第3分科会「高齢社会フォーラム・イン東京」

「起業・就業、ボランタリー活動~シニア活動実践家と語り合う~」

コーディネーター
吉田 成良
(高齢社会NGO連携協議会専務理事)
パネリスト
国生 美南子
(たすけあいの会「ふきのとう」副代表、他)
仁木 賢
(高齢者活躍支援協議会理事・事務局長)
和久井 良一
(高齢社会NGO連携協議会理事)

吉田氏、和久井氏の写真 仁木氏、国生氏の写真

吉田:第3分科会「起業・就業、ボランタリー活動~シニア活動実践家と語り合う~」のコーディネーターを務める吉田です。
本日は、たすけあいの会「ふきのとう」副代表の国生美南子さん、高齢社会NGO連携協議会理事の和久井良一さん、一般社団法人高齢者活躍支援協議会事務局長の仁木賢さんの3人をパネリストとしてお招きしています。
国生さんには、地域におけるボランタリー活動でシニアの居場所や出番づくりをいかに展開されて来たかをご紹介いただきます。和久井さんは、高連協が約10年間に渡って展開してきた市民後見活動に従事されて、自らも東京・品川で「NPO法人市民後見人の会」を立ち上げておられます。また、さわやか福祉財団の理事としてのご活動と併せて、全国のシニアの社会的活動を詳しくご覧になっていますので、各地の実情を紹介していただきます。仁木さんは、60歳以上の人たちの雇用・就業に関する仕事に尽力されてきました。今日はシニア層の就業や起業についての実情を詳しくお話ししていただきます。
この3人の方々に共通しているのは、シニアの社会参加活動に具体的に関わってこられた経験をお持ちだということです。
それでは、国生さんに口火を切っていただきたいと思います。国生さん、よろしくお願いします。

パネリストからの報告

  • 国生美南子氏(たすけあいの会「ふきのとう」副代表)からの報告

    国生:ご紹介いただきました、国生です。私たちは、千葉県四街道市で1988年から活動しています。25年前のことになりますから、その頃はまだ介護保険制度はなく、行政の措置によるサービスしかなかった時代でした。しかし、実際に手を貸してほしいと困っている人が身の回りにたくさんいましたので、そのような人たちを同じ市民として支えようということで活動を始めました。何もないところからのスタートでしたから、話し合いを重ねながら活動を作り上げていき、新しいケアはどのような形がよいのかを考えていました。
    また、当時のメンバーは、30代後半から40代にかけての女性ばかりでしたから、働く女性の人権もきちんと確保したいと考えました。つまり、「女性だから」とか、「主婦だから」とか、「時間があるから」といった理由で活動を手伝うというのではなくて、働き方の一つ、生き方の一つとして私たちの活動を考えていきたいということで、最初の段階から議論しつつ活動をしていました。
    さらに、「支える人も支えられる人も対等でいたい」、「ひまつぶし仕事ではなく、継続して質の高いケアを提供したい」ということで、提供するサービスも有償にしたいとも考えました。有償といっても金額が高すぎれば助け合いにはなりません。支払いやすい金額にするということで「1時間当たり700円」という金額を設定しました。
    その当時の思い出としては次のようなものがあります。
    ある人生の先輩から「みなさんがやろうとしていることは、きっと地域の人から叩かれますよ。だから、覚悟して始めなさい」と言われたのです。そして、地域でパンフレットを配ったとたんに、その方の言葉どおり、「福祉を食い物にする気なのか」という電話をもらったり、グループの立ち上げまでは借りることができた公的な施設が、有償での活動であるからと、借りることができなくなったりしました。当時はまだそのような時代だったのです。
    そこで私の自宅を事務所代わりにして、毎月の定例会や学習会は有料の集会所を借りて開催していました。ないものづくしのなかで、気持ちだけで動いていたような気がします。ただ、とても自由で、とても楽しかったことを思い出します。何もなかったことがかえってメンバーの気持ちの結束につながったようです。

