基調講演「高齢社会フォーラムin東京」

「3つのSで乗り越えよう!ウィズコロナ時代のシニアの社会活動」

藤原 佳典
(東京都健康長寿医療センター研究所社会参加と地域保健研究チーム 研究部長)

〈要旨〉
 コロナによる巣ごもり生活で、高齢者の生活機能が低下がみられます。社会的役割を失い状況判断や応用力が必要なくなると、知的好奇心も薄れ、身の回りのことも不自由になり、要支援、要介護へと移行していきます。役割を持ち、てきぱき状況に対応できるような日常生活を継続することが、高齢期の健康維持には役立つのです。就労も高齢期の健康維持には大切です。通いの場も必要です。つながれる場と仕掛けで、ボランティアや趣味活動を行う方は健康効果が望めます。さらに多世代交流は精神的健康にも良いことが明らかになっています。読み聞かせプログラムと、その後のボランティア活動を紹介します。社会貢献、自己研鑽の繰り返しが、認知機能や体力の低下を防ぎます。コロナ禍では制限がありますが、自粛期間を充電期間と捉え、活動の意義や目的を再確認し、自己研鑽、他団体とのつながりづくりをしましょう。3S《センス(工夫)・シナジー(協働)・スマイル(明るく)》で乗り越えましょう。

基調講演1

 東京都健康長寿医療センター研究所の藤原 佳典と申します。今日は基調講演として「3つのSで乗り越えよう!ウィズコロナ時代のシニアの社会活動」というテーマでお話しいたします。

 早速ですが、表紙の17枚の絵柄、いろんなところで皆さんもご覧いただいていると思いますが、SDGs(エス・ディー・ジーズ)と言って持続可能な社会達成のための17の目標で、国連が世界中に呼びかけて、いろんな分野でその達成に必要な要件を共通認識しましょう、というものです。この17項目ですが、もちろん、エネルギーとか環境問題も多々含まれているのですが、色を濃くした9枚があります。これらはコミュニティや地域社会に関係するものです。後ほどご紹介しますが、シニア世代の方が地域で活躍されることによって、おそらく17個のうちの半分以上、9個は自ずから達成できるのではないかなと期待しております。

 そういう意味で、これから益々重要になってくるシニアの社会活動について、ウィズコロナの時代において、これらが、どう共存してやっていけるかお話できればと思います。

基調講演2

 今日は、3つの話題をご用意しています。

 1つは「巣籠もり生活と生活機能低下」ということ。2つ目は「これからの介護予防、或いは健康作りと、それを支える、関係する多様な通いの場」というお話。今、コロナ禍で多くのシニアの方の社会活動が一旦中断していたり、或いは休止状態だと思いますが、3つ目は、これを再開に向けてどうしていくかということです。この時の1つのキーワードとして、「三方良し」を提言したいと思います。この言葉、いろんな所で活用させていただいております。

 実は私の所属する東京都健康長寿医療センターは、その昔、そのルーツが東京都養育院と申します。明治の頃に、日本の福祉機関の1つのモデルとして設立されたわけですが、初代事務局長が澁澤榮一でございます。彼は、ビジネスにおいても、また晩年は福祉・教育の領域でも活躍したのですが、その両方、ビジネスだろうが福祉だろうが、両方が上手くいくためには、彼が座右の銘としていた「三方良し」の精神が重要で、近江商人から学んだ「売り手良し、買い手良し、世間良し」、これが成り立っていると、福祉もビジネスも上手くいくんだということを申しております。おそらくこの考え方は、これからの活動の再開に向けて、或いは地域コミュニティの再生に向けても必要になってくるのではと思いますので、そうした視点でお話させていただきます。

基調講演3

■自粛期間と生活機能の低下について

基調講演4

 まず、自粛期間と生活機能の低下という時に、いちばん社会的にも関心を持たれているのが高齢期の健康問題であるフレイル。つまり、体全体が心身の気力、或いは体力が弱まってくるという状況に、特にコロナで拍車がかかるのではと心配されています。フレイルにはいろんな概念がありますが、基本的には要介護に陥る少し手前の段階、言わば黄色信号の灯った段階のことです。人の助けが完全に要るわけではないですが、様々な日常生活の機能が、今までよりはちょっと時間がかかるとか、少し高度な生活の日常動作がやりにくくなってきたというところで、要介護の前段階のようなイメージで受け取っていただければと思います。これら日常生活の機能というのが、「フレイル」ですが、コロナの自粛期間中に、 2か月、3か月、家に籠もっているとどうなるのかという心配がなされているというところです。

