第11回 目標5由良、藤原、中嶋、竹山プロジェクト(つくば地区)

   今回は、東京農工大学の千葉学長がプログラムディレクター(PD)を務める目標5のサイトビジットに参加しました。目標5の研究開発プロジェクトのうち、「地球規模の食料問題の解決と人類の宇宙進出に向けた昆虫が支える循環型食料生産システム」、「サイバーフィジカルシステムを利用した作物強靭化による食料リスクゼロの実現」、「フードロス削減とQoL向上を同時に実現する革新的な食ソリューションの開発」の3プロジェクトに参画している農研機構(つくば地区)および、「土壌微生物叢アトラスに基づいた環境制御による循環型協生農業プラットフォーム構築」の研究開発プロジェクトにおいて「栽培マネジメントシステムの開発」を進めている理化学研究所(つくば地区)の施設や研究室を訪問しました。各研究開発プロジェクトを統括するプロジェクトマネージャー(以降、PM)、その下で研究開発を進めるプリンシパルインベスティゲーター(以降、PI)や研究所長、研究者の皆さんからプロジェクトの概要や進捗状況の説明を伺ったのち、関連する施設や研究室を見学しました。(2022年8月訪問)

   目標5では、「2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない 持続的な食料供給産業を創出」という目標を揚げています。2050年には世界の人口増加により食料需要が2010年に比べ1.7倍になると見込まれています。一方、生産効率のみを重視した従来の食料生産方式だけでは地球の自然循環機能が破綻し、食料供給が立ち行かなくなる恐れがあります。そのため、食料の増産と地球環境保全を両立するために、生産力の向上だけでなく環境負荷や食品ロス問題を同時に解決していくことが必要です。この問題の解決に向けて掲げられた目標5を達成するために、8件の研究開発プロジェクトを推進しています。

[訪問した研究開発プロジェクト]

1.「地球規模の食料問題の解決と人類の宇宙進出に向けた昆虫が支える循環型食料生産システム」

【写真1】目標5由良PM(お茶の水大学)

目標5由良PMが進める研究

どのような研究開発を実施していますか?

   世界人口の増加に伴い、食用タンパク質の需要に、供給が追いつかなくなる危機(タンパク質クライシス)が差し迫っています。そのような中で、環境低負荷かつ潜在的なタンパク質源である昆虫に着目し、高品質な食用・飼料用昆虫の持続可能な大量生産体制を築くことで、この課題の解決を目指しています。

   本プロジェクトでは、2030年までに農作物残渣・食品廃棄物を有用タンパク質に転換できる昆虫を、魚粉を代替する水産・畜産飼料原料として確立すると共に、人類の食・健康と地球環境を支える新たな生物資源として活用します【図1】。2040年までに地球上のいかなる環境にも対応可能な昆虫生産システムを開発し、2050年までに宇宙空間における人類の安全・安心な食と健康を支える完全循環型の食料生産システムに昇華させます。

【図1】プロジェクト概要図

なぜ昆虫を魚粉の代替にするのですか?

   水産養殖の配合飼料に使用されている魚粉の不足や価格高騰で養殖経営が逼迫しています。持続的な水産養殖の振興のためには、魚粉代替となる動物性タンパク質の安定的な確保が急務です。同じ重さの「肉」を得るには、必要とする穀物量が少ないなど他の畜産物よりも昆虫は効率が良いです。日本で広く分布しているアメリカミズアブは、食性の広さ、飼育の容易さなど魚粉代替タンパク質の生産に優れた昆虫です。

ミズアブ飼育施設見学

   農研機構で研究開発しているミズアブ飼育施設を見学しました。様々な食品廃棄物を使って飼育をしているとのことで、飼料にコーヒー殻を使ったり、パンの耳を混合したりと、より効率的な飼育を研究していました【写真2】。また様々な飼育試験も行っており、鶏糞でも良好に飼育できているとのことでした。

【写真2】 幼虫飼育用施設

   次に、ミズアブ産卵施設を見学しました。ミズアブ成虫を飼育ゲージに入れ、省スペースで採卵する飼育法を確立していました【写真3】。環境条件(光、温度、湿度、密度)を安定させることにより、受精率を向上させたそうです。また、ミズアブが産卵する性質を利用した工夫により作業時間を大幅に短縮するなど、コストダウンに向けた取り組みを重ねていきたいとのことでした。

【写真3】 採卵用施設

2.「サイバーフィジカルシステムを利用した作物強靭化による食料リスクゼロの実現」

【写真4】 目標5藤原PM(東京大学)

目標5藤原PMが進める研究

どのような研究開発を実施していますか?

