第1分科会「高齢社会フォーラム・イン東京」
「地域社会活動の活性化」
- コーディネーター
- 伊藤 実
(高齢社会NGO連携協議会 理事) - パネリスト
- 佐々木 照子
(高齢社会をよくする女性の会) - 杉 啓以子
(江東園ケアセンター「つばき」施設長/経営企画管理本部 本部長) - 丹 直秀
(さわやか福祉財団 常務理事) - 渡邊 武
(浦安市民生委員児童委員協議会 会長/浦安市社会福祉協議会 理事)
伊藤 第1分科会「地域社会活動の活性化」を開会いたします。私は高連協(高齢社会NGO連携協議会)の伊藤実でございます。
まず簡単に自己紹介をさせていただきます。私は、60歳でサラリーマンを定年退職いたしまして、その後、これからの高齢化時代をシニアがどう社会参加するかという社会参加運動の組織づくりとかを14年やっております。高連協に加盟してからも8年ほどになります。
認知症予防講座や、ひとり暮らしの応援セミナーというようなものをいろいろ企画運営しておりまして、これからも地域支援を中心としてお手伝いしながら、シニアの共存マーケットみたいなものを探し続けようと思っている次第でございます。
さて、今日のこの分科会は、午前中からもかなり勉強いたしましたけれども、国は新しい成長戦略で「全員参加の社会」ということを掲げております。労働力人口が減る中で、超人手不足社会は大きな日本の課題でございます。特に女性や高齢者の社会進出が期待されているということで、過日も2014年度の経済財政白書で、高齢者については働く意欲の高い高齢者が多い。定年年齢の柔軟化、あるいは健康寿命を延ばす取組で労働参加を促すべきだというようなことをいっております。
しかし、労働参加だけが全員参加ではないと思います。今日は、そういういろいろな参加の仕方を考えるという場だろうと思います。この分科会は、各方面で経験をされておられる地域のリーダーとか、活躍されておられる方のお話をお聞きし、そしてそのお話や情報を共有して全員参加への方策などを皆さんと一緒に考えたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
まずは、高齢社会をよくする女性の会の佐々木照子さんにお願いします。佐々木さん、よろしくお願いします。
パネリスト 佐々木照子氏のお話
佐々木 ただいま御紹介いただきました佐々木照子でございます。
私がボランティアに入ったのは50数年前になりますでしょうか。昭和36年、WHO・善意銀行に登録したのが初めでございます。現在、地域で活動しているのは週1回、日曜日に小学校の家庭科室で調理・配食をいたしております。ボランティアでやっておりまして、平均100食作っておりますけれども、ボランティアですから強制できませんので全然シフトを組んでおりません。出たい人が出たいときに参加する。小学生から中学生、高校生、それは本当に様々です。
○ボランティア参画意識
調理・配食のボランティアの中には、国家公務員の職員、会社の社長さん、インターナショナル学校の高校生などがいらっしゃいます。今は目黒中央中学校の「しいの木学級」の障害者の子供たちをお受けしてます。障害者は調理をできるチャンスがないということで、先生と生徒と一緒に調理実習を兼ねて活動に来ていただいております。
今年は大雪が2回、日曜日にございましたが、嵐や大雪の日こそボランティアさんが多く参加されます。「こういう日こそ、お年寄りが待っているんじゃないか」「こういう日こそボランティア活動できる人が少ないだろう」という意識を持っていらっしゃいます。
共に支えながら週1回、区の委託を受けまして28年目が終わります。おかげさまでこれまで一度も人数が足りないなどの理由で配食のボランティアができなかったことがないんです。区のほうは委託していますので、「1人も出てこなかったらどうするの」「いいえ。必ず出てきてくださると私は信じています」と。信じることのすばらしさ、力強さだろうと私は思っております。
○公共施設の活性化、家庭科室での調理
この活動は30年続いております。最初はコミュニティセンターで活動しておりましたが、コミュニティセンターは9時からしか使えませんので、区の課長さんの手配で、中学校の調理室を使って活動をしておりました。ですが子供が減りまして、8年前に三つの中学校が合併して、活動場がなくなった時、別の中学校に家庭科室の使用依頼をすることになりました。その際、これまで使用していた中学校との契約書がどのようになっているかと思い調べたところ、教育長と区長との契約になっておりました。
これは、ボランティアセンターを立ち上げるときに、ボランティア活動の場の提供は区がすべしという約束をとりましたので、区長がやってくださったのだろうと思っております。今、上目黒小学校の調理室を毎週使わせていただいているのですが、校長は、「毎週使っていただいて、綺麗でうれしいです」とおっしゃってくださいました。これも地域の公共の施設の活性化かなと思っております。
○地域を耕す配食での取組
そんな中で、コーディネーターの伊藤さんが是非ということですので少しお話しさせていただきます。前述した学校で行われていた調理・配食のボランティアで、サービスを受ける方に季節の便りをお載せすることになりました。ボランティア活動の場である学校は荒れに荒れておりまして、毎週警察沙汰になったりといろいろ問題がありましたが、その荒れた学校の教頭先生に、お年寄りを思いやる心で友を思いやり、親を思いやり、教師を思いやる心を育むことができないでしょうかとお願いに伺いましたら、快く引き受けていただき、意気投合しまして、美術の先生がこのボランティアを担当することになりました。
美術の先生が担当ですから、こういう絵が出てくるんです。この絵に私がつたない筆で書く。これを配食時にお届けするんです。中にはかわいい絵がありましたので、ボランティアさんが、絵に色をつけたらもっときれいになり喜ぶんじゃないかという話がでたのですが、ボランティアの郵政省職員の方が「僕が配食しているおじいちゃまが、孫の色鉛筆を借りて色塗りして楽しんでいます。1人でもそういう方がいらっしゃるならば、塗らないでお届けしましょうよ」という話でしたのでそのまま色を付けずお届けしておりました。
ある日、このような絵が3枚、生徒宛てに送られてきたんです。その絵の中に一筆書かれていたのですが、毎週来る食事を楽しみにしていた母親を見ていた息子さんからのお手紙でした。その息子さんの母親は私たちの描いているその絵を楽しみに待っていたそうです。送られた3枚の絵は、体調を崩して入院された母親が夕食が終わると必ずこれを引き出しから出して色付けしていたというものでした。息子さんが疲れるからやめなさいと言っても聞かなくて、でも、生徒が一生懸命描いてくれているんだから応えなきゃいけないんだということがお手紙に書いてあったそうです。
この絵は半分塗っていないんです。息子さんは、「ここで母の命が切れてしまいました。最後の母の作品ですので、自分の手元に置いておきたい」、というのがお手紙の中で伝わってきました。「でも、母の遺志を継いでお送りいたします。高校受験があって大変でしょうけれども、あなたたちの今の活動は将来必ずあなたたちの幸せにつながるので、頑張ってください」という手紙を添えて生徒に送ってきた品物なのです。これを当時の教頭先生が御覧になって、号泣されたそうです。
私、この手紙の中の絵を拝見しまして、やはり応えることを忘れてはいけないなと思いました。
何年か前に配食を受けたお年寄りが色付けした絵を300枚お借りしまして、中学校の文化祭に展示させていただきました。かなり前ですけれども、毎日新聞の記事に載せていただきました。それからというものは子供たちが大変豊かに、そしてかかわった子供たちがみんな成功してくれています。私も少し保存させていただいておりますが、こういうことがやはり地域を耕す一つのことだと思っております。
なぜこんなことができたかということはまた時間があったらさせていただきますが、社会教育の福祉的還元とか、公共の施設の有効利用、地域還元とか、私はいろいろな思いがあってこの仕事を30年毎週やっております。その幸せを今日お分けできたらうれしいなと思って参加させていただきました。
伊藤 佐々木さん、ありがとうございました。
地域で行っている食事サービスを中心に世代を超えて交流しているという、すばらしいお話でありました。ありがとうございました。
それでは、次に杉さんにお願いいたしますが、画面のほうを見ながら聞いてください。よろしくお願いします。
パネリスト 杉 啓以子氏のお話
杉 それでは、よろしくお願いいたします。
私は、社会福祉法人江東園のTQM本部、トータル・クオリティー・マネジメントという経営企画管理室の本部長を承っております杉でございます。
江東園ケアセンター「つばき」の話はこの後出てまいりますので、これから御説明いたします。今日のお話は、江東園の概要と、それから御質問票にもございましたが、世代間交流にとても興味をお持ちになっている方もかなり大勢いらっしゃるようですので、今日のテーマでございます地域支援事業、地域包括ケア、江東園モデルというところに重点を置いてお話をさせていただきたいと思っております。
江東園は東京の一番東の端っこ、江戸川区というところにございます。江東園の名前が、なぜ「江戸川」なのに「江東園」と言われるかですが、江戸の東にあって、一番最初に朝日が昇るところに老人と子供たちの楽園を作りたいということで、「江東園」という名前を初代理事長がつけました。
それでは、江東園の沿革でございます。無認可の養老院を建てまして、その後、昭和37年に認可を受け、養護老人ホームとなりました。昭和51年に、地域ニーズとしてお母様たちが子供を置いて働かなければならないという状況が生まれ出たところで江戸川保育園を開設いたしまして、今までやっております。
昭和62年に、江東園は老朽化をしておりました養護老人ホームと江戸川保育園を改築いたしまして、江戸川区で2番目の特別養護老人ホームと高齢者在宅サービスセンターの四つの施設を合築いたしまして、昭和62年に世代間交流を始めたわけでございます。平成9年には認知症対応型の短期入所施設を開設いたしました。
それから、平成12年は2000年の介護保険の施行により、介護保険と同時にヘルパー事業所を立ち上げました。平成13年にゼロ歳児保育を開始したわけですが、江戸川区ではママさん保育というのがとても浸透しておりまして、働く母親のニーズが高まる中で、ゼロ歳児保育が必要だろうということで、前区長の中里区長がゼロ歳児保育を始めたわけでございます。
平成18年には、江戸川区には区立の知的障害者の通所更生施設しかございませんでしたが、その中で行政の後押しもございまして、民間初の知的障害者の通所更生施設と老人デイサービスの合築施設を開設いたしました。
○江東園の理念と基本方針
江東園の理念と基本方針を皆様に知っていただきたいと思います。理念というのはミッション。江東園の目的は何か、なぜ存在するのか、存在意義を示したものでございます。私たち法人職員は、高齢者と幼児、そして障害者の幸せ追求者として、利用される人々の個性と個別性を重視した最良のケアと保育を提供いたします。
基本方針は三つございます。複合施設の利点を生かして、家族的な思いやり豊かな明るい施設を目指し、相互の交流を促進しましょう。2番目が、地域福祉の拠点として地域に期待される施設づくりを目指しましょう。
そして、この三つ目が一番大事なところでございますが、施設と在宅、健常者と障害者、幼児と老人、そして人種の別も超えた真の福祉社会の創造を目指しますということで、この三つ目の基本方針の具現化で、今まで世代間交流、そしていろいろな諸活動を行ってまいりました。
○運営事業分野
