第4章 日々の暮らしの基盤づくり 第2節 3
第2節 保健・医療施策
3.精神保健・医療施策の推進
(1)心の健康づくり
ア うつ対策の推進
うつ病は、だれもがかかりうる病気であり、早期発見・早期治療が可能であるにもかかわらず、本人や周囲の者からも気づかれないまま重症化し、治療や社会復帰に時間を要する場合があることから、早期に発見し、相談、医療へとつなぐための取組を進めている。
2008年度から、うつ病の患者を最初に診療することが多い一般内科等のかかりつけ医のうつ病診断技術等の向上を図るため、各都道府県・指定都市において、専門的な研修を実施しており、これにより一般内科等のかかりつけ医の診療においてうつ病の疑いがある患者を精神科医療機関へ紹介し、早い段階で治療につなげる取組を推進している。
うつ病に対する効果が明らかとなっている認知行動療法については、「精神療法の実施方法と有効性に関する研究」(厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業))において実施マニュアルを作成するとともに、専門研修を実施して、認知行動療法を実施できる専門職を増やし、薬物療法のみに頼らない治療法の普及を図っている。
イ 精神疾患に関する情報提供
精神疾患についての情報提供として、こころの不調・病気に関する説明や、各種支援サービスの紹介など、治療や生活に役立つ情報をわかりやすくまとめた「みんなのメンタルヘルス総合サイト(厚生労働省)(https://www.mhlw.go.jp/kokoro/)」、10代・20代とそれを取り巻く人々(家族・教育職)を対象に、本人や周囲が心の不調に気づいたときにどうするかなどわかりやすく紹介する「こころもメンテしよう~若者を支えるメンタルヘルスサイト~(厚生労働省)(https://www.mhlw.go.jp/kokoro/youth/)」の2つのウェブサイトを、厚生労働省ホームページ内に開設している。また、依存症については、依存症対策全国センターのホームページ(https://www.ncasa-japan.jp/)において、情報発信を行うとともに、普及啓発のイベントやシンポジウム等を開催している。
ウ 児童思春期及びPTSDへの対応
幼年期の児童虐待、不登校、家庭内暴力等の思春期における心の問題、災害や犯罪被害等の心的外傷体験により生じるPTSD(心的外傷後ストレス障害)は、専門的な医療やケアに適切に対応できる専門家の養成が必要とされている。そこで、医師、コメディカルスタッフ等を対象に、思春期精神保健の専門家の養成のための「思春期精神保健研修」や、PTSDの専門家の養成のための「PTSD対策専門研修」を行っており、精神保健福祉センター等における児童思春期やPTSDにかかる相談対応の向上にも寄与している。
エ 自殺対策の推進
警察庁の自殺統計原票を集計した結果によれば、我が国の自殺者数は1998年から14年連続して3万人を超えて推移していたが、2010年以降は10年連続の減少となっており、2019年の年間自殺者数は、20,169人と、1978年の統計開始以来最小となった。しかしながら新型コロナウイルス感染症等の影響を受け自殺の要因となり得る様々な問題が悪化した可能性が示唆されており、2020年の年間自殺者数は21,081人と11年ぶりに増加に転じた。2021年においては、1月から6月までは各月対前年差で増加がみられたが、7月以降は減少に転じており、年間自殺者数は21,007人(男性13,939人、女性7,068人)となった。
政府においては、「自殺対策基本法」(平成18年法律第85号)及び同法に基づく「自殺総合対策大綱」(平成29年7月25日閣議決定)の下、自殺対策を総合的に推進しており、同大綱では、「自殺対策に係る人材の確保、養成及び資質の向上を図る」「心の健康を支援する環境の整備と心の健康づくりを推進する」「適切な精神保健医療福祉サービスを受けられるようにする」「社会全体の自殺リスクを低下させる」などを含む12項目を当面の重点施策としている。
また、2018年3月の「自殺対策強化月間」から広く若者一般を対象とするSNSによる相談事業を開始し、2019年3月には、相談支援のノウハウを集約した「自殺対策におけるSNS相談事業(チャット・スマホアプリ等を活用した文字による相談事業)ガイドライン」を公表した。
地域における自殺対策については、自殺対策の地域間格差を解消し、自殺対策に関する必要な支援を享受できるよう、「地域自殺対策計画」の策定を進めるとともに、
・地域自殺対策強化交付金による財政支援、
・厚生労働大臣の指定調査研究等法人(※)による、個々の自治体の状況をまとめた「地域自殺実態プロファイル」の提供や、自治体の自殺対策担当者向けの研修会の実施
等により、地域の実情に応じた実践的な自殺対策の取組を支援している。
また、自殺未遂者に対する支援体制を強化するために、厚生労働省において、地域における自殺未遂者支援連携協議会の開催や、地域の医療従事者の人材育成を支援する取組を行っている。
