加藤 孝子さん
~障害者の方々が住みよい社会になる活動を続けて40年~

名前(年齢) かとう たかこ
加藤 孝子さん(84歳)
地域 東京都世田谷区
活動概要 「障害者の方々が少しでも住みやすい社会にしたい」と民生委員時代に痛感し、64歳で民生委員を退任した後も障害者施設支援を続けている。近年は、自らの世界旅行体験を面白く話し聞かせる活動も行っている。
表章の類型 自らの時間を活用し、近所づきあいや仲間うちなどでの支え合い活動に積極的に貢献している事例
キーワード 障害者支援/語り部

(注)年齢は、平成25年4月1日時点

活動のきっかけ

障害者施設の特別行事に参加して職員の方々と
(写真右が加藤さん)

ある障害者との出会いが福祉への関わり

 昭和47年(44歳)に民生委員となり、その活動の中で多くの障害者の実態を知り、必ずしも障害者の方々にとって住みやすい社会ではないことを痛感しました。特に、重度障害者の方との出会いが、障害福祉に関わるきっかけとなりました。障害者の方々が住みやすい活動の場を作ろうと賛同者を募り「せたがや和の輪の会」を発足させました。平成4年(64歳)、20年間務めた民生委員を 退任した後は、障害者施設へ物心両面での応援を始めました。

活動内容や現在の活動状況

「障害者と地域住民」を発題する加藤さんの様子
(写真右から3人目)


「地球ワンダフル世界おもしろ旅」を語る様子
(写真中央)

対等な立場に身を置いて障害を考える

 「せたがや和の輪の会」の活動では、講演依頼が多くなり、昭和50~60年代は年間数回の公演を行うこともありましたが、障害者施設支援は継続していました。
 障害は全ての人間の持つものであり、自分自身の問題でもあるとの考えに至りました。生身の人間はいつか、どこかで、事故に遭遇したり、あるいは、何らかの疾患で障害のある身になるかもしれません。幸いにして健康である者は、地域の中で温かく障害者と交流しながら、できる範囲で手を差し伸べ、地域の中で暮らせるようにしようと訴え続けています。
 昭和40年から50年代、車いすを持たない障害者の方々もいて、ひっそりと家の中で暮らしていました。そこで、地域住民の協力でお祭りでバザーを出店し、売上金で3台の車いすを購入して無償貸与する活動も行っていました。
 また、65歳から80歳までに世界約50か国を旅し、経験した事実を面白おかしく語る「地球ワンダフル世界おもしろ旅」と称して語り部をしています。視力障害、聴力障害のある方には、大きな画用紙に絵を描いて見せながら語ったり、民芸品などを触って感じてもらったり、声を替えて語ってみたり、自らのジェスチャー(ボディーランゲージ)で語ってみたりと、色々な工夫を織り交ぜて独特の語り方をしています。
 平成22年、世田谷区特技ボランティア(おはなしボランティア)に登録して活動を続けています。これを機に、高齢者福祉施設やデイサービスから依頼が多くなりました。高齢者を対象とする場合、視力、聴力に難があり、中には認知症の方もいらっしゃるため、手製の紙芝居やジェスチャーで世界旅行体験記を語っています。お話が終わった後には、熱い拍手とともに、「わかった。面白かった。」との感想が聞かれます。このことが明日の活動への原動力になっています。

ポイント、工夫している点

同じ立場に立って考えよう

 障害のある方が地域で生活するにはどうしたらいいかを問いつつ、いつも障害者の立場になって考えることにしています。地域のみんなで支援する具体的事例として、まだ都内でも実施されていなかった防災訓練を障害者の人たちも一緒に行っています。
 特技ボランティアとして活躍する傍らで、平成16年(76歳)から4年間大学に通い「倫理哲学」を学んだことで、誰にでも分かり易い「話し方」の専門知識を得ましたが、その知識が活動を推進するために大変役立っています。

ジェスチャーを交えて語る加藤さん
の話に聞き惚れる光景

 〔本人インタビュー〕
 民生委員をするまで、障害のある方との出会いはありませんでした。私の半生を障害福祉に奉げようと目覚めたのも民生委員をしたからです。現在は、認知症予防に向けた高齢者の社会交流の場づくりにも努力しておりますが、今後も「交流の場」が一つでも多く実現するように、この活動に注力していこうと思っています。
 年齢的に体力に大きな負担とならないように、自分にできることは継続しようと思います。私もいつかは障害のある身になることでしょう。皆さんも同じ考えをお持ちだと思いますが、互いに支え合う社会をつくりたいと思います。

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