3.精神保健・医療施策の推進
(1)心の健康づくり
ア うつ対策の推進
うつ病は、だれもがかかりうる病気であり、早期発見・早期治療が可能であるにもかかわらず、本人や周囲の者からも気づかれにくく、その対策の必要性が指摘されている。
厚生労働省では、「自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム」において、自殺の実態の把握や、より実効性の高い自殺対策について検討を行い、平成22年5月に、悩みがある人を支援につなぐゲートキーパー機能の充実や、職場におけるメンタルヘルス対策など、厚生労働分野において今後重点的に講ずべき対策をとりまとめ、それらに基づく施策を推進している。
うつ病に対する効果が明らかとなっている認知行動療法については、「精神療法の実施方法と有効性に関する研究」(こころの健康科学研究事業)において実施マニュアルを作成し、厚生労働省のウェブサイトにて公開している。また、平成22年度の診療報酬改定においては、認知療法・認知行動療法について、診療報酬上の評価を新設した。
平成20年度からは、うつ病の患者を最初に診療することが多い一般内科等のかかりつけ医のうつ病診断技術等の向上を図るため、各都道府県・政令指定都市において、専門的な研修を実施している。平成22年度からは、児童思春期の精神疾患に対応できるように、若年者の診療に携わることが多い小児科医等も対象に加えた。さらに、平成23年度からは、研修対象を看護師、ケースワーカー、スクールカウンセラー等医師以外のコメディカルスタッフまで拡大した。
イ 精神疾患に関する情報提供
精神疾患についての情報提供として、こころの不調・病気に関する説明や、各種支援サービスの紹介など、治療や生活に役立つ情報を分かりやすくまとめた「みんなのメンタルヘルス総合サイト」、10代・20代とそれを取り巻く人々(家族・教育職)を対象に、本人や周囲が心の不調に気づいたときにどうするかなど分かりやすく紹介する「こころもメンテしよう~10代20代のメンタルサポートサイト~」の2つのウェブサイトを、厚生労働省ホームページ内に開設している。
ウ 児童思春期及びPTSD への対応
幼年期の児童虐待、不登校、ひきこもり、家庭内暴力など、心の問題が社会問題化し、思春期児童への対応が急がれている。また、災害等の心的外傷体験により生じるPTSD(心的外傷後ストレス障害)は、長期間の療養期間を要するものとして、非常に注目されている。そこで、思春期精神保健の専門家の養成のために、医師、コメディカルスタッフ、ひきこもり支援従事者を対象に思春期精神保健対策専門研修を行い、PTSD の専門家の養成のために、医師、コメディカルスタッフ等を対象にPTSD 対策に係る専門家の養成研修会を行っている。さらに、精神保健福祉センター等で児童思春期やPTSD の専門相談等を取り入れている。
エ 自殺対策の推進
我が国における年間の自殺者数は平成10年から14年連続して3万人を超える厳しい状況にある。こうした状況に対し、政府においては、自殺対策基本法(平成18年法律第85号)及び同法に基づく「自殺総合対策大綱」(平成19年6月閣議決定)の下、自殺対策を総合的に推進している。
同大綱では、「心の健康づくりを進める」「適切な精神科医療を受けられるようにする」などを含む9項目について48の施策を当面の重点施策としている。
同大綱はおおむね5年を目処に見直すこととされており、現在、見直しに向けた検討を行っている。
地域における自殺対策については、平成21年度第1次補正予算において100億円の予算が内閣府に計上され、各都道府県に23年度までの3年間の対策に係る「地域自殺対策緊急強化基金」が造成されたことにより、地域の実情に沿ったきめ細かな対策を実施することが可能となった。さらに、東日本大震災の被災県及び全国における被災者及び支援者の心のケア対策等の実施や自殺対策の強化のため、平成23年度第3次補正予算により同基金に37億円が積み増しされるとともに、平成24年度まで期限が延長された。
(2)精神疾患の早期発見・治療
ア 精神保健施策の推進
精神障害のある人の人権に配慮した適正な医療及び保護の実施、精神障害のある人の社会復帰の促進、国民の精神的健康の保持・増進を図るための精神保健施策の一層の推進を図っている。
平成22年6月末現在、我が国の精神科病院数は1,671か所、その病床数は約35万床となっており、全病院の病床数の約2割を占めている。また、平成21年6月末現在精神科病院の入院患者数は約31万人であり、このうち、約18万人が任意入院、約12万8千人が医療保護入院、約1,700人が措置入院となっており、措置入院による入院者については、公費による医療費負担制度を設けている。
このほか、夜間や土日曜でも安心して精神科の救急医療が受けられるよう精神科救急医療体制の整備をしている。
地域精神保健施策については、地域の保健所や都道府県の精神保健福祉センターを中心に取り組んでいるが、入院医療中心の施策から、社会復帰や福祉施策にその幅が広がるにつれ、身近な市町村の役割が大きくなってきている。
都道府県及び市町村は、精神保健福祉センター及び保健所等に、精神保健及び精神障害のある人の福祉に関する相談に応じ、また、精神障害のある人及びその家族等を訪問して必要な指導を行うための職員(「精神保健福祉相談員」)を置くことができる。
