平成29年度障害を理由とする差別の解消の推進に関する国外及び国内地域における取組状況の実態調査報告書(要約版)
1.調査の概要
我が国は現在、国連障害者権利委員会に提出した政府報告の審査を待つ段階にある。審査への対応の参考とするため、国際調査では国連による審査が進行中、または終了直後の諸外国における障害者差別禁止法制の施行状況と、委員会における審査プロセスの動向を調査した。特に本調査では、それぞれの国に関して市民社会などから提出されたパラレルレポートの内容を軸として審査プロセスにおける論点を整理・分析し、パラレルレポートが最終見解などに与える影響について考察した。また、既に第1サイクルの審査が終了し、最終見解が出ている国の中から、我が国と社会・経済の状況が比較的近いと考えられる国について、最終見解後の各国の施策などの変化について調査・分析した。
一方、我が国では平成28年4月に障害者差別解消法が施行されたが、施行後3年経過後に施行状況を検討し、必要に応じて所要の見直しを行うものとされている。そこで国内調査では、障害者差別解消法の施行状況についての取組の現状、運用実績、効果、課題、考えられる対応方策などについて文献調査及び地方公共団体への聞き取り調査を行った。
2.国際調査
国連障害者権利委員会の審査が進行中、または最近終了した国の中から、フィリピン、ポーランド、ロシア、スロベニア、ネパール、イギリスの6か国を対象に、各国のパラレルレポートと審査プロセスとの関係について調査・分析した。なお、各国のパラレルレポート提出状況、審査における論点の特徴は別添の比較対照表にまとめた。
調査の結果、パラレルレポートの傾向や、パラレルレポートが事前質問事項や最終見解に与える影響について、次のような考察結果が得られた。
パラレルレポートの傾向
パラレルレポートの件数は、先進国で多い傾向がみられた。しかし、本調査において、報告が多ければ多いほど説得力があるという印象は得られなかった。今回調査対象としたいずれの国も、単独の団体による特徴的なパラレルレポートと、複数の団体による総合的なパラレルレポートが提出されており、どちらか一方という国はなかった。
総合的な報告は、事前質問事項や最終見解に反映される傾向が強い。また、事前質問事項後に提出されるパラレルレポートが、政府回答を踏まえて異論がある場合など、時機にあったものである場合、最終見解に反映されることが多い。この傾向は、パラレルレポートの数の多少とは関係なく、パラレルレポートが総合的で、時機を得たものであることの方が重要だということを示している。
事前質問事項や最終見解の傾向
全体を通してみると、事前質問事項はパラレルレポートに基づいたものが多く、最終見解はより総合的・網羅的になる傾向がある。しかし、国別報告者の特徴もあり、一貫した傾向ではない。
また、最終見解が指摘する条項の分散傾向は年を追うごとに強まっている。そのため、パラレルポートで指摘がなかった条項についても見解が示されている例が見られる。パラレルレポートで指摘がなかった条項に関し示される見解は、一般的意見や持続可能な開発目標を意識したものが多くみられ、定型的である。障害者権利委員会委員が、パラレルレポートの内容から市民社会が未成熟と判断した場合、補足する意味で定型的な質問を追加している可能性がある。
パラレルレポートが事前質問事項や最終見解などに与える影響
これらの傾向を踏まえると、委員会が、市民社会などからのパラレルレポートを審査のための情報源として重視していることは明らかである。とりわけ、複数の障害者団体が連合して提出した報告、内容が総合的な報告の論点は事前質問事項や最終見解に反映される傾向が強い。
中でも事前質問事項は、パラレルレポートの指摘を踏まえて構成される傾向が強い。このため、事前質問事項の構成は必ずしも網羅的でない傾向が見られる。
一方で、最終見解の内容は、事前質問事項よりも総合的・網羅的になり、各条項をまんべんなく取り上げる傾向がある。パラレルレポートで指摘がなかった条項について見解が述べられる場合は、一般的意見や持続可能な開発目標を踏まえて作成されると考えられることを先に指摘したが、一般的意見の整備が進んだこともあり、この傾向は次第に強まっている。
また、上記の傾向とは別に、事前質問事項以降に提出されるパラレルレポートが、政府回答に対して時機を得た反論や論点提示ができている場合は、最終見解への影響力が強まる傾向がある。
