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平成15年度 交通事故被害者支援事業報告書

第4章 パイロット事業

I はじめに

 交通事故被害者支援事業における「パイロット事業」の目的は、交通事故被害者支援に関する海外の先駆的な研究あるいは実践活動についての情報を収集すると同時に、その成果をわが国に応用することが可能であり、また適切であるかどうかを検討するところにある。
本年度の「パイロット事業」においては、アメリカ合衆国のMADD(Mothers Against Drunk Driving)(「飲酒運転に反対する母親たち」)を研究対象とすることとした。MADDの活動は多様であるが、今回はそのうち「被害者支援活動」に限定し、特に比較的新しい動きに注目して紹介することとした。具体的には「修復的司法プログラム」と「精神的な支援活動」の二つを取り上げることとする。
なお、研究方法についてであるが、MADDによる被害者支援活動に関する既存の文献による文献的研究のほか、2004年の9月から10月にかけてアメリカ合衆国テキサス州で開催された「2004年 MADD全国大会」(2004 MADD National Conference。以下、「全国大会」という。)に参加し、そこでの各セッションに参加して情報を収集すると同時に、報告者や参加者に対するインタビューも行うなどの方法も採用した。

II MADDの概要

 MADDについては、わが国において既にいくつかの紹介文献が存在するので、ここではその概略のみを紹介することとする。
 まず名称についてであるが、MADDは、Mothers Against Drunk Driving、すなわち「飲酒運転に反対する母親たち」の頭文字から取ったものであり、mad(怒っている)という形容詞と掛けことばになっている。
MADDは、飲酒運転による轢き逃げ事件により当時13歳であった娘を失った母親(Candy Lightner)により、カリフォルニア州において1980年に設立された。なお設立当初の名称は、Mothers Against Drunk Drivers (飲酒運転者に反対する母親たち)であったが、1984年に現在の名称に変更されている。この事件を契機として彼女は、飲酒運転の追放に向けての活動を行なう組織を立ち上げることになった。1980年に設立された支部(chapterと呼ばれる)は、カリフォルニア州とメリーランド州の二つであったが、1984年には350支部を超えるまでに成長した。現在の支部数は約600、また会員数は約300万人と公称されている。なお、1984年にカナダ、1985年にはイギリスとニュージーランドに提携機関が設立されている。MADDの全米本部は、テキサス州アーヴィング(Irving)に置かれている。

例えば、冨田信穗「飲酒運転追放に向けた民間団体の取り組み」『人と車』(財団法人全日本交通安全協会)第37巻第10号(2001年)は、MADDの活動を比較的詳細に紹介している。また、MADDの職員(当時)のレジーナ・ソビエスキ氏がMADDの活動を紹介した講演の要旨が、『警察学論集』第53巻第3号(特集・第4回犯罪被害者支援フォーラムの概要)(2001年)に収録されている。

 MADDは、その目的について次のように定めている。「MADDの使命(mission)は、飲酒運転を止めさせ、この暴力犯罪の被害者を支援し、未成年者の飲酒を防止することである。」このようにMADDでは、飲酒運転の被害者は犯罪の被害者である、との立場を明確にしている。
 MADDの年間予算は、2003年度では、約4,700万ドル(約50億円)である。収入の内訳は、個人による寄付(45%)、企業や財団からの寄付および政府からの補助金(36%)、会費等(19%)となっている。一方、支出の内訳は、地域社会における活動費(80%)、人件費・事務費(7%)、募金活動費(13%)となっている 。
 MADDの活動は、次の4種に分類される。すなわち、被害者支援活動、公共政策推進活動、広報啓発活動及び未成年者飲酒防止活動である。
被害者支援活動としては、飲酒運転による死傷事故の被害者等に対して、電話及びインターネットによる情報提供、パンフレット及び雑誌の発行、被害者支援員による情報提供及び直接的支援、追悼行事などが行われている。
次に、MADDは、法律の制定や改正などの公共政策(public policy)の推進に大きく関わっている。MADDの表現によれば、「その設立以来、MADDは2,300以上の飲酒運転や未成年の飲酒を規制する法律の制定に貢献した」のである。
広報啓発活動についてMADDは、飲酒運転の追放に向けて、「指定運転者プログラム」(Designate a Driver)やTie One On For Safetyと呼ばれる「赤いリボン」を用いた活動などの様々な活動を展開している。
未成年者飲酒防止活動は、最近特に力が注がれている活動である。アメリカ合衆国では、未成年者の運転による死亡事故において、運転者が飲酒していた比率は、30%以上となっている。このことから、飲酒運転防止における未成年の飲酒防止活動の重要性が導かれる。MADDでは、そのための様々な活動が展開されている。

III 「2004年 MADD全国大会」の概要

MADDによる交通事故被害者支援活動の全体像を理解するには、文献調査などのさまざまな方法があるが、今回は2004年の9月から10月にかけてアメリカ合衆国テキサス州で開催された全国大会に参加し、そこでの各セッションに参加して情報を収集すると同時に、報告者や参加者に対するインタビューを行うという方法も採用することとした。
 以下においては、この全国大会の概略を紹介するが、その方法として、MADD本部がマスメディア発表用に作成した資料を取り上げ、その全文をできる限り原文に忠実な形で翻訳したいと思う 。その理由は、これによりMADDの活動自体についてもより深く理解することが可能になり、また大会の雰囲気もある程度伝えることができると考えるからである。

(以下、翻訳部分)

2004年全国大会においてMADDは命を守るために疾走する

飲酒運転を防止するための新しい方法を学び、被害者・遺族を敬い、法執行を推進させるために支援者たちが集う

ダラス(2004年9月30日)
「パトカー追突される」、「飲酒ドライバー死亡事故で逮捕される」、「家族四人がケガ」。残念なことであるが、これらは毎日のように目にする見出しである。MADDが目指しているのはこのような見出しを変えることである。

この目標を達成することが、2004年MADD全国大会の目標であり、ここではMADDの指導者の呼びかけに応じて、飲酒運転を防止し、被害者・遺族を支援し、また未成年者の飲酒を防止するために活動している約700人の人々が集結する。「命を守るために疾走する」(Drive For Life)と題されたこの大会は、グレープヴァインのゲイロード・テキサン・リゾートにおいて、9月30日より10月2日まで開催される。

昨年合衆国においては、飲酒に関わる衝突事故により17,013人が死亡しており、これは交通事故死亡者の40%に相当し、また毎年推定50万人が飲酒に関係した衝突事故により負傷している。2003年の死者数は前年と比較して3%減少しており、これは過去5年で初めてのことである。2003年のテキサス州における交通事故による死者の47%は飲酒が関与している。

今年の大会では、特に犯罪被害者の権利について焦点を合わせている。土曜日の基調講演は「意見が反映される必要性:被害者の基本権を確立するために」と題されており、合衆国司法省犯罪被害者対策室の室長であるジョン・ギリス氏、「被害者のための憲法改正全米プロジェクト」の法律顧問のスティーヴ・トゥイスト氏が出席する。さらに木曜日の夜には、ろうそくを灯して被害者・遺族に敬意を表する行事(candlelight tribute)が行われる。

MADD会長のウェンディー・J・ハミルトン氏は次のように述べる。「昨年だけでもMADDの被害者支援部門は27,000人の被害者・遺族に支援を提供しました。今日ですら犯罪被害者にはごく限られた権利しか保障されておらず、またそれすらも司法制度の中で無視されることもあるのです。私たちは、被害者により多くの権利を認める法律を制定することを支持すると同時に、被害者がこれらの権利を主張することを支援します。」

上院議員のジョン・キール氏(共和党・アリゾナ州選出)とダイアナ・フェインシュテイン氏(民主党・カリフォルニア州選出)が発起人となっている「犯罪被害者法案」(上院議案2329)は被害者の重要な権利を保障しようとするものであり、ここでは告発人から保護される権利、事件処理上の重要な手続に関与する権利、検察官と協議する権利、賠償を受ける権利、などが含まれている。ギリス室長は次のように語る。「アメリカのすべてのコミュニティーにおいて犯罪被害者に活力を与えるためにMADDが行っていること全てに対して、私はうれしく思っています。MADDのウェンディー・ハミルトン会長の傑出した指導力とともに、全国のボランティアの献身的な努力に敬意を表します。このような活動は、人々の生活に大きな変化をもたらすものです。」