 人間の生活の機能に関しては、私どもの研究所で長年の様々な健康調査の結果から分かってきたことがございます。これは1つの先行研究ですが、人間の、特に65歳以上の方の生活の機能が衰えていくのは、4つのパターンがあります。この図にある13点満点の縦軸、これが生活機能の尺度です。13点満点の方はいきいきと「自立」して暮らされている方です。それが、年齢とともに少しずつ落ちていくということです。ある程度、低下してくると「フレイル」のレベルに達して、更に低下してくると「要介護」のレベルに達してしまうということですね。その時の4つのパターンですが、水色の線の方は85歳ぐらいまでほとんど生活機能が落ちずに、90歳に近づけば少し落ちてくる、いわゆる「生涯現役型」の人で、いちばん理想的な健康長寿を全うされている方、こういう方が36.3%いらっしゃる。緑色のパターンの方が、いちばん多いんですが、だいたい75歳ぐらいまではほとんど変化がなくて、75歳、いわゆる後期高齢になってからは、ジワジワジワと落ちてくるパターンの方。オレンジ色の方は、65歳の頃にはほとんど健康状態に問題はないんですけれども、比較的早く60代後半からジリジリジリと落ちていくようなパターンの方がいらっしゃいます。また、4つ目のパターンというのは、元々65歳の時点でかなり生活機能が落ちていらっしゃる方で、そのままスルスルスルッと落ちていってしまう方がいらっしゃいます。

基調講演5

 それぞれ低下の早い方には、それなりの原因があることが分かってまいりました。特に、オレンジ色の方と赤色の方は、元々、重い生活習慣病等の基礎疾患を併存されている、或いはこじれているような方ですね。例えば、糖尿病のコントロールの悪い方とか、早くに心臓病を患ったとか、或いは脳卒中の既往があるような方など、病気が原因でパタパタパタッと比較的早い年齢の時から落ちやすいパターンの方がいらっしゃいます。こういった方は病気のコントロールが非常に重要なんですけれども、残りの緑色のパターンは、75歳ぐらいになってから、病気はそこそこ上手くコントロールされていても、ジワジワと体力とか認知機能とか、そういったものが歳と共にちょっとずつ衰えていくような方。こういった方々がいちばん多いです。これを見てみますと、今回、コロナの影響がどうなるかと言った時に、多くのパターンですと、点数が1点、2点落ちるのに、だいたい2年とかですね。2~3年かかって1点、2点落ちる方が多いわけです。

 そういう意味を考えますと、元々健常な、お元気に暮らされている方の場合は、半年や1年、家に巣籠もっているからと言って、バタバタバタッと生活機能が落ちる、そこまでの心配はないのではと思います。お部屋に籠もると言っても、完全に家から出てはいけませんとか、ベッドの上で寝てなさいというわけではなくて、それなりに家事とかおうちの用事とかは、こまごまとされているわけですので、日常のこまごました活動を続けるだけでも、1年や2年は、そんなに人間の体がヤワではないということが言えるということです。

 一方、元々持病を持っていらして、スタートの時点で健康を害されてる方の場合は、比較的低下のスピードも速いです。こういった方に関しては、特別に専門的なケアを受けるなりして、できるだけ今の活動性を維持していただくのも需要になってくるかと思います。そういうことを考えますと、世間が騒ぐほど、半年、1年、自粛生活しているからと言って、すぐにバタバタバタッと心身の機能が落ちるというわけではないということで、そう慌てて心配されることはないかなと思います。とは言っても、長い目で見ますとジリジリと落ちてくるには、いろんな問題があるわけですね。そこで重要になってきますのが、人間の社会参加、或いは社会的な役割というのが日常生活の機能の維持に、非常に重要なポイントがあるということでございます。

■人間の7つの能力のステージ

基調講演6

 これはアメリカの老年学者が提唱している人間の7つの能力のステージを意味しております。 これは本来、老化現象を捉えるものなんですが、応用して子どもの発達と老化現象というものを含めて考えてみたいと思います。人間のいちばん原始的な、或いは基盤的な能力というのが生命の誕生だとした場合、もう少し赤ちゃんが成長してまいりますと、ハイハイができるとか、立ち歩きができるようになってくるとか、1つ1つのパーツが、ちゃんとした機能をします。もう少し成長してまいりますと、今度は五感がちゃんと備わってきます。更に成長してきますと、身の回りの動作がそつなくこなせるようになってきます。つまり、自分でお着替えができたり、おトイレでお尻が拭けるようになったり、お風呂に入れたりというような、そういう能力です。更に成長してまいりますと、今度は少し道具を使ったり、いわゆる「手段的」と言って、お金を管理したり、例えば短時間のお留守番ならできるとか、ちょっとしたお遣いならできるよと、そういった能力が備わってまいります。更に成長してまいりますと、今度は親が言ったこと、大人が言ったことを右から左にやるだけではなくて、自分で状況に対応したり、機転を利かせたり、更に知的好奇心が芽生えてきたりとか、そういう時期がやってまいります。更に成長してまいりますと、今度は自分のことを手一杯でやるんじゃなくて、家庭の内外でいろんな役割を持って、立派な成人になっていきます。これが人間の発達のパターンです。

