第2章 我が国の栄典制度の今後の在り方
第1節 基本的な考え方
- (1)第1章「栄典の意義」で述べたとおり、国家にはそれぞれ固有の栄誉に関する制度があり、栄典制度はその国の歴史と文化を象徴するものと言える。特に勲章については、世界的に見ても歴史の長い勲章が重んじられており、先人により創り上げられ、受け継がれてきた伝統ある勲章制度は、国家、国民にとって貴重な財産である。
諸外国においても、例えば、フランスのレジョン・ド・ヌール勲章は、世界で最も権威があるとされる勲章の一つであり、同勲章は、1802年にナポレオン・ボナパルトにより制定され、一般市民の功績に対し授与される勲章の嚆矢となったものであったが、その後数次にわたる政体の変遷を経てもなお基本的な制度は改変されることなく現在に至っている。欧州の各国においても、中世に創設された勲章を功労ある市民に授与するなど、伝統ある勲章が現代において生かされている。
我が国には、明治8年(1875年)に創設された旭日章をはじめとして歴史ある勲章等が存在し、日本の伝統文化を生かした意匠と高度な工芸技術が相まって、世界的にも高い評価を得るに至っている。当懇談会では、今回の栄典制度の見直しに当たっての基本的な考え方として、これから新たな勲章制度を創設するのではなく、これらの歴史と伝統ある勲章等を活用した上で、運用の改善を図ることが必要であるという点で一致し、議論を進めたところである。 - (2)我が国の栄典制度は、現在、叙勲と褒章を中心として運用されているが、見直しに当たっては、それぞれの制度を個別に検討するのではなく、両者の関係を整理し、それぞれが趣旨・目的に沿って運用されることによって全体として一つの体系として機能するように考慮されなければならない。
また、公的な称揚の体系としては、栄典制度に限らず、国の各機関をはじめとし、地方公共団体や、社会の各分野における団体等が各々の分野で功労のある人の表彰を行っている。栄典制度は、これら各種の表彰制度とも関連するものであり、栄典制度の見直しを行うに当たっては、これらの制度との連携を視野に入れ、公的な称揚の体系が総体として適切に機能することを念頭におく必要がある。 - (3)叙勲制度は、国家・公共に対して功労のある人を幅広く対象とすることとされている。我が国の叙勲制度は明治8年に創設されて以来、軍人・官吏を中心に運用されていた。戦後、生存者への叙勲は一時停止されたが、昭和39年にこれを再開するに当たり、その運用が大幅に改められ、各界各層のあらゆる分野において功労のあった人を幅広く対象とすることとされ、民間の分野からも多くの人に勲章が授与されることとなったものである。
その後、行政改革による三公社の民営化など官から民への業務の移行や、介護サービス等の福祉分野における民間の役割の増大、NPOなど営利を目的としない民間団体の活動の拡大など、社会のあらゆる分野において民間分野の「公」に対する貢献が急速に拡大しており、社会全体で「公」のための役割を分担するに至っていると考えることも可能である。
また、国際化の進展に伴い、多くの日本人が世界中で、開発途上国の援助、難民の支援など各種の事業、人道的な活動を通じて活躍しており、「公」への貢献は国内的な広がりから地球規模的な広がりへと拡大している。
21世紀における栄典制度を考える上では、こうした、公的部門・民間部門の役割分担の変化、国際社会における貢献や人道的活動等の拡大などの環境の変化に十分留意すべきである。
さらに、中央から地方へ、量の観点から質の観点へ、といった社会における価値観の変化が生じており、栄典の運用にはそれらを適切に反映させることが求められている。 - (4)なお、栄典の対象分野に関して、政治家や公務員はいずれも公的な職務を行うものであることをとらえ、その国家・公共への貢献をあえて栄典の対象とする必要がないとの議論も存するが、栄典は、国家・公共に対し功労のある人を幅広く対象とすべきものであり、特定の分野を制度的に対象から除外することは不適当であると考える。
