第5回 目標4藤川プロジェクト

   今回は、目標4の研究開発プロジェクトのうち、「”ビヨンド・ゼロ“社会実現に向けたCO2循環システムの研究開発」を進めている九州大学の藤川プロジェクトマネージャー(以降、PM)を訪問しました。藤川PMからプロジェクトの概要説明を伺ったのち、同プロジェクトの研究開発を実施している2つの研究室を見学しました。(2022年5月訪問)

   目標4では、「2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」という目標を揚げています。具体的には、地球環境再生のために、持続的な資源循環の実現による地球温暖化問題の解決「Cool Earth」と環境汚染問題の解決「Clean Earth」を目指しているものです。今回訪問した藤川PMは、地球温暖化問題の解決「Cool Earth」の取組みのうち、温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)を回収して、資源に転換、無害化するプロジェクトの1つを統括しています。

目標4藤川PM(九州大学)
目標4藤川PM(九州大学)

目標4藤川PMが進める研究

どんな研究をしているのですか?

   圧倒的に高いCO2透過性を持つ独自開発の革新的な分離ナノ膜によって、これまで不可能だと思われてきた、膜分離による大気中CO2の回収を目指しています。この膜を搭載した大気中CO2を回収する膜分離ユニットと、その回収したCO2を電気化学的/熱化学的に炭素燃料に変換するCO2変換ユニットを連結して、大気中CO2の回収から炭素燃料製造までを一貫して行う「Direct Air Capture and Utilization(DAC-U)システム」を創出します。この「DAC-Uシステム」は、サイズ拡張性があり、どこでも設置できるため、都市などに分散配置することによって、地産地消型の炭素循環社会の構築に貢献したいと思います。

どのようにDACを実現するのですか?

   世界最高性能のCO2透過性を示すCO2分離ナノ膜を、九州大学発で開発し、DACを実現したいと考えています。そのCO2分離ナノ膜は、自立膜で34nm(食品用ラップの1/300程度)という薄さを実現し、既にこれまでの世界の性能値に対して約20~30倍とダントツのCO2透過性能を示しており、かつ選択的CO2透過を実現する世界トップの性能を持っています。また、このCO2分離ナノ膜は、m2単位の大面積化にも成功しています。

【写真1】 CO2分離ナノ膜
【写真1】 CO2分離ナノ膜

   具体的な開発内容としては2030年までの目標として以下の3つを考えています。

   1つ目は、膜分離方式を用いたCO2回収ユニットの開発です。高い拡張性を持ち、分散配置可能なCO2回収技術の実現を目指しています。
   2つ目は、電気化学・熱化学反応を利用したCO2変換ユニットの開発です。回収したCO2のオンサイト変換によるグリーン燃料*1製造の実現を目指しています。
   3つ目は、小型パイロットシステム試作によるProof-of-Concept(概念実証)を行います。

*1 グリーン燃料(合成燃料):CO2と水素(H2)を合成して製造される燃料。発電所や工場から排出されたCOや大気中のCO2を回収して、製造するため、脱炭素燃料とみなされています。

   KPIは以下のとおりです。

[2022年度]
   高いCO2選択性を示す分離膜基本材料を選定する。また、CO2混合ガスからの一酸化炭素(CO)、メタン(CH4)、エチレン(C2H4)などの基礎化成品への変換を実証する。

[2024年度]
   窒素(N2)、酸素(O2)に対してCO2選択比がそれぞれ約30及び10の分離膜を開発する。CO2混合ガスからCO、CH4、C2H4を8~30%のエネルギー効率で電気化学変換し、熱化学プロセスでCO、CH4を連続製造(収率:90%)する。

[2029年度]
   CO2回収ユニット(濃縮度1000倍以上、回収CO2量:2kg/day以上)と回収CO2の80%以上をC1/C2*2製造するCO2変換ユニットが一体となった、小型ユニットを製作・実証する。

*2 C1/C2:C1は1分子中に炭素原子が一つのCOやCH4など。C2は1分子中に炭素原子が2つのC2H4など。

   上記の研究でDACを実現するために、次の4つのユニットでプロジェクトを構成しています。
   ①CO2回収研究ユニット(國武 雅司ユニットリーダー(熊本大学):
   DACから得られたCO2混合ガスから炭素化合物を製造する熱変換ユニットを開発しています。
   ②CO2変換研究ユニット(山内 美穂ユニットリーダー):
   イリノイ大学との国際連携により、CO2混合ガスからの電気化学的基礎化学原料および燃料製造システムを開発しています。また、北海道大学の清水先生により、CO2混合ガスからの熱化学的C1化合物製造システムを開発しています。
   ③構造・解析研究ユニット(小椎尾 謙ユニットリーダー):
   分離ナノ膜の性能向上を目的にガス分子と分離膜表面の精密な構造解析技術とガス分子と膜表面の相互解析方法の確立を行っています。
   ④エネルギーアナリシス、社会工学研究ユニット(Chapman Andrew Johnユニットリーダー):
   社会実装に向けて、重要な指標となる環境・社会・経済影響の評価を実施しています。ライフサイクルアセスメント(以降、LCA)の基盤となるインベントリーデータ*3の構築、温室効果に焦点を当てたLCAを実施しています。

*3 インベントリーデータ:エネルギー、原材料などの入力に関するデータや製品、大気など環境への出力に関するデータ。

どんなところに、社会実装を考えていますか?