 そして、そこをゆっくり折り返して降りていくのが、老化現象であります。元々、役割を持っていらっしゃる方が、その役割がなくなってしまうと、物事に機敏に対応したりとか、応用力を効かせたりする必要性もなくなってきます。そうなってくると、だんだん知的好奇心もなくなってきて、いつの間にか、身の回りのことも不自由になってきて、要支援・要介護へと、ゆっくりスライドしていく。そういうのが、大半のパターンなんですね。

■コロナ過でも必要な『役割』

 こう考えてみると、水際ギリギリで介護予防や健康づくりをするのではなくて、役割を持ち続けるとか、知的な好奇心を持ってテキパキと状況に対応できるような日常生活を継続されるということが「急がば回れ」の介護予防、高齢期の健康維持に役立つのではないかと思います。そういった時に、この「役割」というのが今回のコロナとどう関係してくるのかということなんですね。確かに、先ほど申しましたように元々普通に日常生活を営まれている方の場合、半年や1年、家に籠もっていても、さほど見た目で生活の機能が落ちるというものでもないかと思います。でも、こういった役割がなくなったりとか、或いは、機転をきかすような機会がなくなってくるとやはり、ジワジワと2年、3年の単位で生活の質の階段をずり落ちるような形でゆっくりスライドしていってしまいます。そういう意味では、コロナ禍でも役割を維持したい、或いは、テキパキ状況を判断することが重要だということには、変わりはないと思います。

 その時に、シニアの方が一番役割を見い出しやすい機会は、例えば、地域での趣味の活動、ボランティアの活動、或いは、お仕事とかですね。何か決まり切って役目を持たれるというようなことが、1人暮らしであろうがなかろうが、都会であろうが郡部のほうであろうが、普遍的に役割を持つためには何らかの社会活動に従事されるということが重要だと思います。そういう観点からしますと、コロナで一旦お休み、一旦縮小というのはやむを得ないと思うのですが、コロナによってご自分の活動が継続できなくなる、或いは一回完全に止めてしまうとか、サークルが解散してしまうとか、このようになってしまうと、次、コロナが落ち着いたら、またサークルを再結成できるかとか、一からまた新しい活動を始められるかというと、若い時ならもう1回また社会復帰、社会参加ということに復帰できるかと思うのです。やはり、70とか75になってからですね、70過ぎてから、もう1回、再スタートというと、今度はそこまでもうしんどいな、とか、或いは、周りのメンバーがいなくなってしまったということで、一旦止めてしまうと、もう一回再開するというのは、なかなか難しいものなんですね。

 今、一旦コロナで自粛されてお休み、延期というのはやむを得ないと思うんですが、完全には止めないでいただきたい。完全には解散せずに、灯だけはいつも灯し続けていただいて、コロナの中でも耐え忍んでやれることをやって、再開に備えていただきたいというのが私からお願いしたいことです。こういった社会的な役割、これはコロナであろうがなかろうが重要なことなんですが、実生活に置き換えますと、社会的な役割というのは、その人、その人の置かれている様々な環境によって姿を変えていくものだと思います。

基調講演7

■高齢期の就労と健康について

 例えば、元気な高齢者から要介護・要支援の方まで幅広くいらっしゃるわけですけれども、その人なりの社会参加の姿というと、例えば一番お元気な方、まだまだお仕事をされている方が、今、非常に増えております。この仕事という面でも、これは社会参加の一番の、最高峰の責任も伴うような活動なわけですが、これ自体も、最近は高齢期の健康維持に非常に重要になってくるというような研究を我々は報告しております。

