【高校生・一般部門】 ◆佳作 長谷川 優子(はせがわ ゆうこ)
福祉教育と街歩きツアー長谷川 優子(静岡県)
夫は今から十年前、進行性難病の脊髄小脳変性症と診断されました。身体と言語に障がいを持ち、今私が介助しながら車椅子で生活をしています。
発病当時、治らない病気と診断され苦しんでいる夫に、何か生きがいを見つけられないかと私は悩んでいました。しかし、仕事が大好きだった夫が社会復帰できるような職場は全く見つかりませんでした。福祉関係の仕事をしている人からは一般企業に就職するのではなく、障がい者施設に通うことを勧められました。その時、ただ病気になり動けなくなっただけで、健常者の社会と障がい者の社会に分けられてしまう現実を知り、私も夫も、とてもショックを受けました。
ある時に突然障がい者となり、今まで生きてきた社会と分断され、障がい者の世界で生きていかなければならない。それは夫にとって絶望的な苦しみでした。夫にはなんとか仕事をして生きがいを見つけてもらいたかった。そして今まで通り社会と繋がっていて欲しかったのです。同じような状況で苦しんでいる人の為にも何かできないか、健常者と障がい者という区別が無い社会を作れないかという思いで、夫婦二人でバリアフリーの旅行会社を起業することにしました。住んでいる町は観光地。住民にも観光客にも優しい街にしたいと思いました。そのために、健常者でも障がいがあっても区別なく参加できる二時間ほどの街歩きツアーを企画実施するようになりました。
ちょうどその頃、伊東市社会福祉協議会の依頼で、市内の小中学校の福祉授業において夫婦で話をさせていただくようになりました。伊東市立宇佐美中学校での総合学習では、当事者として話をし、生徒さん達は何時間もかけて授業の中で事前調査や準備をして自分の住む街を車椅子利用者の夫に案内をするという授業を行いました。話す言葉が聞き取りづらい夫と話をすることに、最初は抵抗があった生徒さんもいたようです。でも思いやりを持って接してくれて、一生懸命にコミュニケーションをとることで、障がい者ではなく一人の人としての関わりを大切にしてくれました。テレビ番組の話題で盛り上がったり、車椅子では見えにくい場所を案内する為に、どうしたら夫に見てもらえるかを考えてくれました。夫にとっては、とても楽しい時間になったようでしたし、生徒さん達は夫が楽しんだことを知り、喜びを感じたようでした。社協職員さんと先生と話す中で、身近に住む人として、夫などのような障がいを持つ人と関わっていくことが、福祉教育として大事だということを知りました。先生はその後、福祉授業がある一年生だけではなく、二、三年生になっても取り組みの振り返りをし、下級生に伝え続けていくことで、福祉を考える機会を作ってくださいました。私達は健常者と障がい者の区別なく参加できるツアーに、生徒さん達がボランティアで関わってもらえるようにしました。学校以外でも障がいのあるかたと接する機会を作ることができればと思ったからです。ツアーには、中途障がいを持った杖利用のかたや、車椅子のかたなど、主に肢体不自由のかたの他に、多数の健常者の異世代のかたが参加してくださいます。街歩きツアーは史跡巡りだけではなく、多様な人との交流を目的にしています。ゆっくりと歩きながら、街の良さや自然の美しさなど、会話をしながら楽しみます。障がいがあるからできないという悲しい気持ちを感じずに、一緒に楽しめる時間を作ることで、夫の感じた健常者と障がい者の世界の区別を少しでも無くしたいと思っています。宇佐美中学校を卒業し、今高校生になった生徒さんの数名が、ツアーを手伝い続けてくれています。彼らは参加者の皆さんに褒められることで自尊心を高め、感謝されることで喜びを得ています。そして彼らだけではなく、参加者の皆さんも若者たちと交流し、障がいの有無関係なく友達になることで、喜びを感じてくださっているのではないかと思っています。
夫が障がいを持って初めて気づいた、健常者と障がい者の隔てられた社会。福祉教育や街歩きツアーを通じ、様々な方達と交流することで、区別のない社会になってもらいたいと思っています。
そして夫は障がいを持っていても、人の役に立てることを生きがいと感じているようです。子どもたちに福祉の視点の種をまき、一人でも多く芽を出してくれることを願っています。また、多くのツアー参加者の皆さんの笑顔を見ることで、喜びを感じ、そのおかげで今は顕著な病気の進行はみられないような気がしています。
人はどんな状況であれ、誰かの為になれるということを感じています。障がい者と健常者という区別が無くなる社会になるように、他者への思いやりの気持ちを大切に、これからも周囲の皆様の理解をいただきながら、活動をしていきたいと思っています。夫と共に、出来る限り長く。