大会では、シートベルトに関する基本法の制定、危険性の高い運転者への制裁及び取締りの強化など、MADDが提唱している法案などにも焦点が合わせられている。

現在テキサス州は、飲酒による死傷事故を減少させるための最も効果的な方法の一つとされている「飲酒運転チェックポイント」を採用していない12の州の一つである。テキサス州では、飲酒運転に関係した交通事故による死者数は年間1,700人を超えており、また負傷者数は数千人となっている。ダラス及びタラント郡は、テキサス州で飲酒運転による事故の率は最も高くなっている。

フォード自動車の自動車安全室の室長であるジム・ボンデール氏は次のように述べる。「飲酒関連の事故が、道路上での死亡および重傷の主要な原因となっています。しかしこのような死傷事故は取締りの強化や自動車運転教育の充実によって防止することができます。子供たちのために道路を安全なものにしようとしているMADDの努力に敬意を表します。」

全国大会のその他のハイライトとしては、未成年者の飲酒を防止するために、10代の子供たちが警察官とのよりよい協力関係を持つための方法を教育する「青少年コース」(youth track)がある。20人以上の青少年が12州からこの集中的で実践的なコースに参加することになっている。今年初めての企画として、警察官向けのコース(law enforcement track)があり、飲酒運転を効果的に防止するための情報を50人の警察官に提供するものである。その他の分科会においても、地域社会の多様性に対応し、10代の飲酒や青少年がアルコールに接近する機会を減少させるための方法が論じられる。

MADDの全国大会は、フォード自動車、全米高速道路交通安全局(The National Highway Traffic Safety Administration)、薬物乱用防止センター(The Center for Substance Abuse Prevention)及び犯罪被害者対策室(Office for Victims of Crime)の後援を受けている。

大会の主要行事
9月30日(木)
国立アルコール濫用及びアルコール中毒研究所(National Institute on Alcohol Abuse and Alcoholism)シンポジウム。飲酒運転及び未成年の飲酒を防止するための効果的な法律に関する最新の研究について研究者が報告する。

夕食会。MADDの理事長シンシア・ローク氏、MADD会長のウェンディー・ハミルトン氏、MADD事務局長のボビー・ハード氏が出席者を歓迎する(その他、来賓多数)。

被害者・遺族のろうそくを灯しての追悼会(Victim/Survivor Candlelight Tribute)「命を貴ぶ」(Celebrate A Life)。アルコールによる衝突事故による死傷者の命を貴び、あるいは追悼する時間。

10月1日(金)
基調講演。講師は、人間関係、目標達成、指導力などのテーマで一般人向けの講演を行っているフィル・ダゴスティーノ氏。

10月2日(土)
基調講演。ルイジアナ州ラフォーシェ・パリッシュ郡のクレイグ・ウィバー保安官による「高速道路のヒーローたち」(青少年による警察の認識)。MADDの「行動する青少年」(Youth in Action)に属する全国からのメンバーが、優れた活動を行った警察官を表彰する。

基調講演。講師は犯罪被害者対策室長のジョン・ギリス氏(前出)。

基調講演。講師は「被害者のための憲法改正全米プロジェクト」の法律顧問のスティーヴ・トゥイスト氏(前出)。

MADDは1980年の創設以来、約27万人の人々に支援を提供した。全米に約600の支部があるほか、オーストラリア、カナダ、日本、プエルトリコ及びスウェーデンにも提携機関がある。会員及び賛助会員の数は200万人に上る。MADDは、犯罪被害者に対する支援活動を提供する機関として最大のものであると同時に、飲酒運転に反対する機関としても最大のものである。詳細については、www.MADD.orgを参照のこと。
(以上、翻訳部分)

IV MADDにおける修復的司法プログラム

(1)「修復的司法」の基本的な考え方
 「修復的司法」(Restorative Justice)は、犯罪学の分野において、近時急速的に発展してきた、思想あるいは思考様式である。修復的司法は様々に定義され、その内容は論者により大きく異なる。しかし、基本的には、犯罪を国家の法律に対する違反行為として理解する伝統的な「応報的司法」(Retributive Justice)に対し、犯罪を被害者やコミュニティーに対する侵害行為として理解する考え方であり、その目指すところは、犯罪によって失われた関係の修復であり、再統合(reintegration)である 。
修復的司法の思想を実現するための具体的方法あるいはプログラムは多様であるが、代表的なものとして「家族集団円卓会議」(Family Group Conferencing) )(以下、FGCと略称)、「被害者・加害者和解」(Victim Offender Reconciliation)プログラムなどがある。修復的司法の考えに基づくこのようなプログラムは、各国の司法制度に導入されつつある。しかしながら、わが国の司法制度においては、公式的なプログラムは存在していないが、非公的なプログラムは既にいくつかのものが運営されている。今後わが国においても、公的な制度の導入が具体的に検討されるのもそれほど先のことではないと思われる。

(2)MADDと修復的司法
 MADDの活動は、既に説明したとおり、基本的には、被害者支援活動、公共政策推進活動、広報啓発活動及び未成年者飲酒防止活動の四種である。また、MADDの公共政策推進活動の基本は、飲酒運転の適切な処罰と取締りであり、これは先に述べた「応報的司法」の考え方に基づくものである。従って、MADDは、基本的には、修復的司法の考えに基づくプログラムに対しては消極的であるように思われる。現在においても、MADDの公式ホームページやAnnual Reportには修復的司法の言葉はまったく見られない。
しかしながら、アメリカ合衆国においても修復的司法が浸透するに従い、MADDにおいても修復的司法を無視することができなくなってきているように思われる。そのような変化を示す例として、今回の全国大会においては、修復的司法に関する分科会(「修復的司法:原理と実践」)が設けられていたことを挙げることができる。
この分科会においては、その名称が示すとおり、修復的司法の基本的な考えについての講義がなされると同時に、修復的司法のアプローチが飲酒運転の被害者にとっても有益であることが示された 。また、MADDの地方支部の一部においては、修復的司法の考えに基づくプログラムが運営されていることにも言及された 。
後述するように、わが国においても被害者支援機関が修復的司法にどのように望むかについては意見の一致が見られないところであるが、MADDのこのような動きは注目に値するように思われる。

V 被害者支援と修復的司法

(1)はじめに
(1)わが国における今後の方向について  以上、アメリカ合衆国におけるMADDの活動及びそこにおける新しい動きとしての修復的司法プログラムとの関わりを紹介した。
ところで、MADDのような被害者支援機関が修復的司法プログラムに関わることをどのように評価すべきかについては、アメリカ合衆国においても、また、わが国においても十分論じられていない。そこで以下においては、少々一般的な議論になるかと思われるが、この点について論じたいと思う。また、もし被害者支援機関が修復的司法プログラムに関わるなら、どのような配慮がなされるべきかについても併せて論じたいと思う。