公務員が公のための職務・活動に長年従事し、その間の功労に対して国が報いることは、世界的に見ても栄典の主要な役割の一つである。
ただし、公務員であることをもって栄典の対象とすることを当然と考えるのではなく、個人の実績にも着目し、対象者を選考すべきである。
第2節 叙勲制度の在り方
- 等級
我が国の勲章には、単一級の勲章である文化勲章を除いて、旭日章、宝冠章、瑞宝章の3種類の勲章があり、それぞれの勲章に功績の大きさに応じた勲一等から勲八等までの8つの等級区分がある。(このほか、これらの上位の勲章として3つの勲章〔大勲位菊花章頸飾、大勲位菊花大綬章、勲一等旭日桐花大綬章〕があるが、これらの勲章が授与される対象はごく一部に限られている。)- (1) 等級区分の意義
叙勲は、人を評価するものではなく国家・公共に対する功績の大きさを評価するものであり、功績の大きさに様々なものがある以上、それに応じた等級区分は必要である。
等級区分を設けずに単一級の勲章を功績のある人に一律に授与するという方法は、文化勲章のように限られた少数の人に授与される最高の勲章であればふさわしいが、様々な功績を有する多数の人を対象とする場合には、ある程度の等級区分が必要になる。諸外国においても、例えば英国のガーター勲章のように、等級区分のないものは受章者の数が極めて限定されており、一般的に広く国民に対し授与される勲章には必ず複数の等級が設けられている。功績の大小にとらわれず多数の人に対し、あえて一律に同じ評価の勲章を授与することとすれば、公平な評価が行われず、かえって叙勲の意義を失わせることにもつながりかねない。 - (2) 勲章の名称
勲章の名称として一等、二等などの数字を用いることは、あたかも人に序列をつけているかのような本来の趣旨とは異なる誤解を生むおそれもある。そこで、「勲一等、勲二等・・・」など数字による表示を改め、各勲章に固有の名称を付し、それにより表示することを検討すべきである。 - (3) 等級区分の簡素化
現在の春秋叙勲においては旭日章(女性の場合は、宝冠章)と瑞宝章の各6段階が交互に位置づけられており実質的に計12段階として運用されているが、やや煩雑、細分化されすぎている。このため、等級区分の簡素化を行うこととし、「3.功績の質的相違に応じた勲章の運用」において後述する功績の質的相違に応じた旭日章と瑞宝章の使い分けにより、実質的に12段階を6段階とすべきである。
ただし、叙勲が国民の間に広く定着し励みになっていることを考えれば、区分を簡素化する場合においても、従来対象となっていた功績内容を除外すべきではなく、また、人目につきにくい分野の功労者を積極的に取り上げることが適当である。このためにも6段階は必要と考える。
- (1) 等級区分の意義
- 官と民の取扱い
叙勲に関する問題として、受章者を「官」(公務員経験者)と「民」(民間分野)に区分した上での、いわゆる「官民格差」の問題がしばしば議論されている。 例えば、平成13年春における受章者の分野別の構成は次のようになっている。- 公選職(国会議員、首長、地方議会議員など) 8%
- 民間 34%
- 警察官、自衛官等の公務員 18%
- 小中高校教員等の公務員 9%
- 一般行政職の国家公務員 12%
- 一般行政職の地方公務員 5%
- その他の公務員 7%
- 旧三公社、郵便事業等 7%
むしろ、官・民を問わず、功績のある人は適切に評価するということが重要であり、このような観点から、歪みが生じていないかを問題とすべきである。特に、官・民に共通する分野においては功績の大きさが同じ場合には同じ評価を行うことが必要であり、功績評価の在り方が見直されるべきである。
しかしながら、現行の勲三等以上の上位等級の受章者を見ると、政治家、官僚、判事・検事、国立大学教授などが目につき、民間分野の受章者が少ない状況にあることから、功績評価の見直しに当たっては、これら上位等級における官と民の不均衡にも留意し、適正な運用に努めるべきである。 - 功績の質的相違に応じた勲章の運用
