平成30年度障害を理由とする差別の解消の推進に関する国外及び国内地域における取組状況の実態調査報告書(要約版)

1. 国外調査

我が国は、平成26年に 「障害者の権利に関する条約」(以下「 障害者権利条約 」という。) を批准し、同条約に基づく初回の政府報告(包括的な最初の報告)を 平成28年6月に国連 へ 提出した。これを受けて、今後、障害者の権利に関する委員会(以下、「障害者権利委員会」という。)において我が国の報告内容に関する審査が行われることとなる。この審査への対応の参考とするため、平成25年度以降、障害者権利委員会における主要国の審査プロセスの資料調査を行い、審査のポイントなどを分析してきた。本調査はそれらの先行調査の成果を踏まえ、我が国の障害者権利委員会による審査への適切な対応に資するため、近く国連による審査が行われる諸外国における障害者差別禁止法制の施行状況と、障害者権利委員会における審査の動向を把握した。

対象国

キューバ、ノルウェー、トルコ、サウジアラビア、スペイン、ニジェール(第21会期障害者権利委員会の審査・検討対象国)、ベルギー、デンマーク(第21会期障害者権利委員会において簡略化された報告手続きに基づく事前質問事項が作成される国)の8か国を調査対象とした。

調査結果の概要

(1)第1サイクル審査の事前質問事項における共通した論点

障害者権利委員会は、2019年3月時点で7つの一般的意見を採択しているが、一般的意見の対象となっている条項(第4条、第33条、第5条、第6条、第9条、第12条、第19条、第24条)に関してはすべて、これらに対応する一般的意見に準じた条約の実施がなされているか、あるいは準じるための取組を行っているかが事前質問事項で質問項目に含まれており、審査における重要論点となっていることがわかる。
 なお、第13条について一般的意見はまだ出されていないが、司法制度へのアクセスの保障は持続可能な開発目標の目標16.3で規定されている。また、トルコへの事前質問事項の第31条では、持続可能な開発目標の目標17と関連して、障害平等指標の策定と利用についての質問がなされている。一般的意見と関連する条項についても、ニジェールへの事前質問事項の第6条では目標5が、ノルウェーに関しては第5条で目標10.2及び10.3について言及されている。以上から、障害者権利委員会は持続可能な開発目標への取組も論点に挙げ、審査の対象としていることがうかがえる。

(2)各国の個別論点とパラレルレポートとの関係

各国に対する事前質問事項では、前項で示した共通論点とは別に、それぞれの国の内情に応じた質問もなされている。その中には、パラレルレポートでの指摘を受けてとり上げたと考えられる論点が少なからずある。例えばノルウェーに対する事前質問事項の第5条では平等・差別オンブッド及び差別禁止裁定委員会の権限強化の施策が問われているが、パラレルレポートでは差別禁止裁定委員会の権限の弱さを指摘されている。ニジェールに向けた事前質問事項第1-4条では、ハンセン病患者を学校から除籍できる法律の改正を求めているが、この法律もパラレルレポートで指摘されているものである。トルコの第29条で、パラレルレポートで指摘された視覚障害者の秘密投票を可能にする仕組みの導入に関しては、事前質問事項では政府がその仕組みを実際に使用するつもりがあるのかという踏み込んだ質問がなされている。
 その一方で、各条項において障害者権利委員会が重視している論点に関してパラレルレポートで指摘がなされている事例も数多くみられる。例えば第31条に関し、複数の国のパラレルレポートでワシントングループの質問セットの導入に関する指摘が上がっている。第12条に関しては、後見制度や代理意思決定が残っている問題について、各国のパラレルレポートで次々と指摘されている。第13条や第19条でもパラレルレポートでの指摘と委員会が重視する論点の一致が多くの国でみられた。以上から、多くの市民社会団体が、障害者権利条約がその国で実施されているかという観点に加え、これまで障害者権利委員会が重視してきた論点が何であるかを考慮に入れながら報告を行っていると考えることができる。

