基調講演「高齢社会フォーラムin東京」

「ひとりも 地域も: 100年の一生を拡張するテクノロジー」

檜山 敦
(東京大学先端科学技術研究センター講師)

〈要旨〉
 人生100年を常識として考える大変革期に当たる今、地域の中で自立的に参加することができるコミュニティづくりが、求められています。自立した生活を営んでいる元気な65歳以上のシニア層が活躍できるような環境を作ることができれば、社会にイノベーションを起こせるのではないか。情報通信技術を使って、シニア層の活力をシェアリングし地域参加を活性化していくサービスや、バーチャルリアリティ技術をシニアの間に取り入れることによって、新しい地域の助け合いの形というものを形作ることができます。モノを作る社会から、それぞれのライフステージに合わせた多様な生き方、多様な働き方に合わせてサービスが作られる社会に変わり始めている今、ジョブ単位で社会参加が得られるジョブ型就労を利用し、一人と地域のつながりを強化、拡張することにテクノロジーを活用していくことで、多様な人材の社会参画機会の拡大が期待できます。

基調講演1

ご紹介ありがとうございます。東京大学先端科学技術研究センター並びに理化学研究所革新知能統合研究センターで研究をやっております檜山敦と申します。短い時間ですけれども本日はどうぞよろしくお願いいたします。本日のお話、タイトルは、「ひとりも 地域も: 100年の一生を拡張するテクノロジー」。私の研究分野は情報科学と呼ばれる研究分野になります。その中でもバーチャルリアリティやロボット技術を活用して、人間の持っている身体機能を拡張していくという技術の研究開発を行っております。特に、それらの技術を、超高齢社会を豊かな社会に変えていくために活用する研究を行っているというバックグラウンドを持っております。一人の一生100年。今、一生100年と言われておりますけど、この日本人の平均寿命の推移というものを振り返ってみますと、明治大正期においては、日本人の平均寿命は44歳であったと統計では出ております。昭和に入った段階でも、まだ45歳ではあったのですけれども、戦後から急速に日本人の平均寿命は伸び始め、昨年までの国勢調査では、女性は87歳、男性は81歳となりました。きっと、令和の時代には、日本人の平均寿命は100歳を超えるのではないかと思われます。この明治大正からの約90年の時間で日本人の人生というのは2倍に伸びたと見ることができるのですけれども、この時に生まれた人たちは、自分の一生はきっと45年、50年くらいなのかなあと、感じながら幼少期を過ごされてきたのではないのかなと思うのですね。それが、この時に生まれてきた人たちが、まさに80年、90年と生き続けている。これは、すごいパラダイムシフトというか、時代の大転換を表しているのではないかと思います。今はまさに、人生100年を常識として考える大変革期に当たるのではないかと感じています。

■ジェロントロジーについて

 一人の一生100年。この時代において最も重要な学問ではないかと思われるのが、ジェロントロジーと言われる学問領域です。ジェロントロジーと言うのは、医学や生物学、心理学、社会学などのあらゆる分野の学問の英知を結集させて、高齢期におけるいろいろな人間一人一人の抱えている課題や、社会全体としての課題を総合的に研究する学問です。私は、このジェロントロジーと言われている研究分野の中で、バックグラウンドであるコンピューターサイエンス、情報科学の視点から課題解決を目指すという研究を10年以上続けてきているわけです。このジェロントロジー。具体的にどういうことが研究としてなされているのかということを簡単に説明いたします。こちらの図式。横軸に書かれているのが物理的な支援、向かって左側。それから向かって右側の心理的な支援という軸を表しています。縦の軸は、下の方から個人の支援から、上の社会、それから地域のコミュニティを支援するという視点で描いております。向かって左上からどういう内容が研究の対象となるかと言うと、社会における物理的な支援で言うと、バリアフリーな環境を作る、ハードウェアとしてのインフラを整備する話に関わってきます。左下、個人に対する物理的な支援と言うと、健康や医療に関わる内容のお話ですね。個人に対する心理的な支援と考えると高齢期における娯楽や生きがいをどういうふうに創出していくのかという話になります。最後の社会における心理的な支援と言うと、行政・社会制度をどのように作っていくのか、ソフトウェアとしてのインフラを構築するお話に関わってきます。このジェロントロジーが扱っている領域に対して、私は情報科学的な視点からアプローチしております。歳を重ねるという意味を含んでいるgeronという接頭辞に、informaticsという情報科学を表す言葉を付けて、geron-informatics(ジェロンインフォマティクス)という新しい研究分野を私自身は創出し探求しております。じゃあ、このジェロンインフォマティクスという視点で見たときに、ジェロントロジーの研究領域に対してどのようなアプローチができていくのだろうか。同じように左上から順番に見ていくと、社会のハードウェアとしてのインフラに関わるテクノロジーとしてロボット技術、それからモビリティという交通支援の技術が適用可能なものになってきます。個人に対する物理的な支援で考えるとウェアラブル(身に着けるコンピューター)の技術、IoT(モノのインターネット)技術ですね。それによって見守りを使った健康の維持、増進ということが考えられるようになってきます。そして、右下の娯楽や生きがいに関わるところだと、バーチャルリアリティの技術が活用できるようになってきます。最後の社会における心理的なサポート。ソフトウェアのインフラに関わるところでは、ソーシャルメディア、それから人工知能という技術が社会にとって必要な視点から研究されるようになってきます。

