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障害者施策トップ意識啓発20年度心の輪を広げる体験作文・障害者週間のポスター作品 > 平成20年度入賞作品 高校生・一般市民部門 優秀賞

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出会いふれあい心の輪「心の輪を広げる体験作文・障害者週間のポスター」作品集
〜平成20年度入賞作品〜

【高校生・一般市民部門】  ◆優秀賞

Sさんの、あの笑顔は忘れない

大累貴司
(宮城県・31歳)

 Sさんは、ここオリザ(重症心身障害者通園事業B型)に通う現在二十八歳。緊張が入るとぎゅっと一文字に結ぶ少し長めの彼の顔は、何と不機嫌な青年なんだ、と見られてしまう。ほぼ一時間毎に痰の吸引(医療的ケア)を受けなければ、Sさんは生きていけない。今朝も母親が抱えるように自家用車でつどいの家・コペルに送ってくると、Sさんの身体に合わせた特製の車椅子に乗り、オリザの部屋に入る。すると直に、ナースがSさんの喉元へ吸引器の細長いカニューレを幾度も挿入していく。その度に、Sさんの喘息は嗚咽のような大きな呻き声となって、部屋の中を震わせる。すると、次の吸引を待つ(大きな瞳と眼球で意思を表す)小柄なMさんも、強い眠気で首をいつも左に曲げているKさんや時折発作が襲ってくるTさんも、自身の苦痛にじっと耐えるような不安な眼差しになる。そこで、Xさん(OT・作業療法士)が「さあ、今日はバザーのお知らせで、チラシをもってお出かけします」次にYさん(支援員保育士)も「風が少しありますが、ガンバっていきましょう」と、緊張を緩めるようにみんなに呼びかける。ナースはかなりの速さで吸引を繰り返し、喘息が一瞬止まるのを待って素早く管を抜き「Sさん、よくガンバった、偉いわよ」と、吸引器を次に移し始める……。
 でも、吸引を終えたSさんは、一瞬ほっとした表情を見せたがまた不機嫌な顔つきに戻ってしまう。前はこんなすぐれない表情ではなかったのに。誤嚥による肺炎で幾度も入退院を繰返し、ついに一昨年の初夏の頃には、食事の味わいや嚥下を失う経管栄養・胃ろう手術を終えていたのだった。
 退院後久しぶりのある朝の送迎時のこと。たまたま通りかかった選挙カーからの叫び声に、Sさんは妙に真剣な眼差しを向け始めた。前にも選挙に反応する表情をよくしていたので、添乗しながら選挙権や投票所のことについて、ゆっくりと話し掛けていった。すると、何時もとは違う眼差しで耳を傾け聞いてくれた。そこで私は「選挙への本人意思の確認」に基づく日中活動のメニュー・個別支援計画等々の私なりの重い課題に少し緊張しながらコペルについた、あの夏の日を思い起こす。
 次の日、私たちは選挙の仕組みを知るために、まず近隣町内にある選挙ポスター掲示板を求めてSさんと一緒に散歩しながら、道々選挙・投票について、車椅子の歩みにあわせて説明して行った。やはり、Sさんらしい真顔で目はぱっちり。掲示板の前で、今までの私の話を納得したような様子をからだ一杯に表している、と私たちは感じたものだ。
 そこで、Sさんのことを母親に伝えた。
「重いしょうがいの方がどんな仕組みで投票するのか、とても不安よ。今のうちに選挙に連れて行こうと思うけど、いざ当日になると出かけられないのよ」といわれ、選挙に私たちが同行することを認めてくださった。
 県・区選挙管理委員会に何度も問合せ、選挙システムを私たちで確認し合った。代理人による投票、郵送による投票も可能。直接本人が区役所の投票所に来る期日前投票で「選管」が全て対応する、との回答に喜んだ。
 当日、「選挙用紙」と本人の身分証明「療育手帳」を持参して投票所へ。私たちはSさんをあまり緊張させないために「センセン選挙」と、鼻歌交じりで同行していった。
 さて、投票所では、本人氏名の記入などによる「本人確認」が必要なのだが本人は話すことと書くことはできないので、療育手帳提示のみで受付完了。次に選挙管理委員が代筆する。支援者は受付までの案内役。選管二名がSさんの投票立会い・付添いに当たっていたが「意思表示はできるか」「問いかけはわかるか」などと支援者側の私たちに何度も質問に来る。私たちは「たぶん白票投票で終わりか」と思っていたが、結果八名の選管の方々が本人を囲み、問いかけ、真剣に考えてくれているように垣間見え、Sさんが一人の成人として、全く対等な国民として、今多くの方々に面しているんだ、と思えて私たち無性に感動していた。どのような投票だったのか、本人と八名の選管の方しか分からない。やがてSさんは投票を終え戻ってきた。いつもとは違う緊張の表情で如何にも身を硬くしているように見えた。そして、私たちと一緒に、御礼を述べる時の手振りを充分過ぎるぐらいにしながら、会場を後にした。私は目立たないよう上機嫌な表情を期待してSさんの顔を追っていた。やっと区役所のエレベーターから降りる時にそれこそニヤッ、として笑顔が広がり、今までの緊張の糸が解れて行くようであった。
 直ぐにSさんの様子を報告すると「次の選挙には私も出かけてみようかしら、S君のためにも」と笑顔で母親から言われた。
 ある選管から「今回の件(重症心身障害者等の選挙・投票について)は県に報告していきたい」と通知された。重いしょうがいの方の選挙・投票は「めずらしい事例」なのかもしれない。私も知らなかったが、現代日本の成年後見制度においては、被後見人は旧来の禁治産者と同様に選挙権は喪失するという。Sさんの選挙に対する強い関心の根拠は、「オレも国民として認めてくれ」という発信だったのかも知れない。
 しょうがいの方もそうでない方も心の輪を広げる、という体験は、私の職業としての私の人生、私の一生涯(しょうがい)に拘ることとなる。より重く過酷でシビアなしょうがい・生涯を持つ方の思いや願いやある時には可能性について、その方の発信から読み取ることができるアンテナを一杯に張っておき、そして、深くやさしく手を差し延べる心構えや覚悟を常日頃からしておくことだ、といま偉そうに自分に言い聞かせている。

 

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