    • だんだんと広がる活動
      そうこうしているうちに、「千葉県たすけあい連絡会」や「全国参加型在宅福祉サービス連絡会」ができて、私たちの活動もだんだんとマイナーな存在ではなくなっていきました。私たちと同じように、全国に二千数百の住民参加型の助け合い団体が誕生していったのです。このような団体の存在があってこそ、介護保険制度への移行がスムーズにいったのではないかとの評価を受けている面もあります。
      はじめのうちは、手書きの「通信」をつくって会員に配っていましたが、これを見ると、「スタートして1か月でようやく18時間の仕事があった」ということが書いてあります。本当にささやかなスタートだったことが分かります。
      私たちの活動は、閉じこもりがちな高齢者や障害者を外に連れ出す活動を大切にしていました。重い障害のある子どもたちを散歩に連れ出したりもしました。このため、私たちの勉強会には、高齢者や障害者の方にも参加してもらっていたのです。
      そして、高齢者や障害者が街に出ることで街がかわるということを実感しました。たとえば、車椅子を使っている人と一緒にお昼時に飲食店に入ろうとすると、お店の人に迷惑そうにされることや文句を言われることもたびたびありました。ところが、何度も何度も繰り返しているうちに、少しずつ街の人の様子も変わっていきました。弱い立場にある人に、街の人が合わせるようになってきたというわけです。
      この他にも、障害がある人や病気の人が行動しにくい場所を示した地図を作ったりもしました。車椅子を使っている人が電車に乗るときの苦労は並大抵のものではありません。車椅子ごと持ち上げて階段をのぼり、ホームに移動して電車に乗らなければならないからです。それでもめげることなく何度も外出支援をしましたが、何とかしなければいけないと、駅にエレベーターを設置するための署名活動を展開して、多くの方々から協力を得ることができました。その甲斐あって、千葉県で初めて四街道駅にエレベーターが設置されたのです。
    • 公開討論会を開催
      私たちは、もともとは個別の支援をしようということでスタートした団体でしたが、個別支援だけでは足りないということに気づきました。それは、たくさん活動を重ねていくといくつもの課題が見えてきます。個別の課題を解決しても、次から次へと同じような課題が表れてきます。地域全体を底上げしていかないと、いつまで経っても地域が良くならないのです。個別支援をしながら、地域をゆるやかに変えていく活動も同時に取り組んでいかないと、地域全体がよくならないのです。
      そこで行政や市民を巻き込んで、公開の討論会を何度も開催しました。公開の討論会を重ねることで、行政の担当者と医療の関係者とが仲良くなったりして、地域が少し変わったような気がしています。たとえば、介護保険が始まる前には、介護保険制度に不安を抱いていた市民が多かったものですから、市民にわかりやすい形で討論会と寸劇によった介護保険制度の説明を行いました。
      それから、私たちの活動の柱のひとつである、居場所をつくるということですが、地域の中には身内を施設に入れることにたいへん苦しんでいる人が多いということがあります。とりわけお嫁さんが義理の親を介護施設に入れたときに、「嫁としての役割を果たしていないのではないか」と悩んでいることがわかりました。責任を果たしていないことを周りから責められているように感じているようなのです。これでは、自分たちが高齢者になり、さらに介護が必要になったときに不幸になると感じました。
      介護施設をもっと身近なものにしていかないといけないと思いました。そこで、介護施設を身近に感じてもらうために、施設の中に喫茶店を開かせてもらう活動をスタートしました。現在は、4つの施設で喫茶店を開いています。
      また、私たちには長い間事務所がなかったのですが、スタートしてから9年目になって、使われなくなったプレハブ小屋を無償で借りることができて、ようやく事務所が持てるようになりました。大きな風が吹くたびに屋根が飛ぶのではないかと心配になるほど老朽化していましたが、私たちにとってはお城でした。そのプレハブの内装を整えるときに活躍してもらったのがシニアの男性でした。お礼は何もできませんでしたが、何日もかけて内部をピカピカにしてくれて、事務所として使えるようにしてくれました。ちなみに、現在は家賃を払って事務所を借りています。
    • 収支はギリギリ
      介護保険制度がスタートして介護保険事業に取り組むようになってから、私たちは一定の収入が確保できるようになりました。それまではお金がなく、ボランタリーに運営してきたのですが、介護保険事業によって収入が安定的に得られるようになって、専門職種に従事する人が増えてきました。「助け合い活動」は常に赤字ですが、その赤字を補填することができるようになっています。
      団体としての財政を簡単に紹介してみましょう。まず、「介護保険事業収入」が団体の収入の柱になっています。「会費」、「寄付金」、「たすけあい謝金収入」は、ほとんどが協力者に対する謝礼として支出されています。障害者を対象とした「居宅介護事業」はいつも赤字です。
      平成24年度の収支は黒字になりましたが、これは珍しいことなのです。「たまたま」だと言っても言い過ぎではありません。いつもは収支がトントンか、黒字があってもほんのわずかです。年間8,000万円近い事業を行っていても、利益が数万円程度といった状態なのです。
      活動していて気づくのですが、楽しそうにいきいきと働いているのはシニア世代の方々です。シニア世代の方々のお給料は非常に安いのですが、それに代えられない価値を私たちの活動に見出しているのではないかと想像しています。ちなみに、ケアマネージャーやサービス提供責任者、管理者、相談員などの専門職の平均年齢は45歳、ヘルパーの平均年齢は58歳です。ヘルパーの平均年齢が高いのは、他の事業所を定年になった方を受け入れているからです。地域づくりボランティアの平均年齢は65歳で、最高齢の方は82歳です。みんないきいきと働いています。
      これで私の報告を終わらせていただきます。ご清聴、ありがとうございました。
  • 和久井良一氏(高齢社会NGO連携協議会理事)からの報告

