平成25年度 障害者権利条約の国内モニタリングに関する国際調査調査報告書(要約版)

1.調査の目的と背景

 平成26年1月に我が国が批准した障害者の権利に関する条約(以下「障害者権利条約」という。)で求められる条約実施の国内モニタリングについて、諸外国における国内モニタリングの実施状況を把握することにより、我が国における国内モニタリングの適切な実施に寄与することを目的として本調査を実施した。

2.調査の枠組み

(1)調査事項

i) 障害者施策に関する基本的な枠組み(関連組織、法令、基本計画等)
ii) 障害者権利条約の実施体制
iii) 国内モニタリングの実施状況

(2)調査対象国

イギリス、ドイツ、韓国、オーストラリア、アメリカ(5か国)

3.調査手順

 調査対象国の関連資料収集・整理を行うとともに、イギリス・ドイツの現地調査を実施した。また、専門家による調査研究会を設け、調査方針の検討、資料・情報の分析や考察等を行った。

4.イギリスにおける障害者権利条約の実施と国内モニタリング

障害者政策に関する基本的な枠組み

 2010年に発足したキャメロン政権下で、新たな障害者政策の基本戦略「Fulfilling Potential: Making It Happen」が2013年に策定された。Fulfilling Potential: Making It Happenは、障害者権利条約の実施を強く意識した内容となっている。

障害者権利条約実施の関係主体

中央連絡先:障害者問題担当室(Office for Disability Issues : ODI
調整のための仕組み:障害者問題担当室(Office for Disability Issues : ODI
独立した仕組み:平等人権委員会(Equality and Human Rights Commission : EHRC)他
 障害者問題担当室は、イギリスにおける中央連絡先と調整のための仕組みを兼ねている。
 独立した仕組みには、イングランド、スコットランド、北アイルランドにそれぞれ設置されている人権委員会が指定されている。

国内モニタリングの状況

 包括的な最初の報告は障害者問題担当室が中心となって作成し、各省庁との調整、各地方政府との調整を行った。また、障害者問題担当室は障害者団体と定期的な会合を持ち、意見を収集した。報告の草案はパブリック・コメントに付され、障害者団体の他、独立した仕組みも意見を提出した。

 政府の国内モニタリングは、Fulfilling Potential : Making It Happenに枠組みが示されている。分野別に設定した指標によりモニタリングを行い、労働年金省が報告書を発行、それに基づき社会正義内閣委員会が監督・評価を行う。このプロセスには障害者団体等が関与することになっているが、戦略の実施は2014年から開始されるため、現時点では詳細は不明である。

 市民社会は政権交代により大きな影響を受け、それまで進めていたパラレル・レポート作成の動きが中断した。現在、複数の団体が新たにネットワークを形成し、パラレル・レポートの作成を進めているが、パラレル・レポートは地域別に作成され、イギリス全体で1本にまとめたパラレル・レポートにはならない見通しである。

5.ドイツにおける障害者権利条約の実施と国内モニタリング

障害者政策に関する基本的な枠組み

 連邦労働社会省が責任組織となり、2011年に「連邦政府国内行動計画(Der Nationaler Aktionsplan der Bundesregierung : NAP)」を策定した。連邦政府国内行動計画では、12の施策分野について連邦政府の基本方針、個別措置および計画のリストが記載されている。

障害者権利条約実施の関係主体

中央連絡先:連邦労働社会省(Bundesministerium fur Arbeit und Soziales
調整のための仕組み:障害者に関する連邦政府弁務官(Beauftragter der Bundesregierung fur Belange behinderter Menschen
独立した仕組み:ドイツ人権機関(Deutsches Institut fur Menschenrechte
 障害者に関する連邦政府弁務官は、政府内の調整だけでなく、市民社会と政府との接点や、地方政府等への情報伝達等の役割を持つ。弁務官の下には、関係機関の代表、障害者の代表等で構成する包容諮問評議会と4つの専門家委員会が設置され、連邦政府弁務官への助言を行う。
 連邦政府から独立した機関であるドイツ人権機関の中には、障害者権利条約の独立した仕組みの役割を担う専門部署(障害者権利条約国内監視機関)が設置されている。

国内モニタリングの状況

 包括的な最初の報告は連邦労働社会省が作成した。障害者に関する連邦政府弁務官および市民社会は報告案に対する意見表明を行ったが、作成には関与していない。障害者権利条約国内監視機関は報告の形式面について助言を行ったが、独立性を担保するため、内容面には関与しなかった。

 連邦政府行動計画には、信頼できる数値的指標の確立がわれている。これに基づき統計指標の整備が進められ、2013年連邦政府障害者報告では多数の数値データが掲載された。

 市民社会では2012年にBRK連盟という連合体が結成され、パラレル・レポートを作成して2013年3月に障害者権利委員会に提出した。また、障害者権利条約国内監視機関は2014年3月に独自の報告を障害者権利委員会に提出し、2015年2月にも独自報告を行う予定である。

6.韓国における障害者権利条約の実施と国内モニタリング

障害者政策に関する基本的な枠組み

 韓国では1998年に最初の障害者政策総合計画を策定し、以後5年ごとに改訂を行い、現在は第4次障害者政策総合計画の実施期間にある。計画の対象領域は当初は比較的限られていたが、次第に拡大され、現在の総合計画は障害者権利条約に対応した幅広い領域をカバーしている。

障害者権利条約実施の関係主体

中央連絡先:保健福祉部障害者政策局
調整のための仕組み:障害者政策調整委員会
独立した仕組み:国家人権委員会
 障害者政策調整委員会は、国務総理直属の非常設会議体で、障害者や障害者団体の代表を主要メンバーとしている。国家人権機関は2001年に発足した独立組織で、常任委員会の他4つの委員会が設置され、障害者差別是正委員会が独立した仕組みとしての業務を主に担当している。

