優秀賞 【高校・一般部門】 八染 まどか
見えること、見えないこと
栃木県立盲学校(高等部) 一年 |
何か見たいものが見えたとき、涙が溢れるほど喜んだことはありますか。今まで見たことがなかったもの、ずっと見たかったものが見えたときの感動を知っていますか。
私はその感動を三回体験したことがあります。
一度目は中学三年生の時でした。私は生まれつき弱視だったので毎日母が学校の送迎をしてくれていました。その日も母を校門近くで待っていました。昼から雨が降っていましたが、昇降口を出る頃には止んでいました。私は母を待ちながらぼんやり空を見上げていました。虹が見たかったからです。私は、映像や写真、絵以外で虹を見たことがありませんでした。だから雨上がりはいつも空を眺めていたけれど、見えたことはありません。今日も無理かと諦めかけていたとき、私の狭い視野に虹が入り込んできました。
「虹が見えた!とてもきれい。」
私は母が来たのも気付かずに虹を見ていました。すごく嬉しかった。母に声をかけられるまで私はずっと虹を見ていました。自然と笑顔になっていました。
二度目と三度目は高校一年生になってからでした。ある日、従兄弟たちと私の家族で蛍を見に行きました。私は蛍も見たことがありませんでした。光が薄く小さいうえに動き回るので、狭い私の視野ではなかなかとらえることができないからです。きょろきょろしながら探していたら母に「目の前の茂みに止まっているからよく見てごらん。」と言われ、少しずつ視線を動かしながら探すと、淡い光が視界に入ってきました。涙が溢れそうでした。まわりにはたくさん蛍がいるけどその蛍の群れは見えません。でも、たった一匹の蛍を見つけることができたことは私にとって何よりも嬉しかったです。帰るときに、やはり初めて蛍を見た従兄弟が
「蛍、いっぱいいてすごかったね。きれいだった。」
と興奮して話しかけてきました。どのくらいいたかはわからなかった私は、一匹だけ見た蛍がたくさんいる様子を想像して従兄弟に
「そうだね。」
と答えました。数は違いますが、同じ蛍を見て「きれいだったね」と笑い合えました。
「すごいね」「そうだね」
何気ない会話ですが、それまでの従兄弟と私には縁がありませんでした。それを一匹の蛍がつないでくれたのです。そのときまた、涙が溢れそうになりました。
私は暗いところが見えにくく、夜空には月しか映りません。そんな私は見てみたいものがありました。それは星空です。プラネタリウムでも見ることができなかった星。夜空に浮かぶたくさんの星を見たいと、幼い頃からずっと思っていました。流星群が見られるという日には空を見上げて流れ星を探しました。けれどいつも真っ暗な空に見えるのは月だけでした。
あるスーパーマーズの日。私は母と外に出て、火星を探してみました。いつもの通り見えるのは月だけ。半分諦めながらも母に火星の位置を教えてもらい探していたら、とても小さな光が真っ暗な夜空に一つ見えました。母にその光を指さしながら「あれって火星?」と聞いてみました。母は「そうそう。よかったね、星が見れて。」と言いました。「うん」と私がうなずいた瞬間に涙が一筋流れました。他の星は見えなかったけど、ずっと見たかった星を見ることができて私はとても幸せな気持ちになりました。ふと、母が言いました。「希望は捨てないでね。今、まどかの目で星が見えたんだから。いつ治療法が見つかるかわからないけど、最後まで希望を捨てないで。いつか星いっぱいの夜空が見えることを信じて。」
私はそのとき、中学二年生の時の友達との約束を思い出しました。スキー宿泊学習の夜にした他愛のない約束。
「いつかみんなでスキーしに来て、その夜に星見ようね。」
同じ部屋にいた六人が口々に「見ようね」「そうだね」と言い、私にも笑いかけてきました。「うん」としか言えなかった私。私はこの約束をきっと果たせないと諦めていました。だけど火星を見ることができて、「いつか見たいね。」と、あのときのクラスメイトに心の中で語りかけていました。
これが私が経験した三回の感動です。健常な人たちには虹や蛍や星が見えるのは当たり前かもしれません。だからきれいなものを見て感動しても、見えたことに感動することはあまりないのかもしれません。私に見える世界と見えない世界は他の人のそれと違います。それでも、私に見えないものを見たいという希望を捨てずにいたいと思います。見たいと思っていたものが見えた嬉しさ。そして、その気持ちを誰かと共有できたときの喜び。それがかけがえのないことだと私は実感しています。
健常な人も含めて、人によって見え方はいろいろあるでしょう。だからこそ、自分に見えて相手に見えないこと、相手に見えて自分に見えないこと、お互い見えていること、見えていないことを共有し、理解し合っていきたい。そうすることが、一緒に笑い合い、ともに歩んでいく社会を築くささやかな一歩になると信じています。