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■社会実証などへの取り組み

 この4つの分野に対して、私はこれまでいろいろなシステムを研究開発して、社会実証などに取り組んでまいりました。同じように左上から見ていくと、バーチャルリアリティとロボット技術を組み合わせたアバターロボットを、インターネットを通じて遠隔操作して空間を超えて遠隔地で授業をする形で活躍できるシステムを作ること。左下、三次元のカメラを使って、身体の運動をスキャンする。そうすることによってウォーキング活動で健康づくりをやってらっしゃる方も多いと思うのですけれども、歩く時の姿勢ですね。インストラクターの歩き方と自分の歩き方を三次元の映像として比べる。そうすることで、腕の振り方、歩幅の大きさ、それから背筋が真っすぐに歩けているかどうかということを見ることができる。姿勢の改善を促すことができるようになってきます。そして、右下にあるのがバーチャルリアリティを使った旅行体験ですね。福祉施設の中でリハビリなどを行ってらっしゃる方、なかなか自由に外出が出来ないかもしれないけれども、バーチャルリアリティの技術を使えば、自由に行きたいところに旅をすることができる。そして、右上、社会参加を促すテクノロジーとしてのソーシャルメディアと地域活動と地域の市民の社会参加をつなぐ仕組みとしての人工知能の技術です。今日は、右上のこのインクルージョンAIと書かれている内容を中心に皆様にお話ししていきたいと思います。

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■超高齢社会の本質的な問題

 まず、私が高齢期における社会参加を支援する情報技術の研究に重点的に取り組むようになった理由ですけれども、今、画面向かって左側に出ているのが、2055年の日本の人口ピラミッドですね。65歳以上の人口が全人口に占める比率が40パーセントを超えております。この時代では、一人の現役世代が一人のシニアを支えざるを得ないという状況になっていて、人口統計というのは必ず当たる予測ですね。なので、この統計で表されている人口ピラミッドを見たときに、超高齢社会の本質的な問題として、今まで通り少数の若者で社会を支えようという図式に固執しているところにあるのではないかと感じるようになりました。そして、65歳以上の人たちを、よく理解していくようになってくると、その80パーセント以上、ほとんど90パーセントに近いのですけれど、皆様、自立した生活を営んでいらっしゃって、とても元気な方たちなのですね。その元気な65歳以上の人たちを社会の活力として考えていなくて、支えられるだけの存在と決めつけているところに大きな問題があるのではないかと感じるようになりました。そこで、ICTと書いていますけれども、情報通信技術ですね。情報通信技術を使って、65歳以上のシニア層が活躍できるような環境を作ることができれば、社会にイノベーションを起こせるのではないか。例えば、極端な話ですけれども、人口ピラミッドを逆さに見ることができて、元気でたくさんいる65歳以上の人たちが、少数の若者をサポートするような形で安定した社会構造をバーチャルに捉え直すことができるのかもしれないと思うようになりました。

