調査報告書要約版

1.調査の概要

 本調査は、我が国に先だって障害者差別禁止法制が施行されている国々において、障害者差別禁止法制の実施に当たって必要とされる具体的な実務の1つである合理的配慮の提供を巡りどのような調整が行われているのかを明らかにし、我が国における合理的配慮提供に際しての合意形成と調整の在り方の検討に資する知見を得ることを目的として実施した。
 調査対象国は差別禁止法が先行して施行されているアメリカ、イギリスの2カ国とし、資料調査、現地ヒアリング調査並びに調査研究会での議論により、両国で合理的配慮提供に際してどのような合意形成のプロセスが想定されているのか、その調整を役割として担う者が存在するか否か、調整者の役割や実務の範囲や裏付け、調整に際してのガイドラインの有無、過重な負担と判断される水準、合理性・過重性の挙証責任に関する取扱い、事例の収集~蓄積~フィードバックに至るプロセスなどについてどのように規定されているか、実態としてどのような運用が行われているか、現時点における標準的なプロセスはどのように想定されているかなどの面から調査を行った。

2.アメリカにおける合理的配慮提供に際しての合意形成プロセス

 アメリカの州及び地方政府(公共団体)において、その住民に対する合理的配慮に際しての合意形成プロセス(合理的配慮提供プロセス)にかかわる法的な根拠は、「障害を持つアメリカ人法(the Americans with Disabilities Act:ADA)」、特にその第2部(TitleII)にある。
 ADAでは、合理的配慮(reasonable accommodation)という用語は雇用分野においてのみ適用されており、公共分野、公的サービス分野を扱うADA 第2部では、州及び地方政府に対して、「合理的変更(reasonable modifications)を求めている。また、ADA第3部(TitleIII)でも、民間の施設などに対して、同様の規定がある。合理的変更とは、障害者の差別を防止するために公共団体の政策(Policies)・取組(Practices)・手続(Procedures)を合理的な範囲で変更することを指す、と定義されている。ADAにおける合理的配慮と合理的変更には、適用対象となる障害者の要件などに違いが見られるほか、求められる対応にも違いが見られるものの、本調査のテーマである合理的配慮の概念にはこれら双方が含まれると考えられる。

 ADAに基づく合理的配慮提供にかかわる主な主体として、司法省、各組織のADAコーディネーター、ADAコーディネーターを支援する組織であるADAセンター、その他NPOなどが挙げられる。このうち、特に注目すべきなのはADAコーディネーターであり、州及び地方政府など公共団体において、合理的配慮の提供を実践する主体は、ADAコーディネーターである。
 ADA第2部施行規則では、「50人以上の職員がいる公共団体は、ADAの遵守を調整するために、1人以上の責任者を指定しなければならない。」としており、ADAコーディネーターは法的な根拠に基づく役職だといえる。
 ADAコーディネーターは、補助具(auxiliary aides)、サービス、政策変更、その他の配慮の要求、所属する機関への苦情申立てをする障害者との接点として従事する。ADAコーディネーターは、まさに合理的配慮の提供を実践する上で、中心的な役割を担っているといえる。また、ADAコーディネーターは、所属する機関において、その機関がADAを遵守するための計画を策定する役割も担う。ADA規則が定める組織の自己評価や移行計画(transition plan)を策定することも、ADAコーディネーターの職務である。

 合理的配慮提供に関する公共団体に対する苦情については、基本的に、まず公共団体のADAコーディネーターに申立てる。ADA第2部の施行規則では、苦情申立て(complaint)について、「50人以上を雇用する公共団体は、迅速かつ公平に解決するための苦情処理手続(grievance procedures)を選定し、公表しなければならい」と規定している。しかし、ツールキット(第2章)によれば、ADAの苦情処理手続が何を含まなければならないかは、第2部にも第2部の施行規則にも記載されていない、とされている。そのため、司法省では、次のような苦情処理手続のモデルを提供している。

