第4章 パイロット事業

I はじめに

本章では、アメリカ合衆国の各州において運営されているVictim Impact Panelについて紹介する。まず、Victim Impact Panelの訳語であるが、これには定訳は無い。言うまでも無くVictimは「被害者」、Impactは「打撃」あるいは「衝撃」、Panelはパネル・ディスカッションの「パネル」のことであり、「講師団」のことを指す。従って、これを直訳すれば「被害者(の)打撃(を語る)講師団」ということになる。「被害者の打撃を聞かせる会」というような訳もできるが、何れもこなれた訳とは言いがたい。そこで、以下においては、原語のまま、Victim Impact Panelあるいはアメリカ合衆国でもその略語として使用されているVIPを用いることとする。

VIPの制度およびその運用については、以下に詳細に論じるが、VIPを一口で説明すると次の通りである1

「VIPとは、飲酒および薬物の影響下における運転につき有罪判決を受けた者に対して、飲酒運転の被害者の話を直接聞かせるために、裁判所が出席を命じる会合である。」

このようにVIPは裁判所によって言い渡される処分であるが、重要な点はその運営はMADDなどの民間機関が中心となって行われている点である。

わが国においても平成12年の刑事訴訟法の改正により被害者等による意見陳述(刑事訴訟法292条の2)が認められ、刑事手続きへの被害者等の参加が認められている。更に、平成17年4月1日より施行された犯罪被害者等基本法では、刑事に関する手続への参加の機会を拡充するための制度の整備等のための施策が講じられるものとしており(18条)、またこの法律に基づく「犯罪被害者等基本計画」においても、具体的な施策の検討が行われることになっている。また、矯正施設に収容されている加害者に対する「被害者の視点を取り入れた教育」は既に実施されている。このような状況において、裁判所による被告人に対する司法処分に被害者が直接的に関与するVIPに関する情報は、有意義であると考えられる。

以下においてはVIPにつき、法律上の位置づけ、運営状況、再犯予防および被害者の回復に対する効果などについて紹介する2

1カリフォルニア州交通安全局の資料による。http://www.ots.ca.gov/profile/cs_7.asp

2本稿の執筆に際しては、各種文献を参照したほか、平成17年10月にアメリカ合衆国カリフォルニア州を訪問し、MADDCaliforniaのVIPの担当者、カリフォルニア州フレズノ郡地方検察官事務所の担当者、並びにMADD Central Valley Californiaの事務局長及び会員などから受けた説明等を参考にした。

II VIPの法律上の位置づけ

1 飲酒運転

VIPは飲酒運転に対する司法上の処分であることは既に述べたが、それではアメリカ合衆国では、飲酒運転は法律上どのように扱われているのであろうか3。アメリカ合衆国においては、飲酒をした上での運転は、他の薬物を使用した上での運転と併せて、各州の法律において、「影響下における運転」(Driving Under Influence, DUI)、あるいは「酩酊を伴う運転」(Driving With Intoxication, DWI)と呼ばれているが、以下本稿においては便宜上、このDUIあるいはDWIを「飲酒運転」と呼ぶこととする。

飲酒運転の定義やそれに対する司法上および行政上の処分は各州により異なる。VIPは各州において採用されているが、以下においてはカリフォルニア州の制度を中心に紹介する。

2 カリフォルニア州における飲酒運転関連法規

カリフォルニア州における飲酒関連法規は、極めて複雑でありその全体を簡潔かつ正確に記述することは困難であるが、以下VIPを説明するのに必要な範囲で紹介する。

まず、飲酒運転は主として「自動車法」(Vehicle Code)で規定されている。その中心は自動車法23152条および23153条である。23152条では、血中アルコール濃度(Blood AlcoholConcentration, BAC)が0.08以上(商用車の場合は、0.04以上)の運転を「不法」(unlawful)としている4。また、23153条では、これらの血中アルコール濃度の下で、他人の生命あるいは身体を害することを「不法」と規定している。