    和久井:今日は、「シニアの出番と居場所」というテーマでお話ししたいと思います。
    午前中に内閣府から説明がありましたように、昨年、政府は「高齢社会大綱」を見直しました。この見直しの際に、高連協としてもさまざまな提言を行いました。その中で私がこだわっているのは、「人生90年」、「居場所と出番」、「市民後見人」です。
    この3つの言葉に関連して6つの団体の生い立ちや活動などを紹介したいと思います。グランドシニアを含めてシニアの方々が、自分の居場所はどこにあるのか、自分の出番はどこにあるのかを求める際の参考にしていただければ幸いです。
    まず、NPO法人流山ユーアイネット(千葉県流山市)を紹介します。ここは常磐道ができるときに町が二分されるということをテーマに住民運動が起こり、地方にいる親を引き取るためにはどうするか、自分たちが高齢者になったときに地域でどのように暮らしていくのかという問題を考えている住民グループがいて、その方々が高齢者問題を考えたときに「住みなれた地域で気軽に助け合い、支えあう人間関係をつくりたい」という理念のもとにスタートした団体です。
    ここが最初に取り組んだのが家事援助です。その後、介護保険制度がスタートするとNPO法人となって介護保険事業にも取り組むようになりました。その後、グループホームの運営にも携わるようなりました。また、市からの依頼でファミリーサポートセンターを運営したり、駅前の商店街にある消防自動車の車庫を改装して、高齢者や障害者が集う場として「地域の茶の間」をつくったりしています。
    経済産業省は、この団体の活動をコミュニティビジネスのモデルと言っていますが、ここの方々はそれを意図して取り組んだわけではありません。大切なのは地域にどのようなニーズがあるかを見つけることであり、そのニーズに応えていこうという姿勢です。その結果を見た経済産業省がコミュニティビジネスだと評価したわけです。
    認定NPO法人子供劇場笠岡センター(岡山県笠岡市)は、子供劇場の全国版のひとつで、団体としてのねらいは子どもたちの心を育てることにあります。この団体の活動を見ていると、子どもの創造性がいろいろなところにあるということがわかります。「子どもたちに夢を! たくましい豊かな創造性を!」、「総ての人が安心して暮らせる地域」を目標に掲げて活動しています。約300人の会員がいますが、会員は相互にサービスをしたりされたりする関係にあります。代表者は、「笠岡市の知恵袋」と称される人です。子どもの問題から、高齢者の問題まだ幅広く対応しており、シニアの男性も役割を担っています。
    在宅支援サービス さわやか港南(神奈川県横浜市港南区)は2001年の設立。NPO法人ではありません。ここの活動は「港南で困った時はお互い様」が原点です。介護保険事業は行っていません。家事援助をしたり、居場所を提供したりすることが中心です。ここは、港南区サブ拠点ともいわれていますが、「地域の情報がここに集まっている」ということから、港南区から「サブ拠点になってほしい」と要請されたようです。要するに、地域に必要なものがこの団体にあるということなのです。
    ここの事務所はプレハブだったそうですが、活動の実績が表われるにつれて、その実績を評価する人が事務所を提供してくれたそうです。団体としての成果が見えてくれば、事務所を貸してもらえるような社会に、日本もなったということなのでしょう。
    NPO法人よろず余之助(群馬県太田市)は、群馬県の太田高校OBの夫婦10組くらいが集まってできた団体です。「困ったことを、メンバーの専門知識を活かし何とか問題解決。みんなが良好な環境のもとで元気に安心して暮らせるまちづくり」を目標に掲げて活動しています。市民からの相談に対して真摯に対応してきたことが口コミでひろがり、地道に活動が広がった団体です。いまでは群馬県を代表する活動団体になりました。
    「居場所は小さなコミュニティの始まり」というのが私の考え方ですが、給料をもらって働くのももちろん良いのですが、有償ボランティアや無償ボランティアという働き方もシニアにとっては望ましいのではないかと思います。働き方も二通りあるということです。
    NPO法人市民後見人の会(東京都品川区)は、「尊厳ある暮らしを支える、安心な地域社会、シニアの社会参加」を目標に掲げ、市民後見人の養成をしたり、市民後見人を受任したりしています。
    私は、高連協の活動成果のひとつとして、市民後見人制度に取組んだことを上げています。高連協は全国各地で「市民後見養成講座」を開講してきました。
    私は東京・品川区に住んでいて、市民後見講座を受講してこのNPO法人を立ち上げました。その際、東京家庭裁判所から、なぜNPOが市民後見に取り組むのかと尋ねられたときに、「高齢者、障害者の尊厳ある暮らしを支える、安心・安全な福祉の町づくり、シニアの社会参加という視点で取組んでいます」と答えました。
    私たちは、実際に後見人を受任することを行ってきましたが、現在19件受任しています。ひとつの団体としては非常に多い数字ではないかと思います。受任して初めて成年後見のことがわかります。品川区はおそらく成年後見の数では、日本一のはずです。
    成年後見は、確かに需要があります。ただ、報酬は個別に家庭裁判所が決めますので、収入を当てにして成年後見を務めることはできないと思います。理念をしっかりもって、自分がその年齢になったときにどうするのかを考えてください。品川は安心して暮らすことができると言われるような町にするようにしたいと私は考えています。
    NPO法人東葛市民後見人の会(千葉県我孫子市)は、東葛地域にある5市を活動の基盤にしている団体です。「サラリーマンOBは、高度成長時代の最大の受益者。とにかく健康で、ほどほどに生活ができ、すべての時間は自分のものという黄金の10年を[趣味+社会還元]に。尊厳ある暮らしを支えるまちづくりに『後見』で『社会貢献』」を掲げている団体です。市民後見は難しいものではなく、皆さんでもできるものです。これからは、「支える-支えられる」という関係が大切ではないかと思います。
    以上、いろいろな団体の活動を紹介してきましたが、NPO法人やボランティア団体は、どのようにして信用を構築できるのかが重要だと思います。「現役当時、私はあの会社の部長だった」と言っても信用されるものではありません。提言と実践活動を積み重ねていくことが大切なのではないかと思います。私の報告は以上です。