(2) 被害者支援と修復的司法の関わり
 犯罪被害に限らず、我々は日常生活において様々な被害を受け、そのことにより様々な問題に直面するが、それらの問題を解決し、被害から回復するのは本人であり、そこでは本人の自助努力が期待される。そのことは、犯罪被害についても基本的には同じである。犯罪の被害者は、直接的、間接的に様々な被害を受け、多くの困難な問題に直面する。しかし、ここにおいても問題を解決し、被害から回復するのは基本的には本人の自助努力による。しかし、犯罪の場合、他の被害とは異なり、直面する問題が多様であり、また深刻であることが多い。従って、それを本人の自助努力にのみ委ねることは適切ではない。そこで、被害者本人の主体性や自己決定を尊重しながら、本人の問題解決や被害からの回復を支援することが必要になる。これが、被害者支援の基本的な考え方である。
 かつて、このような支援は、地域社会や家族により提供されていたが、都市化や核家族化の進展により、次第に衰退してきている。また、家族や地域社会による支援は、場合によっては被害者の問題解決や回復にとって望ましくない結果をもたらすこともあることが認識されるようになった。このことから、被害者支援は、家族や地域社会によるものから、国家的な施策や、様々な民間機関による支援活動に次第に移行している 。
 ところで、既に述べたとおり、被害者の直面する問題は多様であるが、それらの問題の内「なぜ自分が被害者として選択されたかが分からない」、「自分の受けた打撃の深刻さを犯人に直接伝えることができない」などがある。これらの問題を解決する手段の一つとして、修復的司法の理念に基づく被害者と加害者との直接的対話のプログラムが用意されている。これが実際に、被害者の期待に応えるものであるかどうか、また、被害者の問題を解決するものであるかどうかは別として、被害者が自分の判断により、問題解決や回復に役立つと判断し、それに参加することを望んだ場合には、その判断を尊重することが重要である。
また、その直接的対話への参加により、被害者がまた新たな問題に直面した場合には、それへの支援も重要なものとなる。このことは、公判における被害者による意見陳述や、被害者による法廷傍聴とまったく同じである。意見陳述や傍聴が結果として本人の問題解決や回復に有効であるかどうかは別として、本人がそのことを望むならそれに対する支援が必要であり、また、現在このような支援活動はわが国においても、かなり一般的なものとなっている。
 以上から、直接的対話に参加する被害者への支援も、被害者支援活動の重要な一部として理解しなければならないということになる。従って、被害者支援プログラムの中に、直接的対話に参加する被害者への支援サービスが組み込まれることが期待されるのである。  なお、以下における被害者支援と修復的司法に関する記述においては、修復的司法の理念に基づく、被害者と加害者との直接的対話、具体的にはVOM(Victim-Offender Mediation)(被害者・加害者和解)と被害者支援との関わりを念頭に置いて論じることとする。なお、アメリカ合衆国では、victim-offender meetings(被害者・加害者会合)、victim-offender reconciliation(被害者・加害者調停)、 victim-offender conferences(被害者・加害者会議)なども、VOMとほぼ同じ意味の言葉として用いられている。ただ、mediationやreconciliationは、結果が重要であるとのイメージがあるので、結果ではなく過程を重視する立場ではmeetingsやconferencesの用語を好む傾向にある。筆者もその立場に立つものであるが、以下においては厳密に区別することなく、これらの用語を用いることとする。

(3)わが国における状況
 現在、わが国における被害者支援は、
(イ) 犯罪被害者等給付金制度を中心とする経済的支援
(ロ) 刑事司法における被害者の法的地位の向上のための諸施策
(ハ) カウンセリングなどの精神的支援
(ニ) 危機介入などのいわゆる直接的支援
に分類することができる。また、このような支援活動は、警察や検察などの刑事司法機関のほか、近時は民間機関によっても提供されている。
 このような支援活動の発展についてここで論じる余裕はないが、経済的支援については1980年代、精神的支援については1990年代、刑事司法における被害者の法的地位の向上については、刑事訴訟法などの改正により、2000年前後に開始されたと言えよう。いわゆる直接的支援が本格的に開始されたのは、犯罪被害者等給付金等の支給に関する法律23条が施行された2002年とするのが、適当であろう。従ってわが国においては、被害者支援と修復的司法との関わり、とりわけ直接的対話との関わりは、直接的対話のプログラム自体が少ないということもあり、ほとんど無いという状況である。
 また、被害者支援、とりわけ民間機関による被害者支援活動が、修復的司法との関わりを持たない、あるいは持ちたがらない傾向が見られるが、その主たる理由は次のようなものである。第一は、被害者支援がやっと定着しようとしているこの段階において、犯人との和解を目指す修復的司法プログラムが発展すると、被害者支援が後退するのではないかという不安である。第二に、直接的対話がなされた場合、被害者が和解に応じないと、「被害者は心が狭い」、「犯人の改善や社会復帰に協力的ではない」というような非難が浴びせ掛けられるのではないかとの危惧があることである。第三には、被害者支援を定着させるために、例えば危機介入活動のような活動を優先的に行わなければならず、修復的司法との関わりを持つだけの余力が無い、という状況も存在する。
 しかし、既に述べた通り、問題解決や回復に役立てるために加害者との直接的対話に参加したいという被害者が存在するならば、その要求に応えるのが被害者支援のあるべき姿なのであるから、修復的司法プログラム、とりわけ直接的対話プログラムの運営方法などを被害者に十分配慮したものに改善するなどして、被害者支援において修復的司法との関わりを推進させることが重要である。

(4)今後の方向
 それでは、わが国の被害者支援は、修復的司法との具体的な関わりをどのように持つべきであろうか。行うべきことの第一は、既に述べたことからも明らかなように、直接的対話に参加する被害者への支援活動である。第二は、これも既に触れたことであるが、修復的司法のプログラム、とりわけ直接的対話プログラムを被害者に十分配慮したものに改善するためのいわゆるadvocacy活動を行うことである。なおadvocacy活動とは、被害者の利益や権利を擁護するための代弁活動のことであるが、これは被害者支援のための活動それ自体というよりも、先に分類した4種の活動を推進するための方法であると言えよう。第三は、上述の第一の活動及び第二の活動の延長線上に位置づけられるものであるが、被害者支援活動を行う機関、とりわけ民間機関が、修復的司法プログラムとりわけ直接的対話プログラムを自ら運営することである。ここにおいては、被害者に十分配慮した理想的な環境の下で直接的対話を行うことができ、さらに必要に応じてそれに参加している被害者への支援活動も行うことができることになるのである。
 以下においては、被害者支援と修復的司法との、上記の3種の関わりにつき、主としてアメリカ合衆国における状況を紹介することとしたい。なお、アメリカ合衆国においては、上記の第二のadvocacy活動が中心であり、第一及び第三の活動は、それほど行われているわけではない。そこで、第二の活動についての紹介を中心とし、その他については紙幅の都合により紹介できないため、別の機会に委ねたい。

(2)被害者に配慮した被害者・加害者和解プログラム
(1)『被害者に配慮した被害者・加害者和解:対話を通じての修復的司法』の紹介  犯罪被害による様々な問題を解決するために、あるいは様々な被害からの回復のために、被害者・加害者和解プログラムにおける直接的対話を望んだ場合、それが被害者に十分配慮して行われなければ、被害者の目的が達成されることは極めて困難である。それでは、被害者に配慮した被害者・加害者和解プログラム(以下、単に「被害者・加害者和解」あるいはVictim-Offender Mediation (VOM)と呼ぶこととする。)とは、どのようなものであろうか。これを考える上で、あるいはさらにわが国のVOMを被害者に配慮したものにするために、Umbreitらによる『被害者に配慮した被害者・加害者和解:対話を通じての修復的司法』と題する非常に有益な以下に掲げる文献があるので、以下に紙幅の許す限り紹介することとする 。
この文献は、アメリカ合衆国司法省司法プログラム局犯罪被害者対策室(U.S. Department of Justice, Office of Justice Programs, Office for Victims of Crime)(以下、OVCと略称)からの研究費を得て、ミネソタ大学修復的司法・和解センター(Center for Restorative Justice and Peacemaking)のUmbreitらにより執筆されたものである。この文献の中で述べられている見解や意見は、基本的には、VOMの最大の推進者であるUmbreitのものであるが、OVCから出版されており、被害者支援の視点がかなり強く反映されているように思われる。
この文献の構成は次の通りである。当時OVCの室長であったKathryn M. Turmanによる「室長のメッセージ」、OVCによる「謝辞」、「目次」、「要約」の後、以下の各章及び「付録」が続く。なお、この文献は、全部で63ページの短いものである。
第1章 被害者・加害者の和解:国内の状況の概観
第2章 被害者に配慮した、加害者との和解および対話のための指針
第3章 プログラム開発のための勧告
第4章 まとめ
付録(アメリカ合衆国における被害者・加害者和解プログラムの調査の結果、「人間中心主義(humanistic)の和解とは何か」、各プログラムの概観、各プログラムが配慮している点)