叙勲の対象とされる功労には様々なものが考えられるが、評価の手法の観点から二つの性質のものに大別されると思われる。
一つは、長年にわたり特定の分野(例えば、公務)に従事し、この間に積み重ねられた貢献を顕彰するものである。この種の分野では、功績の度合いはポストに基本的に対応するため、ポストと従事した期間を中心として客観的な評価が可能である。一般の公務員に限らず、民間の分野においても長年にわたり従事し、その間に積み重ねられた功労を顕彰する場合には、この類型に当てはめ功績評価することが適当である。
これに対して、従事期間の長さに専ら着目して功績評価すると形式的運用の弊害が大きくなるため、従事した期間の長さよりも功績の内容に着目して顕彰すべきものがある。民間における産業活動、各種民間団体における公的な活動などがこれに該当し、これらの分野については功績の内容自体に着目した評価が行われるべきである。
このように、長年にわたり積み重ねられた功労を顕彰するものと従事した期間の長さよりも功績の内容に着目して顕彰すべきものとに同一の評価方法を適用することには無理がある。本来両者の功績を比較することは困難であり、両者に同種の勲章を運用することには無理があるのではないか。両者を同列に取り扱う場合には、本来従事年数を中心に評価されるべきではない分野において、ポストの在職期間が長ければ高く評価されるといった誤解を生むおそれもある。
このような観点から、同一の勲等であれば旭日(宝冠)章が瑞宝章よりも上位とされる現在の運用を改め、功績の質的相違に応じて旭日章と瑞宝章を別系統の勲章として運用することを検討すべきである。
勲章制度が創設された明治期においては、積年功労に対して瑞宝章、長さでは測れない個々の事績に応じた功績に対して旭日章を授与することを基本的な考え方としていた。このような勲章制度の沿革に照らしても、功績の質的な相違に応じて勲章を別々に運用することが適当である。 - 功績評価の在り方
- (1) 叙勲制度の在り方を考える上で、具体的にどのように功績の評価が行われるかは最大のポイントである。前項で述べたとおり、公務員等のような長年にわたり積み重ねられた功労の評価であれば、ポストと従事した期間によりある程度客観的な評価が可能と思われるが、多くの民間分野のように、功績の内容に着目して顕彰するものについては、どのようにして公平公正に評価を行うかは難しい問題である。功績の内容に着目して顕彰するからといって、ポストや在職期間などを一切考慮しないこととすると、評価が恣意的になり叙勲制度に対する信頼が損なわれることにもなりかねない。
このような民間分野の功績の評価に当たっては、形式的な評価に堕することなく、功績の実質的内容を十分把握した上で行わなければならないが、同時に、功績評価の根拠を可能な限り客観的なものとするよう努めなければならない。これらの点に留意することにより、民間分野に対する適切な功績評価が得られるものと考える。 - (2) 第1節で述べたとおり、社会経済情勢の変化、国民の価値観の変化に伴い、民間分野の「公」への貢献がより注目されるようになっており、社会全体が「公」のための役割を分担しているとも考えられるようになっている。叙勲制度の運用もまた、このような流れを受けて行われるべきである。
特に、産業分野の功績評価に当たっては、企業又は個人の経済活動が国を富ませ活力の維持につながっていることに着目し、それ自体が社会に対する貢献として評価されるという視点に立って評価を行うことも重要である。 - (3) 各種団体の長あるいは企業経営者等の功績評価においては、一般的にはそれらのポストは各分野での活躍を認められた人が選任され、また、責任ある地位を占めることにより公的な貢献を行ったものと判断されることから、ある程度ポストに着目して評価を行うことは合理的であるが、在任期間の長短が功績の評価に直結するような画一的な運用は行うべきではなく、在任期間中における功績の内容に即した評価を行うべきである。