  • 仁木賢氏(高齢者活躍支援協議会理事・事務局長)からの報告

    仁木:高齢者活躍支援協議会の仁木と申します。今日はシニアの就労に関してお話をしたいと思います。
    高齢者活躍支援協議会は、2009年に設立した団体です。「ひとりでも多くの高齢者に働く場と生きがいを提供したい」を設立の趣旨として掲げ、2011年10月には一般社団法人としての法人格を取得しました。これは協議会が事業として継続していけるようにすることを目的にしたものです。理事長には株式会社高齢社会長の上田研二氏が就任しました。
    協議会としては、業界別・事業別に、高齢者に特化した人材派遣を担う会社の設立を支援していくこと、そして高齢者の就労機会の拡大に取り組んでいきたいと考えています。このための具体的な方策としては、年に1回のシンポジウムの開催、高齢者向けのセミナーの開催があります。

    • (株)高齢社のビジネスモデル
      まず株式会社高齢社のビジネスモデルについてご紹介します。株式会社高齢社は、上田研二会長を中心に新聞や雑誌、テレビなどに年間20回ほど取り上げられています。また、上田会長自身が年15回程度の講演を行っています。ですから、この中にも何かの機会に高齢社のことを聞いた方もいらっしゃるのではないかと思います。
      こうした機会があるたびに、高齢社ではそのビジネスモデルを紹介しています。普通ならば、ライバルが増えるということを警戒して躊躇するということもあるでしょうが、高齢社では「仲間が増えることで高齢者が働くことができる場が増える」と捉えています。
      高齢社の最大の特徴は、60歳以上の高齢者に特化した人材派遣会社だというところです。もちろん、高齢者も含めた人材派遣を行っている会社はたくさんありますが、高齢者に特化した会社は高齢社とマイスター60の2社以外には見当たりません。
      高齢社の入社資格は60歳以上75歳未満です。60歳未満の人は、入社をお断りしています。なぜかというと、60歳未満の人はフルタイムで働きたい人が大半だからです。高齢社のビジネスモデルの特徴のひとつに、仕事と生活のバランスを取るということがあります。このため、働くといっても、週に2~3日であり、しかも平日は休みでも土日には働けるという人を歓迎しています。
      さらに、ひとつの仕事を最低2人以上で担当するようにしています。仕事の分け方としては、午前と午後に分けるというやり方もありますし、「月・水・金」と「火・木・土」と曜日によって分けるというやり方もあるでしょう。
      なぜこのようにしているかというと、高齢者には、何かと急な用事が入ることがあるからです。たとえば、身近な人が亡くなった、奥さんの通院に付き添う必要ができた、とかです。もしそのようなことがあっても、ひとつの仕事に最低2人が担当していれば、お客さまに迷惑をかけることがありません。
      さらに高齢社では、翌月の働き方は前月の25日までに申告すればよいことになっています。ある意味で、「わがままな働き方」を推奨しているのです。
