第9回 目標4南澤プロジェクト

   今回は、目標4南澤プロジェクトの研究が行われている農研機構(つくば本部地区)にお伺いしました。(2022年5月訪問)

目標4 南澤PM(東北大学)

目標4南澤プロジェクトで進める研究

どんな目標を掲げていますか?

   目標4では、「2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」という目標を掲げており、具体的には、地球温暖化問題の解決(Cool Earth)と環境汚染問題の解決(Clean Earth)を目指しています。
   今回訪問した南澤PMは、地球温暖化問題の解決(Cool Earth)を実現するために、「資源循環の最適化による農地由来の温室効果ガスの排出削減」という研究開発プロジェクトを進めています。具体的には、食料生産に必要な農地から発生する一酸化二窒素(N2O)や、水田から発生するメタン(CH4)をそれぞれ80%削減することを目標に、資源循環の最適化を行い、地球温暖化の原因である温室効果ガスの発生を抑制しようとしています【図1】。
   これらの温室効果ガスによる温暖化への影響は、対二酸化炭素(CO2)比でN2Oは約265倍、CH4は約28倍にもなります。このように温室効果ガスを大量に排出している農地の改変が人類生存に必須の課題となっています。

【図1】 世界のN2OおよびCH4の人為的発生源の内訳

どんな研究を進めていますか?

   土壌に生息する微生物の機能を活用し、農地で発生する温室効果ガス(N2OとCH4)を無害化する研究開発を進めています。
   具体的には、以下の課題Ⅰ~Ⅴに分かれて進めています。

【課題Ⅰ】土壌微生物完全解明による土壌生態系デザイン
   土壌中の微生物は、「団粒*1」【写真1】と呼ばれる微細な土壌粒子を骨格とする多孔質構造体を住処にしており、その団粒の環境によって、生息する微生物の種類が大きく異なります。そこで、N2Oの無害化(窒素循環)を担う微生物が安定的に生存でき、活発な活動ができる物理化学的な環境要因を解明すべく、「自然土壌における団粒構造と微生物叢*2の評価」と「人工団粒作成・培養実験」を行います。
   また、先端的な解析技術を用い、土壌微生物の全貌を解明しようとしています。

[詳細課題]
1.土壌構造と微生物生存の解明
2.全土壌微生物ゲノムの解析およびN2O無害化ポテンシャルの応用

*1 団粒:土壌の粒子が集まり、団子状の塊になったもの。
*2 微生物叢:生態系における生きた微生物の集合体。

【写真1】 自然土壌における団粒

【課題Ⅱ】生物的N2O無害化・資源化技術の開発
   ダイズ(マメ科植物)の根に根粒*3菌が共生する「根粒共生」は、空気中の窒素を固定してダイズ(マメ科植物)の栄養とすることができる反面、植物収穫期にN2Oを放出してしまいます。一方、N2OをN2に還元(無害化)できる根粒菌の存在が分かっています。そこで、「N2O無害化根粒菌が優先的に共生する根粒共生系」を確立すべく、「N2O無害化能力の高い根粒菌の探索及び無害化能力向上技術の確立」と「根粒菌・マメ科植物双方の根粒共生を制御する因子の機能解明と最適化」を行います【図2】。
   また、課題ⅡとⅣの共同で、N2OおよびCH4無害化微生物の実用化のための最適利用条件を明らかにするために、土の中の「見えない」世界の可視化を目指しています。

[詳細課題]
1.根粒共生を利用したN2O無害化再資源化技術の確立
2.畑地および水田由来のN2Oの無害化・資源化
3.土壌環境の最適化によるN2O無害化・資源化評価栽培システムの構築

*3 根粒:マメ科植物の根に見られるこぶ状の組織。根に根粒菌が共生することで形成される。

【図2】 課題Ⅱの研究概念図

【課題Ⅲ】ゲノム・メタゲノム情報に基づくN2O無害化微生物最適利用技術の開発
   本課題では窒素循環の中で微生物の働きにより、N2Oが生成される2つの過程を制御するN2O発生制御剤を開発します。具体的には以下2点の研究開発により、土壌中においてN2O無害化微生物が安定的に生存し、効果的にその能力を発揮できる資材(商品)開発を行います。
・N2O無害化微生物のN2O還元酵素をゲノム編集等により改良し、N2O無害化能力を高める。
・ゲノム・メタゲノム情報に基づきN2O発生制御剤を開発する。

