第6回 目標4伊藤プロジェクト

   今回は、東京大学柏キャンパスにあるムーンショット目標4伊藤プロジェクトマネージャー(以降、PM)の研究室(伊藤・横山研究室)を見学しました。

   海洋プラスチックの問題は、プラスチックのリサイクル活動や市民によるエコバック利用など有効な対策を講じられていますが、こうした取り組みを超える部分、具体的には回収が困難な場合を想定した素材開発が必要になっています。伊藤PMは、ムーンショット目標4における環境汚染問題の解決を目指す「Clean Earth」に取り組んでいます。具体的には、生分解*1のタイミングやスピードをコントロールする海洋生分解性プラスチックを開発することを目指しており、「非可食性バイオマス*2を原料とした海洋分解可能なマルチロック型バイオポリマーの研究開発」というプロジェクトを進めています。 (2022年5月訪問)

*1 生分解:単にプラスチックがバラバラになることではなく、微生物の働きにより分子レベルまで分解し、最終的には二酸化炭素と水となって自然界へと循環していく性質
*2 非可食性バイオマス:人間が食用にしない植物などの生物材料

目標4伊藤PM(東京大学)
目標4伊藤PM(東京大学)

目標4伊藤PMが進める研究

どのような研究開発を実施していますか?

    海のプラスチックごみは、地球環境にとって深刻な問題になっています。我々のプロジェクトでは使用時は丈夫で誤って廃棄されたときに海洋などですぐに壊れて無害化するプラスチック材料の研究開発をしています。

   研究に際して、解決すべき問題点が2つあります。1つ目は、分解のしやすさとタフネス(強靭性、耐久性)という相反する機能の両立です。2つ目は、どのように環境中で分解するかが未だに十分解明されていない点です。この2つの問題の解決に加えて、原料もなるべく非可食性バイオマスにすることによってCO2削減にも貢献したいと考えています。

   これら2つの問題を乗り越えCO2削減にも貢献するために、我々のプロジェクトは使用時には分解を抑えてタフネス(強靭性と耐久性)を保ち、海洋に誤って拡散した時に分解する環境分解性とタフネスを両立するマルチロック型バイオポリマーの開発を目指しています。具体的には、ごみとなったプラスチック製品が海水に入ったときに分解が急速に進むというスイッチング機能を実現するため、例えば、分子構造、光、水分など複数の条件下(マルチロック型)で初めて分解して無害化する素材を研究しています。

プロジェクトの特徴は、どのようなところですか。

   プロジェクト体制としてマトリックス運営を取っているところが特徴です【図1】。プロジェクトには、プラスチックごみ、タイヤ摩耗紛、繊維くず、漁網の課題にフォーカスした研究課題に取り組む企業が5機関参画しています。また、5つの共通課題(マルチロック分解機構の開発、分解機構の解明、合成・プロセス、環境分解性の評価、海洋分解性と安全性)に取り組む大学や研究機関などのアカデミアが13機関参画しています。それらの企業とアカデミアが、相互に協力して課題解決に取り組む運営しています。

   具体的には、2つの運営形態をとっています。
   1つ目は、企業の研究課題を軸に大学の先生を中心としたアカデミアが入って課題解決にあたるという形態です。各企業は、1企業、1テーマ、1材料にしており、企業間はクローズにしています。他の企業が参加しないことで各企業は内部情報を出してきて、そこにアカデミアに属する合成の先生、物性の構造解析の先生やシミュレーションの先生などが集まって、みんなで考えて解決にあたる形態をとっています。一般に、共同研究の多くは1対1ですが、このプロジェクトでは企業の1つの課題に対してみんなで解決方法を考えます。
   2つ目は、逆に、共通課題を研究しているアカデミアが主体となって自分たちがやっている研究成果を参加企業に説明して、企業はそこからピックアップして自分たちの技術に持ち込むという形で課題解決に役立てる形態をとっています。

   このように、企業の課題を出してもらう競争領域(クローズ)と逆にアカデミアが自由な発想で共通課題に取り組んでいる協調領域(オープン)の両方同時に走らせることによって相乗効果を出しているということが特徴です。

【図1】伊藤プロジェクトの研究開発体制(マトリックス運営)
伊藤プロジェクトの研究開発体制(マトリックス運営)