さらに、生きにくさ、暮らしにくさを抱える人からの相談を24時間365日無料で受け、具体的な問題解決につなげるための電話相談事業を補助事業(厚生労働省から全国的な民間支援団体に補助)として実施し、地域の支援組織等と連携しつつ、自殺防止に関する相談を含む様々な相談に対応している(よりそいホットライン)。
2020年には、新型コロナウィルスによる自殺リスクの高まりを踏まえ、自殺を考えている方に対する対面、電話、SNSを活用した相談支援体制の拡充への支援を行っている。
※「自殺対策の総合的かつ効果的な実施に資するための調査研究及びその成果の活用等の推進に関する法律」(令和元年法律第32号)第4条第1項の規定に基づき、「一般社団法人いのち支える自殺対策推進センター」を指定調査研究等法人として2020年2月に指定している。
オ 依存症対策の強化について
アルコール・薬物・ギャンブル等の依存症は、適切な治療とその後の支援によって、回復が可能な疾患である。一方で、病気の認識を持ちにくいという依存症の特性や医療機関等の不足、依存症に関する正しい知識と理解が進んでいないことにより、依存症者や家族が適切な治療や支援に結びついていないという課題がある。
これらの課題に対応するため、厚生労働省では、2017年度より依存症対策全国拠点機関として独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター(アルコール依存症・ギャンブル等依存症)と国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(薬物依存症)を指定し、地域における依存症の相談対応・治療の指導者の養成等や依存症回復施設職員への研修、依存症に関する情報ポータルサイトの開設等に取り組んでいる。2018年度からは、全国規模で活動する自助グループ等の民間団体への活動支援を実施している。また、普及啓発イベントやシンポジウムの開催、リーフレットの配布等により、依存症に関する正しい知識と理解を広めるための普及啓発事業に取り組んでいる。
都道府県・指定都市においては、精神保健福祉センターや保健所で、相談支援や普及啓発を行うとともに、2017年度より依存症の専門医療機関・治療拠点機関・相談拠点の選定・設置等や依存症問題に取り組んでいる自助グループ等の民間団体への活動支援などを行っている。
1.依存症とは何か
「依存症」とは、特定の何かに心を奪われ、やめたくてもやめられない病気のことであり、その対象として代表的なものに、アルコール・薬物といった「特定の物質」やギャンブルなどの「行動」があげられる。
では、依存症になるとどういったことが生じるのか。
例えば、「アルコール依存症」になった場合では、時間や場所を選ばずにお酒を飲みたくなり、いったん飲み始めると簡単にやめることが難しくなる。更に症状が進むと、健康や精神状態に悪影響を与えるだけでなく、日常生活に支障が生じ、仕事や家庭でもトラブルが起きるようになり、最悪の場合、自殺に至る場合もある。
これは、「アルコール依存症」特有の問題ではなく、「薬物依存症」や「ギャンブル等依存症」でも同様である。
依存症による悪影響は、本人だけでなく、家族や友人などにも生じ、本人以上に心身が衰弱するケースがある。この背景としては、依存症が「否認の病気」とも言われており、依存症者本人が自分の置かれている状況や問題を認めようとしにくく、また、世間の誤解や偏見により正しい支援等へつなげることが難しいことがあげられる。
2.なぜ依存症になるのか
人は、不安や緊張を和らげたり嫌なことを忘れたりするために、ある特定の行為をすることがある。こうした特定の行為を繰り返しているうちに、その行動をコントロールする脳の機能が弱くなってしまうことから、自分の意思ではやめられない状態、つまり依存症になるとされている。そのため、「根性がない人」や「意思が弱い人」だけが依存症になるといった誤解や偏見は誤りであり、他のいろいろな病気と同じように、誰でも依存症になる可能性がある。依存症を正しく理解した上で、本人に接することが大切である。
3.依存症は治るのか
依存症は、回復することが可能な病気である。そのためには適切な治療と支援を受け続けることが大切である。依存症は、自分の意思では特定の物質や行動をやめられない状態になっているため、依存症者一人だけの力で回復をすることは難しいと言われている。また、依存症者の大半は本人に自覚がなく、そのため、自ら進んで相談機関や医療機関等に訪れないことも多い。
また、依存症の問題は、依存症者本人だけでなく、その家族など周りの人にも影響を与えてしまうため、本人だけでなく周りの人に対しても支援が必要である。
4.依存症かも、と思った場合には
もしも、周りに依存症かも、と思われる人がいた場合、まずは最寄りの保健所や精神保健福祉センターに相談することが、依存症者やその家族など周囲の人を適切な支援につなげる上で重要である。また、依存症者本人又は家族同士が体験を共有しながら回復を目指していく自助グループや相談等を行っている支援団体などの仲間と繋がることも回復に向けた支えになるため、問題を家族等だけで抱え込まず、そういったグループ等へ連絡をしてみることも大切である。なお、依存症対策全国センターのホームページでは、全国の依存症専門相談窓口と医療機関を検索することができる。
