〜平成20年度入賞作品〜
【中学生部門】 ◆優秀賞
心できく
私には今、スキーで出会った小学五年生の友達がいる。そのSちゃんのお父さんは耳に障害をもっている方だ。
二年前の冬、小学6年生の時のクラブでの練習のことだ。Sちゃんはお父さんを連れて練習に来ていた。その日の練習は基礎練習で、比較的緩い坂を一人ずつ滑り最後にコーチからコメントをもらうというものだった。Sちゃんが終わりSちゃんのお父さんの番。Sちゃんのお父さんはとても丁寧な滑りをする人だった。滑り終わりSちゃんのお父さんがコーチからコメントをもらっている時、私は妙なことに気がついた。コーチが「こうしたらいいですよ」と言っていても、相づち一つ入れずに黙ってコーチの方を見ていたからだ。話し終わっても、一言も返事をせずにただうなずいて、Sちゃんの方を見て何かしていた。私はSちゃんのお父さんにわずかだが怒りを覚えてしまった。私たちのチームは返事・挨拶にとても厳しくて、コーチのコメントに返事をしないのはありえなかったからだ。そして、ロッカーやリフトで会った時、私が挨拶をしても返事をしてくれなくて……。正直、とても悲しかったのを憶えている。その日からS
ちゃんのお父さんを避けぎみになってしまった。
ところが去年こんなことがあった。私は中学生になって初めての新人戦に出た。中体連の全道で転んでしまい、悔しさにのまれながら出ていた試合だった。コーチに仕事があり来てもらえなかったので私の親友Aが付いてきてくれることとなった。Aが私のウエアーを持って下に降りたのを見とどけてからスタートラインについた。するとあの人がいたのだ。Sちゃんのお父さんがこっちを見てくれている。話もしたことのない人が応援に来てくれた? びっくりしたが少しあたたかい気持ちになった。
「勝つ!絶対に」そう思いスタートをきった。結果、私は最後の五mのところで転んでしまい、涙をのんだ。なぜSちゃんのお父さんが来てくれたのか、後でSちゃんに聞いたところ同じ日にSちゃんの大会があったので、その後に私の応援に来てくれたらしい。負けたのは悔しかったけど、Sちゃんのお父さんが見に来てくれたのは、正直うれしかった。思っていたほど嫌な人ではないのかもしれない。それまでの不快感は消えていった。
私がSちゃんのお父さんの障害を知ったのは最近のことだ。Sちゃんが私たちのチームをやめると聞き、Sちゃんの家に遊びに行った時のことだ。Sちゃんから直接、「お父さん、耳が聞こえないんだ」と話してくれた。私は、自分はなんて無知なんだろう……。なんで勝手にSちゃんのお父さんに怒ってたんだろう……。本当は私と同じにスキーが好きな人だったのに。相づちが打てないのは当たり前だし、Sちゃんと手話でコミュニケーションしないと、コメントの意味もよくわからないのに……。と思った。自分が非難していたことに対して、なんともいえない罪悪感を抱いた。
私はこの日「ありがとう」という手話を覚えた。Sちゃんは手話が使えなくても目を見て、そして、心で伝えあい、心で聞き合えば思いは伝わるよ。と話していた。
私はSちゃんの家を出るとき、Sちゃんのお父さんに精一杯伝えた。「ありがとうございます」と。
Sちゃんのお父さんに私の思いは伝わったのだろうか? でもSちゃんのお父さんの心の声は聞きとれたような気がした。
耳が聞こえていても、心を閉ざしていれば大事なものは聞こえない。大切なのは心をやわらかく開いておくことなのだ。自分の意見を伝えるだけじゃなく相手の思いをキャッチすることが「心の伝えあい」になるのだと思った。