基調講演1「高齢社会フォーラム・イン東京」
「あたたかく助け合う地域社会へ」
堀田 力
さわやか福祉財団 会長
私の講演の中で用います資料の中に「基調講演『あたたかく助け合う地域社会へ』」がございますので、お手元で引かせていただきながら話を進めたいと思います。
○「共生の文化」とは
30分間で申し上げたいことは、共生の文化を作ろうということです。共生の文化というのはどういうことかと、簡単に言えば、定年退職をして、うちに引きこもっている。あるいは、外へ出るけれども、行く場所はゴルフと居酒屋だけ。あるいは、家族で御旅行はされるけれども、ご近所の付き合いは一切なく、通りで顔を合わせれば黙礼するだけという暮らし方は恥ずかしい、そういうことをみんなが感じるようになるような風習を「共生の文化」というふうに呼びたいと思います。
せっかく尊い命を授かり、まだまだできることがいっぱいあるのに、みんなに役立つことを何もしないで、自分、あるいは家族だけでの生活を送っていく。それは社会的にもったいないということは先ほど審議官のお立場でもおっしゃいましたけれども、もったいないだけでなくて恥ずかしいと感じるような社会にしていきたい。そういうことであります。
今まではここまで踏み込んで提言したことはありません。少しずつこちらに近づいた提言は進めてきておりますけれども、やはりそれは、一生懸命これまで働いて、あるいは社会に尽くし、家庭に尽くしてきて定年退職したんだから、何をしたって自由じゃないか、それが人の生き方じゃないか、そういう考え方が多数といいますか、今はそういう文化です。
けれども、その中であなたの人生をより質の高い、生きてきてよかったと思えるものにして全うするためには、人と交わり、人の喜ぶことをしたほうがあなた自身の人生ももっとよくなるのではありませんか、そういう訴え方をしてきておりました。それを少しずつ強め、そういうことをするのが社会的な義務と考えられないでしょうかというふうにこれまで申し上げてまいりました。それを更にもう一歩踏み出して、「恥ずかしい」と感じるところまで進めようというのが本日の提言であります。
その背景になっております社会、あるいは国の政策の動きについてざっと確認したいと思います。先ほどの資料を1枚あけていただきますと、五つの項目が挙がっております。一つが一番上の高齢者、それから子供、障害者、認知症者、そして生活困窮者、この五つの面の政策が、期せずして地域でこういったいろんな方々を支えていこうという方向に動き出している。縦割りの政府でありますから、政策はばらばらにお立てになっているのですけれども、それがこの時期に、特に昨年から今年にかけて一斉に地域の方向へと強く動き出している。あるいは、今まで動いていたものがしっかり確認されているという状況であります。
○要支援者に対する予防給付の見直しと生活支援の充実
まず高齢者は、2ページから5ページまでにまとめて載せていますけれども、御承知のとおり、介護保険制度から要支援者に対する通所介護、訪問介護、生活支援を切り離して、これを市町村に移管して、市町村の責任で、しかもそれをなるべく地域の助け合いで要支援者の生活支援をしていこうという方向に大きく転換いたします。今年の6月に法律がやっと通りまして、これから2年半をかけて全国本格実施まで試行を続けて、移していこうという制度であります。
後でもう一度引きますが、3ページ、ポンチ絵の2枚目にありますように、「地域住民の参加」の右側に「高齢者の社会参加」とありますが、これで生活支援サービスをやっていく、こういう姿に移していこう。
それから、子ども・子育て支援。これも昨年やっと法律が通っておりますが、一番御承知なのは認定こども園で、従来の保育園と幼稚園を合体しようという方向に進むことがよく知られておりますが、重要な一つの柱に地域で子育てをしようという柱があります。
戦後の子育ては、親と施設(幼稚園、保育園、学校)の二つが子育ての責任者であるという体制で来ておりますが、その二つのほかに地域を加えよう。地域の力を加えて、三者で健全な子供が育つように力を合わせていこうという方向に進み出している。
具体的には、地域に子育て支援拠点を作って、子育て支援のコーディネーターを置いて、図書館なども子育ての一つの拠点にして、地域の力を加えていこうという方向であります。それをまた実現するために、子ども・子育て会議を各地域に作って、できればそれに地域の方々も加わってほしい。地域の力でむしろ積極的に加わってほしいと願っております。
○障害者総合支援法
それから、10ページに進みますが、障害者総合支援法。これも昨年法律が通りまして、それまでの自立支援法が総合支援法に変わって、その中に共生社会を実現する。11ページを見てください。法律の概要がありますが、2の「概要」の「2.基本理念」、法に基づく日常生活・社会生活の支援が、共生社会を実現するため、社会参加の機会の確保とか、共生、社会的障壁の除去をみんなでやっていこう、地域でやっていこうと、地域の共助の力というものを法律でしっかり強調しております。障害者支援はそれより前から地域へと進んでおります。そのほうがもちろん障害者にとって幸せで、普通の生活が送れるからでありますけれども、この法律ではっきりその方向を確認している。
○認知症対策の推進(オレンジプラン)