基調講演8

 まず、高齢期の就労と健康というものに関して考えてみたいと思います。働くと健康にいいという研究は多々あるんですけれども、私たちは「働き方」といいますか、働く目的、働く動機も大事なのではないかなと考えております。これは、都内の高齢者の方に実態調査をした時のものですが、2つグラフがありまして、1つが「主観的健康感」。つまり自分の体の調子はどうかといったようなところの質問です。もう1つは生活の機能自体の質問です。それぞれが2年間、調査期間がありまして、初回の調査の時に、働いている65歳以上の方ばかりに調査をしておりまして、その目的をお尋ねいたしました。3つのグループなんですが、「お金のためだけに何とか働いているんだという方」、「生き甲斐とお金と両方狙っていますという方」、お小遣いが入ればいいけれど、生き甲斐も大事だと思っているグループです。また、「お金より、むしろ生き甲斐だ、やりがいだという方」もいらっしゃいます。その方々が2年後に、それぞれ健康度がどう変わられるかといった調査です。このグラフが長いほど、悪化の度合いが高い、リスクが高い方ということになります。2年経ってみて1つ興味深いのは、お金のみが目的で働いていらっしゃる方というのは、逆に生き甲斐のみが目的の方と、生き甲斐とお金が目的という方に比べて、逆に健康を害されている危険性が2倍近くあります。金銭的な目的だけで、ついつい無理をなさるのか、そこにはいろんな背景があるかと思うんですけれど、やっぱり大事なのは、単に働くということだけではなくて、ご自分の働きの中に何らかの生き甲斐とか、やり甲斐を見つけることです。特に、高齢期の就労を支援する立場の、周りの若い世代、或いは就労を斡旋する方々、雇う側の方も高齢期の方に仕事をしてもらう時に、単なる労働の対象というだけではなく、生き甲斐を持って働いてもらう。これは、結局はその方もハッピーになりますし、雇う側も元気で長く働いていただける、このようなメリットがあるんじゃないかなと思います。

■「三方良し」の働き方

 じゃあ、どういうところに高齢期の仕事の秘訣があるか。私どもは、特に様々な研究会などを通しまして、高齢者の方が長く自分の健康にもいいし、雇っている方、お客さん、同僚の方、みんなにとっていい「三方良し」の働き方は何かというのを考えた時に、地元の福祉領域でいろんなお仕事をされる方がいいのではないかなということで注目しております。

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 例えば、家事代行とか介護とか、育児の分野。こういった仕事を最近は資格を持っていなくても、可能な準備や後片付け等雑務的な、業務を担うことでプロのヘルパーさんとか、プロの保育士さんを応援できるような補助的な要員として働いていらっしゃる方も多々おられます。こういった方々に様々なインタビューをしましても、生き甲斐を持って、直接感謝される、嬉しい、喜んでもらえるという声が聞かれます。自分がやっていることが直接跳ね返ってくるんだということで、やり甲斐、生き甲斐をもって働かれている方が多いのではないかなと考えております。そういう意味では、シニアの方のこれからの働き方の1つのターゲットとしまして、福祉領域の就労。これならコロナの状態でも、比較的近所で安心、安全に働き続けられるのではないかと考えております。これが就労についての私たちの考えでございます。

■これからの介護予防と多様な通いの場

 2つ目ですが、「これからの介護予防と多様な通いの場」です。今、地域も国も高齢者の方が健康づくりとか、介護予防を進める中で、どこかで集まって、みんなで集まる活動がいいんじゃないかということで「通いの場」を推進しようという取り組みがなされているわけです。特にシニアの方が社会参加をする上で重要なのが「場」、つまり「通いの場」或いは、「居場所」が重視されています。

基調講演10

 今まで「古き良き時代」は、そもそも繋がりとか社会参加というのは自然発生的にご近所付き合いの中で生まれていたわけです。今は、どんどん町も開発されたり、逆に過疎化が進んだり、或いはプライバシー重視の問題でなかなか自然発生的に繋がりが生まれにくくなってきました。これを再構築するためには、繋がれるような「場」であったりとか、「機会」というものを仕掛けていく必要があります。

 そこで大事なのは、「場」も「プログラム」も「仕掛け」も誰か特定の方だけにメリットがあるというよりは、関わる周囲の方をもハッピーにしていくもの、こういった三方良しの精神が「場」としても「仕掛け」や「プログラム」としても重要になってくると考えています。こうした「場」であり、「仕掛け」が、おそらくボランティアであり、趣味活動、また、それをする場であると考えております。

 例えば、これは私どもの研究ですが、ボランティア活動、趣味活動、これはグラフが長いほど、やっている方自体が自分の生活機能を維持しやすいということで、グラフが長いほど健康にいいというものなんですね。どういう方がグラフが長いかというと、月1回以上は定期的になさっている方が、ご自分の健康にプラスになっているようです。階段状に、未加入の方とかほとんど幽霊会員というか、滅多に活動していない方はご自分への健康効果はほとんど望めないので、やるなら、定期的にやりましょうということです。矢印で繋いでおりますのは、高齢期は趣味もボランティアもある意味渾然一体で、どこまでが趣味でどこからがボランティアか、分かりません。上手になってくると今度は教える側にまわってボランティアになったりとかいうこともあります。ともかく、頼まれてやっている間にボランティアになっていたりとか、初めは自分の健康と美容のためにやっていたけれども、ボランティアするためには、よりご自分の技術や経験を充実させる必要があるというところで自己研鑽する。これなんかは趣味が高じて、ということになると思います。これが両方とも連動して、好循環していくというのが高齢期の望ましい社会参加の姿だと考えています。

