令和元年度障害者差別の解消の推進に関する国内外の取組状況の実態調査報告書(要約版)

1.国外調査

 我が国は国連障害者権利委員会へ平成28年6月に包括的な最初の報告(以下、政府報告とする)を提出し、審査を待つ段階にある。来年度中の実施が予想される我が国の審査への対応の参考とするため、平成25年度以降、各国に対する審査のポイント等を分析してきた。本調査はそれらの先行調査の成果を踏まえ、我が国に対する審査への適切な対応に資するため、令和元年度中に審査を受ける諸外国に対する国連障害者権利委員会における審査の動向、そしてこれまで調査対象としてきた各国に対する国連障害者権利委員会における審査の論点を把握する。
 これまでの調査結果等から、政府報告を受けて国連障害者権利委員会によって作成される事前質問事項の構成及び内容は、各国の市民社会等から提出されるパラレルレポート及び国連障害者権利委員会が発表した一般的意見の内容に強く影響を受けていることがうかがわれる。
 そこで、本調査では、パラレルレポートの内容と、一般的意見の内容を踏まえつつ、今年度中に進行する審査プロセスにおける論点を整理・分析し、これに加えて、過去の調査で扱った複数の国の最終見解(以下、総括所見とする)を振り返り、調査年度を超えた論点の比較を行うことで、政府報告に対する総括所見等の論点や勧告の内容が何に基づいて形成されているかについて明らかにする。

対象国

 ギリシャ、インド、アルバニア(第22会期国連障害者権利委員会の審査・検討対象国)、エストニア、ラオス(第23会期国連障害者権利委員会の審査・検討対象国)の5か国を調査対象とした。総括所見の振り返りを行う過去の調査対象国の中からは、イギリス、カナダ、ニュージーランド、スウェーデン、オーストラリアの5か国を取り上げた。

調査結果の概要

(1)これまでの国連障害者権利委員会審査における論点

 2013年に審査を受けたオーストラリアと2014年に審査を受けたスウェーデン及びニュージーランドの3か国と、2017年に審査を受けたイギリスとカナダでは、総括所見における勧告内容の傾向に違いがみられた。特に大きいのは、後者の総括所見における一部の条項で、2015年に採択された持続可能な開発目標との関連が明示されている点である。また、一般的意見に関しても、新たな一般的意見の採択次第、勧告に活用される傾向がみられた。国連障害者権利委員会により選択議定書の第6条に基づく調査が行われていたイギリスに関しては、調査結果に基づいて勧告が行われた。

(2)初回審査における共通した論点

 全体の論点の傾向としては、条約実施における障害者団体の関与、物理的アクセシビリティと情報のアクセシビリティの確保、各領域における関係者への研修、国家戦略や行動計画の策定と潤沢な資源の割り当てに関しては、複数の条項で論点に挙がった。
 各国の総括所見においては、関連する一般的意見を持つ条項に関して、国連障害者権利委員会はその一般的意見に明確に言及する傾向にある。同様に、各条項と持続可能な開発目標の特定のターゲットが関連している場合、それも明確に示されていた。その一方で、一部の条項に関する勧告においては、審査対象国によってはこれらが示されない事例もみられた。
 総括所見における肯定的側面としては、特定の国家行動計画の策定や法改正、条約実施のための機関設置等、条約内容実施のための複数の具体的な取組が挙げられた。これに加え、手話を公用語として認識すること等、障害者の主流化のための具体的な措置が総括所見における評価ポイントとなる可能性が示唆された。

2.国内調査

目的

 我が国においては、平成28年4月に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(以下「障害者差別解消法」という。)が施行され、障害者差別解消法附則第7条では、政府は法施行後3年を経過後、この法律の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に応じて所要の見直しを行うものとされている。
 本調査では、この障害者差別解消法の見直しの検討及び今後実施が予定されている障害者権利条約に基づく国連の我が国に対する審査への対応に資することを目的として、地方公共団体における障害者差別の解消に関する取組の状況や運用の実態等の動向について調査分析を行った。

調査概要

 本調査の第一段階として、地方公共団体に対し共通の設問による悉皆調査(アンケート調査)を行った。次に、アンケートの回答内容を参照し、地方公共団体10団体を選定の上、取組状況の詳細を調査(以下「詳細調査」という。)を実施した。詳細調査では、さらに、先進的な取組を行っていると考えられる5団体について現地を訪問し、ヒアリングを行った。調査項目は次のとおりである。

  • [1] 差別の定義・概念について
  • [2] 障害の定義・概念について
  • [3] 事業者への合理的配慮の提供の義務付けについて
  • [4] 相談対応等の仕組みと地域協議会の役割について
  • [5] 啓発・研修活動について