以上から、事前質問事項と最終見解の内容は、各国の市民社会の成熟度、報告の力量に強く影響されていると考えられる。パラレルレポートの内容が、総合的で多くの条項を対象としているほど、事前質問事項や最終見解の内容は、対象国の状況を踏まえた具体的なものになる。
また、多くの場合、パラレルレポートの内容が幅広く充実しているほど、最終見解は対象国政府にとって厳しいものになる傾向がある。ただし、各国政府が適切な回答や対話を行った場合には、最終見解の内容はそれらを踏まえた、より建設的なものになる。このことは最終見解だけでなく、障害者権利委員会における建設的対話に、パラレルレポートの質が影響していることを示している。
各国の最終見解後の合理的配慮・環境整備状況
このテーマについては、ドイツとスウェーデンの2か国について調査・分析を行った。
ドイツは2015年3月に障害者権利委員会から最終見解が提示されたことを受け、2016年6月「障害者権利条約のための国内行動計画2.0(NAP 2.0)」を成立させた。最終見解を受けて、34件に及ぶ法改正や、障害者政策を主流化するための省庁間の分担の見直し、調停機関の設立など、法制度の根本的な部分で大規模な改革が進められている。
しかし、必ずしも最終見解が示した内容に、即時対応できるわけではない。障害者政策を主流化するための省庁間の分担の見直しもあり、最終見解における指摘に対応できていない項目については、担当省庁での検討が進められていることが、「障害者権利条約のための国内行動計画2.0(NAP 2.0)」では報告されている。
一方、スウェーデンでは、2011年に「障害者政策実施における戦略2011-2016」が社会省で策定されていた。これは2016年までの長期計画だったが、2014年に障害者権利委員会から最終見解が提示されたことを受け、2017年に「政府法案2016/17:188 障害者政策の国としての目標及び方向性」が成立している。
「政府法案2016/17:188 障害者政策の国としての目標及び方向性」では、最終見解での指摘に対し多方面にわたる取組を進めている。また、ドイツ同様、スウェーデンにおいても、最終見解における指摘に対応できていない項目については、政府や審議会など様々な立場の考え方や、継続している議論の様子が報告されている。
3.国内調査
国内調査では、以下の4点を調査テーマとして設定した。
調査項目a. 分野毎の記述の分け方及びその考え方、制度の運用実態
調査項目b. 事業者の合理的配慮を義務付けた地方公共団体における制度の運用実態
調査項目c. 相談・紛争解決の仕組みや実績把握の実態
調査項目d. 障害者差別解消に関する総合的研修・人材育成の実態調査
調査項目a. 分野毎の記述の分け方及びその考え方、制度の運用実態
調査項目aについては、調査時に障害者の差別解消に関する条例を制定していた中核市以上の地方公共団体34か所(23都道府県、政令市5、中核市6)のうち、条文に分野ごとの記述がある22の条例について、分野の分け方を整理・分析した。
結果、分野ごとの記述は、禁止事項の例示として示すもの、合理的配慮の対象分野として示すもの、差別定義の例示として示すもの、推進する施策分野として示すものが、この記載順に多くみられた。なお、条例が制定された順に時系列に並べてみると、2016年4月の障害者差別解消法施行より前に作られた条例には、個別分野の記載があるものが比較的多く、それ以後に作られた条例には個別分野の記載が少ない。
また、個別に記述されることが多い分野は、情報(含む意思表示、意思疎通)、交通・建物(含む生活環境)、雇用(含む就労、労働、募集採用)、福祉(含む生活支援、社会福祉法の定める分野、総合支援法の定める分野)、医療、教育、商品サービス、不動産が、記載の順に多くみられた。
差別の定義が分野分けされている千葉県と、推進する合理的配慮の内容が分野分けされている松江市で行った聞き取り調査からは、差別の定義や禁止事項の例示として個別分野の記述がある場合は、実際の相談業務にあまり影響を及ぼしていない。しかし、合理的配慮など、推進事項としての分野ごとの記述は、担当者の対応をバックアップし、その幅を広めるといった影響がある様子がうかがわれた。
調査項目b. 事業者の合理的配慮を義務付けた地方公共団体における制度の運用実態