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 こうした好循環が今、これから地域の通いの場といったところで展開していくことが期待されています。これは、厚生労働省の「住民主体の様々な通いの場」のポンチ図です。これまでは、どうしてもご当地体操のようなものをして、茶話会をして解散というのが多かったのですが、むしろ、通いの場に集まることで、そこで何かボランティアをしたり、教える側に回って多少、謝礼やお駄賃をもらったりする。或いは、ちょっと人のお助けをしてあげて、そこでお駄賃をもらったり、クーポン券をもらったりするような就労的活動もいいのではないかと思います。高齢者の方がホストとして切り盛りされていれば、子ども食堂を応援していても、つまり多世代交流ですね、そういうような場も高齢者にとって立派な介護予防の場です。多世代交流の場もあっていいんじゃないかといったように非常に幅が広くなってきているというのが今日の通いの場の現状です。その中でも、特に私どもは「多世代交流」に注目して長年研究を続けております。

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■多世代交流がもたらす利点

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 なぜ、今、多世代交流なのか、ですが。端々で「地域共生社会」、これからは、いろんな人が共生して暮らしていくべきだということが見受けられます。ちょっと前に「我が事・丸ごと」の精神で共生社会を実現しましょうというのがいろんなスローガンに用いられていましたが、この中で「丸ごと」というのは、私は平たく言うと「三方良し」、つまり、関係する人みんなにとって丸ごと、誰か特定じゃなく三方良しで何かの恩恵があるということだと考えています。「我が事」に関してですが、これが案外、我が事になりにくいというのが現状なんですね。

 例えば、共生社会、みんな共に生きる、大事だねということは分かってるんですけれども、なかなか自分の周りにそういう特別な状態の方がおられなかったら、ピンとこないのが実情かと思います。そこで多世代が重要というのは、1つ仏教の教えにいい言葉があるんですね。「子ども叱るな来た道だもの、年寄り笑うな行く道だもの」つまり、子どもから高齢者といったような方々が繋がって生活してると、そこの中に必ず我が事にできるものが出てくるんじゃないか。例えば、子どもとの交流として、学校や通学のボランティアさんなんかしていますと、最近の子どもの状況も見えてきたり、或いは自分の子どもの頃や孫のことと比較して考えてみたりということもあります。

 逆に子どもたちも、ボランティアの高齢者と日ごろ接していると、だんだん、3年、5年のうちにお年寄りのボランティアの方が少しずつ老いていかれるところを目の当たりにできることもあると思います。今までは家族の中でそういった経験ができていたものが、最近、核家族化の中で実体験が乏しくなっています。そうした経験を地域の中で多世代交流することによってお互いの世代、お互いの立場をわかり合えるようになってくるんではないかということで、単なるイベントではなくて日常からの多世代交流ができるような仕掛け・仕組みが重要ではないかと考えています。

基調講演14

 こういった多世代交流は、高齢者ご自身にとっても非常に利点のあることです。高齢者にとってこれは次世代継承への意識・行動を呼び覚ますものだということなんです。心理学の用語で、Generativityの理論と言うんですが、高齢者は、人間発達するにつれて、壮年期・熟年期になってくると、そろそろ自分の将来が見えてきます。その時に、自分が今まで培ったものを、次の世代へ渡していきたくなってくるというのが、人間のいい意味での性(さが)なのではないかと思うんですね。いつまでも我が事大事、この知識も技術も誰にも伝えんぞというような方は、なかなか周りの若い世代からも理解してもらえず、抱え込むわりには、自分の能力がちょっとずつ落ちていって、思ったほど自分の能力を発揮するのが難しくなってきます。そうすると、ある程度のところで自分の技や知識、思いを次の世代に託していこうと。これはおそらく人間の本能だろうと思うわけです。仕事の世界でもそうでしょうし、スポーツや伝統文化もそうだと思いますし、一般の市民の方でそれぞれの経験や思い、平和を伝えるとか、環境を伝えていくことも大事な次世代継承だと思います。そういう意味では、高齢者が若い世代と関わって、若い世代に何かを伝えていくことは、高齢者にとっては当たり前のような、自然の本能に立脚するのではないかと思います。