調査結果の概要

(1) 条例において差別の定義にいわゆる間接差別等を含むとしている地方公共団体の取組状況

条例において明確に間接差別等を定義はしていないが、差別の定義に含むと解釈している地方公共団体への詳細調査の結果、個別相談の対応の際に、相談を受ける担当者が条例の解釈を踏まえて相談対応を行っているものの、それぞれの相談事例の内容が間接差別等に該当するかなどの明確な判断及び整理は難しく、実際には行われていないことが分かった。間接差別等については、地方公共団体においても社会的にもまだ定着しているとはいえず、事例を積み上げながらその考え方等を検討していく必要があるといえる。

(2) 条例等において障害者差別解消法には明示はされていない障害に関する定義・概念を明示している地方共団体の取組状況

 条例において、障害者差別解消法には記載されていない障害に関する定義・概念を記載している地方公共団体への詳細調査の結果、できるだけ各種の障害を条文上に明記し、県民・市民への理解を促していることが分かった。一方で、事業者や市民には障害の社会モデルの理解があまり進んでいないことや、社会モデルの観点から障害の定義・概念をどこまで広げて相談事案に対応すべきかが曖昧であることが課題として指摘された。
また、いわゆる「過去の障害」、「未来の障害」、「推定される障害」については、一般には知られていないことが分かった。

(3) 条例等において事業者に対し合理的配慮の提供を義務付けている地方公共団体の取組状況

 条例において事業者に合理的配慮の提供の義務付け等を実施している地方公共団体への詳細調査の結果、条例で合理的配慮の提供を義務付けた地方公共団体においては、事業者向けの研修や周知活動を中心とした取組が行われていることが分かった。
 また、事業者にとって過重な負担になると思われる要求への対応が難しいこと等の課題があるとの指摘や、事例の積重ね等が重要であるとの指摘があった。

(4) 地域協議会等を活用している地方公共団体における相談対応、紛争解決の取組状況

 条例において、相談対応等の仕組みや地域協議会を効果的に活用している地方公共団体への詳細調査の結果、相談・紛争解決のための体制はそれぞれの地方公共団体が持っている基盤や考え方に基づいて整備されており、地域によって大きな違いがあるが、複数の地方公共団体に共通して挙げられる項目もある。その例としては、相談担当者の障害者差別や合理的配慮に関する知識・理解のレベルを向上させるため、研修や事例のフィードバックが行われていることである。また、県もしくは広域支援相談員が市町の相談対応を支援する体制をとっている地方公共団体もあり、都道府県による市町への広域支援の重要性がうかがえた。また、相談事案への対応では、より踏み込んだ検討が求められる場合もあることから、外部有識者の助言・協力も必要となること等が分かった。その際、個別分野の専門的な知見を有する地域協議会の委員等の協力を得ることも有力な支援策になると考えられる。立川市においては個別事案に対応する場合等、必要に応じて地域協議会の委員が協力する体制をとっており、地域協議会の効果的な活用という点で参考になると考えられる。また、直接の相談対応ではないが、香川県では地域協議会に事例検討部会を設けて事例情報を収集・分析し、その結果を県内市町や圏域レベルの地域協議会にフィードバックしている。この取組も地域協議会の特徴を活用した例といえる。

(5) 職員、地域関係者及び事業者等への啓発・研修及び関連資料整備等に関する取組状況

 啓発・研修の取組については、各地方公共団体が障害当事者、現場の関係者等の意見・要望を聴きながら、効果的な啓発・研修のあり方を模索し取り組んでいることがうかがわれた。秋田県、茨木市及び立川市が進めている小中学生向けの教育・啓発の取組は、対象の学年を定め、その学年の児童を対象として実施する取組であり、障害や障害者に関する理解のための最初の機会づくりとして工夫がなされている。一方、障害者への関心が低い層へのアプローチについては、効果的な手法が見出せずに課題として挙げる地方公共団体が多かった。また、啓発・研修は、定量的な効果測定が難しいため、実施効果が目に見える形になりにくいといえる。
 各地方公共団体が行う啓発・研修の取組をより効果的なものにしていくには、こうした地方公共団体における様々な取組を広く共有し、これらを参考としつつ、各地域の実情に合わせた形で取組を広げていくことが有効だと考えられる。また、啓発・研修の取組は、各地方公共団体が推進する障害者差別解消のための各種施策と連携した形で実施することが重要であり、その企画において、各地域の関係機関等から構成される地域協議会が積極的な役割を果たすことも期待される。