事業運営の分野でございますけれども、高齢者福祉、児童福祉、障害者福祉、そしてこの後、私たちが目指しておりますのが地域支援事業で、地域包括支援センターを江戸川区から委託を受けておりますので、ここを拠点とし、法人や特養がバックアップをしながら地域支援事業をどのように展開していこうかと数年前から行動に移してまいりました。
○江東園が目指すもの
江東園が目指すものということで、皆様、御存じでしょうか。おばあちゃんと子供が手をつないでいるロゴマークが江東園の象徴でございましたが、一昨年の50周年を機にこのロゴマークを改正いたしました。「お年寄りや子供、ハンディキャップのある方々、そして職員が寄り添って暮らす1本の木。そして、地域に根を張ったその木には幸せの青い鳥がとまります」というロゴマークにいたしました。地面がずっと長く伸びるというところで、大きくは地域をどうするかというところ。地域が江東園のようにいろいろ様々な方々がかかわって、地域に根差していこうよという江東園の考え方を象徴するものでございます。
そして、これが象徴するような、子供とお年寄りの施設の中で交流をしている写真でございます。この中には障害者もおります。障害も高齢も幼児もというところで交流を進めてまいりました。
○園内の世代間交流
世代間交流を進めてきたというところで、左側が江東園本部でございます。ここには保育園と特養と養護老人ホームと在宅の方々、そしてスタッフを含めて、3世代、4世代がかかわりを持ち、様々な交流が行われてまいりました。交流のプログラムは数限りなくございまして、そのコンセプトは、大家族であったらどんなことができるだろうかというところがコンセプトでございます。
そして、右側の施設は、平成18年に知的障害者の通所更生施設を2階に、3階に老人デイサービスセンターを設置いたしまして、老人と障害者のかかわりがここでもとても色濃く行われてまいりました。障害者はお年寄りの前だととても素直になりますし、そして、食事も口があかないお子さんも老人がスプーンを差し出すと口をあけてくれたり、それから、お年寄りたちは障害者が来るのを楽しみにして、一緒にここで盆踊りを踊ったり、陶芸をしたり、生け花もやったり、いろんなことがここで行われております。
これが本部のほうで撮りました集合写真でございます。保育園児とスタッフと高齢者が集まって毎年1回集合写真を撮りますが、このようにして3世代、4世代、5世代になりますかね、そのぐらいの年齢の幅がございますが、交流を続けてまいりました。
○地域支援事業、地域包括ケア
今日の第1分科会の本題でございます「地域社会活動の活性化」、そして「地域支援事業」、「福祉事業」とわざわざ書かせていただきましたが、「地域包括ケア江東園モデル」というのでお話をさせていただきます。
皆様、御存じでしょうか。国のいう地域包括ケアシステムというのがございますが、医療、介護、そして予防を含む24時間365日、切れ目のない在宅サービスを作っていきましょうということで、連携を図って地域社会を皆さんで24時間支えてまいりましょうという図式なんですが、どうも医療と介護に特化するようなシステムだと私は思っておりますので、江東園バージョンというところで、江東園の地域支援福祉活動という形を地域包括ケアになぞらえて私どもは活動してまいりました。
1番目、2番目、3番目につきましては、よく特養がやっておりますね。2,500人を超えるボランティアが施設の中で活動していらっしゃいます。施設への招待とか、行事への参加とか、施設を地域開放するとかということは、地域の社会化のところからずっと進められている事業でございます。
例えば音楽活動をやるので場所を貸してくださいとか、展示会をやりたいので貸してくださいとか、そういうことで地域を受け入れるというのは福祉施設がやってまいりましたが、これからは地域の中に出向いていくというのが4から9の活動でございます。
○高齢者体験授業への取組
まず4番目ですが、高齢者体験授業です。施設には専門職がいっぱいおります。ケアマネジャーもおれば、看護師も介護福祉士もおります。調理員もいれば、運転士もいます。運転手もヘルパー2級を全部取らせていますので、近くの小学校に行って高齢者の体験授業をしております。目の見えない高齢者とか、車椅子で坂道を下るときの怖さだとかを小学生に体験していただこうということですが、年に2回ほど小学校2校に出向いていって、体験授業をしております。
これは一つには、子供たちのチャレンジ・ザ・ドリーム。夏休みの間に高齢者体験に来るとか、ボランティアで施設にやってくるということもあるんですが、まだまだ子供たちが高齢者とか障害者を知ることが少ないので、体験してほしいということと、これから子供たちに福祉の人材の担い手になってほしいという願いも込めてこの授業を行っています。
○世代間交流コーディネーター養成講座の開催
次は、世代間交流コーディネーターの養成講座を開いております。2007年から世代間交流協会をNPOで立ち上げました。その立ち上げ発起人の私が、白梅学園大学と連携いたしまして、世代間交流コーディネーター養成講座の見学研修場所として、今年で8年になりますかしら、行ってまいりました。毎年20名ほどの受講生が、社会人、学生、それから企業の方々、大学の教授とか、そういう方々もおいでになりますが、これから地域のいろいろな交流をするときにコーディネーターが必要になるのではないかというのが世代間交流協会の考えでございまして、これを続けていくことによって、地域のこれからのつながりを上手にコーディネートするコーディネーターが各地にいれば、とてもスムーズな交流ができていくのではないかと思っております。
○「江戸川みまもり隊」による単身高齢者サポート
次に、私どものとても大切な「江戸川みまもり隊」でございます。これは、江戸川総合人生大学の卒業生さんと有志の方々を中心に地域のボランティアグループを作って、平成23年の7月から江東園の所在地のある江戸川1丁目、2丁目を主に単身高齢者、先ほど樋口代表がおっしゃっておりました孤独死、孤老死をなくそうといって立ち上がってくださったボランティアグループでございます。それを私どもの地域包括支援センターと特養がバックアップいたしまして、施設の隣にホームヘルパー事業所が空きましたものですから、その場所を提供いたしまして、今活躍をしていただいています。
自主運営、自主行動。地域包括支援センターからの情報をもらって動いたわけではなく、今、活動協力者は30名おりますが、訪問対象世帯が501世帯、単身が284世帯、老老世帯が217世帯に上ります。活動は毎週3日で、水曜、金曜、土曜日に行っています。
江戸川総合人生大学というのは、10年前、平成16年に江戸川区が、今の多田区長が、この先の地域の担い手になるコア人材を育てていこうということで、学校法に則らない学校でございますが、2年課程でございます。もちろんお金も幾ばくか授業料をお払いして学んだ方々でございます。とても意欲的な方々で、勉強をしようとする意欲に燃えた方年間100名ほどがこの総合人生大学に通い、そして地域のコアリーダーに育っていってくださっております。
これは、玄関先で皆さんにお声をかけて、みまもり隊便りを配っているところでございます。
活動としては、地域サロンを地域のお茶の間という形で、毎月1回、最終の金曜日の10時から15時まで実施しております。単身世帯の老人ですとか、老老世帯の方々がここにお立ち寄りになって昼間お過ごしいただくということで、たこ焼きを焼いているんでしょうか、ホットケーキでしょうか、いろいろな作業をして楽しんでお帰りになっていらっしゃいます。
それから、江戸川みまもり隊便りを月1回発行しておりまして、これも全部皆様が手づくりでお作りになったものを今お配りしていらっしゃいます。数年前からとても夏が暑くて、熱中症予防を呼びかけておりますけれども、今年は大塚製薬とコラボいたしまして、塩分の入ったポカリスエットをただで提供いただきました。そして今、お配りしている最中でございます。
皆さんの考え方は、「夢、希望、継続」だよという気持ちで、こういう言葉を書いていただきました。
○障害者による「子ども見守り隊」
これは、「子ども見守り隊」というのが、江戸川区の環境部の環境促進課でしょうか、安全・安心の施策の一環でございまして、登下校のときに地域の見守りをしようよということで、地域の住民の方々、それからPTAの方々が出て見守っていただいておりますが、これは障害者でございます。知的障害者が何か地域に役立つことはないかと考えまして、2008年から見守り隊の腕章が江戸川区で配布されましたのをいち早くいただきまして、腕章をつけて散歩に出ております。20人、30人と散歩に出れば抑止力にはなるのではないか。障害者も国からただでお世話になるだけではなくて、世話する存在にもなるんだよということで、腕章をつけて散歩に出ております。
エプロンをかけている方々が、江東園ケアセンター「つばき」の有償ボランティアのサポーターさんでございます。知的障害者のほうに1日5名ほど入っていただいて、有償ボランティアで10時から16時まで障害者をマン・ツー・マンでお世話していただいております。
○知的・身体・精神の3障害をつなぐ「江戸川さんしょうがいフォーラム」
次が、「江戸川さんしょうがいフォーラム」というのを3年前に立ち上げました。江東園ケアセンター「つばき」の中で任意団体で立ち上げました。26年の7月現在で12団体、68名の会員さんが登録していただきました。「どのような障害があっても1人の人として尊重され、自分らしく豊かに暮らし続けられる地域社会の創造を目指して」ということです。
私、障害者支援に取り組みまして、高齢者は介護保険が入りまして大分いろいろなサービスが入っていますが、知的障害者とか障害者というのはまだまだ地域認知がされていないんだなというのをつくづく感じました。そして、「さんしょうがいフォーラム」は、知的・身体・精神の3障害を含めた横の連携を作っていこうという思いと、それから障害者認知を地域に広げたいという思いから、「江戸川さんしょうがいフォーラム」を立ち上げたわけでございます。
そして、1年目は、左側にございますが、「被害者意識から当事者意識へ」。障害者というのはともすれば被害者意識しかないんですね。私は、被害者意識を持っている間は本当の意味で自立しない、社会の一員となれないよという考え方を持っておりますので、それを当事者意識に変えようということで講演会を開きました。
2回目は、今、まさに本当に問題になっているのは、各地域で学級崩壊も招かれているのではないかと。「発達障がい児・者を支える地域社会とは?」ということで、1人1人に合ったトータルなシェアを考えようということで、昨年2回目を開きました。
今年は第3回目で、研修会を開くわけですが、今年の1月に国連の障害者権利条約をようやく日本も批准いたしましたのを受けて、インクルーシブ社会がこれからやってこなければいけない、目の前まで来ております。そして、教育界もインクルーシブ教育というのが学校に入ってまいりますのを受けまして、地域は障害を排除するのではなく、受け入れながらみんなが支援者にならなければいけないという思いで、この8月30日に研修会を開くつもりでございます。
○触法者雇用と難民定住支援
そして、この後、江東園が目指しているのは触法者雇用でございます。法を犯した者は、出てきても仕事がないと再犯を繰り返す。それを法人が協力雇用主となって職についていただこうということも考えておりますし、難民定住支援、これもハローワークですけれども、難民の雇用も受け入れていこうというふうに思っています。
○地域におけるノーマライゼーション
もう一度、理念と基本方針をお出しいたしました。二つ目と三つ目の方針でございますが、三つ目はノーマライゼーションなんですね。どんな人も差別されず、子供からお年寄りまで、障害も含めて、どんな顔の色の人も、目の色の人もみんなで一緒に地域を作っていこう、みんなで暮らし続けていこうというのが江東園の方針でございます。
