最優秀賞 【中学生部門】 常盤 美海

 

学校法人創価学園 関西創価中学校 三年
ときわ  みみ
常盤 美海 (大阪府)

私の妹は殺されてもいいのでしょうか?

二○一六年七月二十六日、最悪な事件が起こった。神奈川県相模原市にある障がい者施設で、元職員により、入居していた障がい者が十九人殺されたのです。犯人は、事件の少し前、衆議院議長に、障がい者を殺すことを正当化させる手紙を送りました。手紙には「保護者の疲れ切った表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳。障害者は不幸を作ることしかできません。障害者を殺すことは不幸を最大まで抑えることができます。」と書かれてありました。この事件があった後、ツイッターなどでは、「犯人、よくやった!」と言う人達が何人もいたそうです。

私の妹が殺されたら、みんなは幸せになりますか?

私の妹は障がい児です。妹はうまれつき、知的障がいと脳性麻痺を持っていて、今は小学校の支援クラスに通っています。家族に障がい児がいる、ということは、すごく大変なことです。妹は十歳ですが、二歳程度の能力しかなく、普通の子が普通にできることができません。なので、なにをするにしても手伝わないといけません。もし妹が普通の子だったらどれだけ楽だろうと思わない日はありません。

でも、大変だと思うこと以上に、喜びの方が大きいです。妹が笑っていることが嬉しい。妹の成長が嬉しい。妹は、かけがえのない大切な存在で、私達家族の宝であり、誇りです。

しかし、そんな私の妹は殺されるべきだと思う人がいる。障がい者がいたら不幸だと、決め付ける人がいる。妹が「不幸しか作ることのできない存在だ」と、誰が決めていいのだろうか。私は妹に、これ以上ないくらいの幸せをもらっています。妹がいない人生なんて想像できません。

では、なぜ、障がい者は殺されるべきだと思う人がいるのでしょうか。

私は、みんなが、障がいのある人達のことを全然知らないからだと思います。小学生のとき、クラスの男の子が、「がいじ」と言いながら支援クラスの子の真似をしていました。私はすごくショックでした。小学生でもそうやって差別するのに、大人が差別しないはずがないと思いました。

でも、もし全ての人に私の妹のような障がい者の家族がいたら、障がい者を差別したり、障がい者は殺されるべきだと言う人はいなくなると思いませんか?家族でなくても、一人でも障がい者の友達や知り合いがいたら、少しでも障がい者のことを理解していたら、そのようなことを言う人は必ずいなくなると思います。二度とこのような事件を起こさないようにするには、一人一人が障がい者のことを理解する必要があると思います。

そのためにも、小学校や中学校で、もっと障がい者と触れる機会を作るべきだと思います。公立の小学校や中学校には支援クラスがあるので、もっと交流したらいいと思います。また、支援クラスがない場合は、支援学校と交流するとか、支援学校の人達や先生に講演会をしてもらったりしたらいいと思います。

私は、人は必ず使命を持って生まれてきていると思います。障がい者が障がいを持って生まれてきたのは、弱い人がいるということをみんなに伝えるためで、私たちが健康に生まれてきたのは、弱い人を守るためだと思います。私達と障がい者は、障がいがあるかないかが違うだけで、同じ一人の人間です。全ての人間で助け合って生きること、それが、全ての人間が持つ使命だと思います。

私はこれからも、一人の人間として、そして障がい児の姉として、たくさんの人に障がい者のことを伝えていきます。そして必ず、大切な妹のことを最後まで絶対に守り抜きます。