文献



(3)主要な内容
 以下、わが国において「被害者に配慮した」VOMを運営する際に有益と思われることを、紹介する。
 「室長のメッセージ」における以下の記述は、被害者支援とVOMとのあるべき関係を簡潔に示しており、非常に有益である。
 「OVCはすべての被害者がVOM、FGCあるいはその他の修復司法的な調停制度に参加すべきであると主張するつもりは無い。参加するかどうかは、個々の被害者が自分自身の利益のために、個人として判断すべきことである。しかしながら、このようなすべての修復的司法のプログラムが、加害者と会うことを望んでいる被害者の要求や懸念に十分配慮したものとなるように、OVCは強く主張するものである。被害者が参加するように、いかなる圧力が加えられることがあってはならない。なぜならば、参加はあくまでも任意のものでなくてはならないからである。被害者には、場所、時期、および会合の構成について選択する権利や、手続きがいかなる段階であっても会合への参加を止める権利が認められなければならない。被害者をこのように保護することは、加害者を配慮することなく扱うことができるということを意味するものではない。被害者及び加害者の両者が敬意を持って扱われるべきなのである」。
 以上は、当然の指摘であるが、修復的司法に関する従来の文献において、このように明確に被害者への配慮を強調することは、それほど一般的ではなかったように思われるので、極めて新鮮に感じるものである。
「謝辞」の中では、アメリカ合衆国における被害者支援に大きな影響力があるNational Organization for Victim Assistance (NOVA)(全米被害者支援機構)の事務局長であるMarlene Youngにより本書へのコメントがなされたことに対する謝意が示されており、ここでも本書において被害者支援の視点がかなり強調されていることが分かる。
 第1章の「被害者・加害者の和解:国内の状況の概観」においては、修復的司法の基本概念が説明された後、VOMの特徴やアメリカ合衆国における運用状況などが示される。次に、VOMにおける両当事者は、民事紛争における「紛争当事者」(disputants)と本質的に異なることが説明される。すなわち、民事紛争においては、両当事者は紛争発生に関与しているので、両者は妥協して歩み寄って合意に至ることができる。しかしながら、VOMにおいては、一方は明らかに犯罪行為を行っており、またそのことを認めているのであるから、有罪か無罪かについての紛争は存在せず、この点においては和解が成立する余地は無いとする。従って、VOMにおける和解は、実際には弁償についての合意で終了することが多いが、「解決指向」(settlement-driven)ではなく「対話指向」(dialogue-driven)であるべきだとする。また、VOMが「解決指向」であると、加害者中心となり、修復の効果が弱まるのに対し、「対話指向」であれば被害者に配慮したものとなり、また、修復の効果も強まるとする。続いて、1998年にアメリカ合衆国における289のVOMプログラムに対して実施した調査の結果について簡単な解説がなされている。
 第2章の「被害者に配慮した、加害者との和解及び対話のための指針」は、VOMの目的及び10項目にわたる基本原則が説明された後、14項目の「被害者に配慮した和解のための指針」が詳細に説明され、ここがこの文献の最も中心的な部分となっている。第1は「被害者の安全」であり、会合の場所には被害者が安全と感じる場所が選択されるべきだとし、また、会合には一人又は二人の被害者を支援する人の付添いが重要であると指摘する。第2は「事件の慎重な選択」であり、被害者の同意のない事件はVOMの対象とすべきではないことが示される。第3は「最初に加害者と会う」であり、被害者に先に会い、VOMへの参加の意向が示されたのにもかかわらず、加害者によって拒否された場合には、被害者は加害者によって再被害を与えられたように感じる。従って、原則として、最初に加害者と会うことが重要であるとする。第4は「参加についての加害者の選択」であり、加害者が自ら望んで参加しなければ、被害者にもよい結果をもたらさないと指摘する。第5は「被害者の選択」であり、被害者が自ら選択してVOMに参加することは、犯罪被害によってもたらされた無力感からの回復をもたらすものであり極めて重要である、との指摘がなされる。続いて参加、支援、会合のスケジュール、会合の場所、座る位置、発言の順序、会合の終了、弁償の内容の全てにわたり、被害者の選択が優先されなければならないことが、詳細に説明される。第6は「会合前の被害者との面接における仲介者の義務」であり、ここでは被害者の話を傾聴し、VOMの手続き、司法制度、被害者の権利、被害者支援機関、犯人の状況、VOMの長所及び短所などについての情報提供がなされるべきであるとする。続く、第7「被害者が十分な心構えができるようにするための仲介者の義務」、第8「加害者の支援」、第9「会合前の加害者との面接における仲介者の義務」、第10「加害者が十分な心構えができるようにするための仲介者の義務」、第11「被害者に配慮した言葉を用いる」、第12「人間中心主義的・対話指向的な和解の方法を用いる」、第13「会合後の点検」及び第14「被害者に配慮する仲介者とするための訓練」も、内容豊富であり、また、示唆に富むものであるが、残念ながら紙幅の関係で紹介できない。
 以上の指針につきわが国への適用について言及すると、このような優れた指針を活用することにより被害者の理解が得られ易くなり、結果としてわが国におけるVOMの本格的な導入が促進されるのではないかと思われる。
 第3章の「プログラム開発のための勧告」は、「プログラムに関する勧告」と「訓練に関する勧告」の二部から構成される。「プログラムに関する勧告」においては、VOMプログラムにはVOMを経験した被害者や被害者支援機関の代表者などを含む顧問を置くことが重要であるとの指摘の他、プログラムの評価と点検、被害者支援機関を含む関係機関との連携の強化、優れた仲介者の養成等、提供するサービスの拡大などの必要性が論じられる。また「訓練に関する勧告」では、様々な実践的な訓練方法が導入されるべきことが指摘されている。

(3)おわりに
 「VOMに参加する被害者への支援」及び「被害者支援機関によるVOMの運営」についての紹介は、紙幅の関係で別の機会に委ねたい。なお、後者については、上述の調査の対象となった116のプログラムの内、わずか3プログラムのみが被害者支援機関によって運営されているだけであり、極めて少数である。なお、被害者支援機関によるVOMについては、今後その運営の実態を含めて詳しく研究する必要がある。
 わが国における被害者支援においては、修復的司法との関わりはほとんど無いに等しい。しかし、被害者のニーズは多様化しており、また、修復的司法の思想が一般化するに伴い、VOMへの参加を希望する被害者は、今後増加すると思われる。また既に述べたように、被害者への十分な配慮と支援が無ければ、VOMは有効に機能しない。以上を考えると、わが国の被害者支援機関、とりわけ民間の被害者支援機関が、修復的司法への理解を深め、VOMに参加する被害者にどのようなサービスが提供できるか、早急に検討すべきであろう。被害者に対する、利用できるVOMプログラムについての情報提供やVOMのメリット・デメリットの説明、VOM参加の被害者へのサポート、VOMプログラムに対する被害者への配慮に関するadvocacyなどは、すぐにでも行えると思われる。

VI 交通事故被害者・遺族への精神的支援の重要性

 

交通事故の被害者や遺族が精神的に深刻なダメージを受けることは、幾つかの調査によって明らかである。交通事故被害実態調査研究委員会が行った調査では、調査時点において、精神的健康度が低いとされたものは、重傷事故被害者で58%、死亡事故遺族で77%と高い割合であることが示された。交通事故による被害者の精神症状・障害としては、PTSD(外傷後ストレス障害)の他、不安、抑うつ、運転恐怖、心身症的愁訴などが報告されている。また、交通事故による負傷者に対する疫学調査では、遺族に、PTSDが58.8%(佐藤,1998) と高率にみられるという報告がある。遺族においては、通常の悲嘆とは異なった複雑性悲嘆(complicated grief)や外傷性悲嘆(traumatic grief)といった形で表れ、長期にわたって精神健康状態が障害される。長期間にわたる精神的機能の障害は、日常生活や社会機能の低下をもたらし、対人関係や家族関係を悪化させ、遺族・被害者の苦痛を増大させることになる。したがって、被害者や遺族が通常のレベルを超えて精神的苦痛を示し、回復困難になっている場合には、治療や支援が必要であると考えられる。しかし、実際には多くの被害者や遺族は、なかなか治療機関を訪れようとはしない。被害者や遺族をどのように支援の場や治療に結び付けるかが一つの大きな課題である。遺族や被害者に対する治療としては、グリーフカウンセリング(個人、グループ)、投薬、自助グループがあるが、統制群を用いて有効性を示した研究はまだ少ない。自助グループについては、幾つかのコントロールを用いた研究によって、専門家の指導やマニュアルを用いたトレーニングを受けた指導者の元で行われる自助グループは、有効であると報告されている。自助グループは、遺族には比較的接触しやすいものであることから、この自助グループ活動を通して、精神的支援を行っていける可能性が高い。日本でも、全国交通事故遺族の会をはじめ幾つもの自助グループの活動が行われるようになってきている。本パイロット事業では、このような自助グループ活動の草分け的存在である米国の自助グループ団体MADDの活動を調査することで、日本の交通事故被害者の支援活動やグループ活動へ寄与する情報を得たのでここに報告するものである。