[詳細課題]
1.ゲノム編集による高活性N2O無害化酵素を持つ微生物の作出
2.メタゲノム創薬によるN2O発生制御剤の開発
3.土壌構造をベースにした微生物安定化技術

【図3】 課題Ⅲの研究概念図

【課題Ⅳ】微生物-イネ共生系の最適化による水田CH4排出削減
   水田は世界人口の約半数に主食のコメを提供する一方、CH4の主要な排出源の1つにもなっています。それはなぜかというと、イネは光合成によって大気中のCO2を炭素化合物(有機物)として植物体の中に取り込んで固定化しますが、水によって酸素が乏しい環境である水田の土壌では、ワラなどの有機物は嫌気的に分解され、CH4が生成されてしまうからです【図4左】。一方、イネには大気中の酸素を根の周辺へ運ぶ機能があり、そこでは酸素を使ってCH4をCO2に変換することでエネルギーを得ている微生物(CH4酸化菌)が活動しています。このように、CH4の生成と分解が並行して行われているのですが、基本的には酸素が乏しい環境なので、CH4生成量の方が大きくなってしまっています。
   そこで、イネ地下部への酸素運搬能力を遺伝的に高め、CH4をCO2に無害化するCH4酸化菌の働きを最大化させる「イネの改変技術」を開発し、コシヒカリなどの主要なイネ品種の低CH4を行います。この技術開発によって、温室効果ガスであるCO2が排出されるものの、元々大気中から光合成により回収したCO2を排出することになるので、正味の温室効果ガスの排出はゼロ(カーボンニュートラル)となります【図4右】。

[詳細課題]
1.イネ根圏土壌中のCH4酸化を促進する手法を開発
2.イネ体内部に生息する微生物の力によってCH4酸化と窒素固定の同時促進を実現

【図4】 課題Ⅳの研究概念図

【課題Ⅴ】温室効果ガス発生削減技術のパイロットスケール実証・評価
   ここでは、課題Ⅱ、Ⅲ、Ⅳで確立した温室効果ガス削減技術について、以下のような幅広い観点から技術の評価を行います。
・パイロットスケールから全球スケールまでの評価
・ライフサイクルアセスメント(LCA*4)
・倫理的・法的・社会的影響(ELSI)への対応 など

*4 LCA:投入資源、環境負荷およびそれらによる地球や生態系への環境影響を定量的に評価する方法。

社会実装はどんなイメージですか?

   現時点では、以下の3つを開発し、世界へ普及させることを考えています。

(1) 根粒菌接種資材
   土壌中の微生物の働きで発生するN2OをN2へ還元(無害化)する能力の高い根粒菌を資材化し、あらゆる土壌においてN2O発生の抑制を実現します。

(2) 分子標的型N2O制御剤入り肥料
   現在、使用されている肥料に含まれる窒素成分は、土壌中の微生物による作用を受ける過程で温室効果ガスであるN2Oとして排出されてしまいます。この開発品は、そのN2Oを植物の成長に必要である硝酸(NO3-)へと変換(再資源化)させることを実現し、植物による肥料利用効率の向上とN2O発生の抑制を両立します。

(3) 低メタン版“コシヒカリ”の開発
   日本におけるお米の主要品種であるコシヒカリを改良し、コシヒカリの品質担保とCH4発生抑制を両立します。

   こういった複数の技術を組み合わせることで、温室効果ガスである農地由来のN2Oおよび水田土壌由来のCH4の80%削減を実現しようとしています。

研究室見学

   農研機構(つくば本部地区)にて、研究開発を実施している研究現場を見学しました。
   この場所は、南澤プロジェクトの研究のコアとなる拠点で、研究室内での実験から田んぼや畑を使った実証試験まで幅広い研究を行っています。

