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9.調査結果のまとめ

 本調査により、これまで情報が極めて乏しかった各国の障害者権利条約の実施、国内モニタリングの実情について多くの情報が得られた。本調査で収集した情報を基に、対象国横断的に整理すると、本調査の結果として、以下の各点を挙げることができる。

(1)各国の障害者権利条約実施体制について

 本調査の対象国5か国のうち、締約国でないアメリカを除いた4か国の状況を見ても、各国の障害者権利条約実施体制には基本的な構造において、かなりの相違が見られる。イギリスでは障害者問題担当室が中央連絡先と調整のための仕組みを兼ねており、また、オーストラリアでは調整のための仕組みが指定されていないと思われる。
 また、調整ための仕組みの主体も、各国で大きく異なっており、ドイツは障害者に関する連邦政府弁務官という役職を、また、韓国は障害者政策調整委員会という、政府及び民間関係者による非常設会議体を、それぞれ調整のための仕組みに指定している。
 このように、障害者権利条約の実施体制、特に調整のための仕組みについては、各国それぞれの実情を反映して、国ごとの差異がかなり大きいといえる。

(2)条約の実施と監視にかかわる各機関の関係

 アメリカを除く本調査の対象国では、いずれも、中央政府・連邦政府に1つ又は複数の中央連絡先が指定され、国内モニタリングの主体の1つである独立した仕組みについては、国内人権機関が指定されている。
 ただし、今回実施した現地調査によれば、中央連絡先と調整のための仕組み、そして独立した仕組みの関係は、国によって考え方がかなり異なることが分かった。
 ドイツは、各機関それぞれが担う役割を厳密に解釈する傾向があり、特に独立した仕組みの独立性が強く意識されている。このため、独立した仕組みであるドイツ人権機関国内監視機関は、中央連絡先はもとより、障害者に関する連邦政府弁務官や障害者団体等との関係についても、厳しい原則を設けて厳密に運用を行っている。
 一方、イギリスでは、中央連絡先と調整のための仕組みを同じ組織が担っていることからも分かるように、条約が求める各機関の役割分担等をドイツほど厳密なものとは解釈せず、各機関が適切に協力することによって、全体として障害者政策を良い方向に導くことが重要と考えられている。
 このように、障害者権利条約の実施及び監視にかかわる各機関の役割や相互の関係については、現状では明確な共通モデルがあるわけではなく、各国の考え方に従って、様々な形態が模索されている状況と考えられる。

(3)包括的な最初の報告の作成プロセス

 包括的な最初の報告の作成には、どの国においても、障害者個人あるいは障害者団体の何らかの関与が見られるが、その時期や関与の程度は国によって大きく異なる。イギリスやオーストラリアでは、報告作成のための調査の段階で、障害者団体からの意見収集が行われ、その後も段階ごとに意見交換の場が設けられた。一方、ドイツでは、包括的な最初の報告への障害者個人や障害者団体の関与は、極めて限定的だったと見られる。
 また、報告草案に対するパブリック・コメントが多くの国で行われたが、市民社会等から寄せられた意見の取扱いにも国による違いが見られる。オーストラリアや韓国では、寄せられた提案の一部が報告に採り入れられたが、イギリスでは、それらは付録という形で本文とは別に収録された。

(4)基本計画とモニタリング指標の整備

 本調査で得られた情報からは、各国における障害者政策の基本計画やそのモニタリング指標等の整備状況は、少なくとも各国が障害者権利条約を批准した時点においては、国によって相当の差異があったことがうかがえる。
 調査対象国のうち、整備が最も進んでいたのは韓国であり、1998年から、障害者政策基本計画と関連統計の整備・拡張が進められてきた。このため、韓国では、障害者権利条約の実施で重視されたのは、既存の基本計画の枠組みと障害者権利条約の枠組みとの整合を図ることだったと考えられる。
 一方、ドイツでは、障害者政策全体をカバーする戦略や基本計画、障害者の状況を示す統計が、条約批准の段階ではほとんど整備されていなかった。このため、ドイツは条約批准後、障害者政策の総合行動計画である国内行動計画(NAP)を整備し、その中でも特に、障害者統計の整備を重点テーマの1つとして積極的に進めてきた。
 イギリス、オーストラリアでも、条約批准後に新たな障害者基本戦略や基本計画の策定が進められた。これらの計画策定では、同時に、モニタリング指標が具体的に設定されており、データに基づくモニタリングの基盤が各国で整備されつつあるといえる。

(5)独立した仕組みによるモニタリング

 独立した仕組みは、包括的な最初の報告の作成や基本計画等の策定に、何らかの形で関与することが多いが、そのかかわり方は、前述のとおり、国によって差異がある。また、各国の独立した仕組みは、中央連絡先や調整のための仕組みと継続的な情報交換を行っているが、全体として、障害者権利条約の実施に対する影響力はそれほど大きくないと考えられる。
 ただし、オーストラリア及びドイツの独立した仕組みは、障害者権利委員会に対し、独自の報告を提出している。また、ドイツでは2015年にも提出が予定されており、障害者権利委員会への独自報告の作成と提出が、独立した仕組みの重要な役割の1つになると考えられる。ドイツ人権機関からの情報によれば、この報告は障害者権利委員会から各国の人権機関に対して求められたもので、提出のタイミングは、障害者権利委員会の事前質問事項及び最終見解の準備の時期である。つまり、各国政府が提出した最初の報告に対する障害者権利委員会の審査プロセスの中で、独立した仕組みからの情報提供が求められているものと考えられる。

(6)市民社会によるモニタリング

 市民社会によるモニタリングの重要な取組が、パラレル・レポートの作成である。調査の結果、このパラレル・レポート作成の状況についても、国によって状況に大きな違いが生まれていることが分かった。
 調査対象国のうち、オーストラリアとドイツは、既に市民社会がパラレル・レポートを完成させ、障害者権利委員会に提出している。一方、イギリスと韓国では、パラレル・レポート作成の動きはあるものの、今のところ報告は発表されていない。
 このうちイギリスでは、政権交代によって中核障害者団体を含めた障害者団体が大きな影響を受け、パラレル・レポート作成の動きが中断したことが現地調査で明らかになった。イギリスの市民社会では、パラレル・レポート作成に向けた新たな体制づくりが進んでいるが、今のところパラレル・レポート発表の明確な予定は示されていない。こうした面での取組の継続性をいかに確保するかは、我が国の条約実施においても考慮すべき課題の1つだと考えられる。

 本調査で明らかになったのは、各国が進める障害者権利条約の実施と国内モニタリングは、決して画一的なものではなく、様々な模索を伴って進められているという実情である。
 障害者権利条約の実施について先行する国々におけるこれらの取組を参考として、我が国においても国内モニタリングの基盤整備や、障害者政策委員会の取組の具体化を進めていく必要がある。

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