      このように高齢社のビジネスモデルは、「若い人は正規雇用で働いてもらい、高齢者は自分の働きたい日に働く」というものです。結果として、高齢者の収入は、月に8万円から10万円ほどになりますが、必要あるときには孫の面倒を見てあげるとか、仕事ばかりではなく夫婦で出掛ける時間もつくるとか、これも社会貢献のひとつではないかと考えています。協議会として、こうした考え方を広げていくのが目標です。
    • 高齢者のための小規模起業
      協議会では、高齢者が活躍するビジネス(高活ビズ)のサポートをしています。
      定年退職者の大半は、雇用保険を受給したり、仕事を探したりするためにハローワークに通います。しかし、60歳を超えた人の仕事が簡単に見つかるはずはなく、この現実に多くの人が打ちのめされるといいます。働く場が無いということを実感するわけです。
      そこで、私たちが高齢者にお勧めしているのが、「ナノ・コーポ」という小規模ビジネスです。身の丈にあったビジネスを見つけてみませんかというお誘いです。
      自分が住んでいる地域に必要とされている仕事はあるかもしれない、それが月に5~10万円程度を稼ぐ仕事であれば、なおさら可能性があるのではないかというものです。
      高活ビズ起業塾は、これまで5回開催していますが、いずれの回にも実際に小規模起業に成功した人を講師としてお招きし、実際に起業した際の話をしていただいています。一例を挙げれば、「シニアのためのパソコン支援」、「愛犬のためのお散歩サービス」、「高齢者のための訪問美容」、「商店街における日常生活のサポート」などです。なかでも、犬のお散歩サービスは、起業してから18年たっていますが、フランチャイズ化も果たしています。ちなみに、営業活動は犬がやってくれるそうです。
      この高活ビズ起業塾は、高齢者に、資本をかけない、そしてリスクを伴わないビジネスを起こしてもらおうというものです。「雇われない働き方」になりますので、自分自身でしっかり考えてもらう必要もありますが、その背中をそっと押してあげるためのセミナーでもあります。次回の開催は今のところ未定ですが、ぜひ一度聞きにきてみてください。
    • (株)高齢社の家事代行サービス
      高齢社では昨年、「家事ワン」という新たなビジネスを立ち上げました。これは、60歳以上の女性に働く場を提供したいという思いから企画したものです。家事の経験が豊富な60歳を過ぎた女性に、接客などの教育を施し、付加価値を付けて送り出すというビジネスモデルです。
      樋口恵子先生が指摘されていましたが、これからは「基礎年金しかもらえない」女性が増えるのではないかと予想しています。そこでこうした女性に月4~5万円の収入を確保してもらうとなると、家事ワンで「時給1,200円、1日2時間、1か月に20日間」を働けば、だいたいこのような金額になります。いろいろと調べてみましたが、家事ワンの金額は、東京では最も安価ではないかと思います。
      この事業をスタートして、ちょうど1年間が経過しました。現在では、そこそこの売上を確保することができるようになりました。おおざっぱにカウントしてみますと、売上100に対して原価は60%強ということになります。
      家事ワンの事業も、高齢社1社で東京全体をカバーすることはとてもできません。ですから、私たちが作り上げたノウハウは、希望する人に提供しようと考えています。
      時間になりましたので、これで終わりにします。