- (4) また、中央から地方へ、量から質へといった時代による価値観の変化や、地方分権の進展を踏まえ、地方において社会に対し優れた貢献をしている人を見逃すことなく取り上げ、その貢献に見合った高い評価をすべきである。業種、職種の違い、中央と地方の違い、国公立と私立の違い、規模の大小などにより、あらかじめ評価が定まっているかのような運用は適当ではない。事業・活動の規模において比較的小さな企業等においても、独自の技術開発等により世界的レベルで評価される場合があることから、そのような企業等による功労を高く評価すべきである。
- (5) 国際化の進展に伴い国民の価値観も国内のみに止まらず地球規模の視野に広がりつつあるが、従来の「国家・公共に対する功労」の観念の中には明確に位置づけられていない、国際社会における貢献や、人道的精神に基づく海外での活動を積極的に位置づけ、評価の対象とすることが必要である。
また、外国人で我が国の政治・外交、産業経済、学術文化等の発展その他のために功労のあった人に対して、さらに積極的に勲章を授与することとすべきであり、海外におけるこのような功労者の把握に努める必要がある。 - (6) 政府においては、これらの観点を踏まえ、等級区分の簡素化の検討とあわせて、新たな功績評価の基準を検討すべきである。その上で、叙勲候補者の選考に関わる全ての人が、これらの新たな視点を踏まえて候補者の把握、選考に努めることを期待する。
- (1) 叙勲制度の在り方を考える上で、具体的にどのように功績の評価が行われるかは最大のポイントである。前項で述べたとおり、公務員等のような長年にわたり積み重ねられた功労の評価であれば、ポストと従事した期間によりある程度客観的な評価が可能と思われるが、多くの民間分野のように、功績の内容に着目して顕彰するものについては、どのようにして公平公正に評価を行うかは難しい問題である。功績の内容に着目して顕彰するからといって、ポストや在職期間などを一切考慮しないこととすると、評価が恣意的になり叙勲制度に対する信頼が損なわれることにもなりかねない。
- 勲章の男女別の扱い
現在、旭日章と宝冠章は同格の勲章として、旭日章は男性に、宝冠章は女性にそれぞれ授与されている。また、瑞宝章は男女に共通の勲章として授与されている。
歴史的には、明治8年に日本で初めて旭日章が創設された際には授与の対象として男性しか想定されておらず、明治21年、当時ヨーロッパにおいて女性専用の勲章が存在していたことを参考として、女性の礼装にふさわしいデザインの勲章として宝冠章が設けられたものであるが、現在では、世界的にみても、同じ功績に対して男性と女性で異なる勲章を授与する例は存しない。
国家・公共に対し功労のある人に均しく実施されるべき栄典の授与は、性に対しても中立であるべきであり、そのような原則に立って勲章の運用を見直し、一般の受章者に対しては、旭日章と瑞宝章を男女共通の勲章として授与することとすべきである。なお、特別な場合に使用される勲章として、今後とも宝冠章を存続させることについて検討することが望ましい。 - 受章者数
- (1) 人目につきにくい分野などの受章者
現在の春秋叙勲では、春と秋にそれぞれ約4,500名、年間にすれば約9,000名が受章している。生存者叙勲が再開された昭和39年4月に197名、同年11月に534名に対して発令されて以来、受章者数は漸次増加の傾向をたどっているが、現在の受章者数になったのは昭和62年秋の叙勲からである。
叙勲の受章者に選ばれることは、名誉なこととして国・地方を通じ、また、社会の各分野において喜ばれている。日頃人目につきにくい分野で地道に功労を重ねている人々、精神的、肉体的に労苦の多い環境の下で業務に精励している人々の功績に国として報いることは、今後とも勲章制度の果たす大きな役割である。このような観点から、これらの分野の受章者数の増加に努めるべきである。 - (2) 警察官、自衛官等の危険性の高い業務への従事者