そして、世代間交流の利点を江東園は施設の中ではほとんどクリアしておりますが、これから諸問題を解決するというところでは、6番目の社会問題の解決に私たちが着手をしなければいけないときだと思っております。それは、先ほどお出しいたしました子供の問題は児童虐待、それから高齢者の問題は高齢者虐待、認知症の問題、若年性認知症の問題、いろんな問題が社会の課題として浮き彫りになってまいりました。
それから、例えば所得の二極化というのがありますね。そして、生活保護世帯の子供たちは今、塾に通えないがゆえに、中学に入っても九九が言えないような子供もいっぱい学校におります。そんな社会の課題が山積する中でどうやって解決していこうかというのが、私たち法人の使命と思っております。
最後にお話ししますが、多世代共生社会の実現を目指して、私たち江東園、社会福祉法人の使命は、これは経済学の博士が言った言葉だと思いますが、人間を経済的な一面だけではなく、人の幸せのため、人の笑顔を見るために活動する多面的な存在として捉え、社会的利益や貧困軽減を追求するソーシャルビジネス(社会福祉事業)が重要であると私はかねがね考えておりました。経済は金儲けだけではないんです。人の笑顔や人の幸せを願って活動するのが社会活動だと私は思っております。どうか皆様もこれからそのような社会活動にお力添えいただければ幸いと存じます。
ご清聴ありがとうございました。
伊藤 ありがとうございました。ビジュアルを用意していただいたものですから、盛りだくさんでございました。ありがとうございました。
それでは次に、さわやか福祉財団の丹さんにお願いいたします。特に丹さんは、東日本大震災の復興の支援とかというようなところで大分お力を発揮されたようでございます。よろしくお願いします。
パネリスト 丹 直秀氏のお話
丹 さわやか福祉財団の丹と申します。
杉さんと違って、私はアナログ人間なものですから、パワーポイントではなくてお手元に資料を配らせていただきましたので、大体それに沿ってお話をさせていただきます。
私はさわやか福祉財団のボランティアスタッフとして19年目になります。さわやか福祉財団というのは何をやっているかというと高連協の二人代表でもあります堀田力が23年前に法務省を退官してすぐ立ち上げた財団です。堀田は役人をやったわけですから、高齢化の問題に大変意識を持ちながらも、現場の支え合いをすることはできないが、全国にそういう現場をやっているボランティアの人たちがいる、あるいはそういう人たちをこれから作っていくというような仕掛けならできるんじゃないかと考えました。元役人だからそういう仕組みづくりを自分はできるんじゃないかということで一生懸命勉強し、ボランティアで地域の助け合いを進めている人と連携し、研修をやったりして23年が経ちました。
私も19年目になるんですけれども、他と一緒に仕事をしながら、さわやかの理念で全国で活動してくださっている方々と一緒に勉強したり、接触したりする機会があります。これは非常な楽しみで今までやってきたというところです。
○変化する介護保険
さわやか福祉財団自体は東京を拠点とした、35人ぐらいのスタッフのうちボランティアスタッフが半分ぐらいのささやかな財団です。時々電話がかかってきて、「ちょっと親が介護が必要だけど、来てくれないか」という電話があるんですけど、残念ながら、こちらはそういう現場のケア自体をやっているわけではないので、お所をお聞きして、その近くのさわやかのインストラクターの方を紹介したりします。
インストラクターの方は、介護保険が始まる前は草の根的な地域のケア、介護の活動をボランティアでやっているところが多かったのですが、御承知のように介護保険が始まった、NPO法ができたという時期を経て、法人格を取って介護保険事業に参入するところもたくさん出ました。
しかし、今日の堀田の話にもありましたように、介護保険が今大きく変わろうとしています。見方によれば、介護保険ができる直前の状況に、改めて原点に戻ってきたという変化を感じます。つまり、要支援が地方自治体の方にこれから2年半ほどかけて移行していくわけですが、そうすると、制度としての介護保険のほかに、比較的軽い部分は地域で支えるという時代になってきます。地域の担い手が必要になるわけで、二十数年前にボランティアを広げ、あるいは立ち上げて自分らで支えていこうとした時代の原点に戻っていくような面が今あるんじゃないか、こういう認識を持っております。
○「縁」「危機意識」「参加」の三つのキーワード
私のいただいた時間の中で今日お話ししようと思ったところのキーワードを3点考えました。
一つは「縁」ですね。縁側の縁です。2番目は「危機意識」です。3番目は、今日のテーマでもありますが、「参加」です。この3点です。
私なりに19年ほどさわやかで仕事をしてきまして、片方で、私は横浜市に住んでおりまして、横浜からさわやかのある東京まで通っていて、自分の地元はどうなんだというのがいつも気になっていたわけなんですけれども、幸い、さわやかに参加してしばらくしてから、私の地元でも任意団体で助け合いをやるボランティア団体が立ち上がりました。「さわやか港南」というんですけれども、縁があってそこにもメンバーになって、今はそこの理事会なんかに参加して、自分のところの地元の問題も一緒に考えております。
○4団体のつながりから生まれた新たな「縁」
1番目に「縁」と申し上げましたのは、これから介護保険が始まるという時代に、介護保険の制度が始まっても対象にならない部分をボランティアで支えるという仕組みはどうしても残る、必要になっていくから、地域で助け合いのボランティア活動をやっている全国組織へ呼びかけてネットワークづくりを進めようと。そういうプロジェクトを立ち上げ、担当することになりました。
一番最初に全国社会福祉協議会という福祉の御本家みたいなところに行きました。それから、日本生活協同組合連合会の本部に行きました。その次にJA―農業協同組合中央会に行きました。
これは、世間では意外と古くさい団体と思われているんですが、地方に行きますと、配食サービスをやったりしているボランティア団体を持っているんです。当時は、全国的に男性も参加し、ボランティアとして助け合いをやっている大きなところ、さわやかと四つが組んで、介護保険後の地域ネットワークづくりを一緒になって考えるフォーラムをやりました。
4団体が一緒になって、フォーラムやってみますと社会福祉協議会の人も、地域で農業、農家の方が助け合いをやっているなんていうことは知らなかったり、農協の人から見ると、生協というのは都市部でお店をやっているコンビニみたいなものだと思ってたようです。生協が助け合い活動の組織を持っていて、ボランティアをやっているということも知らなかった。一緒に集まってみるとお互いのことがわかってきた。つまり、ネットワークの始まりです。
このようなことを経験して、日本流に言えば、「ご縁がありますね」の縁かなと思います。人の縁を地域で作っていかなくてはなりません。東日本大震災でも絆があるところは助かったなどよく言われますけれども、高齢化という大きな課題が迫ってくるわけですから、お互いの地域の縁をこれから意識して作っていかないといけないのではないかとつくづく思っております。
○危機意識の共有による地域ネットワーク
2番目に申しました「危機意識」は、皆さん言わずと知れている高齢化率です。20年近く前に、私はこれも縁があって地域の自治会に参加し、自治会長とかをやらされたわけなんですけれども、そのころに比べると住民の方の危機意識がものすごく高まっています。つまり、これから10年先、自分のところの地域はどうなるんだろうか、という危機意識があります。
私は、先ほど述べました、さわやかの地域ネットワークづくりのプロジェクトをやっているときに、島根県の松江でフォーラムを行いました。地域のネットワークを呼びかけに行ったんです。松江市の郊外に淞北台団地といって600件ぐらいの団地があります。これは昭和30年代にできた住宅団地で、松江の郊外ですから、公務員とか、サラリーマンとか、割に意識の高い人が住んでいるところです。
そこでフォーラムをやったのが平成14年ですから、今から12年ぐらい前です。今から12年ぐらい前に、70代ぐらいの自治会の副会長さんが、自治会としてもうどうしようもなくなってくるから、独立した助け合いの組織を作ろうということになって、副会長さんがそのリーダーを引き受けた組織ができたばかりのところでした。
まずやったことは、自分の地域の600件ばかりの人がどういうふうに考えているか、これはよくやることなんですが、アンケート調査とヒアリングで課題抽出を行いました。高台の住宅団地なものですから交通の便が悪い。買い物に行くにも、病院に行くにも坂をおりて大分歩かなければならない。バスが来ないんですね。
ということで、これがそのころは筆頭の課題だったんですけれども、皆で議論して、ワンコインで乗れ るような循環タクシーを団地内の所々にとまっていくものを作りました。これは社会福祉協議会も幾らか助成してくれたようですけれども、交通の問題を解決した。
そのころ作っていたのが集会所です。これはみんなでお金を出し合って、これからは家に引きこもらないように寄り合いの場所が必要だというので集会所を作っていました。私が行った直後にそれができたようです。
よくアンケートなんかで課題抽出をやるんですけれども、感心なのは5年ごとに定期的に調査しているんですよと聞いたものですから、それから2サイクル経った10年後に、高橋さんというリーダーの方に電話してみたところ、きちんと5年ごとにアンケートを行っていました。5年ごとに地域の課題が変わってくるというんですね。
3年ぐらい前に電話で「今どうしていますか」と伺ったところ、やはりこの団地も高齢化が進んで、みんな70代、80代になってきたものだから、ちょっとした電球の取り替えとか、掃除・洗濯も含めて家事ができなくなった人が増えてきた。そこで、自分らのボランティアで従来やってきた助け合いも限度が来たからどうしようかと。
それで、島根県生活協同組合連合会に連携を呼びかけました。そうすると、生協は、協同組合というのは組合員限定でサービスをする原則になっているのですが、同じ地域なんだから、組合員でなくても助け合いはサポートすべきだという結論になったということで、少しややこしい家事、洗濯といった部分は島根県生協がいわゆる有償ボランティアですが、1時間500円とか、600円で入ってくれるようになりましたという話なんです。つまり、地域ネットワークです。生協と連携して自分らの課題を解決しているという、危機意識を共有すると地域ネットワークにもつながってくるということです。
○地域活動への参加と仕組みづくり
3番目のキーワードとしては、今日のキーワードである「参加」だと思います。自分のできる範囲で高齢になってもできることは淞北台団地でも皆さんやっているわけです。問題はそれから先なんですけれども、今日いらしている皆さんのところはどうでしょうか。調べてみると地域にはいろんな活動団体、組織があります。利用者以外には意外と知られていないことがあります。それをつないでいくといろんな可能性が見えてくる。そこで参加する人の範囲も広がってくるということを感じます。
キーワードとして、ネットワークにつながる「縁」を大事にしたい。2番目に、その前提として地域の「危機意識」、自分のところはどうなるかということを共有したい。3番目に、危機意識を共有するだけでなくて、自分で動くという「参加」を呼びかけたい。行政も介護保険も参加の仕組みを入れてきました。せっかく消費税を上げた財源があるわけですから、一定の居場所とか何かの基盤整備にはお金を出しますよと。それを自分のところの自治体で、今のうちから自分らも参加するからいい仕組みを作ろうよと是非呼びかけていただけたらと思います。