(3)第2サイクル審査における論点の傾向

本調査の対象国で第2サイクルの審査プロセスが実施されているのはベルギー、デンマーク、スペインの3か国である。ベルギーとデンマークは、第21会期で第2・第3連結定期報告に先立つ事前質問事項(LOIPR)の検討が行われるため、2019年3月現在ではLOIPRの検討に向けた各団体のパラレルレポートが手に入る最新の資料となる。スペインに関しては、第2・第3連結定期報告に先立つ事前質問事項に対する政府報告の審査が行われることになっており、既にLOIPR及び政府報告を参照することが可能である。
 LOIPRについては本調査ではスペインのみの参照となったが、全体的な傾向としては第1サイクル審査の事前質問事項の内容と大きく異なっており、主に第1サイクル審査の最終見解における勧告の実施状況を問う内容となっている。中には第1サイクル審査と同様、一般的意見に沿った条約実施を問う質問もあるが、最終見解でさらに具体的な、個別の制度などに関して勧告がなされた場合はこの限りではない。例えば第5条では、最終見解の特定のパラグラフの勧告を指し、その勧告の実施状況について質問がなされている。
 一方、LOIPRに向け各国の市民社会等から提出されたパラレルレポートの内容としては、ベルギー、デンマーク、スペインの3か国ともに、最終見解の勧告の実施状況に焦点が当てられており、勧告の未実施があればそれを明確に訴える内容となっている。スペインのLOIPRではこうしたパラレルレポートでの指摘と一致する部分が多く見られ、障害者権利委員会がパラレルレポートを提出する団体に対し、勧告実施の監視役としての役割を期待していることがうかがえる。第21会期の審査を経て、ベルギーとデンマークでもLOIPRが作成されることになるが、この両国に関しても、最終見解における勧告内容の実施状況が論点の中心となることが予想される。

2. 国内調査

我が国では、2016年4月に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下「障害者差別解消法」という。)が施行された。障害者差別解消法の附則第7条では、政府は、同法の施行後3年を経過した場合において、社会的障壁の除去の実施についての必要かつ合理的な配慮の在り方、その他この法律の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に応じて所要の見直しを行うものとされた。これを受け、2019年度は法施行3年目の見直しを視野に入れた議論が想定されるところである。
 そこで、このための検討に資するよう、さらには今後の障害者権利条約に係る国連の審査への対応検討にも資することを目的として、障害者差別解消法に係る国内の取組の動向について調査分析を行った。

調査の概要

国内調査では、次の項目1)~6)について、障害者差別解消法の施行状況についての取組の現状、運用実績、効果、課題、考えられる対応方策等の調査分析を行った。

  • 障害者差別の解消に関する条例を制定しており、かつ、同条例で障害者差別解消法とは異なる「差別」の定義を用いている地方公共団体における同条例の運用の実態・工夫、事業者等の見解、具体的な効果・影響、今後の課題等
  • 障害者差別の解消に関する条例を制定しており、かつ、同条例で事業者に合理的配慮の提供を義務付けている地方公共団体における同条例の運用の実態・工夫、事業者等の見解、具体的な効果・影響、今後の課題等
  • 事業者による「合理的配慮」等の促進に向けた独自事業を実施している地方公共団体における同事業の運用の実態・工夫、具体的効果、今後の課題等
  • 障害者差別の解消に関する条例を制定しており、かつ、同条例で紛争解決のための独自の権限を定めている地方公共団体における同権限の運用の実態・工夫、事業者等の見解、具体的な効果・影響、今後の課題等
  • 障害者差別の解消の推進に係る施策の定量的な効果測定を実施している地方公共団体における同効果測定の運用の実態・工夫、具体的効果、今後の課題等
  • 障害者差別の解消に関する条例を制定しており、かつ、差別に関する相談・事案解決のための体制整備を進めている地方公共団体における、相談対応や事案解決における基礎となる考え方をまとめたガイドラインの有無、ガイドラインの運用の実態、効果、課題等の調査・分析