警察官、自衛官など著しく危険性の高い業務に精励した者についても、現在、他の一般の公務員、民間分野の功労者とともに春秋叙勲の中で叙勲が行われている。
これらの分野にあっては、第一線で活躍した警察官、自衛官等候補者数が極めて多い一方で、春秋叙勲の中では受章者数がおのずから限られることから、受章者が一部の人に限られるか、あるいは、年齢の高い人から対象とされるため受章者の平均年齢が次第に高くなっている。これらの叙勲の対象者は、日夜緊張感を持って危険性の高い職務に精励し、職を退いた後においても様々なかたちで社会のために貢献している人も多いことから、その励みとする意味においても、早目に受章の機会を設けることが望ましい。
そのため、これらの分野については、通常の春秋叙勲とは切り離して叙勲を実施することとし、これにより、受章者数の大幅な増加を図り、受章平均年齢を引き下げるよう努めるべきである。
- (1) 人目につきにくい分野などの受章者
- 候補者の選考、審査
- (1) 候補者の選考
現在、叙勲候補者は、各省庁(各省大臣等)から内閣府(内閣総理大臣)に対して推薦されることとなっており、各省庁においてはその所管分野ごとに各都道府県や関係団体から推薦を求めて候補者の選考が行われている。各省庁から候補者の推薦を受けた内閣府賞勲局では、推薦省庁と協議しつつ、複数の分野にわたる功績を有する候補者については他の関係省庁とも調整しつつ審査が行われている。
このような所管分野ごとに各省庁が候補者を吸い上げて賞勲局が審査するというシステムは、基本的に適切に機能していると思われるが、従来省庁の側からはなかなか把握されていないものの、公共のために大きな貢献をしている人も多数いることが考えられる。こうした人目につきにくい分野において真に功労のある者の把握には一層の努力が払われるべきである。
また、多分野で活躍している人の場合に、その活躍の個々の分野を各省庁(あるいは省内における各部局)が所管の観点からのみ見る場合は叙勲候補者として取り上げるに至らないが、その活躍を総合的に見れば非常に評価の高い人もおり、こうした人が各省庁の所管分野の狭間で漏れることのないよう留意すべきである。
以上のような観点から、各省庁、地方公共団体における候補者の選考に当たっては、従来の関係団体等からの推薦によるもののほか、例えば、一般国民からの推薦を受け付けるなどの仕組みも検討すべきである。 - (2) 国民の意見の反映
現在、春秋叙勲の実施に際しては、内閣総理大臣が「春秋叙勲候補者推薦要綱」を定めるに先立ち、政府は各界の有識者の意見を聴取した上でその意向を反映させることとしている。その「推薦要綱」に基づき各省庁から推薦され、内閣府賞勲局による審査を経てとりまとめられた受章候補者の原案は、内閣官房長官が主宰する叙勲等審査会議の議を経、内閣総理大臣の了承の後閣議で決定され、天皇の裁可を得て発令されている。
「4.功績評価の在り方」で述べたごとく、功績評価の根拠を可能な限り客観的なものとしつつも、単にポストや期間の長短でなく功績の実質的内容に即した評価を行うためには、栄典制度の運用に当たって民間の意見が反映され、社会経済情勢の変化に即応したものとされることが極めて重要である。現在、有識者や民間の意見を反映させる仕組みとして内閣総理大臣の懇談会である「栄典に関する有識者会議」が開催されているが、その機能を強化し、栄典制度の基本的な運用の方針、功績評価の基準の策定に当たってその議論を経ることとすべきである。
ただし、個別具体的な受章候補者の審査は、国の機関において行われるべきであり、最終的な受章者の決定は政府の責任において行うべきものである。
- (1) 候補者の選考
- 受章年齢
