人口の世代構成の変化と高齢化の進展に的確に対応するためには,高齢世代の自立と世代間の連帯が重要である。本節においては,このような観点から,中高年世代や児童・生徒の意識などに基づいて,年齢にとらわれない生活様式や世代間交流に関し,その意義と行政の取組について記述し,「すべての世代のための社会」(国際高齢者年の主題)を展望する。
現在最も人口の多い中高年世代(昭和21から30年生まれ)が高齢者となっていく過程において,高齢化は更に加速され,平成32(2020)年には,高齢化率26.9%,老年人口指数41.6%と,国民の4人に1人超が高齢者となり,生産年齢人口 2.4人に対し高齢者人口1人という本格的な高齢社会に移行するとともに,高齢者の半数が戦後生まれとなると見込まれている。
高齢社会対策の推進に当たっての基本的な姿勢として,人口の世代構成の変化と高齢化の進展に経済や社会の構造を適合させ,その「持続可能性」に対する国民の信頼を確保するとともに,高齢者の価値観と生活様式の多様化に適切に対処していくことが重要である。
社会保障給付費は,平成12(2000)年度(予算ベース)の約78兆円(対国民所得比で20 1/2%)から平成37(2025)年度には約 207兆円(同31 1/2%)に増加し,国民負担率は約51%(国及び地方の財政赤字を含めない場合)となると推計されている。
社会保障制度は,戦後の経済や社会の変化に伴う伝統的な家族や地域社会の相互扶助機能の低下を代替するものとして整備されてきたが,社会保障制度をつくり,それを支えてきた国民の連帯感は,個人の価値観や生活様式の多様化,制度の持続性や公平性に対する若い世代の懸念などによって揺らいでいる。
「社会保障構造の在り方について考える有識者会議」の報告(平成12年10月)及びこれを受けて政府・与党社会保障改革協議会が策定した「社会保障改革大綱」(平成13年3月末)においては,社会保障給付費の負担について,若い世代とともに高齢者にも能力に応じて負担することを求めている。これは,社会保障制度を個人の自立,自助努力を基礎とする社会の在り方に適合したものとし,世代間の共感を育み,持続可能な社会保障制度への展望を開く一つの方策とも言えるものである。
経済や社会の仕組みを持続可能なものとし,伝統や文化などとともに,子や孫の世代に引き継ぐため,高齢世代の自立と世代間の連帯の在り方が今改めて問われている。
中高年世代は,いわゆる「団塊の世代」(昭和22(1947)から24(1949)年生まれ)を含んでおり,今なお残る社会的・経済的な弱者という画一的な見方を払拭して,新しい「自立」した高齢者像をつくる潜在力を持っている。
「中高年齢層の高齢化問題に関する意識調査結果」(平成10年)(総務庁)などをみると,
何歳から高齢者とみるかについて,70歳以上とする者が多く,また,退職年齢について,年齢にこだわらずに働く方がよいとする者もかなり存在する。
高齢期における生活費を賄う手段について,公的年金のほか「就業による収入」など多様な自助努力を想定している。
子供の結婚後は別居を望む,高齢期の生活費の援助や自分の介護を子供に期待しないなど,子供に負担をかけずに,一定の距離をおいて生活する意向が強い。
子供よりも配偶者や社会保障制度に対する期待が強く,配偶者の健康や社会保障の持続性が高齢期の不安の種となっている。
レジャー・余暇生活などを楽しむ姿勢も強く,生涯学習に対する関心や情報通信技術の高度化が生活様式に与える影響に対する適応能力も高い。
本格的な高齢社会には,年齢にとらわれず,自らの責任と能力において自由で生き生きとした生活を送る,そういう生活様式がふさわしく,行政には,そうした生活様式への転換を円滑に行えるよう,適切な支援が求められる。
定年の引上げや継続雇用の推進などによって高齢者の需要に応じた雇用の機会を確保するとともに,高齢者が,健康で,意欲のあるかぎり,年齢にかかわりなく働ける社会の実現を目指す必要がある。
価値観や生活様式の多様化する中で,ボランティア活動や生涯学習を通じて心の豊かさや生きがいを充足させる機会や,能力等を重視した雇用体系などへの対応に必要な新たな知識や技術を習得する機会が求められるとともに,高等教育機関の役割も変化していく。
年齢にとらわれない生活様式を維持するには,生涯にわたる健康づくりが重要であり,「21世紀における国民健康づくり運動」を推進していく。
年齢にとらわれない生活様式を実践している高齢者を「心豊かな長寿社会を考える国民の集い」などを通じて紹介していく。
「社会保障構造の在り方について考える有識者会議」では,世代間の公平が一つの論点として議論されたが,世代間の公平については,世代の損得勘定ではなく,すべての世代が「連帯」して高齢社会を共に支えていく姿勢に立って,世代間の対話を進める必要がある。しかし,高齢者のいる世帯における三世代世帯の割合が低下し,高齢者世帯と子供世帯の交流も少ないという状況にあり,高齢者と若い世代との交流を政策的に促進していく必要がある。
「高齢者の地域社会への参加に関する意識調査結果」(平成10年)(総務庁)及び「児童・生徒の高齢化問題に関する意識調査結果」(平成11年)(総務庁)をみると,
