報保障と同じように、もう1度情報保障というのを確立した考え、あるいはスキルというか、そういうのができないもんかなと思います。これは教育をしている個人のより早く、よりわかりやすく伝えるというのはだれに対しても利益があるので、思いました。

それからHさん、小学校の先生。特別支援のほうに回される子どもが増えているという傾向が逆にあるという、これは非常に残念で、合理的配慮が言葉としていいのかどうかの問題もあるんでしょうけど、ずるい、というふうにとらえられかねないという、これは丁寧な説明が必要なんだなと思った次第です。

それから、札幌のIさんという方。身分保障を支援者に対してきっちり与えてほしいと、人材ということの育成の問題。これ、ボランティアではやっぱり追いつかないんだろうなと思います。しかし、ボランティアがもっと増えて、しかも、なんかすごいことやってる、じゃなくて、当たり前のことを当たり前にやると、自分もいわばいつか面倒見られる側、社会で支え合いの、今、支える側、いずれは支えられる側という、こういうふうに意識が広まれば、支援者の層は厚くなる、その中で優秀な人も出てくるというのを私は期待したいです。個人的には。

ただ、資格づけ、身分保障、これがないとうまくいかないというのが日本の現実かなというのはまさに同感であります。

それからJさんの障害を持つお子さんの保護者であるということで、場を分けてしまうというのは非常に残念で、御自身のお子さんはいろんな体験ができてよかった。

これは御自身のお子さんだけではなくて、周りの子どもが自然にサポートする習慣がついている。その周りのお子さんらにとって非常によかったんじゃないでしょうか。というのは、これはさっきも最初に言ったように、権利条約というのは世界の標準です。ですから、日本でいわゆる受験競争を勝ち抜いて、いい大学、いい企業に入った子どもらがいずれ海外に出ます。そのときに外国に行ったら日本では学校で習わなかった障害の問題、接してこなかった障害のある人も、そこら中にいて、政府機関にもいるわけです、たくさん。

で、つき合い方がわからないと、結局、日本のビジネスマンとしては、損得という言葉は嫌だけど、損するということなんです。これも含めた教育をしなきゃいかんということだと思いました。

それから通所施設の職員をされているKさんですけど、精神障害の方の場合、御自身で障害に対する差別意識というものを持って、隠すとか、あるいは知らないということがあって、周りも、やはり義務教育できっちり教えていくべきだというのはまさに同感であります。

ただ、教えるというときに、何か特別なものだという教え方では逆効果なので、教育現場を信用しないわけじゃありません、私も教育の一端におりますので、教え方を上手にしなければいけないんだろうなと思います。

それから、アパート契約、それから精神病患者が内科で入院できないとか、こういうもの、これは障害だからというので不利益な扱いをすると、不均等な待遇だということで、先ほど申し上げた不均等待遇ということになる。

ただ、この契約自由という、つまりだれと契約するかが特にアパートの大家さんなんかの場合にあるんだという、今まではそれが強固な壁になっていわれなき差別が、客を選んでいるだけなんだ、ということでまかり通ってきました。

これを突破していくというのがこの差別禁止法の1つの大きな課題としてあります。

続きまして、視覚障害をお持ちのLさんですけれども。非常に深いことをおっしゃいましたよね。つまり、感覚機能障害と運動機能障害、これを区別すべきだと。感覚機能障害のほうの情報保障と、これを非常に重視すべきで、感覚障害の場合、をお持ちの障害者に対しては。運動機能障害の方に対しては、私もさっき、車いすの人の例ばっかり挙げましたけれども、その際、忘れがちなのが感覚機能障害。例えば視覚障害というような方に対する情報保障というのを改めて痛感させていただいた次第であります。

それから、Mさん。小中でいじめを受けられたと、自殺をお考えになったこともあるという、大変つらい思いをされたということで、今はヘルパーさんが来て、ということで、一人暮らしをされているということですけれども。30年間住み込みでずっと我慢されて頑張られたということですよね。時代がなかなか追いついてこなかったということもあるんだろうけれども。結局、物言わぬ障害者、物言わぬ少数者、こういう人がどんどん排除されたり、我慢させられたりという。