我が国においては、春秋叙勲は、原則として一生に一度、生涯にわたる国家・公共に対する功績を総合的に評価して行われるものとされており、受章年齢については、生涯における功績がある程度固まった時期をとらえて顕彰するという考え方に基づき運用されている。
したがって、現在、春秋叙勲においては原則として70歳以上の人が対象とされており、危険性の高い職務、精神的・肉体的に苦労の多い職務、あるいは人目につきにくい領域で多年にわたり業務に精励した人については、55歳以上の人が対象とされている。
このような生涯における功績が固まった時期をとらえて顕彰するという叙勲の運用の考え方は適切であり、受章年齢については現在定められている原則に沿った運用を維持すべきである。 - その他
- (1) 勲章着用の機会
勲章は本来国等が行う式典の際に着用されることが建前とされており、そのほか長寿祝賀会や結婚式など社会的な儀式に着用することができるものとされている。
しかしながら、実際には、受章した後に勲章を着用する機会はほとんどないのが現状である。現在、勲章等が授与される場合、併せて襟元や左胸に着用可能な略綬(小さな円形のリボン)が授与されている。各機関においては、公的な儀式等でこの略綬の着用を奨励するなど、受章者が誇りをもって勲章等を着用できる機会を増やすよう努めることが望ましい。 - (2) 運用の見直しに伴う措置
- [1] 今回の見直しにより等級区分の簡素化など各勲章の運用が変更されることに伴い、これにあわせて、綬の色合い等を変更するなど外見上当該勲章を受章した時期が運用見直しの前後いずれに属するかを識別できるような手段を検討すべきである。
- [2] 同一の勲等であれば旭日(宝冠)章が瑞宝章よりも上位とされる現在の運用を改め、功績の質的相違に応じて旭日章と瑞宝章を別系統の勲章として運用することに伴い、旭日章と瑞宝章について副章の面においても同じ扱いとすることが望ましい。
- (1) 勲章着用の機会
第3節 文化勲章の在り方
文化勲章は、文化の発達に関し顕著な功績のある人に対して、特に授与される等級のない単一級の勲章であり、学術、芸術など文化の分野における最高の勲章とされている。現在、毎年おおむね5名程度が受章し、11月3日(文化の日)に宮中で天皇陛下から直接勲章が授与されることとなっており、昭和12年に制定されて以来、平成12年までの間の受章者総数は302名となっている。文化勲章の候補者の選考は、文部科学大臣が文化功労者選考分科会(文化審議会の分科会)の委員全員の意見を聴取した上で、文化功労者の中から選考し、内閣総理大臣に推薦することとされている。
このように文化勲章については、受章者数が毎年極めて限られていることから、近年、80才を過ぎてから受章される例が多く見受けられる。文化勲章は国民の間からも非常に権威のあるものとして受け止められており、単純に受章者の数を増やすことは適当でない。また、その道を極めた方に授与されるという性格から、高齢の方が受章されることにやむを得ない面もあるが、できる限り早い時期に授与するよう努めることを期待する。
第4節 褒章制度の在り方
- 基本的な考え方
叙勲が生涯にわたる国家・公共に対する功績を総合的に評価して行われるものであるのに対して、褒章は、特定の分野における善行等を表彰するものであり、現在、黄綬褒章、紫綬褒章、藍綬褒章、紅綬褒章、緑綬褒章、紺綬褒章の6種類が定められている。歴史的には、明治14年に褒章条例(太政官布告第63号)が制定されたのが始まりであり、戦後、生存者に対する叙勲が停止されていた間も民間分野への褒章の授与は随時実施されていた。
昭和53年以降、黄綬、紫綬、藍綬の3種類の褒章については、「春秋の褒章」として年2回春秋叙勲の時期にあわせて授与されることとなったが、叙勲と褒章の対象分野が似通っている面もあり、両者の関係がわかりにくいとの指摘もある。
