【高校生・一般部門】 ◆佳作 渡邊 智恵(わたなべ ちえ)
誰もが暮らしやすい世の中へ渡邊 智恵(茨城県立下妻第一高等学校2年 茨城県)
私は十七年前、「トリチャーコリンズ症候群」という病気をもって生まれてきました。聞いたことのない方も多いと思いますが、トリチャーコリンズ症候群は一~五万人に一人と言われている難病で、主に耳やあご、目などの顔の骨格がうまく形成されず難聴や口蓋裂などの障害をもって生まれる事が多いです。
私も難聴やあごがないなどの障害はありますがそれほど重症ではなかったため、ある程度の不便でない生活を送ることができています。それでも普通の健全な人と比べると、見た目などの違いはやはり大きいように感じます。特に私がそう感じる理由について、日常的に感じる「視線」があります。
普段、家族や友人と店に買い物に行ったりどこかへ遊びに行ったりする時、さまざまな人の「視線」を感じます。別に障害がなくても視線くらいは感じることがあるとは思いますが、不思議そうにずっと凝視されたり、複数人に笑って指をさされたりということはあまりないと思います。特に小さな子供に見られることが多いですが大人も含め、このような視線を、時には、「変な顔」「気持ち悪い」などのひそひそしたひどい言葉とともに浴びせられることがあります。ほぼ日常的なことで慣れてもいるけれどやはり気持ちの良いものではありません。不思議な顔の人がいて気になる気持ちも分からなくもないですが、あからさまな態度をとるのはよくないと思います。また、それ以上に子供の親の行動で不快に思うことがあります。
小さな子が私の顔を見て不思議に思ったらしく、その子の親とみられる人に私の方を見ながら話しかける様子をよく見かけます。そんな時、たいていの親は子供の顔に手をやって「見てはダメ」というように目元をかくしたり、子供の手をひいてその場を離れてしまいます。親がそのように「見て見ぬふり」をすることで、子供たちまでも「見ちゃいけないんだ」「変な人だなぁ」というような誤った認識をしてしまうのです。そうして小さな頃から偏見の目を持たせないためにも、まずは大人が見て見ぬふりをせずに、「病気でも自分と変わらず毎日を生きている人がいる」ということを理解するべきだと思います。
たくさんの人に障がいのある人への理解が深まり、そのような人が今より少しでも嫌な思いをしない、暮らしやすい世の中になってほしい、と心から願っています。
私はよくインターネットで自分の病気について調べることがあります。病気についての情報を得ようとしていたのですが、調べて出てきた中には病気をばかにするような書き込みや批判的な内容のものが多数あり、とても悲しくなりました。
例えばあるサイトでは「病気について知ろう」というタイトルで一見信ぴょう性の高い医療サイトに思えたが、文章を読んでみると
「この病気になった人は運が悪い。」
「見るには忍びない状態でとても気の毒。」
という、まるで自分はその病気ではないからよかったとでも言いたそうな、病気の人を哀れむような内容ばかりでした。その病気の予防法についても、
「その遺伝子をもった人との子孫を残さない」
などと書いてあり、病気が忌まわしいものとして避けられているように思えました。遺伝性の病気のため親のどちらか一方が病気の場合、二分の一の確率で子に遺伝します。またその場合の重症度は生まれるまでは分かりません。そのため健康な赤ちゃんに比べるとやはり、負担は大きくなってしまうでしょう。でも、たとえ病気でも自分の子が欲しい人は赤ちゃんを望むだろうし、大変であっても自分の子の為なら頑張ることが出来ると私は思います。
また、家族に病気の人がいない人同士の子どもでも病気で生まれる可能性は十分にあります。私自身も含め、同じ病気の知り合いの多くは健康な両親から生まれました。そうであるにも関わらず「子孫を残さないべき」という、病気の人だけに非があるような考えをする人がいる事にとても残念な気持ちになります。特にこの様な言い方をされると、病気の人は生きているだけで迷惑と言われている気分になります。大人の人たちでさえそのような考え方の人がまだまだ多いのが現実なのです。
障害のある人はかわいそうと思われることが多いですが、それは少し違うと思います。健康な人から見たらとても大変そうで、そんな運命だなんて…となるのかもしれません。ですが実際には、多くの障害のある方はその障害を受け入れて、自分らしい生き方で日々を過ごされているように思えます。
また、時によって障害のある人はこうだ、○○もできないから役に立たない、などと思い込みをされることがあるが、うまく話せない人や体を動かせない人でも自分の生き方があるし、得意なこともあるでしょう。それを勝手に制限されたり、決めつけられてしまうのはおかしいと思います。
まだまだ世の中での障害のある人への理解は浅いです。できるだけ多くの方に、障害を一つの個性として受け入れ、自分らしく生きている人たちがいるということを知っていただきたいです。差別や偏見はすぐになくなるものではないけれど、社会の中でも障害があることはタブーなどではなく個性だと認めてもらえるような世の中に少しでもなってくれるといいなと思います。