VII MADDが行っている交通事故被害者・遺族への精神的支援活動の実際

(1)MADDにおける精神的支援活動の位置づけ
MADDは、1980年に子供を飲酒運転によって殺害された母親数人のグループとしてはじまり、現在ではアメリカ国内に600以上の支部を持ち、グアム、カナダ、プエリトリコなど外国に支部を持つまでに成長している。当初の成り立ちから遺族による活動が中心的ではあるが、現在では被害者への支援活動や若い世代への啓蒙活動も行うなど、活動の範囲は拡大してきている。設立当時のMADD(この当時はMothers Against Drunk Driversであった)の目的は、「飲酒運転が受け入れがたい犯罪であるという社会の信念をうちたてること」という社会の意識を変革しようという社会活動であった。しかし、1984年の名称の変更(Mothers Against Drunk Driving)とともに、その目的も「飲酒運転の防止と暴力犯罪の被害者の支援」と変わり、被害者への支援活動が目的として位置づけられるようになった。現在のMADDの使命は、「to stop drunk driving, support victims of this violent crime and prevent underage drinking」(飲酒運転の防止とこの暴力犯罪による被害者の支援、及び未成年者の飲酒予防)であり、被害者支援活動は主要な目的の一つである。 現在のMADDにおける被害者支援活動は包括的なものであり、経済的問題、司法上の問題、被害者権利、被害者への追悼などが中心である。直接的な精神的支援活動としては、24時間のホットライン、被害者支援グループ(victim support group)、被害者・遺族へのパンフレットなどによる心理教育が存在するが、精神的支援を特に独立して取り上げてはいない。しかし、このことは、被害者・遺族の精神的問題を軽視しているわけではなく、むしろ、すべての活動の根幹に存在しているということが言える。特に、そのことが明示されている訳ではないが、MADDにおいては、被害者・遺族の精神的ダメージは、直接的な、あるいは心のみを取り扱うような精神的支援によってのみ癒されるのではなく、交通事故によって受けた生活全般の回復や司法における公正な扱い、被害者の権利の確立、社会への啓蒙や予防といったすべての活動を通して回復されるべきものであるという考えに基づいているのではないかと思われる。言い換えると、すべての活動が精神的な回復に何らかの形で結びついているとも言える。例えば、MADDでは、警察官に対して啓蒙活動を行っており、全国大会では特に刑事司法関係者に対するトレーニングプログラムを設置している。警察官がより被害者・遺族について理解できることを通して、刑事司法手続きにおける2次被害を軽減していくことができる。また、MADDでは被害者への追悼(tribute, victim honoring)は重要な活動、儀式であるが、これは、亡くなった犠牲者のためだけでなく、遺族の心の癒しの上で大きな意味をもっている。しかし、こういった活動の中でもホットライン、心理教育、自助グループなどは、心理的援助(emotional support)の意味合いが強いものであろう。
この報告書では、MADDにおける精神的な支援がどのように行われているか、また、MADDの範囲を超えるような問題について専門機関との連携、スタッフへの支援について報告する。

(2)ホットライン
 MADDでは、トレーニングを受けた支援者(advocator)によるホットラインがあるが、対応できる時間など支部によって異なっている。本部でのホットラインが共有されているので、ホットラインのない地域の被害者は、それを利用することができる。支部でのホットラインは、その地域での活動によって異なっていると思われる。例えば、ミネソタ州では、24時間のホットラインが開設されており、被害者・遺族が必要としている情報に関する無料のパンフレットの提供、心理的支援、刑事司法手続きに関する情報提供がなされている。

(3)心理教育(Psychoeducation)
 心理教育は、認知行動療法の一環として、自分の症状とその原因となっている認知のゆがみを理解するために行われるものである。現在、精神医学の領域において、家族療法や、うつ病、統合失調症など多くの精神疾患などで、心理教育は重要な治療の一部となっている。トラウマの分野においては、その初期の精神反応の多くが「異常な出来事に対する正常な反応」であることから、自然回復までの過程で症状を理解することで、不要な動揺を避けることができるため、心理教育は重要である。飛鳥井 は、PTSDの治療における心理教育の意義として、以下の4点をあげている。
(1) 症状の理解:PTSDの症状について説明し、理解してもらうことで対処できるようにする
(2) ノーマライゼーション:症状を「異常な事態に対する正常の反応」と位置づける (3) 機能不全思考の理解:自責感、羞恥心、自信喪失、不信感などの感情がトラウマによって生じたものであることを理解し、これらの考え方と一定の心理的距離が取れるようにする (4) 症状回復への見通し:時間とともに症状が軽快することを告げ、自分の本来の機能の回復に努める
上記の点は、PTSDのみならずトラウマ反応全般について有用であると言える。元来の心理教育は、認知行動療法で行われるように、治療者との対話を通して相互的に行われるが、不特定多数を対象とする場合には、パンフレット、インターネットの掲示、ビデオを利用した情報提供の形や、あるいは研修会などの講義の形で行われる。

(4)パンフレットを通した心理教育
MADDでは、ホームページ上でvictim services & information(被害者への情報とサービス)として様々な文書がダウンロードできるようになっており、MADDにアクセスする被害者・遺族が簡単に情報を入手できるように配慮されている。これらの文書の多くは、被害者や遺族の心理や回復への手掛かりについてのものであり、心理教育に該当するものと考えられる。
MADDで提供されている文書の特徴として、一つには、多様な被害者・遺族に対応していることが上げられる。MADDのパンフレットに取り上げている対象は、以下である。

 また、対象者だけでなく取り上げられている問題もきめ細かく、多様である。

これらのパンフレットは、MADDのメンバーによって書かれているものもあれば、悲嘆反応などについては、心理専門家によって書かれているものもある。このようなきめ細かい問題、対象者が取り上げられているのは、MADDが、被害者・遺族によって作られている会であり、自らの経験の共有により様々な問題が、共通してみられることと、支援の必要性があることが認識されているためと思われる。

(5)自助グループ(victim support group)
 自助グループとは、「共通の問題を抱えている個人が、相互の助け合い、支持、教育、個人の成長などの目標のために集まって構成するもの。荷下ろし、体験の共有、相互の問題の解決、仲間からの肯定、情報交換を行うことに焦点を当てているものであり、これらの活動を通じて、対処方法の改善と、社会支援の提供を行う」 ものである。自助グループは一般的にはself help groupと言われているが、MADDでは、victim support groupと言う名称で、各支部で実施されているものである。MADDの活動自体が、もともと、遺族のグループで始まっていることもあり、自助グループ活動は、MADDの基本である。活動の日時や内容は、各支部によって異なっているが、通常、月1回など定例で行い、集まった被害者・遺族がお互いの気持ちを安心して話せる場所として機能している。しかし、これらの自助グループは、被害者・遺族同士が行うためのものであるため、うつ状態などより深いレベルの問題を抱えている人に対しては、専門家への紹介が必要となる。

(6)医療機関との連携
 MADDは、OVCや警察とは非常に緊密な連携を持っているが、公式的に例えば、APA(アメリカ精神医学会)などの医療機関・団体と連携をとっている訳ではない。MADD本部では、リンクとして、Grief-net(悲嘆のネットワーク)やNational Center for Victims of Crime(全米犯罪被害者センター)を張っているが、直接の医療機関・団体とのリンクはとられていない。最初に幾つかの研究で示したように、遺族や被害者の精神健康状態は非常に悪いという調査報告があり、これはアメリカでも同様である。したがって、被害者・遺族が精神科医療機関を受診する必要性はあると思われ、今回の調査でもそれがどのようになされているかを、幾つかの機関のスタッフに聞いてみた。この医療機関の連携については、状況はかなり各支部によって異なっている様子であった。おそらく、これは支部のある地域の精神科医療機関のリソースによるものであろう。近隣に、PTSD治療に詳しい精神科医療機関がある所では、主にそこを紹介しているということであった。しかし、相談員個人のリソースによって紹介されているという所もあり、刑事司法関連機関などに比べると精神科医療機関との連携は、あまり重要視されていない印象を受けた。