これらの「不法」な行為に対して裁判所によって科せられる制裁については、「自動車法」23536条以下に規定されており、多様な制裁が用意されている。ここに示されている利用可能な選択肢のうち主要なものとしては、もちろん全ての場合に用いることができるわけではないが、以下のようなものがある。なお、裁判所によって科せられる制裁以外に、運転免許の取り消しなどの行政上の処分ももちろん用意されている。

  1. 拘禁…郡の拘禁施設(jail)での拘禁(初犯の場合でも最低48時間)または州刑務所(prison)での拘禁(7年以内に4回以上の違反により重罪felonyとして扱われる場合)
    (原則3年以下。23153条に該当する場合には、5年の追加が可能)。
  2. 保護観察(Probation)
  3. エンジン始動連結装置(Ignition Interlock Device)…運転席にこの装置を設置することが命じられる。運転前にこの装置に呼気を吹きかけ、アルコール濃度が一定以下であればエンジン始動が可能となる。
  4. 罰金…最低390ドル。
  5. 自動車の一時保管または没収
  6. 「飲酒運転防止プログラム」(driving-under-the-influence-program)…これは飲酒運転を防止するための、主として民間機関によるさまざまなプログラムに参加することが義務づけられる。このプログラムには、3ヶ月、18ヶ月および30ヶ月の3種がある。なお、このプログラムは「健康安全法」(Health and Safety Code)の11836条以下に基づいて実施される。
  7. その他…裁判官の裁量により、以上の制裁の他に、地域社会への奉仕作業、電子監視装置の装着、VIPへの参加、その他のアルコールおよび薬物治療プログラムへの参加などさまざまな制裁が言い渡されることがある。更に、被害者への損害賠償命令(restitution order)や州の犯罪被害者補償基金(Crime Victim Compensation Fund)への支払いが命じられることもある5

3アメリカ合衆国における飲酒運転の状況、およびそれに対する民間団体である「飲酒運転に反対する母親たち」(Mothers Against Drunk Driving, MADD)の活動については、冨田信穗「飲酒運転の追放に向けた民間団体の取組み」、『人と車』(財団法人全日本交通安全協会)平成13年10月号を参照のこと。

4BACは血液100ミリリットル中のアルコールのグラム数である。

5アメリカ合衆国においては、飲酒運転によって人の生命および身体を害する行為は、犯罪被害者補償制度の対象となる。また、この犯罪被害者補償制度の財源は、特に州においてはさまざまなものが利用されているが、犯人の支払う罰金等も重要な一部となっている。詳細については、冨田信穗「アメリカ合衆国における犯罪被害者補償制度」『警察学論集』54巻3号、平成13年を参照のこと。

III VIPに関する主要な文献

1 『VIP入門ガイド』

以上の説明により、VIPは飲酒運転者に対する多様な司法処分の一部を構成するものであることが理解されたと思われる。それでは、VIPは具体的にどのように運営されているのであろうか。また、運営に際しては、どのような点に配慮がなされているのであろうか。これらの点に関しては、アメリカ合衆国運輸省高速道路交通安全局の刊行物である『VIP入門ガイド−独創的な判決言い渡しの機会−』(以下、「本書」という)がほぼ唯一の文献である6。本書は、VIPを運営している或いはこれから運営しようとしているMADDの支部又はその他の民間機関を主たる読者として、執筆されているものである。本書は、MADDの関係者が執筆し、その著作権もMADDに属しているが、アメリカ合衆国運輸省高速道路交通安全局の助成により刊行されているものである。以下においては、本書の内容のうち、重要と思われる部分やわが国における交通事故被害者支援にとって有益と思われる部分について紹介する。なお本文の前の「謝辞」では、まず、飲酒運転の被害者遺族であるシャーリー・アンダーソンの助けを得て、1983年の9月にVIPを開始した、ワシントン州キング郡のデイヴィッド・アドマイヤー判事に謝辞が述べられる。両者は『犯人と被害者との会合―飲酒運転への新しいアプローチ』(The Offender Meets the Victim: A New Approach to Drunk Driving)という8ページの冊子を発行するなど、先駆的な試みを行ったことが紹介されている。その他に、VIPの開始に貢献した人々に感謝の意が示されている。