高齢者は,児童・生徒など若い世代との交流を持つ機会が少ない一方,児童・生徒については,高齢者との交流経験を持っている者は比較的に多い。世代間交流により,児童・生徒の高齢者への理解度が増しており,高齢化教育又は児童・生徒の健全育成の観点からも,その一層の促進が求められる。
世代間交流への参加意向については,高齢者,特に年齢の高い後期高齢者は低く,児童・生徒,特に年齢の低い小学生が高くなっている。高齢者の関心をいかに高めるのか,小学生の持つ交流を求める気持ちをいかに育んでいくのかが課題である。
参加したくない理由についてみると,高齢者,児童・生徒ともに「話が合わない」とする者が多い。他方,参加したい内容についてみると,高齢者,児童・生徒ともに「一緒に楽しめる活動」が最も高く,両世代の意識は共通している。
参加したい内容として,他の世代に「教える」ことよりも,他の世代から「教わる」ことを挙げる者が多い。「地域の伝統文化」や「高齢者の特技」について教わりたい児童・生徒の割合は,これらについて教えたい高齢者の割合を上回っている。自信をもって若い世代に語りかけることが重要である。
世代間交流を促進するための条件として,高齢者,児童・生徒ともに「交流の機会」を増やすことを挙げている。また,後期高齢者では「お年寄りに配慮した交通機関の整備」が挙げられている。
世代間交流については,(1)高齢者の社会参加,(2)青少年の体験活動など様々な目的の下に,地方自治体,民間団体等によって積極的に取り組まれており,国からは教育行政,福祉行政などの立場から必要な支援が行われている。
学校が地域社会の拠点となるよう,社会教育施設・福祉施設との連携を進めるとともに,余裕教室を「地域ふれあい交流センター」と位置付け,子供や高齢者による異年齢交流を始めとした大人と子供のふれあい交流プログラムを展開していく。
公共交通機関のバリアフリー化の推進や,交通バリアフリーボランティア教室の実施などにより,世代間交流に参加したくともできない高齢者の障壁の除去につながることが期待される。
「心豊かな長寿社会を考える国民の集い」については,次代を担う青少年など若い世代の参加について,配慮していく。
高齢化は,多次元,多分野,多世代にわたる問題であり,個人の生活様式,世代間の関係,社会の成熟度といった多様な問題を含んでいる。このため高齢化問題への取組には様々な概念が使用されてきた。上記で取り上げてきた生活様式や世代間の関係を一言で言えば「忘年」という言葉に集約される。「忘年」とは,本来,「自分の年齢を忘れる」,「年齢の隔たりを忘れる」の意である。
老いや高齢期の価値が見失われ,高齢者の社会的な位置付けが明確でなくなるとともに,高齢者と若い世代との交流を支える慣習が失われつつある。持続的な社会保障,日本の良き伝統や文化など,次代に継承すべきものを継承していくためにも,高齢世代の自立と世代間の連帯を結び付けて高齢化問題に取り組む視点が求められるが,「忘年」は,それにふさわしい概念ではないか。
また,「忘年」は,国際高齢者年の主題である「すべての世代のための社会」の理念を我が国において具体化していくための取組の視点としても適切である。
「忘年」によって目指すべき「すべての世代のための社会」とは,
年齢にかかわりなく意欲と能力に応じて就業その他の社会参加活動が可能である社会,
その前提として,各人の能力を伸ばすのに適切な教育・訓練等を必要に応じ受けることができ,加齢による心身の能力の低下があったときにも,尊厳ある暮らしができる社会的安全網が整備されている社会,
年齢の差を忘れて親しむ「交流」や「対話」が積極的に行われ、世代間の理解と尊敬が確保される社会であり,それを目指して議論を深めていくことが今後の課題である。
一般会計予算における高齢社会対策関係予算は,平成12年度においては10兆 7,467億円,13年度においては11兆 2,511億円となっており,各年度の一般会計予算全体に占める割合はそれぞれ12.6%,13.6%となっている。施策・事業の主な予算額をみると,国民年金及び厚生年金保険(国庫負担分)が5兆 2,954億円,老人医療費の確保が3兆 5,293億円,介護保険制度の着実な実施が1兆 4,237億円などとなっている。
平成12年度に推進された高齢社会対策について,主な法律の制定・改正の動きを挙げれば次のとおりである。
- (1) 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の改正
急速な高齢化の進展等に対応し,高年齢者等の雇用の安定の確保等を図るため,高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(昭和46年法律第68号)の改正が行われた。この改正では,事業主は定年の引上げ,継続雇用制度の導入等の措置を講ずるように努めなければならないものとするとともに,高年齢者等の再就職の促進に関する措置の充実,シルバー人材センターの業務拡大等を内容としている。
- (2) 雇用保険法等の改正