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■GBER(ジーバー)について

 その高齢者の社会参加を活性化する仕組みづくりの研究をやっていく中で生まれた成果として、GBER(ジーバー)と言うサービスがございます。英語のGathering Brisk Elderly in the Regionという、地域の元気なシニアを集めるという意味の頭文字を取って、GBERと名付けているのですけれども、なんか、似たような響きのサービスが世の中で注目されているのを皆さんご存じだったりするかもしれません。ウーバーって知ってらっしゃる方どれくらいいらっしゃいますか。結構、いらっしゃいますね。今日のお話は、ウーバーではなくて、「じぃじ、ばぁば」が活躍するGBERのお話しです。地域の移動のシェアリングではなくて、地域における元気なシニアの人たちの活力をシェアリングし地域参加を活性化していくサービスですね。こちらがGBER、最初のプロトタイプの画面のデザインです。地域活動へのマッチングプラットホームとして研究開発いたしました。GBERには3つの重要な機能がありまして、左側からスケジュールマッチング機能ですね。一人一人のシニアが地域参加したい予定を簡単に発信できるような機能になっています。真ん中がロケーション。自分の生活圏内で、今どんな地域活動が開催されているのかを把握することができます。3番目、インタレストと書いていますけど、一人一人の持っている興味関心を探る機能ですね。シニアの人たちは、ソーシャルメディア上で自分の興味関心を発信するというのが、なかなか苦手だったりするのですけれども、GBERというサービスのほうから、例えばこちらの画面、国際協力に関係した活動、興味ありますか、ないですか、と二択で簡単に答えられるような質問をたくさん用意しておくと、空いている時間に皆さん結構たくさん答えてくださって、その人がどんな活動に関心があるのかという情報を集めることができるのです。その情報を使って地域活動とマッチングするようなAIを研究開発が進められるように設計されています。GBER、もう一度整理して言うと、社会参画の機会を創造するプラットホームですね。最初は、生涯学習や、地域の中にあるローカルイベントに参加していくところから始めていって、地域のことを知るようになってきたところで、今度は、ボランティア活動、さらには、地域の中の仕事に従事していく。というように、段々、段々、一人一人が地域の中にコミットしていく領域を拡大していく形で、定年退職した後の地域での暮らし方を応援していきたいという思いで設計したものになっております。もう一つ大事なポイント、仕事のマッチングにフォーカスしないで、広く社会参加に拡大している理由は、健康を維持するという意味においてになります。多くの医学系の研究の中でも言われているのですけれども、運動等の身体活動以上にボランティアのような地域活動や、地域のイベント等の文化活動に参加しているほうが、虚弱化リスク、フレイルとよく言われていますけれど、そのリスクを下げるという効果があると報告されています。なので、仕事だけではなくて、地域における社会参加まで広げてマッチングを行うプラットホームとして研究開発しております。

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■GBER 実証実験例

 このGBERの実証実験を最初に展開したのが、千葉県柏市にあります一般社団法人セカンドライフファクトリーというところです。セカンドライフファクトリーは、地域の中で定年退職したシニアの皆さんが活躍できる環境を拡大してくことを事業として営んでいらっしゃる団体です。ここでDVDの映像で、セカンドライフファクトリーでGBERがどのように活用されているのかというのを皆さまに紹介したいと思います。