なお本文は、「開始するには」、「VIPの実施」、「会合での発言者」および「課題」の4つの章からなっており7、それに続いて本文に関連する14の「付録」が加えられている。

6Janice Harris Lord, A How To Guide for Victim Impact Panels-A Creative Sentencing Opportunity-, Revised Fourth Printing, U.S. Department of Transportation, National Highway Traffic Safety Administration, July 2001, DOT HS 809289

7なお、本文はここに示す4つの部分からなっているが、Chapter(章)というような語は用いられていない。従って以下の「第1章」というような表記は、報告者による便宜的なものである。

2 「(第1章)開始するには」

本章「開始するには」(Getting Started)では、VIPの開始を検討するに際して役立ちうる様々な基本的事項が説明される。まず次のようなVIPの定義が行われる。

「VIPは3人又は4人の被害者によって構成される集団である。そこにおいて被害者は自分が傷害を負わされたり、又は自分の愛する人が死亡したり傷害を負わされたりした飲酒運転事件8のことや、それがいかにこれらの人々の生活に打撃を与えたかについて簡潔に語る。被害者は聞き手を非難したり裁いたりしない。被害者は事件について語るのみであり、自分の人生や自分の家族や友人の人生がその事件によりどれほど影響を受けたかを述べるのである。VIPの目的は、飲酒運転の結果を個人的な体験に関わるものとすること、つまり血の通ったものとすることであり、態度および行動を変化させることであり、飲酒運転の再犯を抑止することである。VIPはまた、被害者が語る話を有意義な形で共有するという癒しの機会を被害者に提供するものである。」

次にVIPの社会や違反者に対する意義について、次のように述べられる。

被害者の話が、違反者を非難したり責めたりするような口調ではなく、直接的に心から語られたときには、これらの話は次のような意味があるとMADDは考える。

以上につき、このような利点を具体的に検証することは困難であるとしつつも、VIPに参加した違反者の態度変化と再犯率との関係についての実証的研究があることに触れられる。なお、このような実証的研究の例は、「付録1 再犯研究」で紹介される。

既に述べた通り、VIPは裁判官の裁量によって言い渡される処分である。従って、裁判官がこの処分を活用するように説得することが重要であると、述べられる。そのための資料として、VIPを活用している裁判官の言葉やVIPに参加した違反者の証言が、「付録2 裁判官の証言」および「付録3 違反者の証言」で紹介されている。

裁判官がVIPの利用を決定した場合には、VIPの運営委員会を設置することが必要となるが、ここでは運営委員会のメンバーの例として、以下のものが示されている。

VIPの運営費用は、一般的にはVIPへの参加を命じられた違反者が支払う手数料によってまかなわれる。この手数料の根拠や額に関する各州の法律が「付録4 各州の法律」で紹介されている。また、この手数料がMADDに支払われた場合に使用される各種の書式が「付録5 会計に関する書式」に収められている。

次に実際にVIPを開催するに際しての注意事項が何点か述べられる。まず、経験を実際に語る被害者に過度の負担がかかることを避けるために、被害者に出席を義務付けることがあってはならないとの注意がなされる。開催場所は、一般的には裁判所が用いられるが、裁判所は違反者を自己防御的にすることもあるため、それ以外の中立的な場所、例えば学校や市役所なども検討されるべきだとする。開催頻度は、裁判所によるVIPの言い渡し件数によって変わるので、経験を語る被害者を十分用意しておくことが必要とされる。なお、この点に関し、経験を語る被害者の負担が過度にならないように、月に1回以下に留めておくのが望ましいとされている。MADDにおける平均は、一人当たり年6回である。

