第13回 目標6小坂プロジェクト、目標8筆保プロジェクト(横浜国立大学)

  今回は、大阪大学の北川教授がプログラムディレクター(以降、PD)を務める目標6の小坂プロジェクトマネージャー(以降、PM)と理化学研究所の三好チームリーダーがPDを務める目標8の筆保PMが所属する横浜国立大学を訪問しました【写真1】。それぞれプロジェクト概要の説明を伺い、小坂PMの研究室で実験設備を見学しました。(2023年4月訪問)

【写真1】横浜国立大学(西門)

  目標6では、「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」という目標を掲げています。現在、Society 5.0の実現に向けて爆発的に増加しているコンピュータ、ディープラーニング及び組み合わせ最適化手法の需要に対応するには、従来のコンピュータの進歩では限界があり、スーパーコンピュータでも処理が困難、または現実的な時間で解くことが不可能だと言われています。一方、従来のコンピュータとはまったく異なる原理に基づく量子計算であれば、現実的な時間で重要な計算タスクを実行可能であることは世界の共通認識になっています。しかし、現在開発されている小規模な量子コンピュータ(NISQ)ですらノイズの影響を受けており、実行できるアプリケーションは限定されるという課題があります。そのため、目標6では、この課題を解決し、大規模かつ誤り耐性を持つ量子コンピュータを実現するために、量子ビット・量子ゲート基盤等のハードウェア量子誤り耐性理論等のソフトウェア量子インターフェース等のネットワークに関する12件の研究開発プロジェクトを推進しています。

  目標8では、「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」という目標を掲げています【図1】。具体的には、台風や豪雨の高精度予測能動的な操作を行うことで極端風水害の被害を大幅に減らすことを目指し、8件の研究開発プロジェクトを推進しています。この目標は、地球温暖化の進展で増加した台風や豪雨などの災害に伴う社会的・経済的被害を踏まえ、2021年9月に目標9と共に新たな目標として決定されました。


【図1】 ムーンショット目標8イメージ)

[訪問した研究開発プロジェクト]

1.目標6 「量子計算網構築のための量子インターフェース開発」(小坂PM)

【写真2】目標6小坂PM(横浜国立大学)

目標6小坂プロジェクトで進める研究

どんな研究をしているのですか?

  今回、訪問した小坂PMは、分散型の大規模量子コンピュータの実現に必要な量子ハードウェア同士をつなぐ通信ネットワークの研究開発を行っています。具体的には、マイクロ波光子と量子メモリ、量子メモリと通信用光子をそれぞれ量子接続する量子インターフェース技術の開発を行い、最終的にこれらを融合することで計算用量子ビットと通信用光子間の量子インターフェース技術を確立します。2030年までに、量子インターネット構築への大きな第一歩として量子中継ネットワークの基礎を構築し、2050年には、大規模な超伝導量子コンピュータの実現を目指します。具体的には、以下の3つです【図2】。

  • 量子もつれ光源および量子もつれ検出器の開発
  • 量子メモリとその利用法の開発
  • 超電導量子間の量子接続および量子中継器(量子インターフェース)の開発


【図2】目標6における小坂プロジェクトの位置付け

  図3にある希釈冷凍機は、超電導環境を作り出すために極低温の環境を維持するものです。この中に実装された超電導量子コンピュータと他の希釈冷凍機の中に実装された超電導量子コンピュータの通信を実現するには、従来はその超電導量子コンピュータ同士を繋ぐマイクロ波ケーブルも極低温に冷却する必要があり、装置の大型化などの問題がありました。そこで、量子を光に変換する光量子インターフェースを開発することで室温でも通信可能な光ファイバーに置き換えることを目指しています【図3】。


【図3】超電導量子コンピュータの光量子インターフェース

研究室見学

  小坂PMの研究室を見学しました。量子を光に変換し伝送評価する実験設備【写真3】と量子チップ【写真4】です。

【写真3】小坂PM研究室の実験設備

【写真4】量子チップ

量子情報研究センター見学

  量子情報研究センターは、2020年10月に横浜国立大学内に設立されました。ここでは、横浜国立大学内外の優秀な量子情報関連の研究者を集結させ、日常的に情報交換やアイデアの創出を行い、タイムリーに研究価値の高い共同研究を継続的に立ち上げる環境を構築することと、国家プロジェクトの受託、国際共同プロジェクトへの中核組織としての参画など、世界トップレベルの大規模研究プロジェクトを担うに相応しい対外的な信頼を獲得し、本分野において実践研究を推進する世界的研究拠点とすることを目的としています。【写真5】。