(NEDOムーンショット型研究開発事業 目標4 成果報告会2021資料より転載)
※ 訪問時には、共通課題の「E5:海洋生分解性と安全性(九大、名大、東工大、信州大、CERI)」の追加あり。

研究室見学

   柏キャンパスの伊藤・横山研究室の研究の場である海洋生分解と力学試験・構造解析の2つの実験室を見学しました。

   海洋生分解の実験室では、実際に海水を使って開発しているブラスチック材料の生分解の試験をBOD測定器【写真1】を使ったBOD試験*3を実施しているそうです。開発中の色々な材料の生分解性について、プロジェクト内で作成した基準のもとで分解しやすさ(分解時間)を計測して評価し、最適な材料を探索しているそうです。また、微量混錬押出機【写真2左】は、目標のプラスチック材料を試作する装置です。生分解性のポリマー材料に強靭化のための材料(ポリロタキサン)を混合して作製しているそうです。強靭化と海水での生分解性の加速効果が期待され、それらの特性はうまく分散して混ぜ合わせるところがポイントであり、UVLED光劣化促進試験機【写真2右】による材料の光分解性(海洋で太陽光にさらされた際の分解)の評価と合わせて、より優れた材料の開発を進めているそうです。

   傍らで研究員の方が前日、神奈川の三浦市の海岸から採ってきた砂と海水を使って、実験の準備をされており、研究室の日常を垣間見ることができました。

*3 BOD試験:水中に含まれる有機物が微生物によって分解されるときに消費される酸素の濃度を計測する試験

【写真1】BOD測定器
BOD測定器

【写真2】微量混錬押出機(白い装置)、UVLED光劣化促進試験機(青い装置)
微量混錬押出機(白い装置)、UVLED光劣化促進試験機(青い装置)

   力学試験・構造解析の実験室では、タフネスを実現するために大型引張試験機を使って開発中のプラスチックの引張強度や破砕の状況を分析しているそうです。赤外カメラ等のカメラ使って引っ張られているプラスチックが伸びたり裂けたりする様子をモニタすることで、より強靭なプラスチックの探索につなげているそうです。これらのカメラを使うと、力がどのように加わっているか、分子の向きがどう変わるかなど調べることができたり、ひずみのエネルギーも可視化できたりするそうです。

【写真3】大型引張試験機
大型引張試験機

   この2つの実験室を見学し、分解しやすさとタフネスの相反する機能の両立に挑戦している一片を見ることができました。

結びに

   伊藤PMは、平成25年から5年間の革新的研究開発プログラム(ImPACT)にも参加されており、今回訪問した柏キャンパス内の展示コーナーでは、強靱で軽い素材のボディーやタイヤを採用した自動車をはじめ、同プログラムの成果が展示されていました。【写真4】

【写真4】ImPACT伊藤プロジェクトの成果展示コーナー(東大柏キャンパス内)
ImPACT伊藤プロジェクトの成果展示コーナー(東大柏キャンパス内)

   同プログラムでは、『超薄膜化・強靱化「しなやかタフポリマー」の実現』というテーマで、薄くて強いという観点で化学素材の研究開発を実施しており、参画する大学、研究機関や企業を統括するプロジェクトマネージャーの重責を担われ数々の成果をあげられました。

   ムーンショット目標4では、ImPACTの経験を元に、今度は、地球環境問題の1つである海洋プラスチックごみ問題に、イノベーションを起こすべく、プロジェクトを推進されています。技術面では、ImPACTで実現した薄くて強いしなやかな素材を作るという難題を解決してきた知見を環境分解性とタフネスという課題に活かし、プロジェクトマネジメント面では、素材メーカを統括して成果につなげてきた経験をマトリックス運営として活かして活動されています。
   今回の説明の中で、各企業とアカデミアとの協調からいくつかのブレークスルーとなる研究成果が出てきているとの事でした。これは、伊藤PMのImPACTでの知見と経験があったが故の結果だと思います。

   ムーンショット目標4では、「2050年までに地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」をテーマとしていますが、1日でも早く実現すべき課題であることは言うまでもありません。そのために、社会実装に向けて企業とアカデミアで協力して1日でも早く目標が達成し、持続可能な資源循環を実現すること期待します。