〜平成20年度入賞作品〜
【高校生・一般市民部門】 ◆優秀賞
働く喜び
私は大学生だった十年前、統合失調症になった。大学は一年で退学し、その後、五年間デイケアに通った。しかし次第に自分が家族やスタッフに甘えているのではないか、と思うようになり、アルバイトをしようと考え始めた。
そこで、パン屋で働くことにした。しかし上司同士の人間関係が悪く、相手のいないところで悪口を言い合うということが何度か続き、私自身がどうつきあえば良いのか分からなくなり、辞めた。
その後、精神障害者が働く喫茶店で働いてみることにした。お客さんが立て込むときは何人いても手が回らないぐらい忙しいが、逆に暇な時にはメンバーと、とりとめのない話をして過ごしていた。自分の生活のことや趣味など話せるようになっていき、年賀状を出したりする人もできた。そんな人間関係を築く練習の場にもなった。それでも慣れるに従って、スタッフが考えた方針に疑問を持ち始め、そこで働くことに悩み出した。
そんな時、今のJ会社を紹介され、勤め始めた。仕事の内容は、いわゆる「食堂のおばさん」の少し若い版である。食堂のお昼の準備、片づけ、その他は工場の手洗い場やトイレの掃除だ。入社当時は、食堂・トイレ・手洗い場がとにかく大きく見えた。こうして入社して二週間経った時、疲れからか肺炎になってしまい、一週間休みをもらい、その後、何とか復帰した。
数ヶ月経った頃、一人の女性が出産した。そこで食堂にお昼集まる女性達でお祝いをあげようと話し合っている雰囲気を感じ、「私も入れてもらえますか?」と声をかけると、「大石さんもいいの?」と言われ、皆も驚いたようだったが、お祝いの仲間に入れてもらえることができた。今までの自分では、このような時、言えなかったが、自分から積極的に言えるようになった。
又、食堂を掃除していると、「よっ!」と言って手を挙げてくれる上司や、ゴミ捨てに行く途中、リフトに乗っている従業員が、「暑いねー。早く仕事終わってビールでも飲みたいね」と言ったり、「食堂はすぐにゴミが溜まるらー」と声をかけてくれる人もいる。そうかと思えば、手洗い場の下をホウキで掃いていると、「ネズミ払いでもしてるの?」とからかうおじさんがいたり、この暑さの中で汗を流しながら掃除をしていると、「ありがとう」と言ってくれる上司もいて、どんなに疲れていても、それらの言葉に励まされ、頑張ることができる。そんなちょっとした心遣いが私にはとても嬉しく思える。
今年の社員旅行は、ディズニーランドへ行くことになった。しかし私は一人ぼっちになってしまうのではないか心細かった。でも「バスも隣に座って、中も一緒に回る?」と言ってくれる人がいて、安心して乗りものもショッピングもバスの中も楽しむことができた。
又、毎年行われる忘年会も参加しているが、最初はどこに座ればいいのか、何を話せばいいのか、ビールを上司に注いだ方がいいのかドキドキしていた。しかし皆、自分で注いで飲んでいて、上司を気にする必要がなかった。その時は、課長が司会をし、私は自己紹介するだけで、後はウーロン茶を注文していた。変に気を使うこともなく皆と楽しめ嬉しかった。
他にも女性の一部でお食事会があり、話題についていけるか心配だったが、「大石さんいつも仕事でお茶入れてるじゃん。皆にお茶入れてくれる?」とおばさん達に言われ、私は声をかけられたのが嬉しく、お茶を入れた。この会も和気あいあいとしていて笑って楽しめた。
いつしか私は自分が精神障害者という事を忘れていた。
そんな折、今年六月から私と同じ就労支援センターからSさんが入社して来た。同じ仕事だが、私は一週間続けて働くと疲れるので、水・土曜日はSさんに出勤してもらうようになった。しかしSさんは精神的に良い状態で始めた訳ではないので、会社の交換ノートに何も書いてはいけない、と医者に言われ、仕事上不都合な点が出てきた。そのことをめぐってジョブコーチと私との関係もうまくいかなくなった。矛盾を感じる事も多く、私のストレスは溜まる一方だった。
そんなある日、それを知った会社が、交換ノートの他に、私とSさんにそれぞれノートを用意してくれた。”仕事で困った事、その日にあった事など何でも構いません。どんどん記入して下さい。”と表紙に書かれていた。そのノートをもらった時、私の気持ちを会社は理解してくれたんだと思った。書くことにより、会社と意思疎通ができ、私のストレスは無くなってきたと感じている。このように会社でノートを用意してくれる事は私達が「障害者」だからではなく、障害が無くても同じ事をしている、と会社から聞いている。
こうして働くことによって困難な問題にぶつかることもあるが、人とふれあうことに働く喜びを感じている。