さらに進んで16ページ、認知症対策。これも御承知のとおりで、オレンジプランができております。オレンジプランの中に、地域でしっかり支えていこうというのが8本の柱の中にありまして、17ページの下の「事項」のところに柱が掲げられておりますけれども、赤字にしております。「認知症初期集中支援チーム」を設置する。それから下から二つ目、認知症地域支援推進員を設けて、地域で認知症をしっかり受け入れていこう。この推進員は保健師さんなどプロではありますけれども、地域へつなぐ役割を果たして地域での支えを充実していこうという政策がうち出されております。
○新たな生活困窮者対策
最後にもう一つ、20ページの生活困窮者。これは介護保険制度ができて以来の新しい福祉制度と言っていい。国が貧乏になっていく中で、最後の新しい政策ではないかと言われておりますが、厚生労働省の村木次官などの大変な努力がありまして、発足しておる新しい制度です。
要するに、究極の狙いはニートの方々。お家に引きこもっておられる方々は今どんどん増えております。若くてまだまだ働けるのに、世の中に出て傷つくのが怖くて家に引きこもってしまっている、あるいはニートになってしまっている。グローバル化する厳しい経済、格差社会の大きな犠牲者でありますが、これが増えている。
こういった方々は、親が亡くなってしまうと生活保護に行かざるを得ない。それは惜しい。本人のためにもとても不幸なこと。そうなる前に社会に引き出して、その能力を社会の中で生かして自活していってほしい、こういう願いを込めた制度であります。
これも試行期間2年を経て、今後2年半ぐらいで本格実施になりますけれども、行政だけでやれるはずはない。民生委員が行ったって出てこない、親が行ったって出てこない、そういった方々を社会に引き出すのは地域の特別な力。地域におられる、にこにこといつもいい笑顔をしておられて、どなたでも心を打ち明けたくなるような、人を責めない、どんな方でも受け入れる、そういったおばあちゃん(おじいちゃんはあまりいません)の力。
あるいは、誰の言うことも聞かない、親の言うことも聞かないけど、あの中学校時代に感銘を受けたあの先生の言うことだけは彼は聞く。その先生はもう引退しているけれども、地域でお願いしてもう一度彼に働きかけてもらおう。そういった地域に潜在している特別な力を地域が使わないと、そういった方々は救えない、地域に引き出せない。そこを究極的には狙っている制度であります。
今は試行が始まっております。そこまでは行けていないのですけれども、そこを目指したい制度。この五つの制度が期せずして昨年から今年にかけて法律が変わり制度化され、試行期間を経て実施される。これは全部地域の力なんですね。
○地域の力の活用・町内会、自治会の活性化
では、地域の力ってどこにあるのだと。昼間お出かけになることもあると思います。バスに乗ると、ほとんどおじいちゃんかおばあちゃんですよね。地域の力はそういう姿をしている。幼いお子さん連れのお母さんがそれに加わる。地域に常にある力はそういう力です。これが大きな力。すごい人生の経験と知恵を積み重ね、すばらしい人格を形成され、いろんな方の話を聞ける度量を備えた、そういう大きな大きな力を活用したい。
それは本人の幸せであり、地域の幸せであり、大きな社会的効果をもたらす。具体的に言えば少ない税金で済む。そういう力を生かしていく。まさにそういう背景、時代になったと。国もそちらの方向に動き出しているということであります。
まず住民、市民のサイドからいいますと、真っ先にやりたいのが地縁社会、住んでいる地域。自治会活動、町内会活動というのが一般的ですが、これをもっともっと活性化して地域の助け合いを強化したい。これが地域の力を生かす最初の、そして基本的な一歩であります。
ぎょっとされる方が多いと思います。「町内会・自治会?煩わしい」。ずっとやっているあの親父は、樋口恵子先生のたまわく、「草の根封建親父」である。あんなのと顔も合わせたくない。あるいは、順番制で1年ごと、よくて2年ごとで回ってくる、くじ運の悪い人が引き受けて嫌々やっている。やっているのは回覧板の持ち回りだけ。回覧板を見たら、みんなでやろうというようなことは何も書いていない。市、町からの連絡事項だけがあり、中身は楽しそうなことは何もない。ごめんだと。これが今までの町内会・自治会。
これが活性化し始めております。どうして活性化しているか。まず基本には「こんな冷たいことでいいのか」そういう気持ちが少しずつ高まってきている。そこへ草の根封建親父にかえて、あるいは順番で当たって、素敵なおばあちゃん、時々おじいちゃんもいますけれども、やる気があって、物おじしなくて、これをやろうと思ったらあっという間に動いて、仲間を集めてどんどん進める。例で言えば、市川市の大山団地の佐藤良子さん。御本も出しておられますので、御存じの方もあろうと思います。こういう方が自治会長に就任しますと、「こんなことでいいの。みんなでやろうよ」と。
まず、女性は働きかけたら一緒にいろんなことをやってくれるが、男性が出てこない。男性はどうして引っ張り出せばいいか。やっぱりお金だろうと。お金を何とかしよう。市に働きかけて、この地域の清掃をするから、助成金、補助金を少し出してよと。事業者に頼むよりはちょっと下手くそ、見栄えはよくないけど、綺麗になるからそれでいいでしょう。私たちみんなでやりますよ。ちゃんと事業をとってきて、ちょっとしたお小遣いが出る。そうすると男性が出てくる。