VIPは刑事制裁の代替ではなく追加であることを考慮すると、対象となる違反者の選択は重要である。VIPの本来の対象者は初犯の者であり、近年のVIPの対象が飲酒運転による死傷事件の犯人にまで拡大される傾向を望ましくないと指摘する。なお、VIPが最も効果を発揮できる違反者については、「付録6 VIP出席が最も効果があると考えられる者」に記されている。

本章の最後に、開始に際しての運営委員会とコーディネーターの役割について、以下のように説明される。運営委員会が選任するコーディネーターは被害者である必要はないが、体験を話す被害者を選んで訓練する役割を担うのであるから、被害者のニーズに敏感である人でなくてはならない。また、コーディネーターはVIPの開催につき、裁判所との連絡調整を頻繁に行う必要がある。運営委員会は、違反者以外でVIPに出席できる者の範囲を決定することが必要となるし、また具体的な開催要領を決定し、それを通知する書式を用意する必要がある。なお、この書式の例は「付録7 VIP出席命令の書式」に収められている。VIP開催の際の参加者の安全を確保するための方策についても決定する必要がある。更に出席することになっている違反者が欠席した場合の手続や報道機関への対応についての方針も決定する必要がある。

最後に、VIPで体験を語る被害者やその他の関係者に対して感謝の意を表すための行事を準備すべきであると指摘する。なお、これに関しては「付録8 発表者に感謝するための行事」がさまざまなアイディアを示している。

8ここでは、impaired driving crashを「飲酒運転事件」と訳した。MADDなどの被害者団体は、飲酒運転によって死亡や傷害が発生した場合、それを「事故」(accident)と呼ばず、「衝突」(crash)と呼ぶ。ここでは、そのニュアンスを伝えるために「事件」という訳語を用いることとする。

3 「(第2章)VIPの実施」

本章「VIPの実施(Implementing Your Victim Impact Panel)」は、VIPの会合の開催前の留意事項、開催中の留意事項、および開催後の留意事項の3つの部分から構成されている。

会合の開催前の準備は主としてコーディネーターの役割であり、そこには開催場所、開催時間および参加者などの再確認、会合の運営を手伝うボランティアの確保、必要書類や物品の確保などが含まれる。なお、これらの必要書類や物品などについては、「付録9 会合開催の際の必要品チェックリスト」に記されている。

VIPの会合の進行は、主として司会(facilitator)によって行われる。進行の順序はおおむね次の通りである。司会の挨拶の後、体験を語る被害者を紹介する。被害者の話は一人当たり10分程度とし、15分を超えてはならない。被害者の話の後、事前に被害者の了解が得られている場合には、被害者と参加している違反者の質疑応答を行う。質疑応答は、一方においてこの会合を「感覚」的な性格から「思考」的な性格に(つまり情緒的な性格から認知的な性格に)変化させるという点において意義があるが、他方において情緒的なインパクトを弱めるので、この扱いには注意が必要であると述べられている。被害者の発表および質疑応答の後、司会は全ての参加者に謝意を述べ、閉会する。なお、参加する違反者に対して、開会直後と閉会直前にVIPに対する意識や効果を測定するための調査票の記入を求めることがある。この調査票の見本は「付録10 事前及び事後のテスト」に示されている。会合は2時間以内に終了することが望ましいとされている。

最後に、VIPの会合の終了後の最も重要なことは、体験を発表した被害者に対してデブリーフィングの機会を設けることであると指摘されている。

4 「(第3章)会合での発言者」

本章「会合での発言者(Panel Speakers)」は、会合におけるさまざまな発言者に関する注意事項を示すものである。

会合での発言者を募り、訓練し、確保するのは、コーディネーターの責任によって行われるが、とりわけ重要なのは自己の経験について発言する被害者を確保することであることがまず強調されている。そのためには、VIPで発言することが被害者にとってどのような意味を持つものであるかを明らかにする必要がある。この点について、まずDorothy MercerとRosanne Lordenによる研究が紹介される9。この部分は非常に重要と思われるので、以下そのまま翻訳する。なお、この研究については、「付録11 発言者にとっての利点、VIP発言者からの手紙、発言者に関する調査」において更に詳しく紹介されている。