   2050年、世界人口は97億人に達し、現在(2010年)の1.7倍の食料が必要とされています。一方、地球温暖化の進行に伴い、世界的に異常気象が頻発しています。温暖化が進むと主要穀物生産の伸びは鈍化し、2050年の必要量を賄うことが出来ません。そこで、環境劣化に対応できる強靭な農作物の開発が求められています。

   本プロジェクトでは、劣悪な環境でも生育できる野生植物等の「強靭さ」のメカニズムを解明し、干ばつや養分欠乏等の環境ストレス下でも栽培できる強靭な作物を迅速に開発するデジタル作物デザイン技術を確立します【図2】。乾燥、 養分欠乏、塩害に対して野生植物のもつ「強靭さ」に関わる遺伝子を集積、AIなどの情報科学技術を駆使し、サイバー空間で生育を予測、デザインされた情報に基づき、多数の関与遺伝子を同時にゲノム改良することで、新品種の開発はもとより、数千年を要する作物栽培化を数年に短縮することが可能になると考えています。

【図2】プロジェクト概要図

どのように品種開発を進めるのですか?

   例えば、干ばつに強いイネの開発が望まれています。過去27年間に1回以上の干ばつで収量被害を受けたイネの栽培面積は、1.02億ヘクタール (全世界の栽培面積の約62%) となっています。イネの品種開発をしようとした場合、フィジカル(実)空間では年1回の栽培ですから、品種開発には何年も必要になります。一方、サイバー空間ではその制約がなく1年に何回でも試行できます。我々は、サイバー空間で遺伝子ベースの生育予測モデルを構築し、最適な遺伝子組合せをデザインすることで、新たな品種開発を1年で可能とする世界を目指しています。目標は品種開発につながる作物デザインシステムの構築です。

作物研究部門デジタル作物デザインセンター見学

   農研機構での研究開発拠点であり、フィジカル空間での様々な環境を模倣し、特性データを収集することで、サイバー空間での作物デザインを可能とする施設「デジタル作物デザインセンター」の研究設備を見学しました。同センター内に新たに整備した環境ストレス(干ばつ、養分欠乏など)を再現できる栽培計測一体型プラットフォーム(iPUPIL)【写真5】は、温湿度、土壌水分などの環境の制御・モニタリングシステムに加えて、作物が受けるストレスを自動計測するマルチカメラなどの計測システムを備えており、環境ストレスに対する作物の応答やその品種による違いを解析できます。また、JST・CREST事業で整備した、作物が生育したポット全体をX線CT装置に入れて、地下部(根系)を非破壊で可視化するシステム【写真6】もご紹介いただきました。

関連するプレスリリース:「植物の隠れた能力を見える化できる栽培計測プラットフォームの構築」

【写真5】栽培計測一体型プラットフォーム(iPUPIL)

【写真6】X線CT撮影による根系可視化ソフト開発

3.「フードロス削減とQoL向上を同時に実現する革新的な食ソリューションの開発」

【写真7】 目標5中嶋PM(筑波大学)

目標5中嶋PMが進める研究

どのような研究開発を実施していますか?

   2050年に地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業創出を実現させるためには、今後増大すると予測される20億人を含む世界人口約100億人の個々人が食事を満足に摂取できるよう、食べられるのに捨てられている食材等を活用し、供給物に対する合理的な消費体系を構築することが課題となっております。

   本プロジェクトでは、フードロス削減とQoL向上を実現する新規なパーソナライズド食品製造システムを開発します。すなわち、未利用食材からの構造を制御した粉粒体の開発と粉粒体特性データベースの構成、摂食中の味、食感、香り等のおいしさを感じる食の特徴をパターン化する動的評価技術の開発とおいしさデータベースの構築、食材粉粒体の加?特性を活かしつつ多様な食感やおいしさを生み出す、新規の3Dプリンティング技術を開発します。「革新的な食ソリューション」として、フードチェーン上流で発生するフードロス食材(余剰・規格外等)の活用、食感、味などの全ての「食」のデジタル化、3DフードプリンタとAIを集積させた3D-AIシェフマシンによりプリント食品へ再構成することで実現可能となる、個々人の健康、嗜好に応じた食品の提供が可能な世界初となるデータ駆動型の食品提供システムの構築を目指します。個々人の好みや体調に応じ、おいしさの欲求を満たしつつ健康管理にも繋がる3D-AIシェフマシンによる新たなプラットフォームの構築が挑戦のポイントとなります。AIを集積した3Dフードプリンティングシステム(3D-AIシェフマシン)を?いて、おいしさデータベースを基に個人の健康データ等と連動したパーソナライズド食品を提供することができるプラットフォームを構築し、「新たな日本食」として世界に価値を発信し、フードロス削減と人々のQoL向上を目指します。

【図3】プロジェクト概要図

どのようなフードロス食材を使い、フードロス削減につなげるのですか?