 ---DVD放映---

ありがとうございます。このGBERは、セカンドライフファクトリーでは、2016年4月から運用を開始しておりまして、先ほど画面に映っていらっしゃった皆さま、セカンドライフファクトリーのメンバーの方たちですけれども、最初のうちは皆さん自宅のパソコンを使ってwebブラウザからGBERを操作していました。それが最近では多くの方がスマートフォンを持ち始めて、スマートフォンで操作するようになっていて、私も久しぶりにお会いしてびっくりいたしました。このセカンドライフファクトリーのアクティブユーザーは、30名ぐらいのとても小さいコミュニティではあるのですけれども、2016年4月から3年、もうすぐ4年になろうとしていますけれども、2019年10月、昨年の10月までの段階で延べ社会参加人数としては3400名を超えるぐらい活発に地域活動に参画しているのですね。昨年の9月に千葉県は、2度も台風に襲われましたけれども、台風が通過した後にセカンドライフファクトリーの方が、地域の住民のお庭の掃除で活躍するような様子も見られたりして、地域のための活動に活用していただいて、ありがたいと感じております。GBERを通じて半年くらいで大体700名近く延べ人数としては社会参加しているのですけれど、このままの勢いでいくと年度末には、4000名を超えるのではないかと感じております。これはある意味、日本の社会の中で、ICT、情報通信技術を駆使して、地域を活性化するシニアが活躍している新しいコミュニティ。ネーミングとしていいのかどうかわからないのですけれども、スマートコミュニティが誕生しているのではないかと思っています。このセカンドライフファクトリーでの活用がきっかけとなって、今、新たな地域として熊本県でGBERの導入を進めているところです。柏で3年半運用した結果を踏まえて、いろんな使い勝手を良くしてほしいというフィードバックに答えるような形で、新しいデザインのGBERを熊本版では導入を始めています。スケジュール機能に関しては、午前午後だけではなくて、もっと細かいスケジュールのマッチングができるようにデザインを変えています。ロケーションと興味関心を集める機能に関しても、より見やすく、使いやすいデザインにアップデートしています。そして、これからもう一つ、新たな機能として、付け足していこうと考えているのが、ヘルスケア機能ですね。こちら、プロトタイプのテストに参加してくださった柏の在住の皆さんですけれど、腕に皆さん、スマートウォッチを着けているのですね。活動量計のような機能を持っているものです。消費カロリーとか心拍数とか歩数といったデータが記録されるようになっています。そのスマートウォッチを身に着けて、GBERを使って地域参加すると、ある活動に参加したときに、その活動の間自分がどれくらい運動したのかっていう、運動に換算したデータを集めることができるようになっています。そうすることで、社会参加の意識は高いのだけれども、なかなか健康活動に興味を持てないという人でも、自分の社会参加活動が、どれだけ自分の健康に関わってくる活動になっているのか知ることで健康意識を高めることを狙っています。

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■災害時のライフラインとしての機能

 なぜ、最初に、柏に続いて熊本県で大きく展開することになったかと言うと、熊本は2016年4月、二回にわたる震度7の地震に襲われました。熊本地震をきっかけに、私が所属している東京大学先端科学技術研究センターと熊本県と熊本大学との間で、地震からの創造的な復旧復興を目指した包括連携協定が締結されました。その一環でGBERを熊本の中で導入して行く議論が始まりました。その中で、社会参加やヘルスケアのために導入するだけではなくて、もう一つ大事なことがあるのではないかと思いました。それは、災害時にはライフラインになるようなツールとして地域に定着させられる可能性があるのではないかということです。実際、熊本地震が起きた時にベンチャー企業の方がボランティアのスケジューリングだとか救援物資をマッチングするためのツールを新たに作って、現場に持ち込んだと伺っております。ただ、混乱している現場で、新しい道具を学んで、使うということは、なかなか難しくて、その効果が限定的なところに留まったと伺いました。それだったら、GBERのようなツールが持っているスケジュールのマッチング機能や、ロケーションに合わせたマッチングの機能を活用して、例えば、ボランティアのスケジューリング、それから救援物資のニーズの発信、さらにはどういうボランティアにこの場所に来てほしいか知るための、ボランティアのスキル調査にGBERが持っている三つの機能が活用できるかもしれないと考えました。あらかじめ災害時のライフラインとしての機能を想定して設計することで、何かあった際に地域から切り離されずに済むようなプラットフォームとして活用されるようになるのではないかと考えております。そして、もう一つ、熊本県でのGBERの導入に対して、私のいる先端科学技術研究センターという研究組織がとても相性がいいのではないかと思うことがあります。実際に新しいテクノロジー、それから社会を支援するために、法制度を整えて、それを地域の中で動かすというようなことは、日々、行政や、研究開発機関で取り組まれておりますけれども、ただ、現場に持ち込んだときに実際に作動しないと意味がないわけですよね。作動させるためには、いろんな分野の人たちとうまく連携をして、テクノロジーの、そして法制度の社会実装を考えていかないといけない。この先端科学技術研究センターという研究組織は、東大の中のミニ東大と言われていて、総合大学のあらゆる分野の先生が集まっています。通常、学際的な共同研究を企業や自治体が大学とやろうとしたときに、いろんな分野の大学院と個別に共同研究契約とかを結ばなくてはいけなかったりするわけですけれど、先端研の場合は、先端研とだけ契約を結べば、いろんな分野の人たちの英知を結集させられる機動性があります。そこで、熊本県でのGBERの導入に関しては、テクノロジーに関しては私が動くことになるわけですけど、地域に実装するためには、地域住民との連携というものが必要になってきます。そのときには、コミュニティづくり、まちづくりに関わっている都市工学の先生と連携することができます。 さらに行政連携に関しては、政治・行政学の先生と連携することで行政の仕組みとして新しいテクノロジーを動かす議論をすることができます。

