第7回 目標4川本プロジェクト
今回は、目標4の川本プロジェクトマネージャ(PM)が研究開発を進めている産業技術総合研究所つくばセンターに伺いました。川本プロジェクトでは、産業活動由来の希薄な窒素化合物の循環技術創出に取り組んでいます。本プロジェクトは以下の3つの項目から構成されています。
【表1】川本プロジェクトの項目一覧
項目名 | 研究概要 | |
---|---|---|
項目1 | 気相中窒素化合物の資源アンモニア化 | 現在は低濃度であるがゆえに合理的な回収等が一般には行われていない、燃焼排ガス中に含まれるNOx等窒素酸化物を回収して、資源化(NOxをアンモニアに転換)する技術を開発 |
項目2 | 水相中窒素化合物の資源アンモニア化 | 廃水中窒素成分の大部分を占める有機性の窒素化合物(有機態窒素)をアンモニア水として回収するための一連のシステムを開発 |
項目3 | 窒素循環技術実用化に向けた技術全体像構築 | 開発要素技術の導入ケースを作成し、プロセスシミュレーションを用いて、窒素化合物排出量を削減しうるプラントシステム全体のモデルベース設計 |
各項目の取組内容について担当されている研究者から説明がありましたので、その内容について紹介します。
目標4川本PM(産業技術総合研究所)
項目1関連
親水性/疎水性空間内での金属種由来の静電場を利用した超高選択的なNTA(NOx to Ammonia)用NO吸着 眞中 雄一 主任研究員(産業技術総合研究所)
本研究開発では、工場等から排出される燃焼排ガス中に含まれる窒素酸化物(NOx)に対して、高度に選択的な吸着構造体の設計を行っています。水蒸気が共存する場合にもNO吸着能力が十分な素材として、ゼオライト系や炭素系の素材を発見したとのことでした。その一例として、ゼオライト骨格模型を使い吸着構造体について説明されました。また、本素材を用いて実験室レベルのハニカムローター型反応器を試作しており、一般的なハニカムモデル【写真1】を用いて説明されました。NO吸着効率は世界トップレベルの吸着率を達成しているそうです。
【写真1】吸着素材とハニカムモデルを説明する眞中主任研究員
NTA変換後のアンモニアの濃縮分離技術の開発 南 公隆 主任研究員(産業技術総合研究所)
本研究開発では、ガス状のアンモニアを吸着するフィルタの開発に取り組んでいます。今回、その吸着効果を実体験させてもらいました。【写真2】の小型脱臭装置の下にアンモニアを含む成分があり、吸着フィルタがある場合とない場合とでその匂いを比較しました。吸着フィルタの効果はてきめんで、フィルタをつけるだけでアンモニア臭が全くなくなりました。最終的にはフィルタで吸着したアンモニアの資源化を目指すとのことでした。
【写真2】デモ用の小型脱臭装置
項目2関連
正浸透(FO)膜法による廃水濃縮 熊谷 和夫 特命教授(神戸大学)
本研究開発では、廃水から高純度のアンモニア水の抽出に取り組んでいます。そのために1段階目のFO膜で十倍に濃縮、2段階目の膜濃縮で更に十倍に濃縮、最後の3段階目の膜蒸留という方式で25%のアンモニア水を取り出すとのことで、本研究成果に目途がついたとのことでした。膜の開発では企業と共同開発しているそうです。
【写真3】正浸透(FO)膜法について説明する熊谷教授
アンモニウム吸着回収技術の基盤開発 川本 徹プロジェクトマネージャー(産業技術総合研究所)
本研究開発では、水中のアンモニウムを選択的に吸着後、脱離水に放出し回収する技術に取り組んでいます。従来材料から、金属を置換することによって新たな吸着材を開発しました。その吸着材を利用したところ、処理水中のアンモニウム除去と、濃縮水中濃度を最大18倍への濃縮を両立したとのことです。今回、本技術の実証実験装置について説明があり、各プロセスを自動化しているとのことでした。
【写真4】アンモニウム吸収回収技術の実証装置について説明する川本PM
窒素化合物のアンモニウム変換に関する研究開発 堀 知行 主任研究員(産業技術総合研究所)
本研究開発では、多様な施設・廃水に適用できる好気・嫌気の効率的アンモニウム変換バイオプロセスの構築に取り組んでいます。これにより、水相中窒素化合物の資源アンモニア化への貢献を目指しています。今回、本プロセスの実証装置について説明がありました。微生物の力により変換プロセスを実現しており、次世代シーケンサーを用いて1000万種スケールの微生物を同定することで、バイオ処理槽の綿密な評価・制御・最適化を行うそうです。
【写真5】バイオプロセスの実装装置
項目3関連
窒素循環技術実用化に向けた技術全体像構築 松本 秀行 准教授(東京工業大学)
本研究開発では、項目1、項目2の要素技術を組み合わせることで最終的にどのような生産システムが構築できるかをシミュレーションする技術に取り組んでいます。まず、要素技術フローと物質・熱フローを作成し、要素技術ごとの最適なサイズ・運転条件を概算できるシミュレーションを実現しています。フローの作成では多くの研究者が利用しやすいExcelを用いるそうです。本シミュレーションを用いることで、窒素化合物排出量を削減しうるプラントシステム全体の絵姿を明らかにできます。
【図1】窒素循環技術実用化に向けた技術全体像構築
ELSIへの対応
川本PMに本プロジェクトの研究成果を社会実装していく上でのELSI(倫理的・法制度的・社会的課題)について質問しました。川本PMからは、廃水からのアンモニア回収において20%程度のアンモニア水の抽出を設定しているが、これはその濃度が安定的なアンモニア水であることに加え、輸送上の規制からもそのような条件設定にしているとのことでした。技術としてベストを目指すのか、それとも現在の規制を前提として社会実装がスムーズに進む目標値とするのかは、今後議論を進めていきたいとのことでした。
結びに
今回、紹介頂いた川本PMの研究開発は、ムーンショット目標4における「窒素化合物を回収、資源転換、無害化する技術の開発」を担当しています。地球の限界を示す概念として「プラネタリーバウンダリー」という言葉があります。地球の環境容量のひとつである窒素循環については、すでにプラネタリーバウンダリー(の限界値)を越えて不確実性超領域となっており、地球の存続に対して高リスクの領域にあります。川本プロジェクトの研究成果により画期的な窒素循環技術が確立されることで、窒素の循環について限界値未満の安全な機能空間を実現し、地球の永続的な発展に寄与されることを期待します。