■多世代交流と健康面での影響

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 こういった多世代交流ですが、実際、一般の住民の健康面にどういう影響や関係があるのか。これはある首都圏の地域で健康調査をした時のアンケート結果です。このグラフの縦軸は心の健康度の尺度で、グラフが長いほど心の健康度が充実してる方です。例えば高齢者の場合、外部と全く交流のない方と、それに比べて同世代の方だけ交流してる方、そして異世代の方だけ中心に交流してる方、そして同世代・異世代ともに交流してる方がいらっしゃいます。一番いいのは、同世代も異世代も両方の方と交流してる方。他のグループの方よりも精神的な健康度が豊かだということが分かってきたんです。性別とか年齢とか健康状態、その方の家庭環境、全部同じような状態にハンディをつけても、やっぱり高齢者の方、同世代だけじゃなくて、若い世代とも交わってる方が一番精神的に健康だということです。確かに若い世代から元気をもらえるということは、よく聞くと思います。

 一方、逆に若い世代も同じような傾向がありまして、一番精神的に健康度が高いのが、同世代、つまり若者同士だけではなくて、目上の方とも交わってる方が一番精神的には健康だといえます。 同世代の方だけですと、どうしても、ついつい気が張ったりライバル意識があったりとか、やっかみになったりということもあるかと思うんですが、次元の違う高齢者と時々交流することによって、ちょっとホッとしたり、大丈夫、大丈夫と言ってもらえたりということもあって、若い世代にとっても世代間の交流は非常に有意義なものではないかと考えています。

 その中で、私どもは具体的にどういう活動・仕掛けがいいのかと考え、ボランティアや趣味を通して世代間交流をできるような活動をずっと推進してまいりました。高齢者にとってはまず世代間交流なんですが、その入り口としては自分の健康のため、つまり、自分のフレイル予防や認知症の予防になるような活動なら、なお良しということで、そういう活動が自然に世代間交流に繋がっていけばいいね、という発想です。

■プログラムの多面的な効果

 私ども、いろんなところでご紹介させていただいてるんですが、1つの我々のモデル事例が、入り口は認知症の予防とかフレイルの予防ですが、絵本の読み聞かせの手法をマスターしてもらうことで、頭を鍛えたり、声を出したりといったところで健康増進と認知症の予防、或いは体づくりをするプログラムです。3か月間のレッスンを受けた方が、ご自分たちの地域で保育園、小学校、或いは児童館といったところで読み聞かせのボランティアとして活動するプログラムです。「りぷりんとプログラム」といって、シニア仲間たちと一緒にNPOも作って活動しています。最近はコロナ禍であっても、いくつかの自治体さんから第2、第3の予防事業として我々にオファーをいただいています。これはシニア向けのプログラムですので、3か月間、読み聞かせのトレーニングをするんですが、その中で、頭を使ったり体を使ったり、発声練習、滑舌のトレーニングが入ったりとか、時間通りに起承転結を明快に読むトレーニングをしたり、発表会をしたりというような内容で構成しています。そして、それを卒業した方が地元でチームを組んで定期的なボランティア活動をするというプログラムです。実際、読み聞かせのボランティアになるための介護予防・フレイル予防のプログラムの時は、一種の健康づくりの講座と読み聞かせの手法を学ぶ講座ということで、座学もあったり、実技のトレーニングもあったりします。

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 こういったプログラムの多面的な効果を我々は研究としても証明してきました。例えば、受講されたボランティアの候補生に関しては、体、身体的、或いは認知機能に多面的な効果があることが分かってきました。その一例ですが、3か月間レッスンをすると、記憶力の検査が改善したという結果があります。参加者を抽選で2つの組に分けましたが、後期に同じプログラムを3か月間受けていただいた方も前期と同じだけの効果が出ました。大方の認知症予防、フレイル予防のプログラムは、普通は3か月間或いは半年間レッスンを受けて効果が出て修了証をもらって終わりというのが多いんですが、実は予防・健康づくりは解散した後が勝負なんですね。いかにその活動を長続きして健康が維持できるかということになります。つまり自主活動が続けられるかどうかということです。

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 そこで重要なのは、せっかく3か月間脳トレ講座を受けたなら、人前で曲がりなりにも絵本の読み聞かせができるようになったなら、ボランティアとして続けることで、ご自分の健康維持と同時に社会貢献もしませんかということで、先輩の団体に合流されたりということでボランティアになっていくことが多いんです。

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 そうした方の活動を拝見して、6年間活動を続けていた方に以前、脳のMRIを撮影しました。普通は年間に少しずつ脳の海馬というところが萎縮していくんですが、6年たってもほとんど萎縮していないことが分かったんです。おそらくその秘訣がボランティアになってからの1週間にあるのではないかと考えています。読み聞かせの本番自体は子どもの前で1冊5分、10分読むのが1週間に1回ぐらいあります。でも、それまでに、人前で読むために入念に練習をされますし、図書館通いもしますし、ボランティア同士で反省会、勉強会、ミーティングもします。つまり、先ほどもお示ししましたように社会貢献の部分と自己研鑽の部分がプラスの循環をしてると。これがずっとグルグルグルグル5年、6年と続いて、初めてそれでご自分の介護予防の効果にも結びついてるんではないかということがいえるかと思います。やはり習慣化していくことが大事ではないかと思います。読み聞かせのボランティアといいますと、文化系の活動のように思いますが、結構、体も使うんですね。