調査結果の概要

(1)差別の定義について

「差別」に関する記述方法の類型として、不利益な取扱い、不均等待遇、不当な差別的取り扱い、不当な取扱いといったもの、そして合理的配慮の不提供を記述する条例が見られた。合理的配慮の不提供はすべての条例において「差別」と位置付けられていた。また、初期の条例は、差別の定義に関する記述ぶりにある程度ばらつきがあるのに対し、徐々に、障害者差別解消法の条文に類似した表現の条例が増えていることが分かった。
 福岡県に制度の運用実態をヒアリングしたところ、直接差別・間接差別・関連差別の定義を争う相談が寄せられることはないとのことだった。

(2)事業者の合理的配慮提供の義務化について

調査時点で、事業者による合理的配慮提供を義務付ける条例を制定している地方公共団体は、千葉県、さいたま市、岩手県、熊本県など18団体が確認できた。
 事業者への合理的配慮を義務付けていない地方公共団体の中には、バリアフリーの進捗に関する地域格差を理由に合理的配慮の義務化に懸念を示す地方公共団体があり、地方公共団体の職員自身の合理的配慮に関する理解にずれがあることが読み取れる。

(3)相談・紛争解決のための仕組みと権限について

ワンストップ相談窓口を設置又は指定した地方公共団体は全体の44%、統一的な解釈・判断を行う部局等を指定した地方公共団体が19%、障害者差別に関する相談員を配置した地方公共団体が15%、いずれにも該当しないと回答した地方公共団体が35%となっている。
 「障がい者が暮らしやすい社会づくり事業補助金」の交付を開始した鳥取県の担当者からのヒアリングでは、申請が極めて少ない点に加え、補助金が半額助成であることと情報告知の不足が課題として挙げられた。

(4)合理的配慮等の促進に向けた独自事業について

ウェブサイト等を通じた情報収集で、合理的配慮提供等の促進に向けた独自施策としては、コミュニケーションツールの作成・購入費や、バリアフリーに関する工事施工費について、半額から全額、助成金額の上限を設けて補助する地方公共団体が多いことがわかった。
 鳥取県の担当者へのヒアリングでは、県は積極的かつ総合的な取組を進めているにも関わらず、補助制度が十分に活用されていない状況があることがわかった。民間事業者に具体的な取組を促すためには、企業・団体としての意思決定につながりやすい制度設計や、さらなる働きかけが必要だと考えられる。

(5)施策の効果測定について

障害者差別解消に関する効果測定の一環として相談件数を数えている都道府県は98%であるのに対し、一般市は60%、町村になると43%となっている。都道府県レベルの大規模な地方公共団体は相談件数を数えているが、町村など小規模な地方公共団体になると、相談件数を数えていない団体の方が多いのが現状である。
 なお、相談件数を数えている地方公共団体における年間の相談件数をみると、年間の相談件数が9件以下である地方公共団体がほとんどであり、100件以上受け付けている地方公共団体はわずか1%であった。また、平成28年度と29年度を比較すると、年間相談件数9件以下の自治体が最も増加した。

(6)相談対応や事案解決のためのガイドライン整備について

相談対応や事案解決の指針となるガイドライン、ガイドブックの整備・活用について訪問した地方公共団体でヒアリングしたところ、いずれの団体も積極的に取り組んでいた。
 ガイドラインを活用した事業者に対する啓発・研修については、ヒアリングした多くの地方公共団体で、関心がない事業所に情報が届いていないという課題がある点が指摘された。複数の自治体の担当者から、差別は関心がない人の所で起きるという指摘があった。地方公共団体の担当者の間では、事業者に対する啓発・研修が大きな関心事となっており、合理的配慮のガイドをボリュームの少ない、目に触れやすいものにするといった試行錯誤を行っている。
 平成29年度調査報告書でも課題として指摘されている相談対応のレベルアップについては、横浜市は相談の背景にある問題に気付くことや、判断のポイントが記載されている「横浜市ピア相談員のための障害者差別解消法と相談のポイント集」という文書を作成している。また多くの自治体が事例情報の共有に取り組んでおり、例えば、茨城県や大阪府、長崎県は、具体的な相談事例と相談に対応する時の考え方や整理のポイントを記載した事例集や手引きを作成している。