【課題Ⅰ】土壌微生物機能安定化(農業環境研究部門 気候変動緩和策研究領域 上級研究員 和穎朗太さん)

   ここでは、日本の代表的な農地土である「黒ボク土」、「黄色土」、「灰色低地土」の3つを本プロジェクト共通で用いる共通土壌と呼び、その共通土壌を対象にN2O無害化微生物が生育しやすい環境を作る土壌団粒の形成メカニズムの解明と人工団粒の形成を行っています。
   自然の土壌団粒は、X線CT法で確認すると、その体積の半分くらいを大小さまざまな穴が占めている複雑な構造であることが分かっており、水の流れる経路や酸素の濃度などが異なる様々な環境が形成されています。その団粒内の様々な環境ごとに色々な機能を持った微生物が棲み分けて生息しており、本プロジェクトのターゲットであるN2O無害化微生物は、酸素が少ない嫌気スポットに生息することまでは分かっています。
   今後は、団粒形成メカニズムの解明や素材の接着物質は何か、物理構造に対応した微生物叢は何かなどを解明し、N2O無害化微生物が定着できる人工団粒の形成を目指しているそうです。最終的には、N2O無害化微生物を住まわせた人工団粒を肥料のように自然の土壌に撒き、それが核となり自己増殖的に増えていくような形に持っていきたいとのことでした。

【課題Ⅱ】根粒菌接種実験(生物機能利用部門 作物生長機構研究領域 グループ長 今泉(安楽)温子さん)

   ここでは、N2O無害化活性が高いNosZ++根粒菌の共生パートナーとなるダイズを研究しており、NosZ++根粒菌が優先的に共生することが出来るダイズを作出しようとしています。
   日本と海外のダイズ165種類という多くの品種を研究対象としています【写真2】。ちなみに、ダイズの種子は寿命が短いため、真空状態かつ‐20℃で保存しています。

【写真2】 日本と世界のダイズ品種のコアコレクション165種類

   ダイズとNosZ++根粒菌の共生には、ダイズの「不和合性遺伝子」(根粒菌がダイズへ感染することを排除する機能を持った遺伝子)が大きく関わっています。不和合性遺伝子の情報をもとに合成されたタンパク質は、根粒菌が放出するエフェクターを認識し、根粒菌の感染を排除します。すなわち、ここで認識されなかった根粒菌のみがダイズへ感染し、共生することができます【写真3】。そこで、NosZ++根粒菌が持つエフェクターは認識せず、他の根粒菌のエフェクターを認識・排除する不和合性遺伝子を持つダイズを探索するとともに、NosZ++根粒菌が持つエフェクターを改変し他の菌と差別化を行うという2つの戦略でNosZ++根粒菌を優先的にダイズへ感染させ、100%に近い感染優先率を実現することを目標に研究を進めているそうです。

【写真3】 ダイズの根に根粒菌が共生すると形成される根粒(淡いピンク色のこぶ状構造)

【課題Ⅲ】分子標的型窒素制御剤開発(高度分析研究センター センター長 山崎俊正さん)

   ここでは、構造生物学*5の観点から、窒素循環の中で微生物の働きにより、N2Oが生成される2つの過程を制御するN2O発生制御剤を開発しています。それを肥料に添加する形で、社会実装しようとしています。

*5 構造生物学:たんぱく質などの生物を形作る巨大な生体高分子の立体構造を研究する生物学。

   具体的には、N2O発生を制御する薬剤を開発するために、N2Oの生成を行う土壌窒素循環微生物の窒素代謝酵素に、より結合しやすく、酵素の働きを阻害できる薬剤の分子表面の構造を研究しています。酵素と薬剤の結合状態を解析するために、様々な溶媒や条件を組み合わせて結晶化を試みていますが、なかなか結晶化するパターンは見つかりません。そこで、より多くの組み合わせを試すため、結晶作成ロボットを導入し、実験スピードを格段に向上させたそうです【写真4】。結晶化が確認された際には、X線回折装置を用いて分子・原子レベルで薬剤が吸着した結晶部分の構造を確認して、酵素に吸着しやすく、酵素の働きを阻害できる構造はどんなものなのかなどを解析しているそうです。