    吉田:ありがとうございました。それでは少し休憩して、後半は質疑応答の時間にしたいと思います。

会場との質疑応答および意見交換

吉田:少子高齢化が進展していることを示すエピソードとして、現在は現役世代2人で1人の高齢者を支えているが、これがいずれは1人が1人を支える「肩車型」の世の中になるという話しがあります。しかし一方で、実際に税等を納めて働いている実労働力人口と働いていない高齢者人口の割合に着目してみると、1.5対1程度で、30年前と現在とでは、それほど状況は変わっていないという見方もあるようです。このように高齢者の社会的負担に関しては、いろいろな見方ができるということを念頭におきながら、後半の質疑応答の時間に入っていきたいと思います。

会場A:今日は、パネリストの皆さまから、シニアになってもいろいろな活躍の場があるという話しを聞いて、たいへん勉強になりました。私は今年3月に定年退職して、これから何をしようかと思案しているところです。何かアドバイスをいただくことはできないでしょうか?

吉田:たいへん広範にわたるご質問ですね(笑)。
以前は、年度末の3月に、一斉に定年退職する人が多かったものです。退職した人たちは、5月の連休の頃までは何かと家族から気を使ってもらっていました。しかし、連休を過ぎると、段々と家にいることが窮屈になります。それで何か勉強でもしてみようと思い立っても、地元の老人大学の生徒募集は前年度に締め切っているので入学できません。「高齢社会フォーラム」を、毎年この時期に開催しているのは、いま質問された人のような方に参加してもらうことを念頭に置いてのことかもしれませんね。それでは和久井さんからお願いします。

和久井:まず自分が何をやりたいのかを考えてみることが大事ではないかと思います。たとえば、子どものころから川に愛着がある人ならば、地域の環境問題に取り組んでみるということでも良いでしょう。退職後に郷里に帰る人ならば、その地域に何が足りないかを考えてみて、活動を始めるというのはどうでしょうか。近くのNPOやNGOの事務局を訪ねてみるのもよいと思います。何をするにしても、必ず仲間が必要ですから、仲間をつくることも大切です。