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■馴染みやすい環境作り

 そして、地域住民がGBERのような、今までに馴染みのないテクノロジーを使おうと思ったときには、丁寧に教えてもらえる環境が必要になります。そこで地域にあるシニア向けIT教室で活躍している先生の力を借ります。熊本県だと、熊本シニアネットという組織があって、県内全域で1000名を超えるメンバーがいらっしゃいます。ITスキルを持ったシニアとうまく関係を作ることによって、地域のシニアにGBERという生活の中で実践的に役立てられるようなツールの使い方を学ぶ場を、地域の中に作って行くことも合わせて実証していっているところです。柏市、それから熊本県と実証実験を展開していることが、メディアで報道されるようになって、今、自治体や民間企業から、うちの地域でも活用できないかという問い合わせが急増しています。こちらは、実際に問い合わせをいただいた地域にGBERのマークを散りばめてみた図になります。ただ、教育研究活動の中での対応で全てに対応することは難しいところがあり、研究開発と連携させるような形でGBERを地域実装していく仕組みづくりも併せて考えて行かなければいけないと感じております。そのために、柏、熊本を踏まえて他地域に展開するイノベーションのモデルを構築し、考えていきたいです。特に、GBERというサービスの事業化へ向けて、コンソーシアムを形成して、地域の自治体、企業、シニアコミュニティと一緒に、どのような社会実装が望ましいかという議論をしながら、持続可能な運営の体制を考えていきたいです。そうすることで、住民と行政、そして、テクノロジーが、うまくかみ合った形で、スマートコミュニティという未来のまちづくりを日本の中に広げて行きたいと考えています。

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■バーチャルリアリティ技術を使った新しい取り組み

 続いて、バーチャルリアリティ技術をシニアの間に取り入れることによって、新しい地域の助け合いの形というものを形作ることができないだろうかという取組を紹介します。こちらの映像をご覧ください。