出てきたら、集会所でみんな集まりましょうよ。集会所で子育てのお母さん方を引き込んでいく。寂しい、わからない。そこへおじいちゃん、おばあちゃんの知恵を生かしましょうよ。子育てをしているお母さん、集まりましょう。それでみんなで集会所に集まる。助け合いが始まる。そういった方式でどんどん自治会を活性化していく。これは誰でもできます。
そして、大山団地は自治会加入率100%。どうして達成したか。──お葬式です。だんだん1人暮らしの人が増えていく。みんな死んだ後のことが心配。それは大丈夫、自治会でやってあげるからと。これで大きな安心。これを切り札に、移り住んできた人の歓迎会を役員さんたちでやる。この席でそこまで面倒を見ますよ、これでころっと落ちます。だから、入会100%。会員ですから、みんなでやりましょうよという平素の助け合いが進んでいく。そういう形で自治会が活性化していっている。
さらに私から一つ推薦させてもらえば、市民後見人。これは和久井さんらが頑張ってくれて、まだ少しずつですが広がっております。これをずっと広めて、どこの自治会も市民後見人のNPOと協働して、この団地に住んでいる人は認知症になっても団地で面倒を見てあげますよ。団地に住む人の心配は、1人になり、認知症になり、死んで放ったらかされる。この認知症の部分も安心できるようにしていきましょうと。こうなれば、自治会は活性化する。これが一つの方策。
○新しい地域組織作り
もう一つは、自治会がどうしても動かない。では、新しい組織を作ろう。これも全国で広がってきております。東北、中国地方、最近は北海道。関東地区はあまりぱっとしませんが、自治会と別に新しい有志の会を作り、NPOに最後になっている所もたくさんありますが、そこでいろんな事業をやっていこう。
行政がここに何を使ってもいいですよというお金を出す。年間200万円とか、50万円ぐらいのところもあります。ちょっとしたお金ですけど、みんなでこの地域をよくするためには何に使ってもいい。これはやっぱり大きな支えになります。
東北、北海道で広がっているのは除雪があるからですけれども、そうでなくてもごみ出しなどいっぱい困っていることはある。そういったことをやる新しい地域のチーム。名前のつけ方はいろいろですけれども、地域協議会みたいなもので、横浜、神奈川にもできつつあります。そういった新しい地域の組織を作る。
北海道あたりではそれがNPOになって、おじいちゃん、おばあちゃんが参加している。特に好きなお じいちゃんはそば打ちをやって、作ったら食べさせたくなります。そのそばを料理にして、いつでもそばを食べにいらっしゃい。それで人が集まる、子供も遊びに来る。別に食べなくても、遊んでいていい。そういう自治会NPOをつくったところもあります。そういうふうにして地域を活性化する。それらの方向が一つあります。
そこから更に進めば、こういうことをしたいといういろんな活動がある。家事の援助であるとか、移送・外出支援であるとか、あるいは食事を配るとか、そういう活動をするNPOや市民後見人のNPOを作っていく。いろんな活動がある。やることはいっぱいあるんです。やらなきゃいけないことがいっぱいある。やらなきゃいけないこと、社会が求めていることをやりましょう。市民サイドから押し上げていく。
それを政府はどう作るのか、仕掛けるのか。新地域支援事業という要支援者等を支える仕組みについて新しい制度を提言しております。資料の5ページを御覧ください。ここに赤字であります生活支援コーディネーターを作って、そういう仕掛けをしよう。それを今提言して、実施中です。
生活支援コーディネーターというのは、まず市、町レベルで1人を任命する。これは国からお金が出ます。これが第1層です。今度は第2層で地域包括支援センターレベル、つまり、中学校レベルで1人ずつ生活支援コーディネーターを置いていく。これもお金が出ます。
そして、生活支援コーディネーターの下に、この表に赤字であります(2)、協議体を作る。協議会というのは、地域のいろんなやる気のある方々です。資格も人数の制限も何もありません。地域をよくする協議体を作って、コーディネーターを支えて、そして地域に働きかけていく。
さっきのような地縁の助け合いを深め、広めましょう。あるいはNPOを作りましょう。足りないサービスを作り出して、子供からお年寄りまで、生活困窮者も含めてしっかり安心してできる社会を作る仕掛け人を作る。我々は今、仕掛け人を一生懸命推薦しているところです。どうぞ手を挙げてください。
そして、仕掛け人になることもさりながら、それを支える協議体が必要です。1人では大それたことはできません。みんなで力を合わさないと地域は動かない。NPOと地縁組織というのは結構仲が悪い。NPO同士も結構仲が悪い。これをうまく上手にまとめて大きな力にしていくという働きをする協議体がこれからできていきます。
みんなですばらしい人を推薦し、あるいは自ら奮い立ってこれらの仕掛けに参加して新しい助け合い活動を進め、みんなが幸せに送れるような社会にしていきたいと願っております。
ご清聴どうもありがとうございました。