(https://www.ncasa-japan.jp/you-do/treatment/treatment-map/)
「依存症の理解を深めるための普及啓発シンポジウム」の様子(2021年度)
依存症の理解を深めるための普及啓発リーフレット
(厚生労働省作成)
(2)精神保健医療福祉施策の取組状況
精神障害のある人の人権に配慮した適正な医療及び保護の実施、精神障害のある人の社会復帰の促進、国民の精神的健康の保持・増進を図るための精神保健施策の一層の推進を図っている。
2020年6月末現在、我が国の精神科病院数は約1,600か所、その病床数は約32万床となっている。また、2020年6月末現在精神科病院の入院患者数は約27万人であり、このうち、約13万6千人が任意入院、約13万人が医療保護入院、約1,500人が措置入院となっており、措置入院による入院者については、公費による医療費負担制度を設けている。
このほか、夜間や土日・祝日でも安心して精神科の救急医療が受けられるよう精神科救急医療体制の整備をしている。
2016年1月からは、有識者で構成される「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」を開催し、2017年2月に取りまとめた報告書では、「地域生活中心」という理念を基軸としながら、精神障害のある人の一層の地域移行を進めるための地域づくりを推進する観点から、精神障害のある人が、地域の一員として、安心して自分らしい暮らしができるよう、医療、障害福祉・介護、社会参加、住まい、地域の助け合い、教育が包括的に確保された「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」の構築を目指すことを新たな理念として明確にした。
この報告書の内容を踏まえ、「精神保健福祉法」の一部改正法案が2017年通常国会に提出されたが、同法案は2017年9月の衆議院の解散に伴い廃案となった。
2018年3月には、精神障害のある人が退院後に円滑に地域生活に移行できるよう「地方公共団体による精神障害者の退院後支援に関するガイドライン」を作成するとともに、全国の地方公共団体で、措置入院の運用が適切に行われるよう、「措置入院の運用に関するガイドライン」を作成し都道府県知事等宛てに通知した。
また、精神保健指定医(以下「指定医」という。)の資質確保等の観点から、必要な実務経験の見直しを実施し、2019年7月からこれに沿って指定医の指定を行っている。
2020年3月からは、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」の構築をより一層推進するため、有識者や当事者などを構成員とした「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会」において、地域精神医療や人材育成などについて議論を行った。2021年3月には、報告書を取りまとめ、日常生活圏域を基本として、市町村などの基礎自治体を基盤として進めること等について盛り込むとともに、今後、この報告書を踏まえ、必要な諸制度の見直し等具体的な取組について検討し、その実現を図ることとされた。
この報告書の内容を踏まえ、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」の構築のより一層の推進に向けた具体的かつ実効的な仕組み、体制について検討するとともに、2023年度末で期限を迎える医療計画等の見直しに向けた地域精神保健医療福祉体制の在り方や、精神障害のある人の入院に関わる制度の在り方、患者の意思決定支援及び患者の意思に基づいた退院後支援の在り方等について検討を行うため、2021年10月から「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」を実施し、議論を行っている。
(3)心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者への対応について
心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った人に対しては、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(平成15年法律第110号)に基づき、適切な医療の提供及び精神保健観察等による支援が行われている。一方で、同法及び同法対象者に対する地域社会の理解は十分ではなく、必要な福祉サービスが受けられないなど、社会復帰の促進が円滑に進まないこともあるという状況がみられる。
このことを踏まえ、「障害者基本計画(第4次)」において、新たに「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律の対象者の社会復帰の促進を図るため、同法対象者に対する差別の解消を進める」ことを盛り込み、障害福祉サービス事業者等に対してセミナー・研修等を通じた普及啓発活動を行うため、「平成30年度障害者総合福祉推進事業」において「医療観察法対象者に対する差別の解消及び偏見を除去するためのプログラム」を作成し、同法及び同法対象者への理解と社会復帰の促進に取り組んでいる。