褒章制度の見直しに当たっては、褒章条例の考え方に立ち戻り、社会の各分野における優れた事績、行いを顕彰するものとして、年齢にとらわれることなく事績の都度速やかに顕彰することを基本とするとともに、現在褒章の対象となっている分野を見直し、長年にわたり積み重ねられた功労に着目して顕彰する功績については勲章の対象に移行するなど、叙勲と褒章との関係を整理して両者のそれぞれの趣旨、特色を活かした運用が行われるよう努めるべきである。 - 各種褒章の活用
各種褒章については、以下のような観点から運用の改革を図ることにより、より積極的に活用されるべきである。- (1) 黄綬褒章
黄綬褒章は「業務に精励して衆民の模範である者」に対し授与されることとされており、従来、様々な職業分野において「この道ひとすじ」に精励した人を対象に授与するものとされているが、褒章の本来の趣旨を生かして、例えば、技能、技術の伝承等に努力している人について、年齢、従事年数にとらわれることなく、技術の認定等の機会に随時表彰することとするなどの見直しを行うべきである。 - (2) 紫綬褒章
紫綬褒章は「学術芸術上の発明改良創作に関して事績の著しい者」に対し授与されることとされており、学術、芸術の分野を始めとして文化に関する様々な分野における顕著な業績を上げた人に授与されている。しかしながら、現在、紫綬褒章の対象は50歳以上の人とすることとされ、大きな業績を上げた時点との間に相当の時間の間隔が生じている。科学技術分野における発明・発見や、スポーツ・芸術分野における優れた業績等に対して、年齢にとらわれることなく、その都度表彰することとするなど、運用の見直しを図るべきである。 - (3) 藍綬褒章
藍綬褒章は「公衆の利益を興した者又は公同の事務に尽力した者」に対し授与されることとされており、現在、「公衆の利益を興した者」として各種団体役員や大手企業経営者など、「公同の事務に尽力した者」として保護司、人権擁護委員、民生・児童委員などに授与されている。
しかしながら、従来の藍綬褒章の運用ではその選考において勲章の対象と重なる面があり、大きな業績に対して随時表彰するという褒章制度の本来の趣旨を活かした運用が行われにくい状況にある。したがって、公同の事務に従事した者に授与するもののほか、新規創業、経営革新、ベンチャー企業の創設等の優れた業績に対して、年齢にとらわれることなく、随時授与することとすべきである。
また、勲章と同じ功績内容により褒章も重複して受章するような運用は行うべきではなく、そのような観点から対象分野ごとに見直しを行うべきである。特に、従来、藍綬褒章の受章後に勲章も受章する例が多い大企業社長・副社長、各種団体役員、地方首長・議会議員等に対する授与の在り方を見直すことが必要ではないかと考える。 - (4) 紅綬褒章
紅綬褒章は「自己の危難を顧みず人命を救助した者」に対し授与されることとされているが、従来、この要件があまりに厳格に考えられていることから、近年ではほとんど受章例がない状態となっている。
例えば「人命を救助した者」が授与要件となっていることから、真に犠牲的精神に基づき人命救助に取り組んだ人であっても結果として「救命」に至らなかった場合は対象とされないこととなっているが、このような行為は、結果の如何にかかわらず行為そのものが尊いものと考えられるべきである。
自己の危難を顧みず人命救助に取り組んだ人に対し、結果的に救助に至らなかった場合にも受章の途を開くなど、授与の要件を緩和し、現在よりも幅広く紅綬褒章を授与することとすべきである。 - (5) 緑綬褒章
緑綬褒章は「孝子など徳行卓絶な者」に対し授与されることとされており、表彰されるべき事績の生じた都度各省庁から推薦されることになっているものの、昭和30年代以降は受章例がない状態となっている。
しかしながら、緑綬褒章のように人の徳義を称える栄典こそ現代において積極的に活用することが望ましい。そこで、従来の緑綬褒章の対象を見直し、さまざまな分野におけるボランティアの活動などで顕著な実績のある個人や団体に授与することとすべきである。 - (6) 紺綬褒章