保健所においては、精神保健福祉センターや医療機関、障害福祉サービス事業者等との連携の下に、精神保健福祉相談員による精神保健福祉相談、保健師による訪問指導を実施している。
精神保健福祉センターにおいては、精神保健福祉に関する相談指導や技術援助、知識の普及等の業務を行っているほか、アルコール関連問題に関する相談指導、思春期精神保健対策、心の健康づくり、性に関する相談等の事業を実施している。さらに、平成14年度からは、精神医療審査会の事務、自立支援医療(精神通院医療)の判定及び精神障害者保健福祉手帳の判定を行っている市町村においては、精神障害者保健福祉手帳及び自立支援医療(精神通院医療)に関する手続の受理の事務等を行っている。また、市町村は、精神障害のある人及びその家族等からの精神障害福祉に関する相談に応じ、助言を行うほか、精神保健に関しても相談に応じ、助言を行うよう努めることとされている。さらに、市町村は、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けた者から求めがあったときは、障害福祉サービス事業等の利用ができるよう、相談に応じ、必要な助言を行い、その際、必要に応じて、そのサービスの利用についてあっせん又は調整を実施している。
イ 重大な他害行為を行った者に対する適切な医療の確保
心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者に対し、その適切な処遇を決定するための手続等を定めることにより、継続的かつ適切な医療並びにその確保のために必要な観察及び指導を行うことによって、その病状の改善及びこれに伴う同様の行為の再発の防止を図り、もってその社会復帰を促進することを目的とする「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」が平成17年7月に施行され、同法に基づき、適切な医療の確保を推進している。
平成22年11月には同法附則第4条に基づき、施行の状況について国会に報告した。
また、制度を安定的に運営するためには、指定医療機関のさらなる確保が必要であることから、その整備に努めている。
(3)精神保健福祉施策の見直し
平成16年9月に取りまとめた「精神保健医療福祉の改革ビジョン」(以下「改革ビジョン」という。)においては、10年間で「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本的な方策を推し進めていくため、国民各層の意識の変革や精神病床の機能分化、地域生活支援体制の強化、精神保健医療福祉体系の再編と基盤強化を進めることにより、受け入れ条件が整えば退院可能な者の解消を図ることとし、これまで様々な改革を行ってきた。
平成18年4月からは「障害者自立支援法」が施行され、精神障害のある人に対する福祉サービスが制度の枠内に取り込まれ、身体障害、知的障害、精神障害といった障害種別に関わらずに市町村を中心として一元的に福祉サービスを提供する体制がスタートした。
厚生労働省では、改革ビジョンの中間点を迎えるに当たって、これまでの改革の成果の検証と、今後の重点施策の策定に向けた検討を行うため、平成20年4月より「今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会」を開催し、平成21年9月に報告書を取りまとめた。
本報告書においては、「入院医療中心から地域生活中心へ」の基本理念をさらに推進することを基本に、精神保健医療体系の再構築や精神医療の質の向上などに関し、様々な提言が行われた。平成22年の診療報酬改定や予算の中で対応しているものもあるが、報告の中では、〈1〉アウトリーチ(訪問支援)など地域生活の支援体制、〈2〉認知症患者への取組、〈3〉保護者制度・入院制度のあり方等については引き続き検討課題とされた。
さらに、障がい者制度改革推進会議が平成22年6月7日にとりまとめた第一次意見を踏まえた「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」(平成22年6月29日閣議決定)において、〈1〉「社会的入院」を解消するため、精神障害者に対する退院支援や地域生活における医療、生活面の支援に係る体制の整備について、平成23年内に結論を得ること、〈2〉精神障害者に対する強制入院等について、保護者制度の見直し等も含め、平成24年内を目途に結論を得ること等とされた。
厚生労働省では、平成22年5月以降、「新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム」を開催し、順次検討を実施している。具体的には、〈1〉平成22年5月から6月にかけて、アウトリーチ(訪問支援)実現に向けた考え方をとりまとめ、平成23年度より「精神障害者アウトリーチ推進事業」を実施することとしている。〈2〉平成22年9月からは認知症と精神科医療について検討し、平成23年11月に認知症と精神科医療の役割を明確化するとともに、今後、進めるべき施策についての考え方を取りまとめた。〈3〉平成22年10月から、保護者制度・入院制度について検討を開始している。