ありがとうございました。
伊藤 ありがとうございました。
次に、渡邊さんにお願いいたしますが、渡邊さんは、実は昨年のフォーラムで私の席、コーディネーターをなさっておりまして、十分何回もこういう席でお話をしておりますが、また新しい切り口で今日はお話をいただけそうです。よろしくお願いします。
パネリスト 渡邊 武氏のお話
渡邊 ただいま御紹介いただきました渡邊でございます。
現在、私は千葉県の浦安市に住んでおります。民生委員・児童委員をやっておりまして、今年で22年目になります。今日のテーマは「地域社会活動の活性化」ということでございますが、先ほどのお三方とは少し違う切り口からお話をさせていただきたいと思います。
午前中に樋口代表から総力戦という言葉が出ておりましたが、現在の日本社会は、高齢者、若い方を含めて、世代を問わず社会全体で一つの目標に向かって活動を積極的にやっていく。そうでないと将来の社会が成り立っていかない。今そのぎりぎりの線にあるという思いから、今日の発表をさせていただきたいと思います。
○人口の減少と将来の問題
最近最も気になっていることの一つが日本の人口問題でございます。
まず1番目、「日本の現状と将来展望」でございます。合計特殊出生率、これは1人の女性が一生の間に子供を産む人数のことですが、2013年は1.43になっています。2.07で人口が維持されます。2人の親から大体1.4人の子供が生まれるということですので、1世代ごと、大体30年から最大40年ぐらいごとに人口が7割に減る。
これを単純に計算していきますと将来の推計がわかるわけですが、今推計されておりますのが、2060年に8,674万人という数字が出ております。このままこの傾向で推移しますと、今世紀末で大体5、6,000万人、来世紀末、大分先ですが、その段階では1,500とか2,000万人という大変驚くべき数字でございます。誠に深刻なお話だと思うんですが、その割には世間の関心が大変薄いのではないかと私は感じております。
こうやって人口がどんどん減ってまいりますとどうなるか、地方では人が住むためのインフラが危うくなります。具体的には、例えば鉄道は採算がとれずに廃業せざるを得ない。上下水道は古くなっても交換ができない。橋は使えなくなる。近くに学校や病院がなくなる。こういうのがあらわれてくるわけです。いわば人が住める場所が、今は面で住んでいると思うんですが、大都市などを中心に点になってしまう。これはいわゆる「極点社会」と言われておりますが、その到来であるというふうに思います。
次に、経済活動も人がいて初めて可能なんですね。最近、労働力不足とか、成長戦略とかいろいろ話題になっておりますけれども、人口が4分の3になったり、半分になったらそれどころの話ではございません。国の負債が1,000兆円を超えておりまして、通常の感覚ではいつ破綻しても不思議ではございません。そこへ人口が減ってきますと、1人当たりの負債はどんどん増えていくというのが実態でございます。総括的に言えば、存在感のある今の日本、あるいは暮らしよい日本は消滅の危機にあるのではないかと感じます。
○少子化への取組
続きまして、「最近の取組」でございます。こうした中、最近やっと政府が動き出しております。50年後に1億人程度の安定した人口構造を保持するという方針が出されております。これは6月24日に閣議決定されましたいわゆる「骨太の方針」に明記されております。何とか出生率を近くまで持っていかなければならないということであります。
ある研究会がございまして昨年から「日本版ネウボラ(Neuvola)」ということについて検討がなされました。「ネウボラ」といいますのは、北欧、フィンランドの子育て支援の地域拠点のことです。フィンランドは全国で人口が約530万人ぐらいなんですが、そこに900か所ほどネウボラが設置されております。単純に計算しますと人口大体6,000人に1か所、結構たくさんあるわけでございます。
ネウボラは保健所と併設されていることが多いようですが、妊娠しますとネウボラに登録し、出産、育児のプロセスを学校に行くまで1人の保健師さんがずっとお世話をする、そんな機関です。キーワードとしましては、切れ目がない、ずっと一貫して見てもらえる。それからワンストップ。そこへ行けば、何でも子育てその他のことがやってもらえる。それから、マイ保健師。この辺が特徴になっているようです。
日本版ネウボラをヒントにしまして、浦安市はそのモデル事業を推進している都市の一つです。浦安市では、「妊娠・出産・子育てにわたる切れ目のない支援」をキャッチフレーズにしまして、今年度はできるだけの施策を、上げられるものはできるだけ上げまして予算をつけ、また、今後の施策のために30億円ほどの基金を設定しております。浦安市は、全国でも非常に若い部類の町でございますけれども、出生率が大変低い状態です。ここで出生率を上げることができましたら、モデル事業として貴重な例を示すことができるのではないかと期待しているわけです。
○福祉団体における課題への取組
「福祉団体」でございます。こうしたときに私はたまたま民児協の会長を引き受けました。これも何かの巡り合わせかとも思いまして、役員の皆様方に御相談しまして、シニア部会、それからこども部会を立ち上げております。
こども部会では、今、浦安市を挙げて取り組んでおります子育て、少子化対策にできるだけの協力をし、民生委員というのは同時に児童委員でもございますので、児童委員としての機能をどう全うしていったらいいかということについて具体的に検討を始めております。
シニア部会では、地震のことがございましたので、首都直下型の地震があったときにどうすればよいかと取り組んでいただいておりますが、いずれシニアの皆さんがこの問題を念頭に置きつつ、どのように手応えのある生活を続けていただくか、その検討をやっていただきたいと思っております。
また、浦安市の社会福祉協議会でも、現在、福祉の5か年計画の策定をしておりまして、それを通じてこの問題に取り組んでいくことになると予想しております。
○シニア世代の意識変革
「Ⅲ.シニア世代の意識変革」に移ります。
現在のシニアの多くの方、特に前半の方でしょうけれども、基本的には右肩上がりの時代に生きてこられまして、幸せな世代であったと思っております。しかし、今、1,000兆円を超える負債が次の世代以降に残っておりまして、大きな負担となっております。日本が沈み行くのではなくて再復活する道付けをするというのが、我々現世代の責任ある立場ではないかと思っております。
そのためには、シニア世代の皆さん方に意識変革が必要かと思います。シニア世代はそう遠くないうちに人口の約4割を占めることになります。これは単純に選挙を考えますと、シニア世代の考え方が社会や政治の方向を決めると言っても過言ではありません。
まずは、先ほど申し上げましたとおり、日本社会が本当に危機的な状況にあるということをシニア世代の皆さん自身がしっかりと認識、御理解いただく。そして、シニア世代の協力支援なくして問題は解決しないということをしっかり受け止めていただくこと、これが出発点かと思っております。医療・年金・福祉・公共サービスなどいろいろな分野で少し我慢をしていただいて、若い世代に社会資源を回していただくということが必要かと思います。
そして、シニアの皆さん御自身は、健康面、経済面の両面で自立をしていただくことが大事かと思います。特に経済面では、年金給付、あるいは税金の面で明らかにこれから厳しくなってまいります。極力長く仕事を続けていただく。あるいは、有償ボランティアがこれから大変多くなるかと思いますけれども、これを積極的にやっていただいて、生活の一端を支えていただくことも大事ではないかと思っております。
○シニア世代の居場所づくりと子育て
午前中に堀田代表から、男性を引っ張り出すのにはお金がいいきっかけになるかもしれないというお話もございました。確かにそうかもしれません。有償ボランティアは一つのいいきっかけになるのではないかという感じもしております。直接に子育てなどの支援活動ができる方は、これも午前中出ていましたですね、なかなか結婚してくれない皆様御自身も悩んでおられる方も多いかと思います。いろいろ工夫して婚活をやってみる、このような工夫ですね。それから、妊娠、出産、育児の各段階でいろんな活動があります。
出産後はどうでしょうか。1年ぐらいは本当にお母さん1人では大変です。あと保育、あるいは教育、育成の段階でもたくさんやれることがあるかと思います。女性の社会進出とともに子供の居場所づくりも一つの大きな課題かと思います。学校が放課後に場所を開放されまして、シニアの方、地域の方がお子さんの面倒を見るということも実際にやられております。
これらがまたシニア世代の皆さんの居場所づくりにも役立つとすれば、一石二鳥ではないかと思っております。みんなが子育てに温かいまなざしを送り、子供は社会で育てるんだという考え方が普及しますと、随分雰囲気が変わってくるのではないかと思っております。自分の周りでできること。例えば、孫育てを経験してみるのもいいきっかけになるかとも思います。
ところで、問題は、やはりシニアの男性の方でございます。子育てをやった女性は比較的この問題について応用が効くのですが、シニア男性はなかなか厳しいのが実態であります。改めて御自身の得意技は何か、いわば、御経験、あるいは特技の棚卸しみたいなことをやられて、これならできるというところでそれを生かした仕事、あるいは社会貢献をやっていただくのもよいのではないかと思います。
私の周りでも幾つか事例がございます。割とスポーツの好きな方は学校の課外で子供たちを集めて、例えばソフトボールを教えておられる方、あるいは海外勤務なんかをやられた方は、小学校でも最近始めているようでございますが、英語を教えるというような活動。また、ある方は自分のおうちをちょっと改装しまして喫茶店を開かれ、それで地域の皆さんの集まり場所になっているという例もございます。
○社会制度の整備と見直し
「制度の整備・見直し」でございます。今申し上げたようなことを実現するには、社会制度の整備・見直しが必要かと思います。まず高齢者の定義、位置づけ、さらには呼び名を見直したらどうかと思っております。元気な高齢者の方は、まだまだ活動していただく前提で社会の仕組みを見直しまして、それにふさわしい呼び方をしたらどうかと思います。
現に去年、江戸川区では高齢者を「熟年者」と呼んでおられると伺いました。また最近の新聞で、大和市では60歳代は高齢者と呼ばないと宣言しておられるようです。つい数日前ですが、厚生労働大臣から、「若年高齢者」、あるいは「熟年高齢者」、そのお名前はともかくとして、そのような呼び方の提言があったようでございます。
元気な方には本当に年齢にかかわらず仕事や活動をしていただく、そんな場を作るのが大変重要なのではないかと思われます。現在の社会保障の制度などをこれにふさわしい形に整備し直しまして、結果として、若い世代へ社会資源がシフトする、そのようなことを実現したいと思っております。
次に、シニアの方の自立、特に経済的自立のために就業支援を行う。それとともに、ボランティア活動です。これは先ほどから随分いろいろお話が出ておりますけれども、できるだけ有償の形に整備していく。生活の自由度を保ちながらも責任ある仕事をして、ある程度それで収入を得ていく。こんな仕組みを大いに作り上げていきたいと思うわけでございます。
あるいは、子育て、少子化対策が本格化しますと、社会資源がそちらに回ってまいります。多くの仕事が可能になりますし、また就業の機会が増えます。有償ボランティア活動に期待するところも多くなります。社会福祉協議会などは、割とフリーハンドで比較的自由に事業ができるという機関ですので、その面でも大きな期待が寄せられます。