紺綬褒章は「公益のため私財を寄付した者」に対し授与されることとされており、現在は、個人の場合500万円以上を国、地方公共団体その他公益団体に対して寄付した場合に授与することとされ、毎月末の閣議において発令されている。
紺綬褒章については、社会貢献のための善意の寄付を表彰することを趣旨とするものであるが、対象となる寄付金額、公益団体の範囲をはじめとして、授与の対象及び要件について幅広く検討すべきである。
- (1) 黄綬褒章
第5節 叙位制度の在り方
叙位は、国家・公共に対して功績があった者に「位」を授与するもので、叙勲、褒章とともに、内閣の助言と承認により天皇の国事行為として行われる栄典の一つである。
現行の叙位制度は、大正15年に公布された位階令に基づくものであるが、聖徳太子が創設した冠位十二階の制に由来する1400年の歴史を有する我が国で最も古い制度の一つであり、我が国の歴史や文化にかかわりのある日本固有の制度として価値があるとともに、現在は、国家・公共に対して功績のある人が死亡した際に、生涯の功績を称え追悼の意を表するものとして運用されていることから、存続させることが適当である。
なお、叙位制度の運用に当たっては、社会経済情勢の変化に応じた運用に努めるべきである。
第6節 その他
- (1) 記章等の活用の検討
褒章は、例えば民間ボランティアなど自発的に活動に参加した人に対して授与することは適当であるが、公務員等が職務として国際的な災害救助活動などに参加した場合に授与することは適当ではない。このような場合、戦前においては、憲法の発布など国家的に慶賀すべき特定の事件に寄与した人や事変に際して従軍した人に対して、官職や階級の区別なくこれを記念する標章として「記章」、「記念章」を交付することがあり、これらは、叙勲、褒章等とともに栄典の一種とされていた。
将来的には、民間分野に対して褒章の活用を積極的に行うこととする一方で、職務として様々な活動に参加した際にその事績を表彰することが必要となることも考えられることから、記章等の活用についても検討が必要と考える。 - (2) 国民栄誉賞、内閣総理大臣顕彰等の表彰制度
現在、我が国には叙勲、褒章など天皇の国事行為として行われる栄典のほか、各省庁など様々なレベルの表彰制度が存在する。中でも内閣総理大臣により授与される「国民栄誉賞」や「内閣総理大臣顕彰」はよく知られており、その権威を更に高めるという意味で勲章制度に統合してはどうかといった議論もなされることがある。
しかしながら、国民栄誉賞等は、広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった者等に対して、内閣総理大臣が機動的、弾力的に表彰するものとして創設されたものであり、国家・公共に対する功労の集積を評価する勲章と同一の制度にすることは適当ではない。
人の功績には質の異なる様々なものがあり、それぞれにふさわしい多様な褒め方が用意されることが適当である。国民栄誉賞、内閣総理大臣顕彰が国民の間に定着し、その受章者が広く国民から祝福され敬愛されていることからも、現状のとおり、内閣総理大臣により機動的かつ弾力的に運用されることが望ましい。
第7節 法制面の問題
栄典の授与は、日本国憲法第7条第7号において、天皇が内閣の助言と承認により国民のために行う国事行為の一つとされている。
栄典に関する法制については、具体的な栄典の種類等が、それぞれの制度の制定当時からの太政官布告、勅令等により定められており、これらの法令は現在政令と同一の効力を有するものとされている。
当懇談会では、今回の栄典制度の見直しの基本的な考え方として、歴史ある勲章等を活用した上で運用の改善を図るということで一致し、そのような考え方に基づき議論を進めてきた。
この報告書に挙げた各般の提言は、現行の枠組みの中で対応することが可能と考える。