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 ある時、7年間ボランティアを続けてる方に体力測定をさせていただきました。体のバランス力の検査や握力、歩行のスピードなどを測ったりしましたが、いくつかの項目、バランス力の検査といったところで、ほとんど7年間、能力が落ちてないことが分かりまして。しっかり人前でピシッと背筋を伸ばして読むとか、それだけでなく、テキパキ、ボランティアをすると、集合時間もあって時間内にボランティアの読み聞かせをして、次に向けて解散してといったような日常生活自体がアクティブでテキパキする。それが体力維持にも反映されてるんではないかなと思います。ちなみにある時に、そのボランティアの方に万歩計を持っていただきますと、ボランティアのある日は1日1万歩ぐらい歩いていることが分かりました。おそらく日常のボランティアをすることで、他の家事・用事もテキパキするようになり、全体の活動量とテキパキ度が向上してるんではないかということが言えます。つまり、文化系の活動のように見えますが、社会活動することで、体も自然に使ってるというのが理想的なものではないかなと思います。

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 また、ボランティア活動ですので、受け手である子どもや保護者、教職員へも様々な効果検証をやってまいりました。一例ですが、絵本の読み聞かせをしてもらった子どもたちが、後で自分で図書館で、或いは本屋さんで気に入った絵本をもう1回借り直したり、買ってもらったりと、子どもたちの読書のきっかけになっていることも分かりました。また、特に都会の子の場合、おじいちゃん・おばあちゃんと同居している子は4分の1もいないぐらいなんですね。そういった子どもたちにとって、毎週1回は来てくれる地域のおじいちゃん、おばあちゃんとして、ボランティアさんを通して一般のおじいさん、おばあさん、つまり、高齢者全般に対するイメージが温かいとか優しいとか、テキパキ元気といったイメージが長く続くことも分かりました。

 1週間に1回の付き合いでも、これが1年生の時に出迎えてから6年生の卒業式で見送るとなると、疑似おじいちゃん・おばあちゃんの役割をなさってることになるんではないかなと思っております。その他、保護者の方々にも高い評価を得ていて、非常に期待できる活動だと思います。また、最近は、活動の場を考えた時、読み聞かせの技を持っているメンバーの方々は、地域のサロンでも活躍の場を持って、活動されています。小学校、保育園を訪問するだけでなく、地元の公民館やカフェなどで、地元の子育てのお母さんたちと交流して、その一環として、読み聞かせをしたり、アクセサリー等お洒落なものをママさんたちと一緒に作るといった創作活動をされています。まさしく三世代、四世代にわたっての交流をする、そういうところまで「拠点」という場とツール・技があれば、発展する可能性があると思います。

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■コロナ過でのボランティア活動継続のポイント

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 このように言うと、順風満帆に見えるかもしれませんが、実はこの活動も現在、三重苦です。世間的に言うと、声を出すので、より慎重な配慮が必要になります。また、世代間交流、子どもと高齢者の方とが交わるので、保育園や小学校に行くこと自体もですし、また逆にそこで高齢者がコロナに感染する心配もあります。また、世代内交流、高齢者のボランティアといっても、構成メンバーは60歳前後から80歳越えた70歳、90歳近い方までいて、高齢者同士の交流もまた、様々なリスクが問われるところです。そのため、多くの我々の読み聞かせの仲間も自粛の段階に入っています。緊急事態宣言や、他の地域の団体がどうやっているか様子を見ながら、関係各位と連絡をとりながら、活動の再開準備をしているところです。そういった中で、シニアボランティアさんは、様々な部分で活動をどう続けるか、どう再開するかでお悩みの団体も多いと思います。

 そこで、私どもは既に、第1回目の緊急事態宣言の時に、通いの場を再開するためのガイドラインを発行しています。これは、もちろん、基本的なソーシャルディスタンスや消毒といった運営の衛生管理の基本は押さえています。そして、それプラス重要なのは、通いの場の自粛期間中に、あなたの団体さん、あなたの通いの場ではどうやってこの期間を乗り越えるかという、メンバーのチームワーク、なすべきことは何かというポイントなんです。8つのポイントを提示しています。これは要約すると3つのポイントがあります。私は、自粛期間はある意味、充電期間だと申しております。様々な団体さんがいますが、そもそも自分たちは何のために活動をしているのか、自分たちの活動の目的や意義を振り返る時期になるのではないか。