「Dorothy MercerとRosanne Lordenによる研究は、飲酒運転事件の被害者の大部分にとって、違反者を聴衆として自己の被害について語ることは、健康的かつ癒しに役立つ機会であることを示している。被害を語った人は、そうでない人と比較して、幸福感および自己制御の点においても、全体としてより健康であると言える。被害を語った人は、語らなかった人と比較して、違反者に対する怒りの念を持ち続けることが少ない。被害を語った人は、緊張緩和や睡眠のために医薬品を処方してもらうことが少なく、また経験を語った後に人生の意味が増大したと感ずると報告している。

しかしながら、VIPの害が全くないというためには、注意が必要である。Dorothy MercerとRosanne Lordenによる研究では、会合で発言した被害者の約8%が、傷ついた気がすると報告している。これらの人たちは、話をする準備が整う前に話さなくてはならないという圧力に直面したために、怒りが再発し、不安や鬱が増大し、睡眠障害や気分変容を訴えているのである。準備ができる前に話すことを求められることは、被害者の心的外傷を心理的に防御している泡を破裂させるのである。話さなくてはならなくなると、困惑して非常に感情的になる人もいれば、怒りを抑えていた蓋を取ることを非常に不愉快に感じる人もいる。身体的、心理的に回復途上にある被害者は、身構えることなく自分の喪失体験を語ることができるだけの強さを身に付けるまでは、自分をしっかりと守ることが必要なのである。」

次に、自分の経験した被害について語ってくれる被害者を確保するために、コーディネーターはMADDのみならず被害者団体やその他の関係機関と連携することが重要であると説く。更に、VIPにおいて経験を語ってもらう被害者を選択するに際しては、次の4点が重要であると指摘する。

なおこの点に関し、被害者がVIPにおいて発言することが適切な状態であるかどうかを判断するためのテストの例が示されている(「付録12 発言予定者の被害者に対する質問票」)。さらに、VIPにおいて発言する際の具体的な注意事項を記した指針も示されている(「付録13 発言者のための指針」)。

会合において被害者以外の者、例えば違反者が経験を語ることも可能であるが、被害者以外のものが発言者となる場合は、その会合はVictim Impact Panel(「被害者の打撃を聞かせる会」)と呼ぶべきではなく、Drunk Driving Impact Panel(「飲酒運転の打撃を聞かせる会」)と呼ぶべきであるとしている。なお、違反者を参加させるDrunk Driving Impact Panelの場合であっても、発言をする違反者は、刑事手続が終了しており、かつその違反者の被害者の同意を得られているという条件を満たしていなくてはならないと強調されている。更に、警察官や救急医療の関係者も発言者に加えることも可能ではあるが、その場合でも、これらのものの個人的経験を語ることが求められるのであり、一般的な講義を行ったり情報提供を行ったりすべきではないとの注意がなされている。

遺族などが経験を語るとき、被害者の写真や持ち物などを示すことは効果的ではあるが、恐怖心を生じさせるようなものは避けるべきであるとしている。最後に、発言をすることを了承した被害者と運営委員会の間で、話す事柄や場所などを確認する、合意書を交わすことが望ましいとされている。この合意書の雛形は「付録14 合意書」に示されている。

9報告者は直接原著を参照していないが、本書の参考文献欄によると、この文献は以下のものである。Mercer, D., Lorden, R., and Lord J. Winter 1999. “Victim Impact Panels:A healing Opportunity for Victims of Drunk Driving Crashes,” MADDVOCATE, 8-9

