第2回 目標4福島プロジェクト

   今回は、目標4の研究開発プロジェクトのうち、「大気中CO2を利用可能な統合化固定・反応系(quad-C*1 system)の開発」を進めている東北大学の福島プロジェクトマネージャー(以降、PM)を訪問しました。福島PMからプロジェクトの概要説明を伺ったのち、同プロジェクトの研究開発を実施している4つの研究室を見学させて頂きました。

   目標4では、「2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」という目標を揚げています。具体的には、地球環境再生のために、持続的な資源循環の実現による地球温暖化問題の解決「Cool Earth」と環境汚染問題の解決「Clean Earth」を目指しているものです。今回訪問した福島PMは、地球温暖化問題の解決「Cool Earth」の取組みのうち、温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)を回収して、資源に転換、無害化するプロジェクトの1つを統括しています。(2022年1月訪問)

*1 quad-C:Combined Carbon Capture and Conversion (炭素取り込みと変換の統合の意)の4つの頭文字を取ってquad-Cと本プロジェクトでは名付けている。

目標4 福島PM(東北大学)
【写真0】目標4 福島PM(東北大学)

目標4福島PMが進める研究

どんな研究をしているのですか?

   CO2などの温室効果ガスは地球温暖化問題の原因になっています。現在は発電所、製鉄所、セメント工場などから多くのCO2が排出されていますが、政府は2050年までに温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させるカーボンニュートラルの実現を目指していることから、将来はそうした大規模事業所からCO2はほとんど排出されなくなると想定されます。しかし、それだけではCO2の排出を完全になくすことはできないため、ネガティブエミッション*2の達成を目指して大気中からCO2を直接回収するDAC(Direct Air Capture)技術の開発に取り組んでいます。また、様々な製品の炭素源として残るのは、CCU*3(特にDACなど)、廃プラスチック処理などのリサイクル品、バイオマスの3つだけになると考えており、我々はその3つから炭素を原料とする製品を賄っていく必要があります。さらに、CO2を回収するためにエネルギーが必要ですが、エネルギーを作るのもCO2の排出を伴いますので、なるべくエネルギーを使わない生産体系を目指しています。そのような背景で、将来を見据えた技術開発として本プロジェクトを始めました。

*2 ネガティブエミッション:正味としてマイナスのCO2の排出量を達成すること。
*3 CCU:CO2回収有効利用(Carbon dioxide Capture and Utilization)の略であり、CO2を、他の気体から分離して集め、新たな製品の製造に利用するプロセス。

どのようにDACを実現するのですか?

   エネルギーをなるべく使わずに大気中のCO2から化学物質を作るため、2つの戦略を考えています。

   1つ目は、CO2をそのまま化学物質の中に組み込むことです。ポリウレタンやポリカーボネートなどの化学物質の分子構造中にはカルボニル基が入っています。CO2(O=C=O)とカルボニル基(C=O)とは、ほぼ同じ構造を持った物質であるため、CO2をうまく活用してこうしたカルボニル基を持つ化学物質を作ることを目指しています。

   2つ目は、CO2から化学物質を生成するプロセスを統合化することです。CO2から化学物質を作るには、大気中からCO2を「取り込む」吸着プロセス、吸着したCO2を利用するために「取り出す」脱着プロセス、CO2を化学製品に「換える」変換プロセスが基本となります。ここで、CO2の吸着と変換を連続的に行える物質やプロセスを作れれば、脱着プロセスが不要となり、省エネルギー化することができます。本プロジェクトでは、統合化プロセスとして3つのタイプを検討しています。

   TypeⅠは、CO2の吸収にアミンなどを利用し、熱エネルギーがかかる脱着をせずにそのまま化学物質に変換する方法
   TypeⅡは、CO2の吸着に触媒を利用しCO2の吸着と化学物質への変換を同時に行う方法
   TypeⅢは、TypeⅡに反応促進剤を加えて、化学物質への変換効率を向上させる方法