仁木:定年して自宅でのんびりすることができる限度の時間は、だいたい数カ月から半年くらいといいます。それを過ぎると、段々と家に居場所が無くなっていくのが普通です。外出する奥さんに対して、「どこに行く、誰と行く、いつ帰る、俺の夕食はどうする」と言うようになると、完璧に邪魔にされると言いますから、気をつけてください。
高齢者活躍支援協議会が開催しているセミナー「高活ビズ起業塾 ナノ・コーポのすすめ」などで、いろいろな人の話しを聞いてみると、定年後に働くに当たって重視することは、収入なのか、趣味なのか、社会的な評価なのかを、まずは決める必要があると言えます。

国生:私たちは一昨年と昨年、市民後見人養成講座を開催したのですが、定員20人のところ倍以上の応募があってたいへん盛況でした。一昨年の講座を修了した人たちが、早速、NPO法人を立ち上げ、市民後見人の仕事に取り組んでいるようです。そのぐらい市民後見人に対する地域のニーズは高いものがあります。
このように地域から求められている活動はあるのです。ただし、市民後見人に関しては、比較的お金に余裕のある人は弁護士や司法書士に依頼しますから、ニーズはあってもお金には結びつかない活動でもあります。しかし、やりがいのある仕事であることは間違いありません。

会場B:今日は実例をたくさん紹介していただいて、「なるほど」と思うこともかなりありました。介護保険制度がスタートしたときに高齢者在宅サービスセンターを支援する会というものを立ち上げて13年になります。私たちがやっている無償のボランティア活動を、家事代行サービスとして有償化するということについては、ボランティアで行っていた部分とうまく調和するのか不安があります。先ほど、家事代行サービスの金額を聞きましたが、「よくこの金額を支払うことができるなあ」というのが正直な感想なのですが、これが現実なのだと考えても良いのでしょうか。

仁木:高齢社が進めている家事代行サービス「家事ワン」は、60歳以上の女性向けの仕事をつくるために1年間かけて検討してきたものです。その結果、60歳以上の女性が慣れ親しんできた「家事の仕事」に若干の付加価値をつけて商品化してみようということになりました。実際にふたを開けてみると、月平均90件くらいの依頼をいただいています。特に病後児介護(病気になって学校を休んでいる子どもの介護)はお客さまからたいへん喜んでいただいております。お客さまにお金を支払うだけの価値のある仕事だと認めていただいた結果だと考えています。
また、私たちと同じようなサービスを提供している会社には、会員制をとっているところや、一定の期間の契約が必要なところもありますが、家事ワンはそのような制度をとっていません。突発的な事態に対応できるところも評価されているところかもしれません。実際、スタッフが足りない状況でもあります。
仕事の内容は、掃除25%、料理11%、子どもの世話11%、介助10%となっていて、当初は高齢者からのオーダーが多いと想定したのですが、意外と若い人からのオーダーが多いのが現状でした。共働きの若い夫婦からの申し込みが多いのです。
余談になりますが、最近、私自身が125日間に及ぶ介護に取組みました。昼間は何とか乗り切れるのですが、問題は夜間の介護です。看護師などの有資格者に介護を頼むと、お支払いする金額のケタが違って大きく、結局、私たち夫婦が泊まりこみでずっとその人の面倒をみることになりました。提供できるサービスに違いはありますが、家事代行サービスを上手に使いながら当面の介護を乗り切るということであれば、私たちの示している金額に納得していただけるのかも知れません。

会場C:10年ほどケアマネージャーをやりまして、その時に感じていたことですが、介護保険の生活支援は非常に規制が厳しくて、やってはいけないことが多くなっています。現場のニーズに合わせたサービスが必要ということで、ボランティアにお願いするのですが、すぐには対応してもらうことができないこともあります。これからは、ますます地域の中で支え合うということが大切になりますから、地域の要望に迅速に対応してもらえるシステムをしっかりと確立してほしいと思っています。応能負担という考え方からすると、高齢者でも負担できる人はできます。助け合える地域内情報の提供があればよいと思います。それから、家事ワンはどのような営業活動をしていますか?