①書面による苦情の申立て
  • 公共団体のサービスや活動、プログラム、給付金の提供において障害を理由に差別を受けている、という苦情を申し立てようとしている人であればだれでも、この手続を利用することができる。
  • 苦情は書面で提出されるべきである。(ただし、要求に応じて代替手段を利用できる。)
  • 苦情は、遅くとも主張する侵害が生じてから60日以内に提出されるべきである。
②苦情の申立て文書の受領 -
③ADAコーディネーターなどと申立人の面談
  • 苦情を受領してから15日以内に、ADAコーディネーターなどは、苦情とその解決の可能性について議論するために苦情申立人と面談する。
④ADAコーディネーターなどからの返答
  • 面談から15日以内に、ADAコーディネーターなどは、書面で、適切な場所で、苦情申立人が入手できる形式で返答する。
  • 返答では、公共団体の姿勢を説明し、苦情を実質的に解決するための幾つかの選択肢を提示する。
⑤不服の場合の上訴
  • 申立人がADAコーディネーターなどの返答に不服の場合、返答の受領後15日以内に、上級レベル管理者などに抗議することができる。
⑥上級レベル管理者などと申立人の面談
  • 15日以内に、上級レベル管理者などは、苦情とその解決の可能性について議論するために苦情申立人と面談する。
⑦上級レベル管理者などからの返答
  • 面談後15日以内に、上級レベル管理者などは、書面で、適切な場所で、苦情申立人が入手可能な形式で、苦情の最終的な解決に関して返答する。

 司法省がひな型(モデル)を示しているため、多くの公共団体の苦情処理手続は、このモデルに従って、類似した手順となっている。ただし、例えば、手続にかかる日数や申立て先・上訴する機関など、公共団体ごとにわずかに異なる部分もある。
 また、ツールキット(第2章)では、各公共団体が、苦情処理について、それにかかわる文書を保管するよう求めている。したがって、各公共団体では、過去にどのような苦情処理が行われたか、情報が蓄積されていくような体制になっている。このように蓄積された情報を整理し、報告書として公表している公共団体もある。

 一方、民間団体や企業などが運営する地域の公共施設や商業施設については、ADA第3部によって、合理的配慮の提供が求められている。ADA第3部施行規則には、特に公共施設に対して、合理的変更の規定も含まれている。ただし、ADA第3部では、民間の公共施設などにADAコーディネーターを置くことは義務付けられていない。これについて、ADAセンター(New England)では、問題があった場合、企業や団体の所有者か組織のディレクターに連絡するようにアドバイスしている。したがって、ADA第3部の下では、民間の公共施設などとの合意形成のプロセスについては、具体的な規定は設けられていない。ADA第3部に規定された施設において、障害者などが差別を受けたという申立てを行う場合は、直接司法省に申請することになっている。

 その一方で、多くの州で、ADA第3部の民間施設に対する規定を補完する独自の障害者権利法を有している。例えば、アメリカ南東部の幾つかの州では、民間施設向けの苦情申立てに際して、強制的又は自発的に、調査や実施を補助するための代理(agency)を提供している。さらに、違反に対して、損害賠償や刑罰など、様々な救済を提供している。

 以上を総合すると、アメリカでは、公共団体などが提供する公的サービス分野において、合理的配慮の提供に関して、ADA(第2部、第3部)を法的な根拠として、体系化された枠組みがあることが明らかとなった。ADAを所管する司法省が、公共団体に対してはっきりとした指示やモデルを提供することによって、実施主体である公共団体は、取組の範囲を把握しやすい状況であるとみられる。特に、各公共団体に、ADAコーディネーターの配置を義務付け、それによる苦情処理手続を定めることで、合意形成のプロセスが明確化されている。これによって、合意形成プロセスが、関係者の中で、見える化され、共有化されることにより、問題が先送りされたり、たらいまわしにされたり、というような疑念が払拭され、信頼関係の形成につながっていると考えられる。

3.イギリスにおける合理的配慮提供に際しての合意形成プロセス

 イギリスの地方自治体(市町村、特別区など)において、その住民に対する合理的配慮に際しての合意形成プロセス(合理的配慮提供プロセス)にかかわる法的な根拠は、2010年に制定された「2010年平等法(Equality Act 2010)」及びその施行規則(Code for Practice)にある。平等法は、それまで差別理由ごとに存在していた差別禁止法を整理し統合した法律であり、年齢、障害、性転換、婚姻及び市民的パートナーシップ、人種、宗教・信条、性別、性的指向を理由とする差別を禁止する法律である。障害者差別について平等法の基礎となったのは、1995年に制定された障害者差別禁止法(DDA)である。DDAは、障害についての独自の定義に特徴があり、その後の各国の障害者差別禁止法制や、国連の「障害者の権利に関する条約(以下、「障害者権利条約」と記述する。)」に大きな影響を与えた。また、本調査のテーマである「合理的配慮」の概念も、DDAにおける重要な構成要素であり、平等法に引き継がれている。