【写真5】量子情報研究センター

  量子情報研究センター内には、量子チップが実装されている希釈冷凍機が設置されています【写真6】。

【写真6】量子コンピュータに必要な極低温を実現する希釈冷凍機

2.目標8 「安全で豊かな社会を目指す台風制御研究」(筆保PM)

【写真7】目標8筆保PM(横浜国立大学)

目標8筆保プロジェクトで進める研究

どんな研究を進めていますか?

  今回訪問した筆保PMは、極端風水害の中でも台風に着目し、「安全で豊かな社会を目指す台風制御研究」という研究開発プロジェクトを進めています。具体的には、堤防などの防災インフラにより被害を抑制できる範囲まで台風の勢力を弱めることを目指し、台風の制御理論と要素技術を開発しています。
  具体的には、台風の内部構造まで再現する数値モデルを開発し、高精度予測とそれに基づく災害予測を行い、制御すべき外力部分を明確化して数値実験によって仮想制御を行います。さらに、制御の全球や社会への影響予測を行います。また、入力値として高精度データを航空機、船舶、および衛星から取得します。これらの観測のデータ同化法や感度解析などの数理研究を行います。制御技術開発では台風の雲改変、海水温調節、船舶による風減衰などの技術開発、数値実験、室内実験、無人機開発、船舶設計を行います。船舶研究では台風エネルギーの回収を目指します。また、これら研究成果を社会実装する際に、不可欠となる国内外の合意形成や社会受容性などのELSI課題についても検討を進めていきます【図4】【図5】。
  これらの研究により、台風による人的被害ゼロを実現し、台風エネルギーの利活用により、台風の脅威を恵みにしようと取組んでいます。


【図4】 筆保プロジェクト内の研究開発テーマ構成


【図5】 筆保プロジェクトのマイルストーン

どんな体制で研究を進めていますか。

  横浜国立大学に設置された筆保PMがセンター長を務める台風科学技術研究センター(TRC)は、「台風災害リスクの低減による安全で活き活きとした持続的な社会構築への貢献」、「台風エネルギーの活用による脱炭素社会実現への貢献」を目的として、2021年10月に設置されており、日本で最初の台風専門研究機関だそうです【写真8】。ここには、日本全国の台風研究者だけでなく、電気化学・船舶工学・法学・経済経営学などの研究者が参加し、新たな台風に関する学術領域開拓新技術の社会実装を加速させようとしています。

【写真8】台風科学技術研究センター

  この機関を拠点に、ムーンショット目標8の研究開発も進めており、現在は9つの大学、8つの研究所、7つの企業、1つの国外機関と連携しています。これらの関係者が集まるTRCセミナーを毎月開催し、台風が発生した際には毎日昼休みに台風ブリーフィングを開催し、活発な意見交換を行っているそうです。また、これらの研究を防災に活かすために、10社以上の企業を集めて防災ソリューションを検討するコンソーシアムも設立しているそうです。
様々な分野の研究者や様々な立場・所属の方々が連携し、台風の予測から制御、防災、エネルギーの利活用まで台風に関する内容を一挙に扱うことが出来る台風科学技術研究センター(TRC)は他の研究機関にはない強みだと感じました。これら全てを統括するセンター長の筆保PMであれば、ムーンショットで目指す安全で豊かな社会を目指す台風制御の実現を様々な観点で取組みを進め、必ず社会実装に繋げて頂けると感じました。

結びに

  横浜国立大学では、実践的学術の研究拠点としての知の統合型大学を目指す一環で、実践型アカデミックセンターを3つ設置しており、そのうちの量子情報研究センターはムーンショット目標6小坂PMが、台風科学技術研究センターはムーンショット目標8筆保PMがセンター長を務めています。このことからも横浜国立大学を挙げて、ムーンショット型研究開発制度の目標6および目標8に力を注いでくれていることが分かりますので、今後の成果に期待しています。
私たちは、これらの研究によって「ムーンショット型研究開発制度」が目指す「人々の幸福」が実現されることを期待しています。