(7)Victim tribute(被害者への追悼)
Victim tributeは、被害者への追悼であるが、tributeという言葉には、讃辞、感謝という意味があり、被害者を称え、敬意を払うという意味合いが強い。また、故人だけでなく、重症を受けた被害者に対しても行われているということもある。victim tributeは、故人となった被害者にとって重要であることは言うまでもないが、遺族にとって特に重要である。遺族は、被害者の死が忘れ去られ、その意味を失うことを恐れている。このようにセレモニーとして、多くの人が故人の存在を知り、その死を悼むということは遺族の心の慰めであり、精神的なサポートとして機能する。MADDでは、様々な形でvictim tributeが存在している。例えば、全国大会では、オープニングディナーのあとに、1時間を費やしてvictim/survivors tributeが行われている。参加者にはキャンドルが渡され、故人のスライドがスクリーンに映し出され、故人の名前がナレーションされ、多くの参加者が祈り、悼むものである。参加した遺族は、悲しみを新たにするとともに、しかし、集う多くの人々が故人を知り、その死をともに悼んでくれることに癒されるものを感じるのではないかと思われる。また、MADD本部、各支部のホームページには、必ずvictim tributeあるいは、honoringのコーナーがあり、被害者の写真と事故について、また家族の言葉が記されている。各支部では定期的にtributeの儀式が行われている。日本ではまだ定着していないtributeであるが、遺族が、社会は被害者を覚えているという連帯感を持てるものとして重要なものであると考えられる。

(8)予防活動
 MADDでは様々な形で、飲酒運転による交通事故の防止活動が行われているが、近年特に、underage(未成年者)への予防教育に関心が払われている。特に、未成年者に対しては、運転ではなく、アルコール問題についての教育として、行われていることが興味深い。Substance Abuse and Mental Health Services Administration (SAMHSA)(薬物依存及びメンタルヘルスサービスセンター)の学校におけるアルコール問題の教育プログラムに、MADDのスタッフが参加するという形で行われているものもある。未成年者プログラムは、Underage 21として飲酒が合法化される以前の年齢を対象に、小学生、中学・高校生、大学生、教師、親への教育、研修プログラムが存在している。このように、これ以上被害者を増やさないために、社会に還元した活動を行い、かつそれが受け入れられ評価されることは、被害者・遺族が被害体験に意味を持たせ、社会とのつながりを回復する上で極めて重要な活動である。

VIII MADDにおける支援者(advocator)のトレーニングとサポート

 MADDでは、被害者の支援を行うスタッフは支援者(advocator)と呼ばれている。支援者は、会員である被害者・遺族がトレーニングを受けてサービスを提供するものであり、ホットラインによる精神的支援、様々な情報の提供、法廷への付添いなどを行う。支援者のトレーニングは各支部においてなされるものであるが、全国大会においてもカンファレンスで研修的な内容を取り上げて各団体の体験を共有することで、活動の推進が図られている。今回のパイロット事業では、2004年9月30日から10月3日までテキサス州グレープヴァインで行われた全国大会のプログラムにおける、主に精神的支援に関する研修について取り上げる。
 全国大会では、73のシンポジウムが設置されており、この中には、警察官向けのコース(law enforcement track)、大都市支部向けのコース(metro chapter advanced workshop)、青少年コース(youth track)が含まれている。73のシンポジウムの中で直接に精神的支援に関連すると思われるものは、「Working with children traumatized by violence(暴力被害を受けた子どもへの活動)」と「Traumatic grief(外傷性悲嘆)」,警察官向けの「Death notification(死亡告知)」の3つのみであった。スタッフへのサポートに関するものとしては、警察官向けの「First responders: Compassion Fatigue(最初に対応する人々:共感性疲労)」、支援者の体験を共有する「Victim advocates' roundtable(被害者支援者会議)」の2つのシンポジウムがあった。この中で、筆者が参加することができた「Working with children traumatized by violence」、「Traumatic grief」、「Victim advocates' roundtable」の内容について紹介する。

(1)Working with children traumatized by violence
このシンポジウムは、医療ソーシャルワーカーでかつMADDの理事でもあるMs. Debbie Weirによってスライドを用いて、講義形式で行われた。彼女は、かつて病院で医療ソーシャルワーカーとして勤務していたが、アメリカにおいても子どもの悲嘆についての情報が少なく、対応には困難があるとのことであった。以下に講義で取り上げられた内容を抜粋して紹介する。

  1. 子どもの心理的トラウマの定義
  2. 子どものトラウマの統計

    ・子どもの死因でトラウマ(不慮の外傷や殺人を含む)に起因する死亡の割合は、1歳から4歳で43%、5-14歳で48%、5-24歳で62%に達する(National Center for Health Statistics:全米厚生統計局)。

  3. 子どものトラウマの原因となる出来事
  4. 飲酒運転と子ども(2003年のNational Highway Traffic Safety Administration:全米高速道路安全協会の報告)

    ・2002年に0-14歳の交通事故で死亡した子どものうち、半数以上は飲酒運転の車に同乗していたものであり、22%は、アルコールに関連した衝突事故で死亡している。
    ・交通事故は2002年の2歳から14歳以下の子どもの死因では最も多いものである。
    ・2002年に7,739人の15歳以下の子どもが、同乗者として致命的な交通事故に巻き込まれている。

  5. 二次被害(re-traumatization) ・トラウマに巻き込まれた子どもが、更に司法手続き(証人となる)やメディアにさらされることで、更なる被害(二次被害)を受けることがある。
  6. 子どものトラウマ反応 ・子どものトラウマ反応は年代によって異なる。

    <5歳以下の子どもの反応>
    親と分離することへの恐怖、泣き叫び、動かなくなるあるいは目的なくうろうろする、震える、おびえた表情、過剰なしがみつき

    <6歳から11歳の子どもの反応>
    完全に引きこもる、崩壊した行動、注意集中ができない、繰り返す悪夢、睡眠障害、理由のない恐怖、イライラ、不登校、怒りの爆発、けんか、腹痛、頭痛、痛みの増加 *葬式の後、すぐ子どもが登校するのは困難であり、MADDではスクールカウンセラーと連絡を取り、子どもが学校へ戻るためのサポートを行う。

    <12歳から17歳の子どもの反応>
    抑うつ、物質乱用、仲間との問題行動、反社会的行動、引きこもり・孤立、身体的訴え、自殺念慮、不登校、学力の低下、睡眠障害、混乱、注意集中力や動機の低下 *この年代の症状は成人と似ている。不登校の子どもに対しては、グリーフのグループを作り、そこに参加することで居場所を作る。
    *思春期の子どもでは、外傷や死を防ぐことができなかったことに対する強い罪悪感がある。このような罪悪感は、合理的なものもあるが、非合理的なものもある。また、トラウマからの回復を阻止するようなものに対して復讐心を抱く場合がある。

