第1章 高齢化の状況(第2節 トピックス1)
第2節 高齢期の暮らしの動向(トピックス1)
トピックス1 オランダの「ソーシャルヴァイクチーム(社会近隣チーム)」~福祉国家から参加型社会へ~
オランダの高齢化率は2000年には13.6%だったが2017年には18.5%となっている。高齢化率は日本に比べると低いが、高齢者の一人暮らしは4割弱、パートナーと同居が6割弱で、家族と同居は2%に満たない。この状況に対応して、高齢者の充実した生活を支えるためにさまざまな改革が行われている。基本的な考え方は、本人のネットワークの重視と幅広い住民の社会参加・社会貢献である。ほとんどの自治体では地域の力を重視し、可能な限り地域のことは地域で解決を目指すソーシャルヴァイクチーム(社会近隣チーム, Socialewijkteams)の取組を進めている。
オランダの「医療保険」(Zvw)と「介護保険」(Wlz)
オランダで支援が必要な高齢者を支えるためのシステムは3つの制度によって成り立っている。「医療保険」「介護保険」「社会サービス法」である。
オランダの医療保険は、民間医療保険会社の保険への加入が義務付けられるという形になっている。医療ニーズがある場合はまずGP(家庭医)の診療所を訪れ、必要に応じて専門医に紹介される。
介護保険は以前よりも対象が縮小され、医療保険でカバーできない長期にわたる常時の看視あるいは24時間の介護が必要な人を対象に限定された。認知症が進んだ人や重度の障害のある人などの施設入所のための保険という性格が強い。
2007年に介護保険を縮小して社会サービス法(Wmo)を新設
2007年に、それまで介護保険制度が管轄していた家事援助を、社会サービス法により地方自治体が認定や運営をする事業とした。その目的は、支援が必要な人々にとって身近な地方自治体がそれぞれの人に解決策を提供し、またインフォーマルケア(自治体や専門機関などフォーマル(正式)な制度に基づき提供される支援ではなく、家族や友人、地域住民、ボランティアなどによる、制度に基づかない非公式な支援)を促進していくことであった。財源は中央政府からの地方交付金であるが、地方自治体には地域の実情に合わせて利用者の自己負担額も含めて創意工夫が求められた。なお、介護保険、社会サービス法の対象者は高齢者のみならず、若年の障害者も含まれる。
それ以降、オランダでは個人の自助努力のあり方や地域の役割について議論がさらに重ねられていった。その方向性は、2013年のウィレム・アレキサンダー国王の議会演説で明確に示されている。
「ネットワーク化と情報化が進んだ今日の社会では、人々は以前よりも自分を主張するようになり、自立していることは否定できません。能力を有する人は、自身とその周囲の人々の生活に責任を持つことを求められます。参加型社会への移行は、私たちの社会保障制度と長期ケア制度において顕著なものとなり、特に古典的な戦後型の福祉国家が生み出した仕組みは、現在のままでは持続が不可能であり、かつ人々の期待にもはや応えるものとなっていません。今日の世界では、人々は自身で選択をし、自身の生活を管理し、お互いの助け合いをしたいと考えています。介護や社会サービスが人々に密着して、かつ一貫した形で組織されることが、こうした流れに即していると考えられます。」
こうして、2015年の社会サービス法の改革では、地方自治体が責任をもって市民のネットワーク作りを支援し、本人及び周囲の市民の力に最大限生かした支援を進めることとなった。そして身体介護は介護保険から医療保険に移して症状に応じて介護士・看護師が行うこととなり、介護保険の主な対象は施設入所者となった。あわせて同時期に、2007年に社会サービス法により地方自治体が認定や運営をする事業とされた家事援助サービスはさらに絞り込まれ、また、デイサービスは介護保険制度の管轄から社会サービス法の対象に移り、介護施設への入所に際しては条件が厳しくなり、在宅促進の意味から従来からの軽度者対象のケアホームは段階的に廃止されている。
自治体がソーシャルヴァイクチームを設置
2015年の改革を経て多くの責任が自治体に移行し、自治体では創意工夫が行われている。例えばライデン市(人口約12万人)では市民から相談された場合に速やかに対応するためにソーシャルヴァイクチーム(社会近隣チーム, Socialewijkteams)を編成した。その方法は、市が予算を出して経験豊かなソーシャルワーカーに全体のリーダー役(チームコーチ)をまかせて、リーダーが市内の介護福祉組織から専門家を集めてチームを作るというプロセスをたどった。実際の活動について、ライデン市の政策アドバイザーLilja Perdijk氏が説明する。
「以前は介護の中央査定機関が家事や生活支援のサービス提供について査定をしていましたが、いまはそれらの責任が地方自治体に移されています。多くの市町村ではソーシャルヴァイクチームをつくりました。1つのチームは10人で形成されていてライデン市内に8つのチームがあり、それぞれの地域を担当しています。」
「問題を抱えている市民は、まずソーシャルヴァイクチームに連絡します。チームは、例えば、運動によって回復できる場合は地域のウォーキング団体への参加をすすめたり、少し痛いところがあるぐらいなら近くの理学療法士を紹介します。本当に医療的なニーズがあれば家庭医に連絡します。」
「すべてのケア提供者は、してあげるという姿勢から本人ができないことだけを手伝う姿勢に変わっています。家事支援の時間は減っています。例えば、棚のほこりを取るのをヘルパーに頼んでいた人が作業療法士の訓練を受けて自分でできるようになり、家事支援の時間を減らすということもあります。」
「地方自治体の立場からすると、地方分権化をすることによって責任が国から地方にきたことは歓迎できることです。新しく地元で組織を作っていけますし、地域内のケアの連携をよりよくすることによってコストの効率化もできます。」