---映像上映---

 会場を見渡すと、こちらの映像に出演されたアクティブシニアの皆さんの何名かいらっしゃいますけれども、冒頭で4つの領域に分けたうちの右下にあった娯楽やエンターテイメントの領域でのテクノロジーの活用の話になります。福祉施設でのリハビリ支援の仕事をされていたセラピストの方に研究室に加わってもらって、バーチャルリアリティを使った旅行体験を施設の中で自由に外出できない高齢者に提供する取組を始めています。 そのためには旅行の体験をするバーチャルリアリティ映像が、たくさん必要になってくるわけですけれども、今の映像の最初の方で、ITに関心の高い元気なシニアの人たちに集まっていただいて、バーチャルリアリティ映像を撮影するカメラの使い方と映像の編集の仕方を学ぶ、ワークショップを行っています。 定年退職後は、時間的な余裕もあったりして、皆さん、世界中を旅していらっしゃる方が多いです。世界中を旅するときに自分が持っている360度カメラを使って、たくさんのバーチャルリアリティ映像を撮ることができます。それを施設の中の高齢者の人たちの楽しみの一つとしてリハビリの中で使ってもらいます。このことが、モチベーションになってまた旅行にいくモチベーションになるところがあります。これは、元気に旅行しているシニアにやりがいと楽しみを生むと同時に、作られたバーチャルリアリティ映像が、施設の中のシニアのリハビリの意欲をかき立てて、もう一度自分の足で旅に出たいという意欲を生むという、新しい支え合いの形になっているのではないかと思います。 この一人称視点からのバーチャルリアリティ体験に関して、もう一つ可能性として紹介したい研究があります。バーチャルリアリティ映像を活用した技能伝承のお話ですけれども、こちらの映像、手漉き和紙の人間国宝に当たる方が和紙を漉いています。とてもリズミカルに身体を使って和紙を漉いていて、簡単そうに見えるかもしれませんが、漉き桁と呼ばれる道具で漉くった紙の繊維と水の混合液はものすごく重たくてバランスとるのが難しいのです。紙漉の基本動作を身につけるのには数週間ぐらいかかると言われています。従来の技能伝承の研究では、いろんなセンサーを達人の身体に付けて、その運動を計測して、データをAIとか使って分析して、達人の持っている能力の特徴はどういうところにあるのかというのを頭で理解することにはある程度成功はしているのですけど、頭で理解した人が実際に実践できるかというと、そうはいかないのですね。その学習と実践との間の壁をなんとか乗り越えられないだろうかということを考えて、バーチャルリアリティの技術で達人になる体験をすることでできるのではないだろうかと考えました。ブルース・リーの言葉に「Don't think! Feel.(考えるな。感じろ。)」というのがありますけど、達人の視点から見ている映像、聞いている音、力の感覚、これを記録する。それを学習する人が、達人の頭の中に入ったようなバーチャルリアリティ体験をする。そうすると今度は、頭では理解はできてないかもしれないけれど、身体の使い方がなんとなく身体に刷り込まれて行って、気が付いたら運動ができるようになるかもしれない。この仮説を持って、人間国宝の方に視点の映像を撮るためのステレオカメラ、それからリズミカルな水の音を記録するためのバイノーラルマイク、そして筋肉の活動を図る筋電センサーを付けて紙漉きをやってもらいました。そのデータを使って学習する人が、バーチャルリアリティのゴーグルをかけて、3Dの音響をヘッドフォンで聞く。そして、達人の筋肉の使い方を振動モーターで触覚として体感するシステムを作りました。

■バーチャルリアリティ技術の効果検証

 そのバーチャルリアリティ学習システムの効果を検証する意味で、5名の学習者、人数としては少ないですけれども、人間国宝の方の運動をまねてもらうという効果検証を行いました。最初に何も見てない状態で、紙漉きをしてもらう。その後で10枚分達人が紙漉きをしているのをバーチャルリアリティ体験する。その体験の後で、もう一回紙を5枚漉いてもらう。この時に紙漉の道具に取り付けた加速度センサーを使って、道具を前後に揺すっているリズムを測りました。達人のリズムにどれくらい近づけるようになっただろうかということを評価したのですけれども、人間国宝の方は3ヘルツぐらいの周波数で、ほとんどバラつきがないぐらいきれいな運動をしているのですね。それに対して、学習者は、最初は重たくて全くバランスが取れなくて揺することすらままなかったのですけれども、10枚分のVR体験をすると、突如としてある程度、紙漉きの運動ができるようになってきました。数週間かかる基本動作の習得が非常に短い時間で習得しはじめたわけです。

■未来のシニア像

 さきほどの社会参加の仕組みであるGBERとバーチャルリアリティ技術を用いた体験共有と技能伝承を合わせて考えれば、未来のシニアには、リアルにも、それからバーチャルにも活躍できるシステムが広がっていくかもしれません。現在のGBERは、地域からのいろんなニーズに応じてリアルに社会参加していくものですが、身体的なスキルを持ったシニアの場合、リアルな参加だけではなくて、自分のバーチャルな体験や身体技能のデータを、インターネット上にアップロードすることで、それを必要としている人がダウンロードして利用することができるようになるという、リアルとバーチャルの二つの世界で活躍できるように発展していくかもしれません。

