【高校生区分】 ◆優秀賞 石川 李津(いしかわ りづ)

社会の良心を信じて石川 李津(学習院女子高等科2年 東京都)

私が電車通学を始めたのは小学生になったときでした。駅のホームに立つと、スピードを保ったままの電車が目の前を通過し、風が衝撃波となって顔を叩き、手を伸ばせば車体に届いてしまうほどの距離の近さに、「これは普通のことなの。みんな何とも思わないのかしら。」と、疑問と恐怖を感じていました。

それからまもなく、JR目白駅のホームから視覚障害者の方が転落して亡くなるという痛ましい事故が起きました。この駅は私の小学校が附属する大学の最寄りで、学校行事の際に利用する身近な駅だったので、事故には衝撃を受けました。やはりこの状態が「普通」ではいけなかったのです。私たちは何をしておかなければならなかったのでしょうか。事故後、ホーム内側を示す内方線付き点状ブロックとホームドアの整備が進みましたが、対策はまだ万全ではなく、視覚障害者が犠牲になる事故は近年も続いて起きています。

今年の五月一日の毎日新聞で、全盲の記者の方の、電車と接触し、生死の境をさまよった体験に関するコラムを読みました。

電車のとてつもない力に引きずられながら、私は「もうだめだ!」と死を覚悟した。(中略)半年近く病院のベッドに横たわりながら、ずっと頭から離れなかった光景がある。ホームの端に向かっていると気づかず歩を進めていた私は、そばをすれ違う何人かの気配を感じた。しかし、呼び止められることはなかった。電車に引きずられながら「自分は社会から見捨てられたんだ」と悲しくなった。

この文章に触れて、私は自分がその場にいるかのような錯覚に陥りました。彼の歩みに気づいていながら、その先に何が起こるか想像できなかったのか。自分が動かなくても誰かが動いてくれると見て見ぬふりをしていたのか。もし私が居合わせていたら、咄嗟に動けたのか。視覚障害者の方に声をかけなかったこと、大けがをさせたこと以上に、社会に見捨てられたという絶望感を抱かせてしまったことに、その場にいた人たちと同様に、自分にも社会の一員として責任があると感じました。この記者の方にお詫びをしたい気持ちでいっぱいになりました。

いつもは新聞を読んで情報を受け取るだけの一方通行ですが、今回は居ても立ってもいられなくなり、初めて新聞社にコラムへの自分の思いをメールで送りました。また、その記者の方は過去に盲導犬を使用されていたとのことだったので、我が家ではずっと保護犬の預かりや里親のボランティアをしていること、今後、引退した盲導犬、あるいは盲導犬になれなかったキャリアチェンジ犬の里親ボランティアをして、まず自分にできる具体的なことから視覚障害者の方を支えたいと思っていることもお伝えしました。

すると思いがけず、コラムの執筆者ご本人の佐木理人記者から私に直接メールが届きました。感想を送ったことへのお礼と、盲導犬のボランティアの面からのサポートは嬉しく、私からのメールを励みに執筆を続けるとのメッセージをいただきました。

視覚障害者の方と直接交流させていただいたのは初めてのことでした。まだ実際には何も行動を起こしていない自分へのお礼の言葉には面映ゆい気持ちもありましたが、今まで私の中で「視覚障害者」という漠然とした概念であったものが、それぞれの方の人生という、形あるものとして見えてきた気がしました。

私は佐木記者の活動について調べてみました。日本で唯一の点字新聞「点字毎日」の記者として、視覚障害者を取り巻く問題を取材し、障害の有無を超えて、「共に暮らす社会とは何か」について考えるきっかけを提供なさっています。点字毎日の創刊は約百年前、その目的として初代編集長の「発刊の言葉」に「これまで盲人に対して眠れる社会の良心を呼び覚まさんとする」とあります。「眠れる社会の良心」という言葉が私の胸に響きました。彼らは、一人の独立した市民として社会で活動する視覚障害者を支援するためだけでなく、晴眼者、つまり視覚に障害のない人びとの意識を変えるためにも活動しているのです。私たちの中には必ず良心があって、まだ眠っているだけなのだ、と信じてくれているのではないでしょうか。

事故後ベッドに横たわる佐木記者に、交通局の人は、
「あなたがどうして立ち入り禁止と書いてあって、通常人の行かないホームの端に進んでいったのか理解しかねます。あなたの事故について、私どもには一切過失はありません。」
と言ったそうです。この発言の方が理解できないではありませんか。悔しさ、悲しさ、むなしさに震えた佐木記者は、この後地下鉄の運営側に過失を認めて改善することを求めるために、法的に戦っていきます。しかしその根底には、こうした取り組みが「だれもが自由且つ安全に移動できる街づくり」の実現につながっていくという、社会の良心、私たちの心を信じてくれている気持ちがあるのでしょう。そして私はその期待に応えたいと心から思います。

佐木記者の事故は二十五年前、目白駅の事故は九年前、その頃から比べると視覚障害者を取り巻く環境は改善したのかもしれません。ところが今、新型コロナウイルスの感染拡大にともない、接触と会話を避けるこの環境は、人の心という点で逆行してしまっていると感じます。ペットが感染したと報じられると盲導犬に無理解な視線が注がれ、社会的距離が見えない視覚障害者が距離を詰めてしまうと、心ない態度を取られるという相談が絶えないそうです。彼らと共に生きる私たちは、今の彼らのより困難な状況を想像、理解し、社会の良心を取り戻さなくてはなりません。彼らは私たちを信じてくれているのですから。