国内モニタリングの状況

 包括的な最初の報告は保健福祉部障害者政策局が作成した。国家人権委員会は、報告草案を事前に検討・議決して意見表明を行った。また、障害者政策調整委員会が草案の審議を行った。障害者団体も草案に対し意見を提出し、その一部は報告に反映された。

 政府のモニタリングは、基礎的な障害者統計の他、障害者実態調査(3年ごとに実施)、障害者差別禁止法の実施実態モニタリング調査等のデータが用いられる。

 国家人権委員会も独自の実態調査を行うことが根拠法で定められているが、障害者政策総合計画との連動性が薄いことが課題とされている。市民社会では「国連障害者権利条約NGO報告連帯」を創設してパラレル・レポート作成を進めており、2014年7月に国連に提出予定である。

7.オーストラリアにおける障害者権利条約の実施と国内モニタリング

障害者政策に関する基本的な枠組み

 障害者政策の基本戦略である「国家障害者戦略(National Disability Strategy 2010-2020 : NDS)」を2011年にオーストラリア政府間評議会(Council of Australian Governments : COAG)で決定した。国家障害者戦略は、障害者権利条約の実施を強く意識し、6つの成果領域で政策実施の考え方を示している。また10年間の実施期間を3つのフェーズに分け、実行計画は各フェーズ別に発表するとしている。

障害者権利条約実施の関係主体

中央連絡先:法務省(Attorney-General’s Department)、社会サービス省(Department of Social Services)が共同中央連絡先となっている。
独立した仕組み:オーストラリア人権委員会(Australian Human Rights Commission : AHRC)
 オーストラリアでは、調整のための仕組みが明確に指定されておらず、包括的な最初の報告にも記述がない。

国内モニタリングの状況

 包括的な最初の報告の作成は、法務省が担当した。報告作成に当たり連邦政府と州政府は広範な協議を行った。連邦政府は複数の段階で市民社会に対し見解を求め、その意見・提案を踏まえて報告の作成・加筆・修正を行った。また、オーストラリア人権委員会とも協議を行ったことが報告されているが、詳細は不明である。

 国家障害者戦略の進捗については、オーストラリア政府間評議会に設置されたコミュニティ・障害サービス常任委員会が2年ごとに報告書を作成し、オーストラリア政府間評議会に報告する。この報告には、領域別に設定された国内動向指標のデータが含まれる。また、2012年には国家障害者戦略の実施に関する問題について意見表明を行うレファレンスグループが設置された。レファレンスグループには、障害者・介助人・家族の代表が含まれている

 市民社会では、主要な障害者団体がネットワーク組織を作り、2012年8月にパラレル・レポートを障害者権利委員会に提出した。オーストラリア政府はパラレル・レポート作成に対し、資金援助を行った。また、オーストラリア人権委員会は、障害者権利委員会から情報提供を求められたため、2013年3月に独自報告を作成し国連に提出した。

8.アメリカの障害者政策とモニタリングの枠組み

障害者権利条約の批准、実施報告の状況

アメリカは、障害者権利条約を批准していない。

障害者政策の枠組み

 アメリカでは、総合的な障害者政策の基本計画は存在しない。障害者政策全般に関わる法律として「障害を持つアメリカ人法(Americans with Disabilities Act : ADA)」、「リハビリテーション法(Rehabilitation Act)」がある。

国内の実施体制

 アメリカ合衆国政府において、障害者政策を総合的に担当する組織は存在しない。障害を持つアメリカ人法は、各分野での実施に責任を負う連邦政府機関を個々に定めている。

障害者政策のモニタリング

 障害者政策全般のモニタリング機関として、全米障害者評議会(National Council on Disability : NCD)がある。全米障害者評議会はリハビリテーション法に基づき設置された独立機関で、障害者施策に関わる多くの機関、障害者団体、障害者個人等から情報収集を行い、得られた情報を分析して、障害者政策に関する年次報告を大統領と議会へ提出する。年次報告は、資料調査とインタビューをベースとしており、モニタリングのための体系的な指標は設定されていない。

 この他、障害者に対する職業リハビリテーションの効果については、教育省リハビリテーション・サービス局(Department of Education Rehabilitation Services Administration : RSA)がモニタリングを行っている。リハビリテーション・サービス局は、評価基準とモニタリング指標を定めて独自に情報収集を行い、評価結果を毎年議会に報告している。この評価基準と指標は、3年ごとに改定している。

9.調査結果のまとめ

 本調査により、各国の障害者権利条約の実施、国内モニタリングの実情について多くの情報が得られた。それによれば、各国の実施体制や、関係する各機関の関係には明確な共通モデルがあるわけではなく、各国の考え方に従い、様々な形態が模索されている状況といえる。

 また、各国における障害者政策の基本計画やモニタリング指標等の整備状況は、少なくとも各国が障害者権利条約を批准した時点においては、国によって相当の差異があったことがうかがえる。これらの整備が遅れていた国では、条約批准後に、新たな基本計画の策定、数値的なモニタリング指標の整備、関連する統計や調査の整備等が、政府により積極的に進められている。

 一方、独立した仕組みの国内モニタリングへの関わり方は国によって異なるが、障害者権利委員会からの求めにより独自の報告を行う例が見られる。また、市民社会におけるパラレル・レポートの作成も国によって状況に大きな違いが生まれており、イギリスでは政権交代の影響でパラレル・レポート作成の動きが中断した。

 障害者権利条約の実施について先行する国々におけるこれらの取組を参考として、我が国においても国内モニタリングの基盤整備や、障害者政策委員会の取組の具体化を進めていく必要がある。