   このように統合化できるような物質と統合化プロセスの探索を、最初の3年間の目標にしています。

   上記2つの戦略でDACを実現するために、次の4つのグループでプロジェクトを構成しています。
   ① 反応系の開拓(冨重研究室と吉岡研究室):
   CO2の吸着や化学品の合成の材料を探し出すための研究をしています。
   ② TypeⅠ向け反応プロセスの開発とモジュール化(渡邉研究室):
   「反応系の開拓」グループで開拓した物質をベースに、CO2選択透過膜を利用した反応系のモジュール化を行います。
   ③ TypeⅡ向け反応プロセスの開発とモジュール化(北川研究室と吉岡研究室):
   「反応系の開拓」グループで開拓した物質をベースにカラムシステムを用いて反応系をモジュール化します。
   ④ プロセスシミュレーションと技術経済性分析(福島研究室):
   CO2の回収から化学物質の生成までのプロセスを設計し、シミュレーションを実施します。また、CO2の回収率と必要エネルギーへの影響を分析しています。

研究の中で困難で大変なところは?

   CO2の取り込み効率と省エネルギー化を考慮して、プロセス統合化の方式を絞り込んでいくところです。通常は、各研究グループの目標値を立てて、それを組み合わせたプロジェクト目標を設定しますが、本プロジェクトでは逆です。プロジェクトの目標設定を行い、シミュレーションからこの研究グループではこの目標設定、他の研究グループではこの目標を設定とし、プロジェクトの達成目標を前提に検討をすすめています。また、シミュレーション結果から研究グループにこういった実験をしてほしいというようなことも行っています。誰も測定していないデータから、どういう風に検討していくのかを考えるなど、これまでとは異なる方法で検討を進めるところが大変だと考えています。

どんなところに、社会実装を考えていますか?

   本プロジェクトでは大気中からCO2を直接回収するので、立地に関する制約はありません。その上で、大気中のCO2濃度が高いところへの適用が効果的かと思いますが、現状でCO2が多く発生している発電所などではカーボンニュートラルの取組みが進み、CO2がほとんど排出されることがなくなると想定しています。そのため、CO2から生成した化学物質の運搬によるエネルギー消費を抑制するため、それを必要とする場所(工場の近くなど)がDAC設備の設置の有力な候補と考えています。


研究室見学

   東北大学で研究開発している4つの研究室を見学させていただきました。

冨重研究室

   冨重研究室は、「反応系の開拓」を担当しており、アミンを用いてCO2を吸収し、そのまま触媒を用いて反応させてポリウレタンなどの原料となる生成物を得るための触媒及び反応条件の探索をしています。触媒を使って高温・加圧下で反応をさせる反応装置【写真1】と、反応結果の分析を行う分析装置【写真2】を見学しました。反応条件を変えながら反応生成物を分析し、より高効率な反応を研究しているそうです。

   反応解析は、このプロジェクトのコア技術であり、吉岡研究室や同じくプロジェクトメンバーである大阪市立大学の田村先生と情報を共有し、結果の妥当性や分析精度などを検証しているそうです。また、反応から分析までの1サイクルは、24時間が標準で、前後の作業含めて20時間から30時間程度かかっているとのことでした。触媒の状態や反応条件を変えるなど試行錯誤してサイクルを回しているものの、既存の酸化セリウムなどの触媒の性能を越えるものはまだ見つかっていないそうです。また、触媒の結晶性と表面積のバランスで性能が変わり、産業レベルで使えるようにするためには粒子形状の制御なども必要となるという話を伺い、研究の大変さを感じ取ることができました。

【写真1】 反応装置
【写真1】

【写真2】高速液体クロマトグラフ装置(左)とガスクロマトグラフ分析装置(右)
【写真2】

【写真3】冨重研究室で日々研究している若い研究員の皆さん
【写真3】

吉岡研究室

   吉岡研究室は、「反応系の開拓」「反応プロセスの開発」を担当しており、今回は、「反応系の開拓」で使用しているCO2の吸着や脱着を分析するガス吸着装置【写真4】と、CO2とアミンを反応させて溶液中の生成物を分析するガスクロマトグラフ質量分析装置を見学しました。これらの装置を用いて、反応物質の比表面積*4の測定やCO2がどれだけ吸着もしくは脱着するのか測定し、最適な反応物質の開拓のための研究をしているとのことです。「生成する不純物の構造推定やその含有量の分析に苦労をしており、冨重先生と協力してクロスチェックしながら分析精度を検討している。」という話をお聞きし、プロジェクト内でしっかりと連携し、取り組まれていることを感じました。