  7. 学童や思春期のトラウマサヴァイヴァーに対する援助 ・早期の介入が重要である。両親、教師、警察官、社会福祉士、牧師、被害者支援者、その他支援の専門家は、子どもの回復を支援することが重要である。 ・初期には、子どもを更に傷つけることや、トラウマ刺激にさらすことから保護するようにするべきであり、特に、見物人やメディアから守る必要がある。 ・子どもの急性反応を見つけ、落ち着くまでそばにいることが必要である。子どもの急性反応としては、パニック、顕著な震え、落ち着きのなさ、まとまりのない会話、無言になる、奇行、強い悲嘆が上げられる。 ・回避行動(事件の場所に行くことができない)、感情の麻痺(出来事に対する感情的反応がない)、再体験(記憶がよみがえる、悪夢)、過覚醒(睡眠障害、驚愕反応など)がある場合には、精神科の専門医に紹介したほうがよい。
  8. 交通事故によって外傷を被った子どもについて ・The Brain Injury Association(頭部外傷協会)によれば外傷性脳外傷(Traumatic Brain Injury)は、事故後は目に見えるような障害として表れないために"沈黙の伝染病"と呼ばれている。 ・外傷性脳外傷の子どもは、様々な問題を抱える。 イ)身体障害:言語、視力、その他の知覚障害、頭痛、運動協調障害、麻痺、痙攣など ロ)認知障害:記憶障害、注意集中力の障害、コミュニケーションの障害、読字・書字の障害など ハ)心理社会的行動障害:疲労、気分易変性、自己中心性、落ち着きのなさ、情動コントロールの困難など ・外傷性脳外傷を負った子どもと対応する際に注意するべきこと。 イ)繰り返し、根気強く接する ロ)象徴的な言葉を避ける ハ)適切な課題を設けて注意集中できる時間を伸ばしていく ニ)必要に応じて休みを取り、疲れすぎないようにする ホ)可能な限り壊れる物のない環境を用意する ヘ)能力に応じて成功体験ができる機会を設ける ・事故によって身体の不具を来たす外傷を被った子どもは、身体だけでなく精神的にも多大なストレスを経験することになる。このような心理的な負担が大きいことに気づき、入院時からリハビリまでメンタルヘルスの専門家がかかわることは、子どもや親の葛藤を軽減するのに役立つ。 ・心理支援を提供する際には、子どもたちの肯定的な自己評価を損なわずに、脆弱性や欠点を受け入れられるようにすることが重要である。
  9. 子どもの悲嘆反応 ・悲嘆にある子どもを支援するに当たっては、答えを用意するのではなく、聞くことが最も重要なスキルの一つとなる。 ・外傷的出来事による喪失を経験し、"闘争か逃走"の状態にある子どもは、感情を激しく表現するかあるいは、まったく表現しなくなるかどちらかである。子どもの恐怖や不安は現実的なものであり、大人とは表現が異なっている。 ・子どもの恐怖や悲しみ、罪悪感は、状況を理解する能力、他者の身体的や精神的な問題への心配、生きている人を守りたいという気持ちに関連している。 ・悲嘆は、現実に起こっていることを処理し、喪失に対処する中で乗り越えられていく。悲嘆に対処するために、子どもは以下の課題を乗り越えなくてはならない。 イ)実際に人が死んだということを理解すること ロ)喪失の苦痛に対処し、喪失した感情に襲われることに直面すること ハ)新しい人間関係や喪失に基づいた新たなアイデンティティを確立することに直面すること
  10. 子どもの悲嘆の表出

    ・2歳以下;泣く、イライラ、探索、睡眠や食事習慣の変化
    ・3-5歳;しがみつき、退行(悪夢、おもらし、指しゃぶり)、人がまた戻ってくるという魔術的思考、まだ故人が生きているかのように行動したり、話したりする、泣く、かんしゃく
    ・6-9歳;怒り、否定、イライラ、自己非難、気分の不安定、引きこもり、退行、不登校や学業低下、集中力の低下などの学校の問題
    ・9-12歳;この年齢になると、死は不可逆で恒久的なものだと理解できるようになる。泣く、攻撃性、切望、恨み、孤立・引きこもり、睡眠障害、抑制された感情、身体健康への心配、学業低下や不登校
    ・12-18歳;死の重要性が十分理解できるだけでなく発達上の課題となる。自立と大人の役割との間で葛藤する。また、死について考え、人生が永久に変わってしまったと考えるようになる。感情の麻痺、怒り、恨み、不安、食欲や睡眠の変化、罪悪感、感情の回避、責任が増したという感覚、学業低下、無気力

  11. 子どもの悲嘆をどのように支援するのか

    ・真実を話すことが大切。隠したりすると子どもが混乱する。
    ・分かりやすく直接的に話す。正しい言葉を使うことが大切。死んだと言わずに、どこかへ行ったとか、眠り続けているというのは混乱を招く。
    ・子どもが自分を非難しないように安心させる。
    ・大人がよいモデルとなる。感情を隠したりしない。
    ・子どもが家族と一緒にいられるような方法を探す。
    ・子どもが疑問を話せるように助ける。子どもが何を考えているのかを明らかにし、間違った理解や情報を修正する。
    ・悲嘆の表出を促進するために、絵を描いたり、粘土や音楽やダンスなどを行ったりする。

  12. どのような場合に専門家の支援を求めるべきか ・学校における学業や行動の問題がある場合
    ・怒りの爆発がある場合
    ・繰り返す悪夢や睡眠の障害がある場合
    ・吐き気や頭痛、体重の変化などの身体的問題がある場合
    ・通常の学校生活や友人との遊びからの引きこもりがある場合
    ・出来事を思い出すことがきっかけにさらされたときの強い不安や回避行動がある場合
    ・抑うつ、人生や将来に対して希望のない感覚がある場合
    ・アルコールや薬物への依存がある場合
    ・危険を求める行動をとる場合
    ・出来事について生命の危機への不安が継続している場合
  13. 子どもの悲嘆についての8つの神話(誤った通念) 1.子どもには悲嘆はないか、あってもある年齢に達してからのことである。
    *子どもはどんな年齢においても悲嘆反応を示す。ただ、その年齢や発達の度合いによって表現が異なるにすぎない。
    2.愛する人の死が、子どもの体験する唯一の主要な喪失である。
    *子どもはペットや友人、離婚など様々な喪失を経験する。
    3.子どもに喪失を知らせないほうがよい。子どもは悲劇を体験するには幼すぎるからである。
    *子どもを喪失や悲嘆の苦痛から保護することは不可能である。良いのは子どもが悲嘆を経験するのを支えることであり、排除するのではなく、悲嘆のプロセスを経験できるようにすることが重要である。排除することは単に、子どもの不安や恨みの感情、無力感を強化するだけである。
    4.子どもは葬儀に参加させるべきではない。
    *子どもは葬儀に参加するかどうかについて本人の希望や選択権を持っている。葬儀についてきちんと説明し、心理的支援を行う。
    5.子どもは喪失からすぐに回復する。
    *重要な喪失からすぐに回復できる人は誰もいない。子どもも大人と同様に喪失を持って生きることを学ばなくてはならない。乳幼児の場合、より成長してから死への反応を示すことがある。
    6.子どもは早期の重要な喪失により永久的な傷を被る。
    *子どもも含めて、ほとんどの人は回復力を有している。早期の重要な喪失は発達に影響を与えるが、きちんとした支援と協力で安定したケアがあれば子どもは喪失に対処することができる。
    7.子どもと話すことは、最も有効で治療的な喪失を扱うアプローチである。
    *オープンに子どもとコミュニケーションをとることは価値があるが、子どもに創造的な形で表現することができるようにすることも有益なアプローチである。
    8.子どもが喪失に対処できるように助けることは、家族の責任である。
    *家族が重要な責任を持つのは事実ではあるが、他にも被害者支援団体や病院、学校、コミュニティなども共有するべきである。家族が他の家族メンバーを支援できる能力は限られている。

(2)Traumatic Grief (外傷性悲嘆)
 このシンポジウムでは、心理学者のDorothy Mercer博士より成人遺族のTraumatic griefについて、臨床心理の側面から、かなり専門的な講義が行われた。以下に簡単に講義で扱われた内容をまとめた。

  1. Traumatic griefの定義 外傷性悲嘆は、通常の体験のレベルを超えたものである。通常の悲嘆は、理解できるものであり、悲嘆の長さも社会の許容する範囲内である(心理学的には2ヶ月程度)。外傷性悲嘆を生じる要素は、その死が突然で予期しないもの、暴力や悲惨なもの、回避が可能なもの、加害行為によるものである。
  2. 外傷性悲嘆の症状 ・他者と切り離されているという感覚
    ・司法上のストレス
    ・経済上のストレス
    ・仕事上の能力の障害
    ・パートナーと悲嘆が異なることの精神的ストレス
    ・配偶者や子どもとの間の障壁
    ・公平性や信仰への疑問
    ・サポートをしてくれない友人や家族からの疎外
    ・他者から回復すべきと期待されることの負担
    ・通常の悲嘆は、数週間から1年くらいだが、外傷性悲嘆は、通常の3,4倍の期間悲嘆が続く。
    ・通常の悲嘆は、周囲から理解可能だが、外傷性の悲嘆は理解できない。
    ・外傷性の悲嘆は、怒りや抑うつ、落ち着きのなさなど様々に形を変えて表現される。
    ・強い罪悪感や、思考の障害、神についての考え方の変化などが表れる。
    ・殺人では特に、外傷性悲嘆のリスクが高くなるが、それには、スティグマやメディア、刑事司法制度などが関係している。