基調講演14

■モノを作る社会から、生き方を作る社会へ

 地域を元気にする。それから地域のシニアを元気にするサービスをつくる視点で研究開発を進めていくうちに、社会が変わってきているのではないかと気付いたことがあります。それは、モノを作る社会から、生き方を作る社会へ変わってきているのではないだろうかということです。この生き方を作る社会は、今までのモノを作る社会と順番が逆になっているのですね。今までは、いろんなモノを作って売って、そのモノを消費していくところから一人一人の暮らしが形づくられてきたと思うのですよ。だけど、今、多様性という言葉が世の中に広がり始めているように、高齢者、障がい者、妊娠、育児中の若い世代、それぞれのライフステージに合わせた多様な生き方、多様な働き方があるのではないかと考えるようになってきました。そうなってくると、モノがあって暮らしが生まれてくる順番ではなく、それぞれの求める生き方があって、それに寄り添う形で一つ一つのサービスが作られる社会に変わり始めているのではないかと感じています。

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■ジョブ単位での社会参加

そこで、今、新しく展開している研究開発プロジェクトがあります。こちらは、科学技術振興機構の未来社会創造事業の中で展開している「el」というプロジェクトです。「el-」というのは英語の接頭語句で、育むとか育てるという意味があります。elを冠した言葉に、高齢者のことを表しているelderがあります。つまり、お年寄りということではなくて、育っているというすごくポジティブな意味を表している言葉ですね。 もう一つ、要素であるelementという言葉もあります。一人一人が持っている特異な要素。それを組み合わせて、それぞれの形にあった社会とのつながり、社会での活躍を応援する情報プラットホームというものを作っていきたいと思いを込めています。 そこに立ちはだかる大きな壁が日本の中にはありまして、多様な人材の社会参加機会がなかなか作れないことです。それに加えて今、人口減少が進み始めています。人口減少の中でさらなる高齢化を迎えています。日本の労働生産性は、先進国の中でもかなり低いと言われていてなんとか効率化しないといけません。その大きなボトルネックとして言われているのが、新卒採用からずっと長い間同じところに勤めるメンバーシップ型と呼ばれる就労観です。メンバーシップ型就労の中で求められる人材は、あらゆる業務をこなすことができて、フルタイムで働ける、会社にとって管理のしやすい人材です。そういう就労環境だと、フルタイムで働けなかったりする人たちは、なかなか社会参加する機会を得ることができなくて大きな課題になっています。 そこで一人一人が持っている能力に対応するジョブだけをこなすような、ジョブ単位での社会参加が得られるジョブ型就労社会へ展開して行くことを目指しているのがこの研究プロジェクトです。 年齢、障がい、ライフイベントなどに直面したとしても、社会とのつながりを維持できるように、AIやロボット技術、バーチャルリアリティ技術を活用して行きたいと考えています。 メンバーシップ型の働き方だとあらゆる業務を一人で抱えないといけないので、人口減少社会においては正社員のこなすべき仕事がどんどん増えていって、押しつぶされてしまいかねません。そこで、ジョブのタスク分解を行って、自分が今持っているスキルセットを踏まえて、自分のキャリア形成に本質的に必要なタスクってなんだろうと考えます。その上で、フルタイムでなくてもこのタスクだったら手伝えるよ、という多様な人材と組み合わせることを考えます。さらに、会社には行けないのだけれど、遠隔で自宅からなら働けるよっていう人にはテクノロジーを組み合わせます。キャリア形成に足りないスキルがあれば、それを身に付けていくための教育プログラムやオン・ザ・ジョブ・トレーニングを組み込みます。それによって、人材の成長と多様な人材の社会参画機会の拡大を目指して行きたいと考えております。

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■最後に

 最初の言葉に戻りますけど、一人の一生100年。その中では、いつまでも機会創造をすることができる地域の在り方、そして、地域の中で自立的に参加することができるコミュニティづくりが、求められるのではないのだろうかと思います。 そして、一人と地域のつながりを強化、拡張することにテクノロジーが活用されていくのではないだろうか、研究開発が求められるのではないだろうかと考えております。ありがとうございました。

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