【写真4】 結晶作成ロボット

【課題Ⅳ】低メタンイネ品種開発(農業環境研究部門 気候変動緩和策研究領域 主任研究員 常田岳志さん)

   ここでは、イネから発生するCH4を抑制しつつ、CH4をCO2へ酸化させることが出来るイネの改変技術を研究しています。
   世界中には、CH4があまり発生しない品種が存在するものの、美味しくないなどの理由から商品価値があまりない品種があります。その品種と日本の主力品種であるコシヒカリを掛け合わせて、CH4があまり発生しない上に美味しいお米を生育できるイネ品種を作出しようとしています。様々な組み合わせで開発した新しいイネ品種の候補を実際の田んぼで栽培し、発生するCH4を測定することで、本課題で目標とするCH4発生40%削減を実現するイネ品種の作出を目指しています。
   この研究では、見学した農研機構のつくば研究拠点で500m2の田んぼを3枚、農研機構谷和原水田圃場で1000m2の田んぼを3枚使い、様々なイネの系統を育成し評価しています。ここでは、数多くのイネ系統を評価するため、できるだけ短時間でCH4測定を行うことが重要になります。今までは、イネにチャンバーと呼ばれる箱を被せて発生するガスをガラス瓶に入れて回収し、実験室に持ち帰って分析するという大変な作業を行っていましたが、最近では携帯型のメタン計が開発されたことで、現場でリアルタイムに測定できるようになり、従来の3,4倍のスピードで測定が可能となったそうです(生育状況にもよるが、一品種の測定には5~20分程度要する。)【写真5】。
   また、イネから発生するCH4は、水温などの影響を大きく受けるため、田んぼには一定間隔で基準となるコシヒカリを配置したり、水温を計測する機器を取り付けることで、計測結果を正しく評価できるように工夫しているそうです。

【写真5】 低CH4品種候補のイネから発生するCH4を測定している様子

【課題Ⅴ】パイロットスケール実証(農業環境研究部門 気候変動緩和策研究領域 グループ長 秋山博子さん)

   ここでは、東北大で研究をしている南澤PMが発見したN2O削減能力の高いNosZ++菌を実際の生育環境で、どのくらいN2O削減能力が発揮されるのかを確認しています。
   現在は、20株程度の候補株から選抜した10株についてポット実験で検証しており、今後はポット実験で削減能力が高いいくつかの株を選抜し、フィールドスケール実験として規模を大きくして評価していくそうです【写真6】【写真7】。

【写真6】 ポット実験

【写真7】 フィールドスケール実験

結びに

   南澤プロジェクトでは社会実装を見据え、数多くの現場実証が行われている一方で、現場の自然の中では制御しきれない要因があることから、一般的な結論を見出す難しさを強く感じました。しかし、その中でも制御しきれない要因を他のデータを用いて補正するなど、数多くの工夫がされていました。また、分子レベルの研究から田んぼでの現場実証まで幅広い研究を行いつつ、しっかりと社会実装を見据えた戦略が検討されていることから、南澤プロジェクトで掲げた目標である農地由来N2Oと水田由来CH4の80%削減をしっかりと現実とする道筋を確認することが出来ました。
   そして、非常に幅広い領域をカバーした規模の大きいプロジェクトにも関わらず、目標達成に向けた道筋が明確になっているのは、南澤PMのマネジメント能力やこれまで培った知見が大いに発揮されているからだと感じました。具体的には、週1回以上ミーティングを行い、それぞれの課題を飛び越えた研究者同士の密な連携を図って、目標達成に向けた戦略を検討しているそうです。
   このプロジェクトは、全世界の人々が関係する食べ物を生産する土壌の研究であり、将来予測されている世界的な人口増加により必要となる農地の拡大と地球温暖化の抑制を両立し、世界を救うことが出来る可能性のある素晴らしい研究だと考えていますので、今後の成果にすごく期待しています。これからも研究開発を進める方々を全力でサポートしていきたいと思います。