調査項目bについては、条例などで事業者の合理的配慮を義務付けたり、支援策を準備したりしている地方公共団体を対象に調査を実施した。障害者の差別解消に関する条例を制定している中核市以上の地方公共団体34か所のうち、事業者の合理的配慮を義務化している自治体は、都道府県11か所、政令市2か所、中核市2か所である。2016年4月の障害者差別解消法施行以前に条例を制定した地方公共団体では、事業者の合理的配慮を義務付けていることが多いが、2016年4月の障害者差別解消法施行以後は、事業者の合理的配慮を努力義務とする傾向がある
聞き取り調査では、事業者の合理的配慮が条例で既に義務付けられている千葉県において、法定義務が大きな問題になることは「ない」という指摘がされた。また、明石市においては、合理的配慮の義務化は重要な武器になっているという声が聞かれた。事業者の合理的配慮が努力義務の場合、合理的配慮の提供に向けた建設的対話に事業者が応じることも努力義務と整理せざるを得ない。すると、事業者が対話に応じることを求める法的根拠がなく、相談員による対話の働きかけ自体が困難になる。
一方、事業者の合理的配慮を努力義務としている地方公共団体において、事業者の合理的配慮は、合理性が担保されるならば義務化される方が、差別に関する事案の解決においては望ましいと感じている様子がうかがわれた。
このことから、法で事業者の合理的配慮を義務付けすること自体に課題があるというよりも、合理的配慮やそのための事前的改善措置、過重な負担の考え方を更に整理し、指針やガイドラインとしてまとめること、それらの指針やガイドラインを差別に関する事案の解決に取り組む担当者や、事業者、市民にきちんと届けることに、課題があることが推察された。
調査項目c. 相談・紛争解決の仕組みや実績把握の実態
調査項目cについては、条例で紛争解決機能を定めている地方公共団体を対象に調査を実施した。
差別に関する相談・事案解決のための体制を新規に確保した地方公共団体は、主務大臣制に基づく分野別の紛争解決のための体制とは別に、軽微な事案解決のための仕組みを充実させる必要があると考えている。このような地方公共団体では、実効ある対応を進める上での後ろ盾として、分野を横断したバックアップ体制が必要となっている。千葉県や名古屋市の事例では、連絡調整会議と呼ばれる会議がその役割を果たしていた。
一方、既存の相談窓口を活用し、主務大臣制に基づいて既に相談・紛争解決機能を有する関係機関を連携させる形で、差別に関する事案を解決するための体制を整備している地方公共団体も多い。これは、『障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律Q&A集<地方公共団体向け>』問15-2の回答に則った対応である。だが一方で、そのような地方公共団体においては、主務大臣制を後ろ盾に、既存の相談・紛争解決機能を活用する形での対応しか選択肢がない現実があることも推測された。それは、障害福祉所管部署に委託されている法定業務が多く、人手不足の現状があるからである。
さらに、障害者の差別に関する相談・事案解決に向けた取組について、次のような課題が指摘された。
まず、差別に関する相談件数を数えたり分類したりすることについては、分類方法や窓口の類型によって件数が変動するため、数の大小が実態を反映するものではない点に懸念が示された。
加えて、時間的・人員的制約が多い中、生活相談と差別相談が混在するような事案をどのように扱えば、社会的障壁の存在に関する社会全体の理解を深めることに還元することができるのか、論点の整理が必要という指摘もなされた。
さらに、担当者の理解の仕方によって、相談が建設的な展開となるかが左右されるため、事例集よりも「考え方の手引き」が必要であることや、国、都道府県、市町村が重層的な相談支援体制を整備し、それらの有機的な連携を構築するのかについても整理する必要性が指摘された。
調査項目d. 障害者差別解消に関する総合的研修・人材育成の実態調査
調査項目dについては、障害福祉主管部署を含む、組織全体の職員を対象とした総合的・横断的な職員研修を実施している地方公共団体を対象に、調査を実施した。
研修を実施している地方公共団体では、障害平等研修(DET研修)、ユニバーサルマナー検定、手話研修、視覚障害理解研修、知的障害理解研修、精神障害理解研修といった研修を行っており、研修の対象はその地方公共団体だけでなく、事業者や学校を対象に実施する例が見られた。