また、昨年の高齢社会フォーラムでは、福井市のシルバー人材センターで大変幅の広い活動をしておられるということで、大変参考になりました。また、シニアの方がこれまでの経験を生かしまして新たに事業を起こす。これも大いにやっていただきたいと思いますし、その支援が望まれます。
これは一例でございますが、保育所の開設をやろうとしておられる方が私の周りにもおられます。ちょっと聞きますと、大体200平米ぐらいの場所です。これは賃貸でいいようでございます。それ以上の場所が確保できますと、市区町村で結構きちっと相談に乗ってもらえるという話も聞いております。
○企業側の意識変革と地域社会
最後に、この問題で避けて通れないのが企業側の意識変革です。育児への参加を可能にする男性の働き方、それから、人生90年を想定して、もう少し早目に第2ステップを踏み出す。そういうことができる選択制度などの普及が望まれます。
以上申し上げましたように、たくさんの課題はあるわけでございますけれども、次世代、さらに次の世代以降に希望が持てる社会を引き継ぐことが私たちの重要な責務ではないかと思っております。
子供たちの声が聞こえる町というのは本当にいいものです。それだけで活気が感じられますし、また明るくなります。このような前向きの活動を進めることによりまして地域社会活動が活性化すると思いますし、また、シニア世代の方々の生きがいにもつながると思います。できるだけ早くこういうことが社会システムとして定着しまして、成果を上げることが重要だと考えております。
私の発表は以上でございます。ご清聴ありがとうございました。
伊藤 ありがとうございました。活動のヒントや活性化への提案をたくさんいただきました。
質疑応答
これから質疑応答をさせていただきますが、事前申し込みのときに、取り上げてもらいたい内容や、あるいは高齢社会について疑問や伝えたいことなど、たくさんの方に書いていただきました。内容をこちらでまとめまして、重要度ということもあろうと思いますけれども、ランダムに私のほうから一つ二つ質問を申し上げまして、パネリストは御指名をさせていただきます。
まず、皆さんが一番今興味を持っていて、あるいは、ここにおられる方全員はそれに参加する御資格のある方だろうという「生活支援コーディネーター」です。これはさわやかの丹さんがいろいろな形で参加されておられると聞いておりますので、新しい地域支援事業のこれからの動向ということでお話をいただきたいと思います。お願いします。
○生活支援・介護予防の基盤整備におけるコーディネーター・協議体の役割
丹 承知しました。では、新しい地域支援に関連して、基調講演の中の参考資料に今お話のありました今回の介護保険改正のポイントだけが載っております。それに沿ってちょっとだけ補足させていただきます。
その中の5ページに「生活支援・介護予防の基盤整備におけるコーディネーター・協議体の役割」とあります。堀田代表のほうからも話がありましたが、ここが皆様に一番縁の深い部分かなと担い手側としては思いますので、これについて御説明します。
介護保険の今回の改正の法案は既に6月に国会で成立しました。今年度後半から2年半ほど移行期間を置いて実施に移される。その中で、特に地域の皆さんの参加を求める要支援1とか2の中の訪問介護、通所介護と生活支援というような部分が地域におりてきます。
とはいっても、先ほどから話が出ている有償ボランティア団体なんかがあるところはいいとして、ほとんど多くのところはそういうボランティア団体もない。任意団体も場合によったらない。要するに、自治会・町内会は大体の地域にあるでしょうけれども、社会福祉協議会以外のNPOとかボランティア団体はないというところは作っていかないといけない。そういう助け合いの仕組みを担う組織をつくったり、それから、既にある組織を助け合いに向けてつないでいく。さっき私が言いました連携、協働、ネットワークづくりを進める人が要るのではないか。
厚生労働省が今回の法改正の前に、全国的に地域の助け合いとかがうまくいっているところを500事例ぐらい調べたようです。すると、そういうところに限って、リーダー的な方、旗振り役がいる。必ずどこの地域にもいるということがわかったと。では、制度的にそれをつくっちゃおうというのが今度の改正案の中に入ったコーディネーターです。
○第1層での生活支援コーディネーター
このような仕組みでやれということは厚労省のガイドラインにはあまり入っていません。こういう一般論は、法律が成立し厚生労働省が全国の担当課長を集めて、課長会議でガイドラインというのを発表しています。皆さんの地元で、担当課長さんは昨日それを聞いて帰っているはずです。
しかし、協議体はこういう顔ぶれで作りなさいということは具体的には書いていないので、5ページの下の「協議体の設置」のところに例えばといって書いて、NPOとか、民間企業、協同組合、ボランティア、社会福祉法人とか、そういうところで協議体を作ってくださいと。
勉強会をやって、自分の地域の助け合いをどんなふうに組み立てていこうかということを何回かやっているうちに、その中のリーダー格の人で、さっき言いました生活支援コーディネーターの役にはこの人がいいねと。市原だったら山田さんとかというような名前が、衆目の一致する人が出てくるわけです。そうすると、「ひとつ山田さん、やってくれませんか」「よし、わかりました」ということになって、この方が生活支援コーディネーターになる。これが第1層の市町村レベルのコーディネーターです。市原なら市原の中に1人か2人か、これも1人限定とは書いていないですから、2人のところも規模によってはあるでしょう。大体市町村単位で1人。
○第2層での生活コーディネーター
次のレベルに第2層というのがあって、その下の大体中学校区、1万人ぐらいのエリア、あるいは地域包括支援センターぐらいのエリアにそれぞれ1人ずつ第2層の生活支援コーディネーターを置きましょう。これは役割は同じようなもので、新しい助け合いの仕組みの開発、その地域でのネットワークづくりというようなことが役割になるんですけれども、もう少し第1層よりは狭いエリアで、言ってみれば30分以内で駆けつけられる顔の見える範囲でコーディネーターを置いていくというのが、「生活支援・介護保険の基盤整備におけるコーディネーター・協議体」のこれからの選ばれ方とあり方ということになります。
伊藤 ありがとうございました。それに関連してご質問とかございませんでしょうか。
丹 1点言い漏らしました。そのコーディネーター研修というのを9月の4日、5日と6日、7日、2回に分けて東京で厚労省が都道府県に呼びかけて行います。皆さん、お帰りになったら、自分の都道府県で誰を推薦しているのかお聞きになったら、様子がわかると思います。やってみたいというような方があれば、県のほうに名乗り出られたらいかがでしょうか。1回で県から3人かな、2回で6人ぐらいの枠ですね。だから、全国47都道府県で、6人として200~300人ぐらいの規模の2回の研修を9月の頭に厚労省が予定しております。
そのコーディネーター研修を受けた人は、そこで細かい技術的なことをやるんじゃなくて、今私が話したような概念を理解して、都道府県に戻ってもらって、その方に先生役をやってもらって、県内に具体的なコーディネーターを作っていく先導役になってもらうというようなのが9月にあります。
伊藤 ありがとうございました。そうすると、中央研修みたいなことですかね。最初の研修ですね。9月に中央研修があると。
それでは、御質問がなければ、次はがらっと変わりまして、先ほど佐々木さんは少し時間が足りなかったようなので、質問で、80歳を過ぎても元気に地域活動に参加する好事例であるとか、特に男性の方を誘い出すよい方法はないかと。佐々木さん、いかがでしょうか。
○ボランティアの男性参加
佐々木 私の活動自身が男性がいないと成り立たないものですから、極力男性の方に参加していただけませんかとまずお声がけが大事じゃないかなということと、幸いにして、中学校、インターナショナルスクールの生徒たちは男性が多いものですから、先生方も男性の先生が最初に来てくださいました。
それと、私、幸せだなと思うのは、何となく私のところに男性の方がいろんなことで御相談に見えるんです。私自身も何かはわからないんですが、御相談に見えて、やはり家庭なり、お子さんなり、地域のことなんかを御相談に見えるんです。私は本も出版させていただいているんですが、御相談を受けるということがいかに自分の人生を豊かにするか。考えさせてくれて、努力させてくれるのは御相談事じゃないのかなということを私は非常に感じているんです。
それと、これは私の感じなんですけど男性が相談に見えるというのはすばらしいことだと思っているんです。それと、夫の環境を見ていても、男性に何が一番大事かというとメンツなんですね。メンツを傷つけるようなことをしてはいけないと私は自分に言い聞かせました。
やはり男性が社会で羽ばたくということは、それを大切にして羽ばたくからこそじゃないのかなと思っている。メンツということは男性のすばらしさなんですよ。メンツがなければ社会で生きていけないです。私自身も女性のメンツがあります。ですから、そういうものを大切にして、褒めるということをね。すばらしいと言ってあげることが大事ではないのかなということを感じています。
私自身ボランティアに身を置いて、やっぱり男性の方のお付き合いが多かったんですよ。その中で私が学ばせていただいた体験を夫なり、地域、御相談の方たちに生かしていけばいいんじゃないのかなということを感じております。それと、やっぱり笑顔ですね。笑顔で接することが相手を明るくするのではないのかなと思っておりますけれども、いかがでしょうか。
伊藤 ありがとうございました。
いかがですか。今まで聞いていて、自分はこんな活動をしているんだけどというようなこともぜひ御披露していただきたいと思うんですけれども、どうぞよろしくお願いします。
○自宅を開放した憩いの家
(会場A) 実は今、丹さんと一緒に私もさわやか財団で20年近く活動しています。今は市原市の青葉台というところで財団を立ち上げております。今大体700名ぐらいでやっておりまして、御案内のとおり介護保険もやっています。それから学童保育もやっている。実は私自身がそれを立ち上げたんですが、今は次の人に譲っています。
私は、実は7年前に家内を亡くしました。今、独り者なんです。それでどうしようかと思ったんですが、今やっておりますことは、私の家を1週間に2回開放しています。私の家内はヒロコという名前なものですから、「憩いの家ヒロコ」です。
今ちょっと女性の話がありましたけど、近所にやりましたので、月曜日と金曜日、月金2回、一応10時から16時ごろまでやっています。それは何をやるかというと、みんなそこへ来ていろんなおしゃべりです。たまに民謡も歌ったりするし、いろいろ雑談をします。そこで今やっているのは、お素麺を食べたり、うどんを食べたりしている。
私自身も、実は来られるものですから家の周りを掃除せにゃいかん。トイレの掃除から全部やりますので忙しくて、私は今90になるんですけど、女性がいっぱい来るものですから、やっぱりちょっといい格好しようと思って見繕いもしまして、そう言っちゃ悪いですけど多少いいものを着まして、一遍いい格好するんですね。
そういうことで、私自身も女性からいろいろエネルギーをもらっています。そして、来ると、女性の人はよくしゃべりますね。我々がわからないようなことがいろいろある。男は話しているとつまらない。男の話は、自分の過去の俺はどこどこの会社だと。そんなことは、辞めたら関係ないんですよ。女の人はいいことを言う。食べ物の話、美術の話、いろいろだ。そういう話をするから、こっちもエネルギーをもらっています。