「ソーシャルヴァイクチーム」が高齢者宅を訪問して一緒に問題解決方法を考える
それではソーシャルヴァイクチームは実際にどのように業務を進めているのだろうか。ライデン市内の全体のリーダーであるEster van Tol氏によると、以下のような工夫が行われている。
「ソーシャルヴァイクチームは、まずクライアントの自宅を訪問して話し合いをします。これを『キッチンテーブルでの話し合い(keukentafelgesprek)』といいます。そこで本人は何ができるかを最初に見て、その次に家族は何ができるか、近所・地域は何ができるのか、それからボランティア組織が何をできるかを見ていきます。それでも無理なときには同じようなニーズがある人を集めてグループにすると解決できることもあります。全部やってみて、それでも無理なぐらいケアの必要度が高いときに初めてプロのケアを用意します。」
「具体的なケースを話します。ある68歳の男性は一人で非常に汚れて害虫がたくさんいるアパートに住んでいました。それで、私たちは本人と一緒にプランを作りました。まずソーシャルヴァイクチームが依頼した掃除担当チームがごみを片付けて、それから本人の身体の健康管理です。大事なのは、本人が以前の生活に戻らないようにすることです。地元のボランティア組織に連絡をして、『友だちボランティア』の人が定期的に一緒に散歩に行ってくれることになりました。足の傷は地域看護師に診てもらいました。また、家事支援も要請しました。」
「ソーシャルヴァイクチームにはソーシャルワーカーや看護師などさまざまな専門家が入っていますが、生活全体を分析する能力や上手に会話できることも必要です。これをT型プロフェッショナルと呼んでいます。幅広い力が正面にあってTの下の足では専門家の部分を持っているという意味です。」
「8割ぐらいは比較的単純な問題で家族や近隣の協力があれば解決できますが、複数の問題がある場合や孤立した高齢者の場合は複雑な問題になります。この複雑な問題の割合は15%ぐらいで残りの5%が重度のケースです。簡単な場合は担当者が解決し、複雑な場合はチーム内で相談し、さらに本当に複雑な場合はチーム全体の10人のミーティングで相談して解決策を探します。さらに難しい場合は、チームコーチが他の組織の専門家にアドバイスを依頼することになります。」
地域の福祉・ボランティア組織でも意識改革を進める
オランダ社会では、身体に問題があるなしにかかわらず広範な人々が社会参加をしている。
オランダ社会調査研究所によると、社会サービス法による支援を申請した人であってもほぼ半数は何らかの団体に属して社会参加をしており、その中の7人に1人はボランティア活動を行っている。
このようにオランダでは社会参加、社会貢献が進んでいるが、実際に福祉法人や地域の人々はどのような動きをしているのだろうか。福祉法人Radiusはライデン市最大手の福祉法人である。職員数70人、高齢者を中心にボランティア700人も参加して、7,000人の高齢者にさまざまな支援を行い、社会サービス法の認定を受けた人にもそうでない人にもより活動的になってもらうために努力をしてきた。最新の互助による自立支援の動向をFrank van Rooij所長が説明する。
「近年、市の担当者も福祉法人のスタッフやボランティアも、より多くの人が力を出し合うことが大切だと学んできました。例えば、料理が好きな人が地域の人たちにも格安で食べてもらいたいという気持ちから、多くの人が自分で料理ができない人にも料理を提供しています。私たちはこの活動のために提供者と利用者のマッチングを円滑にするウェブサイトを支援しています。またボランティアの窓口担当者を置くことにしました。利用者は自分でコック役の人に連絡をします。そして人間関係が次第に作られて行って、コック役の人は料理を持って行ってあげるだけではなく、植物に水をあげる、病院に一緒に付いていく、買い物を代わりにするなどさまざまな手助けをするようになります。このような自主的なネットワークに比べると、私たちの以前からのサービスは非常に大切ではありますが少し一方的であったと言えます。」
オランダ各地のソーシャルヴァイクチーム/社会サービス法への評価
以上のようにオランダでは「参加型社会」に向かって社会サービス法とソーシャルヴァイクチームをひとつの中心として大きな改革が進行している。進行中であるためにその評価はいまだに十分に定まっているとは言えないが、オランダから発信されている各種報告では以下のように指摘されている。
- 「ソーシャルヴァイクチームの設置率は全体で87%。大都市では96%。多くの自治体でその目的は『より重大な問題の発生の予防』『複合的な問題への包括的な対応』『市民の自立の助長』などが挙げられていて、予防と総合的なアプローチおよび自立支援のためのチームと認識されている。」(オランダ自治体協会『ソーシャルヴァイクチームの全貌』2016)
- 「まだ支援申請者の4分の1はどのような社会参加もしていないし5分の1は深刻な孤独を感じている。しかし広い生活分野について申請者と査定者で議論がなされている場合はより高い自立度が認められる。」(オランダ社会調査研究所「社会サービス法2015の評価」2017)
- 「多くの人は自宅で生活し続けたい。オランダの状況は格段に改善されたと言ってよい。政府は実際に社会のあらゆる人々―若者や高齢者を含む―の参加を促したのである。」(国際連合欧州経済委員会2017年国際高齢者デー記念イベント「テーマ:高齢者が持つ潜在力」におけるオランダJaap van der Spek氏の報告)
オランダの改革は我が国の今後の方向性にとっても示唆を与えるものである
地域包括ケアにおいては、自助・共助・互助・公助をつなぎあわせて体系化・組織化する取組が必要であるとされている。オランダのソーシャルヴァイクチームはこの意味から注目すべき動きである。
(国際長寿センター「高齢者の自立に向けた介護予防やリハビリテーション等についての国際比較研究2016」等を参考とした)