これ、今日来てないけれども、札幌出身の委員で、西村正樹さんという、車いす障害の方が、常に足を踏まれているんだということを、この会議でもよく言っていました。つまり、我々というか、障害のない者が気が付いてないうちに、ずっと足を踏んでるんだと。でも、声を上げられない、上げても聞いてないという、そういう意味で、障害のない側が、それこそ聞く耳持ってないということですよね。

それで、現代において、こういう、どこの第三世界じゃ、という状況が現にある。大学で人権を教えている者としては非常につらい現実でもあります。差別禁止法でこういう人が障害があるからといって、まず場所を移され、別の所に行く、おまえはこっち、と言われることがなくなるはずなんですよ、少なくとも。当然のように別扱いにはならないはずなんです。

だから、こういう事態が解消していくことを願っているわけです。

続いて、Nさん。9歳で知らずに施設に入れられて、18歳まで児童施設だったと。自分からなかなか話ができないという、話しかけられても話ができない、友達ができないという。

これはやはり自分自身が受けてきたことは差別なんだろうかという、非常に切実な問いを最後に残された。これは御自身で置かれた状況を理解できないままに、しかし、どんどんどんどん周りが、9歳で施設に入れると、18まで児童施設であるとか、あるいは29年間、お勤めになったんですかね。やめたいのにやめさせてくれない。

全部周りが決めてますよね。これは差別と言わずして何かなと思いますけれども。どこをほぐしていけばよかったのかというと、やっぱり、本人に丁寧に状況を説明して、本当にとれる選択肢を、ちゃんと複数の選択肢を示して、本人が何を望んでるのかという、こういう自分に選択の自由、自己決定という、この保障がなかったということです。これがやはり一番よろしくない。

どんな人生でも自分で選んでおれば、ある程度人間は納得できます。けど、いつの間にかそうなっているという、そこが一番つらいんじゃないでしょうか。

続いてOさん。この方、ちょっと私が非常に聞き取りがよくできてない。けれども、非常にセンターの作業場で頑張っておられると。しかし、多分、いろんなところで、JRとか地下鉄とかおっしゃったと思うんですけれども、恐らく情報保障、つまりコミュニケーション、意思疎通がうまくいかなくて、多分もう、仕事場でも、おまえはこれをやれ、というふうに一方的に指示をされて、本人の意向とか何ができるとかいうのを一切聞いてもらってないんじゃないかという、これは想像ですけどね、そういう状況というのは、それまでの多分教育の場なんかで、この人にこういう教育をして、こういう能力を伸ばしていくとか、あるいはこういう選択肢があって、こういうことをすればいいんじゃないかという、それがなかったかなという、これはちょっと、私、よく、正直聞き取れてないんで、想像ですけれども、Oさんの話を聞きながら思いました。

Pさんという方は、グループホームということを強調されて、施設をそもそもなくすべきだという。もちろんすぐになくならんとか、施設が必要な人もいるとか、いろんな反論はあるんだろうし、そういう反論にも一理があるのかなと思いますけれども。

やはり、自分たちで、という、これは非常に大事ですよ。この差別禁止法というのは、その1つのツール、武器です。つまり、人に決められるんじゃなくて、自分で決めるんだ。決められる状態に、でも今まではいかしてもらえない。例えば、段差があるとか、あるいは、そもそも排除されるということで、自分で選ぶというところまでいっていないわけですよね。

それをグループホームでお互いの障害があって、できないことを補い合いながら、みんなで自立していくと、一人暮らしが無理な人でも複数が集まって、お互いにかばい合いながら自立する。そしたら、自分で選ぶことができるという、これは将来そうなるべき方向だと思います。

意見についてはもう、これ、基本的に内閣府がお金出して、お役人に挟まれて、私、言っておるので、太田さんは違うけれども、個人の私の意見です。ただ、司会をやっていたんですけれども、最初は中立というか、整理だけと思っていましたが、ある程度意見を言わないと議論も進みませんので、私が途中からいろいろ言いましたが。