そういう意味で、できる限り身近なところで、そういう空き家を利用したほうがいい。私は自分の家の2階に住んでおりますが、1階の6畳と8畳の部屋を開放しています。自分でできることは身近なものをひとつ開放してやれば、そんなに難しいことじゃないと。自分の家を開放するだけですから、そうすればみんな近所の人は来てくれる。知った人ばかりですから。
おまけにいいことがある。私のほうは「さわやか」ということから女性が2人来まして、ちゃんとお弁当を作ってくれます。今まで1人で食事していたんですが、おかげでそういうことで昼飯を作ってくれますから、皆さんと一緒に食べる。やっぱりただというわけにいかんものですから、今200円いただいています。
そういうことで楽しくやっていますけど、今の話みたいに、できる限りどうすればいいかということを私自身なりに考えて、今日もいろいろいい知恵をもらいました。見守り隊の話も非常に参考になる。私は今のところ、30名ぐらいで学童の見守りをしていますけど、身障者の人を入れるということは頭の中に全然なかった。身障者の人とやるということは一挙両得だということで今日は非常に勉強になりましたから、これはひとつ持ち帰って早速実行します。
そういうことの御報告です。以上です。
伊藤 どうもありがとうございました。やっぱり活躍している人はいるんですね。
後ろのほうで手が挙がりました。どうぞお願いいたします。
○成年後見制度の見直し
(会場B) 私は、後期高齢者になってから社会福祉の勉強をいたしまして、今は社会福祉の事務所の看板だけ掲げております。今、力を入れておりますのは、成年後見制度の見直しの機運を何とか盛り上げたい。どうしたら盛り上がるんだろうかということを試行錯誤いたしております。
なぜかといいますと、今年の初めに障害者権利条約が批准されました。その12条では日本の後見制度は全く整合していないのです。欧米の一世代古い制度に日本の制度というのはなっているわけです。とりわけ、権利条約では権利制約というのはだめだよと言っているんですが、日本の制度はほぼ100%の権利の制約というか、権利の剥奪をする。権利擁護じゃなくて権利剥奪のシステムになっているということです。これを至急直さなければいけない。
とりわけ精神病床。これはつい先日もOECDの発表があって、日本が断トツ、世界一病床数を持っているんですね。それの影響を今受けつつあるのは、統合失調症の人たちを在宅に戻すのに対して、空いたところに認知症の方々を入れ込む。そうしなければ、精神病院の経営が成り立たないというような状態になっているわけです。
その精神病床がなぜ世界一になったかというと、お金を国が出して民間病院に増床をやらせたわけですけれども、それを始めた時点で海外からは既に精神病院づくりはやめましょうよと。少なくとも国際機関から日本はそういうことはやめるようにという呼びかけを受けていたにもかかわらず、増床したんです。それと同じことを、実は権利条約で明らかに日本の後見制度は間違っているということは誰が見てもわかるんです。
それに加えて、批准したら2年後にはカントリーレポートというのを出すわけです。既にカントリーレポートを出した国々はあるわけだけれども、そういう国々も例外なく後見制度の見直しを言われている。また、ドイツ等は批准をしたらすぐ国レベルでもって制度見直しをやる。ところが、日本は、批准をしましたけれども、そういうような制度見直しの動きは皆無です。専門家の団体では多少議論はあります。また、障害者の団体でもあります。しかし、私の知る限りでは、高齢者関係のところではどこもその問題を議論しているところはないんです。
それに加えて、今月も終わりですけれども、法務省の法制審議会で民法(債権法)改正をするということで、法案の大綱を今月決めるわけです。そこでは何を言っているかというと、意思無能力の方の契約は無効であるということを民法に書き込みますよという提案がされて、恐らくそういうような要綱ができ上がると思います。
このこと自身は明治時代からそういうことでやっているということで、民法には従来書いていないんです。ただ、それを今度は、理由はよくわかりませんが、法文化しますと言っているわけです。ところが、現状においては、無効というものが、意思無能力者に対するものは相対的無効といいまして、御本人が無効だよと申し立てをしなければ、それはそのまま有効として通る、そういうものなんです。ところが、今度の民法改正ではそのことは伏せた格好で法文化しようとしている。
それは何を意味しているのかというのはよくわからないんですけれども、少なくともそういうことが麗々しく法文化されれば、例えば施設や病院に入るときに、後見制度を使わなければとてもじゃないけど契約はできませんよというような流れが急速に高まる。今度の変更はそのためのものじゃないかという危惧を私は持っているんです。
ところが、障害者団体にしても、ましてや、高齢者団体についていえば、全くそういう問題意識がゼロですよ。恐らくさわやか財団の堀田先生なんかはよく御存じだと思いますけど、本来だったらさわやか財団等で、今度の民法改正ではこういうことなんだと。こういうことで意思無能力、あるいは判断能力の欠けた人たちについては、契約関係はこういうふうに変わるんですよ、そういう提案がされていますよということをわかりやすく御紹介いただいて、それに対して障害者団体、あるいは高齢者団体もきちんと議論をして意見が言えるようなことにしていただかなければならなかったんじゃないかというふうに私は思っているんです。
そのようなことで、私自身はささやかな抵抗を試みているというのが現状です。さわやか財団その他には過去にも質問状を出させていただいた経緯もありますけれども、再度質問状を出させていただいて、ぜひコメントをいただきたいと思います。
以上です。
伊藤 ありがとうございました。大変に専門的な御意見といいますか、実は、事前要望の質問といいますか、取り上げてもらいたい内容というところにも、成年後見制度を利用した市民が市民を支える活動というのは本当にできるのかとか、どうしたらいいのかとか、今というか、これからもですけど、避けて通れない成年後見制度について、いかに皆さんの関心が強いかということがわかるんですが、専門的にはなりましたけれども、和久井さん、知りませんか。後見制度を専門になさっている方で何か。是非一言。
○現在の成年後見、市民後見
和久井 和久井です。
僕、僕、全体の企画員をやって、第2、第3と回ってきて、今入ってきたばかりなので前後の姿がわからないので、私がやってきた成年後見、市民後見についてお話をしたいと思います。
2000年に介護保険と同時に成年後見が成立したわけですけれども、およそ利用されないということで、高連協も2008年ぐらいから養成講座をやってきました。そういう中で、その活動については個人というよりもNPO法人を使って、NPOが家庭裁判所から審判を受けて受任するというような形を進めてまいりました。
○NPO法人市民後見の会
そういう中で私自身がやってきたのは、さわやかでやっていたのと、住んでいる品川の中で「NPO法人市民後見の会」というのを作りまして、2008年から養成講座を終了した人たちでNPOを構成して、品川区がいろいろ進んでいるものですから、成年後見を必要とする人の支援員という形でまず勉強してもらう。勉強した上で、今申し上げたように家庭裁判所に申請をする。NPOが受任をして、監督人は品川の社会福祉協議会がするというような仕組みでやってまいりました。今の話は全部NPO市民後見の会の話です。
そういう中で、まだそういう活動をする団体がいっぱいあるわけではないので、一つの先行事例、モデルにしようということでやってまいりました。その会は正副という2名で後見人を担当するという形です。主の方が全部やって、副の方はいろいろ勉強しながら、お金の出し入れについては2人でやるというような仕組みです。僕はちょっと引退しているものですから、この間聞きましたら、25件後見人から保佐というものをやっています。
お話が出ましたのは、僕は途中からなので、障害者の方はその団体はやっておりませんで、認知症高齢者を含めた高齢者という形でやっていました。私の思うところは、そういうふうな養成講座をしっかり受けて、専門的な部分の支援体制ができれば、市民で十分できると思いますね。弁護士さんは財産管理を言うし、社会福祉士さんは福祉を言うけれども、実際やって感じるのは、やっぱりその人がどう暮らしていくかというのが第一に大事な部分で、そういう意味では、市民の普通の生活をしっかりやっている人ならば十分できるということです。
財産管理の問題は出ますけれども、もし相続とか難しい問題が出た場合は、社会福祉協議会とか、それを支援してくれる弁護士さんを入れてしっかり相談をしていけばいいということで、市民で十分できるというのが私の持論です。それが1点。
2点目は、私自身が思うのは、市民後見に挑戦しようという提言をしたらば、提言のしっ放しじゃなくて、実際NPOや何かで活動の実績を作るということが大事ですね。実績を作ることによって、国の制度に対して提案をしていくと。
一昨年ですか、老人福祉法の32条に2項が加わって、厚生労働省が市役所とか町の自治体にしっかり成年後見をやりなさいと。そのために市民後見の活用もありますよ、そのための養成は予算もついてきたということで、提言したら実践をして、その実践をベースにして制度を変えていく。
制度を変えていくというのはなかなか大変ですけれども、最も望ましい姿にはなかなかならないので、そういうものを踏まえながら、積み重ねながらやっていくということです。一昨年、さわやかで全国フォーラムをやりましたけれども、そのときは100万人の市民後見が必要だというようなことを言って、道のりはまだ遠いし、壁はいっぱいありますけれども、やっぱりしっかりした理念で実績を積み重ねていくことが大事というふうに、私の考え、あるいは体験からすればそういうことで、回答の全てにはもちろんなっておりませんけれども、そういう活動が市民後見としてはあるということの御紹介です。以上です。
伊藤 ありがとうございました。関連してですか、では、もう一度。
(会場B) 午前中、樋口さんが名古屋の鉄道事故の損害賠償の話をされました。あのケースで、もし後見人が、特に市民後見人がついていたら、損害賠償の対象になるんでしょうか、ならないんでしょうか。その辺について教えていただきたいと思います。
伊藤 和久井さん、いいですか。
和久井 僕はそこまでまだ経験がないので、お答えをできる立場じゃありません。だけども、損害賠償の対象になるかということになれば、市民であろうと、弁護士であろうと、司法書士であろうと、同じように対象になるというふうに思います。だから、市民後見がやっても、社会福祉協議会とか、弁護士さんとか、司法書士の支援組織をしっかり作って、そこと連携してやることが大事と。そうすれば、そういうような問題にかかわっていかないということですね。
伊藤 Bさんのおっしゃりたいことは、とにかく高齢者も、あるいは障害者もわかりやすくもっと議論をしてくれという御要望、御提言ということでここはとめたほうが、個々に入りますとちょっと難しくなりますので、私としては、Bさんの御提案ということでとめさせていただいてよろしいですね。ありがとうございました。
成年後見のところはここで切らせていただいて、どうぞほかに御質問、御意見ございましたらお受けしたいと思います。いかがですか。
○高齢者の定義
(会場C) 一番最初の根本的な問題をお話しさせていただきたいと思うんですが、今、高齢者の定義というのは65歳になっていますね。これはいつ65歳になったかと思われますか。杉さん、答えていただければ。
杉 そんなに遠くなかったような気がしましたけれども、65歳になったのは数年前ですか。もっと前ですか。国連の定義ですか。