仁木:初年度はホームページのみでした。加えて、株式会社高齢社が母体であることがお客さまに安心感を与えているというようにも感じています。利用者の口コミもありました。これからもこのスタイルで良いのかという議論もあります。

会場D:私は昨年6月に自由の身になり、NPO法人を立ち上げて、社会に役立つ活動をしたいと考えています。いまは年間1万円の会費収入を元に手弁当で運営していますが、シニア予備軍に対する研修を実施してNPOとしての収入を確保したいと考えています。このほかにも行いたい事業がありますので、寄付活動を行いたいのですが、何か良い知恵があれば教えていただけないでしょうか。

和久井:寄付はどの団体も苦戦しています。米国と異なり、日本には寄付の文化が無いからです。実際、企業に寄付を求めたとしても、まったく期待できません。企業の総務部門は「寄付の断り部門」といっても過言ではないからです。どうしても寄付をもらいたいのであれば、まず団体の活動実績が求められます。そのためには、先ずしっかりとした理念を持って活動することが必要です。
余談になりますが、これまでの企業は男社会ですが、NPOなど地域の活動は女性中心の社会と言えます。「私はあの会社で部長だった」といっても相手にされません。女性は地域に密着して子どもの問題とか親の問題とかに取り組んでいますから、ネットワークを持っています。企業のネットワークとは違うものです。地域に入り、そこにいる女性からの指示ですぐに行動するような姿勢が必要です。「何で俺が」と言うような人は、最初から関わらないほうがいいです。これは、私の実感です。

吉田:少し海外の事情をみますと、寄付文化というものは英国が発祥の地と言われ、米国やカナダ、豪州も盛んです。こうした国々でNGOのスタッフと話をしてみると、スタッフの半分以上は何らかの募金活動をしているようです。寄付文化が根付いている国でも、寄付を集めることは簡単なことではないということです。

仁木:高齢者活躍支援協議会を立ち上げるときに、何十社もの企業を訪問しましたが、協議会の趣旨に賛同してくださる人でも、「会社として協議会の会員になるメリットを教えてほしい」ということをよく言われて、寄付を募ることの難しさを嫌と言うほど味わいました。これからはむしろ、広く個人に寄付をお願いすることが必要になるのではないでしょうか。NPOを作って活動を始める前に、NPO法人はお金に苦労しているところが多いという現状はわかっておいたほうが良いと思います。

会場E:退職して20年になりますが、半年ほどは「これは楽だ」と思いました。温室を作り、土いじりを始めましたが、結局、長続きしませんでした。現役時代は日曜まで予定で埋まっていた手帳が真っ白になっていたことに気づき「これはいかん」と、まずは町会に入って役員を務めました。町会の役員というものは、意外と成り手がないものです。役員になると、自然に地域でのネットワークができました。行政とのつながりもできました。これが私の財産になりました。
私はよく「知恵出せ、汗出せ、金出せ」と言っていますが、実際に趣味のゴルフに使うはずのお金をボランティア活動につぎ込みました。高齢社会フォーラムのような会合に出ますと、ものすごく啓発されます。実際には「事業で収益を上げて、税金も払おうじゃないか」というような考えでなければ、NPOの活動は続きません。短距離走型の人は長続きしませんから、マラソン型の人にやってもらうほうが良いですね。あせらずにやってみることです。

吉田:高齢社会フォーラムに10数年関わっていますが、80歳を超えた方にも、昨日会社を定年になった方に、同じように参考になるテーマ内容で分科会を催す難しさを痛感しています。世代別に催せばとも思えますが、それは出来かねると思います。しかし、身体が不自由になっても社会の一員として生きることができることを知りあう分科会があってもよい時代ではないかと考えます。認知症で体も不自由な爺さんが、村口の自宅の縁側にひねもす座っているために、村に不審者が入らなかった。「村守り爺ちゃ」という話を伺ったことがあります。年を取っていても、世のため人のために出来ることはあるはずです。
本日は長時間にわたりありがとうございました。

第3分科会の様子