村田 武さん
~子供の頃からの夢を実現させた還暦野球~

名前(年齢) むらた たけし
村田 武さん(75歳)
地域 京都府京都市
活動概要 定年退職を目前に還暦野球チームに入団。ピッチャーとして練習を積み、全国大会にも3回出場するほど上達した。70歳以上で編成される古希野球に入団し、さらに75歳以上のスーパー古希野球チームでも活躍している。
表章の類型 中高年から一念発起して、物事を成し遂げた事例
キーワード 還暦野球/古希野球/スーパー古希野球/地域活動/見守り

(注)年齢は、平成25年4月1日時点

活動のきっかけ

西日本古希野球大会でピッチャーとして活躍中の村田さん

老後の生きがいを野球に懸ける

 子どもの頃からプロ野球の阪神タイガースを応援しながら、将来プロ野球の選手になりたいという夢を抱いていましたが、本格的に野球に取り組んだことはありませんでした。還暦を過ぎ65歳の定年退職を前に人生設計を考えた時、老人クラブ入会や地域活動などに加え、子供の頃から憧れていた野球がしたいという気持ちが強くなり、野球に取り組むことを決意し、平成13年1月に64歳で還暦野球チームに入団しました。
 還暦野球とは、60歳以上の人たちで編成されたチームで行う野球です。ルールは野球と同じですが、塁間の距離及び投手と本塁間の距離がそれぞれ2m短く、高校軟式野球ボールより直径が2mm小さく、重さで1g軽いものが使われます。プレー中は、ヘルメットや捕手のプロテクター着用が義務付けられています。

活動内容や現在の活動状況

全国古希野球大会開会式の様子


西日本古希野球大会でバッターボックス立つ村田さん

ピッチャーマウンドに立つ夢の実現

 入団当初、過去に野球経験がないため苦労が続きました。ピッチャーとして活躍することが夢であり、その実現に向け2年かけてストレートとシュートを決め球に練習を積みました。
 その成果は、平成16年(67歳)の第6回全日本選抜還暦軟式野球大会出場権を懸けた試合に、リリーフ登板し、無得点に抑えて全国大会出場に貢献することができました。そして全国大会ではベスト8入りを果たすことができました。その後も72歳まで還暦野球を続け、全国大会にも3回出場しています。
 しかし、70歳を超えると60歳前半の選手との対戦が肉体的にも厳しさを感じるようになり、70歳以上で編成される古希野球チームに転向し、平成25年3月には、京都で初めて結成された75歳以上の「京都スーパー古希野球チーム」に入団しました。入団後もピッチャーとして活躍しています。
 大会は、都道府県別大会、地区別大会、全国大会と1年を通して開催されています。大会に備えた練習スケジュールも年間計画の中に組み込まれています。中でも、全国でも数少ない75歳以上でプレーしているチームと一戦を交わすことができるよう練習に励んでいます。

ポイント、工夫している点

何よりも健康管理を大切に

 野球を生きがいとするためには、何よりも健康管理が重要です。毎日のウォーキングやストレッチを欠かさず、栄養管理にも気を配り、体力の維持と怪我予防に努めています。野球はチームワークで勝負をします。それ故、一人ひとりの健康管理が大切です。また、地区別大会に出場する機会に、メンバーが揃って寝食を共にし、語り合う場で親睦を深めることを大切にしています。

その他の活動

男を一人にしない老人クラブ

 京都市南区祥栄学区自治連合会役員のほか、京都市南区老人クラブ連合会副会長として、クラブ活動の企画・運営に携わっています。主なクラブ活動には、健康・スポーツ、文化教養活動、趣味活動、作品展示などです。特に課題として取り組んでいるのは、3分の2を女性が占めるクラブで「男を一人にしない」運動です。また、地域の高齢者が引きこもったり、孤立したりしないように、見守り活動を続けています。

トロフィーと共に村田さん

 〔本人インタビュー〕
 皆さんから見た目に若いといわれます。背筋もしっかり伸びているからだと思います。飲み食いも若い人と変わりはありません。お陰様で大病をしたこともなく、人間ドックでも血圧が少々高いくらいです。これは年相応だと思っています。サプリメントの世話にもなっていません。
 これからも野球人生を生きがいに、チームの仲間と古希野球を続けていきます。

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