 本調査のテーマである「合理的配慮」に該当するイギリス平等法での概念は、「合理的調整(reasonable adjustment)」である。ただし、DDA、平等法が定める合理的調整の概念と、障害者権利条約や我が国の障害者差別解消法が定める合理的配慮の概念には、大きく異なる部分がある。
 DDA、平等法における合理的調整には、「対応型合理的調整(reactive reasonable adjustment)」と「予測型合理的調整(anticipatory reasonable adjustment)」の2つの形態が含まれる。このうち、対応型合理的調整は、障害者個人からの具体的要求に応じてなされる調整であり、障害者個人からの要求がない限りその履行義務は発生しない。これに対して予測型合理的調整では、サービス提供者などが障害者一般の不利益やニーズを予測して、法律に定める措置を講ずる義務を事前に履行しなくてはならない。平等法では、雇用分野には対応型合理的調整を、またサービス分野には予測型合理的調整を適用している。したがって、一般向けサービスの提供者は、たとえ障害者からの具体的な要求がなくても障害者一般の不利益やニーズを予測し、事前に必要な措置を講じておくことが求められる。必要な措置として、平等法は、
①障害者のサービス利用を不可能又は著しく困難にしている慣行、政策又は手続の変更
②障害者のサービス利用を不可能又は著しく困難にしている物理的な形状の変更
③障害者のサービス利用を可能にする補助手段の提供
の3つについて、合理的措置をとることを求めている。

 平等法が定める合理的調整のうち、対応型合理的調整は、国連障害者権利条約や我が国の障害者差別解消法が定める合理的配慮と同様の概念だと考えられるのに対し、予測型合理的調整は、障害者差別解消法における事前環境整備に近い概念だと考えられる。このため、多くの地方自治体や公共的なサービスを提供する団体での取組も、法令遵守の観点から、この事前措置を適切に行うことを目的とした予防的な取組が重視されている。
 平等法に基づく合理的配慮提供にかかわる主な主体として、平等人権委員会、平等・多様性コーディネーター、地方政府協会、ビジネス障害フォーラム、市民アドバイス・サービス組織などを挙げることができる。このうち、平等・多様性コーディネーターはアメリカのADAコーディネーターに似た位置づけの専門職だが、平等法やその施行規則に設置規定があるわけではなく、各組織が自主的に雇用し権限を与えている点がADAコーディネーターと大きく異なる。その役割は組織によって異なるが、所属する組織の平等法遵守を推進することが最も重要な役割となっており、予防的な業務、対応型の業務を含め、平等法遵守にかかわる幅広い業務を担当していることが多い。

 サービス分野については平等法で対応型合理的調整に関する明確な規定がないため、合理的配慮提供における対話や合意形成プロセスは各組織が独自に整備している。例えば、ロンドン・ハックニー特別区では、公的サービスへの市民からの苦情に対して、2段階の苦情処理プロセスを独自に用意している。このプロセスの特徴は、障害者による合理的配慮の要求に対して、平等・多様性担当部署ではなく、苦情処理担当部署が対応することである。このため、苦情処理担当部署と平等・多様性担当部署との連携、情報共有が適切になされることが重要になる。しかし、実際にはこれらの部署間の連携には問題があるため、ハックニー特別区では組織内の連絡組織を「平等苦情対応グループ」という新しい組織に改編する計画である。

 一方、民間サービスで障害者が合理的配慮を受けられなかった場合は、まずアドバイス・サービスの支援を受けて、当該サービス提供者に直接、苦情を申し立てる。サービス提供者が苦情申立てに応じない場合は、次のステップとして、人権平等委員会が提供する平等苦情処理手続(ヘルプライン)を利用する。ただし、人権平等委員会が直接提供するヘルプラインは2012年に閉鎖され、現在は委託を受けた民間団体がヘルプラインを提供している。なお、人権平等委員会は、個人の苦情申立てを直接支援する権限を持っているが、実際に支援するのは非常に重要なケースに限られる。

 合理的配慮をはじめとする平等法対応の基準として、幾つかの団体が提供するフレームワークがある。地方自治体向けには、地方政府協会が「地方政府のための平等フレームワーク」を提供している。地方政府協会はまた、このフレームワークに沿った各団体の取組を評価・認定する「平等ピア・チャレンジ」を実施している。民間企業向けのフレームワークとしては、ビジネス障害フォーラムが提供する「障害基準」がある。これは10領域の基準で構成され、各社の障害者対応パフォーマンスを組織横断的に測定し、優先課題に対処するための実行計画を提示するオンライン評価・管理ツールである。ビジネス障害フォーラムは、障害基準で測定したパフォーマンスが優秀な企業を表彰する「障害スマート賞」を設けている。

 以上を総合すると、イギリスでは平等法が予測型合理的調整を求めていることから、合意形成や苦情処理については体系化されたモデルが存在せず、各組織が独自に体制やプロセスを整備している点がアメリカと大きく異なる。各組織の取組を支援する目的で、外部団体が対応基準や外部評価の仕組みを整備している点も、イギリスの特徴といえる。