   現在は、水分の高いじゃがいもやキャベツ等を使って、研究を進めています。3Dフードプリンタで必要な時に必要な量だけプリント食品を製造すればフードロスがかなり減るのではないかと考えています。

   また当面は高齢者食をターゲットとしてデータベースに基づいてプリント食品をデザインし、その情報を元にプリント食品を提供するシステムの構成を目指しています。

3Dフードプリンティング関連技術見学

   農研機構食品研究部門で研究開発している3Dフードプリンティング関連技術を見学しました。スクリュー式3Dフードプリンタ【写真8】は、実際にキャベツ粉ペースト(写真右側ノズル「M」)とマッシュポテト(左側ノズル「S」)を充填した2つのノズルを使ってMS(ムーンショット)という立体文字をプリントする実演を見学しました。ステージ移動速度20 mm/sとのことでしたが、想像していたよりは速いという印象でした。しかし、実際に完成するまでにはかなり待たされるというのが現状で、今後実用出来るレベルにするためには、プリント速度等の操作条件に加えエクストルーダー(ペーストの押し出し機構)の改良が必要と考えているとのことです。

【写真8】 スクリュー式3Dフードプリンタ

   プリンティング技術の開発と合わせて重要なのが、粉粒体の開発です。農産物は水分が高く腐敗しやすいため、農研機構では凍結とマイクロ波を組み合わせた乾燥技術を開発しています。乾燥させることで、長期保存や常温貯蔵が可能となり、フードロス削減にもつながります。乾燥後に粉砕する際にもプリンタの機種に適した粉粒体の作製方法を研究しています。3Dプリントに適した粉粒体を得るために、農研機構ではナタデココに着目し、新素材「ナタピューレ」を開発しました。ナタピューレ添加により結着性、保形性、分散性などが向上し、3Dプリントに適したペーストを作製できるようになったそうです【写真9】。

【写真9】 ナタピューレ有無によるジャガイモ粉ペーストの成形性の違い

   技術開発と合わせて、美味しいフードプリント食品を開発するために、おいしいと感じる食品のデータを取得し、3Dプリント食の食品構造を設計する研究も進めています。咀嚼ロボット【写真10】により人の咀嚼条件に合わせた動作を再現し、香気成分を捕集する装置や味覚センサと連携して、色々な食品の食感・味の経時変化のデータを蓄積しているそうです。

【写真10】 咀嚼ロボットと実験後のサンプル

4.「土壌微生物叢アトラスに基づいた環境制御による循環型協生農業プラットフォーム構築」

【写真11】 目標5竹山PM(早稲田大学)

目標5竹山プロジェクトの中で市橋PIが進める研究

どのような研究開発を実施していますか?

   目標5が目指す作物生産と地球環境保全の両立を可能とする完全資源循環型の食料生産システムを実現するためには、反応性窒素による環境負荷を最小限にすると同時に国内自給率100%を実現する革新的な技術が必要です。そこで、本サブグループでは、農業を取り巻く環境である農業生態系をデジタル化してサイバー空間でエンジニアリングする「農業環境エンジニアリングシステム」を開発し、国内外で事業化および産業化することを目標としています【図4】。本システムでは、収穫時期までの気象予測とその土地の土壌データを入力して、作物の収量や品質、さらには環境負荷を自由に選択でき、その実現に最適な栽培管理法を出力させることで、作付けの意思決定をサポートすることができます。本システムにより、それぞれの土地で安定した収量・品質の作物をオーダーメイド生産することを可能とし、高収益化とともに完全資源循環を実現します。

【図4】研究の概要図

理化学研究所(つくば地区)の見学

   理化学研究所の土壌微生物のマルチオミクス解析の研究室を見学しました。大量の土壌を凍結保存することにより、できるだけ自然状態に近い土壌を解析できるとのことでした。分析用の土壌は、凍結乾燥機により乾燥させたのち、破砕機で破砕し各種分析に用いているそうです【写真11】。大量のサンプルの解析には時間がかかるため、設備がフル稼働しているとのことでした。

【写真12】 土壌微生物のマルチオミクス解析に用いる(左)凍結乾燥機と(右)破砕機

結びに

   農研機構は、農業・食品産業を専門とした研究機関で、2018年4月に久間理事長が就任以来、「Society5.0」の農業・食品版を目指し、出口戦略の明確化、農業、食品産業技術と先端技術(AI,ロボティクス、バイオテクノロジー等)の融合、徹底的な連携強化(農研機構内、産業界、農業界等)、農業・食品産業のグローバル競争力を強化するなど、改革を進めております。 今回、研究現場を訪問することにより、2050年に向けて目標5の研究が順調に進捗していることが分かりました。ハイリスクハイリターンの研究ではありますが、目標が達成されることを期待しています。