もちろん全体の意見の中でどうなのかというのは、意見書がすべてで、私が今何かを言っても意見書の内容が変わるわけではありません。その点は御容赦ください。

しかし、差別禁止法ができたら、今言ったようないろんな議論が前向きに可能になるというのは事実だと思います。

(東) ありがとうございました。では太田さん、お願いします。

(太田) もし、差別禁止法ができたならば、今、皆さんがいっぱい、たくさん提示されたことを、差別禁止法の中で定められた差別という考え方、定義ですね、定義に従って差別なのか差別でないということを相談できる苦情解決の仕組み、委員会を身近なところでつくりたいなというのが部会のまとめです。

それは政府からそういうところにいろんな相談をする、分け隔てのない社会、分け隔てなく言いたいことを言うことをしっかり、そういう場で相談をして、解決を図る、図りやすくなる、これが差別禁止法のポイントだろうと思います。

ぜひ、作っていきましょう。

(東) どうもありがとうございます。時間、若干オーバーしておりますが、最後に私のほうからも少しお話させていただきたいと思います。

今日、本当に多くの方々から御意見いただきました。本来であれば、30分ぐらいで、すべてを聞きましたということで簡単に終わらせるべき話ではないと思っております。1人1人の発言が非常に重要な問題提起でありますし、それに1つずつ丁寧に議論をして答えていくという作業が本当は必要だと思います。

ただ、現実的には時間が来ておりますので、これ以上続けていくことはできません。いただきました御意見につきましては議事概要という形になるかとは思いますけれども、ホームページのほうにアップする予定です。御意見の中で、例えば具体的に今日の持ち方にしてもいろいろ問題があるんじゃないか、という御指摘がありましたし、部会の意見のまとめについても、こういった視点が足りないんじゃないかという御意見もありました。

ただ、やはり、1つ言えることは、まずは差別禁止法をつくっていくことが大事だと思います。皆さん方の御意見を今聞きながら、この点はもう少し議論して、部会意見としてまとめていただければよかったなというところも感じます。しかし、まずは、差別禁止法というものを、不十分であるにしても、やはり、法律としてつくり上げていく。その上で、それを、差別を解消していくものとして使っていくことが求められていると思います。それでまた足りない部分があれば、よりいいものにしていくという、そういう努力が必要とされているのではなかろうかと思っているところです。

最初に、御挨拶で申し上げましたけれども、来年の通常国会に新しい法案として提出することを目指していくということで、内閣府も現在、準備中ではあります。ただ、御存じのように、障害者基本法の改正、総合福祉法の制定、そして差別禁止法の制定という、障害者制度改革の大きな3つの課題に対して、これまでどれだけきちっとできてきたか。特に前の2つは既に具体的な形になっているわけですけれども、必ずしも十分でないという御批判をいただいているところです。

この差別禁止法にしましても、部会の意見どおりにできるのかどうか、それ自体が大きな課題であり、これからどうなっていくのか、わからないところも多いわけです。

ただ、この差別禁止法の制定に関しては、全国的にどこへ行っても作るべきだという意見に変わりはなかろうと思うのです。そういう、地域の皆さん方の意見を受けて、担当室も頑張っていきたいと思っておるところです。これで、今日の地域フォーラムを終わらせていただきたいと思います。今日は本当にありがとうございました。

(司会) 太田さん、棟居さん、そして、東室長、ありがとうございました。

以上をもちまして本日のすべてのプログラムを終了とさせていただきます。御発言をいただきました方々、本当に貴重な御意見、ありがとうございました。まだまだ言い足りないことが多いかと存じますが、御意見、御感想は本日のアンケートでも受け付けておりますので、御記入をいただきますよう、皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

最後までお付き合いいただきまして、まことにありがとうございました。

皆様、ありがとうございました。それでは御順にお出口のほうにお進みをいただいておりますが、皆様にはアンケートの御協力をいただきたいと存じます。貴重な御意見を承りたく存じておりますので、アンケートに御記入の上、お近くのスタッフまで、どうぞ、お渡しくださいますよう、お願いいたします。

また、帰り道、非常にお足下が滑りやすくなっておりますので、お気をつけて御自宅のほうまでお戻りくださいますよう、お願い申し上げます。

ありがとうございました。

[了]

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