(会場C) 実際に言いますと、1953年に国連において65歳は、いわゆる高齢者先進国5か国で65歳が平均寿命だったんですね。平均寿命ですから、高齢者は、あと生きていても1年か2年で亡くなる人を高齢者と言ったんです。実際、それから60年経った現在、日本の平均寿命は大体女性を入れて83~84歳になっているわけです。そのときにいまだに高齢者を65歳以上ということで扱っていて、弱って亡くなるから年金をいただこうとかなんとかという社会になってしまって、非常に甘えのある社会になっているわけですね。
そこで、私も具体的なアイテムはないんですが、高齢者の定義と現在の状態を、65歳以上から80歳までを社会的な評価、認識を根本的に変えないといかんだろう。社会制度が高齢社会になっている問題についていっていない。ここに大きな問題があるわけです。
○高齢者の社会的な立場
例えば1953年に、日本の高齢者は、上から順番に高い人からやって約10%の人が高齢者なんですね。10%の人に保険または年金その他と今の制度に合わせれば、何の問題もなく経済的に行くはずだと。
しかし、寿命が非常に延びたために問題も多々出てきておりますけれども、社会的に高齢者の立場というのをよく考えて、まだまだ社会的に、または自分の人生においても、自分の生きがいにおいてもまだまだ活動できる年齢であるということを自覚していただくようなPRがまず必要じゃないか。それがなければ、いつも保険を、年金をいただくものと。そうしないと、もういいやという人ともっと社会貢献をしたいという人が埋まらないだろう。
今日の話題では、いわゆる全員参加型社会を作る。参加できる年齢は、年齢にかかわらず元気な人ですね。それはまだまだ社会に必要とされているんだというような制度を作っていかないといかんだろうと思います。ただ、15%の人は介護が必要であり、病気で必要があるから、それは保険または社会保障でセーフティを作るべきだと。
そういう観点から、今日は4人の方々から非常に社会的にいいことを聞いて私も感心しておりまして、年齢に関係なく一歩でも二歩でも前へ進めるような具体策を講じていきたいと思います。そういうことから考えて、皆さんから社会のあり方、規制、基準のあり方と、現状の我々の生活のあり方を勘案して、一言ずついただければ非常にありがたいんじゃないかと。よろしくお願いいたします。
伊藤 ありがとうございました。
お一人に一言ずつということですが。御質問等はよろしいですね。
それでは、渡邊さんのほうからよろしいでしょうか。
○シニア世代と子供たちの交流
渡邊 それでは、二つほどお話ししたいと思います。
私、今回、お子さんを含めた全世代の交流というところでお話しさせていただいたんですが、その一つの事例としてちょっと御披露しておきたいなと思いました。私が属しております民生委員の地区で、実は15年ほど毎朝7時から8時まで、小学校と中学校の通学路に立って子供たちを誘導してこられた方がおられます。まさに15年間、雨の日も風の日も学校があるときは毎日通学路に立たれたということであります。
実際に始められて3年目くらいでちょっと体調を崩されたようでございますが、そのとき、もうやめようかなと思われたそうです。そうしましたら、いつも誘導している子供たちが家の前を通りまして、「おはよう。おじいさん、どうしたの?」と毎日言っていくというんですね。それを聞いて、その方は再び通学路に立つ決心をされて、以来12年、まだ今日もやっておられるわけでございます。
子供たちに「おはよう」と声をかけますと、低学年のお子さんは大体「おはようございます」と言うらしいんです。それで渡っていく。高学年になりますと、ちょっと返事がないということが時々あるようでございます。そういうときにどうするか。「お兄ちゃん、お姉ちゃん、聞こえてないのかな」というふうに言われるそうですね。そうしますと、次の朝にはちょっと恥ずかしそうに下向きながら、小さな声で「おはようございます」と言ってくる。次の日からはだんだん声が大きくなって、きちっと挨拶をしていくそうでございます。声がけ一つでこんなに変わるものだということを改めて感じられたそうでございます。
この方は、この子たちが将来どんな社会人になるのだろうかと大変楽しみにしておられるということであります。その方は今日もこの席におられます。心から敬意を表したいと思います。
また、私のうちの隣にお子さんが4人おります。家内が何かとなく声をかけていますと、最近は、家内が庭におりますと寄ってきまして、「おばちゃん、昨日は花火を見てきたよ」とか言って、都度報告してくるらしいんです。場合によっては、何か相談事があっても、お母さんより先に「おばちゃん、こういうのはどうしたらいいの」と言って相談に来てくれる。こういうふうな実例がございます。
昔は地域で子供を育てるというのが当たり前だったんですけれども、最近はなかなかこれが難しい。ただ、いろいろな工夫をすることによって、子供たちは正直でございまして、ちゃんと応えてくれます。それによって子供らも得ることも多いと思いますし、また私たちも明るい気持ちになる。こういうことで、シニア世代と子供たち、全世代の間でできるだけ心の触れ合い、交流を心がけるといいのではないか。その辺が一つ申し上げたかった点でございます。
○人材という社会資源の活用
もう一つございます。今日は社会福祉協議会のお話をさせていただきました。浦安市では地区社協ではなくて支部社協という名前で言っておりますが、同じものでございます。浦安市に支部社協が10支部ございます。支部ごとに大体50人から80人ぐらいの推進員というのが選任されています。
これは大体、自治会とか、老人クラブとか、PTA、その他いろんな福祉団体を背負った方が多いんで すが、そこを卒業されますと、そのまま有識者という形で残られることも多い。そういうことで、結局50人から80人おられるということであります。10支部掛けますと大体600~700人がこういう活動をしておられる。これを社会資源と考えた場合、人材というのは最も大きな資源でございます。今後に向けていろんな制度が変わってまいりますので、この塊をどのように生かしていくかというのは非常に大事だと思っております。
そのためには、社協の本部を含めてでございますけれども、一体世の中はどういうふうに変わりつつあって、どういうことが今後必要なんだ、だからみんなでこういうふうにやっていこうというその辺の理解を共有化する。それで、じゃあ、どういうふうにやったらいいかみんなで考えよう、それで実践に移す。こういうあたりが非常に大事ではないかと思っております。
申し上げたい点は以上でございますが、Cさんのお話は大変そのとおりだと思います。それで名前を変えたほうがいいんじゃないかとか、社会の制度をもう一回見直して、約束の部分もありますので簡単にはいかない面もありますけれども、できるだけ理解を得ながら、少しずつでも仕組みをそれに合わせていくということが非常に大事だと思います。以上でございます。
伊藤 ありがとうございました。
それでは、丹さん、お願いします。
○高齢者の定義の考え方
丹 Cさんの問題提起は私も同感ですね。自分自身が65になって、区役所から介護保険証を送ってこられたときに、「おまえは年寄りだ」と言われたような感じがして気分が悪かったです。ただ、基準を65から70に上げるか、75に上げるかとか、いろいろあると思うんですよね。それから、その人の環境にもよるでしょうし。
ということで、お話を聞きながら思ったのは、今日の話ではないですけれども、地域性でいろいろ違います。都道府県で平均寿命なんかも随分違いますよね。だから、一種の特区みたいにして、県単位で高齢者の年齢を決めたらどうかななんていうことも考えてみたんですけど、いかがでしょう。
例えば、秋田県なんかはかなり高くなるかもしれませんね。逆に首都圏なんかはうんと若くなるかもしれません。それに合わせて、その基準自体が意味があるんじゃなくて、地域をどう作るかということだと思うんです。そこでどういう人に参加してもらうかという話になると思うんですね。これが一つ。
○「参加」するボランティア
それから、さっき、キーワードの一つに今日もあります「参加」ということを申し上げたんですけれども、さわやかで私の仕事をしている立場と地域での経験で、参加にもいろいろあるということを、最後にちょっと思っていることを申し上げたいんですね。
一つは、さわやかで進めてきたようなボランティアとして地域の人に参加してもらう、あるいは自分が参加する汗を流す参加。これは是非たくさんの人を引っ張り込んで、これからの助け合いに参加してほしい。そういう仕組みをつくらないといかん。
Aさんがさっきおっしゃったように、自分の家をあけて居場所にするようなことで気楽に参加できる場ができるわけですから、そこに碁の好きな人が来れば、私の地元の任意団体ですけど助け合いをやっているところは、2階建ての一般の民家を高齢者夫婦が、自分はマンションに移るからそこを使ってと言って、月6万円で貸してくれているんです。2階建ての民家ですから、広い畳の部屋とか、2階には四畳半とかがあって、2階で麻雀教室をやっていたり、ボランティアとは縁のなさそうな、リタイヤしたばかりの男性が麻雀の先生をやっている。女性が生徒になって喜んで習ったりしています。そういう参加の仕方もあります。家1軒、最近は地域には使える家が多いですよね。別にハードに金をかけなくてもどんどんそういうことはできます。そういう汗をかくボランティア参加が一つあります。
2番目に、お金で参加する寄附です。これは、汗をかく参加にはちょっと暇もないしできないけれども、内閣府の統計でもありましたよね、何でボランティアができないかと聞くと、時間がないという方が結構多いというんですけど、そういう方も小金は持っているわけですから、地元のボランティア団体とか、市民活動にお金で寄附、そういう参加はできるはずです。
さわやかでも、これからそういう市民の助け合いのための市民基金みたいなもの、助け合いに焦点を絞ったものは、行き先、目的ははっきりしているわけですから、何となく町内会で共同募金といって200円、300円お義理で協力するのとは違った意志のあるお金の行き先ができます。そういうお金の参加もあります。これが2番目。
3番目は、地域通貨です。汗でもない、お金でもないんだけれども、助け合いを循環させる地域での仕組みですよね。こういう市場経済と関係のない媒体を使った参加の仕方があります。今日来ておられますけれども、徳島の浅野さんのところはずっとやっています。
というような幾つかの参加の仕方を工夫して、自分のところの地元でもやってみようというふうに取り組んでいただけたらうれしいなと思って、ちょっと御紹介させていただきました。
伊藤 ありがとうございました。いろんな参加があるということです。では、杉さん、お願いします。
○高齢の自己申告制
杉 Cさんの問題提起にお答えしますと、まず高齢者の定義なんですが、これは暴論ですが、私は自己申告制でいいと思います。だって、国が何歳からどうのとか、年金の都合があるからなんでしょうけど、オーストラリアは定年75ぐらいになっていますよ。働けるだけ働いてくださいと。日本という国はじわじわ行くから、どーんと上げるわけにはいかない。結局、年金をなるべく出したくないんだけど、どうしたってあまり働き口も高齢者には今ないですから、じわじわ年齢を上げていってというのが考えなんでしょうけど、私は、元気だったら自分の申告制で、自分が「今、高齢になりました」という申告制がいいなと個人的には思います。国ではそうはいかないんでしょうけれどもね。