(3)Victim advocates' roundtable
このシンポジウムでは、まず、犠牲者への祈りが行われ、次に、MADDのnational officeのスタッフ2名から活動についての指針が説明され、その後、各支部から自分たちの行っている活動について意見が交わされた。以下にそのときの話し合いの内容を示した。

  1. 被害者本人に対するもの、コミュニティのパートナー(警察、検察、病院など)、学校の3種類のアウトリーチ活動が重要である。
  2. 被害者への接触方法としては、電話やe-mailが有効である。
  3. 被害者の情緒的な支援の求めに対して、24時間答えることは難しいので、インターネットを有効に使うのがよい。
  4. ボランティアのサポートには、チョコレートとコーヒー、共同の作業者、運動などの活動を取り入れることが有効である。

上記のように、有効なアウトリーチのあり方や、被害者への広報や接触の困難性、ボランティアの管理などが支部に共通の問題として上がっており、このシンポジウムでそれぞれの支部の工夫を聞くことで、活動への示唆が得られたようであった。

IX 日本の交通事故被害者・遺族への支援活動へ向けて

(1)MADDにおける被害者・遺族への精神的支援活動の特徴と問題点
 本調査では、MADDの全国大会への参加によって、現在MADDで、どのようなテーマが中心的な問題であるかということについて認識を持つことができた。シンポジウム全体の中では、精神的支援に関するものの割合は低かったが、これは、一つには精神的支援については非常に基本的なものであるため、すでに十分取り上げられ、学習されているものであることと、日本においてもそうであるが、MADDの活動が、精神的支援はもとより、一層実際的な生活や刑事司法活動への支援や社会への啓蒙活動などへ広がっていることを意味していると思われる。少ないながらも取り上げられていたテーマは、外傷性悲嘆と子どもの悲嘆についてであり、どちらも心理あるいはソーシャルワーカーから専門的な内容についての講義がなされていたことが特徴的であった。外傷性悲嘆や子どもの悲嘆については、心理学や精神医学の分野においても近年注目されてきたテーマであり、遺族のケアには不可欠の要素であるが、このように最新の情報が全国大会で取り上げられていることは、MADDが自分達の活動に必要な心理学や精神医学の新しい知見に対して、情報収集を行い、積極的に取り入れていることを示している。このように新しい知見を得るために、心理学、精神医学の専門家である会員を積極的に活用しているものと思われる。
 しかし、実際の援助の現場においては、警察や検察などの刑事司法機関に比べ、精神科医療機関との連携は乏しいという印象を受けた。これは、スタッフの会議や会場の参加者からの聞き取りによって確認されたことであるが、本部レベルで精神医学や臨床心理学の学会や団体と連携はとられておらず、各支部に任されている。ある支部ではトラウマの専門治療機関があるため、そちらへ紹介を行っているが、多くの支部では、相談員の持つリソースを使って紹介するレベルにとどまっているということであった。被害者・遺族が専門的治療を必要としている場合に、医療機関においてもMADDが積極的な連携を持っていたほうが、よりスムーズに治療に繋げることができ、また本部レベルが精神医学の学会等と連携を行うことで、有益な情報を得たり、治療の開発研究を推進したりするなどの利益があるものと思われるが、進んでいないことには何らかの理由が存在するのであろう。このことについては、今回の調査では分からなかった。実は、日本でも多くの自助グループが存在しているが、やはり精神科専門機関と有機的な連携をしている所がなく、何らかの障壁が存在しているのではないかと推測され、今後の活動を進めていく上で検討されるべきものと思われる。
 MADDの行っている精神的支援活動を通して、日本での交通事故被害者・遺族への精神的支援活動のあり方について幾つかの示唆を得た。

(2)自助活動団体の研修・連携の必要性
現在の日本で交通事故被害者・遺族への精神的支援の中心は、遺族の自助活動と民間被害者支援団体によるサービスである。遺族の自助活動では、全国交通事故被害者遺族の会のような全国規模のものから、個人がその地域で行っているものまで様々な規模と目的性を持ったものが存在している。精神的支援を重視しているものから、社会啓蒙活動を中心とするものなど、活動の内容も多様である。自助活動に見られる問題は、活動の主体は遺族・被害者自身であるため、支援者が自らの悲嘆や精神的問題をなおざりにしがちになってしまうことである。このような問題を軽減するには、こういった活動を中心になって行う人が情報を共有したり、専門的知識を学んだりする場所があるとよいと思われる。MADDは統一された組織であるため、全国大会という形で行うことができるが、個別の団体においては難しい。したがって、地域の民間被害者支援団体や専門家と連携し、うまく支援を受けることで、自らの疲弊を軽減し、新しい情報を得ることができるであろう。これは、自助活動団体の一方的努力によらず、被害者支援団体からも積極的なアプローチを行っていくことが求められる。

(3)被害者・遺族がアクセスしやすい窓口作り
被害者・遺族への接触に対して、MADDでは、24時間ホットラインやインターネットによる情報提供等、利用者の視点に立った活動を行っているが、できるだけアクセスしやすい方法を採ることは重要である。また、現在の日本においては支援団体の存在自体がまだ一般の人に知られていないことから、地域に積極的に広報していくことが重要である。

(4)アルコール問題と関連付けた予防活動
MADDでは、アルコール依存協会の適正な飲酒への教育活動に参加し、学校での予防活動を行っていた。飲酒運転だけに焦点を当てるのではなく、アルコール問題の一環として捉えることで、より活動の幅も広がり、運転をまだしない年齢からの予防教育が可能になる。日本においても、アルコール薬物依存の予防団体、学会等が存在するので、このような団体と連携して、飲酒の害全体を減少させることで、飲酒運転を予防していく活動へと広げていくことが可能になるであろう。

(5)子どもの問題に目を向ける
今回のMADDの全国大会でも子どもの悲嘆反応をはじめ、子どもに関連するプログラムが幾つかあったが、このことは、MADDにおいて子どものトラウマについての関心が高まっていることを意味しているのではないかと思われる。日本において今まで、交通事故において同乗していた子どものトラウマや、家族を失った子どもの悲嘆については研究がされておらず、また、支援もほとんどなされていないという実態が存在する。被害者支援団体においても、子どものトラウマ反応について積極的な研修と支援のあり方について検討することが求められる。

(6)精神科専門医療機関との連携
 この問題はMADDでも不十分なレベルにとどまっているものであるが、研究からも多くの被害者や遺族が精神的治療を有するレベルの苦痛や反応を生じていることが分かっているので、必要な精神科治療をうけられるように、支援団体が医療機関と積極的に連携を行っていることが必要と思われる。現在日本では、トラウマの治療に慣れている医師や心理士が少ないことが一つの問題ではあるが、うつ病などの問題にはほとんどの医療機関は対応が可能である。地域で信頼できる医療機関との積極的な連携をつくることで、医療機関自体もトラウマ反応に関心を持ち、対応のレベルが向上していくことが考えられる。

 交通事故被害者・遺族の精神的支援について、MADDの活動から参考になることをまとめた。日本においては、交通事故被害者・遺族の精神的問題に焦点が当てられるようになってからまだ日が浅く、一部の自助活動団体や民間被害者支援団体で行われているにすぎないが、犯罪被害者等基本法の制定等に伴い、今後は活動がより広がっていくものと思われる。重要なのは、いかに被害者・遺族に有効にサービスを提供するかということである。MADDが行ってきたような地道なアウトリーチ活動を展開し、地域の被害者・遺族へ働きかけていくことがまずは基本であろう。更に、地域の資源や精神医療の専門機関と連携していくことで、幅広い、多様なニーズに応える精神的支援が可能になると思われる。


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