急速な高齢化の進展等に対応し,労働者の雇用の安定等を図るため,雇用保険法(昭和49年法律第 116号)等の改正が行われた。 この改正では,中高年層を中心とする求職者給付の重点化及び再就職手当の見直しを行うとともに,育児休業給付及び介護休業給付の給付率を引き上げることを内容としている。
- (3) 雇用対策法等の一部を改正する法律案の国会提出
事業主による離職予定者の再就職支援を促進するとともに,地方公共団体の自主性をいかした地域雇用開発の推進,職業能力の適正な評価のための制度の整備等を内容とする雇用対策法等の一部を改正する法律案を第 151回国会に提出した。
- (4) 労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法の改正
政府目標である「年間総実労働時間 1,800時間の達成・定着」の実現を図るため,平成13年3月31日に廃止期限を迎えた「労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法」の廃止期限の延長等を内容とする労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法の一部改正が行われた。
- (5) 育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律の一部を改正する法律案の国会提出
子育てをしながら働き続けることのできる環境を整備するため,育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律の一部を改正する法律案を第 151回国会に提出した。改正法案は,育児休業及び介護休業を理由とした不利益取扱いの禁止,時間外労働の免除請求権の創設,子の看護のための休暇の努力義務等を内容としている。
- (6) 農林漁業団体職員共済組合法等を廃止する等の法律案の国会提出
被用者年金制度の再編成の一環として,農林漁業団体職員共済年金を厚生年金保険に統合するため,厚生年金保険制度及び農林漁業団体職員共済組合制度の統合を図るための農林漁業団体職員共済組合法等を廃止する等の法律案を第 151回国会に提出した。
- (7) 確定給付企業年金法案の国会提出
確定給付型の企業年金について,受給権保護等を図る観点から,労使の自主性を尊重しつつ,統一的な枠組みの下に必要な制度整備を行う確定給付企業年金法案を第 151回国会に提出した。
- (8) 確定拠出年金法案の国会提出(継続審議)
老後における所得の確保にかかる自助努力を支援し,公的年金とあいまって国民の老後の生活の安定と福祉の向上を図るため,確定拠出年金制度を創設することを内容とする確定拠出年金法案を第 150回国会に再提出した(第 151回国会において継続審議)。
- (9) 健康保健法等の改正
医療保険制度の安定的運営を確保し,併せて給付と負担の公平等を図るため,老人保健法(昭和57年法律第80号)の一部改正を含む健康保険法等の改正が行われた。
老人保健法の改正内容は,薬剤一部負担金を廃止すること,一部負担金における定率制の導入,老人医療受給対象者が支払った一部負担金等の患者負担の合計額が著しく高額であるときは,高額医療費を支給すること等である。- (10) 学校教育法の一部を改正する法律案の国会提出
小・中・高等学校等において社会奉仕体験活動等の体験活動の充実を図ることとすること等を内容とする学校教育法の一部を改正する法律案を第 151回国会に提出した。
- (11) 社会教育法の一部を改正する法律案の国会提出
教育委員会の事務に,家庭教育に関する講座の開設とその奨励,青少年に対して社会奉仕体験活動等の体験活動等の機会を提供する事業の実施とその奨励等の事務を規定すること等を内容とする社会教育法の一部を改正する法律案を第 151回国会に提出した。
- (12) 高齢者,身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律(交通バリアフリー法)の成立
高齢者,身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律(平成12年法律第68号)が成立した。 同法は,交通事業者等に対して,鉄道駅等の旅客施設の新設・大改良及び車両等の新規導入に際し,移動円滑化基準への適合を義務付けるとともに,鉄道駅等の旅客施設を中心とした一定の地区において,市町村が作成する基本構想に基づき,旅客施設,周辺の道路,駅前広場等の重点的・一体的なバリアフリー化を進める制度を導入することを内容としている。
- (13) 高齢者の居住の安定確保に関する法律の成立
高齢者の居住の安定を図るため,高齢者の居住の安定確保に関する法律(平成13年法律第26号)が成立した。 同法は,高齢者の入居を拒まない賃貸住宅の登録制度の創設,高齢者の入居に適した良好な居住環境が確保された高齢者向けの賃貸住宅の供給に係る計画認定制度及び助成措置の創設,高齢者を対象とする終身建物賃貸借制度の整備等を内容としている。