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 常日頃、様々な活動は、次の出番をどうこなしていくか、次の日の役割をどうしていくかであって、わざわざ活動の精神や基本理念などは、置いておきながら自転車操業をしている場合が多いと思います。どんどん新しい人が入って来たり、活動が長くなってきた時、或いはコロナのような非常事態に直面した時、そもそも自分たちの活動の目的は何かという原点に振り返るのは非常に大事なことです。また、その期間に、人前で何かできないなら、自分たちで技術を向上させる、或いは、学んだり、知識を増やすことなんかはできるわけです。先ほどの読み聞かせのメンバーも、各自、図書館に通って読んだ本をもう1度読み直したり、グループでリストを作成したりと自己研鑽をされています。

 3つ目、案外重要なのが、繋がりづくり。これは、各サークル、団体さん、それぞれが皆ビクビクしながら、いつから始めたらいいのか、勝手にフライングするとご近所さんにひんしゅくを買わないかと悩んでいます。そうした時に、今まであまり関わりのなかった、同じようなことをやっている隣の団体さん、或いはあまり関係のなかった地域の町会さん、民生委員さんや、役所の関係の方々と歩調を合わせたり、情報交換しながら、アイデアをもらったり、お互いに勇気づけをし合ったり、ブレーキを掛け合うなどの繋がり作りは重要です。これらが、今の自粛期間に求められることなのではないかと考えております。

基調講演27

 皆さん、再開を念じているわけですが、これからどのように再開していくか検討が必要です。最近は対面交流が制限され、その中で、様々なSNSやオンラインの活用も期待されるところです。それと少し関係して、私たちがコロナ前に行った調査なんですが、交流のパターンとしてこのグラフにあるように「全く誰とも交流していない人」、それから「非対面交流」、つまり顔の見えない電話とかメール、当時Zoomはなかったわけですが、そういう非対面の交流のみで繋がっている方、そして「対面・非対面両方で交流がある人」の三通りがあります。グラフが長い人ほどその後、精神的な健康を維持・改善しやすいということですが、どういうパターンが良いかというと、高齢者も中高年も青壮年もほぼ同じような傾向で、やっぱり一番良いのは、対面と非対面の両方の交流をしている人、そういう人がやっぱり精神的に一番良く、健康を維持し易いです。その中間、孤立している人を基準とした時、次善の策として、非対面の交流もやらないよりはやる方がいいと言えるかと思います。

 そういう意味では、オンラインの交流は、直接交流ができるまでの、代替・ハイブリットとして期待できるところだと思います。こういったシニアの活動での、オンラインの活用は様々なところで注目されています。私どもが知っている好事例としては、東京中野区の区役所が主催しているシニア向けの生涯学習大学というのがあります。そこは今まで通常は3年で卒業していく区民向けの生涯学習講座でしたが、コロナ禍で対面での活動が難しくなってきました。

 じゃあ、オンラインでこの講座も続ける意義があるということで、役所の方とそれに呼応して、積極的にご協力に入られた生涯学習大学のシニア学生の方々がチームICTという名前を作り、オンライン初心者の高齢者の方のお助け、つまりセッティングからボタンの押し方が分からなくなった方々までの、伴走支援をする団体を結成し、シニアのSNSの普及に貢献されています。このような望ましい事例も、コロナが、ピンチをチャンスにという発想で行われている団体によるものです。

基調講演28 基調講演29

■3つのSで乗り越えましょう!

 最後に、このコロナ禍、厳しい状態はまだまだ続きますが、3つのSで乗り越えましょう。1つはセンス。工夫と考えて下さい。従来のやり方では難しいけれど、例えば、読み聞かせの「りぷりんと」の活動でも、青空の下、屋外なら良いだろうと、かなり距離を取って屋外で保育園児に読み聞かせの活動をしている場合もあります。勉強会とかボランティア同士の連絡会もZoom等のオンラインを導入し、遠隔での交流も行っています。つまり工夫も大事です。もう1つがシナジー、みんなが不安になる時期だからこそ、他の団体と協働・コラボする、或いは助け合うというシナジーが重要です。3つ目。当たり前なんですが、いつもスマイルを忘れないこと。暗い顔をしていると誰も寄ってきません。そういう意味では、シニアの方こそがドーンと構えて下さい。今までの長い人生の中でコロナよりお辛かったりしんどかったことは山ほどあるでしょう。そう考えると「大丈夫、大丈夫」と、常にスマイル・笑顔で周囲の人たちに発信していただければ、この3Sで乗り越えられると思います。

 これからしばらくコロナ禍は続くでしょうが、皆さんの活動を応援したいと思います。ご清聴いただき、ありがとうございました。