【写真4】ガス吸着装置
【写真4】

*4 比表面積:ある物体について単位質量あたりの表面積または単位体積あたりの表面積のこと。

北川研究室

   北川研究室は、「モジュール化」を担当しており、反応系の開拓グループの実験結果をもとに実用の装置にする (モジュール化する)ための研究を行っています。小型カラムを用いた吸着・反応脱離実験の様子を見せてもらいました。反応物を小型カラム【写真5左】に通し、生成物(イオン)をイオンクロマト分析装置【写真5右】などで分析し、プロセスの実行可能性やスケールアップした際の課題を研究しています。反応物質は粉の状態ではカラムの中で液が上手く流れないので、適当なサイズに造粒して効率よく反応物が使えるかなど、装置にした時に能力を上げるための試行錯誤をしているそうです。また、小型カラムでモジュール化した結果を、パイロット試験を実施するためのスケールアップのイメージとして、別プロジェクトで構築した大型カラム【写真6】を参考として見学しました。大型化すると反応ムラや重力により下部で物質がつぶれるなど、今後想定される課題を伺うことができました。

【写真5】小型カラムの実験装置(左)とイオンクロマト装置(右)
【写真5】

【写真6】大型カラム
【写真6】

渡邉研究室

   渡邉研究室は、「反応プロセスの開発」を担当し、CO2促進輸送膜の最適な膜組成の探索のための物性測定を行っています。イオン液体を対象として、CO2の溶解性や拡散性を調べ、CO2を膜に取り込む性能を向上させる物質の探索を進めています。液体中にCO2が吸収される際の挙動や膜内での存在状態を分析するためのEMS粘度計やラマン分光装置【写真7】を見学しました。EMS粘度計は、CO2を導入しながら測定できるように市販装置を改造しています。見学時は出来上がったばかりのタイミングでした。ラマン分光装置も特注のセルを用いて、イオン液体中にCO2が溶解していく挙動をリアルタイムで測定できるようになっており、まだ誰も明らかにしていない現象を捉え目標達成のための必要データをなんとか取得しようという研究者の挑戦を垣間見ることが出来ました。これから新しい結果が出てくるのが楽しみです。

【写真7】EMS粘度計(左)とラマン分光装置(右)
【写真7】

福島研究室

   福島研究室は、「プロセスシミュレーションと技術経済性分析」を担当しています。他のグループの実験結果をもとに社会実装のためのプロセス設計やコスト評価を行い、目指すシステム性能からブレークダウンして反応系の開拓グループやモジュール化グループの目標値を決定しフィードバックしているとのことでした。「冨重研をはじめとする実験担当の人たちと一緒に検討でき、シミュレーション側で必要なデータをすぐに取ってくれる。良い関係ができている。」と福島PMは語っていました。シミュレーションを担当する八木原研究員【写真8】にプロジェクトの魅力を尋ねたところ、「実装のためにいろいろな知識が必要。各グループで実験を行う方にしか分からないこともある。ムーンショットでは、いろんな研究者から生の声を聞くことが出来て刺激になっている。」とのことでした。

   本プロジェクトでは、関連するグループが東北大学に集まっていることでグループ間のコミュニケーションが円滑に行われており、良い循環ができていると感じることができました。

【写真8】 福島研究室の様子(研究員の八木原さんとニィーさん)
【写真8】

結びに

   我が国は、2050年カーボンニュートラルを目指すことを宣言し、グリーン成長戦略の中で、エネルギー関連、輸送・製造、家庭オフィス関連などあらゆる産業活動で温室効果ガスを削減してカーボンニュートラルに繋げる取組みを進めています。

   そういった背景のなかで福島PMは、カーボンニュートラルの先にある炭素源が排出されない世の中になることを見据えた研究をしています。また、東北大学内に関連する研究者が集まっていることもあり、コミュニケーションが円滑になされていること、各研究室の皆さんが専門分野を追求しつつ社会実装に向けて日々研鑽されていることを感じ取ることができました。

   今回の訪問で実際に研究現場を見学し、2050年に向けての研究が着々と進んでいることを知ることができました。しかし、目標を達成するために、プロセスシミュレーションと実験による実証を重ねてパイロットプラントにつなげることが容易でないことは十分に想像でき、まさに挑戦的であることは言うまでもありません。一方で、困難でも解決しなければならない社会課題を解決することがムーンショットです。将来の人類存続のために、目標が達成されることを期待します。