ただ、アメリカではエイジズムというのがあって、年齢に全く関係なく働けたり、自分のやりたいことをやったりというのが主流になっています。例えば80歳で何とか委員をやめなさいとかと樋口代表とか堀田代表も言っていますが、それは自分で考えればいい。65歳だってもうだめだなと思ったらやめればいいので、逆にいえば定年みたいなことをつくらない。いつまでも自分らしく生きればいいわけで、エイジズムという考え方は導入したほうがいいかなと思っています。
○高齢者の社会貢献の在り方
それから、私は、世代間交流をずっと27年続けてまいりましたが、先ほどの社会に必要とされている全員参加型社会というところでは、例えば介護を受けて要介護4とか5の方もいらっしゃいます。その方々を私たちはお世話しながら、法人内で世代間交流をしているわけですけれども、すごいパーキンソンがあって、要介護4ぐらいのおばあちゃんが、子供と握手するんですけれども、パーキンソンは握ったきり離れなくなっちゃうので離さないのね。でも、それはおばあちゃんが異常だから、パーキンソンだからというんじゃなくて、おばあちゃんはあなたの手を握っていたいからという言い方で、一本一本指をはがしたりしているんですけれども、やっぱりかかわることは死ぬまでだと思うんですよ。
それで、役立つことは、外に出て何かできて役に立つというだけではなくて、自分の現状は何ができるのかと考えて、例えば車椅子になってもやれること、歩行が困難になってもやれることがある。元気ならもちろんやってください。そういうふうに考えたら役立つことはいっぱいある。社会参加できることもいっぱいあると思います。
そして、社会参加をするときに、「高齢者とは」というのがあるんですが、高齢者は、高齢になると自分の今までのことを人に伝えたくなる存在だそうですよ。何かを教えたくなる存在なんだそうです。私たちはみんなそうだと思いますけれども、どうしても何か若者に教えたくなっちゃう。こういうときはこうしたほうがいいんだよとか、いろんなアドバイスをしたくなっちゃう動物なんだそうです。
だから、それをどういうふうに地域の中で生かしていくのかというのがとても大事なことかな。高齢になれば──高齢と言っちゃいけないですね。年をとってくれば、自分の経験値をいろいろと若い人、子供、幼児、障害者、いろんなところの人に教えていきたいという動物なので、是非ともそういうことをしていただきたいと思います。
ドイツの教育学者の方が江東園に二度、見学に来ました。その後、小学校のクラスにおじいちゃんが入って、子供たちが何か迷っていたら、アドバイスをするというようなプロジェクトを展開しているようです。
そういうことも国を挙げて考えていかないと、これからのインクルーシブ社会、学校の教員が1クラスに何人つくかわかりませんけれども、とても大変な時代が来ると思います。そういう意味でも、皆さん方のお力はこれからどんどん役に立つ存在であり続けていくことを願っております。
どこまで行っても役に立つ存在であり続けるために、足元を見つめ、絆を深め、そして、やれることか らすぐ行動。どうぞこれからも頑張っていただきたいと思います。本当にありがとうございました。
伊藤 どうもありがとうございました。
それでは、最後になりました佐々木さん、よろしくお願いします。
佐々木 皆さんのお話を伺いながら、私はどんなふうに申し上げたらいいかなと思ってちょっと悩んでおりましたけれども、実は1週間ぐらい前ですか、健康年齢というのが出たのを御存じですか。男性71歳でしたっけ。女性が73歳、74歳。出ましたね。
この健康年齢を伺ったときに、65歳ではまだ若過ぎるななんて思ったりしたんですが、私、佐々木の父を看取りまして思ったんですが、自分で飲みたいものを飲んで、食べたいものを食べられて、自分の思うことができる間は老いではないんじゃないですかと。できなくなったときに自分の思うようにしていただくときが本当の老いであり、一番幸せじゃないでしょうかと父に言い続けてきました。
そんなこともありまして、やはり健康であることは老いではないのか。先ほど私、80過ぎてもと言われましたけれども、私は樋口先生と一緒なんです、同じ年です。私は本当に老いを感じたことがないんです。病院へ行くこともない。歯医者だけなんですから。そういうことも含めて、申告制もいいでしょう。私、せっかくこの意見が出ましたから、今日の参加者で決めたらどうですか。意見をまとめて国に持っていったほうがいいんじゃないのかなということを今伺って感じました。
私もIAVEという世界の組織にいて、四大陸を歩いて会議をして見てきましたけれども、国によっては平均年齢は千差万別です。アフリカへ行けば本当に低いです。そういうことも含めて、やはり日本の皆さんの意見で老いを決めたらいいんじゃないでしょうか、と思いました。
○目黒ボランティアセンターの立ち上げと運営
食事サービスも、最初は老人食講習会及び試食会で始まったんです。それは社会教育で目黒区で12回のボランティアスクールをやってくださったんですが、30年前ごろ、定員の30名に対して何人集まったと思いますか。何と30名定員に集まったのが7~8人。悲しいですよ。今、あそこに参加していらっしゃる全社協のすばらしい先生、木谷先生をお呼びしたり、末次先生をお呼びして、一流の先生をお呼びしたんですが、何と7~8人なんです。ところが、隣のお料理教室は定員の3倍だそうです。わんさわんさと若いお母様方。このエネルギーを何か社会福祉に還元できないかなと。そこでヒントを得たんです。
それで、老人食講習会を地域のボランティア住民会議で──これは目黒の特色なんですが、コミュニティセンターができたときに、調理室を作れ作れと言いながらもあまりに使われていないということで、これを有効に地域に還元するということで、登録したボランティアさんの活性化も含めて、老人食講習会・試食会に地域のお年寄りを30名ずつお呼びしまして、ゼロから出発ですので、1,000円とお米1合持ち寄って会を立ち上げてまいりました。やはり自分たちが身銭を切って苦労するがゆえに地域もついてきてくれるし、行政も協力してくれるんじゃないかなと思って、私は、これこそ目黒の宝ですと。今日は、区長に「目黒を宣伝してきますからね」と言ってきました。
○若者たちとの出会いと成長
そういうことで、本にも書きましたけれども、いろんな御相談を受けて、教師でもない、先生でも何でもない、資格のない人間が多くの若者を育ててきていますので、やはり私のところへ来れば気が安まる、何でも話せる。そして、何か明日からできることを指示してくれるので、また行ってもいいですかと。ほとんど1か月に3~4回若者がいろんなことで相談に来ています。
実は、お料理講習会で食べるカキをスーパーで見ていて、「このカキ、幾つ入っているかしらね」なんて言いながら、堀江先生のあれですからいい材料と思っていたら、「何に使うんですか」と聞かれたので、「老人食に使うんです」と言いましたら、若い、並べていた人が「僕、それをやりたいんですよ」と言うんです。私は店員さんだと思って後で聞いたら、何と自治医大の研修生だった。自治医大の研修生にいろいろ話を聞いて、「あなた、アルバイト中でだめよ」と言ったら、「僕、12時にアルバイトが終わるから、午後時間がありませんかね」「時間があるから今日来たのよ」「行ってもいいですか」「はい、いいわよ」と言ったら、1時に飛んできました。
そして、「地域医療と地域福祉の博士号を取りたいので勉強させてください」と、3年間私のところへ通ってきました。それで、去年の3月に「どうしても介護が必要になって介護大学へ行くことになったので、しばらく勉強を休ませてください」「そのかわりちゃんとやるのよ」「わかりました」と。この間、奥さんと2人で訪ねてくれまして、そうやって育てていく喜びを私は実感しております。
どこで育っているのか存じませんけれども、そういう若者が育っていって幸せになった姿を──やはり子供たちを見ていると、ありがとうと言われたのがうれしかった、私たちはそういう言葉をあちこちに聞かれるんです。だから来るのよと。そうやって育てながら、お年寄りから学べるものは盗んでいきなさいと。本当に多様な人生を生きていらっしゃる方たちのすばらしいところを盗んでちょうだいねというのが私の持論なんです。
地域で50年活動しますと、なかなかいいことが伝わらないんですよ。悪いことはパーッと伝わってこんなことがこんなになって、やはり地域の福祉というのは、いいことが伝わって、いい話が伝わって、いい社会になるんじゃないでしょうか。そんなことで、皆さんで決めていけたらいいなと思っています。
ありがとうございました。
伊藤 どうもありがとうございました。長い間の活躍から幾らでもお話ししたいと。時間が足りなくて申し訳ございません。
予定の時間になってしまいましたが、総括といいますか、私は分科会を通して感じたことを申し上げてお開きにします。
まず、地域で活躍するシニアは本当に千差万別だなと思います。今日もいろいろ聞かせていただきましたけれども、これからもまだまだ活躍の場は増えるはずです。育児、介護をはじめ、高齢者の見守りネットワーク、あるいは食事の宅配、移動サービス、買い物などなど、数え上げれば本当に切りがないでしょう。
実は今日、第3分科会では情報通信技術を生かすスマートシニアへの期待や役割を話し合っています。聞きたかったんですけれども、どういうことになりますか。年をとって店舗に行くのが困難な買い物弱者がネットで買い物ができる。ネットで自立するというようなことかもしれません。それは通信販売かもしれません。10年先にはもう日常的に当たり前にネットを利用する。ネットを使わない人は周囲の人の手を借りて暮らすようになるだろう。そんなこともきっと話し合っているかもしれません。
そういった新しい時代に入るわけですけれども、今日は地域活動の動機ということを学んだと思います。動機にはたくさんあると。皆さん、町にコンビニがたくさんありますね。コンビニは何ではやっているんでしょうか。コンビニって何ですか。コンビニエンスというのは品ぞろえなんですね。コンビニに行ってみれば、あんパンもあります、歯ブラシもあります、お酒もあります、お惣菜もあります、新聞・雑誌もあります。そして、はがきや切手もあります。
これはどういうことでしょうか。何でもそろっているという品ぞろえがビジネスですね。安くありません。適正な値段です。それでもはやっているんです。これこそ品ぞろえという差別化のビジネスなんですね。当たり前のことを今申し上げておりますけれども……。
さて、今日はまさに全員参加のコンビニエンスに入ったんです。いろんなチョイスをする。参加する活動の材料を仕入れたんです。全員参加の高齢社会のコンビニに今日は皆さん入った。「さあ、どこから参加しよう」、そんなふうに考えていただければ、私は今日の目的を一つ達したんじゃないのかなと思っています。どうぞ、活動の動機を増やすという意味で自分からも品ぞろえをいろいろしてみる。これも面白いこと、それは役立つことだろうと思います。
そして、私は先輩から教えてもらったんですけれども、「活動というのは水玉でいいんだよ」と。1人ずつがあっちでもこっちでも水玉のようにやって、その水玉が少しずつ大きくなってアメーバのようにくっついて、それが結果的に地域に広がっていく、世界へ広がっていくというような夢で、「まずは水玉だよ」というようなことを先輩からお聞きしたこともあります。水玉でもいいじゃないですか。そこからスタートしようと思います。
最後に、私も一つの言葉だけ。もう当たり前の言葉ですけど、「その木の下で自分が憩うことがないかもしれない木を植える」──わかりますね。もうこの木の下では憩うことがないかもしれないけど、誰かのために木を植える。こんなことを考えて、年を考えないで元気で生活したいと思います。
コーディネーターとして大したまとめができませんが、総括ということで感想を述べさせていただきました。
パネリストの皆さん、本当にありがとうございました。皆さん、御協力ありがとうございました。