   「DAC-Uシステム」は、相互連結を可能とし、高い拡張性を持たせることにより、太陽光発電システムと同様に、導入スペース、用途、条件に合わせて、家庭等の小規模からビル等の中規模まで対応できるサイズスケーラブルなシステムになると考えています。そのため、この革新的な「DAC-Uシステム」は、地上にあまねく存在する大気から、場所に依存することなく、どこでもCO2の回収とその資源化を図ることが出来ると考えています。それにより、気候変動問題の解決だけでなく、炭素資源の地産地消と資源循環による堅牢なエネルギー社会の構築を実現したいと考えています。【図1】

【図1】 社会実装のイメージ
【図1】 社会実装のイメージ

研究室見学

   九州大学で研究開発している2つの研究室を見学しました。

藤川研究室

   藤川研究室は、膜分離方式を用いたCO2回収ユニットの開発を行っています。【写真2】ナノ膜を使って、実験室内に存在する大気中CO2が実際に回収されていることをCO2センサーの数値で確認できました。この際、吸引ポンプを使用して大気を吸収しているため、そのポンプ作動に必要な電気の発電に伴うCO2発生量を考慮したLCAの分析が必要であり、現時点ではCO2マイナス(回収量が発生量を上回っている)になっているとのことで、継続的な研究開発とLCAによってCO2マイナス量を増加させる努力をするとのことでした。さらに、北海道大学 清水研一先生グループが開発している熱化学的CO2変換装置と接続して、大気からのCO2回収とそのCH4変換まで、一気通貫したプロトタイプシステムによる概念実証が完了しておりました。今後、CO2回収から炭素燃料への変換までを行う小規模なユニットを開発する予定とのことでした。

【写真2】 膜分離方式を用いたCO2回収
膜分離方式を用いたCO2回収

山内研究室

   山内研究室は、CO2変換研究ユニットのうち、CO2混合ガスから電気化学的に基礎化学原料および燃料を製造するシステムの開発【写真3】を担当しており、CO2を原料として多様な炭素化合物を作り分ける電解触媒の開発を行っています。CO2混合ガスに対して様々な触媒を試行錯誤した結果、①原子スケールCu(銅)複合触媒を用いるとメタン、②立方体Cu触媒を用いるとエチレン、③針状Cu触媒を用いるとエタノール、が効率的に生成されることを見出したそうです。

   実際にCu触媒を吹き付ける作業【写真4】を見学しました。再現性良く実験を行うために約2cm四方の中に均一にCu触媒を吹き付けるという細かな手作業が必要で、触媒の材料を変えて何度も試行錯誤しながら、繰り返し実験を行っているなど、より高い収率で基礎化学原料および燃料が得られる触媒の開発に苦労されていることがよく分かりました。

【写真3】 CO2混合ガスからCu触媒を用いた変換システムの開発
CO2混合ガスからCu触媒を用いた変換システムの開発

【写真4】 Cu触媒の吹き付け作業
Cu触媒の吹き付け作業

結びに

   藤川PMが所属する九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所は、低炭素排出、経済効果の高いエネルギーシステムの構築やエネルギー効率の向上などに寄与する基礎研究に取り組んでいます。研究者の連携や学際的研究(異分野融合)を通じて革新的な研究を促進するような、国際的かつ学術的環境を整えることも、優れた研究成果を出すために重要なミッションとなっています。そういった環境のなかで藤川PMは、家庭でも利用できる地産地消型の炭素循環社会の構築を見据えた研究をしています。また、イリノイ大学との国際的な連携や社会実装を着実に推進するための企業参画など、幅広い関係者をとりまとめながら、効率的に研究を推進されていることがよく分かりました。

   今回、研究現場を訪問し、2050年に向けて研究が順調に進捗していることが分かりました。また、技術の部分だけでなく、LCAの分析や社会的受容の検討なども進め、パイロットプラントに繋げることは、まさに挑戦的でムーンショット型研究開発制度らしい研究開発だと思いました。ぜひ目標が達成されることを期待しています。