【高校生区分】 ◆優秀賞 木下 花乃(きのした かの)

ありがとう木下 花乃(筑波大学附属聴覚特別支援学校高等部1年 千葉県)

私は重度の難聴者だ。会話をする上で、口形を読み取り、声と合わせて変換することで初めて相手の伝えたいことが分かる。私はこのような理由から、初めて会った健聴者たちには自分から「口を大きくはっきり動かして欲しい、呼ぶときは肩をトントンと叩いて欲しい。」とお願いしている。そうするとみんな「あぁ!ちょっと待っててね。」と言ってすぐに紙とペンを取りに行ってくださる人、マスクを外して声も口も大きくしながら伝えようとしてくれる人、スマホに字を打って見せてくれる人、様々な方法で難聴者である私に伝えようとしてくれた。その度に嬉しいという気持ちの反面申し訳ないという気持ちを覚えた。

私が小学生の頃、よく遊んでいた健聴者の女の子がいる。その女の子は、同じマンションの下の階に住んでいて、毎朝新聞を取りに行くときに会うことが度々あった。その当時健聴者に対して大きな恐怖心と不信感を持っていた私はその子に目も合わせず、通り過ぎていった。ある日学校帰りの途中で、地域の小学校に通っているあの女の子に会った。たくさんの友達に囲まれながら、楽しそうに、「じゃあ三時に○○公園集合ねー。」と遊ぶ約束を取り付けながら私の前を颯爽と通り過ぎた。同じ学校の友達が近くに住んでいなかったその当時の私は「学校が終わっても、友達と遊びに行けるなんて」と純粋に羨ましいなぁと思っていた。家に着いて、母に頼まれた郵便物を取りに行こうとしたら、またあの子に会った。変わらず通り過ぎようとしたら、なんとあの子から初めて話しかけられたのだ。「さっきいたよね?一緒に遊ぼう!私、Sって言うの。あなたは?」比較的聞きやすい声で話してくれたので言っていることが全て把握できた。嬉しかった。話しかけてくれたのが。遊ぼうと誘ってくれたのが。「私は花乃。遊…びたい。」と答えたら、ひまわりのようにさっきの友達にも見せていたあの笑顔が返ってきた。そういえば、さっき遊ぶ約束をしていたあの友達はどうしたんだろう、気になった私は聞いてみた。「さっきの友達は大丈夫…?」そうしたら、あっけらかんと「断ったよー、それよりもずっと前から私は花乃ちゃんと遊びたかったんだ。」と恥ずかしそうに言ってくれた。びっくりした。そして立て続けに無垢な目で「そういえば耳に着けているのなーに?」と人工内耳を指してきた。私は黙り込んでしまった。怖かった。どんな顔をするのか。引かれてこのまま終わってしまうのか。障害のことを自分から話したことも、初めて友達になってみたいと思ったことがなかった。でもそれ以上に話してみたい、友達になりたいという気持ちが強かった。「私、耳が聞こえないんだ、だからこういうのを着けているんだ。」こう言い、恐る恐る顔を上げたら、「そうなんだ!じゃあどんな風に言えば伝わるんだろう。」と次々と提案してくれた。「嫌じゃないの?友達になってくれるの?」と反射的に聞いた自分がいた。「そりゃあ最初はどんな風に話せばいいのか分からなかったけど、嫌じゃないよ。むしろ嬉しい!また明日も一緒に遊ぼう!」と言ってくれた。一刻も早くお母さんに言いたくなるぐらい、飛び上がりたくなるぐらい本当に嬉しかった。こんな私でも受け入れてくれる人がいるんだと。高一になった今でも鮮明に覚えている。それからは、毎日遊んだりと仲良くなるまでに時間はいらなかった。自然とSの姉妹を始め、友達とも遊ぶようになった。そしていつの間にか健聴者に対する恐怖心、壁がなくなっていった。今は引っ越ししてしまって、以前と比べると会える回数は減ってしまったがたまにこっちに遊びに来ると、話が止まらなくなるぐらいずっと話している。その子のおかげで、今私はこうして健聴者の人に自分から障害について説明したり、友達もできた。本当にSには感謝しかない。ありがとう。

その子に出会えてから考えたことがある。それは、私自身も最初は自分とは違うヒトに対して恐怖心や、壁を感じていた。しかし自分とは違うヒト、すなわち健聴者の立場になって考えてみると、おのずと同じような発想になるのではないか。お互いに自分とは違うヒトだと思い、拒絶し、遠ざけ、自分から壁を作っていたのだ。しかし、お互いに理解したい、友達になりたいという気持ちがあれば案外難しくないのかもしれない。これからも自分から積極的に自分の障害について説明していこうと思う。大学など新しい世界も生まれ、きっと上手くいかないこともあるだろう。それでもたくさん傷付いて、成長していきたい。