5 「(第4章)課題」

本章「課題(Problem)」では、VIPを普及させ、定着させるために役立ちうる、各種の資料が示される。

まず、アメリカ合衆国における飲酒運転に関する各種の統計資料を示し、この問題が如何に深刻なものであるかを論じている。次にVIPを含めた各種の教育・処遇プログラムなどの「中間的制裁」(intermediate sanction)の効果について言及し、さまざまな制裁の併用が再犯率を減少させる効果があるとの、さまざまな実証的研究の結果の概略が示される。更に、これらの中間的制裁は拘禁刑などを代替するものではなく補充するものとして利用されるとき、最も高い効果を得られるとしている。最後に、VIPは知識を提供することによって違反者の行動を変化させようとするものではなく、違反者に被害者の経験を直接伝えることを通じて違反者の感情や態度を変化させ、それによって行動を変化させようとする点において、極めて有意義なものであることが強調される。なお、実証的研究に関する多数の参考文献がこの章の末尾に示されており、非常に有益である。

6 「付録13 発言者のための指針」

以上の本書の紹介をやや詳しく行ってきた。本書のうち「付録13 発言者のための指針」は、その題名が示すとおり、VIPで発言する被害者のための指針であるが、VIPの制度や意義を簡潔に説明しており、非常に分かりやすいものである。短いものであるので、以下にこの全文を訳出し、本書の紹介のまとめに代えたい。

「VIPプログラムの目的は次の通りです。 VIPは次のように行われます。

発言者は、通常は部屋の前部に置かれたテーブルの後ろに、司会と並んで座ります。カジュアルで着心地の良い服装を勧めます。

聞く人の大部分は、この会合に出席するよう命じられた飲酒運転により有罪判決を受けた違反者です。その他に裁判官、保護観察官、法執行官やアルコール治療プログラムに携わる人も出席することがあります。

報道機関の人もいるかもしれません。発言者が報道機関の人がいることを望まない場合には、そのことを司会に伝えてプライバシーの権利を保護してもらうべきです。

会合の開会と閉会を行うのは司会です。司会が発言者を簡単に紹介してから発言者は約10分発言しますが、15分を超えることはありません。発言者の残り時間が3分になったときと1分になったときに、司会者は発言者に合図を送ります。

発言者が出席を命じられた者と接触するということはまずありません。ただし発言者が発言の後に非公式に接触することを望んだ場合はその限りではありません。参加者が少人数の場合には、発言者の事前の承諾があるときには、短い質疑応答の時間を持つことが適当な場合もあります。この会合に参加する人は、全ての質問に対して礼儀正しく答えなくてはなりません。

次のようにしてください。 してはならないことは次のことです。

IV おわりに

以上、アメリカ合衆国運輸省高速道路交通安全局の刊行物である『VIP入門ガイド−独創的な判決言い渡しの機会−』を中心として、アメリカ合衆国におけるVIPを紹介した。最初に述べたとおり、飲酒運転による死傷事故の被害者等を含む犯罪被害者が刑事手続にどのように関与すべきであるかが本格的に議論されている。このような状況において、被害者が刑事司法との接点を持つVIPに関する情報は有益であると思われる。

また現在わが国においては、いわゆる「修復的司法」(Restorative Justice)の理念に基づく、さまざまな「被害者と加害者の直接的対話」プログラムが検討され、また既に開始されている10。これらのプログラムは罪を行った者とその直接の被害者が直接的に対話するという点に特色がある。VIPの会合においては、同一事件の加害者と被害者が会うわけではないから、典型的な「修復的司法」プログラムとは言えない。しかし「加害者と被害者の直接的対話」において最も重要な点はそれに参加する被害者の意思を尊重し、被害者に十分な配慮をして運営するということである。この点において、アメリカ合衆国におけるVIPに関する情報は、今後わが国においてますます増加すると予想される「修復的司法」の理念に基づく「被害者と加害者の直接的対話」プログラムの運営に関してさまざまなヒントを与えるものであり、非常に有益であると思われる。

10「修復的司法」についてはさまざまな文献があるが、最近の研究の成果も含めた次の文献は、非常に有益であると思われる。細井洋子・西村春夫・樫村志郎・辰野文理編著『修復的司法の総合的研究−刑罰を超え新たな正義を求めて−』、風間書房、2006年。